タイトル:Skyマスター:桐谷しおん

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/27 23:54

●オープニング本文


 村のはずれにある高台。鬱蒼とした森を抜けた先に広がるその場所は見上げればパノラマの青空が広がり、村人たちからは『天国に一番近い場所』と呼ばれていた。
 一年前、その高台で若い夫婦が亡くなった。夫婦は代々薬を扱っており、その日はその高台にのみ自生する薬草を採りに森へ入った。
 冷たくなって見つかった夫婦の手には摘んだばかりの薬草が握られており、体には何かの獣に襲われたような深い傷を負っていた。
 村では、野生の猛獣の仕業だとも、天国の薬草を無断で摘んだ祟だとも噂され、結局その高台への山道は封鎖された。

※※※

『これからは、あのお空の上から、ずっと見守ってくれているからね』
お父さんとお母さんがお空の上にいったあの日、おばあちゃんがそう教えてくれた。

『じゃあエマ寂しくないねっ』
そのとき、そう答えた。

‥‥おばあちゃん、ごめんなさい。
寂しくないなんてうそ。

お友達もたくさんいるよ。
おじいちゃんもおばあちゃんも優しくしてくれる。

でも、やっぱりお父さんとお母さんに会いたい。

エマもお空の上に行ったら会える?
お父さんとお母さんは、あの森の向こうからお空に行った。
そこに行けば、エマもお空の上に行ける‥‥?

※※※

 ある老夫婦からULTへ、孫娘の捜索依頼が届いた。否‥‥正確にいえば、地元の自警団から回されて来た依頼だ。
 自警団の話によると、エマという名前の5歳の少女が行方不明になっているという。捜索したところ、山道の入口の柵に、人がよじ登った跡があった。山道は1年前に若い夫婦が何物かに殺されて以後、封鎖されている。そのときの夫婦の傷痕が動物にしてはあまりに鋭かったことから、『あるいはキメラでは』という話になり、ULTへと相談が寄せられた次第だった。
 エマが山道に入っている可能性は高い。能力者がたどり着く頃には、エマは開けた高台に着いている頃だろう。その高台は、若い夫婦‥‥エマの両親が襲われたと思われる地点。
 早急に現場へ駆けつけるようにと、集まった能力者たちに告げられた。

●参加者一覧

佐倉祥月(ga6384
22歳・♀・SN
アンジュ・アルベール(ga8834
15歳・♀・DF
銀龍(ga9950
20歳・♀・DF
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
レイヴァー(gb0805
22歳・♂・ST
ルシュア・ヴァレン(gb2020
17歳・♂・DG
ドリル(gb2538
23歳・♀・DG
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD

●リプレイ本文

●疾駆
 山道を3台のリンドヴルムが駈け上がる。
「しっかり掴まっていろ、振り落とされるなよ!」
「ん、分かった」
 先頭を奔るのはルシュア・ヴァレン(gb2020)。後ろには言われたとおりにしっかりと掴まる銀龍(ga9950)。
「ルシュアさんからはなれないように急ぐよ!」
 それを追うドリル(gb2538)に掴まるアンジュ・アルベール(ga8834)は、ドリルの腰に回した手をきゅっと握り締める。
「すぐに行きます。絶対、ご無事でいらして下さい‥‥」
「昔の血が騒いで来たわ♪」
 冗談っぽく笑いリンドヴルムを操るのは狐月 銀子(gb2552)。その言葉通り運転は荒々しい。しかしそれは‥‥
(「早くしないと、エマが助けられないかもしれないものね」)
 心の中で呟き、先を急ぐ。
「エマちゃんを助けることが最優先ね」
 銀子の心中に応えるように、その後に乗る佐倉祥月(ga6384)が言う。
「もっとも‥‥心まで助けてあげられるなんて自惚れちゃいけないわよね」
 自戒のような祥月の言葉。しかし、それでも祈るのは、エマに正しく優しい救いが訪れること。
 やがて、暗い山道の先に光が見えた。

●接近
 山道を抜け高台に出たエマは、陽の光の眩しさに思わず目を細めた。その光の中に、巨大な獣の影がそびえる。その距離、10メートル。
 空からの迎えだろうか。そう思うエマは、憧れと恐怖から、少し震える。逆光で獣の表情は見えないが、しかし、こちらを見ていることは分かる。その見えない瞳に引き込まれるようにエマが一歩踏み出そうとしたそのとき‥‥
「今だ!」
 エマの行く手を阻むように停まるリンドヴルム。ルシュアの掛け声で銀龍がその後部からひらりと飛び降り、即座に覚醒するとそのままキメラへと突っ込む。更に、覚醒したルシュアも変形させたリンドヴリムを纏い、キメラへと肉薄する。
「うおおおお!」
 馳せる二人。高台へは更にドリルとアンジュが迫り、その更に後方から‥‥
「照明行くわよ。気をつけて!」
 リンドヴリムを操る銀子に掴まりながら、祥月が照明銃を放つ。狙いは全く定まらないが、上空へ向けての発砲だったため幸い味方やエマに中ることはなく、照明は素直に空へと昇る。
「‥‥っ!」
 突然の閃光。状況が飲み込めていないエマは思わず目を塞ぐ。そして、視界を奪われたのは、キメラとて同様。その隙に、まずは銀龍がキメラの側面へと回り込む。
「今日のキメラもあまり可愛くない。残念」
 巨大な狼のようなキメラに、無表情のまま感想を述べつつ直刀を叩き込む。遅れてルシュアが正面から槍を突く。
「自分の槍は天をも貫くぞ!」
 此処が天国に一番近い場所ならば、さながら天界の門番であろうキメラを、その宣言通り貫く。

「‥‥‥‥??」
 エマがおずおずと目を開く。先刻の眩しさで真白になった視界。此処が空の上だろうか‥‥ぼんやりと考えている間に、視界が戻る。眼前にあるのは、先ほど見た巨大な獣の影ではなく、エマを庇うように立つアンジュとドリルの後姿。
「銀龍さんとルシュアさんがうまく引き付けてくれています。今のうちです」
「うん。狐月さん!」
 キメラのほうへ注意を払ったままドリルが銀子を呼ぶ。
「おっけーよ」
 銀子が駆けつけると、ドリルはエマを抱き上げ、銀子に託す。未だ状況を飲み込めずに頭上にはてなを浮かべるエマを片手でしっかりと抱きしめ、銀子は後退する。なるべくキメラから離れた位置へ。アンジュとドリルも、2人を護衛しながら下がる。

 エマたちとすれ違うように、遠倉 雨音(gb0338)とレイヴァー(gb0805)が高台へ到着する。
「山道には敵は見当たりませんでした。恐らくは、あの一体のみです」
 高台の中央に居座るキメラを真っ直ぐに見つめながら報告する雨音。銀子たちが安堵の表情を見せる。
「‥‥」
 高台へ着いた勢いのままキメラの対応に向かおうとしたレイヴァーだが、ふと足を止め、固い表情を崩さないアンジュを見遣る。次いでエマへ視線を移し‥‥
(「保護対象‥‥まるで何時かの誰かさんだな」)
 心の中で呟き、小さく息を吐くと、キメラへと向き直る。
「アンジュ、任せたぞー」
 アンジュに背を向けたままひらひらと手を振り、わざと気楽な風に言う。
「はい!」
 背後から聞こえる、固い返事。
(「っと‥‥逆効果?」)
 彼女の性格ならばそれも仕方ないか、と苦笑しつつ、レイヴァーはキメラの元へと馳せた。

●葬
 キメラが前足を高く翳す。正面のルシュアが見上げれば、まるで太陽を掴まんとするその爪が、真っ直ぐにルシュアへと振り下ろされる。
「くっっ‥‥!」
 自らの体を盾とし、攻撃を受け止めるルシュア。退くわけにはいかない。自分が下がれば、その後方直線状にはエマ達がいる。ふと脳裏を過ぎる面影。‥‥贖罪? 違う。自分が赦されるはずがない。しかし、今はただ、此処で死力を尽くすのみ。
 ルシュアの後方からキメラへと銃弾が翔ぶ。放ったのは銀子。此方へは来るなと弾丸を以て牽制する。
「!!」
 すぐ傍で銃声を聞いたエマが声に鳴らない悲鳴を上げる。エマの視線の先には、凶暴な姿を顕した化け物。
「大丈夫。怖くないよ」
 ぽろぽろと涙を流すエマに、ドリルが声を掛ける。
「そうそう。お姉さんが絶対守ってあげるわ。なんたって正義の味方だもの♪」
 にっこりを笑う銀子。その笑顔をじっと見つめた後、エマはぎゅっと銀子の袖を握り締めた。

「頼まれたわけではありませんが‥‥エマさんのご両親の弔い合戦ですね」
 後方。静かに言うと、雨音のライフルから銃弾が放たれる。キメラの増援がないか、周囲に細心の注意を払いつつも、キメラの後脚を確実に撃ち抜く。
 バランスを崩したキメラが雨音を睨み付ける。
「余所見ですか。随分な余裕で」
 声が聞こえたのは、キメラが顔を向けた側の逆から。
「一つ、お付き合い願います」
 レイヴァーがキメラの脇腹を爪で抉る。それを合図に、銀龍、ルシュアと連続して斬撃が打ち込まれる。
「子どもの前だもの。残虐シーンは早めに終わらせなくちゃね」
 銀子にしがみつくエマを遠目からちらりと見遣り、祥月が撃ち抜いたのは雨音が撃ち抜いたのとは反対側の後足。
 両後足の自由を奪われもはや後退すら出来ないキメラがレイヴァーへ爪を振り下ろすが、レイヴァーはそれをひらりとかわす。かわされた怒りか。狂乱したように両前脚を振り上げたところに‥‥
「ご両親の一年越しの無念と痛み‥‥思い知りなさい」
 雨音の銃弾が無防備となったキメラの胸部を打ち抜く。狙い済まされた銃口から流れるは、必中守護の弾。
 空を仰ぐように前足を挙げたまま、キメラは斃れた。

●愁
 戦いが終わり、銀子はゆっくりとエマを地へと下ろす。
 エマは高台の端まで追いやられたキメラの屍をちらりと見て、慌てて目を離す。大人とて見て気持ちのよいものではない。子どもならば尚更だろう。あれがエマの両親を奪ったのだと、エマは何処かで理解したのかしないのか‥‥それは、8人の知るところではない。
「エマさん?」
 アンジュがエマの前に屈み込む。
「今、エマさんがご両親の元に行かれるならば、きっとお二人はエマさんの事をお叱りになります」
 エマと目の高さを合わせ、じっとエマの目を見つめながら、言葉を紡ぐ。
「あちらに行ってしまわれると、もう二度と、こちらには戻って来ることは出来ないのです」
 紡ぎながら思い出すのは、今は亡き父と兄のこと。自分が生きている限り、もう会うことは出来ない、父と兄のこと。アンジュの瞳が潤む。しかし、涙をこぼしてはいけないと自分に言い聞かせ、言葉を続ける。
「エマさんをご心配なさっていますおじいさま、おばあさま、お友達の皆さま、きっと皆さま、エマさんに会えなくなってしまいましたら、とてもとても悲しいのです」
 アンジュは思い浮かべる。少し前まで、そう、今のエマのようだった自分を救ってくれた仲間たちの笑顔を。帰るべき場所は空の上ではなく、仲間たちのいる場所なのだと教えてくれた大切な仲間たち。溜た涙を零さず、アンジュはエマに優しく微笑む。
「ですから‥‥ね? 帰りましょう?」
「‥‥‥‥」
 エマは無言で、しかし、小さく頷く。

「エマは父母いなくなって寂しい?」
 銀龍がまっすぐな瞳で問う。大きく頷くエマから、またぽろぽろと涙が流れる。エマなりに隠していた思い。寂しいと言ってはいけないという自制が外れる。
「でも、エマが父母の所に行ったら、今度は祖父祖母や友達がエマと同じ気持ちになる。違う?」
 両手でごしごしと涙を拭きながら、こくこくと、何度も、強く頷くエマ。
「ああ。貴様が両親を追うのはまだ早すぎるはずだ」
 ルシュアがぶっきらぼうに言う。脳裏から消えない、自分の妹の姿が、エマに重なる。両親を追っていった妹‥‥本当に馬鹿な奴だと思う。しかし‥‥それ以上に、その思いに気付いてやれなかった自分のほうが、もっと大馬鹿者だ。エマへの言葉は遠まわしな償いから来るものではない。自分が赦されることを許さない人間の思いは、酷く、純粋だ。

「そうね。帰りましょう。ここに二人はいないもの。だって、いたら貴女をほって置いたりしないでしょ♪」
 にっこりとエマに微笑みかける銀子。
「お空を探したいなら、もっと大人になると良いわ。大人になれば自分で空を飛べるんだもの」
 銀子が顔を上げる。見上げた空には、一機の飛行機。エマもそれをじっと見上げる。

「いなくなった人、空の上にいる? 銀龍は初めて聞いた」
 銀子の言葉を静かに聴いていた銀龍が、隣の祥月に問う。過去の記憶が無く、感情というものも良く分からない銀龍。死についての、純粋な関心。
「そうね‥‥。私なら、今は空にいて欲しくないわ‥‥今の空は、戦場でしかないから」
 祥月は交通事故で失った親友を想いながら、空を見上げる。真っ直ぐに飛んでいくあの飛行機は、旅客機だろうか、戦闘機だろうか‥‥
「だからこそ」
 祥月は空を見上げたままのエマの頭を優しく撫でる。
「いつか必ず、優しい空を取り戻す。その時には、エマちゃんも空に行く方法が解るかもね」
 祥月の目を見ながら首を傾げるエマ。

「エマちゃん、こっちこっち」
 高台に大の字で寝転がっていたドリルが、寝転がったままエマを手招きする。駆け寄ったエマは、ドリルの横で真似をして大の字に寝転がる。自然体。眼前に広がるのは、ただ何処までも真っ青な夏の空。
「食って治す、寝て治す。この大地というリングで生き抜きましょ〜」
 鼻を擽る風のように、ドリルがのんびりと言う。

●Sky
「ご苦労様です」
 大団円。レイヴァーが銀子らドラグーンたちに礼を述べる。彼女らのリンドヴルムがなければ、到着が遅れてエマの身を危険に曝すことになっていたかもしれない。そう、リンドヴルムがなければ‥‥って、リンドヴルムを見つめすぎじゃないかレイヴァー。
「‥‥乗ってみたいの?」
 察した銀子が声を掛ける。まあこれだけ熱い視線を注いでいれば誰だって察するだろう。
「良いんですか!?」
 銀子がいいわよと返事をするより早くレイヴァーはリンドヴルムに跨っていた。エンジンを噴かせ、意気揚々と走らせる。
「ついに念願のAU−KVを手に入れたぜぇぇ!」
「貸しただけよ?」
 神速のスピードで銀子がツッコむ。
 銀龍もまた、ルシュアのリンドヴルムを興味津々に眺めている。機体は戦闘で傷だらけだったが、それでも銀龍は満足そうだ。

 和やかな輪を振り返り、その様子に微笑みを浮かべると、雨音は深い森の奥へと視線を戻した。斃した一体以外にもキメラがいないか、入念に調べる。
 『天国に一番近い場所』‥‥それはつまりエマにとって、両親を一番近くに感じられる場所。出来るなら、エマが寂しいとき、嬉しいとき‥‥いつでも来たいときに足を運べるよう、安全な場所であって欲しいと願う。
 夏の陽射しはまだ強く、雨音は額の汗を拭いながら空を見上げる。青い空を真っ直ぐに流れる飛行機雲が、その願いはきっと叶うと約束してくれた気がした。