タイトル:眠りの園マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/16 13:12

●オープニング本文


 都合の悪いときだけ子供扱い。
 普段の生活なら腹を立てるところなのだけど、
 今はその気遣いを嬉しく感じている。
「でも、この坂はちょっと‥」
 森林の中央を割って進む石畳の階段に、トニはいきなりへこたれそうになっていた。
「意外と体力が無いのだな?」
「慣れてないだけです」
 先に進む一之瀬に笑われてムキになる。
 トニは決して体力がないわけではないが、軍隊勤務からこちら、
 山岳部を徒歩で登るようなことはほとんどもなかった。
 そして、異国の地となれば気候の差もあって負担は大きく違う。
「‥すまんな。一昔前ならタクシーを使うところなのだが‥」
 一之瀬はそう言って、昔を懐かしむようにどこか遠くを眺めていた。



 トニは一之瀬大尉に付き添って日本まで来ていた。
 一之瀬が日本へ帰った理由は、死んだ二人の納骨の為だ。
 二人の家が一体どこにあるのか。
 それは永久にわからなくなってしまったけれど、
 遺言には私財と骨の扱いを一之瀬大尉に任せる、とだけ書いてあった。
 一之瀬は二人の私財はほぼ全て売却し、預金と合わせて孤児院などに寄付した。
 骨は行き場所がなかったが、異国の地よりは生まれ故郷のほうが良いだろうということで、
 一之瀬の家族が眠る墓所の近くに場所を作った。
 コロンビアから日本への事務手続きでかなり手間取ったが、
 今日晴れて二人を埋めることが出来る。
 時間がたって落ち着いたのか、一之瀬の顔は穏やかだった。



 何も問題ない日程で進んできた墓所への道のりだったが、
 最後の最後でつまずいてしまった。
 山の中腹から先に続く道を軍人達が封鎖し、
 参拝客らしい人たちが何人も足止めを喰らっている。
 ガヤガヤと何事かを喋っているのだが、
 母国語のほかは英語ぐらいまでしかわからないトニには何を言っているかさっぱりだった。
 しかも悪い事に黒髪と黒い瞳で日本人と誤認されて、
 一時は対応でかなり慌てることになった。 
「‥どうかしたんですか?」
 ようやく戻ってきた一之瀬に聞く。
 小さな事件に気付いたのか、すこし頬を緩めていた。
「どうも近くにキメラが現れて、しばらく立ち入り禁止らしい」
「しばらくって‥」
「そこにいた軍曹の話では一週間ほどらしいな」
「一週間‥!?」
 なんでも周辺一体で似たようなキメラが薄く広く徘徊しているため、
 討伐に時間がかかっているらしい。
 しかも避難の終わったこの周囲は優先順位もかなり下のほうとか。
「そこまでは流石に待てない。無線を借りてULTに私から依頼を出した。
 早ければ明日には付くだろうから、今日はどこか宿泊先を探そう」
 一之瀬はそういうと悠々と山を降り始めた。
 一之瀬の話を聞いていたのか、他の参拝客も諦めて山を降り始める。
 トニが見ている限り、終始一之瀬の表情は穏やかだった。
 これが本来の彼女なのだろうと思い、ほんの少しだけ、
 なぜか悲しくなった。
 いまさらになって二人のことを思い出したのかもしれない。

●参加者一覧

旭(ga6764
26歳・♂・AA
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
沁(gc1071
16歳・♂・SF

●リプレイ本文


 一之瀬・遥(gz0338)とトニ・バルベラ(gz0283)が道路跡の斜面に背中を預けていると、
 軍の車輌に乗って傭兵達が山を登ってくるのが見えた。
 一人一人の装備から誰が乗っているのか確認して、
 一之瀬は思わず苦笑してしまった。
「大尉も人が悪い。二人の納骨をするのなら、一声かけていただきたかったのに‥‥」
 遠倉 雨音(gb0338)は車を降りるなり、一之瀬に詰め寄った。
 置いてけぼりにされて、珍しく拗ねたような顔をしている。
「いいじゃない。参加出きるんだから結果オーライでしょ?」
 赤崎羽矢子(gb2140)が雨音の肩を叩いて通り過ぎる。
「それはそうですけど‥」
 雨音の不満は解消されなかった。
 気分の問題でもある。
「海も、来れて良かったでしょ?」
「‥うん」
 橘川 海(gb4179) の顔は優れなかった。
 挨拶こそまともにするが、一之瀬の顔はまともに見れなかった。
 赤崎は小さく嘆息する。
「クラリア、そろそろ行こう」
 ウラキ(gb4922)は自身の銃が分解収納されたカバンを持ち上げ、車輌の外に降りる。
 外に出て違和感に気付く。
 クラリア・レスタント(gb4258)から返事が無い。
「‥どうかした?」
「えっ? あ、いえ‥‥何でもないです」
 ウラキに肩を叩かれ、ようやく顔をそちらに向けるクラリア。
 何を考えていたのか、心ここにあらずと言っていい様相だ。
「‥そうかい?」
 ウラキは何となくそれ以上追求しずらく、
 気にしない振りをすることにして荷物を降ろし続けた。
 皆それぞれ何かを抱えてはいたが、依頼として手配された以上、
 何も抱えていない人間もやはり居る。
「あーあー辛気臭ぇところに来ちまったな」
 湊 獅子鷹(gc0233)は周囲を見回す。
 若い人間など自分達だけだ。
 こんな時期では死人と死人一歩手前の人間しかいない。
「‥‥墓地か。‥‥やり難いだろうな」
「そうですね。敵は空から自由に降下できますからね」
 沁(gc1071)の言葉に相槌を打って、旭(ga6764)は空を仰ぎ見る。
 ワイバーンたちは集まった傭兵達に気付くこともなく、
 未だに悠々と空を飛んでいる。
「納骨とかどうでも良いから、さっさと仕事片付けようぜ」
「ああ、期待している」
 気分を害した風でもなく、一之瀬は鷹揚に頷いた。
 


 軍の誘導で参拝客を全て避難させ、キメラの駆除が開始された。
 傭兵達は各々得意な武器を持ち、車道跡に出る。
 キメラ出現の可能性もあって一般人は使用していないこの場所なら、
 誘導さえすれば被害なく戦えるだろう。
「それでは、見敵したら連絡します」
 クラリアは照明銃を構え、
「何かあったんですか?」
「‥いや、気にしないでくれ」
 旭の問いをウラキは流す。
 移動する直前に、クラリアはウラキを何か言いたそうな目で見ていた。
 何もないようには誰にも見えなかったが、個人的なものであれば詮索するのも野暮だ。
 それから待つこと一分。
 駐車場跡から照明銃が空中に向って放たれ、
 尾を引くように光が森へ落ちた。
「来たぞ。探す手間が省けたな」
 湊がショットガン20を肩に構え、油断なく周囲を見る。
 ワイバーンたちは直線的に傭兵達を襲うことはなく、
 ゆっくり旋回しながら徐々に近づいてくる。
 数は4。
 報告された全ての個体が集まっている。
 統率のとれた動きから、どうやら群れらしいとわかった。
「先制攻撃だ」
 伏せ撃ちの体制になったウラキが一匹を狙う。
 アンチマテリアルライフルMk−2なら十分に狙撃可能な距離だ。
 銃声が響き、大口径の銃弾がキメラを狙い撃つ。
 命中、命中。
 翼の膜を破られ、ワイバーンは地面に向って落ちていく。
 あの位置なら軍の部隊がなんとでもしてくれるだろう。 
(「良い銃だ‥少々反動はきついけど」)
 ウラキは銃の照準を調整し、新しい弾を装填した。
 仲間を撃墜されたのを見て、残ったワイバーンが一斉に向ってくる。
 既に敵の防空圏内に入ったことをようやく悟ったのだ。
 だが遅い。
 距離40mを割ったころから、殺到するワイバーンに弾幕のような攻撃が放たれる。
 雨音のSMG「スコール」に続いて、
 赤崎のエナジーガン、橘川の瑠璃瓶、クラリアの小銃「シエルクライン」‥。
「‥‥殺れ」
 止めとばかりに沁の機械巻物「雷遁」から光線が放たれる。
 1匹は近づく前に撃墜され、木々の枝を折りながら落下していった。
 2匹はそれでも果敢に、巨大な羽を広げて傭兵の一団に襲い掛かる。
 近接戦闘になれば銃は誤射の危険もある。
 寄られてしまえば苦戦するだろう。
 そうなる前に‥。
「‥‥それなら」
 旭のOCTAVESが『Release Ixia』と武装の出力向上を告げる。
 旭と湊が、同時に2匹へ飛びかかった。
 旭はプロテクトシールドでキメラの攻撃を正面から受ける。
 地面に脚をつけたワイバーンと完全な力勝負となるが‥
「はぁっ!!」
 相手の体をつかみながら、強烈な蹴りを頭部に見舞う。
 脳震盪を起こして動きの鈍るワイバーンを、更なる攻撃で畳み掛ける。
『Full Power Charging』。
 OCTAVESの声の機械音声がやけに響く。
「これで‥!」
『Smash Kick!!』の宣言と同時に、旭のハイキックが、
 キメラの頭部を再度叩きのめして、とどめをさした。
 一方、湊。
 直進してくるワイバーンの翼にショットガンをぶっ放す。
 ワイバーンは態勢を崩し、錐揉みしながら地面に落ちた。
 立ち上がる隙を与えず、すかさず湊がワイバーンの頚動脈に菫を突き立てる。
 残った一匹はここで動かなくなった。
「死人は何をされようが泣きも笑いもしねえ‥‥
 だがなテメエらにでかい面されんのは胸糞悪いんだよ!」
 湊は悪態をつくと、動かなくなったワイバーンの死体を蹴りをいれながら、
 自身の刀を無理矢理抜き取った。



 ぞろぞろと参拝客や墓参りの客が集まってくる。
 傭兵達が来ると噂で聞いて、立ち入り禁止区域の側で待機していたのだ。
 ワイバーンがうろついた拍子にこけてしまった墓石や卒塔婆なども多数あったが、
 旭や沁が余った錬力で覚醒し、立て直して行った。
「良かった。無事か‥」
 一之瀬は主の居ない新しい墓に触れる。
 注文して作って貰ったはいいが、壊れてしまっていないかだけが心配だった。
 慌しくはあったが法要を終え、墓の下に遺骨を埋葬する。
「大尉、これを‥」
「‥‥よければ一緒に」
 遠倉が安産祈願のお守りを、クラリアが連羽鶴を一之瀬に渡す。
 死後寄り添う二人を思い、それぞれが用意した供え物だった。
「‥ありがとう」
 一之瀬は遺骨の入った箱の上に、二つの品を添える。
 墓前には花が供えられ、二人だった物は見えなくなった。
「一緒に眠れるなら、二人は幸せなのかな‥‥」
「きっと‥」
 遠倉は呟くように言葉を風に乗せる。
 安産祈願のお守りは、来世のためだ。
 二人にとって新しい世界が優しい場所でありますように。



 法要の済んだ一行は最後に墓の周りを掃除する。
 一之瀬の家の墓も、彼女以外に手入れをする者がおらず、
 寺の人間に任せきりだ。
 手の空いた者が、丁寧に雑草を抜いて行く。
「‥一之瀬大尉、これは?」
 橘川が棹石の側面に書かれた名前を見つける。
 二人の名前が書かれている。
「‥ああ、東京が陥落した時に亡くなってしまってね」
 一之瀬は懐かしむように名前を見る。
 夫と娘の名前だ、と一之瀬は静かに語った。
 その説明を聞いたあたりで、橘川は耐え切れずぽろぽろと涙を零しはじめた。
「‥なぜ、泣く?」
「だって‥」
 来てしまえばなんとかなるなんて、思い違いだった。
 孤独になった人にかける言葉が、見つからない。
 赤崎がぽろぽろ泣き始めた橘川を抱きしめる。
 彼女に言葉が届くまで、そうしていた。
「‥海、傭兵辞めて普通の女の子に戻ったら‥‥?」
「‥どうしてですか?」
「これは戦いなんだ。大事なものを失うし、相手の命だって奪わなきゃならない。
 ‥‥今の海にそれが出来る?」
 赤崎の口調は優しくも厳しい。
 これから先、また辛いこともある。
 その痛みから遠ざけようとしていた。
「わかりません。何をすればいいのかも‥。
 私、大尉のために、何かできますか?」
 橘川は助けを求めるように一之瀬を見る。
「好きなように生きろ。
 戦場で戦うだけが、生きるための戦いじゃない。
 橘川が思うように生きればそれで良い」
 あの二人がそうしたように、望むように生きる。
 それが橘川の答えになったかはわからないが、
 橘川の嗚咽は止まっていた。
 その様子、少しはなれたところでウラキとトニは眺めていた。
 誰が死んで泣いたりわめいたりするような心は持っていなかったが、
 人の死が辛くないわけじゃない。
 ウラキはふと、自分の横に並ぶトニを見る。
「あまり、動揺はしていないみたいだね」
「人が死ぬのには、慣れていますから」
 身に着けた諦めは、悲しむという行為も締め出していた。
「でも‥今は感情で動いて良い時‥じゃないか?」
「‥‥‥」
 トニから返事はなかった。
 ウラキは横顔を見て思う。
 きっと彼は悲しみに押し潰されることはない。
 痛覚が麻痺した心には、死に至らない限りどんな傷も意味は無い
 でも戦後、その傷が開いたら‥?
 軍人を辞めた未来のことを、思わずには居られなかった。



 空は快晴。
 暗い気持ちに似つかわしくないと思う者もいたかもしれないが、
 心を前向きにさせてくれる良い天気だ。
「トニ、これからの話を少ししておこう」
「は‥はいっ」
 思わず背筋を伸ばすトニ。
 一之瀬の硬い口調も2週間ぶりだ。
「私は南中央軍からUPC特殊作戦軍に異動になる。
 一之瀬隊はもう私しか残っていない。解散だ。
 ついては、高円寺のシラヌイSをお前に使ってもらう。
 追って正式な辞令もくる。準備をしておけ」
「はっ!」
「‥元気でな」
「はい。大尉も御武運を」
 短い期間且つ変則的ではあったが、上司と部下の別れだ。
 学んだ事は多く掛け替えの無いものばかりだ。
 トニはまた生きて会える日を思い、敬礼を送った。
「よし、戻ろう。今日は1日、すまなかったな。
 報酬はULT経由になる。お疲れさまだ」
 一之瀬が仕事の終わりを告げ、傭兵達はそれぞれに山を降りていった。
 そんな中、遠倉だけが残った。
「大尉」
「‥ん?」
 遠倉はそっと一之瀬に近づいて、しばし体を寄せた。
 遠倉もハグをすることにそろそろ慣れてきたらしいが、
 色んなことが重なって、そうする機会は失われていた。
「機会があれば‥‥中尉と少尉のこと、教えて下さい。
 私は、戦っている二人の姿しか見たことがありませんから――
 大尉があれだけ信頼していた二人のこと、知っておきたいんです」
「機会があれば、な‥。かく言う私も、良くは知らないんだ。」
「そうなんですか?」
「聞かない約束だったからな。
 二人は強かった。それだけ覚えておいてくれたら十分だよ」
 一之瀬は笑った。
 明るい笑いだった。
 別れは悲しいことだが、立ち止まってはならない。
 歩き続けることこそが生きる意味でもある。
 死者はいつでも振り返ればそこにいて、背を押してくれる。
 一之瀬は復路の山道をゆっくり歩み始めた。