タイトル:【NS】妖女の微笑マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/23 00:09

●オープニング本文


 目を覚ますと柔らかな暖色のベッドライト。
 枕元のデジタル時計には0:30の表示。 
 目覚めたレオナールには1時間ほどの記憶が無かった。
 心地よい疲労にまどろんでいたようだ。
「お目覚めですか?」
 若い女性が半身を起こしてレオナールを見ていた。
 レオナールの短い黒髪を梳きながら、優しい笑顔で微笑んでいる。
 彼女が身に着けているのは薄桃色のスリップだけだ。
 薄い生地から艶かしい肌が透けて見えるが、
 1時間前までの行為の跡は残っていない。
「何か飲みます‥?」
「‥水で‥‥いや、折角だから、取っておきを飲もう」
「アレですね?」
 女はくすりと笑うとベッドから立ち上がって、
 彼が大事にしているウィスキーを取りに行った。
 レオナールはゆっくりと歩く彼女の後姿を、ぼんやりと見ていた。
「‥‥‥」
 レオナールが彼女と出会ったのは三ヶ月前
 レオナールはあった瞬間に一目ぼれしてその日の内に気持ちを告白。
 一ヶ月の交際の末、今のような関係に落ち着いた。
 こうして偶に部屋に呼んでは、逢瀬を楽しんでいる。
「‥そういえば昨日は、次の作戦の会議でしたね」
「ああ、そうだ。最近はずっとそればかりだ」
「どうでした?」
「‥どうとは?」
「その‥‥いつまでここに居なければならないとか‥そういう‥」
「軍機だ。それ以上は聞くな!」
 強い言葉で質問をさえぎる。
 彼女の身体が、僅かに震えた。
 レオナールにも気持ちはわからないでもない。
 彼女はこの近辺の出身だ。
 故郷がいつ奪還されるかとなれば気になるのは当然。
 それでも、軍人として機密を漏洩するわけにはいかない。
「‥ごめんなさい。でしゃばり過ぎでしたね。ごめんなさい。私、自分勝手で‥」
「ああ、泣くな泣くなっ。すまん。怖がらせて悪かった」
 慌てた。
 普通なら面倒な女と放っておくところだが、どうしてもそれができない。
 彼女を傷つけないかと、一言一言に慎重になる。
 笑顔が見たくて優しい言葉ばかりかけてしまう。
 この感情が恋なのかもしれない。
 見た目だけで女性を選んでいた今までの彼とは、まるで違う行動だった。
「じきに大規模な掃討作戦が始まる。もう少し、もう少しの辛抱だ。
 あと3ヶ月もあれば、ここら一帯は人類の物になる。それまで‥な?」
 女性を背中から優しく抱きしめ、あやすようにささやきかける。
 言葉の内容は、軍人として不用意な発言だった。
 その発言を聞いて、女性は見えないように笑みを浮かべた。
 彼女にとってそれだけ聞ければ十分だった。
 女の涙に隠れた悪意に、男は最後まで気づけなかった。
「ありがとう‥」
 極上の笑みでそう言った女は、
 隠し持っていたアイスピックを男の首筋に突き刺した。。



 女性に関する諸問題は、スタインベック中佐には無縁の話であった。
 妻子のあった身だが、軍務においては機械が服を着て歩いているとも評される。
 木の股から生まれたような無感動ぶりを発揮する中佐だが、
 彼の精神構造を紐解けば、それも一つの精神病なのかもしれない。
 とにもかくにも、彼は軍人としてある種の最適化がなされていた。
 ゆえに、弱者の気持ちを理解できない。
「‥元より放埓な行動が目立つ節もありました。自業自得でしょう」
「死者をそう悪く言ってくれるな、スタインベック中佐。
 人間、誰もが品行方正に生涯すごせるわけじゃあない。
 人生とは君が思っている以上に誘惑に満ちているものだ」
 スタインベック中佐は視線を細くする。
 その言葉を紡ぐ人間が、品行方正以外の生き方をしないようにも見えたからだ。
 彼の目の前に立っているのはエドモンド・マルサス少将。
 鋭い眼光はスタインベック中佐に負けず劣らずだが、
 同時に良き神父のような柔和な雰囲気を兼ね備えていた。
 片眼鏡の位置を右手で小さく修正し、資料に目を落とした。
 殺されたのはレオナール・ビューレル中佐。
 マルサス少将の指揮下に組み込まれた大隊指揮官の一人である。
 スタインベック・フォン・ダール中佐とジゼル・ブランヴィル(gz0292)大尉、
 そしてビューレル中佐の副官であるリリー・ルノルマン大尉の3名は、
 今回の事件の解決のために、マルサス少将の応接室に通されていた。
「ルノルマン大尉、以後進展はあったかね?」
「はっ。監視カメラの映像や、昨日警備にあたっていた者達に聞き込みを行い、
 大よその犯人候補が割り出されました」
 ルノルマン大尉は持っていたファイルから2枚の写真を取り出してみせた。
 どの人物も若い女性で、容姿の美しい者がばかりだった。
「時刻や犯行の手口から、中佐と関係がある女性、長い金髪、という条件で絞りました」
 写真と共に提出された資料には、それぞれ名前と所属、
 基地内での役割などが書かれていた。
 片方は現地協力者、片方は技術少尉。
 それぞれに接点は無いが、どちらもビューレル中佐に繋がっているという点で共通していた。
「‥ふむ。彼女達は何故このような事を?」
「調査中ですがそれぞれ経歴に不明瞭な点があります。
 単純に衝動的な犯行という可能性もありますので、本人達を尋問してからになりますね」
「その2名は今どこに?」
「捜査中です。基地の外へ逃れた痕跡はありませんでしたから、
 まだ基地内に潜伏していると思われますが、未だに発見されていません」
「外に逃れた可能性は?」
「捜索には人を割きましたが、可能性は低いと思います」
 副官であるルノルマン大尉がいち早く異変に気づき、
 スタインベック中佐と共に検問敷いたため、
 ほとんどの人間が外に出れなくなっていた。
 報告を聞きながら、マルサス少将は目を細めた。
「‥‥ルノルマン大尉、不躾な話で申し訳ないが、もしかして君は中佐と‥」
「‥御想像のとおり、私も愛人と数えられるような関係でした。
 犯人に上げた彼女達もよく知っています。
 ですが‥まさか、殺害に及ぶとまでは想像できませんでした」
「そうか。‥過ぎたことを悔やんでも何も解決しない。
 部隊内部の調査に関しては君とスタインベック中佐に一任する。
 必ずや、ビューレル中佐殺害の犯人を見つけ出してくれ」
「「はっ」」
「宜しい。では時間も惜しい。ルノルマン大尉は引き続き作業を続けてくれたまえ。
 スタインベック中佐とジゼル大尉は別件もあるので少し残るように」
「「はっ」」
「はっ。失礼します」
 一礼すると金の短髪を小さく翻し、ルノルマン大尉は颯爽と部屋をあとにした。
 事務寄りの士官だったようだが実に有能にみえる。
 彼女が扉を出たあと、残された2名を前にマルサス少将は口を開いた。
「‥スタインベック中佐。今回の件の解決には駐屯地内に滞在している傭兵も使ってくれたまえ」
「‥‥はっ。すぐに何名か募ります」
「宜しく頼むよ」
 2人の会話の意図はジゼルには見えなかった。
 何を恐れ、何を疑っているのかも。
 ただ、2人が同じ物を見ていることだけは間違いなかった。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
楽(gb8064
31歳・♂・EP
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
クアッド・封(gc0779
28歳・♂・HD
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER

●リプレイ本文

 不可解な事が多い。
 傭兵達の最初の感想はそれに尽きる。
 事件に対する疑念もそうだが、
 この依頼への疑念も大きい。
「んー? なーんであえて傭兵を使うのかにぃ?」
「変ですよね。身内の事件なのに‥」
 楽(gb8064)と獅月 きら(gc1055)は傭兵達の大半が抱いた疑問を口にする。
「内部問題をもみ消したいなら身内で片付ければいいのにねぃ。
 身内に広めたくない、傭兵以上に信頼できないのが身内にいる。怖い怖い」
 楽の言葉でようやく上司の意図に気づいたのか、
 ジゼル・ブランヴィル(gz0292)は頭を抑えてうつむいている。
「事件そのものは痴情のもつれに見えるけど‥
 問題は殺害の動機が私情ではなかった場合‥ね」
 アグレアーブル(ga0095)が楽の言葉を続ける。
 視線は憂鬱なようにも見える。
 彼女は被害者に同情はしていない。
 彼女の最初の感想は「馬鹿な男」と、それだけである。
「気にすべきは、情報の漏洩‥か。
 挙げられた候補もどこか恣意的で‥。
 候補者は行方不明、か。‥やれやれ。出来過ぎ、だな」
 クアッド・封(gc0779)は配布された資料を閉じる。
 リリー大尉から渡された資料はよく纏まっているが、全面の信頼は置けない。
「まあ、あれだな。早めにゴットホープに行けるよう頑張るとする、か」
 UNKNOWN(ga4276)は‥衣装の入った箱をジゼルの机に置いていた。
 蓋を開けたジゼルはすぐに閉め、別の理由で頭を抱える。
「俄か名探偵の腕の見せ処だな」
 ハンフリー(gc3092)は腕組みをしていた手を腰にあてる。
 雇い主の意向はともかく、急いで動いたほうが良いのは間違いない。
 傭兵達は簡易に役割だけ決めると、別個に調査に向かっていった。



 陣頭指揮にはリリー大尉加わっているが
 基本的には彼女の普段の職務ではないので取りまとめに過ぎない。
 犯行現場の調査には同席するだけだ。
 UNKNOWNと天羽 圭吾(gc0683)はここの作業に参加した。
「‥女に寝首を掻かれて昇天とか、ゾッとしないな」
 天羽はやる気の無い風を装って、溜息混じりに質問を続ける。
 視線の先はまだ血痕の残る足元のカーペット。
「ある意味自業自得です。あちらこちらで愛人を作るから」
 リリーの言葉は怒りと言うより呆れの意図が強い。
「殺すほど情熱的な愛人なんて羨ましいね、参考にしたいよ」
 その言葉に、リリーはわずかに眉を寄せた。
 天羽がリリーへの質問を続ける間、
 UNKNOWNは科学的な調査に関して担当官に確認をしていた。 
「犯人は女性。身長はこれぐらいで‥」
「ふむ‥。筋力は?」
「女性にしてはちょっと強いですね‥」
 徐々にだが犯人像は形になりつつあったが、
 事件発生から半日程度ではどうしても無理があった。
「下着とシーツは回収しよう。容疑者の下着も欲しいところだが‥」
 犯人の身体に被害者以外の痕跡があれば良いのだが、
 洗い流されたのか中々見付からない。
 こちらはもう少し時間が掛かりそうだ。
「ん? この金髪誰のだろう?」
「あ、なんか出ました?」
 天羽の言葉に掛かったのは鑑識担当の士官。
 ピンセットで摘み上げた金髪をビニールで包む。
「このあたりはだいたいさらったんですけど、
 別の人のだったらまたリリー大尉に報告しますね」
「‥ああ」
 作業を増やしながらも、天羽は大尉の様子を伺っていた。
 視線はなるべく自然な風を装いながら。
(「カマをかけたが動じないか。余程自信があるみたいだな」)
 だが同時に嘘をついているという確信めいたものはあった。
 視線や声の調子は、落ち着かない。
 周りの人間が気づけないのは、身内という色眼鏡が掛かっているからだろうか。
(「となればこの部屋には有力な証拠は無いか」)
 あとはUNKNOWNが調査をしながらもひきつけてくれるだろう。
 天羽は部屋をあとにすると、隠密潜行を使用して気配を消しつつ、
 リリーの自室へと向かった。
 


 セシリアの調査はアグレアーブルが担当した。
 彼女が最初に向かったのはセシリアが普段使用しているデスクだった。
 室内には資料が整然と並べられ、作業用にそれぞれPC1台から3台が揃えられている。
 大きな機械などは一切なく、事務所兼準備室と言った様相の部屋になっていた。
「KVに関して、頼まれていた資料を渡したいんだけど‥セシリアは?」
 アグレアーブルはしれっと作った嘘をつく。
「セシリアさんですか‥? 今日はまだ顔を出してなくて‥」
 申し訳無さそうに同僚らしき男性職員が頭を下げる。
 アグレアーブルに疑念を抱いている様子は無い。
 セシリアの個人的な頼みという設定で資料自体は本物。
 疑われる余地もあまりない。
「‥困るわね。彼女、いつもこうなの?」
「いや‥本当はもう出てきてる時間なんですが‥。
 今朝から全く連絡が着かなくて‥。部屋にも居ないらしいんです」
 同じ質問が他からもきているのか、他の職員も済まなさそうに小さくなっている。
 そこではそれ以上の情報はなかった。
 昨日も特に普段と変わった様子も無く、面食らってばかりだ。
「そう。‥ありがと。もうすこし探してみるわ」
 頭を何度も下げ続ける職員を尻目に、アグレアーブルは踵を返す。
 後はクアッドが別の方法でセシリアを調べている。
 その間に自室を押さえておこう。
 他に何かあるとすればあの部屋だ。
 


 ニーナの捜査は楽とハンフリーが担当した。
 2人はそれぞれに聞き込みをして合流後、情報の突合せを行っていたが‥
「自宅のほうはどうだった?」
「それがさっぱりっ」
 楽はおどけるように言った。
 同じく収穫のなかったハンフリーは、溜息を吐く。
 2人の調査方法が悪いわけでなく、痕跡が少ないのだ。
 まるでニーナ本人が隠しているかのような不自然さを感じる。
 この点はあとで判明するが、セシリアと同様であった。
「ニーナと中佐に関しても、そこまで出ないな。
 中佐に近い関係者には知られていたけど、それ以外だと噂されていた程度だ」
「自宅のママさんも同じで何も知らなかったにぃ。‥ちょっと娘さんが行方不明で泣いてたかなん」
 あれが演技なら大したものだ。
 演技だとするなら、彼女から情報を引き出すのは困難を極めるだろう。
「あと、セシリアとニーナ、リリーはどうも仕事上では付き合いはあったみたいだね。
 個人的に交友があったとは聞かないけど、なんか怪しいな‥」
「友達や仕事仲間を疑うってのも、タイミングが妙だね」
 2人は話をしながら、基地の地下道へ向かっていた。
 職場も作業場にも痕跡がないのならば、
 後調べていないのは簡易の倉庫にも使われるこの場所ぐらいだろう。
「‥おやん?」
 踏み込んだ楽が見知った背中にすこし驚く。
 声をかけられて先客のクアッドが振り向いた。
「‥やあ」
 微量ではあるが肩や手には埃が付着していた。
 セシリアの行方を捜していたはずだが‥。
「アグレアーブルとセシリアの自室を探していたら、
 ゴミ箱の底からちょっとしたメモを見つけてね。
 どうも誰かにここに呼び出されてたみたいなんだ」
「誰に‥?」
「‥さあ。差出人は不明だ。
 意味が通じない暗号みたいな一文はあったよ。
 聞けばここは‥セキュリティの甘い一角らしい。
 外からの侵入ができず、重要な物も置いてないからだそうだが‥、
 密談には最適だろうね」
 クアッドは更に荷物を横にどける。
 この部屋は今回の件とは関係なかったので捜索はまだ行われておらず、
 クアッドが物を動かすと埃の匂いが舞った。
 出入りが少ないと聞いたはずだが、頻繁に誰かが入ったような気配がある。
 嫌な予感を共有したのか、楽とハンフリーはその作業を手伝うことにした。



 須佐 武流(ga1461)は他のメンバーが調査に参加する合間、
 ジゼル・ブランヴィル大尉と行動していた。
 調査においてスタインベック中佐からの情報を得るつもりではあったが、
 一番大きい理由は傭兵の行動の真意を犯人に悟られないようにするためだ。
「‥ま、ありえないか」
「ありえませんから」
 真面目に調査はしている須佐に、ジゼルは呆れ顔だった。
 須佐の調査は当然のように予定通り空振りになる。
 見て分かるとおり、男女間のイザコザについて彼女は疎い。
 何も知らないというほどではないが、年齢相応かそれ以下だ。
「‥大尉としては‥こういうこと、どう思う?」
 調査に飽きてきたのか、須佐はジゼルにそう投げかけた。
「個人的な好奇心だけど‥こういう事件、女性としてはどうなんですかね?」
「‥さあ」
 想像もつかない、という顔をするジゼル。
 女性だからと言って女性の気持ちが全てわかるわけではない。
 誰もが動物的な本能で物事を理解したり思考したりはしない。
 須佐は黙って資料の読み込みを再開した。
 スタインベック中佐からの連絡は無い。
 送るべき情報が無いのか、あえて情報を遮断しているのか、
 それは須佐には確認が取れなかった。



 傭兵達の最初の調査が終了した頃、マルサス少将を尋ねた者が居た。
「‥おや、誰かと思えば。先程のお嬢さんだね」
「はい、こんにちは。マルサス少将。
 どうしても、お聞きしたいことがありまして」
 獅月きらは小さなファイルを持って、応接室に現れた。
 きらが提示した質問はルノルマン大尉に関する物だった。
 彼女の身の潔白と断りを入れてはいるが、
 彼女を疑っていることに違いは無い。
 マルサス少将は嫌な顔ひとつせず、丁寧に疑問へ返答していく。
 出身、経歴に問題は無し。
 犯行時間にアリバイもあるため、疑いの余地は少ない‥が。
「‥じゃあリリーさんは犯人じゃないんですね」
 きらは完全に疑いを消したわけではないが、
 ひとまずお礼に笑顔を返す。
「今のところ可能性は低い。そうでない事を願うよ。
 皆、私の信頼する部下だからね」
 マルサス少将も笑顔を返した。
 その笑顔はすぐに消え、暗い表情へと変わった。
「だが妄信はしない。そのための君達だ」
 少将が傭兵を呼んだ意図は、最初の推察から間違っていなかった。
「君は君の信じるように進めば良い。それが私達を助けることにもなる。
 ルノルマン大尉を、くれぐれも宜しく頼むよ」
 マルサス少将は穏やかな笑みを浮かべた。
 きらも釣られて笑みを返す。
 助けてやって欲しいではなく頼む、という表現が確信を強める。
 ルノルマン大尉への疑いは強まるばかりだった。



 夕刻を過ぎて夜になり、基地周辺は大きな照明で照らされる。
 その刻限頃になって、リリー大尉は単身での外出許可を取っていた。
 門の側で担当の兵士に挨拶をし、車を回そうとするが‥。
「出かける前に、君の懐にあるカツラの毛を調べさせてくれないか?
 中佐の部屋に残っていた金髪と照合したいんだ」
 リリーは思わず足を止める。
 声をかけたのは天羽だ。
 建物の陰には他の傭兵達も揃って並んでいる。
「リリー大尉、セシリアとニーナの遺体が見付かったよ。
 ‥その遺体からは君の髪の毛もね」
「同じスパイの友達を殺しちゃって犯人にしたて上げるなんて、あーやだやだ怖い怖い」
「‥‥‥」
 リリーの周りを憲兵が囲んでいた。
 傭兵達の要請で、彼女を待ち伏せていたのだ。
「いくつか疑問は残るが、証拠はある。
 君が犯人だね?」
 ハンフリーの言葉に、リリーは諦めたような顔で俯く。
「さて、何で殺しちゃったのかな?」
 須佐は最初の疑問を口にする。
 検出された麻痺毒と殺害されたという結果のアンバランスは、
 結局誰にもわからなかった。
「殺す予定はなかったんです。
 簡単な処置をほどこして、中佐が洗脳されたスパイであるかのように装うつもりでした。
 嘘の証言と証拠を私とニーナ、セシリアで準備して‥。
 そうすれば部隊の進軍は止まるでしょう」
「‥それで、何故殺してしまったんだい? 事故かな‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 リリーは押し黙った。
 言葉を捜しているらしい。
 だが途中で吹っ切ったかのように、首を振って溜息をついた。
「‥彼が他の愛人にも同じこと言ってるかと思うと、ついカッとなって」
 麻痺させるだけの予定が2度3度と刺してしまった。
 そこからは動転してしまったのか、よく覚えていないらしい。
 同じ秘密を共有するスパイを呼び出すのは簡単で、
 殺すのも簡単だったとは言った。
 基地の死角へ呼び出して、一人ずつ殺して見つかり難い場所へ隠して、
 適当に嘘をでっちあげて逃げる準備を整えて、という算段だった。
「やっぱ俺には‥こういうことはさっぱりわからねぇな。戦ってるほうが楽だぜ」
 理解できないという風に須佐は考える事を投げ出した。
 


 彼女の事件に関しては特に緘口令も引かれることもなく、
 マルサス少将とビューレル中佐の失態として広まった。
 だがその後、リリーを基点にスパイが複数発見され、
 基地内のセキュリティは強固となる。
 必要な成果をあげた上層部はそれ以上のコメントはなにもしなかった。