タイトル:【Woi】丘陵防衛戦マスター:錦西

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/30 08:59

●オープニング本文


 大規模作戦において南中央軍の果たした役割は大きい。
 目に見える成果としては評価は未だ確定し辛いものの、
 大規模な陽動は確実にバグアの戦略に迷いを生じさせた。
 その代償に、南中央軍の受けた傷もまた小さくなかった。



 防衛線は耳を裂くような銃声の嵐の中。
 撒き散らされた血肉で満たされていた。
 丘陵の上にはS−01他の旧型KVを中心にした部隊が残り、
 次々と迫りくるキメラに銃弾の雨を降らせている。
 小型キメラは一方的に蹴散らしているが、
 数が多くてどうにも対処が間に合っていないのが実情だ。
 一体何匹が本隊側に流れていったか見当もつかない。
「ブラボー1よりHQ! 支援砲撃はどうしたっ! このままじゃ持たんぞ!」
「HQよりブラボー1。防衛線の一部をキメラに突破され撤退中だ。支援砲撃再開の目処は立っていない」
「くそったれ! 後退の許可を!」
「HQよりブラボー1。後退は許可できない、その場を10分維持せよ」
「支援無しで10分も持つかよ!」
 悪態をつきながらも中型キメラを狙い撃つ。
 キメラはKVを相手にするには脆弱な存在だ。
 ガトリング砲の集中攻撃を受ければ数秒で肉片に変わる。
 だが、数が問題だった。
 見える範囲だけでも中型以上のキメラが数十体以上。
 そのどれもがKVにとって無視できない火力を備えている。
 キメラ達の波状攻撃を何時までも防ぎきることはできない。
 本隊から支援砲撃さえあれば小物は無視できるのだが、今はそれも叶わない。
「くそっ‥‥バグアめ! ここから居なくなれ!」
「ブラボー2、後ろだ!」
「え?」
 動きを止めて射撃を続けていたB小隊2番機のR−01に、森の中から集中砲火が飛ぶ。
 運悪く砲弾は背面の燃料タンクに直撃し、爆発でR−01は体の半分を失った。
 失われた部分には操縦席も含まれていた。
 R−01が崩れ落ちた向こう側から、キメラが並んで姿を現す。
 砲塔を背負った虎のような外見のキメラが唸り声を上げてB小隊1番機を睨みつけていた。
「大型のマグナムキャットか‥‥」
 隊長機のS−01は弾薬の尽きかけているガトリング砲を破棄し、
 背面に保持していたディフェンダーを右側面に水平に構える。
 B小隊は既に自分ひとり。
 もはや丘の裾を守りきることはできない。
 ならば火砲を使えないように乱戦に持ち込み、少しでもキメラを道連れにする。
「あとは頼んだぜ、一之瀬‥‥」
 目を瞑れば走馬灯の匂いを感じる。
 恐怖さえも飲み込んで、両の腕は意志に震える。
「おおおおおっ!!」
 雄叫びをまとい、S−01はキメラの群れに突入する。
 それが最後の記録となった。



 防衛線の一方、丘の上を防衛するA小隊も激戦の最中にあった。
 キメラの死体に混じり、破壊されたKVの亡骸も転がっている。
「でやぁぁぁっ!!」
 トニはディスタンのコックピットで叫んでいた。
 裂帛の気合でキメラさえも威嚇するように。
 横薙ぎのディフェンダーは竜を模した中型キメラの腹をえぐる。
 致命傷を受けて倒れたキメラを足蹴にし、ディスタンは隣で棒立ちになっていたキメラを切り伏せる。
 これで中型の撃破数10数体。細かいの数えればキリがないだろう。
「アルファ2、竜の殲滅を完了」
「気を抜くな!」
 通信からは臨時の上官となった女性の警告が飛ぶ。
 慌てて計器類やセンサーに目を走らせる。森の中に高熱源反応。
 気付いたときには遅かった。
 30cmあるハチのようなキメラが木立の陰からトニのディスタン目掛けて殺到する。
 キメラの腹には大量の可燃物と爆発物。
 通称カミカゼホーネット、ミサイルのように飛来しては自爆して、KVの装甲にさえ穴をあけるキメラだ。
 トニが回避不能なそれを知覚した直後、轟音がKVの真横を過ぎる。
「!!」
 直撃コースのキメラ群を横合いから友軍フェニックスの90mm連装機関砲が迎撃する。
 爆音と共に放たれた秒間数百発の暴力が迫り来るキメラを撃ち落す。
 ハチ型キメラの腹の爆薬に誘爆し、光と音の中でキメラは壊滅した。
 残るのは焼けた木々だけ。
 煙が収まったところで、トニは汗をぬぐった。
「アルファ2、前に出すぎだ」
「すみません‥‥」
「なに、勇ましかったぞ。地獄の御し方を心得ているな」
 アルファ1の一之瀬遥大尉が笑う。
 笑みは本の僅かの間に消えうせる。
「トニ、B小隊が全滅した」
「えっ‥‥」
「これで私と君だけになったな」
 硬質な声がトニのイヤホンに反響した。
 一之瀬大尉と臨時編成のKV部隊に課せられた命令は、
 本隊撤退までの丘陵地帯の防衛だった。
 丘陵地帯は本隊の撤収ルートを見下ろす位置にあり、
 ここの維持はそのまま本隊の死活問題になる。
 その為、敗走する大隊から急遽12機ものKVが配備されたが
 結果は惨憺たるものだった。
 防衛隊は対KV戦を想定したトップヘビーなキメラを多数含むバグア軍と交戦。
 1時間の防衛戦の結果、12機のうち10機が脱落した。
 辛うじて丘の頂上を陣取っているが、損害は全滅判定を通り越している。
 本隊の撤収完了まで残り3時間。
 バグアの攻撃は落ち着いているが、友軍の観測班からはキメラの再集結が確認されている。
 また遠方よりビッグフィッシュが一隻護衛付きで南下しているという情報もある。
 遅かれ早かれじきに第二波攻撃が開始されるだろう。
「そういえば、追加で援軍が来ると通信が来ていたな。内訳は?」
「連隊所属からバイパーが1機、リッジウェイが1機、S−01が2機、
 スカイスクレイパーが1機、岩龍が1機です」
「旧型ばかりの寄せ集めだな」
 呆れたような諦めたような声で評した。
 実際に彼女の評価は当たっている。
 このKV6機は敗走する周辺の部隊から能力者とKVを集めて、
 集まった順に適当に送り込んでいるだけに過ぎない。
 指揮系統も何も無く、ただ階級だけを頼りに命令系統を確立している。
「それでもマシか。純正品だけとは珍しいじゃないか」
「‥‥それはそうですけど」
 南中央軍の財政と補給は逼迫している。
 ツギハギが過ぎて空も飛べなければ変形も出来ないような機体が、
 未だに最前線で稼動しているのだ。
 例えばS−01の上半身とR−01の下半身を繋げたKVという話が頻りに聞かれるが、
 それが全てでないにせよ比喩でも誇張でもない。
 もしもの砲台代わりに使える。無いよりはマシ。
 それが現場の理屈だ。
「あと同時に、本部が集めた傭兵も援軍に来るそうです」
「ようやくか。到着時刻は?」
「1440を予定。30分後ぐらいですね」
「ぎりぎりだな」
 一之瀬はKVのカメラで撤退中の部隊を確認した。
 長蛇となった敗残兵の列は途切れない。
 確実に減ってはいるが、次の一戦も必要不可欠となるだろう
「傭兵が着いたら作戦を練ろう。座して待つのは愚かだ」
「‥‥まさか、攻勢に出ると?」
「それは傭兵達次第だ」
 一之瀬は獰猛にも見える笑みを浮かべた。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
ゲシュペンスト(ga5579
27歳・♂・PN
アリエイル(ga8923
21歳・♀・AA
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
ファイナ(gb1342
15歳・♂・EL
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
堺・清四郎(gb3564
24歳・♂・AA
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA

●リプレイ本文

 本隊から合流する6機のKVに誘導され、
 傭兵達の10機KVは高速道を遡った。
 丘に近づくにつれ、聞こえていた惨状が視界の中に入ってくる。
 道は車輌で埋まり、トラックには負傷者ばかりが乗せられていた。
「‥B小隊の1番機です」
 先導していたスカイスクレイパーからデータと画像が送信される。
 正面右側の斜面に胴体から下を無くしたS−01が横たわっていた。
「戦況は酷いと聞いていましたが、これは想像以上ですね‥‥」
 遠倉 雨音(gb0338)が雰囲気に耐え切れず呟いた。
「ちょっと早まったかしら」
 キア・ブロッサム(gb1240)も戦況を見て、唖然としていた。
 確かに報酬は多いが、この地獄は果たして報酬に見合う戦場なのだろうか。
 まだ安過ぎるかもしれない。そう思えた。



 一之瀬は平然と傭兵達との作戦会議に出席した。
 既に何時間も戦ってきたはずだというのに覇気に溢れていた。
 連れ立ってきたトニ・バルベラ(gz0283)は流石にぐったりしている。
「‥なるほど、そちらの作戦は了解した」
 話を聞いた一之瀬大尉はすぐさま陸軍へ連絡を取り話をつける。 
 ‥流石に疲れているのか、歩き方はやや不自然に見えた。
「大型HWは無理でも、ビッグフィッシュはなんとしても撃墜しなければならない」
 堺・清四郎(gb3564)は丘の上に散らばっているKVを見る。
 このまま戦っては押し負けるのは誰の眼にも明らかだった。
「だがこの編成だと、もしもの時にも支援には向えないぞ?」
「構いません。承知の上です」
 ビッグフィッシュ攻撃に向う班のセラ・インフィールド(ga1889)が、
 良くない話に笑顔で答える。
 笑顔のように見えるのはいつものことだが、悲壮感から来る無理矢理の顔ではなかった。
 しっかりと勝算を掴んだ自信に満ちている。
「BFへの突撃の間、防衛班のみなさんはよろしくお願いしますねっ!
 無茶の無いようにっ」
「どっちが無茶なのだか‥」
 一之瀬は呆れたようにファイナ(gb1342)を見る。
 4機は突入してしまえば戻るのは困難だろう。
 飛び立つ場所を確保できるかもわからない。
 だが、それしか方法が無いのも事実だ。
 一之瀬は僅かに考え込んだ後はそれ以上は何も聞かず、
「任せる」
 とだけ言った。



 遠くの空から爆音が響く。
 BFを狙って攻撃に向った4機が予定していた、行き掛けの爆撃だろう。
「始まったみたいだな」
 観測班から着弾の報告が来る。
 戦果は小さくは無いが戦局に変化は無い。
 小型キメラがそれなりに吹き飛んだようだが、中型以上は健在。
 キメラの波は小さくなる気配が無い。
「私達は向いの丘で待ちます」
「御武運を」
「ああ。遠倉、ブロッサム、死ぬなよ」
 自身のKVに戻ろうとしていた二人は少し驚いた顔で振り返る。
「名前、覚えたんですか?」
「自分で名乗っただろう?」
 挨拶をするにはしたが、会議前の非常にあっさりしたものだけで、
 他には特に何もしていない。
「お前達に限らない。同じ配属の者はなるべく覚えるようにしている。
 ただ死にました、では遺族に申し訳ないだろう」
 言って一之瀬は破壊されたS−01を見た。
 まだ機体は放置されている。
 今の陸軍には片付ける余裕もないのだ
「貴様らは仲間入りするなよ。手続きが面倒だ」
「もちろんだ。生還するのも仕事のうちだからな」
 ゲシュペンスト(ga5579)は不敵に笑う。
「期待しているぞ‥。バルベラ軍曹、来い。貴様は私とペアだ」
「了解です」
 分かれたパイロットは全員KVに搭乗、KVを起動させる。
 ゲシュペンストと如月・由梨(ga1805)、遠倉とキアは
 それぞれ向いの二つの丘を目指して斜面を下っていった。
 カメラの最大望遠が森の中で蠢動する小型キメラを克明に捉えている。
 刻一刻と気配を増す戦いの空気は、感触を持って肌にまとわりつくようだった。



 密集した集団への爆撃を敢行後、結果を見ずに飛び去る。
 成果は陸軍の観測班から聞かされた。
「無駄ではなかったと思うのですが‥」
 アリエイル(ga8923)はロケット弾の着弾地点付近の火災を後部カメラで確認する。
「多少なりとも違うはずです。あとは防衛に残った皆さんを信じましょう」
 同じくフレアを落としたセラも爆撃地点をカメラで捉え、情報を後方に送った。
 後は祈るしかない。
 それよりも大事な任務が4人には待っているのだから。
「‥見えました‥接触まで20秒‥」
 先頭を進むファイナ機から通信。
 最大の目標、ビッグフィッシュの形が見える。
 既に着陸態勢に入っており、その周りを小型のHW4機が守るように展開していた。
「さて、望まぬ客人たちにUPC流の礼儀をもって歓迎してさしあげよう」
 数秒の後、仕掛けてきたHWと接触した。
 ますは煙幕を撒いて堺機のミカガミが強行着陸すべく突入する。
 小型HWは着地際を狙おうと待ち構えるが、
 煙幕を先に抜けてきたのは数百発のミサイルの群れだった。
 ミサイルを避けきれずに姿勢を崩すHWに、
 セラ機がすれ違いざまにソードウィングで胴体を切り裂く
「皆さん、言ってください!」
「応!」
 反転して残りのHWに向うセラ機。
 堺機がビッグフィッシュより先に地面に着地、アリエイル機、ファイナ機がそれにつづく。
 ビッグフィッシュは慌てて高度を上げようとするが間に合わない。
 堺機はそのまま勢いを殺さず突撃し、雪村で斬りつけた。
「装甲は厚いな? だがその中はどうだ?」
 雪村で出来た亀裂の中に向けてスラスターライフルを撃ち込む。
 内装が弾ける音に混じって、キメラの肉が弾ける音がした。
 その背後をHWが狙おうとするが、セラ機がそれを許さない。
 ビッグフィッシュは逃げようとするが、
 続けざまに左右からアリエイル機とファイナ機がダメ押しとばかりに切り込んでくる。
「蒼電一閃‥グングニル‥ブーストアップ!」
「‥ロンゴミニアトの命中を確認‥‥炸薬起動!」
 加速したグングニルが翼を折り、ロンゴミニアトの炸薬がまた一つ船体に致命的な穴を開ける。
 ようやく高度を得たビッグフィッシュだったが時既に遅く、
 腹からぼろぼろと燃えるキメラを零しながら、空中で炎上して爆ぜた。
 中からはキメラ達の断末魔が聞こえてくる。
 小型HWを始末したセラ機がちょうどそのタイミングで地面に降りた。
「まだ獲物は残っている。どうする?」
 堺は周囲を見る。騒ぎを見て大型のキメラ達が、じわじわと4機を囲んでいた。
 4機は円形の陣を組んでキメラの群とにらみ合った。
「向いましょう」
「‥まだ余力は‥あります‥」
「そうですね‥、では」
 セラ機が前触れ無しにレーザーガトリングをキメラの群に撃ち込んだ。
 残った3機はそれを合図にワイアームの群に切り込んでいった。



 同時刻、三つの丘でも戦闘が始まっていた。
「この攻撃は叫ぶのがお約束でな‥! 究極! ‥」
 斜面からの降下とブーストを加えた跳躍で飛び上がったゲシュペンスト機のリッジウェイが、
 レッグドリルで降下の勢いのままワイアーム型の頭を踏み抜く。
 陸上KVらしからぬ上下方向の機動にキメラでさえも戸惑っているようだった。
 その背後から如月機のスラスターライフルが、
 ゲシュペンスト機を囲もうとする他のキメラを迎撃する。
 ゲシュペンストが無理をして引き換えしてこれるのは、
 遠距離攻撃に徹する如月機の正確無比な援護があるからこそだ。
 小物は完全に無視しているが、歩兵が中型以上のキメラを相手にしなくて良い分効率が良く、
 本隊を攻撃しようとするキメラのほとんど迎撃しきっていた。
「まだ先は長いんです。足を壊したらどうするんですか?」
「その時は変形して持たせるさ」
 それよりは出鼻を挫き、撹乱させるほうが良い。
「整備員泣かせな発想ですね」
 如月は嘆息しながらも支援砲撃の手を緩めない。
 傭兵達のKVが参加したことで戦術に幅が出来、
 状況は概ねに優位には進んでいた。
 



 二つの丘に戦力を回した分、一之瀬率いるKV隊は苦戦していた。
「くそっ‥キリがない!」
 S−01からリッジウェイまで、
 ヘビーガトリングでなぎ払いながらも、徐々に後退を余儀なくされていた。
 火力が足りない。どれだけ潰しても沸いてくる。
 それは進んで切り込む天原大地(gb5927)やトニの状況も同じだった。
「でりゃっ!」
 天原機が更に一体、トゥインクルブレードでワイアーム型を屠る。
 その背後でトニも一体。更にドッグ・ラブラード(gb2486)の機体と一之瀬機の支援射撃で数体。
 1対1ならこれほどまでに苦戦しなかっただろうが、
 いつ現れるかわからないカミカゼホーネットを警戒する分、
 どうしても進退に慎重でなければならなかった。
「‥天原さん、なんか妙です」
「なにがだ?」
「‥敵の編成が‥なんだか‥‥!」
 言葉を遮るように十数発の砲撃が丘に着弾する。
 突然の砲撃に、回避しきれなかった岩龍が大破。
 咄嗟に腕でコックピットを庇ったが、もうまともな戦闘はできなくなっていた。
「なんだよ‥いまのは!?」
「マグナムキャットの砲撃です」
 スカイスクレイパーのパイロットから報告と敵位置情報が送られてくる。
 前に出てくるキメラを捌ききれないでいる間に、マグナムキャットが離れた場所で集結していたらしい。
 その報告を読む間にも砲火と着弾。
 S−01やバイパーはぎりぎりで耐えるが、動きの遅いリッジウェイが食われる。
 そして追い撃つように更に砲撃の音がした。
「させるかっ!」
 足をやられたバイパーをドッグ機が庇う。
 かなりの強化が施されたドック機だったが、砲弾の直撃には為す術もなかった。
 無数のパーツを吹き飛ばされていた。
「ドッグ‥! くそっ! 俺がやってくる」
「1人で行くな! トニ、天原を援護しろ!」
「了解!」
 一之瀬は破損した機体を下げるように命令を出す。
 天原とトニは無線でその推移だけ聞きながら、キメラの群れに突入した。
 小型は踏み潰し、大型は集まる前になぎ払う。
 カミカゼホーネットは大型の肉を壁に。
 一之瀬隊の援護射撃を受けながら、二人はマグナムキャットの群に肉薄する。
 周りは大型の群。味方が全滅する前に殲滅できるとは、到底思えない数だった。



 木々が視界と火砲を遮ってくれるとは言え、何事にも限界がある。
 優勢に推移していたほかの二つの丘も、陸軍の疲弊と共に後退が始まった。
「‥敵もやる‥」
 HWに統制されたキメラ達は人類側と同じく木々を盾に接近する。
 迎え撃とうにも木々に邪魔され、銃弾を直撃させるのは難しい。
 かといって焼き払うような一斉射撃を行えば、かえってこちらが不利になる。
「グレネードを使います、退避を!」
「了解」
 友軍のM−1戦車がさがり、それと交差するように遠倉機からグレネードが打ち込まれる。
 グレネードは木々の合間を縫ってキメラの集団の奥に着弾し爆発炎上。
 中型キメラに深手を与え、小型キメラは全滅。
 キアのスナイパーライフルと陸軍の弾幕で残りを片付けるが、
 その後を追うように敵は次々と現れる。
 二人はよく丘を守っていたが、この数が相手ではどうしようもない。
 陸軍の損耗が大きく、小物を捌ききれない。
 ゲシュペンストと如月のペア、一之瀬隊も苦戦している以上、
 助けを求める先も無い。
「キアさん、もっと前に出れませんか?」
「これ以上は‥‥危険だ」
「‥‥ですよね」
 今でも無理をしている。
 これ以上進めばギリギリ保っている陣形すら崩壊しかねない。
「あれ‥?」
 ふとした瞬間に敵の攻勢が弱まった。
 正確に表現するなら、敵の統制が乱れた。
「一之瀬隊から連絡です。突出した班が、大型HWを追い払ったそうです」
「‥そうですか」
 キメラは徐々に押し返されていく。
 遠倉は群からはぐれたマグナムキャットを容赦なく撃ち倒した。
 



 夕刻までに戦いは終了した。
 ドッグはすぐさまS−01Hの操縦席から引き摺りだされ、
 応急処置の後、輸送ヘリに載せられて後方まで護送された。
 大量に血を失いはしたが、ちゃんと処置すればまた元のように復帰できるらしい。
 ただ傷はあとが残るかもしれない。
 医者の話を要約すると以上のようなものだった。
「キメラが完全に引きあげたそうだ」
 振り返るとパイロットスーツにジャケットを羽織っただけの一之瀬が居た。
 キメラの群れはあの後も、半分程度までに数を減じながら勢いを失わなかった。
 傭兵達が敵の指揮官機に迫らなければ、更に酷い地獄を見ただろう。
「おかげさまで寄せ集めが4機も残ったよ。みなよく頑張ったな」
 一之瀬はむしろ嬉しそうに笑う。
 天原は眉を潜めた。
「‥‥気にするな、天原」
「気にするなだって‥?」
「貴様達はどうか知らんが、ここではこれが日常だ」
 天原は睨みつけようとして、肩に置かれた手の違和感に引き止められた。
「‥大尉、あんた?」
「ん? ああ、義手だ。気にするな」
「気にするなって‥」
「知ってるか、天原。ここでは子供が居ない、親が居ない、兄弟が居ない、
 腕が無い、足が無い、目が無い。とね、何かが足りないのが日常だ」
 無いのではない。失ったのだろう。
 一体今の例のいくつが、自分の話なんだ?
 天原は嫌な感覚に捕らわれながら、一之瀬の足を見た。
「悲しむなとは言わない。だが弔ったらさっさと立て。
 そして、助けられないものは切り捨てて最大限利用しろ。
 それが命であれ何であれ、だ」
「それは正しいことか?」
 話を聞いていた堺が言葉は少なに問い詰める。
 祖国と仲間を守るため、と強い信念で能力者になった彼にとって、
 守るべき者さえも切り捨てるかのような台詞は見過ごせなかった。
「気に入らなければ言う事は聞くな。流儀を1から押し付けるつもりはない。
 信念があるならそれに従い、生きて死ぬのが一番だ。
 ‥あいつもそうだった」
 そういって、一之瀬は破棄されたままのB小隊1番機を見た。
 死人を送るのは誰にとっても初めてのことじゃない。
 だが、死人に自分を重ねることはそう多くないだろう。
「また頼むよ。貴様達はそこそこ優秀だった」
 夕陽が間もなく沈もうとしている。
 赤く照らされた装甲は血のようにも見えた。
 皆何も言わず、胴から下を失ったS−01を見つめている。
 S−01は未だに、右手にディフェンダーを固く握り締めていた。