●リプレイ本文
ごった返す人を押しのけて、傭兵達はソフィア・バンデラス(gz0255)の部屋にたどり着いた。
強化人間が暴れまわって混乱していることもあり、
たどり着くことさえも容易ではなかった。
先頭をきって、転がり込むように部屋に入ったのは橘川 海(
gb4179)だった。
「‥‥高円寺‥‥さん‥‥」
信じたくなかった現実が、目の前にあった。
身近だった人が永久に居なくなってしまった。
辛い現実に打ちのめされる。
遺体が軍の医師達によって身形を整えられた後だったのは、
彼女にとって良かったのか悪かったのか。
「‥大丈夫か?」
ジャック・ジェリア(
gc0672)が嘔吐をこらえる橘川を支える。
まだ平然を装う彼自身も、二つの遺体には後悔の念を抱いていた。
なぜ、疑いを深く追求しなかったのか。
この結末を回避しえる可能性を自分が握っていただけに、余計に悔しかった。
「‥一之瀬大尉は?」
遠倉 雨音(
gb0338)は感情を整えるために、深呼吸して事務的な言葉を装う。
立て続けに幾つもの死を見てきた彼女も、心中穏やかではなかったが、
橘川の動揺が彼女の理性を引き戻していた。
「一之瀬大尉は既に捜索に向いました‥。貴方達には可能な範囲で便宜を図るようにと、承っています」
「そう‥ですか‥」
「‥‥」
震える遠倉に声をかけようとして、 藤村 瑠亥(
ga3862)は開きかけた口を閉じる。
かける言葉が見つからない。
誰もが無言のまま、二つの遺体を見ていた。
外からは時折、何かが爆発する音が聞こえてくる。
「‥まだ終わっていません」
終夜・無月(
ga3084)が暗い雰囲気を打ち破るように、良く通る声で言った。
瞳には決意の火がともっていた。
「ソフィアはまだ基地内に居ます。俺達で二人の無念を晴らしましょう」
「‥そうだね。無月の言うとおりだ。まだ終わっちゃいない。終わらせちゃいけない」
赤崎羽矢子(
gb2140)が怒りに震える腕を押さえながら言う。
「行こう。泣くのも哀しむのも全て終わってからだ」
怒りも悲しさも胸に秘めて、今は戦おう。
それが死んで言った者達への手向けになる。
「兆倍返しだ。必ずこの手で縊る」
静かな怒りを秘めて、キリル・シューキン(
gb2765)も銃を掲げる。
「ソフィアさんを追いましょう。手分けすればみつかるはずです」
九条院つばめ(
ga6530)が橘川を支え上げる。
橘川はその眼を見て強く頷き返した。
「――もうこれ以上‥‥見知った顔がいなくなるなんて、嫌ですから。
瑠亥さんの背中‥‥お預かりします」
「‥‥わかった。この腕、雨音の為に使おう」
藤村は二刀の柄を握り締めた。
この悲しみを拭うために、誰であれ撃破してみせる。
「レラ姐さん、私は今クールじゃない。多分、周りは見れないよ」
「ええ、構いませんよ。フォローしますから、
ファナちゃんは好きなようにしていいですよ」
怒りを隠そうともしないファタ・モルガナ(
gc0598)に、
カンタレラ(
gb9927)は艶やかに微笑み返す。
それぞれに想いを秘めて、全員の意思が揃う。
傭兵達は逆巻く風に向って走り出す。
運命の引き合わせか。
それとも細い糸を自ら手繰り寄せたのか。
傭兵達は出会う。
全ての元凶に。
◆
本星型HWからの通信が切れる。
ソフィアは供を従えて滑走路を走りながら、通信機を閉じた。
到着まであと数分。それでケリがつく。
「ソフィア様ー!」
「ん‥?」
ケットシーの悲鳴に振り返る。
エンジンを最大まで吹かせて、AUKVが後背から迫っていた。
「‥来ましたか」
進行方向に回り込むように橘川がバイクで乗りつける。
後ろに乗せたジャックが飛び降りるとすぐさまにAUKVを装着。
カプロイア伯爵と同じ真紅の外套を靡かせ、ミカエルがソフィアの行く手を遮る。
「ここは通さないんだからっ!」
橘川の横にはガトリングガンを構えたジャックが立つ。
色違いの鋭い双眸がソフィアを見据えている。
足を止めた一行を傭兵達が取り囲んだ。
「グローリーグリム、まさか貴方なのですか?」
九条院が斧を見て問いかける。
「‥今はソフィアよ。面識はあったかしら?」
「九条院つばめ。貴方とは何度も戦っていますが、名乗ったことはありませんでした」
「‥覚えが無いわね。けど、貴方がそういうのなら面識はあったのでしょう」
「貴様が誰であれ関係ない‥!」
キリルは叫ぶ。
「本城とも無関係というわけでもないだろうッ! 彼女をどこへやったッ!?」
「知りませんね。答える義務もありません。‥腕ずくで聞いてみたらどうですか?」
ソフィアは斧を地面と平行に構える。
数秒の静止、風の音が聞こえるほどの無音。
暴風が交わるような激しさで、人とバグアは激突した。
◆
ケットシーと対するファタとカンタレラだったが、
ケットシーは逃げる一方だった。
「ニャー!」
「逃げるな黒猫ッ! キメラだろうがぁ!」
ケットシーはファタのガトリング砲を必死にかわす。
演技ではないようだが、その逃げっぷりはファタの神経を逆撫でした。
「‥仕方ないですね」
後ろで少々苛立ちながら見守っていたカンタレラは、
ひとつ溜息をはくと、雷光鞭から電撃を放った。
「ニャッ!?」
雷光鞭の放った光はケットシーではなく、ソフィアにむかった。
ソフィアは斧で弾くが、その隙に無月に攻め込まれる。
「貴方が仕事をしないと、ソフィアさんはどんどん困って行きますよ?」
カンタレラはまるで日常会話を楽しむような嬉々とした笑みで言う。
さあ戦いましょう、とも。
「‥‥わかったのですニャー」
ケットシーは諦めたように肩を落とし‥‥、愛らしかった眼を鋭く光らせる。
ケットシーが王冠の中にあるスイッチを押すと、
煙幕がケットシーの周囲をアッと言う間に包み込んだ。
「な‥なんだい‥?」
ファタは思わずあとずさる。
煙幕の中には、いつのまにか巨大な影が映っていた。
風きり音が走り、飛び出した巨大な爪がファタの身体を切り裂いた。
「ファナちゃんっ!」
練成治癒で命は繋ぎとめたが、それ以上の治療はできなかった。
本能が、目の前の脅威の大きさを感じ取っている。
「良かろう。我が相手をしよう」
煙幕の中が晴れて現れたのは巨大な化け猫だった。
喉を鳴らし、太く低い音で威嚇している。
「‥‥嬉しいわ」
カンタレラは震えた。
恐怖からではない。
これから与える痛みと受ける痛みに、恍惚を予感するからだ。
カンタレラの雷光鞭が静かに放電の音を響かせていた
◆
ソフィアとの戦闘は熾烈を極めた。
射撃攻撃への耐性を突破するために近づかざるをえなかったキリルは、
大斧が生み出したソニックブームに巻き込まれ戦闘不能に。
牽制をしていたジャックも手詰まりになっていた。
錬力切れでスキルを有効に活用できず、
しかし近づけばキリルと同じ結果となって戦線は崩れるだろう。
「はあっ!!」
裂帛の気合と共にソフィアは大斧をフルスイング。
衝撃波が空気を歪めて唸り、斬りあっていた無月を襲う。
「ぐっ‥」
無月はかわしきれずに明鏡止水で受けるが、
衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされ、後ろに数歩押し戻される。
だが、傭兵達にはまだ手が残っていた。
「以前のボクサーに劣る。他愛のない相手だ」
藤村が刀を軽く振って血を払う。
強化人間を撃破した藤村、赤崎、遠倉が戦線に加わった。
ソフィアと戦って脱落した戦力は補われた。
橘川と九条院は互いを見交わし、最初にしかけた策の仕上げに掛かった。
「今ですっ!」
ここまで負傷した腕ばかり狙っていた九条院と無月が、
一斉に斧を持つ側から襲い掛かった。
不意を付かれてソフィアは受けにまわる。
九条院を蹴り、無月を斧の柄で弾き飛ばすが、
その隙をぬって間髪入れず、橘川の棍棒と赤崎がハミングバードが振り下ろされる。
「あなただけは許さないっ!」
ミカエルの腕力でソフィアを押さえ込む。
ソフィアは再び弾いて距離を取ろうとするが、
懐に入られてしまって上手く立ち回れない。
「あんたが何を考え武人を名乗ったって‥」
橘川が抑える隙に赤崎がハミングバードで連続して切りかかる。
「やってる事は人を踏み付け、命を奪ってるだけだ!」
怒りを叩きつけるように、小さな綻びに最大の力を叩きつけた。
「このっ!」
橘川と赤崎を渾身の力で発生させた衝撃波で押し返す。
そうして出来た穴を、今度は遠倉の銃撃が埋め合わせた。
数発の銃弾がソフィアの右腕に直撃。
FFで防いでも、威力を殺しきれない。
危うく斧を取り落としかける。
「終わりだっ!」
その機に乗じ、藤村が二刀を抜き放つ。
この位置では如何にソフィアといえど、一撃をかわせない。
「‥‥っ。それならっ!」
ソフィアは左腕を後ろに振りかぶる。
その腕にはいつの間にか、異星の文明で鍛えられた小手が装着されており、
黄金色の輝きを放ち始めていた。
無月はソフィアの動きに気付きはしたが、警告を発する間もない。
「ファントム!!」
突き出した左腕から閃光と共に不可視の衝撃が迸る。
コンマ秒以下の衝撃は藤村の胴に直撃。
俊敏さを誇る藤村でさえ、その一撃を見切ることはおろか、
何があったかを理解することもできなかった。
藤村は衝撃を受けて軽々と吹き飛び、コンクリートの滑走路を低くバウンドし、
倒れ伏して動かなくなった。
「ああああっ!」
獣のような叫びをあげてソフィアは取り落としかけた斧を握りなおし、
独楽のような大振りを3回転。
遠心力を加えた大斧で、橘川の胴を薙いだ。
赤い衝撃波を伴った一撃が、装甲が砕いて肉が抉る。
橘川は捻れた方向に回りながら、血をしぶかせて地面に倒れた。
絶命は免れたものの、指が痙攣し、血が溢れ、立ち上がれない。
「‥‥はっ‥!」
ソフィアは斧を構えなおす。
無理がたたったのか、左腕の傷が開き血がとめどなく流れていた。
バグアなら再生するだろうが、この一瞬には致命傷足りえる傷だった。
「奪ったから何よ‥?」
ソフィアは言葉を吐き出す。
「失ったならまた奪えば良い。無くしたなら産めば良い。
それをごちゃごちゃとっ!!
食い荒らしながら生きているのはお互い様のくせに、知った風な口をきくな!!」
自身の痛みを誤魔化すように。
怒気は一体、誰に向けられていたのだろうか。
「私達はこうして生きてきた! 何千年も!
それ以外の生き方が出来ない生き物なのよ!
今更生き方なんか変えられない。
三度の食事を止めて、死ねとでもいいたいのか!」
怒号はこだまする。
誰もが動けずに黙ってそれを聞いていた。
二人の強化人間は倒れ、ソフィアは大きな傷を負っている。
だが傭兵達も無傷ではない。
藤村、キリル、橘川、ファタの4人が戦闘不能。
残り6人もほぼ全員が傷を負い、相当量の錬力を使用した。
比較的軽症のカンタレラはケットシーを相手に動けない。
決定打を撃つだけの力が、傭兵達には残っていなかった。
「ソフィア様、あれを」
ケットシーが上空を見据える。
ソフィアは顔を上げなかったが、何が来るかはわかっていた。
上空を通り過ぎる本星型HWから、一体のバグアが半透明の翼を開いて舞い降りる。
「グローリー・グリム殿‥‥いえ、ソフィア・バンデラス殿とお呼びすべきでしたね。
お迎えにあがりました」
「バスベズル‥か」
エース用に改装された本星型HWの戦力は圧倒的だった。
無人となった今でさえ、通常のKVでまるで歯が立たない。
燃え落ちるKVを背景に、バスベズルはいよいよ慇懃に言葉を紡ぐ。
「此度の失敗は私の不明ゆえ。まことに申し訳なく‥」
「黙って仕事をしろ。私は今機嫌が悪い」
「はっ。申し訳ありません」
「待て!」
「ただで逃がすと本気で思ってるのか?」
バスベズルは振り返り、複眼の双眸を細めた。
怒りに満ちた赤崎と視線が合う。
その背後では、ボロボロになった橘川が立ち上がっていた。
血が蒸発して傷口を塞いで行く。
心は折れない、と傭兵達の目が語っていた。
「‥そうか。それは失敬」
次の瞬間には赤崎の目の前に、ハエの巨人が立っていた。
瞬間移動ではない。単純に相手が速いのだ。
驚愕する間はあっても、逃れるだけの時間は無い。
一本の腕が赤崎の頭を1対の腕が右腕と左腕を掴み上げる。
「!」
赤崎は怪力を振りほどけない。
締め上げられながら持ち上げられる。
そして残りの3本の腕が、赤崎の胴部に詰まった内臓を、
順番に的確に、且つ力任せに叩きのめした。
「ガッ!?」
人間と言う生き物の急所を知り尽くした連打を受け、
赤崎は喉奥からこみ上げてきた血を吐きだした。
「ふんっ!」
首を持っていた腕がしなり、赤崎を軽々とジャックに向けて投げつけた。
仲間を避けるわけにもいかず、ジャックが抱きとめる。
「遊ぶな、バスベズル」
「‥はっ」
油断なく構える傭兵に背を向け、
バスベズルはソフィアと小さくなったケットシーを肩に乗せる。
2本の腕は彼らを抱えながらも、残り4本の腕は光線銃を構えていた。
傭兵達にはとても仕掛ける余裕はなかった。
バスベズルは背中の羽らしき器官を広げると、ふわりと宙に浮く。
「‥‥‥」
ソフィアは何か言いたげな目をしていたが、何もいわなかった。
2人と1匹は空を飛び本星型HWに搭乗する。
仲間を回収した本星型HWは速度を上げ、数秒で視界から消えた。
気付けば基地の騒乱は終息し、残骸が吹き上げる火の爆ぜる音だけが聞こえていた。
◆
消せない傷跡を残して、事件は終息した。
ソフィアを放置した際の被害を考えれば、安い損害で済んだ。
そうとしか、誤魔化しようがなかった。
妥当な評価も賞賛の言葉も心に届かない。
全てを救うなど、例え本物の英雄にも為しえないとわかっても。
「せめて安らかに」と祈りだけを捧げ、
苦難の待つ未来を見据えながら、
傭兵達は帰路についた。