●リプレイ本文
終夜・無月(
ga3084) の活動期間は長い。
名古屋で行われた初の大規模作戦以前からあり、弛まず積極的に仕事をこなし、
そして変わらず多くのメンバーを率いる古参の隊長でもある。
知名度で言えば本人の自覚どおり、この基地で知らないものは居ないだろう。
だからワイズは油断した。もう少し彼に調査のセンスがあるのだろうと思ったのだ。
そういえば彼、いや彼女かもしれないのだが、性別は男女どちらなのだろう?
錬力を使い基地内でも覚醒状態を維持する彼(便宜上そう呼ぶ)だが、経歴どおり男性である場を見たことが無かった。
「囮役になります」
傭兵達の相談の結果、そういう役回りをすることなったらしい。
難しい役だ。活動が活発過ぎれば相手が逃げることにもなり、逆に規模が小さすぎても気づかれない可能性がある。
方法次第で調整は可能だろうと、ワイズは頭の中で計算していたが‥‥。
「上層部から基地滞在者へ、『終夜傭兵大尉の要請には出来得る限り協力する様に』
と言う打診をお願いしてもよろしいですか?」
「‥‥‥‥」
ワイズの正面に居た羽柴 紫(
gc8613)は純粋に驚いた。
仏頂面のワイズがこういう顔も出来るのかと。
彼の表情を的確に表すならば「開いた口がふさがらない」だろう。
気を取り直して、もしかしたら衝撃に踏みとどまりながら、ようやくワイズは続きの台詞を喋る。
「‥‥君、依頼の趣旨は理解してる?」
内密で傭兵を呼び集めた意味をだ。
調査しているのではないかと敵に疑わせる程度までならともかく、調査している事を全体に伝えては意味が無い。
仮に調査している事を伏せたとしても、傭兵に対して作戦単位ではなく平素から協力せよ、などという告知は不審すぎる。
最悪その告知の段階で容疑者を取り逃がすだろう。
それは彼ら3人に限らず、今はまだ発覚していない者達も含めてだ。
ワイズが更に何かを言おうとしていたが、三日科 優子(
gc4996)がそれを遮った。
「ま、ええやんか。せやったら別のやり方もあるよ。終夜さんはこっち手伝ってぇな」
「‥‥わかりました」
終夜は素直にそれに従う。
「さてさて。それじゃあ分担は相談のとおり、ロニー担当はマキナさんと三日科さん。羽柴さんがセルジュ担当。私がマルコム担当でいいかしら。
ニックさんもロニー担当として、久米川君はどうするのかしら?」
雨ヶ瀬 クレア(
gc8201)が確認のためにまとめて発言する。
視線をちらと久米川 麻生(gz0351)に向けるが、久米川は視線を合わせることはなかった。
「僕もセルジュに回ろう。監視と調査じゃ人手が居る」
「わかったわ。では始めましょう」
雨ヶ瀬が手を叩くとそれぞれが席を立ち、ばらばらと部屋を退出した。
残されたワイズは小さくため息をついていた。
◆
マキナ・ベルヴェルク(
gc8468)がロニーの部屋に忍び込むのは容易だった。
勤務時間中の時間帯であればほぼ全ての職員が現場に出ており、仕事用のデスクにも人はまばら。
居住スペースのある一角などは警備を除けば無人も同然だった。
警備と言えばワイズの管轄でもあり、マスターキーの入手、個別に与えられたパソコンのパスワードまで難なく手に入る。
しかし収穫はほとんどと言っていいほど何も無かった。
「‥‥つい引き受けてしまいましたけど‥‥困りましたね」
ロニーは勤務も長く優秀なため個室を与えられ、作業用に技術書も個人で多く所有していた。
部屋にあるのはそれら仕事の品物ばかりで不審な点は欠片も無く、私物のKVフィギュアの扱いに困ったぐらいだ。
机の引き出しは全て見たがこれも収穫はなく、トラップを警戒しつつもパソコンを起動してみるが、
仕事のデータばかりでそれらしいファイルは見つからなかった。
仕事のファイルに混入させている可能性も考えたが、それを短時間で見抜く知識や技術はマキナにはなかった。
「‥‥あの人なら、如何するのでしょう‥‥」
自分を育ててくれた傭兵を思い返すが、影となった人物は暴力的な手段しか提案してくれない。
それは自分の発想が貧困なのと関係しているのか、本当にそれしか手段が無いのか。
「‥‥」
マキナは考えるのを止めた。
下手な考え休むに似たりとも言う。
考えが止むとふと別の疑問がわきあがる。
「然し、何故なのでしょうね。優秀で、信頼もあると言うのに。如何して‥‥」
部屋を見回しながら、ロニーの顔を思い出していた。
彼女の記憶の中の彼はいつも不満顔で、人生も何もかも楽しそうな顔ではなかった。
「‥‥だから」
思い至るというほど明確な答えではなかったが、少しだけ気づいてしまった。
人は金や名誉だけで生きているのではない。
マルコムやセルジュがたとえ悪人でも、彼には必要だったのだ。
マキナは苦い顔のまま、ロニーの部屋を後にした。
◆
セルジュの人物像は事前のプロファイルと大きな誤差はなかった。
彼には守るものがない。祖国も家族も矜持も、彼には意味をなしていなかった。
守る者がない彼には現世の利益追求以外に確たる目的も無い。
そんな彼にとって金と名誉は執心するに足る対象だった。
「だから‥‥ヤマトも売ったのかな?」
彼はヤマトとも接点があった。
セルジュが所属していた基地をヤマトも主な拠点としていた。
そこから先を調べるのは簡単だった。
敵であるヤマトの来歴を聞きたいと言えば、誰もが何も疑う事なく喜んで口を開いた。
敵となった彼を良い思い出に変えたいのだろう。羽柴はそれを肌で感じていた。
聞く相手によって彼のイメージは大きく変わる。
並ぶ者の無い豪傑、有能な指揮官、あるいは強運の持ち主。
過去として美化され誇張された部分を省いても、彼が如何に頼られていたか、
そして如何に皆が彼を好いていたかもわかった。
「美化しすぎだよ。無謀と勇気を履き違えてるだけのバカ野郎さ」
久米川はそう評したが、声音は楽しそうな響きだった。きっと、その無謀にも付き合っていたに違いない。
何事にも執着を見せない久米川が、珍しく執着するヤマトという人物。
本人を知らない羽柴は理由を実感することはできないが、
人を引き付け巻き込んでいく姿を、眩しく感じたのかもしれないとなんとなく想像していた。
羽柴はふと本題を思い出す。これ以上は仕事に関係ない話になってしまう。
「セルジュだけあいつの事嫌いだったけどな。よくヤマトに突っかかっていったよ」
「あいつが居なければ俺が一番だともね」
「あいつは絶対に裏でバグアと繋がってるとか、そういう口さがない時期もあったな」
「ヤマトがあんな事になって流石にあいつも何も言わなくなったがね‥‥」
それはどうして?
好意的に捉えるなら勿論、仲間への罪悪感や同僚への追悼。
だが疑いのある現在では違う意味にしか聞こえない。
「‥‥そう。わかった。ありがと‥‥」
愛想の無いなりに笑顔を作り、年配の兵士達に礼を言う。
兵士達は無言で笑顔を作る。思い出話は彼らにとっても楽しい話だった。
セルジュの件も内々であれば思い出になるのかもしれない。
羽柴は表情の変化に乏しい自分に、少しだけ感謝した。
◆
雨ヶ瀬はマルコムの足止めに向かった。
同じ傭兵という立場を利用して彼の居場所へさりげなく足を運び、
偶然の出会いを装ってお酒と食事を進める。
女性として常套手段とも言える方法だが、マルコムはあまりにもあっさり陥落する。
アルコールで思考が鈍っているにせよ、他愛もないにもほどがあった。
(‥‥ふぅん。しようのない人達)
心の中で舌を出す雨ヶ瀬。
彼が転んだのは雨ヶ瀬が酔った勢いで「やっぱり‥‥戦争に出るのは怖いんです」
と弱い面を強調したあたりだろう。
勿論、酔っても居ないし全て事実でもない。
だが心までマッチョなマルコムはそんな事には気づく素振りも無く、
弱い女性に頼られる自分に酔っ払い始めていた。
(でも‥‥そうやって自分の欲求に忠実に生きて‥‥破滅していく人は、好きですよ)
雨ヶ瀬の笑顔が半ば本物だったことも要因となっていたが、これは流石に相手が悪かった。
雨ヶ瀬が褒めて持ち上げるたびにマルコムは分かりやすく相好を崩す。
そろそろ一刺しぐらいすべきと判断し、雨ヶ瀬は質問を投げかけた。
「マルコムさん‥‥どうしたら死なずに‥‥ああやって基地を見つけたりとか、功績をあげられるんですか?」
ぐっと秘密の話をするように、雨ヶ瀬が体を寄せる。
「勘だよ、勘。俺ぐらいになると、なんとなくで戦場が読めるようになるのさ」
言い分として筋が通っているかどうかはともかく、実際にそういう風にしか説明できない人物も確かに居る。
だがそれは思考が達人の域にまで達し、結果を演算する事が認識できないようになった者達の独特の境地だ。
下半身でしか物事を考えてないようなマルコムに間違っても出来る芸当とも思えない。
呼吸の音さえ聞こえそうな距離に近づいてそれがはっきりした。
そして、もう一つ。彼が明確に嘘をついていることも。
自信たっぷりに話しながらも、視線は遠くに逸れている。
普段なら目を瞑って誤魔化していたのかもしれないが、今は興奮しているせいかそれさえ忘れている。
「教えてくれないんですね」
と拗ねたように良い、胸に触れる。
内心ではありがとうと呟く。
今日知りたいことは知った。もう用はない。
手はマルコムに触れたまま、そっと席を立つ。
「?」
「明日の仕事の後、また会ってくれますか?」
「いいぜ。2人きりでな」
「ええ、2人きりで」
傭兵同士、仕事を優先するという意識は残っているらしい。
心からの笑顔をマルコムに向け、雨ヶ瀬は別れ際にそっと頬に口付けをした。
汗とアルコールと煙草の匂いがする。あとで口を濯ごうと思いながら、その場を後にした。
◆
三日科はロニーへ直接会って情報収集を進めることにした。
彼は一人の時は街の酒場に移動し、酒やつまみを食べながらパソコンを開いているらしい。
それならば好都合と早速、三日科はそこに仕掛けることにした。
「くれぐれも気をつけて」
「わかってるって」
終夜は覚醒を解き、他人を装ってカウンターの席に陣取る。
目立つ男というのは調査に不向きだが、これはこれで役に立つ。
おかげで別口で入ったニックは、ほとんど誰も意識しなかった。
2人が待機したのを見計らい、三日科はロニーの座る席へと近づいた。
許可もとらずに彼の目の前を占領する。
「?‥‥なんだい、君は?」
ロニーは驚いて目を白黒させていた。
「自分がロニーか? よろしゅう。聞いてるで、あんたの噂。ええメカニックなんやってな」
三日科はにこりと笑って手を差し出す。
状況はわからないが、やはり褒められる事自体は嬉しいらしく、ロニーは戸惑いながら手を取った。
三日科は握った手を乗り越えるようにして、ロニーに顔を近づけた。
「ウチは自分の秘密を知っとんで? 自分でも薄々勘づいとんのやろう?」
ロニーはあからさまに怯えるような表情を浮かべた。
三日科にはそれで十分だった。
「じゃあな。また会うことになるやろう。その時会おな」
周りに何事もなかったように見せる為、朗らかに笑顔を浮かべてその場を立ち去る。
恐怖を煽れば疑心暗鬼になり、言わずとも情報をこぼすようになるだろう。
ロニーには効果的な手段だった。
しかし、三日科は大事なことを一つ忘れていた。
三日科が去った後、ロニーは文字通り逃げるように席をたった。
店を出て一目散に仲間の元へ走る。
彼女の意図はわからない。脅した上で金を取るのか、それとも別の‥?
全速力で走るうちに想像は悪い方向にばかり膨らんでいく。
早く、早くセルジュに伝えないと。
ロニーは転びそうになりながらも交差点を曲がり、基地まであと100mというところまでたどり着くが‥。
「!!」
脇の道から伸びた腕に強引に路地に引きずり込まれる。
その腕は大よそ常人のものと思えない怪力を発揮し、あっという間にロニーの顔と首を塞いでいった。
◆
三日科が泳がせたはずのロニーは、その日のうちに拘束され窓の無い部屋に連行されていた。
「‥‥どういうことなん?」
「どうもこうも‥‥」
事態を理解していない三日科を見て、ニックはうな垂れる。
戻ってきた雨ヶ瀬はだいたい事情を把握したのか、苦笑いを浮かべたままだ。
「三日科さん、確かに私達は彼を脅して情報を得ようとは言いました。けれども‥」
「‥‥あんな状況じゃ皆逃げられるよね」
雨ヶ瀬の言葉を羽柴が繋ぐ。
逃げ切れるかどうかはともかく、証拠が固まらないまま抑えることにもなりかねない。
仕掛けるにはまだ早い。言い逃れを許してしまえばそれまでだ。
「そういうわけだ。だから終夜と俺で追って捕縛した」
結果オーライ、とは言えない状況だった。
雨ヶ瀬が時間を稼いでくれたが、残りの2人は彼が居ないことに気づくのは時間の問題だろう。
「予定が早まってしまいましたが仕方ありません。尋問、始めましょうか」
そういうと雨ヶ瀬はペンチやはさみ等、下手をすると痛そうな品物をロニーに見せ付けるように準備していく。
ロニーの弱い精神を追い詰めるには、それで十分だった。
◆
ロニーが常に持ち歩いているタブレット型PCの情報、セルジュの通帳の不審な入金などを付き合わせ、
最終的に彼らの犯行が裏づけられた。
彼らは大よその予想通りバグアへの内通者で、マルコムが実行犯、セルジュがバグアとの窓口、
ロニーがそれらの技術的支援と分担を行っていた。
マルコムやセルジュの最近の活躍は全て、彼らの地位を高める為に与えられたものだった。
彼らは珠大和他、多くの仲間を強化人間候補としてバグアに売ったことも認めた。
これはバグアからの指示ではなく、名誉や権力に固執する彼らの策であった。
この件に関連して更に何名か芋蔓式に裏切りが発覚したが、これらの件に関しては本題でないため記述は省く。
一応の収束を見せた今回の事件だが、解決はすれどワイズの機嫌は良くなかった。
「多くは期待しないつもりだったけど、それですら過剰な期待だったようだね」
内通者3名はどれも小物で終わってみれば解決が容易な事件だったにも関わらず、
傭兵の行動で危うく取り逃がすところだった。
調査が上手くいかない程度であれば処罰までは考えないが、流石に今回は見逃せない。
「働きに応じて給料から一部を差っ引かせて貰うよ。満額じゃないけど文句ないよね?」
有無を言わさぬ口調で告げるとワイズは自室に引きこもる。
止めようもない剣幕だったが、瑕疵のあるなしに関わらず誰にも止める理由はなかった。
その後、傭兵達には2万Cから8万Cの間で報酬は支払われる。
それがそのままワイズから傭兵への評価となった。