タイトル:天女の失くしものマスター:桐谷しおん

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/17 22:36

●オープニング本文


 夏彦が琴音と出逢ったのは、琴音が一人旅に来ていたときだ。道を尋ねられた先が夏彦の行き先と同じだったため、夏彦は観光案内をすることになった。たった半日、その僅かな間に、夏彦は琴音に惹かれた。否、出逢った瞬間、天から舞い降りたかの如く可憐で美しい琴音を一目見たその時から、正に、一目惚れだった。
 琴音はその日の夜に帰るはずだった。しかし、琴音を帰したくなかった夏彦は、ちょっとした悪戯心もあり、帰りのチケットが入った琴音のパスケースを隠してしまった。チケットを失くしてしまった琴音は当然帰ることが出来なかった。

 その日の夜、琴音の住む町が、バグアに占領された。

 琴音には身寄りが無く、日本各地を独り転々としていたため、その町には特段親しい人はいなかったという。琴音は言った。チケットが無くなったのは、神様が私を助けてくれたのだ、と。無理をしていないか、と夏彦は心配した。琴音は微笑った。
「大丈夫。だって神様は私を助けてくれた上に、貴方と巡り合わせてくれたんだから」
 帰る場所を失った琴音は、夏彦と暮らし始めた。夏彦にとっては、僅かな後ろめたさを感じつつも、この上なく倖せな日々だった。

 二人で暮らし始めてから暫く経ったある夜。夏彦は琴音が魘されているのに気付いた。夏彦に名前を呼ばれると、目を覚ました琴音は、涙を浮かべながら話した。
 琴音は幼い頃に事故で両親を失った。最近、毎晩その事故の夢を見るのだという。
「もしかしたら、お父さんとお母さんの写真を失くしちゃったから、ふたりとも、怒ってるのかも‥‥」
 無理に笑った琴音は続けた。あの日失くしたパスケースに、その写真を入れていたのだと。
 琴音の言葉通り、彼女は夜毎魘されていた。夏彦が心配すると、そのうち慣れるから、と琴音は気丈に振舞う。夏彦は自分を責めた。あの日、琴音のパスケースを隠したりしなければ‥‥。

 夏彦は決心した。パスケースを取りに行って、琴音に返そう。自分のした浅はかな行為が明るみになり、琴音に嫌われてしまうかもしれない。しかし、それも愚かな自分が招く結果だ。
 夏彦はあの日二人で訪れた公園へ赴いた。園内を流れる小川の傍らに、羽衣をまとった天女の像が佇む。パスケースを隠したのはその像の足元だ。夏彦は像へと向かった。しかし、ふと足が止まる。嫌われることへの戸惑いか。

 違う。
 天女の像の前には、水鳥型のキメラ彼を待ち構えるかのように鎮座していた。

●参加者一覧

須賀 鐶(ga1371
23歳・♂・GP
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
稲村 弘毅(ga6113
23歳・♂・GP
ステラ・レインウォータ(ga6643
19歳・♀・SF
オブライエン(ga9542
55歳・♂・SN
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
ティル・エーメスト(gb0476
15歳・♂・ST
黒須 信哉(gb0590
22歳・♂・DF

●リプレイ本文

●prologue〜だるころ作戦、始動!
「わあぁ、日本です! 僕、初めてなんです!」
 公園へと到着したティル・エーメスト(gb0476)は嬉々として辺りを見渡している。依頼で世界各地を訪れてきたティルだが、日本へと降り立つのは今回が初めてだ。
「ここへは観光に来たわけではないんじゃぞ?」
 やったー! やったよー! と小躍りするティルを、オブライエン(ga9542)が苦笑しながら窘める。和やかなやり取りを見て呆けた表情になってしまっている依頼主の夏彦。
「川渡しの鵲じゃ無いですけど、お手伝いくらいはしたいんで」
 そう語りかけたのは、イアリスを手ににこりと微笑んだ黒須 信哉(gb0590)。その言葉に夏彦は、こく、と頷く。そんな夏彦を、木花咲耶(ga5139)が感情の色を顕さず見遣る。
(「心の弱さから起こした罪を、精算させないといけませんね。その為にも‥‥」)
「‥‥今はキメラを倒すこととパスケースを確保することが先決、ですね」
 咲耶の心中を、遠倉 雨音(gb0338)が引き継いだ。

「それでは皆さん、配置に着きましょう」
 信哉が夏彦を安全な場所へと離れさせると、ステラ・レインウォータ(ga6643)が配置を確認する。
「皆様、だるころ作戦ですよー!」
 ティルが高らかに言う。今回の作戦、その名も『だるころ作戦』。
「説明しよう! だるころとは、『だるまさんがころんだの鬼じゃないほう』の略称である!」
 命名者の須賀 鐶(ga1371)が推進者のティルに促されナレーション口調で解説してくれた。なんだか恥ずかしそうに見えるのはきっと気のせいだ。
 各々が配置に着く。オペレーション『だるころ』、始動である。

「わー!」
 叫んだのは陽動班のティル。こちらに注意を向けようという作戦だ。
「わー! おーい!」
 ティルがぴょんぴょんと飛び跳ねながら尚も叫ぶ。しかしキメラは悠然と前を見据えたままだ。
 ちなみに、今日もティルはいつものフェイスマスクを装着している。叫びながらぴょんぴょん跳ぶマスクの少年。‥‥うん。ちょっと怖い。
「‥‥えぇと、やっぱりなんだか変でしょうか、これ?」
 同じく陽動班の稲村 弘毅(ga6113)に尋ねるティル。
「‥‥‥‥‥‥いや、よく似合ってる」
 心優しい弘毅であった。

 どうやら声を上げた程度では反応しないらしい。それならばと、ティルが空に向けて空砲を撃つ。銃声と同時に、キメラは睨み付けるようにティルと弘毅を振り返る。
「よし‥‥良い調子だ」
 弘毅が静かに、一歩、また一歩、キメラへ近付いていく。とにかく自分達から気を逸らさせないように、ゆっくりと歩み寄る。キメラは微動だにせず、近付いて来る二人をただ見つめる。そして、二人がまた一歩踏み込んだとき‥‥キメラの嘴が開かれ、二人を目掛けて、淡い光が放たれた。

「僕の大切な人に、手を出さないでください!」
 瞬間、ティルが弘毅の前へ出る。大切な友人は、必ず自分が庇う。誓いを胸に、放たれた光に対し自ら障壁となる。
「すまない、助かった‥‥大丈夫か?」
「くっ‥‥はい‥‥大丈夫です」
 弘毅の言葉に、ティルが笑顔を作って応える。体勢を立て直し、二人はキメラを睨みつける。そして二人の視線の先には、キメラの背後から近付く鐶の姿があった。

●pie‐cutters〜鵲を斬る者達
「公園の小川と水鳥‥‥普通なら、よくある平和な光景なんですけどねぇ」
『だるまさんがころんだの鬼じゃないほう』役の鐶が、キメラという違和感を取り込んだ風景を眺める。
「美しい天女(とパスケース)に傷を付ける訳にも行きませんし‥‥」
ふと途切れる言葉。そして、一気にキメラの懐へと飛び込みと、その腹部へと爪を突き立てた。
「‥‥少し、移動して頂きますね?」
 言い終わると鐶は即座に引き、後方へと馳せる。キメラはその不意打ちに激高したかのように、鐶を追う。鐶は逃げる。像から少しでも遠くへ、より安全な場所へ。そして‥‥鐶のゴール地点への到着を告げるように、銃声が共鳴する。
「非才の身ではありますが、飛べない鳥を逃がすほど未熟ではありません。腐っても、スナイパーですから」
「前門の虎、後門の狼じゃな。さて、どう出るかのう?」
 見ればキメラの左には雨音、右にはオブライエンが、その手の銃口から紫煙を昇らせている。それぞれに両脚を打ち抜かれたキメラは、鐶を追う足を止める。顔を上げれば前方には鐶。そして後方には‥‥
「何処を見ている、目を逸らすな!」
 追いついた弘毅が、勢いそのままに刀を突き刺す。その後方にはティルの姿もある。包囲は完全に完成した。

「支援します。さあ、一気に倒しましょう!」
 ステラが声を挙げる。
「黒須様、参ります」
 ステラの声と支援を受け、咲耶と信哉がキメラの左右斜め前方から一斉にキメラへと駆ける。そして、両脇から同時に、渾身の一撃が打ち込まれる。

「‥‥飛ばない鳥は嫌いじゃないけど、キメラじゃ可愛さも半減?」
 呻き声をあげるキメラに、信哉が苦笑交じりに言う。信哉の言葉を挑発と受け取ったかのように、キメラが負けじと攻撃を仕掛ける。範囲攻撃である光も、四方を囲まれては意味が無い。キメラは信哉へと体当たりを仕掛ける。
「くっ」
「回復しますっ」
 受け止めた信哉に、後方に控えるステラがすぐさま回復を施す。キメラはそのまま咲耶へ、そして弘毅へと、ピンボールのような身軽さで体当たりを行う。しかし‥‥
「あなたの攻撃はそんなものですか。素早いだけですわね」
 咲耶は盾でそれを受け止め、
「遅いっ!」
 弘毅はそれをかわす。
「礼を返せずおけるほど、不躾なお育ちじゃないもんでね!」
「自然に反する存在は黄泉へ落ちよ」
 言葉通り、信哉と咲耶が返礼の刃を打ち込む。そして最期は正面から、鐶が再びキメラの喉元を掻き切り、その息の根を止めた。横たわるそれは、頭は黒く、翼は青く、腹は白い。その姿は、まるで巨大な鵲だ。しかし、飛ばない鵲に川渡しは出来まい。川渡しの役目は、8人の能力者へと託された形となった。

●pie‐cutters〜お節介部屋の人々
 戦いが終わり、おずおずと夏彦が出てくる。鐶がひとつ、背中を押す。夏彦は天女像の元までゆっくりと歩き、パスケースを手に取る。8人の誘導により天女像から離れた場所で戦闘が行われたため、パスケースは損傷もなく綺麗なものだった。
 口を噤みパスケースを見つめる夏彦。
「‥‥オイ」
 声と、夏草を踏みしめる音にふと振り向く。そこに居たのは弘毅だ。
「てめぇ、今回自分の女が魘されなかったら返さなかったんじゃねぇだろうな?」
「‥‥‥‥」
 夏彦は答えない。それはつまり、イエス、ということだ。
「あなたの罪は決して許されるものではありません」
 咲耶の言葉が重く響く。その重さは、覆せない真実の重さだ。夏彦が罪を犯したあの日、彼にはもっと他の手段があっただろう。もっと正しく、もっと素直な手段があっただろう。
「ま‥‥結局の所、落とし前はてめぇでつけるんだな」
 恋愛などという脳内麻薬に騙される奴の気など知れない。弘毅は冷たく言い放つ。
 雨音もまた、厳しい視線で夏彦を見る。知らぬこととはいえ、彼女の大切な思い出を彼は隠してしまったのだ。それも、自分勝手な想いの為に。‥‥しかし、彼女へ真実を伝えようと決心したその姿勢だけは、褒められるべきだと、雨音は自分自身に向けて言う。夏彦への感情を抑制するように。

「ちょっと間違ったやり方だったかもしれませんけど、正直に話そうと決心したのはすごいことだと思います。‥‥だから、ご自分をあまり責めないでください」
 ティルが素直に言う。手段は間違っていただろう。しかし、その結果として、琴音はバグア侵攻の災禍を免れ、そして今、倖せに暮らしている。それもまた、疑いようのない真実だ。しかし、倖せが大きくなればなるほど、罪が暴かれたときへの恐怖もまた、夏彦の心を支配する。彼女が魘される姿を見るたび、罪悪感は彼に重く圧し掛かる。確かに自分勝手なことをした。しかし、それを悔やみ、苦しむ琴音を思いやるだけの優しさを、夏彦は確かに持っている。

 信哉は、ただ一言。
「ただ、信じれば良いんじゃないですかね」
 嘘の上に積み上げてきた、倖せな日々。土は嘘だっただろう。しかし、その上に積み上げてきたものは嘘ではない。夏彦は琴音を愛し、琴音もまた、夏彦を愛した。真実を伝えられない臆病さは、彼女を失うことへの恐怖。しかし、それは彼女を信じていないということだ。隣に居てくれる、魘されて目覚めても心配するなと微笑んでくれる‥‥そんな彼女の想いを信じられないことのほうが、余程悲しい。

「もしかしたら‥‥パスケースのこと、琴音さんは薄々気付いているのかもしれませんね」
 ふとステラが零した言葉に、夏彦は微かに震える。
「でも、貴方にそれを告げることによって、今の関係が壊れるのが怖かった‥‥その葛藤が、『夢』に現れた。そういう考え方も出来ます。‥‥お互いに後ろめたい気持ちを持っていては、心が疲れてしまいます。さあ、勇気を出して。貴方の口から本当の事を彼女に伝えて下さい」
 ステラが微笑む。その微笑は彼を諭し、そして、勇気付ける。

「‥‥言霊を、知っていますか?」
 咲耶が問う。
「今度こそ、正直に心の底にある思いを言葉にして琴音様にぶつけてみなさい。きっと琴音様の心に響くでしょう」
 咲耶の声は凛として、それでいて、温かい。
「‥‥はい」
 夏彦は、しっかりと頷いた。

「ったく‥‥最期まで貫けない嘘ならつくんじゃねぇっつーの‥‥」
 弘毅が溜息交じりに呟く。『嘘は方便』と言う。しかしそれは、嘘が嘘であり続けるときのみだ。貫き通す自信、罪悪感から開放されたいというエゴを押し殺す自信がないのならば、嘘を吐くべきではない。貫き通した嘘は、自分以外は傷つけないかもしれない。しかし、貫けなかった嘘は、嘘を吐かれた相手を確実に傷つける。
 しかしまた、嘘に後ろめたさを感じたままだったならば、いずれにせよその恋は長続きしないだろう。

「まあ、あれじゃよ。わしは過去のことをどうこう言うつもりは無いが‥‥彼女を大切にのう。お前さんしか守ってやれるものはおらんのじゃからな?」
「‥‥はい‥‥ありがとうございます」
 夏彦はオブライエンに微笑んだ。まだ無理のある笑顔。しかし、それは決心がついた者の笑顔だ。夏彦の告白と謝罪の目的は、それによって自らの罪を軽くすることであってはならない。愛する人を、もっと倖せにするための告白と謝罪。

「何と言うか‥‥青春って良いですよね〜」
 鐶が茶化すわけでもなく、心から零した。目の前の一途さを、少し羨ましく思う。己で始末を着ける決心がついたのならば、水を差す必要もないだろう。鐶はそれ以上は語らず、微かに笑みを称えて夏彦を眺める。

 雨音が自らの掌を眺める。ここまで来て躊躇いを見せるようならば一発引っ叩いてやろうかと思っていた雨音だが、その心配は無さそうだ。
「‥‥目を覚まさせるための一発、どうやら不要みたいですね」
「そのようですね」
 少し残念そうに呟いた雨音に、ステラが微笑みながら答えた。

●epilogue〜
 夏彦は琴音を公園に呼び出した。やがて琴音が現れ‥‥8人は、遠くから二人を見守っていた。

「‥‥ごめん」
「いいよ‥‥」
「‥‥本当にごめん」
「もう謝らないで‥‥赦す気がなかったら、今ここに来てないよ」
「‥‥気付いてたのか‥‥?」
「気付くよ‥‥今日家を出るとき、夏彦君、すごく思いつめた表情してたもん‥‥ううん、今日だけじゃなくて、ここ最近ずっと。気付かないわけないじゃない」
「本当に‥‥」
「もういいってば」

 顔を上げない夏彦。8人からは琴音の表情はよく見えない。しかし、微かに聴こえるその声は、慈愛に満ちていた。

「さて、じゃあ行こうかの」
 オブライエンがティルの頭をぽふと叩いて言った。余り見守り続けるのも無粋だろう。
「日本は初めてなんじゃろう? まだ陽も高い。ちぃっとだけじゃが、ジャパニーズシティを見学して帰ろうかのう」
「えぇ!? いいんですか!? あ、あぅ、でもお仕事で来たんですし‥‥」
「あ、いいですね、行きましょう! 僕は南の生まれなんで、この辺は案内出来無いですけど!」
 信哉がティルの言葉を無視して背中を押す。3秒くらい欲望と自制の間で葛藤を見せていたティルだが、背中を押され歩き出したときにはもうスキップしていた。
 そんな3人を追うように、他の者たちも公園を後にし歩き出す。
 帰り際、天女の像とすれ違ったステラが、ふと天女を見上げる。天の羽衣伝説は地方により色々な結末がある。ハッピーエンドも、そうでないものも。それぞれの物語で、それぞれの二人が、それぞれの未来を描いていく。夏彦と琴音の未来もまた、ふたりで描いていくものだ。その先を8人は知る由もない。
 ただ、願うことはひとつ。
「お二人がいつまでも、幸せであります様に‥‥」