タイトル:右手の所在マスター:桐谷しおん

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/03 07:15

●オープニング本文


「それじゃあ、また」
「うん、またね」

(「あー‥‥結局渡しそびれちゃったな」)
 結花を家まで送り届けた涼介は、踵を返すと自嘲気味に笑った。ポケットに突っ込まれた手が、今日渡すつもりだった小さな箱を握り締める。
 涼介と結花が付き合い始めてからもう3年。周りの友人たちにも背中を押されプロポーズを決意したのだが‥‥
(「なんていうか、こう‥‥タイミングが、なあ?」)
 誰にともなく心の中で言い訳をすると、涼介は小さく溜息をつく。交差点に差し掛かったところでふと振り返ってみると、結花はまだこちらに手を振っている。その愛おしい姿を見て、今度こそは、と決意を新たにする涼介。
 結花から目を離し、前を向く。その刹那、視界の横に何かが映った。
 次の瞬間、涼介は『何か』に轢かれた。


 ※※※


 結花は右手を上げたまま凍り付いた。‥‥否、正確に言うと、凍り付いていた『らしい』。
 結花は病院のベッドの上に居た。別に何処が悪いわけでもない。ただ意味も無く涙が止まらなくなるだけだ。あと、あのとき振っていた右手が動かない。何故か力が入らない。医者も理由は分からないらしい。それなら、早く此処から出して欲しい。
 轢き逃げ。知らない。理解出来ない。意味が分からない。とりあえず早く此処から出して。家に帰らなきゃ。
 この目で確かめなきゃ。何を? 分からない。
 枕元には傷だらけの小さな箱。中身は空だったらしい。形見。誰の? 厭。聞きたくない。
 もういいよ。何で動かないの右手。何で私此処に居るの。分からない。分からない。分かりたい。分かりたくない。‥‥‥‥‥‥


 ※※※

 UPC本部のモニターに映し出される、黒く巨大な『何か』。深夜の交差点を走るそれは、一見すれば大型のトラックか何かのようだ。しかし、ときおりその巨躯に走る雷電が、それが巨大なキメラだと確信させる。
 先日街で起きた轢き逃げ事件。警察に被害届けが出され捜査が行われていたが、その犯人がキメラだと発覚し、UPC本部へと話が回って来たらしい。
 能力者たちは、時折しかその姿が見えない真っ暗なモニターを食い入るように見つめる。表面は硬い殻に被われ、その下には無数の短い脚。例えるならば巨大なダンゴムシと言ったところか。体を流れる雷電がその前脚を走った刹那、ショートしたように小さなリング状の閃光が煌いた。何か金属製のものでも引っかかっているのだろうか。
 キメラについて分かっているのは、毎夜この交差点に現れるということのみ。既にこのキメラに轢かれ、ひとつの命が失われている。次の被害者が出る前に早急に退治するようにと、能力者たちは言い渡された。

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
ファルティス(ga3559
30歳・♂・ER
ステラ・レインウォータ(ga6643
19歳・♀・SF
旭(ga6764
26歳・♂・AA
志羽・武流(ga8203
29歳・♂・DF
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
黒桐白夜(gb1936
26歳・♂・ST

●リプレイ本文

●right hand/用意周到
「ただいま戻りました」
 敵の出現ポイントとされる交差点。仲間たちの元へ、ステラ・レインウォータ(ga6643)とアズメリア・カンス(ga8233)が駆け寄る。
「警察の話によると、この一帯を周回してるみたいね」
 アズメリアが右から左へと指さす。それは恐らく、涼介の命‥‥そして、結花の心が奪われたときと、同じ進路。
「命を壊し、心を壊し‥‥これ以上何も壊させるわけにはいきません」
 旭(ga6764)が、小銃を握る手に力を込める。
「待たせたな。こんなもんで大丈夫か?」
 そこへ戻って来たのは、両手いっぱいに廃材を抱えた黒桐白夜(gb1936)と志羽・武流(ga8203)。
「使えそうなもんはこれくらいやったわ」
「うん、ありがとう。じゃあ、さっさと終わらせちゃおう!」
 月森 花(ga0053)の掛け声で8人が作り始めたもの。それは、即席のバリケード。敵を停止させることは到底不可能だろうが、少しくらい減速させることは出来るだろう。

「しかし‥‥全長5M、幅3Mか‥‥他の依頼の報告書も閲覧してきているが、最近大物のキメラが増えてきていないか?」
「ええ‥‥とんだ害虫ですね」
 廃材を組みながら呟くファルロス(ga3559)にエリアノーラ・カーゾン(ga9802)が返す。『害虫』。その二文字に、ネルの心の中で『ド腐れ団子虫』とルビが振られる。傭兵として今ここにいる自分の使命は、ただそれを駆除することのみ。しかし、その使命とは別の澱んだ感情が、ネルの心を過る。
「‥‥よし、上等だな。ステラ、これ、ありがとうな。使わせてもらうぜ」
 白夜は立ち上がり埃を払うと、ステラから借り受けた長靴を履く。
「急場凌ぎには十分ですね」
 ネルもまた感電を防ぐべく、ゴム手袋に覆われた手で、シールドにゴムシートを重ねる。雷を纏い疾走するキメラ‥‥対峙の用意は整った。
「暴走車はタイホだ〜!」
 花がバリケードの向こうを指さすと、8人は其々の持ち場へと散った。

●right hand/想定範疇
 静まり返る車道。旭とネルが事前に警察に話を通した結果、キメラの通るルートは封鎖されている。等間隔に設置された街灯は、夜の闇を照らすには余りにも心許無い。
 しかし、敵の襲来はすぐにそれと知れた。8人の視線の遠く先に、雷光が閃く。
「来た!」
 白夜とステラが、同時に声を上げ、後衛、前衛、それぞれの武器に更なる力を付与する。雷光は瞬く間に8人の元へと迫りくる。そして‥‥
「ここから先は通行止めだよ」
 最前線、右に花、左にファルロスが控えるラインに到達したその瞬間、花の冷たい呟きと共に、ライフルからペイント弾が翔ぶ。
「‥‥!」
 狙いは脚。しかし、ペイントされた的は脚よりも上に外れる。‥‥否、意図的に、外した。スコープ越しに覗いた脚。そこに一瞬光る、リング状の『何か』。
(「ソレを撃ち抜いてはいけない」)
 花の脳内に警鐘が鳴る。その警鐘に従い、花の二弾目‥‥実弾は、その『何か』を避け、脚の付け根を撃ち抜く。
 キメラの躯が傾く。同時に、左からファルロスの貫通弾が敵の左脚を貫く。更に、両手の銃から強化された銃弾が2発、同じ脚へと撃ち込まれる。その重すぎる衝撃に、キメラはその巨躯をスリップさせる。その脚を、更に武流の矢が射抜く。制御を失い左回転しながら前衛へと迫るキメラ。躯がアスファルトに擦れ、雷光に加えて火花が散る。まるで巨大な鼠花火のように回転し走るキメラは徐々にスピードを失い、そしてそれを完全に停止させたのは、前衛の中央に立つ、自らの体をも盾とした、ネルのシールドだ。
「この『金髪の障壁』を甘く見たようね‥‥それとも、虫ケラ程度じゃ判断すら出来ないってことか」
 一瞬見せる笑顔に、敵意が溢れる。恋路を不条理に断った罪。例え100万遍地獄の業火に灼かれたとて、それでも尚、贖うに足るものではない。
「さあ。ここで通行止めよ」
 その文字通りの暴走を停止させ、そして、その命運も、此処で停止させんと、アズメリアがキメラの胴を割くように流し斬る。
「いきます!」
 アズメリアと対になる位置から、旭が全力で刀を振り下ろす。向こうが全力で走り来るならば、こちらも全力でそれに応えるのみ。斬るというよりも、叩きつけると言ったほうが的確であるほどの、全身全霊を込めたその技は、名付けるならば『暁』。明時の太陽の名を持つ彼にふさわしいその一撃が、夜明けの光の如く、キメラが纏う雷光を弾けさせる。

 キメラにとっては、正に青天の霹靂と言える襲撃。キメラは取り乱して暴れるように、左右の2人へと突進する。
「甘い!」
 まず旭への突撃。しかしそこへネルが盾となり割り込む。
「ネルさん!」
「っ‥‥大丈夫よ、ありがとう」
 即座にステラが回復を施す。
 盾に遮られた反動のように、キメラは反対側のアズメリアへと突進する。しかし既に脚へ大きなダメージを負っているその突進は本来のスピードには遠く及ばず、アズメリアにひらりとかわされる。
 
 繰り返される総攻撃。遠く後方からは花とファルロスの銃撃と、武流のシュリケンブーメランが浴びせられ、左右からは斬撃が交互に叩き込まれる。キメラも反撃を試みるが、しかし、左右と前方を囲む前衛の体力を削るには、既に余りにもその力を削られ過ぎている。
 ならば、キメラに残された道はひとつ。
 逃走。
 キメラはギアをバックに入れる。後ずさりと表現するにはあまりにも速いそれを、旭とアズメリアが追う。
「行かせません!」
 ここで倒さねば、また誰かの大切な何かが壊されてしまうだろう。旭は刀を振り上げながら、その身と心を壊された二人のことを思う。既に二人にとっては、ここでこのキメラを倒すことで解決する問題は存在しない。倒したところで、前に進めるというわけではない。自分たちの力が求められるのは、多くの場合は既に何かが起きた後‥‥結局、後手に回ることしかできないのか。もどかしさと共に、逃走する敵へと刀を振り下ろす。
「大切な人を失った結花はんの痛み、悲しみを知れっ!!」
 傷を深めながらも更に逃走を試みるキメラへ、武流がブーメランを投げつける。根本的な解決にはならないかもしれない。しかし、今このキメラを倒す動機は、彼ら8人には十分にある。その動機を、想いを、ブーメランに乗せる。
 武流に更なる傷を負わされたキメラは、後衛である武流たちを、その唯一の退路の障害として認識する。次の瞬間、キメラの全身を走る雷光が、一点へと集まる。
「全員下がれ!」
 白夜が叫ぶ。これだけの雷電を身に纏うキメラ。それを遠距離まで放出させるような能力を持つことは、十二分に想定出来る。
 キメラの体から放たれた雷撃。それは稲妻のように一直線に伸び、そして、武流へと届く。
「ぐっ‥‥!!」
 武流の体が雷電に包まれる。
 進路への牽制は成った。あとは後方を牽制し、逃げるのみ。追ってきたアズメリアへと、キメラが最後の全速力で突撃する。
 しかし、それはアズメリアの想定の内。かわすアズメリア。目の前をかする電流が皮膚をかすかに刺激する。しかし、アズメリアは構わず突進してきたそれに、逆に突進する。
「駄目でしょう? ちゃんと安全運転しなくちゃ」
 カウンター。アズメリアの刀が、キメラを真正面から斬る。
 巨躯は崩れ落ち、完全に、停止した。

●right hand/望まれる助力
「これ、やっぱり‥‥」
 斃れたキメラの脚元。総力戦の中でも、誰もがその脚だけは避けて攻撃した、その脚元。花が近づき、リング状の物体を拾い上げる。
「指輪、か‥‥」
 白夜の言葉に、8人が回想するのは、警察から聞いた涼介の形見として届けられた空っぽのケースの話。
「手が凍りつくような結花はんの症状‥‥この指輪がここにあるって、俺たちに教えてくれとったんかな‥‥」
 ステラに回復を施されながら、武流が呟く。

「‥‥せめて、想いを届ける位は、ね」
 アズメリアが花の手から指輪を拾い上げ、布で指輪の汚れを拭う。
「身につけるかどうかは‥‥彼女次第ね」
 ネルの言葉に、8人が静かに頷く。この指輪が結花にとって何を意味するのか。救いなのか、悲しみなのか。それは結花本人以外には分からない。しかし、せめて、涼介の届けられなかった想いを届けるくらいはしても良いだろうし、また、してあげたい。

「俺はそういうのはあんまり得意じゃないからな‥‥おまえらに任せるよ」
 ファルロスはそう言うと、その場を後にした。それじゃ、頑張れよ、と、右手を振り上げ去る背中を見送る7人は、その振り上げられた右手に、涼介を見送った結花の姿をだぶらせた。

●right hand/右手の所在
 7人は結花の病室へと入った。
 彼らを振り返った結花の表情は、少しの驚き以外は、重苦しい苦痛を現していた。
「‥‥仇は、討ちました」
 花が告げる。結花は瞬時にその意味を解す‥‥が、顔色は変えない。意味を解したことを認めたくないというように、苦痛の表情のまま、平静を装う。
 そこにいる全員が、掛ける言葉が浮かばない。分かるのは、涼介の身に起こった出来事について、これ以上多く語ることは、彼女の望むところではないということだけ。

 ステラが結花のすぐ傍らへと歩み寄る。ステラは何も語らず、結花の動かない右手を、結花の前まで持っていく。そして、その右手に、指輪を乗せる。両手で包みこむように、指輪を握らせる。

 結花は泣いた。
 恋人の死の証を認めざるを得なくなってしまった、悲しみだろうか。愛の証を、涼介の想いを、受け取った、喜びだろうか。

「どうか‥‥心を強く持って」
 花が精いっぱいの言葉を掛ける。それ以上の言葉も、それ以下の言葉も、出て来ない。

「貴女の気持ち、軽々しく『わかる』とは言えません」
 ステラがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「でも、自分のせいで恋人が悲しみに囚われ続けていると知ったら、涼介さんはどう思うでしょうか‥‥自分を責め続けるのではないでしょうか‥‥‥‥そんなの、悲しすぎます!」
 気付けば、ステラも泣いていた。
「すぐには無理だと思います‥‥でも、彼の為にも、貴女は前に進まなきゃダメなんです‥‥」

 病室内は、静寂。ただ、涙の音だけが聞こえる。

「‥‥指輪、嵌めたろか?」
 武流が遠慮がちに問う。しかし、結花は強く首を振る。涼介が、涼介だけが、結花の左手の薬指にそれを嵌める権利を、意味を、持っていた指輪。涼介が結花と同じ世界に居ない今、その代行を許せるのは、結花自身以外には在り得なかった。
 しかし、自分の左手の薬指にこの指輪を嵌めるには、右手が必要だ。でも、その右手が動かない。悔しい。悔しくて仕方がない。何で動かないの。結花は悔しさで指輪を握りしめた。

 握りしめた。
 右手に乗せられた指輪を、『右手で』、握りしめた。

「‥‥‥‥」
 アズメリアも、ネルも、その光景を言葉を失いながら見守った。驚きと、驚き以上の感情。彼女たちの胸に押し寄せたその感情を、何と呼べば良いだろうか。

 結花本人が、一番遅れて驚いた。動く。右手が動く。結花は右手の親指と人差し指で指輪を摘む。摘む右手は震える。まだ上手く動かないからか、それとも驚きゆえなのか、結花本人にも分からない。
 結花は、ゆっくりと、慎重に、指輪を、自分の左手の薬指に嵌めた。

 結花はまた泣いた。色々な感情が溢れた。

「取り合えず生きてさえいれば、何とかなる事もあるもんだぜ。これ、一応経験則、な」
 白夜が微笑んで言った。
 そう、彼女は生きている。右手も動く。左手は、涼介の想いに守られている。もちろん、足だって動く。足が動くならば、また、歩き出せる。
 泣きじゃくる結花を、旭は言葉を掛けずに眺めていた。涼介に愛された結花のその愛情は、決して、結花自身を傷つけるものであってはならない。どうか、結花がまた歩き出せるよう、後押しをしてくれる愛情であるように。
 そんな願いを胸に、7人は病室を後にした。