●リプレイ本文
砲台は無人ヘルメットワームに電源を繋いだだけの簡素なものだ。
本来なら1発2発程度の発射が限界の大口径砲も、電力供給により連続発射が可能になっている。
簡素な改造の割りに砲台としての性能は高く、死角の多い峡谷では隠し場所も多い。
空路の制圧が難しくなった今、それらは強固な要塞と化して人類を阻む。
‥‥はずだった。
「くそっ! やろう、なんて速さだ!」
「追いつけねえ!」
特殊作戦軍の猛者達から悲鳴があがる。
視線の先は敵陣深くに切り込む周防誠(
ga7131)のワイバーンMk2「ゲイルIII」の姿。
周防を切っ先とした傭兵達の一団はまるで無人の野を行くが如く砲台陣地を薙ぎ払っていった。
この局面で特に威力を発揮したのは周防の機体だった。
ワイバーンは元々戦闘機動に特化した機体である。
それを極限まで鍛え上げた周防のゲイルIIIには誰も追いつけない。
機動性に優れた銀河重工製のKVでも同じことだ。
追随しているのはUNKNOWN(
ga4276)、アルヴァイム(
ga5051)、白鐘剣一郎(
ga0184)のみ。
「こちら、周防。A区域の砲台を殲滅。続いてB区域に進む」
「よし、突入しよう。ルートは‥‥」
言いかけたUNKNOWNはすばやく機体を90度回転。
崖上からせり出した砲台にエニセイを発射。
砲台がプロトン砲を放つ前に沈黙させる。
「ルートは予定通り。最初の想定よりも北側に砲台が多い。気をつけて」
一歩遅れて進むUNKNOWNは周防機ほど目立ちはしなかったが、
確実にトラップを迎撃していた。
事前にある想定で進めば、隠し場所に乏しい峡谷で罠を見破るのは容易い。
「残りの各機、報告を」
「こちらディム・エンジェル。問題なし」
「こちらリヴァル、同じく問題ない」
アンジェラ・D.S.(
gb3967)、リヴァル・クロウ(
gb2337)の2人がこれに続く。
地味といえば地味なこの2人、しかし堅実さでは先に進むメンバーに劣らない。
速度を重視するためどうしても見落としが出てくる先行メンバーに代わり、
生き残った砲台に確実に止めをさしていく。
「なんて連中だ。撃ち漏らしゼロかよ‥‥」
かといって敵の攻撃がなくなったわけではない。
周辺に配備された無人のワームの全てがこちらに向かっている。
逃げてばかりでは包囲殲滅されかねない。
既に追いついてきた無人ワームの部隊が、後方のメンバーに迫っている。
「まだ油断してはいけないよ。約束のバニーが‥‥おっと」
「‥‥バニー?」
UNKNOWNが漏らした言葉に誰かが疑問の声を返す。
何に聞き違えたのか、と考えるがどう聞いてもバニーにしか聞こえない。
「気にするな。それよりも各員、包囲される前にここを抜けるぞ。傭兵に遅れるな!」
「「了解!」」
一之瀬・遥(gz0338)は疑問を消し飛ばすように命令を下す。
恐らくバニーの意味を理解しているのは彼女だけだろう。
ならば説明して広める必要はない。
ともかく、一之瀬率いる特殊作戦軍は速度をあげた。
一糸乱れぬ攻撃でワームを散らしながら、傭兵に随伴する。
更に速く、もっと速く。
戦況は刻々と変わる。
KVは更に中心、バグア主力の喉元目掛けて一直線に進み続けた。
◆
作戦の進捗はおおよそにおいて順調に推移する。
敵主力は前線近く、つまりは迂回する側からすれば遠い位置に配置を変える。
それでも彼らは間に合った。
詳細な状況が見えない中では、残された時間がどの程度かはわからない。
「居たわね、総大将フルティスのティターンです。各機打ち合わせどおりに」
アンジェラ、前後で途切れがちだった各機のデータリンクを再接続。
各機体に前衛周防の取得した敵の情報が表示される。
フルティスが前線の部隊と合流したため、取り巻きの数は更に増えていた。
タロスが8機以上、ゴーレム、ワームは無人も含めれば数十機以上いる。
「恐れるな! 散開!」
白鐘の号令で各機が広がって陣形を作る。
人類側は周防、白鐘を中心に一部を鏃の先と見立てた円錐の陣形。
対するバグア側は総大将を中心に据えて変わらぬ構え。
陣を作らずに個人技能を生かす、バグアらしい布陣だ。
突撃する周防、白鐘をサポートするように他の各機は取り巻きとなるタロスを引き離しにかかった。
「お前達の相手は私だ」
左翼、アルヴァイムの【字】は牽制の砲火をものともせず直進。
【字】に向かって数機のタロスが照準を合わせる。
「バカが。甘くみるなよ!!」
挙動の鈍い彼の機体であれば真っ先に潰せると踏んだのだろう。
タロスの銃口が一斉に紫色の光を放つ。
回避する他のメンバーをよそに、アルヴァイム機は避けない。
着弾。爆発が一面を覆い、機体は爆発の粉塵に呑まれ‥‥。
「口ほどにもない‥‥」
幹部の一人がそう口走ったその時。
「そうだな。口ほどにもない」
噴煙の中から伸びた銃身、電磁加速砲から銃弾が走った。
音速を超えた弾丸はまっすぐにタロスに突き刺さる。
「バカな‥‥」
腹に大穴をあけたタロスは崩れ落ちる。
何が起きたのか、バグア達はすぐには理解できなかった。
「字に傷をつけるには火力が足りなかったな」
姿を現した【字】には傷一つない。
機体の識別はノーヴィ・ロジーナ。
確かに装甲の硬さが取り柄の機種だが、この硬さは尋常ではない。
【字】は速度を変えないまま突撃、敵の囲みの中央に滑り込む。
「今度はこっちの番だな」
アルヴァイムは恐れを見せ後ずさるバグア達に容赦なく告げた。
字は十式長距離バルカンを展開、弾幕が逃げ遅れたゴーレムの部隊を襲う。
右から左へ、銃弾が薙ぎ払った後で幾つもの爆発が起こった。
一方的な展開はここに留まらない。
右翼、UNKNOWN機に群がるワームはアルヴァイム以上。
バグアも長い戦いの中で要注意の機種データを持ち合わせている。
ゼオン・ジハイド級と記された以上、その数でも十分である保証は無い。
否、十分ではなかった。
「脆いな」
K−111の拳が唸り、ゴーレムの胴部をあっさりと歪ませる。
盾にしようかと思っていたがこれでは持たないだろう。
「うおおおおお!!」
UNKNOWN機にタロス2機が同時に切りかかる。
幹部級2人によるX字攻撃、平均的な傭兵ならば見切ることはできない。
「うむ、脇が甘いな」
僅かな恐れの差は、踏み込みの浅さに現れる。
一歩速いタロスに向け、機槍グングニルを振り向ける。
ブースト、UNKNOWNは槍のブースターを点火。
すれ違いざまにタロスの胴体を貫き、軽々と持ち上げる。
「!!」
「それではいけない。水が流れる様に、だ。水は恐れないだろう?」
もう1機のタロスにはエニセイを向ける。
本体の出力がエニセイの銃弾一つ一つを必殺の威力に変えている。
間合いを取りそこなったタロスは銃弾を浴びせられ、あっという間に爆散した。
「邪魔はさせないよ。私がいる限りはね」
UNKNOWNは槍をかちあげ、タロスを投げ捨てる。
次の瞬間には、K−111はゴーレムを蹴散らすように突入していた。
ワームはその囲みを抜けて殺到しようとする。
2人では埋めきれない隙間を、リヴァルは弾幕で埋める。
「これで終わりではない」
4連装チェーンガンが咆哮をあげる。
秒間200発の銃弾がタロスを襲った。
ばら撒かれた弾丸は着弾し、雪原に白い煙を巻き上げる。
「元々、諸兄の様な派手な火力に依る殲滅戦や高機動戦、
ましてや一撃必殺などといった戦い方は得意ではない」
「貴様ぁ!!」
弾幕を回避したタロスの1機がリヴァル機に迫る。
リヴァル機はハイディフェンダー抜き放つ。
「はあっ!」
剣と剣が交差する。
真・電影にはタロスの一撃を回避するほどの機動性はないものの、
攻撃を受け止めるだけの柔軟さは十分に備わっていた。
数合打ち合い、攻撃の機会を逸したタロスは一歩下がる。
それが良くなかった。
「この時間を掛けた消耗戦とカウンター、これが俺の本来の戦い方だ。そして‥‥」
「!!」
白煙の向こうから銃弾の雨が降る。
回り込んだタマモ・シラヌイ部隊の一斉射撃だ。
ぎりぎりのところで回避したタロスだがもう遅い。
白煙から距離を置いたタロスの足を別方向からの銃弾が打ちぬく。
「!」
ガンスリンガー:スカルメールのD013ロングレンジライフルである。
リヴァルと特殊作戦軍に気をとられたタロスは、アンジェラ機に気づくことはできなかった。
憎々しげに狙撃手を睨みすえるが、それで精一杯だ。
「悪く思わないでね」
アンジェラは続けざまに発砲。
銃弾はタロスの腰部を貫き、タロスの機能を完全に停止させた。
「仲間を信頼しないお前に、俺達は倒せない」
リヴァル機はアンジェラ機に親指をたてる。
「ようやく私も星ひとつね」
「まだ敵は多い。稼ぎ時だぞ」
ゴーレムにヘルメットワーム、無人機なども含め集結しつつある。
リヴァルとアンジェラは互いに視線を送ると、別方向に散開した。
◆
白鐘と周防、フルティス。隔離された戦場は佳境を迎えていた。
連装砲を牽制にフルティスは突っ込む。
速度で撹乱する周防、二刀流で切り進む白鐘。
鍔迫り合うこと数十合以上。
両者どちらの機体にも無数の傷が残る。
白鐘とフルティスが大きく間合いを取りあい、戦場に一瞬の静寂が訪れた。
「諦めろ、とは言いませんがせめて後退を選択して欲しかったところですよ。
これでまた無駄な被害が出る」
周防が口にしたのは事実上の降伏勧告だった。
幹部達の機体は全て撃破され、周辺からの増援も全て迎撃されている。
アルヴァイム、UNKNOWN、リヴァル、アンジェラに加え、特殊作戦軍の8機を抜く事は不可能だろう。
だが総大将のフルティスは膝を屈しようとはしなかった。
破壊された左の武器腕を破棄して身軽になり、レーザーソードを振りかざす。
「否。戦いこそが俺の存在意義。戦い続けることが俺の生の証。
平和の意思に恭順を誓ったところで、いずれは貴様らに仇をなす。
平和が欲しくば俺を討ち取るが良い」
「そこまで理解していながら、どうして!?」
周防は叫ぶ。
聞きようによれば、彼自身も和平に否定的ではない。
彼が戦うことを選ばなければ、違う道もあったはずなのに。
「滅んだものには手向けが必要だ。道連れもな」
それは誰のことを指しているのか。
遠くの場所で終わりを宣言されても終われない。
ロシアの兵も、彼らバグアも同じだ。
犠牲がなければ収まらない者も居るのだ。
「そんな理由でここにとどまっているというの?」
アンジェラには理解できない。
理解できたとしても納得はできない。
「俺は貴様らでいう『軍人』という人種ではない。十分な理由だ」
ただ死ぬためだけに戦う生き方は、同じ戦場に立つ者同士でも共感はできない。
「生きる者は誰もそんな事は望まない」
「果たしてそうかな? 望まぬのならば、俺はここにはいない」
それが誰の願いなのか。
目の前のバグアはその闘志に比して彼自身の欲を感じない。
だというのに、その自負はどこから来るのか。
戦うのは誰かの為。
その1点で言えば、この場に居る傭兵の誰とも変わらない。
戦いを諦めきれないバグアのために、自身が旗印となって戦いを始めたというのか。
もしかしたら‥‥。
「自ら望んで生贄にでもなると言うのか?」
感情の吹き溜まりは後々の憂いになる。
ロシアの兵が望む復讐を遂げさせようとでも言うのか。
「生贄など、買い被りだ」
内心を読んだ、わけではないだろうが。
その返答は思考に追随したように意識に入り込んだ。
「ならば、致し方ない」
白鐘機は錬剣を収納し一刀流の構えとなる。
12枚の翼がゆらめき、機体の各所から蒸気が立ち上った。
分かり合えたとしても譲れないものはある。
どちらが倒れようとも本望というものだろう。
「行くぞ流星皇。天都神影流、白鐘剣一郎、推して参る!」
「来い! 地球の戦士よ」
白鐘とフルティスは同時に大地を蹴った。
交差する一瞬、閃光がひらめく。
数秒の間隙の後、膝を折ったのはフルティスのティターン。
一瞬の攻防で、ティターンは右腕と左足の機能を失っていた。
「これで、満足か?」
白鐘機もその左腕に致命傷を受けていた。
両腕が残っていたのならば、勝負はまた違う結果になっていただろう。
「申し分なし。良い一撃だ」
フルティスの言葉には迷いや動揺はなかった。
彼は既に、この結末すらも受け入れていたのだろう。
「古き者は滅び、必要な者のみが選択される。これも運命」
彼の声はいつのまにか、周辺バグア軍への通信に変わっていた。
周囲のバグアから徐々に動きを止めていく。
「最初からこうするつもりだったか?」
アルヴァイムの問いに、フルティスは答えずに小さく笑い声を漏らすのみだった。
ティターンは残った力で立ち上がる。
「見事だったぞ、地球の戦士よ。貴様らと我らバグアに、末永く繁栄があらんことを祈る。さらば‥‥!」
ティターンは自爆しての光に呑まれた。
飛び散った粉塵は空に舞い上がり、光の粉になって雪原に降り注ぐ。
流星皇は刀を振り下ろしたままの姿勢で動きを止める。
周りのバグアは誰も、それを仕留めようとはしなかった。
「状況終了だ。よくやった。
今、副将を名乗るバグアから停戦の申し入れがあった
全軍、戦闘停止。繰り返す、全軍、戦闘停止」
「間に合ったのか‥‥?」
幕引きはあっけなく。
終わらせた本人達にも、実感はすぐにはやってこなかった。
頑迷に抵抗していた時と同じく、バグアは一斉にその場を引き上げ始める。
迷いゆえに下位の者が思考を停止していたからかもしれない。
彼らは種の生き方を変える局面に対応できていなかったのだろう。
追撃を主張しそうなロシア出身の軍も、正面に待機したままの傭兵や特殊作戦軍を気にして動けない。
「また俺達に背負わせる気か」
リヴァルはティターンの残骸に言葉を落とす。
一時は憎く思った相手でも、死体になれば感慨も変わってしまう。
「仕方ない。それが生きる者の運命だからな」
そして勝利者だけに許される贅沢な悩みだ。
広い青空を背景に、戦闘機の群がバグアの軍団を追っていった。
傭兵達は潮のように過ぎ去っていく流れを見送る。
その光景に一抹の寂しさが心を過ぎ去っていった。