タイトル:【エル】招かれた軍靴マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/10 21:44

●オープニング本文


 バグアの支配地域には二つのタイプがある。
 一つは人間が住める地域。
 これはバグアが直接人を支配する地域によくある。
 住んでいる住人が人間らしい生活を送っているかどうかはともかく、
 住めることは住めるだろう。
 もう一つは、人間の住めない地域だ。
 キメラが放たれ、無人の荒野となりはてている。
 エル・ウッド(gz0207)の故郷もこのような土地だった。
 そこには定期的にBFがやってくる。
 理由は単純明快。キメラの補充だ。
 BFが空からキメラを撒く様は、
 その土地の住人達に絶望を植えつけるのに十分な効果があった。




 バグアの侵略は政治や文明と距離を取っていた先住民族にとっても無縁ではなかった。
 ネイティブアメリカン、と言えば政治的な呼称の問題もある。
 彼ら自身はインディアンであると自称しているそうだが、
 救いの手となった男にとってそれは何の価値も無かった。
「くだらんオブジェだな」
 スタインベック中佐は燃え落ちた村落に何の感傷も抱かなかった。
 炭化したキャンプの骨組みを無造作に踏み潰す。
 寒空の下、周囲ではキャンプのあとを囲うように、
 スタインベック大隊が陣地を築いている。
「中佐、嘘でもこういう時は、物悲しい風景だ、ぐらい言ってください」
 隣に控えていたジゼルは困ったような表情でそれだけ言った。
「誰も聞いてはいないだろう。誰に気兼ねする?」
「兵士達が聞いています」
「知ったことか」
 中佐は歩みを進め、設営の準備を眺めた。
 合流の為の仮住まいである為、粗末なものだが、
 キメラの生息数が多い地域ではこの薄い防壁でさえも欠かすことはできない。
「保護政策もわかるが、自身で取り戻せない物に価値などない。
 聖地か何か知らんが、それは私が育てた部下の命に見合うものなのかね?」
 ジゼルは言葉を返せなかった。
 利己的に過ぎる言葉だったが、全ては誰かの為だ。
 守りたい物を守るため、目的に忠実であるに過ぎない。
「故郷を奪われたのは彼に限らない。不公平だと思わないかね?」
「それが政治、と教えてくださったのは中佐でした」
「もちろんだ。全力を尽くせ」
 スタインベック中佐はそれだけ言うとあとは何も喋らなかった。




「再度、作戦を説明する」
 スタインベック中佐は居並ぶ将兵を見回した。
「目標は隣の州に設営されているバグアの基地だ。
 知ってのとおりこの基地には大規模なキメラ製造プラントが併設されており、
 キメラやHWが空輸して近辺の土地の勢力圏を維持している。
 我々はこの基地を攻略するため二手にわかれ、
 一方は私の大隊と共に陽動をかけ、もう一方は基地への直接攻撃を敢行する」
 スタインベックは机に広げられた周辺地図上の基地を指し示す。
 貼り付けられたメモには、相当な戦力が書かれている。
 正面から攻めたらどれだけ被害が出るかわからない。
「我々は、この位置にある廃棄都市のキメラを掃討し、
 KVを運用する前線基地を設営するように見せかける。
 これに釣られた敵部隊を傭兵達と共に迎撃し、バグア基地の防衛戦力を低減させる。
 敵の戦力はHWが40機弱とキメラが同数以上と予想されている。
 戦力はほぼ同等だが、こちらのバックアップは薄い。激戦となるのは必定だろう。
 ここまでが我々の大隊の目的だ。‥質問は?」
 将兵から手は上がらなかった。
 既に準備万端整っている。
 皆一様に、合図を待つ猟犬のように鋭い眼光を湛えていた。
 スタインベックはいつもと変わらない一同を見下ろし、口を開いた。
「ならば、これより作戦を開始する。
 諸君らの奮闘に期待する」
 感情の無い言葉が戦の始まりを告げる。
 荒野に猟犬達が放たれた。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ソーニャ(gb5824
13歳・♀・HD
奏歌 アルブレヒト(gb9003
17歳・♀・ER
禍神 滅(gb9271
17歳・♂・GD

●リプレイ本文

 基地の建設は急ピッチで進められた。
 ハリボテではなく本物を建設している。
 欺瞞工作としての信憑性を向上させるためでもあり、
 また敵が掛からなかった場合にそのまま前線基地として使用するためである。
 基地の建設は作戦の内容に合わせて対空火器の配備を優先して行われたが、
 それでも基地として全ての機能を完備するほどではない。
 KV用の施設は特におざなりにせざるをえず
 唯一倉庫を雨除けに使える程度である。
「わざわざ御苦労。傭兵諸君」
 スタインベック中佐は横柄な言葉で8人の傭兵を労う。
 場所はその雨除けにしかならない倉庫の一角。
 無造作に折り畳みの机と椅子だけが並べられている。
 傭兵達の他にも20名を越えるKVパイロットが席に着いていた。
「作戦の概要は既にジゼル大尉から聞いているな?
 これが最後になる。質問や確認はあるか?」
「‥ぇ〜っと、今回ってとにかく長い間連中とドンパチしてりゃいいんだよな?」
 手を上げて発言するヒューイ・焔(ga8434)にスタインベックの視線が向けられる。
 その一瞬視線を向けられただけで、怒鳴られてしまうような気がした。
「そうだ。その認識で問題ない。
 他に無いようなら作戦決行まで待て。
 貴様らの出番になれば伝える。以後はジゼル大尉の指揮を仰げ。以上だ」
 スタインベックは朗々と、しかし突き放すように言うと、
 そのまま部下を引き連れてテントを後にした。
 彼の足音が遠ざかると一気に場の雰囲気が弛緩する。
 ヒューイも思わず息を吐いた。
「やっぱり怖いんだ?」
 席の後ろから百地・悠季(ga8270)がクラリスに話しかける。
「‥はい、怖いです」
 クラリスはスタインベックの去った扉を見ていた。
 怒られる理由は今無くても自信の無さが理由で、恐怖の対象を目で追ってしまっている。
「貴方、聞いたとおりのね」
「聞いたとおりですか?」
「うん。だから、友達になりに来たの」
 微笑む百地を見て、クラリスは目を瞬かせた。
 戦線に紛れ込んだ理由が友達作り、というのは彼女にとっては信じられなかった。
 それは戦争に麻痺しているだけかもしれない。
 けど、場慣れした空気を頼もしいと感じた。
 


 警報が廃棄都市に鳴り響く。
 設営されたばかりのレーダーが襲来する敵を捉えたのだ。
「敵空戦隊接近! 中型12、小型25、キメラは100を越えています」
「予想の範囲内だ。作戦開始、予定通り近隣基地へ援軍要請。
 対空ミサイル各機は各個に迎撃を開始しろ!」
 作戦開始の合図となる欺瞞の援軍要請が打電され、
 都市の各所に設置された対空ミサイルが一斉に発射された。
 対空ミサイルはHWに当たらない、当たっても効かない。
 だがキメラ相手ならばまだ速度と火力、数に物を言わせて数を減らすこともできる。
 牽制程度の用途であれば十分な性能を発揮する。
「‥これほどの戦力を相手するのは‥瀋陽以来ですね‥」
 報告される敵の総数を見て、奏歌 アルブレヒト(gb9003)はすこし震える。
 敵は倍以上、ミサイル攻撃でもそうそう数は減らないだろう。
 緊張していたのは彼女だけではない。
 正規軍のメンバーのほとんどがそうだった。
「ブリーフィングでも言ったけど、キツいところはあたし達が受け持つから、
 ジゼル達はフォローよろしく」
 赤崎羽矢子(gb2140)がそれに気付いて、落ち着かせるように手順を確認する。
 ジゼル・ブランヴィル(gz0292)は意図を察して会話を他の機体にも繋げる。
 沈黙して考えに没頭してしまうよりも、そのほうが神経には優しい。
 これに対して、同じ報告を聞いても戦意を昂揚させる者も居た。
「精々派手に暴れて敵の注意をこちらに向けてやる事にしようか。
 行くぞ、九郎!」
「おうさ。しっかり引き付けねぇとな!」
 先陣を切って2機の雷電、榊兵衛(ga0388)の忠勝と
 砕牙 九郎(ga7366)の爆雷牙が突っ込んだ。
「火龍よ 汝の能力の全てを、奴らに見せてやれ。我らを敵とした事を後悔させてやれ」
 その直後についたのは禍神 滅(gb9271)のロングボウ:火龍と、
 百地のサイファー:Heralldia。
 続けて残る傭兵のKVも突撃して行く。
 中央に飛び込んで行く傭兵達の思い切りの良さは正規軍のパイロットを驚かせた。
 この規模での戦闘になるとぶつかり方次第では最初の1秒で蒸発しかねない。

 敵部隊を射程距離に収めた傭兵達は、対空ミサイルの切れ目に合わせてK−02を2機、
 合計1000発のミサイルを惜しみなく撃ち込んだ。
 ミサイル群はバグアの飛行編隊を散々にかき乱す。
 意図的に対象を分散させたため、撃墜したHWは皆無だったが、
 前方を守る竜を模した大型キメラの部隊は、甚大な損害を受けた。
 ミサイル攻撃で絶命したキメラが何匹も墜落していく。
「右上編隊に撹乱攻撃をかけ、足止めします。フォローよろしく!」
 ソーニャ(gb5824)のロビン、エルシアンが
 アリスシステムとマイクロブーストで得た速力と機動性を武器に、
 すり抜けざまにレーザーを乱射していく。
 その後背、撃ち漏らしたHWにトドメをさす奏歌のロビン。
 二重のレーザー攻撃が飛び交い、中型HWを瞬く間に撃墜した。
 その後方、正規軍のKV部隊が左右に別れてキメラを迎撃する。
 当初の想定よりも戦闘は大規模になったがは、傭兵達の主導により優位に開始された。
 



 戦闘は両軍ともに一進一退ながらも、
 常に人類側優位で推移していた。
「見え見えだぜ!」
 ヒューイ機の白魔がプロトン砲をかわし、
 HWの隙間を縫いながらソードウィングで辻斬りにしていく。
 なで斬りした内の一機が切断面から爆発し、墜落していく。
 すり抜けた白魔を後方からHWが襲おうとするが、
 後方から援護する赤崎機がそれを許さない。
 大出力の高分子レーザーライフルとスラスターライフル、
 実弾とレーザーで襲撃し回頭そのものを許さない。
 赤崎機が同じくソードウィングですれ違った頃になると、
 白魔がまたソードウィングを振りかざす。
 中型以上になると火線の密度も厚く常に上手く行くとは限らなかったが、
 ものの次いでとばかりにかなりの数のキメラと小型HWを撃墜した。

 上空は変わらず激戦となる一方で戦場は廃棄都市の低空まで及んだ。
 砕牙やソーニャがギリギリまで低空を飛んでドッグファイトを仕掛けることで
 陸軍への損害は小さく抑えることができたが、
 ビルを意識しながら戦闘を行えるパイロットは少ない。
 結果、低空までに下りたキメラには正規軍のKVが応戦することになった。

 正規軍の損失は3割を越えた。
 傭兵の機体は撃墜こそ無い物の、
 戦闘開始直後の火力を維持するために、その多くが錬力をぎりぎりまで使い果たしていた。
 ただその分戦果は大きく、敵部隊の半数近くを撃墜していた。
 誰もが作戦成功を確信しはじめたころ、異変は起こった。
 最初に気付いたのは戦域管制を任されていた地上のウーフーだった。
 情報はすぐさま戦闘中の全機に配信される。
「敵の陣形が変わった?」
 百地はデータと照らしあわせながら敵を見る。
 乱戦に持ち込み、慣性制御を生かして格闘戦を仕掛けていたHWが、
 一斉に後退を始めていた。
 変わってキメラがKV部隊の前に立ち塞がるように飛びまわる。
「HWを逃がすな!」
 同じく異変に気付いた榊が吼えるが、既に遅かった。
 固まったHWは速度を上げ、
 今までの戦闘が嘘のように全速力で逃げていく。
 余裕のあったKVがミサイル攻撃でHWを狙い、何機かは撃墜するが
 大量のキメラに阻まれ全てを叩き落すことはできなかった。
「追撃を‥」
「追うな!」
 スタインベック中佐の鋭い声が飛んだ。
「何故ですか!?」
「既に周辺からHW部隊が出撃している。追撃すれば孤立するぞ。
 ‥それに、今からブーストしても追いつけない。キメラの撃破を優先しろ」
 確かにそのとおりだった。
 HWに速度で追随可能な機体は多いとは言え、あくまで最高速度での話だ。
 混戦からようやく立ち直った今からでは、加速しても追いつけるものはわずか。
 帰りの燃料も心もとないだろう。
 放っておけば彼らは本隊を襲うと分かっていても、
 黙って見送るしかなかった。




「‥以上、本隊は被害甚大なるも基地破壊に成功。本作戦はこれにて終了とします」
 硬い声で報告が読み上げられる。
 投入された多くのKVが未帰還となった。
 死んでいった者の中には懇意だった者も含まれていたのだろう。
 軍人達は静まり返ったままだった。
「くそっ‥。俺たちがもっとちゃんとしてりゃ、こんなことには‥!」
 砕牙は悔しそうに拳を机にたたきつける。
 HWの行動パターンは地域差が激しい。
 有人機であれば当然だが、無人機でも使い捨てにされる物から、
 今回のようにある一定の戦術を考える物までピンキリだ。
 それを読み間違ったのは大きなミスとも言えるだろう。
「敵が本来的には防衛戦力だということは失念していたか。
 次は追撃部隊を伏せておいても良いかもしれないな」
 報告を聞いたスタインベックの言葉はどこか他人事のような雰囲気さえあった。
 その次さえなくしてしまった兵士達のことを、こいつは本当に考えているのだろうか。
「作戦は成功している。気に病むことはない。戦力不足に関しては、
 次の補充まで我々が駐留することで間に合わせる」
 スタインベックはニコリともせずに告げる。
 そんな問題じゃない。
 そう叫んでしまえば楽になりそうだったが、
 生憎と目の前の相手はそれさえも考慮の上で喋っている。
 恐らく、大隊の全滅や自分の死すら計算に入れているのだろう。
 ただ雰囲気を悪くするだけの効果しかない。
「御苦労だったな。後はこちらの仕事だ」
 本人に他意はないのだろう。
 だが傭兵達には、
 言外にお前達の居場所はもう無いと、
 そう言っているようにも聞こえてしまった。