●リプレイ本文
飛び交う戦場の音は一層激しさを増していく。
だが激しさは終着が近い証でもある。
強い波濤を乗り切りさえすれば活路はある。
「連隊司令部よりマイク大隊各位、敵のエースがそちらに向かっている注意されたし」
傭兵達の所属する本部からまた敵の情報が送られてくる。
今度は鹵獲KVの2個小隊らしい。
単純に再利用品であればそこまでの強敵ではないかもしれないが‥‥。
「ロメオ小隊、了解。各位にデータリンク。‥‥注意しろって言うだけか、いい加減ね」
電子戦機に乗る百地・悠季(
ga8270)がこっそりと愚痴る。
勿論後半は本部への通信を切った後の、短距離通信のみである。
ただそれで本部を責める気にはならなかった。
前線でしか解決できない問題であり、それだけ信頼されている証左でもあるからだ。
データリンクが済むと、メンバーから少々気色の良くない反応があがる。
「我々の希望の象徴であるKVを何時までもバグアに使わせておくのは業腹だからな。
悪いが、この戦場で墜とさせて貰おうか」
「ああ。これ以上悪用させるわけにはいかねえな」
榊 兵衛(
ga0388)と砕牙 九郎(
ga7366)。
古参の兵士である彼らにすれば、KVとはそういうものだった。
刀に対する畏敬とは違うのだな、と久米川 麻生(gz0351)は一人胸に書き留める。
百地や瑞浪 時雨(
ga5130)からすればまた意味合いが違うようで。
「あなた達が誰でも‥‥、ましてや事情なんてどうでもいい‥‥。
許容もなく慈悲もなく敵は倒す‥‥。ただそれだけ‥‥」
と、事情は知らないと無視するような口ぶりだが敵意だけは格別のようだった。
事情を知るのはこの中では久米川の他、羽柴 紫(
gc8613)とニックのみ。
(あれが‥‥そう。やっと、見つけた)
皆に慕われたエース、オウジュ・ヤマト。
彼はどんな気持ちでこの場に臨んだのだろう。
立ちはだかった友人を見て何を思うのだろう。
それがどのような記憶であれ戦いには引けないけども、その想像を拭えない。
今何かを言うべきであるとするなら久米川だが、彼が何も語ろうとしなかった。
そしてUNKNOWN(
ga4276)。
「久米川、ニック‥‥」
唐突に重々しい口調で話に割ってはいる。
何事かと思った二人はそちらに意識を向けるが、警報がそれを許さなかった。
「私に協力して欲しいのだが‥いやこれが終わってから話そう」
このタイミングで振るのだから余程大事な話と勘違いしかけるが、
実はそんなに大した話ではない。軍服にバニーをどうとか。
この件に関しては結局聞き流される事になるので記述はこの程度に留める事とする。
◆
距離を詰めて命中率を高めるか、それとも牽制を重視して距離のあるうちから仕掛けるか。
短い言葉と目配せ、ハンドサインで相談を終え、傭兵達は8機の鹵獲KVを迎え撃った。
選んだ選択肢は両者同じ。互いに兵装を一斉に開放する。
先手を撃ったのは傭兵側の複数の対空砲。
敵は機動力に優れた機体ばかりである以上、この選択肢が最適だった。
しかし建造物の死角を動き回る相手に思ったほどの効果は得られず、
最後の一歩に踏み込まれてしまう。
成果は上げながらもやはり一筋縄でなんとかなる相手でもなかった。
「敵が両翼に分かれたわ。来るわよ!」
百地の警告と同時にロックオン警報。
敵後方のガンスリンガー3機が背中に装備したミサイルを一斉に打ち上げる。
ミサイルは直上にあがるとすぐさま方向を傭兵達のKVにあわせる。
白い尾を引いて飛ぶミサイルが傭兵達の前衛に向かって殺到した。
「舐めるな‥‥!」
砕牙機を始めとする前衛が武装の照準をミサイルに向けた。
その場凌ぎの反撃だが、これで電子支援機の時間が稼げる。
「紫、データを送るわ」
「了解。ミサイルにジャミング! 同時にプラチナムミラージュ」
AIが答えて電子欺瞞を展開する。
偽情報、電波の妨害、そして視覚的な欺瞞の揃った布陣。
ミサイルの過半は最後の誘導にエラーを出し、誰もいない場所に着弾する。
それでも一斉に放たれたミサイルはそれだけで脅威だった。
直撃すれば早くも脱落した可能性はあっただろう。
着弾からの爆風が機体を煽るが、幸いにして損傷には至らない。
「ハデな慣らし運転になりそうだなぁ。ちくしょう!」
「ふむ。だがKVとしての改造しか施されていないようだな。それなら‥‥」
敵が特殊な機動を行わないとみたUNKNOWNは、機体を一歩前に進める。
ツインブーストで機体を低空に持ち上げると、榴弾砲をゆっくりと前衛5機に向けた。
「!!」
発射音は丁度5発。必殺の威力でもって、建造物に隠れる敵KVに突き進む。
着弾した榴弾は爆風を巻き上げ、バグア側の小隊を建物ごと吹き飛ばす。
広く撒いた分致命傷には至らなかったが、前衛の動きは完全に止まっていた。
「よし、突撃だ!」
榊の号令で散らばった敵機に対して乱戦が始まった
◆
左翼の4機。先鋒となったのは榊の機体だった。
「そこだっ。せいやぁぁぁぁっ!!」
体勢を崩した敵陣に榊機が一気に切り込む。
狙いは敵の副官と思しき動きを見せるフェニックス。
振り上げた槍を大上段に振り下ろす。
フェニックスはすぐさま片方のアサルトライフルを収納。
接近戦用のグレイブで榊の槍を受け止めた。
「‥‥ほう?」
十分な速度で切り込んだつもりだが、敵のパイロットは的確に見切ってきた。
生身同士の撃ちあいなら数合渡り合うところだが、機体同士ではそうはいかない。
榊はアテナイで更に追撃をしようとして、ロックオン警報に遮られた。
「!」
アテナイを牽制に使いながら機体を翻す。
この斬りあいに右翼のスカイセイバーが照準をつけていた。
機体の視線は正面を向いたままである。
2機はライフルをそのまま横に動かし、榊の機体を狙い一斉に射撃を始める。
「榊さん!!」
砕牙のヴァダーナフ:桜花がスラスターライフルで片方のスカイセイバーを狙う。
スカイセイバーは盾とビルで身を隠しながらも、射撃を継続。
砕牙機が機刀で切り込んだ段階でようやく砕牙機に照準を合わせた。
「守るための盾じゃないな‥‥」
火力ではなく、自分の意識を全て敵に向けるための道具だ。
思えばこの布陣、元より守ることに向いていない。強襲こそが全ての編成だ。
攻めに長けた相手に自分の技量がどこまで通じるのか。
砕牙は恐れと同時に表現し難い高揚な感情を覚えていた。
「敵は強いぞ。九郎、あと1分もたせられるか?」
「おう!」
砕牙は答えながらも果敢に突撃を繰り返す。
牽制を続ける百地がなんとかガンスリンガーを抑えるがやはり劣勢気味だ。
しかし、この3人は誰もが勝利を疑っていなかった。
「到達まで、あと45秒」
ツインブーストの唸りが遠くに響く。
爆風にまぎれて消えた黒い機体が、信じがたい速度で敵の後方へと回りこんでいた。
◆
残った4機は右翼、小隊長の珠を含む4機と衝突した。
「切り替えが早い‥‥!」
陣形を組んでる以上、その動きは陣形によって制限されるはず。
時雨はそういう見立てでいたが、その考えは甘かった。
装備の質において後方からの奇襲に弱いのは確かだが、
小規模部隊である彼らは如何様にも瞬時に隊列を変更できた。
8機の連携は2機が4組程度に過ぎない。
「紫、敵の動きは?」
「更に二つに分かれた。データリンクもきってるみたい」
瑞浪は舌打ちする。
おそらく、片方を囮にしての強行突破。
撃破は不可能と悟り、こちらの指揮官への強襲を試みるつもりだろう。
「嬢ちゃん達、準備はいいか!? 行くぞ!!」
答えも聞かずにニックと久米川は飛び出していく。
前衛2人が時間を稼ぐ間に、こちらは何としても1機撃墜しなければならない。
「私にはこの火力さえあれば十分‥‥。塵一つ残さない‥‥!」
アンジェリカから高分子レーザーが放たれる。
レーザーは左翼のスカイセイバーの盾に直撃した。
機体本体への直撃でないため、戦力はほとんど低下していないようだが、
敵は慎重さから攻勢が鈍った。
追撃をかけようとする時雨だったが、ロックオン警報ですぐさま身を翻した。
「そっちだ! 抜けるぞ!」
時雨機の前に1機、敵の小隊長、珠の機体が迫る。
珠は巧みに旋回しつつも、速度を落とさずに突撃する。
時雨と紫がアサルトライフルの牽制射撃に押され怯んだ隙に、一気に距離を詰めた。
このまますり抜けざまに撃ち落す算段なのだろう。
「舐めた真似を‥‥」
瑞浪機は錬剣「白雪」を抜き放つ。
機体は頑健ではないが、一撃を先んじて叩き込むには優れた機体だ。
これならたとえAECで防ごうとも致命傷は免れない。
「今!」
時雨機がブースト空戦スタビライザーを起動、間合いの中に入った珠機に切りかかる。
だがその機動は読まれていた。
珠機は超伝導アクチュエータを起動。
ひねりを加えた跳躍でひらりと空中にかわし、一瞬で瑞浪機の背後を取った。
「しまっ‥‥!」
間に合わない。振り向きざまにアサルトライフルを3点射。
瑞浪機は咄嗟に回避しようとしたが間に合わず、肩口に銃弾をくらってしまう。
食らった衝撃で機体の左側に転倒。
「アンジェリカに錬剣、来ると思ったぜ」
知覚装備は特性上装備の種類の幅が狭い。
知覚特化機の装備となれば予想はおおよそついてしまう。
特化機は強力で覆しがたい1手を持つが、分かってしまえば先手を取るのも避けるのも容易い。
彼らは元は人類の精鋭、辛い時代をこの機体と共に歩んだ者達。
古い機体であれば、自分と同等に機体を知り尽くしているのだ。
「アンジェリカの錬剣は頼もしいからな」
そう、聞こえた気がした。
きっと彼らが強化される前に強く感じていた思いなのだろう。
「‥‥当たり前じゃない」
コクピットに強い衝撃が走り、そこで時雨は意識を失った。
銃撃は一瞬。
装甲の脆いアンジェリカはマシンガンの直撃に耐えられなかった。
「時雨さん‥‥!」
止めを刺そうとする珠機に紫は銃弾を浴びせかける。
珠機は無力化した目標に固執することなく銃弾をすりぬけ、グレイブを抜き放った。
下段からの薙ぎ払い。
羽柴機は抜き放った機剣で辛うじてグレイブを受け止める。
ファランクス・アテナイが起動する前に回りこみ、死角へと滑り込む。
薙ぎ払われたグレイブがGenomの腕を切り落とした。
「‥‥!」
紫の機体が背中を押されビルに倒れこむ。次の一撃はかわせない。
そう紫が諦めた瞬間、珠機の右足が吹き飛んだ。
「!?」
続いて左腕、背部バーニアユニット。
姿勢制御もままならないまま、珠機はつんのめるように倒れ伏した。
「間に合ったか」
後方から攻撃を加えたのはUNKNOWNの対空砲だった。
本来なら命中させることすら難しいこの距離でいとも簡単に命中させてみせた。
もう一つの敵KV部隊は、彼の機体による奇襲によって全滅していた。
完全な人型でない初期のKVであるK−111だが、まさしく武術のような手管で後衛の機体を全て屠ったのだ。
残った3機も集結し、全機が珠機に銃口を向けていた。
紫機は残った腕でアサルトライフルを抜き、珠機のコクピットに照準を合わせた。
静かになった戦場の隙間、混濁する無線の向こうに聞きなれない誰かのうめき声が聞こえた気がした。
それが誰のものか、紫には何故か容易に想像がついた。
「HELLO、ヤマト。私は“世界を救いたい”」
無線の向こうにいる人物の呼吸が止まる。
その言葉は、彼自身がよく口にした言葉だからだ
「だからごめん、もうこれ以上‥‥ヤマトを好きでいる人を、慕う人たちを、ヤマト自身を、悲しませたくない」
珠機は首だけを紫機に向ける。
機械の目が主人に代わり、相手を見定めようとしているかのようだった。
「本当にごめん。ヤマト、死んで欲しいの」
「‥‥ああ、頼む。一思いにやってくれ」
謝意のこもった、爽やかな声が聞こえた。
嬉しくてこれ以上のことはないと、喜ぶ声にも聞こえた。
声の意味を理解した瞬間、紫は引き金を引いていた。
◆
天秤の傾きは既に覆しようもなく。
アルヴィト撃破の報を受けた頃には周囲の戦闘も落ち着き、
追撃可能な部隊が逃げるバグアの部隊に追撃をかけようとしていた。
傭兵達にも当然その確認が届いていたが、久米川は大破し機能停止したシラヌイSを前に佇んだままだった。
「先に行っててくれるか」
「‥‥‥‥わかった」
榊は答え、砕牙、ニック、UNKNOWNと共に追撃部隊に合流していった。
周囲は百地、羽柴、久米川の3名のみとなる。
久米川は足元に倒れ伏す懐かしい戦友を見つめながら、何も言わずに小さく息を吐いた。
「泣かないの?」
機体の側に降り立った紫はやや無遠慮に聞く。
久米川は驚いたような顔をした後、苦笑しながらそっけなく答えた。
「僕も男だからね」
理由になってない。
悲しくないはずがないのにどうして我慢するの。
不満そうな紫に気づいたのか、久米川は小さく笑った。
「いや‥‥。泣き方を、忘れただけかもしれないな」
それはとても苦しそうな顔だった。
「怒ってばかりの人は、顔に表情がはりついてくる。心も、そうなのかもしれないね」
それ以外の感情をどう表現すれば良いのか。
「元々僕には戦う理由なんてなかったんだよ。惰性で生きてただけださ」
先に走っていった者達は、それぞれに生きる理由がある。
それは伴侶であったり、守るべき友であったり。
並んでいたはずの人達が今は何故か遠くに感じる。
「理由なんて、後から幾らでもできるわ」
百地の言葉はひとつの事実でもあったが、久米川は返事をしなかった。
今はまだ、理由を持てる人間の言葉を受け止めきれない。
ただ伝えなければという気持ちも受け取った。
先が見えない者は、知らなければ絶望してしまうからだ。
「2人とももう行くと良い。俺は皆の面倒を見ないとだからさ‥‥」
久米川の言葉に紫は一瞬戸惑う。
私は、一体どちらの人間なのだろう。
失った者と持たない者、何が違うのだろう。
百地に促されてその場から離れるものの、結局紫は先行したメンバーに追いつこうとはしなかった。
倒れ付した鹵獲KVの残骸達は、何も言わずに生者を見送った。