タイトル:【Woi】ピットフォールマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/12 06:04

●オープニング本文


 新しい上司、デューク・デッカー大尉は意固地で獰猛な男だった。
 誰に似ているかと聞かれても困るが、強いて言うなら最初の印象は檻の中の猛獣だった。
「追いつかれるぞ!」
「すみません、大尉。これで一杯です」
 車輌の荷台で銃撃に勤しむデッカー大尉から焦りが混じった通信が届いた。
 骨伝道マイクのおかげでしっかり音は拾えているがSES重機関銃の唸りで時々声を聞き逃す。

 それでも大尉は有体に言って有能な上司だった。
 筋肉はそこまでついていないがタフさに関しては文句は無し。
 危険を察知する感覚は動物並みで、頭の回転速度も悪くない。
 そういえば昔の映画で似たような男を見た気がする。
 誰だったろうか。
 ローレンツ・クリンスマン少尉はそんな事を頭の片隅で考えながらハンドルを握っていた。
 後ろに乗っている人間のことを微塵も考慮してない危険な走りで無人の市内を爆走する。
「うおぁっ!!」
 十字路をドリフト走行で華麗に突破したあたりで、何か叫び声が聞こえてきた。
「大尉、舌でも噛みましたか?」
「うるせえ!! まっすぐ走れってんだろ!」
 バックミラーに移るように吠える大尉。
 その吠える大尉の後ろに、ほんの少し間をおいてから、小さな家屋を蹴散らして巨大な四足獣型キメラが現れた。
 胴体は長毛の牛、足は類人猿のような長い指を持つそいつは、
 コーナーで速度を落としたものの、荷台からの銃撃をものともせずに突っ込んでくる。
 負けじと少尉はアクセルを更に踏み込んだ。


 こんな馬鹿げた囮をやるハメになったのは4日前の事。
 進行ルートを塞ぐ巨大キメラに頭を悩ませKVの出撃を要請したが、折りが悪かったようで申請は却下された。
 理由は以下の通り。
「大規模作戦を控えている現在、いくら巨大でもキメラ一匹にKVは出せない」
 仕方ない、と言って差し支えない理由だがそこで引き下がるわけにも行かない。
 直属の大隊長である中佐と交渉すること数回。
 上司の素っ気無い台詞を聞き飽きて、大尉が、
「じゃあ、せめて能力者ぐらい呼んでくれ!」
 と言ったところ、
「ああ、良いとも。それぐらいなら御安い御用だ」
 と仏頂面のままの上司にあっさり許可を出され引けなくなった、というだけの話だ。


◆3日前

 北米某市の郊外。
 能力者の到着を待ちながら、中隊全員で穴掘りとバリケード作りに明け暮れていた。
 大尉は暗い顔のまま、キメラの排除を待つ輸送隊を眺めている。

 大尉の立てた作戦は実にシンプルだった。
 逃げ足の速いキメラを落とし穴その他で足止めし、
 逃げられないようにしてから能力者達の火力で一斉攻撃、というものだ。
 過去の戦闘からキメラの装甲は薄いことが判明しているため、
 KVは無理でも火力さえあればこの作戦で十分に勝機が有る。

「おい、このバイパーはどうした?」
 大尉が新しく入ってきた車輌の荷台を指差す。
 ほんの少しだけ顔に光が差す。
「整備に回っていたものを無理を言って借りてきました。土木作業用に使います」
「‥戦闘には使わねえのか?」
「向こうの整備班長に『使ってみろ、そしたらこのペンチでテメェの鼻を美容整形してやる』と言われました」
「そいつはありがたいぜ。軍隊辞めてもモデルで食っていけらぁ」

 顔も知らない整備班長の有り難い言葉に文句を垂れる大尉。
 溜息を付きたいのは周りからも良く分かったが、あまり付き合うわけにもいかない。
 少尉はメモを片手に、作戦概要の確認を続けた。

「大尉、ここまでそのキメラを誘き寄せる囮はどうしましょう?」
「まだ決めてねえな。中隊の中からドライバーを誰か募ろうかと思うんだが‥‥」
「それでしたら、私が。運転の技術には自信があります」
 怪訝な目でクリンツマン少尉を見返すデッカー大尉。
 ほんの少し動きを止めたあと、特に何もなかったかのように歩き始めた。
「‥わかった。じゃあ、助手席に好きにもう一人選んでいいぞ」
「ありがとうございます。では大尉、よろしくおねがいします」
「‥‥ああ?」
 もう一度振り返る大尉。
 今度こそわけがわからない、という顔をしている。
「なんで俺なんだ?」
「この部隊で一番死に難そうで、且つ罠を作ったあとに役に立ちません」
 ああつまりそれは、と何かを必死に考えながら喋るが、
 結局、自分を助手席から下ろす良いアイディアは浮かばなかったようだ。
 具体的な単語は一切出てこない。
 そうこうしているうちに傭兵達を乗せたヘリのローター音が近づいてきた。
 徐々に大きくなるローター音の中で「くそっ!」という声が聞こえたような気がしたが、
 少尉は何も言わずに聞き流した。


◆そして現在に戻る

 酷い足場ながらもデッカー大尉は正確に射撃を続け、
 逃げながらもキメラにSES無反動砲やSES重機関銃を散々に撃ち込んだ。
 ダメージ自体は既に回復されてしまっているが、予定通り憤激で頭を一杯にしてくれたようである。
「大尉、次の次の交差点を過ぎれば直線です。私は適当なところで飛び出すのであとはよろしくおねがいします」
「ああっ!? じゃあ俺はどーするんだ!」
「車は目標地点に向けてまっすぐ走らせますので、適当な場所で飛び降りてください」
 ミラーでキメラとの距離を測りながら、事前に用意していた工具でアクセルを適度な圧力で固定。
 車はまっすぐ味方の真ん中へ突っ込むように進路を誘導。
 微細な調整を感覚で一発修正。
「どのみちこのままでは追いつかれます」
「ふざけんな! 俺はスタントマンじゃねえんだぞ!」
「もちろん知っています。彼らも初めてはありました」
「そんな問題じゃねえ! おい、待て!」
 道路を曲がりきったところでハンドル固定。
 既に道の向こうには、味方の布陣している場所が見えている。
 距離は地図上では1kmと少し。時速90kmで45秒ほどで到達する。
 数えれば長くとも、実に短い1kmだ。猶予はもう無い。
「ではお先に失礼します」
「おいっ!」
 デッカー大尉の抗弁を無視して、クリンスマン少尉は助手席側から道路に飛び出した。
 転がりながら道の端へと移動していく。
「くそったれーーー!!」
 悲鳴なのか怒声なのか良く分からない声が背後から響いてきた。
 その声を聞いて思い出した。
 しぶといことで有名な某警察官だった。

 キメラは少尉に見向きもしないで、あるいは出来ないでそのまま駆けていく。
 少し遅れて少尉の位置からしっかり飛び出している大尉の姿が見えた。
 見事な脱出ぶりだった。初めてとは思えないフォームの良さである。
「‥‥もうちょっと乱暴に扱っても問題なさそうですね」
 ひそかに少尉は不穏当な内容を心のメモ帳に書き込んでいた。

 巨大キメラはそれでも車輌に追いすがっていく。
 作戦の成否は待ち構える中隊と傭兵達にゆだねられた。

●参加者一覧

熊谷真帆(ga3826
16歳・♀・FT
ザン・エフティング(ga5141
24歳・♂・EL
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
Anbar(ga9009
17歳・♂・EP
鮫島 流(gb1867
21歳・♂・HA
冴城 アスカ(gb4188
28歳・♀・PN
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN

●リプレイ本文

◆穴掘り


 ヘリは四方に岩と砂と山しか無いような荒野を飛ぶ。
 低空飛行での移動だったため、到着までに今回の標的であるキメラを見ることは出来なかったが、
 代わりに依頼が発生するに至った経緯は見下ろした地表のそこかしこに見て取れた。
 舗装されない道路の脇には、未だに何台もの車輌が回収されずに放置されている。
「輸送路は戦いの生命線‥敵さんには早々に退場してもらわなあかんな」
 鮫島 流(gb1867)は眼下の惨状を見つめていた。
 放置されているのは車輌だけだが、血飛沫は残ったままだ。
 被害は見えるものより大きいだろう。
 ザン・エフティング(ga5141)も同じ光景を見下ろしていた。
「‥巨大キメラにKV無しかよ、大作戦前とは言え一機ぐらい貸してやれよ。
 すぐに片が付くだろうが‥軍って所は融通の効かん所だなやれやれだぜ」
 尤もな話だが始まってしまったものは仕方が無い。
 巨大キメラの猛威は直ぐ傍に迫っているのだから。


 程なくしてヘリは輸送隊の列の側に静かに降り立つ。
 傭兵達が降りるとヘリは再び高度を上げ、別の任務へと向っていく。
 足りていないのはKVのみではない、ということらしい。
「こんな僻地にご苦労様だ」
 作業に勤しむ兵士達の間を縫ってデッカー大尉とクリンスマン少尉が現れ、
 それぞれに名乗って略式の敬礼で傭兵達を出迎えた。
「作戦の概要は本部に送った通りですが、確認していただけましたか?」
 クリンスマン少尉が事務処理的に確認する。
「‥シンプル‥な、作戦‥とっても、解りやすい‥。キメラを‥落として‥ふるぼっこ‥!」
「頼もしいぜ。それだけわかってりゃ十分だ」
 デッカー大尉は嬉しそうにリュス・リクス・リニク(ga6209)の肩を叩いた。
 本当は背中ぐらいのつもりだったのだが、身長差もあったので肩になった。
「穴掘りはまだ途中だ。意見が聞きたい。テントまで来てくれ」
 大尉は親指で背後を指した。
 ライトで照らされた道の中央では既に落とし穴の作成が始まっており、
 土は土嚢として積み上げられていた。



 作業は傭兵達の提案を受けて細やかな微調整が入った。
 まず最初に行ったのは、落とし穴の壁を直角から御椀のような擂鉢状に変更することだった。
 壷状にする意見も途中で軍の方から出たが、
 入り口の部分を破壊される恐れがあるとして見送りになった。
「擂鉢状と言っても、あまり角度を緩やかにはとれませんね。被せる布が足りなくなります」
 アズメリア・カンス(ga8233)が地図から簡単に寸法を取る。
 穴を掘る横で穴を覆う布と布を固定する骨組みも製作中だが、
 そこまで大仰な物は作れそうにない。
「あとは、穴の側面を崩れやすいものには‥できますか?」
 鮫島が落とし穴の絵の壁面をなぞる。
「‥というと?」
「斜面に砂が来るようにして足を取られるような構造‥、要は蟻地獄ならぬキメラ地獄ってな」
 ヤナギ・エリューナク(gb5107)が身振り手振りで補足する。
 側面の壁を崩しやすくしてキメラの脱出を阻むという意図だが‥。
「いえ、地質的にそこまで小器用に穴を作ることは出来ません」
 クリンスマン少尉は技術者達のノートを片手に実行が難しいことを告げた。
 同時に淵の辺りだけで良ければ実行できるとも告げる。
「バイパーのシャベルで土いじりですね」
「それなら任せて頂戴。これでも操縦には自信あるわよ?」
 冴城 アスカ(gb4188)が言ってウィンクする。
 バイパーの操縦のため既にパイロットスーツに着替えていた。
 少尉はちらっと冴城を見たが特に感想も無く「そうですか」とだけ言って視線を手元の資料に戻す。
 冴城は大尉が何かを否定するように首を横に振るの見て、肩を竦めた。
「じゃあ、作業始めるか。悪いがバイパーはケチ野郎のせいで一機だけだ。残りはこれを使ってくれ」
 大尉はテントの端に置いてあるシャベルを指差す。
 能力者用にと考えたのか、作りの丈夫そうな物が10本並んでいた。
 大尉はそれを全員に回していった。
 自分の手元にも一本を確保。どうやら自分でも掘るらしい。
「穴掘り手伝い、了解ですっ。牛料理の前にお腹をすかしておくですよ」
 熊谷真帆(ga3826)のやたらと明るい声に、周りの軍人達から笑みが漏れる。
 気楽な戦いではないが、戦いを前に心の持ち方が軽くなった。




 遠くから機関銃の咆哮が木霊してくる。
 戦闘が始まったらしい。
「クリンスマン少尉です。2分でそちらに到着します」
 囮の車輌からノイズと銃撃の音、そしてキメラの叫びが混ざる通信が届いた。
 伏せる傭兵達と中隊の兵士達が身構える。
 程なくして視界の向こうに凄まじい勢いで走るキメラの姿が見えた。
「大丈夫なのか、アレ」
 建物に隠れたAnbar(ga9009)が双眼鏡で走る二者の現状を確認する、
 遠くからみてもわかるが、今にも追いつかれそうだ。
「‥ダッシュ、ダッシュー‥。急が、ないと‥大変ー‥‥‥あ」
 間延びした応援を送っていたリニクが不安になる声をあげた。
 双眼鏡をもった全員が一斉に視線を戻す。
 身を乗り出したクリンスマン少尉が飛び出しているところだった。
 車輌はそのまままっすぐに走っているから何か細工をしたのだろう。
 続いて大尉も見事なフォームで車の外へ。
 周囲の兵隊からは安堵の声がもれる。
「あら、なかなかタフガイね」
 冴城がぼそりと言う。
 そういう問題なのかはわからないが、
 よく生きてると感心するようなタイミングだったのは確かだった。
 程なくしてキメラは囮のデッカー大尉の飛び出した後のハンヴィーにおいつき、
 巨大な前足でハンヴィーを踏み潰す。
 キメラはそれで徐々に制動をかけるような足取りになったが、
 足を止めるには既に遅く、キメラは布と枠を引き破りながら10m底に落下していた。


◆落ちた巨獣

 建物の屋上から、土嚢の陰から傭兵8人と中隊200人は一斉に攻撃を開始した。
 まず初撃を打ち込んだのはリニクだった。
 建物屋上に伏せていたリニクはキメラの落下音を合図に覚醒。
 凄まじい速度で弾頭矢を放ち、動けないキメラの背中に降らせる。
 4発の弾頭矢は着弾と同時に爆発し、キメラの背中に大きな抉った。
 兵士達も負けじとSES重機関銃を初めとする火器を惜しみなく撃ち込んでいく。
 銃声や爆発音が混ざり合って辺りに凄まじい音量が辺りに響く。
 巨大キメラの回復は速かったが、ここまでの集中砲火では再生が追いつくはずもなかった。
 舞い起こる煙の中でキメラは悲鳴を上げていた。
「撃って撃って撃ちまくれっ! 全弾無くなるまで撃ち尽くせよ野郎ども!」
 ザンはファングバックルを発動、白い光放つ右腕で「アイリーン」を連射する。
 口径はSES重機関銃よりは小さいが、使用者が覚醒した能力者であるというだけで威力は大きく違う。
 銃弾はFFを突き破って確実に肉を裂いていく。

 攻撃開始から10秒。巨体を殺しきれない。
 キメラの足はもがきながらも落とし穴の淵を掴み、自分を持ち上げる。
 懸垂の要領で壁を登ったキメラの目は、怒りで血走っていた。
「しぶてえな! もっかい落ちときな!」
 ヤナギが顔面を狙いギュイターを連射する。
 だが、キメラは太い左手で顔を覆い防ぐ。
 効いてはいるが致命傷にはならない。
「その穴から出させはしないわ。行くわよ!」
「はいですっ!」
 その隙をつき、アズメリアと熊谷がキメラの全体重を支える右手を狙って飛び出した。
 アズメリアが赤く光る血桜を指の根元に振り下ろす。
 血がしぶき、痛みにキメラは手を穴の淵から放しかけ、踏みとどまる。
「観念してお皿に乗るです!」
 熊谷は接近と同時に紅蓮衝撃を発動。
 あがく指に狙いを定め、イアリスで一息に指の先を叩き斬る。
 今度こそ右手を離すが今度は左手を穴の淵へ。
 またもや淵に踏みとどまった。
 その攻防の合間にも傷口は徐々にふさがりつつある。
「埒が明かないわね」
 穴の反対側からSES重機関銃を撃っていた冴城が唸る。
 リニクの射撃の後もまだ残っており確実に効いているが、
 これだけ撃っても致命傷に至っていない。
「これ返すわ。ちょっと私も行ってくる」
「あ、はい。行ってくるってどちらに‥‥ってまさか‥!」
 機銃を銃座を急に返されて兵士がまごまごしている間に、冴城は懐から蛇克を取り出す。
「あいつのアピールタイムを終わらせにね」
 言うなり冴城は助走して勢いをつけ穴の淵で頑張るキメラへ向って跳躍した。
 放物線を描いて落下する体はキメラの背中の中央辺りに着地。
 冴城は左手でキメラの長い体毛を掴んで落下を免れる。
 姿勢が落ち着くと間髪居れず、右手の蛇克をキメラの延髄目掛けて振り下ろした。
 これまでにないほどの苦痛の絶叫が街に響く。
 FFを破った蛇克は肉を裂き、その先の柔らかい感触が伝わってくる。
 勢いよく血が噴き出し、冴城の服を真っ赤に染めた。
 あまりの勢いに、それぞれに攻撃を続けていた面々の動きが止まる。
 キメラの眼から光が失われ、泡を吹いて全身の筋肉を硬直させている。
 命の火が急速に消えていっているのは誰の眼にも明らかだった。
「倒れるぞ!」
 誰かが叫ぶ。
 キメラの指から力が失われ、重力に引かれて仰向けに倒れ始める。
 冴城は瞬天足を使いキメラの背を蹴って飛び上がった。
 だが助走が不完全な跳躍では穴の端まで到達できず、
 冴城の姿はキメラと共に穴の底へ落ちていく。
 地響きと舞い上がる砂煙で穴の底が覆われる。
 立ち上がる土煙が落ち着き、冴城がキメラの下敷きになっていないことが確認出来ると、
 周囲から一斉に歓声が湧き起こった。



「いつまでも目に入れておきたくない不細工な顔だな」
 運ばれていくキメラの死体を見ながらAnbarはぼそりと呟いた。
 聞いていた兵士の一人が「全くだ」と苦笑を漏らす。
 道路の復旧作業は着々と進行していた。
 時刻はそろそろ夕暮れ時、照明が落とし穴を埋める兵士達を照らし出す。
 このまま作業を続ければ明日朝には輸送隊は出発できるだろう。
「本部に連絡しておいた。今回の報酬に色つけるように言っておいた」
 無線のスイッチを乱雑に切って、机に無造作に置く。
 少尉がそれをきれいにまとめて元の位置に戻した。
「そちらが自己負担で用意した装備も有る程度は補填していただけるそうです。‥‥あくまで有る程度、ですが‥」
「‥‥ありがとう‥、十分‥‥だよ」
 リニクはお礼を言うが、少尉は申し訳無さそうにもう一度、すみませんとだけ呟く。
 潤沢な装備を用意したいが大規模前とあって、物自体が過剰に偏っているのだ。
「機会があったら今度はお酒でもご一緒したいわね、大尉」
「悪いが女房が居るんでな。美人と飲むとどやされる」
 苦笑する大尉に空気が緩む。
 そうこうしている間に、迎えのヘリのローター音が響いてくる
 空から降りてきたのは『エピメテウス』だった。
 大規模作戦に参加するためにロサンゼルスに向う機体である。
「酒を飲むにしても大規模作戦のあとになりそうやな」
「その時まで生きてろよ」
 苦笑しながら鮫島とザンが別れ際に手を振る。
 大規模作戦は既に動いている。
 生きてろ、とは難しい言葉だ。
 大尉は苦笑いを浮かべて、空に飛び立つ『エピメテウス』を見送る。
 ヘリが飛び立ったあと、生ぬるい風が地表を吹き抜けていった。