タイトル:【白】鷹の眼再来マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/31 11:43

●オープニング本文


 ジャン・バーティ少尉は優秀なスナイパーだった。
 戦争開始当初こそ、キメラのフォースフィールドに苦戦したが、
 25mmペイロードライフルを支給されて以降は、
 狙撃でもって数十のキメラを屠った。
 フォースフィールドを破る火力さえあれば、
 あとは頭部を正確に撃ち続ければキメラと言えど絶命は免れない。
 その一点のみに特化し、彼は生まれ故郷の町を半年も守り続けた。
 ‥ただ、それだけでしかなかったともいえる。
 所詮は能力者でもない人間の悪あがきだ。


「残念だったね」
 霞む視界には降ってきた瓦礫と硬い石の床。
 そして良く磨き上げれた革靴。白いズボン。
 顔は‥見上げることができない。
 床に突っ伏すまま、体を動かすだけの力が入らない。
 血が流れすぎたのかもしれない。
 バーティ少尉は消えていきそうな自分の命を、
 他人事のように眺めていた。
「能力者でもないのに、ここまで難儀するなんてね」
 聞こえる声は場違いに無邪気に聞こえて邪悪に過ぎる。
「悔しいかい?」
 悔しい。悔しいに決まっている。
 努力も苦労も嘲笑うように、異星人どもが街を壊していく。
 それなのに、自分は何も出来ない。
「だよね? じゃあ、君に希望をあげよう」
 希望?
 問い返したはずの言葉は声にならなかった。
 伸ばした手はライフルに届かない。
 靄掛かっていた意識は今度こそ深い闇に落ちる。
 戻れない深さに落ちて消えていった。



 新しいライフルが支給された。
 原理は不明だが射程距離も威力もこれまでの物に比べて段違い。
 能力者にだって傷をつけることが出来るそうだ。
 生体パーツを多用しているので見かけがかなり生々しいが、
 それさえ我慢すれば最高の銃だ。
 ジャン・バーティ少尉は新しい相棒を撫でながら笑みをこぼした。
「貫通さえすれば殺せる。そう言ったね」
 念押すように白いスーツの男が言う。
 何度も何度も鬱陶しい。俺は確かにそう言った。
 弾頭さえしっかり選べばどんな相手でも仕留めてみせる。
「これがあれば奴らを‥」
 奴ら、とは誰だったろうか。
「じゃあ、頼んだよ。敵が来た」
 男の言葉を聞いた瞬間に浮かんだ疑問が霧散する。
 奴らは奴らだ。
 この街に攻め込んでくる奴らを残らず撃つ。
 それが名前も思い出せないこの街を守る自分の役目だ。
 ジャン・バーティ少尉はスコープを覗き込み、グリップに手をかける。
 致命的な見過ごしに気付けないまま、新しい獲物に狙いを定めた。




 フェリックス中尉は中隊を率いることになった。
 通信とか砲術とか分からないことばっかりだと文句を言ったが、
 人材不足な我らが大隊で聞いてもらえるわけもない。
 傭兵を雇うのに必要なプロセスが減ったと思えばまだマシかと思ったが、
 そもそも可能な限りそんな事態にならないようにするのが基本だ。
「第二次攻撃失敗しました」
「ちっ‥厄介な」
 フェリックスは双眼鏡をおろして、指揮車輌の中に引っ込んだ。
 上る煙は友軍の戦車かヘリが落ちて炎上でもしたのだろう。
 大規模作戦の陽動に乗じてバグア支配地域を攻撃していた大隊であったが、
 ここに来て大きな障害にぶつかった。
 バグア側のスナイパーである。
 本来の手順をなぞるならば、M−1戦車やサイレントキラーによって大型のキメラを駆逐し
 能力者含む歩兵によって小型のキメラを殲滅して街を制圧する。
 それがたった一人の射手の精密且つ強力な狙撃によって瓦解してしまった。
 既にサイレントキラー2台、M−1戦車5台の損害をだし、
 歩兵にも少なくない被害が出ている。
「前線観測班、敵の位置はわかったか?」
「特定は出来ませんでしたが三箇所怪しい場所があります」
 送られてきた情報を元に下士官が地図上にピンを刺していく。
 場所は街中央部にある高層ビル4つの内、3つ。
 これまでの狙撃は3つのビルの中央の階あたりから行われたらしいことがわかっており、
 且つビルの足元には多数のキメラも配置されている。
 他に見晴らしの良い場所もない。
 可能性があるとすればこの4つのビルのいずれかだろう。
「‥それと、小隊の一人が妙なことを‥」
「なんだ。言ってみろ」
「ジャン・バーティ少尉を見たと言っています」
「なんだと‥?」
 行方不明と報告されている狙撃手の名前だ。
 この街に至るまでに何度と無く聞いた。
「大型の黒い犬を二匹つれていたそうです。もしかすると‥」
「強化人間の可能性か‥? その黒い犬はどこに?」
「見失いました。目下全力で捜索中です」
 フェリックスは現状維持の指示を出して通信をきった。
 厄介事はよくよく重なる。
 今回もまた、彼らの厄介になるしかないようだ
「仕方ない。‥バルベラ軍曹」
「はい」
 後方の席で控えていたトニが直立して答える。
「出番だ。傭兵を連れて市街地へ潜入、スナイパーを発見し撃破しろ。詳細は任せる」
「了解しました。フェリックス中尉」
 敬礼を返すトニをフェリックスは眺める。
「‥‥バルベラ軍曹」
「何でしょうか?」
「今回は相手が相手だ。人を殺す覚悟は出来ているのか?」
「‥‥人の外見をしているだけです。‥それに」
「それに?」
「どのみち、じきに慣れると思います」
 理解したのか、納得したのか。
 それとも考えることをやめたのか。
 兎にも角にも応と答える他に無い。
 トニはそのまま何も言わずに指揮車輌を降りていく。
 細かい指示をせずともできる作業が増えた。
 有体に言って使えるようになった。
「‥‥嫌な感じだ」
 そう仕向けた自分も、そう望んだ周囲も。
 答え続けることで変わっていく彼自身も。
 何もかも。
 仕事は仕事。フェリックスはそう考えながらも、
 納得できない何かが心の中に残っているのを感じていた。

●参加者一覧

ミア・エルミナール(ga0741
20歳・♀・FT
夏 炎西(ga4178
30歳・♂・EL
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
虎牙 こうき(ga8763
20歳・♂・HA
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
リリィ・スノー(gb2996
14歳・♀・JG
冴城 アスカ(gb4188
28歳・♀・PN
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD

●リプレイ本文

 ビルの窓にはガラスがほとんど残っていない。
 半年前の戦闘の余波で吹き飛んだままだ。
 ビルの上層階などは文字通り吹き飛んでいるのだから、この階の被害は少ないほうだろう。
「兎が‥やられているね」
「そうだな」
 白いスーツの男は、瓦礫だらけの床に寝そべるハーディ少尉を見下ろす。
 ハーディ少尉は虚ろな目でじっと町並みを見つめていた。
「ここにある弾薬が最後の補給だ。今日一日が終わったら一緒に本部に行こう」
「俺が居なくなったら街の守りはどうするんだ?」
「少しの間ぐらい他の皆でなんとかするさ。それよりも、君が強くなることが大事だろう?」
「‥‥わかった」
「じゃ、宜しく頼むよ。僕は安全なところで君の戦いぶりをみせてもらうよ」
 白スーツの男はハーディの護衛である巨大な犬達を撫でると、
 気楽な風情でその場を後にした。
 ハーディは街を眺めたまま動かない。
 虚ろな眼はいつまでも故郷を見つめたままだった。



 鋭く細く、風を切る音が響く。
 飛来した矢は耳を立てる兎型キメラの胸をあっさりと貫通する。
 声も立てることなく、兎型キメラは絶命した。
「4匹。好調ね」
 真デヴァステイターを構えた遠倉 雨音(gb0338)が
 今しがた兎型キメラを仕留めたユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) のカバーに入る。
 更にリリィ・スノー(gb2996) 、狐月 銀子(gb2552)、
 フィルト=リンク(gb5706)の4人が退路と進路を確認しながら合流する。
「ビルまで残り2.5km地点か‥。そろそろアブねえな」
 虎牙 こうき(ga8763)が事前に渡された地図と
 周囲の道を照合しながら全員に確認する。
「わかってる。ここからは特に慎重にね」
 隊列を組みなおして銀子とフィルトが前に出る。
 その後方にはビルへの突入を担当するA班が着かず離れずの距離で追随していた。
 A班のメンバーはミア・エルミナール(ga0741)、夏 炎西(ga4178) 、
 冴城 アスカ(gb4188)、ウラキ(gb4922) 、トニ・バルベラ軍曹(gz0283)の5人。
 装備はB班と違い、室内戦向きの装備を重視している。





 攻撃は何の前触れもなく唐突だった。
 唯一『探査の眼』のスキルを持つユーリだけが、その狙撃を察知することが出来た。
「伏せろっ!」
 ユーリがリリィを庇って、体当たりで無理矢理地面に伏せさせる。
 直後、付近に弾着。
 戦車砲の着弾のような音を響かせ、更に二発。
「‥なんつー威力よ‥」
 銀子はすぐそばに出来た大穴に背筋を寒くした。
 戦車を破壊したとは聞いていたが、それも頷ける。
 着弾したレンガの壁が吹き飛んで粉々になっていた。
「ありがとう、ユ‥」
 リリィの言葉が途切れる。
 背中に生暖かい感触。
「ユーリさん!」
 起き上がらないユーリをリリィは支える。
 ユーリは、右腕の上腕部が吹き飛んでいた。
 同時に傷が潰れているおかげで出血は大きくないが、重傷であることに変わりは無い。
 虎牙が練成治療で傷口を再生させるが、全ては治癒できそうになかった。
「こいつは酷い‥。よくもげなかったな‥」
「それよりも‥‥見えたぞ」
「見えた?」
 肉を根こそぎ削がれもげそうな右腕を抑えながら、
 切れ切れに呼吸しながらもユーリは東端のビルをにらみつけた。
「‥あそこに居るんだな?」
「間違いない」
「A班、聞こえた? スナイパーは東端のビルだ。他のキメラはひきつける」
 連絡を受けたA班の5人がB班の脇をすり抜けビルに向う。
 周囲には徐々にキメラの集まる気配がする。ゆっくりしている時間は無い。
「ユーリ、戦えるか?」
「‥右腕が動かない。自分の身を守るのが精一杯だな」
 ユーリは用意していたイアリスに触れる。
 片腕だけではいつもみたいに上手く振れないだろうが、やるしかないだろう。
「作戦通り、路地で迎え撃ちましょう。ユーリ君は妖精型を見張って」
「了解だ」
 ここからが正念場だ
 ユーリは虎牙の肩を借りて立ち上がった。




 A班は早々にハーディ少尉への奇襲を諦めることになった。
 高層ビル中層に兎型キメラが配置されており、どこかへと鳴き声で通報されてしまったのだ。
 キメラはそれ一匹で、階下からの追撃も無い。
 徐々に階を登るごとに張り詰めた空気が伝わってくるような気がした。
 やがて廃墟となったビル内部の一角に、生活の匂いがする階があった。
 そこには唸る黒犬2匹とスナイパーが待ち受けていた。
「ジャン・ハーディ、だな?」
「そうだ」
 坊主頭の精悍な男。最初に見せられた写真とジャン・ハーディ少尉とほぼ同じ。
 違うのは、装備が私服か何かのようにラフであること。
 そして持っている銃が明らかに地球の技術で作られていない、ということ。
 両手に一丁ずつ保持する銃は、アサルトライフルに見えるといえば見えるが、
 生体パーツを多様しているせいで本当にそうかはわからない。
 僅かな間があり、戦闘は唐突に始まった。
 ハーディ少尉が迎え撃つ黒犬と同時に傭兵達に突入していた。
「まずはお前だ!」
 飛び込みながらも腰ダメに構えた右の銃を的確に三点射する。
「‥‥っ!」
 詰め寄られた冴城は避けきれない。
 銃弾は右大腿、左上腕、腹部を貫通する。
 致命傷では無いもの、動きを鈍らせるには十分なダメージだ。
「このっ!」
「飛び込んだらダメだ!」
「!」
 ウラキの声に炎西は咄嗟に下がる。スナイパーには弾頭を変えている節が合った。
 片手でそれを為しえない以上、発砲しない左が怪しい。
 ハーディが左の銃を発砲。弾は散弾。
 炎西は大げさに回避行動を取ったおかげで、危ういところで攻撃を回避する。
 炎西が一瞬前まで居た場所付近に穿たれた無数の穴が、威力の凄まじさを物語る。
 直撃していれば如何に能力者でも重傷は免れなかっただろう。
「お前からか‥」
 ハーディの銃口が機械のような精密さでウラキを狙う。
 足元に一回、胸を狙って2回の三点バースト三点射。
「がっ!」
 念入りに銃弾を打ち込まれ、ウラキはその場に仰向けに倒れ付す。
「ウラキさんっ!」
 トニは抑えていた黒犬の喉元をファングで裂き、死体になったキメラを投げ捨てる。
 ウラキがまだ死んでいないことだけは確認できたが、寄って介抱する余裕は無い。
 スナイパーなら後方、近距離戦は避ける。
 傭兵達はそういう固定観念を少なからず共有していた。
 黒い犬を始末しさえすればなんとかなる。
 その考えが甘かったことを、肌で感じ取った。
 動ける4人は慎重にハーディを取り囲んだ。



 高層ビルからの長距離射撃が止まったことで、B班を取り巻く戦況は劇的に変化していた。
 リリィと雨音がSMGで弾幕を張り、狼型と妖精型を掃射。
 制圧射撃を抜けたキメラは銀子のガトリング砲、フィルトの小銃、虎牙の超機械が一体ずつ潰す。
 例え近づいて接近戦となっても、熊人間達のパワーでは、
 前衛を固めるフィルトと銀子のAUKVに傷を与えることすらできなかった。
 最初期こそ妖精型60匹の包囲に悩まされたが、
 妖精型の数が減った今となっては一方的に火力を集中する5人相手に、
 キメラは全くと言って良いほど戦うことが出来なかった。
「あと一息よ。これが終わったら、‥あれ?」
 ガトリング砲を撃ち続けていた銀子が素っ頓狂な声を上げる。
 キメラが引いていっている。
 愚直な突撃を繰り返すだけだった連中が一斉にだ。
「なんだろ?」
「‥‥嫌な感じだ‥‥」
「え?」
 偵察の役目となって周囲を監視していたユーリは、正面を見据えながら胸を押さえている。
「どうした?」
「何か居る。‥悪意の塊のような奴が‥どこかに‥!」
 レンガが崩れる音がする。
 一同が一斉にそちらに目を向けると、メキメキと家屋を破壊しながら7mを越える歪な巨人が立ち上がっていた。
 樹木を人型にして顔と両腕に巨大な赤の水晶を配したような見掛けだ。
「‥こんな奴、報告にあった‥?」
「こいつなの?」
「いや、違う‥。しかし‥」
 この巨人には何も感じない。巨大だがただのキメラだ。
 なら、この言い様の無い不穏な感覚の主はどこに?
「散って!」
 咄嗟に体が動き思考する暇を与えない。
 B班の面々が思い思いに散った一瞬後、6人が陣取っていた場所を巨大な水晶の鈍器が叩き潰した。




 単純な俊敏さだけなら残る4人の誰もがハーディに勝っていた。
 だがその4人が一斉にかかっても、ハーディに致命傷を負わせることが出来なかった。
「このっ!」
 冴城が蛇克を水平に突きだす。
 ハーディは左腕に仕込んだ金属の板で受け、右の銃の牽制射撃で冴城を引き剥がす。
 炎西がそれに合わせて正反対の位置からイオフィエルで切りかかるが、
 ハーディは半身ずらして向き直り、左の散弾銃で迎撃。
 炎西は避けきれずにダメージで勢いを殺され、二歩後ろに下がるはめになった。
 ハーディは4方からの攻撃を巧みに受け流す。
 時に今のように攻撃動作に対して銃撃でカウンターを合わせてくることさえあった。
 誰の追随も許さない化け物じみた動体視力と、
 僅かな反応さえ見逃さないスナイパーらしい観察眼で、
 近接戦闘を役割にする4人と対等に渡り合っていた。
「埒が明かない‥。炎西さん! アレを!」
「はいっ」
 炎西が下手から投げた閃光手榴弾が炸裂し、音と光が感覚を奪う。
「うっ?」
 視界を潰されたハーディに一瞬の隙が出来る。
 それでも散弾でトニを牽制、フルオートでミアを牽制する
 炎西のイオフィエルを交わし、冴城の蛇克による急所突き。
 眼がつぶれる前に得た情報どおりだ。
 全てを防ぎきった。
 そう確信したハーディの脇腹を重く鋭い刃が抉った。
「‥なっ‥!?」
 両手の銃を取り落とす
 誰が? 何が?
 疑問が晴れる前にハーディに視界が戻る。
 刃はミアのタバールだった。
 両腕からは大量の出血。
 あのフルオートを直接受け止めて突撃したのだ。
「これでトドメだ」
 ミアは力が入らなくなりつつある腕で、タバールを振り上げる。
「‥‥バグアめ‥」
 息も絶えそうなハーディから明晰な言葉がこぼれた。
 振り下ろそうとした腕が止まる。
「この星から‥‥、この街から‥出て行けっ‥。‥‥出て行けっ!!」
 血の泡で詰まる喉から感情が迸る。
 ハーディは鬼のような形相でミアを睨みつけている。
 その眼には涙を溜めていた。
 矜持を砕かれた事、生まれ故郷を戦火に晒してしまった事。
 守りたかったものを守れなかった事。
 その眼にどれほどの感情が詰まっているのか、彼を知らない者には類推することしかできない。
 その感情の強さだけしかわからない。
「あんたはよく頑張った。 もう‥休んでいいんだ」
 ミアはタバールの半月の先で胸を刺し貫いた。
 ハーディの体からふっと力が抜ける。
 二度目の死を迎えた彼の顔は、涙を湛えながらも安らかに見えた。




「‥御苦労さん」
 報告を聞いたフェリックスはただ一言、それだけ告げた。
 ヘリで脱出した傭兵達から敵スナイパー撃破の連絡を受け、すぐさまにキメラの掃討は再開されている。
 今は残敵を捜索することやキメラの遺体の除去などが歩兵の主任務となり、
 推移を見守りながらも既に彼の仕事は終わりかけていた。
「石碑を建ててやる余裕も弔ってやる時間もないが、
 死体を遺族のに引き渡せそうなのはせめてもの救いか」
「‥家族が居たんですか?」
 奥さんがサンパウロに。
 フェリックスは端的にそれだけ喋る。
「ジャン・ハーディ少尉はこの街を守って死んだ。
 この事実だけ伝えておこう」
 嘘ではないが事実でも無い。
 彼の真実はこの場に居る人間だけで共有される。
「ハーディ少尉は狙撃手として尊敬できる方でした」
「そうだね‥。凄い人だった」
 リリィの言葉に雨音が相槌を打つ。
 それだけの事実であれば、誰もがこんな想いをしなくて済んだかもしれない。
「ああ。それだけ覚えておいてやってくれ。それが弔いになる」
 フェリックスはほんの一瞬だけ、笑顔を作った。



 ハーディ少尉の遺体が回収され、兵士達によって運ばれてくる。
 冴城とトニとフィルトがその場に立ち会った。
「綺麗に残ってますね」
「‥‥そうですね」
 フィルトがハーディの顔に掛けられた布を整える。
 腹部と胸部さえ隠せば、確かに見苦しくない。
「情けや慈悲を‥かけそうになりましたか?」
 フィルトは出発前と同じ言葉をトニにかける。
 本当にそれを実行できたのか、確かめるために。
「いいえ。きっと、躊躇わずに殺すことが出来たと思います」
 トニは同じ答えを返しながらも顔を伏せた。
 運ばれる遺体から眼を逸らすように。
「でも‥あの瞬間、トドメが自分じゃなくて良かったって、思ってしまいました。
 ‥ずるいですよね」
「誰もがそう思うわ。だから、慣れちゃダメ」
 冴城が背後からそっと両肩に手を置いた。
「いつか貴方も、戦争のない世界に戻るんだから」
「それは‥‥何時ですか‥?」
「‥‥」
 聞いてはいけないし、答えてもいけない。
 何時終わるとも知れない戦いに無理矢理希望を見出して、誰もが命も心も磨り減らして戦ってきた。
 この地獄は死んでしまう事でしか逃れられない。
 ハーディ少尉の安らかな死に顔が、そう訴えかけているようにも見えた。



「‥でかいな」
「虎牙のカタストロフィと狐月のエナジーガンで片付けた」
 樹木の巨人は非物理攻撃への抵抗力は大したことのないキメラだったが、
 反面物理防御力は街で出会ったキメラの比ではなかった。
 特に水晶の部分の硬度は尋常でなく、水晶の部位にはほとんどダメージを与えることが出来なかった。
 ユーリは自分のイアリスを抜いてA班に参加していた面々に差し出す。
 見れば刃の部分が刃毀れだらけになっている。
「酷いだろう?」
「‥‥‥ああ」
「‥‥ウラキさん、どうしました?」
「いえ、その‥」
 ウラキは視線を居並ぶ4つのビルに視線を移す。
「‥‥前にもこんな事があったな‥って」
「前にも?」
「ああ、人同士を争わせる手口に黒い犬‥。状況が前と似ている」
 武装勢力の拠点となり二つにわかれた街での出来事だ。
 ただの偶然と考えるには妙に符号があう。
「あの時僕は‥誰かに監視されているような‥おぞましい視線を感じた」
「視線を感じた‥か‥」
「私もなんか分かるな‥」
「二人とも心当たりが?」
「ああ」
 ユーリもミアも、神妙な顔でウラキを見ている。
 3人は同じく答えの無い疑問に戸惑っていた。
「俺はこの大型キメラが現れたときに感じた」
「あたしはハーディ少尉にトドメを刺した時だ」
「やっぱり、誰かが居るのか‥。僕らを見て、嗤っている誰かが‥」
 不幸の根元が闊歩しているという確信はあるのに、
 それが何なのかわからない。
 ただいつかその存在を、この世界から消滅させなければならない。
 差異はあれど、3人はその確信を共有していた。