タイトル:血の匂いに惹かれてマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/01 07:26

●オープニング本文


 アマゾン川流域での交通は船が重要な位置を占めている。
 バグアが来襲してきても地形が変わるわけもなく、
 民間軍事問わず、人や物の輸送には船は欠かせない存在だ。
「‥という事はこの半年で良く理解していると思う」
 鷹を思わせるような鋭い容貌の男、フェリックス・アンディオン中尉は囁くように呟いた。
 その眼の先、密林を抜けた先の船着場には
 今まさにキメラに襲われている輸送隊の一団があった。
 巨大なピラニアのようなキメラが荷物を守る兵士に次々に襲い掛かっている。
「放っておくと、他のルートでは補給が滞りますね」
「そういうことだ。3日で弾薬も食料も尽きる」
 中尉の近くで呟いたのは中尉の息子ぐらいの年齢の少年だった。
 能力者のトニ・バルベラ軍曹、年齢は16。
 年齢の割には幼い印象のある面立ちだが、
 野戦部隊と寝食を共にした分だけ大人びた口調で話す。
 フェリックスはトニが他の小隊のメンバーと同じく、
 樹木の陰にしっかり隠れているのを確認する。
 視線を輸送隊の惨状に戻し、こっそり嘆息した。
 親と子どもの年齢差、などという表現があるが
 実際に息子と同じ年齢だったりするから困る。
 身長体重まで似通ってるのは所謂『神様の試練』というやつなのだろうか?
 だとしたら神様の性根は腐ってるに違いない。
 宇宙人と泥沼の戦争になっている時点でそうに違いないとは思っていたが、最近は確信が深まるばかりだ。
「中尉」
「なんだ?」
「‥助けなくていいんですか?」
「そうするだけの武器があればやっている」
 SES内蔵の銃を握り締め、今にも飛び出しそうなトニ軍曹を
 中尉は押しつぶしたような声で引き止めた。
「どんなに上手くやってもあの数は無理だ。お前があと10人いたら考える」
「‥‥すみません、中尉」
 心底申し訳無さそうにトニは縮こまる。
 こういうところで感情が抑えられないのは若さゆえだろうか。
「謝らなくていい」
 止めなかったら後ろで控えている小隊のメンバーの誰かがトニと同じような事を言っていただろう。
 トニが止められたのを見て、多くの人間がこっそり銃を構えなおしている。
「俺達だけじゃ埒が明かん。トニ、キャンプに戻って本部に援軍を要請してこい。傭兵達が着いたら説明と道案内も頼む」
「了解です」
 トニは頷くと、ほとんど音も立てずに後方へ走り去った。
 未成年で非覚醒でも能力者だ。
 単純な技術ならまだ他にも教えることはあるが、
 忍び足に関しては既にトニは小隊でもトップの技量だ。
 ほとんどが能力者として得る素質に由来しているから、これからまだまだ伸びるだろう。
「まったく‥嫌な時代だ」
 ピラニア型キメラが満足して河に飛び込んで行くのを確認すると
 フェリックスは小隊を少しずつ森の奥に下がらせた。

●参加者一覧

ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
Anbar(ga9009
17歳・♂・EP
リア・フローレンス(gb4312
16歳・♂・PN
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG
緋阪 奏(gb6253
22歳・♂・DF

●リプレイ本文


 密林の中にぽっかりと空いた更地に、キャンプは作られていた。
 このキャンプは密林で行動する各部隊の輸送の拠点でもある。
 本部となる基地は更に後方にあり、命令はこのキャンプに届いた後、各隊に発信されている。

 トニの案内でキャンプまで移動した傭兵達は、
 協力するフェリックス小隊の到着を待ちながら各々に仕事の準備をしていた。
「それにしても宙を舞い襲ってくるピラニアとは、また厄介なものを作ってくれたものです」
「ええ。これはしっかりと駆除しておかないと大変なことになりそうですね」
 ラルス・フェルセン(ga5133)と旭(ga6764)は資料の再読をしていた。
 トニの用意したキメラの細かい資料と、周辺の地図も追加されている。
「輸送が滞れば輸送先が困窮します。敵ながら着実な攻めと言えば着実、ですよね」
「ほかの地域にも出没してなければいいけど‥‥」
 地図上の水路をなぞり、地形を頭に入れていく。
 もしもの場合にどの情報が重要になるかわからない。
「北欧に行けば暖かい所が恋しくなり‥‥‥、南米に行けば冷たい所が恋しくなる、か」
 その横ではリア・フローレンス(gb4312)が資料の束で顔を扇ぎながらうな垂れていた。
 時期的にはそろそろ乾期となるが密林に近いため湿気は十分有り、更に気温は30度ほどはある。
「ピラニアね‥また物騒なキメラも居たもんだ。さくっとやっちまおうゼ」
 ヤナギ・エリューナク(gb5107)は戦闘前の一服を吸いながら資料を読んでいる。
 ここから先になるとあまり自由に喫煙できないであろうから、今の内に、という考えだ。
「ああ。物資も人命も、奴らの餌にするには惜しすぎる」
 緋阪 奏(gb6253)は三本の刀を確認している。
 残った時間の使い方は8人それぞれだった。



 そうこうしているうちに、トニがフェリックスと小隊を引き連れて現れる。
 思い思いに作業をしていた傭兵達は一斉に立ち上がり出迎えた。
「私がフェリックス・アンディオン中尉だ。宜しく頼む」
 無愛想気味の男が敬礼をする。
 普通に喋っているのだろうが『宜しく』という単語がどうにも浮いている感じがした。
「ふむ‥噂に聞いてはいたが若いな。UPCが斡旋する以上信頼するが、任せても大丈夫かな?」
 フェリックスは一同を見回した。
 値踏み、ではないが力量を推し量るように全員に視線を注ぐ。
「安心しろ。きちんと報酬分以上の仕事はこなしてみせるさ」
 anbar(ga9009)が進み出る。
「ガキに見えても、きちんと死地は幾度も越えてきているんだからな。そこを見損なわないでくれよ」
 実際に実力は伴っている以上、その自信には裏づけがあった。
「随分とでかい口を叩くな」
 フェリックスが眼を細め、anbarの顔をのぞきこむ。
 急に近づかれてanbarはわずかに後ろに下がった。
「安心しろ。見掛けだけで能力を判断するほど耄碌しちゃいない」
 安心しろ、の部分はanbarと同じ口調で喋っていた。
「ガキに見えるかどうかはともかく、自分から見掛けと年齢に言及している間はまだまだガキだ」
 抑揚のないフェリックスの言葉にanbarは顔をしかめた。
 会ったばかりだというのに、気まずい雰囲気が立ち込め始める。
「それはそれとして中尉さん、お願いしていたものは?」
 話題を強引に変えるように長谷川京一(gb5804)が聞く。
「ああ、これで十分かな?」
 中尉が合図すると、小隊の兵士が進み出て手に持った大きな蛇を2匹見せた。
 キレイに巻いて持っているが後ろのほうは少し引き摺っている。
 頭に裂傷があり、ナイフか何かで一突きにされているのがわかった。
「手際が良いですね」
「俺達の昼食用に朝取っただけだ。無駄にしてくれるなよ」
 淡々と話す中尉にユーモアの気配は無い。
 言葉はそのまま意味で、且つ事実だったりするのだろう。
 傭兵達が苦笑している間に兵士は手際よく蛇を捌き始めていた。




 小隊との協議の結果、幾つか合った作戦は一つにまとめることになった。
 相手側の警戒を考えるなら、血や肉を使った囮は人でも獣でも変わらないので、
 少しでも多く引き寄せるために同時に使用する事となる。
 音を使った作戦には中尉が難色を示した。
「手榴弾を使うのは構わないが、大きな成果は見込めないだろう」
 この程度の音で気絶するような弱いキメラは居ない。
 経験則であり、キメラと輸送隊の戦いを観察して確認した事実でもある。
 爆弾漁をするにも、フォースフィールドを持つキメラ相手では火力が足りない。能力者が直接SES搭載の銃で撃ったほうが良い。
「それなら予定通り、トニさんと私が囮になって誘き寄せましょう。10秒ぐらいなら何とか耐えられます」
 フィルト=リンク(gb5706) がリンドヴルムを軽く叩いて示しながら言う。
 その一言で協議は一通り終了した。


「2人共、危険だケド頼むゼ?」
「はい。そちらも」
 声を掛けたヤナギを始め、小隊のメンバーも散り散りに森の中へ散っていく。
 ほんの数秒で生い茂る木々の間に見えなくなった。
「こちら左翼側。いつでもいいぞ」
「右翼側も準備OKだ」
 無線でラルスと緋阪からの声が届く。
「わかりました。では始めましょう」
「了解です」
 武器を構え、二人は覚醒する。
 フィルトの瞳の色が藍色に変化。
 彼女の外見的な変化はそれのみであったが、心なしか表情が硬くなっているようにも見える。
 その傍ら、トニの髪が斑の白と赤に発光し、炎のように揺らぐ。
 合わせて武器のエアインテークが作動。戦闘の準備を終えた。
「フィルトさん、鎧は?」
「私はこれです」
 フィルトは引いてきたバイク、リンドヴルムを変形させ装着する。
 身長の近い二人だったが、この状態ではAUKVの厚みだけフィルトが大柄に見える。
「アーマーユニット‥」
「珍しいですか?」
「整備が手間なんでここに配属される人は少ないですね」
 トニが苦笑しながら言う。
 少しだけ、緊張がほぐれた。
「では、投げ込みます」
 無線に合図。トニには目線でのみ合図する。
 小さく頷きあった二人は血の滴る肉を川に投擲。

 ぽちゃんとちいさく水の音。
 1秒のあと、びちびちと跳ねるような音が沸きあがり、
 水面に盛り上がるようにピラニア型キメラが姿を現した。
 キメラは水際の囮二人に気が付くとすぐさま水際から距離を取り助走。
 血に塗れたフィルトとト二を狙って水中から飛び掛ってきた。
 二人は武器で飛び来るキメラを払いながら後退するが、流石に数が多く捌ききれない。
 だがここまでは傭兵達の想定内だ。
 近くの茂みから旭と奏が飛び出し、二人に飛び掛るキメラを切って捨てた。
 時間差で更にキメラが飛び出してきたが、囮の二人が下がった以上、射撃班が動き出す。
 陣形に入ってしまえば物の数ではなかった。
 ラルスとAnbarのSMG、リアのガトリング砲、ヤナギのギュイターが弾幕を形成。
 後から飛び出したキメラをあっと言う間に撃ち落す。
 戦いの趨勢は最初の想定よりもあっさりと決まってしまった。




 違和感に最初に気付いたのはフィルトだった。
「‥‥‥数が、少ない?」
「え?」
 言われて旭が見回してキメラの死体の数を数える。
 穴が開き、2枚に分かれてと酷い有様で数を数えるのは困難だったが、
 なんとか一通り数えてみる。
「どう数えても、15匹‥‥ぐらいですね」
 最初の報告にも足りない。
「しまった! キメラが逃げます!」
 ラルスが川の向こう岸を指差した。
 言葉に反応して傭兵達は一斉に川べりに集まる。
 指差す先の川面には一目散に逃げるキメラの姿があった。
 水面を叩くような音は既にかなり遠ざかってしまっている。
「逃がすかっ!」
 京一が狙撃眼を使い、番天印で遠距離からキメラを狙い撃つ。
 水面に水しぶきが上がるたびに、動かなくなったキメラが川に浮かぶ。
 だが流石に数と距離がある。全てを撃ち尽くすことは出来ない。
 キメラは水中を全速力で逃げて行き、やがて銃弾の届く範囲を過ぎた。
 傭兵達は10匹前後は居そうな群を、そのまま見過ごすことしか出来なかった。




 それから1日、キメラの足取りは掴めていない。
 傭兵達とフェリックスの小隊は野戦部隊の本部でただ報告を待つだけの状態だった。
「キメラを作ったやつは良く考えていますね」
 呟いたラルスに視線が集まる。
「要はあのキメラは、私達みたいな能力者を避け、一般人だけを襲うように作られているんだろう」
「能力的に上回る者が現れれば逃げ続け、それ以外を攻撃するだけ。輸送路は止めるには十分だな」
 奏の言葉を最後に会話はまた途切れる。
 雰囲気は重苦しいは払拭されない。
 うな垂れる面々の下にトニが駆け寄ってくる。
「本部から連絡です。キメラのその後の行方が分かりました。数は増えていないそうです」
「わかった」
 中尉を始めとする小隊の兵士はそれを聞くと各々に装備を担ぎ上げ、行軍の準備を始めた。
「ありがとう。助かった。君達の仕事はここで終わりだ」
 同じく装備を背負い始めていた傭兵達の動きが止まる。
「君達が戦ってくれたおかげで、だいたいの強さがわかった。
 残り10匹ぐらいなら、もう1小隊呼べばなんとでもなる。
 君達をここに拘束するほどの敵じゃない」
 労いの言葉には非難も拒絶も含まれていなかったが、
 初手の失敗が有る以上、疎外感を感じてしまうのは否めなかった。
 誰もがどうするべきか迷っている間に、小隊はきびきびとテントを出て行く。
「待ってくれ!」
 叫んだのはanbarだった。
 去ろうとしていた中尉が振り返る。
「最後までやらせてくれ」
 真っ直ぐ見据えてくる眼と視線が合う。
 誰が悪いわけじゃない。だが失敗は失敗だ。
 失敗をそのままにして去りたくはない。
 声はあげなかったが、誰もanbarを止めなかった。
「それは願ってもないが、追加料金は出せないぞ?」
「かまわない」
「‥では、お願いするとしよう」
 一瞬の間を置いて、フェリックスは手を差し出した。


 2日後、傭兵達とアンディオン中隊はキメラの群に追いつき、残ったキメラ10匹を討伐する。
 船の輸送路は一部が5日間停止したものの、キメラ討伐後は大きな混乱も無く運行を再開した。