●リプレイ本文
◆穴掘り
ヘリは四方に岩と砂と山しか無いような荒野を飛ぶ。
低空飛行での移動だったため、到着までに今回の標的であるキメラを見ることは出来なかったが、
代わりに依頼が発生するに至った経緯は見下ろした地表のそこかしこに見て取れた。
舗装されない道路の脇には、未だに何台もの車輌が回収されずに放置されている。
「輸送路は戦いの生命線‥敵さんには早々に退場してもらわなあかんな」
鮫島 流(
gb1867)は眼下の惨状を見つめていた。
放置されているのは車輌だけだが、血飛沫は残ったままだ。
被害は見えるものより大きいだろう。
ザン・エフティング(
ga5141)も同じ光景を見下ろしていた。
「‥巨大キメラにKV無しかよ、大作戦前とは言え一機ぐらい貸してやれよ。
すぐに片が付くだろうが‥軍って所は融通の効かん所だなやれやれだぜ」
尤もな話だが始まってしまったものは仕方が無い。
巨大キメラの猛威は直ぐ傍に迫っているのだから。
程なくしてヘリは輸送隊の列の側に静かに降り立つ。
傭兵達が降りるとヘリは再び高度を上げ、別の任務へと向っていく。
足りていないのはKVのみではない、ということらしい。
「こんな僻地にご苦労様だ」
作業に勤しむ兵士達の間を縫ってデッカー大尉とクリンスマン少尉が現れ、
それぞれに名乗って略式の敬礼で傭兵達を出迎えた。
「作戦の概要は本部に送った通りですが、確認していただけましたか?」
クリンスマン少尉が事務処理的に確認する。
「‥シンプル‥な、作戦‥とっても、解りやすい‥。キメラを‥落として‥ふるぼっこ‥!」
「頼もしいぜ。それだけわかってりゃ十分だ」
デッカー大尉は嬉しそうにリュス・リクス・リニク(
ga6209)の肩を叩いた。
本当は背中ぐらいのつもりだったのだが、身長差もあったので肩になった。
「穴掘りはまだ途中だ。意見が聞きたい。テントまで来てくれ」
大尉は親指で背後を指した。
ライトで照らされた道の中央では既に落とし穴の作成が始まっており、
土は土嚢として積み上げられていた。
◆
作業は傭兵達の提案を受けて細やかな微調整が入った。
まず最初に行ったのは、落とし穴の壁を直角から御椀のような擂鉢状に変更することだった。
壷状にする意見も途中で軍の方から出たが、
入り口の部分を破壊される恐れがあるとして見送りになった。
「擂鉢状と言っても、あまり角度を緩やかにはとれませんね。被せる布が足りなくなります」
アズメリア・カンス(
ga8233)が地図から簡単に寸法を取る。
穴を掘る横で穴を覆う布と布を固定する骨組みも製作中だが、
そこまで大仰な物は作れそうにない。
「あとは、穴の側面を崩れやすいものには‥できますか?」
鮫島が落とし穴の絵の壁面をなぞる。
「‥というと?」
「斜面に砂が来るようにして足を取られるような構造‥、要は蟻地獄ならぬキメラ地獄ってな」
ヤナギ・エリューナク(
gb5107)が身振り手振りで補足する。
側面の壁を崩しやすくしてキメラの脱出を阻むという意図だが‥。
「いえ、地質的にそこまで小器用に穴を作ることは出来ません」
クリンスマン少尉は技術者達のノートを片手に実行が難しいことを告げた。
同時に淵の辺りだけで良ければ実行できるとも告げる。
「バイパーのシャベルで土いじりですね」
「それなら任せて頂戴。これでも操縦には自信あるわよ?」
冴城 アスカ(
gb4188)が言ってウィンクする。
バイパーの操縦のため既にパイロットスーツに着替えていた。
少尉はちらっと冴城を見たが特に感想も無く「そうですか」とだけ言って視線を手元の資料に戻す。
冴城は大尉が何かを否定するように首を横に振るの見て、肩を竦めた。
「じゃあ、作業始めるか。悪いがバイパーはケチ野郎のせいで一機だけだ。残りはこれを使ってくれ」
大尉はテントの端に置いてあるシャベルを指差す。
能力者用にと考えたのか、作りの丈夫そうな物が10本並んでいた。
大尉はそれを全員に回していった。
自分の手元にも一本を確保。どうやら自分でも掘るらしい。
「穴掘り手伝い、了解ですっ。牛料理の前にお腹をすかしておくですよ」
熊谷真帆(
ga3826)のやたらと明るい声に、周りの軍人達から笑みが漏れる。
気楽な戦いではないが、戦いを前に心の持ち方が軽くなった。
◆
遠くから機関銃の咆哮が木霊してくる。
戦闘が始まったらしい。
「クリンスマン少尉です。2分でそちらに到着します」
囮の車輌からノイズと銃撃の音、そしてキメラの叫びが混ざる通信が届いた。
伏せる傭兵達と中隊の兵士達が身構える。
程なくして視界の向こうに凄まじい勢いで走るキメラの姿が見えた。
「大丈夫なのか、アレ」
建物に隠れたAnbar(
ga9009)が双眼鏡で走る二者の現状を確認する、
遠くからみてもわかるが、今にも追いつかれそうだ。
「‥ダッシュ、ダッシュー‥。急が、ないと‥大変ー‥‥‥あ」
間延びした応援を送っていたリニクが不安になる声をあげた。
双眼鏡をもった全員が一斉に視線を戻す。
身を乗り出したクリンスマン少尉が飛び出しているところだった。
車輌はそのまままっすぐに走っているから何か細工をしたのだろう。
続いて大尉も見事なフォームで車の外へ。
周囲の兵隊からは安堵の声がもれる。
「あら、なかなかタフガイね」
冴城がぼそりと言う。
そういう問題なのかはわからないが、
よく生きてると感心するようなタイミングだったのは確かだった。
程なくしてキメラは囮のデッカー大尉の飛び出した後のハンヴィーにおいつき、
巨大な前足でハンヴィーを踏み潰す。
キメラはそれで徐々に制動をかけるような足取りになったが、
足を止めるには既に遅く、キメラは布と枠を引き破りながら10m底に落下していた。
◆落ちた巨獣
建物の屋上から、土嚢の陰から傭兵8人と中隊200人は一斉に攻撃を開始した。
まず初撃を打ち込んだのはリニクだった。
建物屋上に伏せていたリニクはキメラの落下音を合図に覚醒。
凄まじい速度で弾頭矢を放ち、動けないキメラの背中に降らせる。
4発の弾頭矢は着弾と同時に爆発し、キメラの背中に大きな抉った。
兵士達も負けじとSES重機関銃を初めとする火器を惜しみなく撃ち込んでいく。
銃声や爆発音が混ざり合って辺りに凄まじい音量が辺りに響く。
巨大キメラの回復は速かったが、ここまでの集中砲火では再生が追いつくはずもなかった。
舞い起こる煙の中でキメラは悲鳴を上げていた。
「撃って撃って撃ちまくれっ! 全弾無くなるまで撃ち尽くせよ野郎ども!」
ザンはファングバックルを発動、白い光放つ右腕で「アイリーン」を連射する。
口径はSES重機関銃よりは小さいが、使用者が覚醒した能力者であるというだけで威力は大きく違う。
銃弾はFFを突き破って確実に肉を裂いていく。
攻撃開始から10秒。巨体を殺しきれない。
キメラの足はもがきながらも落とし穴の淵を掴み、自分を持ち上げる。
懸垂の要領で壁を登ったキメラの目は、怒りで血走っていた。
「しぶてえな! もっかい落ちときな!」
ヤナギが顔面を狙いギュイターを連射する。
だが、キメラは太い左手で顔を覆い防ぐ。
効いてはいるが致命傷にはならない。
「その穴から出させはしないわ。行くわよ!」
「はいですっ!」
その隙をつき、アズメリアと熊谷がキメラの全体重を支える右手を狙って飛び出した。
アズメリアが赤く光る血桜を指の根元に振り下ろす。
血がしぶき、痛みにキメラは手を穴の淵から放しかけ、踏みとどまる。
「観念してお皿に乗るです!」
熊谷は接近と同時に紅蓮衝撃を発動。
あがく指に狙いを定め、イアリスで一息に指の先を叩き斬る。
今度こそ右手を離すが今度は左手を穴の淵へ。
またもや淵に踏みとどまった。
その攻防の合間にも傷口は徐々にふさがりつつある。
「埒が明かないわね」
穴の反対側からSES重機関銃を撃っていた冴城が唸る。
リニクの射撃の後もまだ残っており確実に効いているが、
これだけ撃っても致命傷に至っていない。
「これ返すわ。ちょっと私も行ってくる」
「あ、はい。行ってくるってどちらに‥‥ってまさか‥!」
機銃を銃座を急に返されて兵士がまごまごしている間に、冴城は懐から蛇克を取り出す。
「あいつのアピールタイムを終わらせにね」
言うなり冴城は助走して勢いをつけ穴の淵で頑張るキメラへ向って跳躍した。
放物線を描いて落下する体はキメラの背中の中央辺りに着地。
冴城は左手でキメラの長い体毛を掴んで落下を免れる。
姿勢が落ち着くと間髪居れず、右手の蛇克をキメラの延髄目掛けて振り下ろした。
これまでにないほどの苦痛の絶叫が街に響く。
FFを破った蛇克は肉を裂き、その先の柔らかい感触が伝わってくる。
勢いよく血が噴き出し、冴城の服を真っ赤に染めた。
あまりの勢いに、それぞれに攻撃を続けていた面々の動きが止まる。
キメラの眼から光が失われ、泡を吹いて全身の筋肉を硬直させている。
命の火が急速に消えていっているのは誰の眼にも明らかだった。
「倒れるぞ!」
誰かが叫ぶ。
キメラの指から力が失われ、重力に引かれて仰向けに倒れ始める。
冴城は瞬天足を使いキメラの背を蹴って飛び上がった。
だが助走が不完全な跳躍では穴の端まで到達できず、
冴城の姿はキメラと共に穴の底へ落ちていく。
地響きと舞い上がる砂煙で穴の底が覆われる。
立ち上がる土煙が落ち着き、冴城がキメラの下敷きになっていないことが確認出来ると、
周囲から一斉に歓声が湧き起こった。
◆
「いつまでも目に入れておきたくない不細工な顔だな」
運ばれていくキメラの死体を見ながらAnbarはぼそりと呟いた。
聞いていた兵士の一人が「全くだ」と苦笑を漏らす。
道路の復旧作業は着々と進行していた。
時刻はそろそろ夕暮れ時、照明が落とし穴を埋める兵士達を照らし出す。
このまま作業を続ければ明日朝には輸送隊は出発できるだろう。
「本部に連絡しておいた。今回の報酬に色つけるように言っておいた」
無線のスイッチを乱雑に切って、机に無造作に置く。
少尉がそれをきれいにまとめて元の位置に戻した。
「そちらが自己負担で用意した装備も有る程度は補填していただけるそうです。‥‥あくまで有る程度、ですが‥」
「‥‥ありがとう‥、十分‥‥だよ」
リニクはお礼を言うが、少尉は申し訳無さそうにもう一度、すみませんとだけ呟く。
潤沢な装備を用意したいが大規模前とあって、物自体が過剰に偏っているのだ。
「機会があったら今度はお酒でもご一緒したいわね、大尉」
「悪いが女房が居るんでな。美人と飲むとどやされる」
苦笑する大尉に空気が緩む。
そうこうしている間に、迎えのヘリのローター音が響いてくる
空から降りてきたのは『エピメテウス』だった。
大規模作戦に参加するためにロサンゼルスに向う機体である。
「酒を飲むにしても大規模作戦のあとになりそうやな」
「その時まで生きてろよ」
苦笑しながら鮫島とザンが別れ際に手を振る。
大規模作戦は既に動いている。
生きてろ、とは難しい言葉だ。
大尉は苦笑いを浮かべて、空に飛び立つ『エピメテウス』を見送る。
ヘリが飛び立ったあと、生ぬるい風が地表を吹き抜けていった。