タイトル:星降る夜にマスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/19 09:56

●オープニング本文


 ULTの事務所では軍以外に民間からの依頼も受け付けている。
 受け付ける過程である程度の選別を行うのだが、
 役所仕事の常で一悶着起きることも少なくなかった。
「ですから、無理ですって‥」
「なにが無理じゃ!」
 押し問答が奥の席まで聞こえてきた。
 窓口での受付を担当しているビューラー少尉は溜息をついた。
 UPC軍からULTに出向してからというもの、何度このような場面に遭遇したことか。
 依頼を行うことが出来ると言っても、それはそれ。
 傭兵達が見向きしてくれるように危険度に応じて報酬を調整しなければならない。
 だから時折このような諍いも起こってしまう。
「仕方ないな」
 こういう時の説明は彼の仕事だ。
 少尉は近づいて後輩の代わりに声をかけた。
「どうしました?」
「少尉、実は‥」
「え?」
 話を聞くはずの少尉が老人の顔を見て固まる。
 恰幅の良い身体に丸顔、後退した頭頂部、虎のようなひげ。
 それは忘れようの無い懐かしい顔だった。
「なんじゃ、人の顔をじろじろ見おって」
「オックス先生!?」
「‥‥‥ビューラー君か?」
 老人も呆けた顔で少尉を見返した。



 オックスはビューラーがハイスクールに居た頃の恩師だった。
 とにかく授業とテストの点が厳しいことで知られる教師だった。
 だが同時に優しい人だった。
 生徒の一人一人にまで、ここまで目配りできた人も少ないだろう。
 良くない友人との付き合いで学校から放逐されそうだったビューラーを、
 真っ当な道に戻したのもオックスだった。
「先生はこの依頼をどうして‥?」
「‥ああ、星を見に行きたかったんじゃ」
 オックスの話は、この一点のみだった。
 老人は一度だけ若い少尉を見上げ、溜息をつくように視線を地面に戻した。
「若い頃にわしらはよく、あのあたりに星を見に行ったんじゃ」
 老人の話は宇宙人襲来以前の昔にまで遡った。
 戦後しばらくの頃、生き残った仲間達と一緒に出かけた。
 道具も高価な物はなかった。
 知識もお粗末なもので、何を見たのかわからなかった。
 それでも楽しかった。バカをやる仲間が居たから、気になることはなかった。
 その後も丘には何度か登った。
 辛いときや苦しいときにその丘から星を見つめていると、
 不思議と頑張ることができた。
 死んだ妻にプロポーズしたのも、
 そして仲間の冷やかしを受けたのもその丘での出来事だった
 老人はそんな話を嬉しそうに話す。
 大事な宝物を披露するように‥。
「しかし‥こんな時勢じゃいつ死ぬともわからんしのう」
「‥‥‥‥‥」
 バグアとの戦いは今尚激化する一方だ。
 昨日まで人の住める土地だった場所が、
 次の日にキメラの巣になっていることも珍しくは無い。
 一時期は国を失って難民になった者も多かった。
「わしがまだ歩けるうちに、あの丘から星を見たいんじゃ」
 そのためにオックス達は溜めていた老後の生活の貯金を出し合って、
 この依頼を申請しに来たのだ。
「まあ‥無理ならええわい。世話になったのう」
 老人は立ち上がる。
 話して落ち着いたのか、先程の剣呑さはどこにもなかった。
「待ってください!」
 引き止めるために、咄嗟に言葉が出ていた。
「本部に受理されるかどうかわかりませんが、送ってみます」
「‥そうか。ああ、お願いするわい」
 老人は少尉と握手してそれだけ言うと、ULTの事務所を後にした。
 見送る少尉の心中は複雑だった。
 本部に受理されても、傭兵が仕事を請けるとは限らない。
 それがわかっているのだろう。
 老人の眼には諦めが写っていた。
 いや、それはここに居る誰もが変わらないだろう。
 個人のわがままを聞けるような時代じゃない。
 老人達は既に諦めているのに、自分は何をやっているのだろうか。
「‥‥これも、俺のわがままか」
 ダメならダメで諦めもつく。
 そんな事を思いながら、ビューラー少尉は依頼の申請書類に判を押すことを決めた。

●参加者一覧

佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
水無月・翠(gb0838
16歳・♀・SF
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
ドニー・レイド(gb4089
22歳・♂・JG
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
雪待月(gb5235
21歳・♀・EL
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD

●リプレイ本文

 夏も過ぎたが暑さの収まらない午後三時。
 日が徐々に傾き、暑さはピークを過ぎるがまだまだ秋の気配は遠い。
 天気予報は快晴。雲もまばらで星を見るには良い日和だった。
 場所は老人達の住む町の郊外、ガソリンスタンド跡。
 ここから先は民家は無く平地か森、そのどちらかだ。
 延々と隣町まで続く一本道が地平線に飲まれているのが見える。
「10キロ先までキメラが居ないから、戻っても良いかって」
 佐竹 優理(ga4607)が呆れたように、水無月・翠(gb0838)に報告した
 水無月は無線機を耳に当てる佐竹をちらっ見ると一言「お任せします」とだけ言った。
 傭兵達は護衛対象の老人達との合流に先駆けて、
 出発地点からAU−KVでの斥候を出した。
 浅川 聖次(gb4658)とドニー・レイド(gb4089)、
 望月 美汐(gb6693)と雪待月(gb5235)が二人一組となり、
 双眼鏡を持って3km地平線の向こうまで向ったわけだが‥。
「薄い分布だって聞いてたけど、こうも居ないものかな?」
「居ないならそれで良いです」
「そりゃそうなんだけどね」
 無表情で反応の薄い水無月に佐竹は不満そうな顔だ。
 やり辛いことはないがつまらない。佐竹は溜息をついた。
 キメラがここまで居ないことに関しては予想外だが悪いことじゃない。
 だがしっかり装備を整えて来た者達からすれば、肩透かしでもある。
 嬉しい誤算なのは間違いないが緊張が解けきってしまわないか心配だ。
「サたけ‥さン」
「なに?」
 クラリア・レスタント(gb4258)が無線機を抱えていた。
「セレすタさんかラ、レンらく。オッくスさんたチが‥‥モウすぐトうちゃクす‥」
 そこまで言ってクラリアは咽た。
 覚醒状態でないとやはりまだまだ舌がまわらない。
 イントネーションはすこし外れていたが、他の二人には伝わったようだ。
 クラリアは老人達を迎えに行ったセレスタ・レネンティア(gb1731)との連絡役という役目だった。
 聞くだけで話すときは短く覚醒しても良いと言う話だったのだが、
 ちょっと頑張って無理をしたらしい。
「了解。じゃあ一度斥候の連中には戻ってもらおう」
 佐竹は笑顔でそっとクラリアの頭を撫でた。



 ワンボックスワゴン2台に分乗したオックスたちと合流し、
 一行はすぐさま目的への丘へと向った。
 老人達の第一印象は『元気な人たち』だった。
 全員背筋はしっかり伸びているし、
 歩けるうちにというだけのことはある。
 中には本当に爺さんかと思うような筋肉をつけた者も居た。
「‥そこでこのジジイが言うわけじゃ、僕と結婚して‥」
「うるさいぞ、レーマン! 何べんその話すりゃ気が済むんじゃ!」
 同乗した水無瀬の無線からは老人達の会話が全て聞こえてくる。
 道中は賑やかというか喧しいというか。
 二台に分乗した老人達が大はしゃぎと言った体だった。
「星を見る丘でプロポーズ、良い話じゃないですか」
 イヤホン越しに老人達の話を聞きながら、聖次は言った。
 護衛の態勢は先頭にセレスタの運転する車輌が進み、
 両脇を聖次と美汐がAUKVに乗って追走するという形になっている。
 護衛が直ぐにでも戦闘に迎えるように、
 聖次と美汐はそれぞれドニーと雪待月を後ろに乗せている。
 本来なら周囲を警戒することが仕事だが、向こう10kmまでキメラは確認できなかったため、
 雑談を聞きながらただ走るだけの行程になりつつあった。
「楽しそうですね」
「そうですね。ちょっと予想してたより元気すぎますけど‥」
 雪待月は美汐の率直な感想に苦笑する。
 ただの同時にほんの少しだけ不自然な感じもした。
 鬱屈していたものを無理矢理剥がしているような、
 形容し難い違和感を雪待月は感じていた。
「そろそろ目的地です。先行して確認をお願いします」
「了解」
「了解です」
 セレスタの指示で雑談は中止に。
 聖次と美汐は目的地の丘に向けて速度を上げた。



 目的地の丘の上でも特にキメラは見つからず、
 それぞれに野営の準備に取り掛かった。
 老人達はここでも奔放だった。
 佐竹は最初警戒の為に明りをつける事を承諾してもらいに行ったが、
 老人達が既に小さな焚き火を作り始めていた。
 小型の鉄板を置いてバーベキューしたり、
 火の残った炭で暖を取ったりするらしい。
 色んなことを気にしないという点で、誰にとっても気楽なキャンプになった。
 警戒と仮眠を交互に取りながら、
 時には老人達の会話に混じりながら、傭兵達はキメラの警戒を続ける。
 夜は静かで時折、小動物が姿を見せる程度だった。
「‥‥‥‥」
 クラリアは輪には混ざらず、遠く離れた場所に居た。
 雑談に興じる声を背に聞きながら丘の周りを見張る。
 他のメンバーは警戒に務めながらも星の話や、昔話に混ざっていた。
 特に元天文学者のドニーの話は老人達の興味を引いたようで、
 ちゃんとした天体観測をしているような風情ともなっていた。
 熱を持った炭には即席で覆いが掛けられ、気付けば夜の明りだけが丘に残っていた。
「‥‥秋の星座の代表は王女アンドロメダ、脇には夫のペルセウス、
 エチオピア王ケフェウスとカシオペアが‥‥」
 にぎやかだった老人達が静かにドニーの話に耳を傾けている。
 一様に空を見上げて星空を眺めながら、ドニーが指差す光点を探す。
 輝く星空に何を想っているのだろうか。
 


 湿った土を踏む音と気配。
「‥!」
「あら、ごめんね。驚かせちゃった?」
 気が付くと老婆が一人、幾つもの包みを持ってクラリアの背後にたっていた。
 仕事と考え事が合わさって、意識が散漫になっていたようだ。
 老婆には聖次が付き添っており、彼自身も幾つか包みを持っていた。
「これ、お夜食。良かったら食べて」
 ほんのり暖かい包みとジュースの缶を手渡される。
 包みの中身はホットドッグだった。
 夕食時に大目に作っておいたものを、暖めなおしたらしい。
「風邪引かないようにね」
 老婆は微笑むと、浅川と一緒に斥候班が伏せている場所へ向う。
 クラリアは包みを両手でそっと抱えながら、二人を見送った
(「木や花や、鳥や動物達は、言葉を話さない。昔は、それで良かったのに」)
 良かったのに。但し書きがつく。
 楽しそうに笑う老人達を見ると‥
(「そっか‥‥あの時感じてたのは‥‥」)
 戦火の中で夏は過ぎた。
 秋を感じさせる風が寒い。
 一人で居ることがどうしてこんなに不安なのだろうか。
 キメラは一匹も居ないというのに。
(「‥私も‥何時か‥」)
 じんわりとパンの包みが暖かかった。



 老人達が寝静まった後も傭兵達は万一に備えて警戒を続けていた。
 空は変わらず雲も少なく明るい月が地を照らしている。
 この静けさの中に居ると、戦争など遠い世界のことのように感じてしまう。
「‥?」
 美汐が物音に視線を向けるとランタンの光が近づいてくるのが見える。
 遠くまで偵察に行っていた雪待月が戻ってきたのだ。
「‥どうでした?」
「2km先まで何も居ませんでした」
 雪待月は美汐の傍に腰を下ろす。
「これ、食べます? 分けた残りですけど」
「いただきます」
 美汐から幾つかパンや飲み物を分けてもらう。
 食べ物は分けているうちに貰い物で気付けば増えていた。
 老人達の中には元は軍に居た者も居たようで、
 味のよくなったレーションに驚いたり珍しがったりしていた。
「‥静かな夜だ」
 続々とランタンの光が集まってくる。
 持ち手はセレスタ、水無月、佐竹だった。
「本当は‥‥いつでもこれると良いのですけどね」
「そうですね。‥のんびり星を見ることも叶わないなんて‥」
 雪待月は木々の隙間から老人達の眠るテントを見た。
 バグアさえ居なければ、ここは何時までも老人達の憩いの場所であったのだろうに。
「‥散ろう。キメラは見つからないが、万一もある」
 セレスタはそういうと、感傷的になり始めたメンバーに背を向けて、
 木々の中に消えていった。
 また定位置である木々の上に戻っていくのだろう。
「‥美しい星空ですが、心を奪われない程度に」
 水無月もまた自分の持ち場に向う。
 その二人の素っ気無さも、また優しさかもしれない。
「ちょっとわかりにくいけど」
「何がですか?」
「独り言さ」
 佐竹は一人笑みを漏らす。
 人それぞれ気の回し方に違いがあるのも面白い。
 この時点で出発の予定まで後残り6時間ほどとなった。
 ここまで何事もなかったのだ。
 万一の事などあってはたまらない。
 残った3人もそれぞれに視線を交わすと、再び自分の仕事へと戻っていった。



 万一に備えて警戒は密に、そして偵察も怠り無く行った。
 それでもキメラは一度も現れることは無く、
 傭兵達は一度も武器を使うことは無かった。
 老人達を急かすこともなく、一行はのんびりと街へと戻ってきた。
「なんで、こんな依頼引き受けてくださったんで?」
 解散となる最初のガソリンスタンド跡に到着した頃、
 別れ際にオックスは済まなさそうに切り出した。
「ああ‥。理由はそれぞれですよ」
 ドニーは後ろを振り返る。
 皆それぞれ理由は違うが、報酬が少ないことなど折込済みだ。
「御金よりも大切なものがありますから‥‥というのは、少し臭いでしょうか?」
 そういう聖次本人は照れたのか苦笑している。
 だが、誰も特に否定はしなかった。
「オックスさん達が星を見たいと思ったから、ですよ。
 俺にとっての理由はこれで十分です」
 日々戦争に出向くことだけが傭兵の仕事じゃない。
 得た力をどう生かすかはそれぞれの考え方次第だ。
 それは彼らなりの信念の示し方だった。
「本当に‥‥ありがとう」
 言葉を搾り出すように、オックスは言った。
 その眼に涙を浮かべている。
 オックス達は傭兵達一人一人と硬く握手をかわし、
 また来た時のように賑やかに街へと戻っていった。
 その元気な声には、出発前の不自然さなど微塵も存在しなかった。