タイトル:【JTFM】GarnetElegy5マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/27 03:54

●オープニング本文


 ソフィアの撃破、エクアドル占領。
 長きに渡って泥沼の戦場に甘んじてきた南米は、夥しい流血の末に人類の物となる。
 8月下旬のグアヤキル決戦以降、戦後処理に南中央軍本部は多忙を極めた。
 そんな中、ミラベル中尉から本部一同が待ちに待った知らせが舞い込んでくる。
 ソフィアの遺児ユウを預かる本城からの連絡である。
「墓参にでかけた折に預かりました。期日は1週間後だそうです」
 宛名の無い茶封筒には差出人の名前だけが小さく記載されてあった。
 中には折り畳まれたA4程度の紙が1枚きりだ。
「ふむ‥‥」
 短い文章を読み終わった大佐はボリス中佐に紙を手渡す。
 内容はごくごく簡素なものだった。
 引き渡し場所、時間、本城側の立会人、そして南中央軍側へ提示された条件の4点のみ。
「大佐‥‥」
「私は行こうと思う」
「今更罠では無いと思いますが、危険です」
 先手打って宣言するコルテスに、ボリスは呆れ顔だ。
 本城の出した条件は、コルテス大佐へ直接の手渡しだった。
 ボリスが小言を言いたくなるのも無理はない。
「一人で来いとは書いていない。護衛をつけるからそれで良かろう」
「大佐がこだわりたい気持ちもわかりますが、わざわざ出向かずとも良いことです」
「すまん、ボリス。今回はワガママをいわせてくれ」
「今回も、でしょう?」
「そうだったな」
 大佐は苦笑する。最近どうにもこの副官に頭が上がらない。
 ボリスは結局それ以上は何も言わず、護衛の手配を始めた。
「ミラベル中尉」
「はいっ」
「この件に関しては見届けたい傭兵もいるだろう。依頼の申請のついでで良い。君の知る範囲で声をかけてやってくれ」
「はっ」
 対応が決まると慌ただしさも戻ってくるが、大佐へ話しかける者は居なくなった。
 喧噪の中に一人になったコルテス大佐は、目を閉じて有りし日のソフィアの姿を思い返していた。



 エクアドルの治安は着実に回復しつつあるが、
 交通に関しては道路の復旧もあってなかなか進んでいない。
 バスなどはほとんどの路線は動いておらず、このバス停も運行停止中の張り紙が貼られたあった。
 人は通り過ぎても集まらないが、目印にはちょうど良い。
 バス停の標識の横にある日除けの下には男女一組に赤子が一人。
 本城とエドゥアール、そしてユウの3人だ
「アリスンとクリストは死んだらしい。ようやく確認がとれた」
「そう。良かったわね」
 重苦しい話題のはずが重苦しさは微塵もなく、
 良かったという割に喜んでいるようにも見えない。
 物事は予定通りに進んでいるという連絡のようにも聞こえた。
 ユウは本城に抱かれたまま穏やかに寝息をたてている。
 本城とエドゥアールは普段の戦闘用の装備でなくどちらも私服で現れており、もうすこし穏やかな雰囲気があれば家族にも見えたかもしれない。
「この子を渡したらどうするつもりだ?」
「‥‥そうね。今更生き長らえる元気もないわ
 地味でも良いから戦って死にたいところね。
 ‥‥誰に置いていかれるのも、もうゴメンだし」
 本城はそういって自分の手を見る。
 バグアの調整がない今、体の調子は良くない。
 徐々にではあるが、確実に体は衰えていた。
 このままでは緩やかに体が崩れ死に至るだろう。
「貴方は? 私に付き合うことはないわよ」
「‥‥正直に言うと、決めかねている。今更他のバグアに合流するのも骨だしな。今まで以上に楽しくやれるとも思えない」
「それもそうか‥‥」
 本城は何かに気づいて視線をあげ、舗装されていない道の向こうを見る。
 10人ほどの集団が近づいてくる。
 何人かはよく知った顔だった。
「‥‥この子を渡したら、あの子達に介錯してもらおうかしら。ケジメって意味でも丁度良いわ」
 本城の横顔には喜びも嘆きも映らない。
 そんな感情はとうの昔に捨ててしまった、あるいは枯らしてしまったというような顔だ。
「‥‥一つだけ聞いて良いか?」
「なに?」
「どうして君は洗脳もされていないのにバグアの手助けを?」
 エドゥアールの質問に、本城は呆けたような顔をする。
「‥‥簡単な話よ。生きる気のない私を、必要と言ってくれたから。人もバグアも皆して熱烈にね」
 本城はくたびれた笑顔で笑った。
 エドゥアールは当時のグリフィスが妙に機嫌が良かったことにようやく得心がいった。
 ソフィア、プリマヴェーラ、ゼーファイド、ティルダナと、彼の上司だった司令級のほとんどが、最後には彼女に全幅の信頼を置いた理由も。
 苦笑する。この高い親和性が彼女の本質なのだ。
 誰かの為に尽くすことが生き甲斐で、どんな努力も厭わない。
 虚無の理由も想像に難くない。
 繰り返してきた死別は、彼女にとって身を切る辛さだっただろう。
 彼女は絶望を乗り越えようとしてついぞ越えられなかったのだ。
 本城は立ち上がり、近づいてくる一団に向けて歩き出す。
 エドゥアールはすこし軽くなった足取りで彼女の背中を追った。
「‥‥どういう風の吹き回し?」
「いや。最後の最後は武人らしく戦って死のうと思ってね」
「貴方がそれを言うの?」
「悪いかね?」
 言って二人は笑みを交わす。
 エドゥアールには迷いは無かった。




 コルテス大佐は携帯電話を閉じる。
 聞いた内容に釈然としないものを感じつつ、しばし携帯を見つめていた。
 予定の時刻、場所まであとすこし。
 その内容を吟味するには少し時間が足りないかもしれない
「‥‥何か問題でも起きましたか?」
「そうではないが‥‥」
 怪訝な顔をするミラベルに、コルテスは僅かに言い澱む。
「諜報部から私宛に連絡があったそうだ。
 本城と接触するなら、彼女に治療の用意があると伝えて欲しいと言われたらしい」
 ボリス中佐の言を借りるならば、珍しい熱弁の入れようだったらしい。
 彼女が復帰してくれるならばこれほど心強いことはない。
 南米バグアの情報も大きいが、戦後処理にも活躍するはず。
 治療に関する不平は抑えられるように全力で協力する。等々。 
「‥‥それは‥‥良いんですか?」
 ミラベルの顔は、ひどく苦い。
 普段から笑顔の絶えない彼女らしからぬ表情だ。
「良くはない。たとえ治療が可能でも、前線の兵士の事を考えるならばな‥。
 エミタは少しでも能力者適性のある者に使いたいところだ。君も気分が良くなかろう?」
 ミラベルは無言を答えにした。
 本城のことは良く知らない。
 軍人の役割に徹しているが、親しい上司や部下を殺された事を水に流せるほどではない。
 決定であれば従うが、それと彼女自身の感情がどうあるかは別問題だ。
 コルテス大佐は後ろに控える傭兵達に振り返った。
「本城の意思もある。次回までこの話は伏せよう。それでいいかな?」
 傭兵達は三者三様の表情をしながらも、とりあえずは全員それに頷いた。
 ‥‥次回などというものが無いと分かっていれば、違う答えも出せただろうか。
 長かった戦いの結末は、誰も注目していない辺境で終わろうとしてた。

●参加者一覧

遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
冴城 アスカ(gb4188
28歳・♀・PN
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

 本城を助ける用意がある。
 誰もがその話を黙って聞き流したわけではない。
 物分かりの良い答えの下に憤怒を押し隠した者は少なくなかった。
(‥‥それが軍の答えか。冗談じゃない)
 ウラキ(gb4922)は心中で忌々しげに呟く。
 この戦争、多くの人間が志し半ばで無念の内に倒れた。
 生き残った者でさえも、故郷を失い帰る場所を無くした者のほうが多い。
 だというのに、犯罪者同然のあの女に生きる道があるという。
(認められるか、そんなこと‥‥!)
「ウラキ。気持ちはわかるけどよ、顔には出すな」
 天原大地(gb5927)が軍人2人に聞こえないようにウラキを嗜める。
 が、天原の制止にもウラキはまともにとりあわなかった。
「気持ちがわかるというなら、黙っていてくれないか。僕はあいつを許せない」
「‥‥あいつは沢山の人を裏切ってきた。俺も許せねえよ」
 仕事だからこの場で大人しくしている。
 天原の場合は恋人の意向もあるが、心中穏やかでないのは同じだった。
「この気持ちは、僕だけじゃない。遠倉さんも同じはずだ」
「そう‥‥ですけど」
 遠倉 雨音(gb0338)の言葉はウラキに比して弱い。
 彼女の内心はウラキや天原のそれよりも複雑だった。
 鉄木や高円寺、トニ、フェリックスの無念を思えば激情に体が震える。
 その死に誰よりも多く立ち会ってしまった彼女だからこそ、二人の感情は言葉にせずとも伝わっていた。
 だが本城のことも知らないわけではない。
 彼女の行動の一端も、理解できなくはない。
 そして、今この状況に立たされることこそが、自分の無力の証明にも思えた。
 どうしても、一方的に彼女を責めることはできなかった。
「いいから皆落ち着け。俺たちの仕事が護衛ってこと忘れるなよ」
 ジャック・ジェリア(gc0672)は平気なふりをして怒り心頭の仲間を諫めていく。
 だが、内心では最も平常心を失っていたかもしれない。
(ここに俺がいるのも、運命といえば運命か。神が存在してるなら間違いなく平穏の敵だな)
 近づいてくる本城は約束通り赤子を抱いている。
 その赤子を、ジャックは冷め切った目つきで凝視していた。



 正面から歩み寄ってきたのは赤子を抱えた本城とエドゥアールのみ。
 傭兵達は大佐の周囲に護る。
 橘川 海(gb4179)、冴城 アスカ(gb4188)、黒瀬 レオ(gb9668)、ラナ・ヴェクサー(gc1748)の4名が前に。
 残りが側面にたった。
「‥‥解せませんね」
 ラナはぽつりと呟く。視線はエドゥアールに向かっていた。
「なにがだね?」
「貴方は‥‥なぜ、彼女達と共におらず‥此処に?
 貴方みたいな武人と呼ばれる人にとっては、あの戦場は良い死に場所だったのでは?」
 彼女とはアリスンのことだ。
 エドゥアールはそのことはすぐに察しがついたが、興味なさそうに鼻を鳴らすに留まった。
「武人か。はっ、俺は所詮ただの人殺しだ。そういう面倒な称号は間に合っている。ここに居るのも戦場から逃げ出したからに過ぎんさ」
 そう言ってエドゥアールは話を切るように半歩下がった。
 本城だけが前に進み出る形になる。
 コルテス大佐の前へ向かおうとする本城を、橘川が押し留めた。
「本城さん、手渡しは条件でしたけど‥‥そこまで近づかせるわけにはいきません。子供を、こちらへ」
「‥‥わかったわ」
 本城は物わかりがよかった。
 特にこの程度にこだわりはないらしい。
 警戒のない足取りで橘川に近づくと、ユウをそっと手渡そうとする。
「あ、待ってください!」
 唐突に慌て始める橘川に制されて、本城の動きが止まる。
「どうかした?」
「あ、あの、どうやって抱っこしたらいいんですかっ?!」
 空気が固まった。全員が、橘川が何を言ってるのかわからなかった。
 格好よく前に出てそれかよ、と内心突っ込みを入れる。
「‥‥ええと、生後10ヶ月もすればそんなに心配することはないから‥‥‥」
 いち早く立ち直った――立ち直らざるを得なかった――本城が、そっと赤子を渡しながらレクチャーを始める。
 ゆっくりと抱きかかえたユウは重い。
 もてないことはないが、しっかりと成長している。
 人見知りしないユウは抱き上げてくれる人が変わっても、泣く事もなく回りを興味津々に眺めていた。
 本城の手がユウから完全に離れると、周囲の緊張が僅かに緩んだ。
「本城さん、聞きたいことがあるんです」
「なにかしら?」
 本城が緊張を解いたころを見計らい、黒瀬はずっと聞きたかったことを口にした。
「ソフィアさん‥グリムは「あの子を父親に委ねることはしたくない」と言った。
 「代わりに、本城にコルテス大佐の元に届けるように指示した」とも‥
 つまり、大佐はユウの父親じゃないんですね? ‥ユウの父親は、誰なんですか?」
 正面から真摯な眼差しで本城を見る。この情報を知っているとすればもう彼女だけだ。
 彼女が去ればその情報は永久に失われるだろう。
 せめて父親にユウの生存を伝えたい。その一心だった。
 彼の強い想いを知ってか知らずか、本城の返答はあっさりとしたものだった。
「あら。気づいてるものとばかり思ったのだけど‥‥。父親はコルテス大佐よ」
「‥‥どういうことです?」
「グリムの言葉を直接聞いたわけじゃないけど、それは私人としてのジャンゴ・コルテスには渡せないけど、
 公人としてのコルテス大佐に渡すなら問題ない。そういう意味じゃないかしら」
 それは理にかなっているような、納得行かないような。
 黒瀬は首をかしげたまま止まってしまった。
「‥‥えーと‥‥」
「つまり、グリムなりの拙い詭弁よ。案外卑怯なのよね」
 本城は苦笑していた。
 何かを懐かしむように、ほんの少しだけ目をつぶる。
「ソフィアは子供を身ごもった時にこう考えた。
 大佐が娘のような年齢の副官に手を出した、となると外聞が悪い。
 そんなことで愛する人の邪魔になりたくない。だから、大佐には一言も伝えなかった。
 大佐は、子供のこと知らなかったのよね?」
「‥‥その通りだ。予想はしていたがな」
 大佐はそっと、我が子を撫でた。
 黒瀬はその光景を見て微笑んだ。
「黒瀬君、だったかしら」
「はい」
 本城とは面識はほとんどなかったが、どうやら向こうは何かの機会に覚えていたらしい。
「これが、ソフィアの最後の心残りなの。お願いしてもいいかしら?」
「‥‥はい。ありがとうございます」
「何が?」
「ユウを送り届けてくれて」
 黒瀬は朗らかに笑う。
 例えこれが別れになっても、悔いのない笑みだ。
「‥‥ふふ。仕事だから」
 仕事だから、というその表情には間違いなく喜びに似た感情があった。
「本城」
「‥‥まったく、次は何?」
 進み出たのは冴城だった。
「UPCにはあなた達を人間に戻す治療を行う用意があるわ‥‥ですよね、大佐?」
「それは‥」
 大佐は言葉を濁す。
 否定しない大佐を示すように、冴城は本城に向き直った。
「あなたはソフィアが死んで今までユウ君を守ってきたのよね?
 今ユウくんには母親が必要なの‥この子の母親は多くの時を一緒に過ごし
 ソフィアからユウ君を託されたあなたを置いて他に居ないわ」
 話の流れを察した本城の目は、徐々に暗さを増していった。
「それに‥ブエノスアイレスの人達もあなたの帰りを待ってるわ。だから‥一緒に帰りましょう。
 人生に絶望や苦しみしか感じられないのなら‥私がそばにいて共有してあげる。生きる喜びをもう一度思い出させてあげる。だから‥一緒に帰ろ?」
 顔を伏せた本城から答えはない。
 代わりに、肩が小刻みに震えていた。
「ふふふふふ‥‥あははははは」
 顔上げた本城は笑っていた
 先程の穏やかな笑みから一転、表情には強い嘲りしか映らない。
「バカじゃないの? 共有? 生きる喜び? 貴方は一体、私の何なの?
 何様のつもりなの? 貴方が私の何を知ってるの?
 私が帰りたかった場所は、とっくの昔に亡くなってるのよ。そこは、貴方の知ってる場所じゃない」
 手痛いどころではない。容赦のない拒絶の言葉だった。
 彼女は今更、そんな曖昧なものを欲しがりはしない。
 その言葉で彼女を救える人間は、とうの昔にこの世を去っているのだ。
「‥‥それに、おかしいでしょ、それ。大佐、それは誰が言い出した話なんですか。軍人達じゃないですよね?」
「諜報部だ」
「なるほど。それを信じたの、貴方達は」
 本城は笑いを収め、小さく低い声で続けた。
「治療をして人間に戻るってことは、人間同士の戦いに持ち込めるってことよ」
 おぼろげながら、何名かがその意味にたどり着く。
 人間であれば、害意を形にできる。
 復讐するには十分な環境が整うだろう。
「悪意しかないじゃない。最も人情と程遠い部署が、そんなことを語るなんておかしいと思わなかった?」
 気づくべきだったのだ。話がうますぎると。
 バグアの情報が得られるといっても、所詮相手は強化人間でしかない。
 多くを望めるとは思えない相手に何故そこまでするのか。
 大佐はその違和感を不審に思い、決断を先に送ったのだ。
 場は重い沈黙に包まれる。
 それを破ったのは、ジャックが空に向けて撃った銃の音だった。
「まだ、何かしら思う所があるだろうが俺の要件を先に済ませたいんでね」
 ジャックは手から何かを転がす。振り向いたばかりの傭兵達は、何を見たのか理解できずにいた。
「本城!!」
 エドゥアールが叫ぶ。
 転がり落ちた閃光手榴弾が弾けて閃光が目を焼き、幾つもの銃声が響き渡った。
「ジャック! 何をして‥!」
「その子供は、俺の勝手だが始末させてもらう」
 距離を詰められなかったジャックはスコールを乱射する。
 一発でも命中すれば、ユウの命は無い。
 ジャックはこの瞬間を狙っていた。彼がこの依頼に参加したのも、これがしたいがためだった。
「たとえ俺の傲慢でも! 畜生と呼ばれても!」
 銃声が響く。
「コロンビアで目の前の子を守れなかった後悔がある限り、俺は‥‥!」
 銃声の中でも、ジャックの声は妙に響いた。
 結論を理解できない者達ですらも、
 彼の胸に去来する感情を理解してしまう。
 出来る者なら助けたかった。
 対象の違いはあれ、誰しもが強く抱く後悔だ。
 ジャックの攻撃は止まらない。
 ガーディアンの装甲を頼りに防御を捨て、ありったけの弾を撃ち込んでいく。
「ジャックっ!」
 天原が飛びかかり、ジャックを押さえつけ腕を捻りあげる。
 閃光と音の余波が消えた頃。
 盾となっていたのはウラキ、黒瀬、橘川、そして本城だった。
 気づくのが早かった本城は、正面から交差した両腕に何発もの銃弾を受けて血塗れだ。
 膝をついたジャックは、その光景を見るなりおかしそうに笑い声をあげた。
「その子供にそんなに真剣になれるなら、自分の中だけで線引いて、死に場所を探す必要もないだろうよ」
 ジャックはそのまま縛り上げられた。
 天原と冴城に見張られ、もう何もすることは出来ないだろう。
 大きな音に驚いたユウが泣いている。
 それ以外、誰も言葉を発しない。
「本城さん、生きてください」
「何を今更‥‥」
 ラナに治療を施されながら、本城ははき捨てるように言った。
「身勝手で酷いお願いだっていうのはわかっていますっ。でもっ‥‥」
 橘川は本城の言葉を遮る。
 絶望の淵へ帰ろうとする本城を押し留める。
「見ての通り、この子には敵が多いんです。だから考えました。
 この子が憎まれないためには‥‥もう一人、似た人が必要なんです」
「この子の代わりに、恨まれる為だけに生きろと?」
 方便だ。それがぎりぎり、彼女を生かすに足る理由。
「無理よ。洗脳もされずにここまで人間と戦った私を、誰が許すというの?」
 本城はウラキに視線をやる。
 変わらない絶望の答えだった。
 だが、その理由は明らかに変質していた。
 遠倉が進み出る。
「最初は私もトニさんの敵討ちをするつもりでした。
 でも、止めます。このまま最後まで貴女の思い通りにことが進むのは、癪ですから」
 鉄木は、高円寺は、トニは、復讐を望むだろうか?
 否。彼らは恨み言を言わずに死んだ。
 敵が憎いから戦争していたわけじゃない。
 この気持ちはきっと理解してもらえる。
 復讐を止める事はないかもしれない。
 けれども、恨みでその心が曇る事を嘆くだろう。
「呪われても最後まで償い生きろ。お前が奪った命から逃げるな」
 天原の怨嗟の篭った声に、本城から答えはない。
 その瞳には強い迷いが見え隠れしていた。
「やれやれ。全くしょうがないやつだな」
 様子を眺めていたエドゥアールは苦笑して溜息を吐くと、
 背負っていた弓を構え、矢をつがえた。
 狙いをつけながら矢を引き絞り、本城に鏃を向ける。
 一斉に傭兵達が武器を抜く。
「させるか!」
 ウラキの銃撃を皮切りにいくつもの銃弾がエドゥアールに飛ぶ。
 風切り音をかき消されながらも、しかしその矢は放たれた。
 一瞬のやりとりの後、エドゥアールは膝をつく。
 ぽたり、とエドゥアールの体から血が滴り落ちた。
「‥‥ふん、貴様のような‥‥甘ったれは‥‥バグア軍には向いてなかったな」
 今にも途切れそうな掠れた声。
 放たれた矢は本城の肩口を抉り、心臓の真上にあった自爆装置を射抜いていた。
 自爆装置は衝撃ではずれ爆発したが、結果として本城に致命傷を与えることなく除去された。
「本城、これでお前は今日から裏切り者だ。その烙印を背負って生きろ」
 銃弾の雨を浴びて致命的な量の血が溢れ出していた。
 エドゥアールは避けようともしなかった。
「エドゥアール、貴方は‥」
 ラナは血まみれの男を凝視した。
「おっと、勘違いするな。私は、アリスンの遺言を果たしただけだ」
 本城を守れ、というな。
 言葉を紡ぐ力は、もう残っていなかった。
 言い終えたエドゥアールは静かに地面に倒れ伏した。
 ラナだけが彼の動く唇を見ていた。
「貴方が‥生きた証を、忘れません‥よ」
 ラナは眼帯を指差し、柔らかく微笑む。
 彼女にとって屈辱の証であったそれは、徐々に別物に変じつつあった。
 いつかきっと乗りこえられる壁として。
 
 本城は遠倉にされるがまま、手錠につながれた。
 あとは大佐がなんとかしてくれるだろう。
 例え大きく揉めることになっても、悪いようにはしないはずだ。
 黒瀬と橘川は視線をユウに戻す。
 ソフィアと同じ薄い茶色の瞳が、二人を不思議そうに見上げていた。

 いつか語ろう。
 君の母の戦いを。
 君を運んだ数奇な運命を。
 苦難に立ち向かい、世界に希望を灯した英雄達の物語を。
 君が生きるこの世界を愛せるように。
 平和な時代に、いつかきっと。


 GarnetElegy −了−