タイトル:【Woi】御旗を仰ぐマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/11 14:04

●オープニング本文


大規模作戦の失敗。
 その重たい空気に晒されているのは傭兵達だけではなかった。
「失敗か‥」
 五大湖に近い基地のPXの一角。
 階級が准尉以上の面々が固まって、
 重苦しいながらも食後の談話に興じていた。
 多くは見慣れない銃や剣を所持しており、
 遠めにも能力者らしいことがわかる。
「オリム大将が降格したってな。‥あ、もう中将か」
「失敗は正規軍がユダの侵入を許したから、だとよ」
「傭兵に瑕疵無しとも言っていたな」
 溜息と共に不満が噴き出す。
 それが半ば昂揚の為の虚勢とはいえ、世界最強を謳い、
 自分の力を誇りに思ってきた彼らにとって、
 失敗の言葉は耐え難いものだった。
 それは行き場の無い苛立ちに代わり、矛先は徐々に見えない何かへと向っていく。
「指揮系統はお粗末なもんらしいし、戦術なんて物もない」
「何人か軍隊経験者はいるらしいが、それもそんなに多くないそうだ」
「能力者300人も集めておいてサンタカタリナ島の制圧にも一度は失敗している。
 細かいところまで丸投げするからああなるんだよ」
「宛てにならないな」
「20歳に満たない能力者の方が多いらしいからな」
「マジかよ‥」
「准将も何を考えてんのか‥」
 愚痴は流れ出すと止まらない。
 少なからず同意してしまう部分もあるのか、周囲に咎める者も居なかった。
 ただ、上官が無視するには少しばかり声が大きかった。



 大隊指揮官のスタインベック・フォン・ダール中佐はいつになく不機嫌だった。
 椅子に深く座り込み、呼び出した副官を睨みつけるかのように見ている。
 常々不機嫌そうな顔をしているとは評されるが、今日はその比ではない。
「良くない傾向だな、大尉?」
「はっ。申し訳ありません、中佐」
 ジゼル・ブランヴィル大尉は直立しながら答える。
 声は形式的で申し訳なさそうには聞こえなかったが、その形式的に過ぎる返事を中佐は咎めなかった。
 大尉が呼び出された原因は、大隊内の不満の声であった。
 傭兵と正規軍を完全に分離しての今回の作戦であったが、
 失敗原因の所在が評価によって分かれたこともあり、
 両者の互いへの不満へと摩り替わっているような現状になっていた。
「能力者の傭兵のことは知らん。アレを運用するのはブラット少将に‥‥准将に任せておけば良い」
 錬度がばらけていようがいまいが、それを含めて御すのは向こうの問題だ。
 だが私の隊での勝手は許さん。度が過ぎれば処罰する」
 処罰するとしながらも最初に処罰を行わなかったのは、
 ひとえに負け戦のあとの兵隊の心理を慮ったからである。
 だが、放置はしないという意思の表れでもあった。
 スタインベック中佐は必要とあれば人の心に斟酌しない。
 ジゼル大尉は痛いほどにそれを知っている。
「‥一任して頂けますか?」
「なにか考えがあるのか?」
「考えというほどではありませんが、次の作戦の配置を任せていただければ‥」
「ふむ」
 スタインベック中佐は眉間に皺をよせ、ほんのわずかに思考する。
 計算をしているのだろうが、表情に迷いは見えない。
「ならば任せる。ブランヴィル大尉、下がって良いぞ」
 それだけ言うと、スタインベック中佐は他の執務へと戻る。
 ジゼル大尉はそれを邪魔しないように、音を立てないように退出した。



「敬礼!」
 グレッグ・ブレナン中尉の声に拍子を合わせ、
 15名の軍人がジゼル・ブランヴィル大尉に敬礼を送る。
 ブリーフィングルームには既に熱がこもっていた。
 それは夏の気温のせいばかりではないだろう。
「作戦を説明する」
 ジゼル大尉の声と共に照明が落ち、スクリーンに光が灯る。
 映し出されたのは相対するバグア基地の地形情報だった。
「知っての通り、我々の地上部隊はこの防衛基地に阻まれ、進軍を阻止されている」
 隊員のほとんどは良く知っていた。
 小規模でありながら堅牢で攻め手を寄せ付けないこの城塞に、
 何度となく煮え湯を飲まされてきたのだ。
「観測班の報告によると、この基地のHWの半数はバグア本隊に合流すべく本日未明に出発した。
 本隊側での断続的な攻勢の成果である」
 大規模作戦の成果をより確実にするために本隊ではさまざまな作戦が動いている。
 大規模な攻勢も少なくなかった。
「今回の作戦目的は、目標となる基地の破壊及び本隊の作戦の為の陽動だ」
 隊員たちの眼に闘志が宿りはじめるのをジゼル大尉は確認した。
 今にも飛び出していきそうなほどの、むき出しの闘争本能が見て取れる。
「我々は2日後1030に開始される本隊の大規模攻勢に先駆けて、
 同日1000に24機のKVで目標の基地を強襲する。
 迎撃のHWを16機で応戦、残り8機が地上施設を破壊。
 敵機の殲滅及び地上施設の破壊後は上空に待機し、敵増援を待ちうけこれと交戦する」
 周辺基地からの援軍予想進路図が地図に重なる。
 大小あわせて数は40機以上。
 40機以上という大戦力を目の当たりにして、一様に表情が引き締まっている。
「今回の任務はあくまで陽動だ。
 本隊の作戦が滞りなく推移すれば、その時点での撤退が許可される。
 また、敵は数が多いが小型HWが主体になる。
 空域に順次侵入するHWを如何に各個撃破出来るかが本作戦の要点となるだろう」
 一拍を置き、照明が灯る。
「質問は?」とジゼル大尉が聞くとすかさずグレッグ中尉が挙手した。
「大尉、敵増援が来なかった場合は?」
「他の陽動部隊と合流し、周辺の小規模基地を食い荒らす。ほかには?」
「はっ。我が大隊は16機しかKVを保有していません。残り8機はいつどこの誰が合流するのですか?」
「傭兵へ依頼を出した。本部の返事待ちだ。作戦開始24時間前には発表する」
 傭兵、の一単語で一瞬だけざわつく。
「‥不満か?」
「いえ、滅相もありません」
 ジゼル大尉に見据えられて、グレッグ中尉は即答する。
 女性としての外見的特徴を大いに備える大尉だったが、
 同時にグレッグ中尉のような猛者をしても抗い難い迫力を備えていた。
 理由が怒りか失望かはわからないが、決して逆らう勇気を持てる声ではない。
「ならば良い」
 ジゼル大尉は視線を戻す。
 グレッグは安堵の溜息をどうにかして押さえ込んだ。
「作戦決行は先に説明したとおり2日後だ。それまでに準備を整えておけ」
 大尉が告げてブリーフィングは終了する。
 敬礼をかわして大尉は退出。
 後には納得行かない顔の荒くれ者が残された。
「中尉、どうしましょう?」
「傭兵が宛てになるんですかね?」
「命令は命令だ」
 次々に言葉を発する隊員を抑えるように苦い顔でグレッグは言う。
「どんな連中が来るかわからん。錬度も装備もな。誰とでも組めるように装備を換装しておけ」
「無茶苦茶だ」
「無茶でもやれ。合わせろといわれてるのは向こうも同じだ。
 俺に恥をかかせるなよ!」
 何にせよ全力を尽くすことには違いない。
 無駄死だけはするまいと、15人の精鋭は改めて気を引き締めた。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
天龍寺・修羅(ga8894
20歳・♂・DF
エルファブラ・A・A(gb3451
17歳・♀・ER
トクム・カーン(gb4270
18歳・♂・FC
フラウ(gb4316
13歳・♀・FC

●リプレイ本文

 基地内部は既に一部が消灯されている。
 明後日の戦闘に向けた最後の調整の為に多くの軍人が歩き回っているが、
 指揮官を除くパイロット達は多くが体力を温存するために就寝していた。
 ジゼル大尉は最後の調整に夜遅くまで打ち合わせがあったが、彼女の元に二人の来訪者があった。
「綿貫元三等陸曹以下8名、依頼契約に基づき当戦区へ参陣致しました!」
 大尉の執務室に現れた片方、綿貫 衛司(ga0056)が直立不動で敬礼する。
「‥休め。そこに掛けてくれ」
 傭兵では珍しい軍人然として儀礼に少々驚きながらも、
 ジゼル大尉は柔らかい笑みで綿貫とフラウ(gb4316)を出迎えた。
 二人は言われるままに応接セットの椅子に腰掛ける。
 作戦開始34時間前、午後10時頃だった。
「明日の1000に間に合えばよいと言ったのに」
「装備の事前申告や作戦の調整は速いほうが良いだろうと思ったまでだ」
「それは有り難い話だ」
 ジゼル大尉は手ずからコーヒーを入れ、二人の前に置く。
 そうした挙動に軍人らしさは無く、生徒を迎える女性教諭のような風情であった。



 資料は手際良く処理され反映される。
 ジゼル大尉は二人が見ている前で素早く編成を作り直した。
 若いが大尉の階級は伊達ではない。
「ジゼル大尉、不躾で申し訳ないですが‥」
「どうした?」
 一通り編成の仮案を作り直したところで、綿貫が意を決して切り出した。
「‥‥実は良くない噂を耳にしまして」
 事情を知ったのはオペレーターたちの妙な雰囲気が原因だった。
 一部の軍に傭兵、年少の者を軽んじる雰囲気が部隊に蔓延している。
 だから大人しくしておいたほうが良い。
 そういう助言がついた。
「ああ、そのことか。気にするな。
 ‥と言っても無理だろうな」
「そうですね」
「作戦に感情を差し挟むなとは言ってある。
 君達はいつもどおりに仕事をすれば大丈夫だ」
 ジゼル大尉の顔には、僅かに憂鬱の気配が漂っていた。
 



 翌日朝10時。予定通り参加メンバーの顔合わせと、
 変更された編成に関するブリーフィングが行われた。
 最初にジゼル大尉が言ったとおり感情を差し挟むものはいなかったが、
 仏頂面且つ無口になった戦士達と会話が進むわけも無かった。
 最低限の打ち合わせをこなした後は会話は進展せず、
 解散となった後は宛がわれた部屋で出撃を待つだけとなった。
「典型的なフロントラインシンドロームじゃないか‥」
 トクム・カーン(gb4270)はぼやいて、冗談じゃないと付け足した。
 実際には不穏な空気を微塵も感じなかったが、
 友好的な雰囲気とはとても言い難い雰囲気だった。
「正規軍とわたし達傭兵がいがみ合ったとして、得するのはバグアだけですのに‥‥」
 クラリッサ・メディスン(ga0853)が溜息混じりに言う。
 依頼によって世界中を飛びまわる傭兵からすれば、その一言が全てだった。
 クラリッサの言葉に他の面々も形の違った肯定を返した。
「その‥ジゼル大尉はいつもどおりに仕事をしていれば大丈夫、と言ったのですよね?」
 何かを考えるようにしていた如月・由梨(ga1805)が綿貫に確認した。
「はい。確かに」
「でしたら、そのようにしましょう」
「‥そうですね。こういう局面で部外者が出来る事は多くありません」
 大尉がそれで良いと言うなら何か考えがあるのだろう。
 差し当たってはいつもどおり現地の部隊への協力を惜しまない。
 どんな状況にせよ、傭兵にできる選択肢は限られていた。



 
「HQからスタインベック大隊へ、全KV出撃せよ。繰り返す‥」
 滑走路に居並ぶKVに本隊からの通信が入る。戦の合図だ。
「聞こえたな? 送れるなよ!」
「了解!」
 威勢の良い返事と共に滑走路から次々とKVが離陸して行く。
「さすがだな‥」
 天龍寺・修羅(ga8894)はその編成を見て、部隊の錬度の高さに素直に感嘆の声をあげた。
 作戦開始24時間前でウーフーと骸龍を中心にすえた編成に再編された。
 骸龍に限らず、傭兵達のロッテを組み込みつつ戦力に応じて傭兵達との混成である。
 正規軍の各メンバーは初めて飛ぶ相手だというのに、しっかりと足並みを合わせている。
 傭兵側の錬度も平均すれば比較的高いが、ここまで一糸乱れずとは行かないだろう。
「だが‥こいつは重症だな」
 ぎこちない飛び方ではない。
 だが正規軍のKVは気遣う余裕がありながらも、傭兵のKVを気遣うような素振りはなかった。
 自身のポジションをしっかり守れるならそれで良し、という態度だ。
 プロらしい仕事ぶりなだけに余計に性質が悪いともいえる。
 ジゼル大尉が最初に言った言葉の意味が、実感となって傭兵達に圧し掛かった。



 空を担当した16機のKVは迎撃に出たHWを難なく全滅。
 基地を完全に破壊した陸戦部隊のKVも合流する。
 作戦は順調に推移していた。
 バグアはUPC本隊の攻撃への対応にも追われて、各基地がバラバラに戦力を逐次投入。
 空は人類側の一方的な猟場になりつつあった。
「敵、ミサイルの射程内」
「K−02発射!」
 敵機を観測するエルファブラ・A・A(gb3451)の骸龍から敵機の精密な配置情報が入る。
 如月とクラリッサの機体は陣形から突出し、周辺基地から駆けつけた増援に対してミサイルの雨を降らせた。
 狙いは集団を統率する大型とその護衛。
 中型以上は少なくない傷を受けながらも傾ぐことは無いが、
 小型はほとんどが致命傷に近い傷を受けている。
 そして人類側の攻撃はこれには留まらない。
 トクム機のイビルアイズがすかさずロックオンキャンセラーを起動。
 ミサイルの着弾の後方から残ったKVが一斉に突入する。
 機体の多くは小型を狙って攻撃を開始する。
 月影・透夜(ga1806)はスラスターライフルを撃ちながら大型に突撃、
 すれ違いざまにアグレッシブフォースで強化したソードウィングで胴体を切り裂きつきぬける。
 戦力の要である大型は月影、グレッグ、ジゼルの3機の近接攻撃と、
 如月のスラスターライフルを受けて接敵から10秒も持たない。
 小型と中型HWは大型HWのサポートに回ろうと集まるが、
 その他の機体との応戦で手一杯だ。
 手一杯どころか中型HWも初撃のダメージが響いて、
 一部は10秒以内に掃討されてしまう始末である。
 火力を惜しみなく振るうことで、HWに反撃の時間さえ与えない。
「錬力が切れる。ロックオンキャンセラーを停止するぞ」
「了解。以後はB隊2番機が引き受ける」
 トクム機が特殊能力の使用を停止。B隊2番機とポジションを交換する。
「‥ブレスト博士は絶対に親バグア派だ」
「何だって?」
 トクムの唐突な話に意味を把握しきれず、正規軍の誰かが聞き返す。
「貧乏人がようやく貯めた金で買った軽量型中型タンク2個に中型タンク1個。即座に鉄くずに変えやがって!」
 あの装備が残っていればもう5秒は持ったろうか。
 傭兵達は苦笑しながらも気持ちは良く理解できた。
「‥すまんが、俺達の武器はいつも中佐経由で依頼しているから、鉄くずとか良く分からん」
「壊れたときも中佐が代わりを用意してくれるからな」
「なにぃ!?」
 作戦が順調に推移していることで、心に余裕が出来たのか。
 最初の頃の拒絶するような雰囲気はいつの間にか雲散霧消していた。
「ジゼル大尉、こちらのK−02は撃ち尽くしました。‥このまま続けますか?」
「こちらもミサイルはほとんど残っていない。ロックオンキャンセラーはまだ持つが‥」
 優位に進めたとはいえ、無傷ではすんでいない。
 既に正規軍のバイパー3機とディアブロ1機が損傷の為、基地に引き返している。
 他の機体も大なり小なり傷を受けている。
「敵の増援が来ています。どうしますか?」
 如月はジゼルの機体に位置を近づけ、HWに対して応戦の構えを取る。
 既にミサイル討ちつくし、残りは武装はライフルのみだ。
 光点の数は8、M6で接近中。逃げ帰る余裕は無い。
「これが最後だ。目の前の敵を撃破し、全機この戦域を離脱する」
 全KVが残ったミサイルを使い果たすべく編隊を組みなおす。
「全て中型以上‥? 中型が6、大型2です」
「敵、ミサイル射程内」「撃て!」
 20機のKVは一斉に残ったミサイルを撃ち込んだ。
 種類は千差万別だが、K−02とは違う大型のミサイルが多い。
 更にはロケットランチャーなども交じり、爆発でHWの巨体が隠れるほどだった。
 誰もがこれまで道理の結末を予測していた。
「撃墜1、残りは健在!」
 緊迫する一瞬の間に事態は急転する。
 HWは爆煙を抜けて飛び出し、M6で手近な機体に突撃した。
 その中の一機、黒塗りの大型HWは編隊の真ん中を突っ切り、中央の電子戦機へ攻撃を仕掛ける。
「エース級!?」
「避けろ、エルファブラ!!」
 黒塗りの大型HWがフォースフィールドアタックでエルファブラの骸龍を狙う。
 あまりの速度に回避が間に合わない。
 衝撃を覚悟して、エルファブラは眼を瞑った。
「おおおおっ!!」
 骸龍と黒塗りのHWの間にグレッグ機がソードウィングで突っ込んだ。
「グレッグ中尉!!」
 グレッグ機の剣翼が中型機の胴体を抉るが、代わりにFFの接触がグレッグ機にとっても致命傷になる。
 片側の翼をもがれ、グレッグ機はきりもみしながら落下。
 空中であっけなく爆散した。
「グレッグ隊長!!」
「バカ野郎! 俺が死んだみたいにわめくんじゃねえ!」
 グレッグ機、コックピットを緊急射出。
 生き残ったエルファブラの機体から情報が届く。
「若造守って死ぬなんざ、俺らしくねえだろ」
 生きていたグレッグ中尉の声に安堵と緊張が部隊に満ちる。
 戦闘は未だ継続中だが不思議な高揚感があった。
 落ちるグレッグを気遣い、中尉と呼んだのは誰か。
 傭兵にも正規軍の軍人にもわからなくなっていた。
「ブラボー1よりアルファ隊。アルファ1の指揮権はアルファ2に委譲、各機散開せよ」
「! ‥アルファ2、了解! 各機散開だ!」
「アルファ隊はエースを落とせ。アルファ1の穴は‥月影、貴様が埋めろ」
「え、俺が‥?」
「どうした? 無理か?」
「でも俺なんかじゃ‥」
「いいからさっさと来い! デカブツを落とすのに火力が要るんだよ!」
「‥了解!」
 月影は周囲を見渡した。
 レーダーに移る機影は交差し合い混乱の一途だ。
 だが目に見えて変化があった。
「トクム機、修羅機大破、コックピットは緊急射出!」
「ブラボー1より大隊各機。アルファ隊がエースを狙う。
 ブラボー隊は引き続き、所定の敵を始末しろ。如月は私と共に中型を狙ってくれ」
「了解です」
 混乱が一つに固まりつつある。
 傭兵と正規軍のKVが誰に言われずとも、混成で戦い始めているのだ。
 片翼になったはずのロッテがいつの間にか両翼になり、いつの間にか羽ばたいている。
 信頼が戦術に変化を起こしていた。
 これは決して月影だけに起こった現象ではない。
 乱戦の中からアルファ隊の精鋭が月影機に追従する。
 近くに揃いつつも互いの機動を阻害しない絶妙のポジションだ。
「アルファ2から月影、てめえの機動を信じる!
 俺達が追い込むから、必ず落とせ!」
 言うが早いか月影の答えも聞かずに3機は突入した。
 残ったミサイルを惜しみなく撃ち込み、突撃してドッグファイトに持ち込みエースの機動を阻害する。
「今だ‥落ちろっ!!」
 月影機が動きの止まった黒塗りのHWに向って突入した。



 損害は13機。実に出撃したKVの半数以上。
 しかしあの激しい空戦の中で死者はゼロ。
 制空権を維持し続けたためHWは常に対KV戦に労力を割かれ、
 ベイルアウトした面々も変わらない様子で帰還した。
 重傷を負った者も居たが、再起不能な者は一人も居ない。
 そして敵の損耗は‥。
「小型25機、中型10、大型5機、隣接地区のエース級1機だ」
「よっしゃ!」「大金星だぜ!」「見たか、バグアめ!」「ざまあみろ!」
 会議室は大戦果をあげた興奮で異様なまでに盛り上がった。
 それはただ勝ったからという喜びだけではない。
 先ほどのアルファ隊2番機が肩を抱き合っているのは月影だった。
 一部身長が届かない者以外はキスせんばかりの勢いだ。
 流石にキスは自重する理性は残っているようで、顰蹙だけは買わずに済んだ。
 大騒ぎの原因は今までなくしていた自信を取り戻したこと、
 見えない不満が無くなった事も大きな要因だろう。
「まだブリーフィング中だ。静かにしろ」
 ジゼル大尉は注意しながらもすぐに止めるようなことはしなかった。
 ただ、他の件に踏み込んだ。
「それにしても貴様らよくやった。散々傭兵は宛てにならんとブツクサ言っていた連中とは思えないな」
「えっ!?」
「ああいえ、それは!」
「私が知らないと思ったか? 傭兵の連中も知っているぞ」
「え‥」
 二重の意味でとても気まずいというか、神妙な顔になる正規軍兵士15名。
 何人かは傭兵のほうにも顔を向けてみるが傭兵達も微妙な顔つきだった。
 無言で「叱られて来い」と言っているような顔だ。
「状況が状況だ。営倉入りは無しにしておいてやる。
 だが相応のペナルティは免れないと思え」
「了解っ!」
「‥‥まったく。バカどもが」
 その台詞はしかし罵倒の気配は微塵も無く、子供を諭すような優しさで満ちていた。
「すまなかったな。恥ずかしい話だ。君達をダシにさせてもらった。
 許してやってくれ。頭まで筋肉みたいな連中だが、
 強さが何かわからないほどバカじゃない」
「俺達は任務を確実にこなしただけだ」
 修羅は素っ気無く言う。素っ気無いが口元は笑みの形になっていた。
「私達の実力を知っていただけたなら、それで十分です」
 クラリッサも嫣然として答える。
 他の傭兵達も差はあれど表情が戻る。
「‥もし、我らが不真面目でやる気のない兵隊だったらどうした?」
「そうだな。その時はブラット准将の階級がもう1つばかり低かったかもしれないな」
 エルファブラの問いにブランヴィル大尉は柔らかい笑顔で答えた。
 遠ても共に戦う仲間を信じている。
 面識の無い准将のこともそうだが、傭兵という存在そのものに対する信頼でもあった。
「本隊の攻撃も無事成功したそうだ。だが残った機体で明日も陸軍の支援に向わねばならない。
 地上にはまだ無数にキメラが残っているからな。申し訳ないが勝利の酒を振舞うわけにはいかない。
 傭兵諸君、世話になった。中尉、見送りだ」
「はっ。敬礼!」
 16人が直立不動の敬礼を返す。
 そしてそれぞれの握手。今の両者を繋ぐのはたったこれだけの動作。
 だが十分とも言える。
 戦う場所は違っても仰ぐ御旗は同じ。
 それを肌で感じることが出来たのだから。