タイトル:瓦礫に潜むマスター:北上右

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/04 13:45

●オープニング本文


「ここも随分と、派手に壊されたモンだな」
 男の目の前には瓦礫と化した廃ビル。かつては高層建築であったはずのそれは、今では3階建てのビルと同じ高さまでしかない。ビル内の内装はほぼ全てが破壊されている、そう思わせるほどに、このビルは酷い外観を白日の下に晒していた。
「さってと、早いうちに終わらせて戻ろうかね」
 男はやおら鞄からカメラを取り出し、これまたゆっくりとした動作でレンズ越しに廃ビルを覗く。3階の窓へ望遠レンズのピントを合わせると、そこには大きな動く姿が見えた。それは、まるで‥‥
「ひっ!」
 男は取り乱しながらも自分の仕事を手早く済ませると、一目散に走って逃げた。
 しかし、ビルの主が男を追う事はなかった。

「命知らずからの通報でね。廃ビルに出たんだってさ、キメラが」
 数枚のキメラと思しき画像をモニターに表示させながら、担当士官は私達に説明し始める。
「これらの画像を見る通り、蜘蛛型のキメラだ。この窓枠の一辺が約1メートル50センチだから、脚を広げたら4、5メートル位だろう。大物だな」
 さらに、士官は子供向けの大きな『くものずかん』を手に持ち、パラパラと広げる。
「うちのカミさん、このキメラはアシダカグモにそっくりだと言っていてね。ほら、これ」
 広げられたページのアシダカグモは、画像に映っていたキメラの頭部と確かにそっくりだった。
「何でか知らないが、うちのカミさんは蜘蛛の事に詳しくてね。結婚した後で知ったんだけど」
 結婚した後で相手の事を知るという話、良く聞く話ではある。しかし、これらの画像って軍の機密ではないのだろうか? ひょっとして、彼の嫁さんも軍関係者?
「ちなみにこの図鑑は、娘の知育教育にどうしても欲しい、って言うんで買ったんだ」
 娘さんも蜘蛛好きにしたい母親心? それはちょっと不憫な娘さんのような気がする。
「少し話が逸れたから戻すけど、このキメラがベースの生物の性質を受け継いでいるとしたら、脚が速いから注意してほしい」
 理由は、アシダカグモは地上を走り回るタイプの蜘蛛だから、だそうだ。蜘蛛といえば網を張って虫を捕まえるものとばかり思っていたが、そういう蜘蛛ばかりではないらしい。
「現場は、とある街の郊外の廃ビル。30メートル四方の3階建てで、正面入って左側にはエスカレーターがあるそうだ。一応上れそうだとさ」
 ここは以前バグア軍と戦闘になった場所で、このキメラはその時に連中が落としていった物らしい。
「調査報告書があるから、引き受けるならこれを読んでおいてもらいたい。現場で熱源を探ったらキメラとは別の熱源があったそうだ。これはキメラとは違って動かなかったから、おそらく‥‥」
 そう言うと士官はしばらく黙り込む。
「災いの種は摘み取っておいてもらいたい、人類の為に。よろしく頼むよ。カミさんは残念がるかも知れないが」
 複雑な表情を浮かべながらも、士官はそう言って、私達に調査報告書を手渡した。

●参加者一覧

藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
ラン 桐生(ga0382
25歳・♀・SN
ヒカル・スローター(ga0535
15歳・♀・JG
ミア・エルミナール(ga0741
20歳・♀・FT
比留間・トナリノ(ga1355
17歳・♀・SN
高村・綺羅(ga2052
18歳・♀・GP
烏莉(ga3160
21歳・♂・JG
蓮花(ga4568
18歳・♀・FT

●リプレイ本文

●廃ビルの外で
「うーん、ちょっと見えないかなーっ」
 ミア・エルミナール(ga0741)は爪先立ちしながら双眼鏡で廃ビル内の様子を伺いながら呟いていた。外から蜘蛛がどこに居るのかを探ろうとしていたのだが、見えるのはグチャグチャに壊された内装ばかり。
「う、うっうー!」
 真面目に内部の様子を伺っているミアの近くでは、比留間・トナリノ(ga1355)が気分が悪いのか、唸り声にも似た声を上げていた。
「ん、どうしたの?」
 双眼鏡による視認を諦めたミアがトナリノに聞く。
「だって、クモ型キメラですよ? とっても気持ち悪いです! バグアたちは視覚効果まで計算しているのでしょうか‥‥?」
 そう言うトナリノの表情は、本当に気分が悪いのか、暗い。心なしか、かすかに震えているようにも見える。そこへ、ラン 桐生(ga0382)がすかさず茶茶を入れる。
「説明しよう、比留間トナリノの正体は『ぷるぷる星人トナリン』である。ピンチに陥るとプルプル震え、右目がバツ印になるのだっ!」
 ランはそう言ってトナリノの右目を指差すが、当然の事ながらそんな事は無い。確かに辛そうな視線には違いないが、その辛さはクモに対する嫌悪感から来るもので、今はピンチでも何でもないだろう。
「ひっどーい。私、ぷるぷる星人じゃないよーっ」
 右手に小さな握り拳を作り、必死でランに反対意見を言うトナリノの姿は、これから戦地に赴く能力者には似つかわしくなかった。
「まあまあ。普通サイズのクモなら、黒くてカサカサ動くGを食べてくれるナイスガイなんだけどね! でもキメラと来たら、退治するっきゃないでしょ?」
「う、うん。がんばってみます‥‥」
 ミアのフォローに、トナリノは分かっていると言いたげな言葉を返す。
そんな和んだ雰囲気の3人の近くでは、烏莉(ga3160)が緊迫感を纏ったまま、無言でじっと廃ビルを見据えていた。

●その頃、偵察班は
 藤田あやこ(ga0204)達4人はミア達に先行して、廃ビル内を偵察していた。
「2階にも居らんのじゃな」
 ヒカル・スローター(ga0535)は、瓦礫が床を埋めて荒れたフロアを眺めながら、小声で呟く。
「という事は、やはり3階に‥‥あああ、なんか鳥肌立ってきました‥‥」
 まだ見ぬ相手を想像して、蓮花(ga4568)は見るのもイヤだと言いたげな表情を浮かべていた。さらに、黙ってこの場に静かに立っていると、上の階からモソモソというようなキメラの足音が聞こえてくる。退治するべき相手を想像させるのに、足音は充分な効果を与えていた。
「まず様子を見ましょう」
「そうじゃな、私も行こう」
 あやことヒカルはそう言うと、動かないエスカレーターを3階へ上ろうとする。
「‥‥綺羅はフォローに回る」
 2階のフロアの様子を観察していた高村・綺羅(ga2052)はそう言うと、エスカレーターの下で待機する。覚醒したためか、無言で集中して上へ向かった二人の様子を伺う。綺羅は二人がキメラに奇襲された場合に備え、瞬天速で一気に駆け上がって二人を庇う構えを見せていた。
 そんな綺羅が見上げた先では、あやこ達が足音を立てないようにこっそりとエスカレーターを上って、手すり越しに3階の様子を見ていた。
 エスカレーターの近くには1メートル四方の柱があり、その向こう側、フロアの中心部には巨大な毛むくじゃらのクモがガサガサと足音を立てて、ゆっくりと歩き回っていた。その姿は、体色はこげ茶色、一本一本の脚の太さは目の前にある柱の半分ほどだが、長い。その姿は図鑑に載っていたアシダカグモにそっくりの姿だった。クモは中心にある瓦礫の山の周囲をグルグルと歩いているようだ。その動きから察するに、静止熱源は瓦礫の山の中にあるらしかった。
(「電波増幅で分からないかしら‥‥」)
 覚醒して耳が尖ったあやこは、相変わらず手すりから様子を伺いながら、じっと瓦礫の山を見据える。しかし、これでは中がどうなっているのかは分からなかった。しかしよく見ると、瓦礫の山は白くて細い糸に覆われているようだった。
 30秒ほどフロア内を眺めていた二人は、これ以上の観察を諦めて、2階の綺羅達と合流し、廃ビルの外で待機しているミア達と相談するべく合流する事になった。

●合流
「こんなの出ましたー」
 偵察班が外の班と合流した第一声は、あやこの言葉だった。
「お帰り、何が出たって?」
 待ちかねていたランは、あやこに何を見てきたのかと報告を促す。
「クモは3階にいたの。でね、ここがエスカレーターでー、ここから部屋の中を見たのだけど、近くに柱があってー、その向こう側にこんなクモが歩いていてー、その近くには瓦礫の山がありましたー。以上っ!」
 ポケットサイズの画用紙を荷物から取り出したあやこは、部屋の様子を唄のように節をつけて描き記していった。簡易の作戦図として充分に機能するあやこ作の地図を元に、作戦会議が始まった。
「あれー? 動かない熱源ってどこ?」
「この瓦礫の山が熱源じゃろう。白い糸に覆われていた事が気掛かりじゃが」
 ミアの質問にヒカルが答える。
「瓦礫に近づけば中身が分かるかな? 違う方向から見れば隙間が開いているかも知れないし」
 この蓮花の言葉で、作戦の方向性は固まった。
作戦はこうだ。まず、廃ビルの外で待機していた4人でクモを引き付けておき、その隙に最初に偵察へ向かった4人で瓦礫の中身を探る。瓦礫の中身に問題があれば処分し、救助対象であれば助け出す事になった。
「クモを引き付ける方法じゃが、1階でスプロフを燃やして誘き寄せられぬかのう?」
 作戦には、このヒカルの案も採用された。

●作戦開始
 覚醒した姿で廃ビル内へ入る8人の能力者達は、床に散らばるガラス片やモルタル片を踏みしめて、フロアの中央へ歩みを進めた。
 フロアを入って左手にはエスカレーターがあるが、奥の壁沿いには、かつてはエレベーターとして機能していたであろう縦長の小部屋があった。破壊されてゴンドラが無い今では、1階から2階と3階を繋ぐ吹き抜けになっていた。
 ヒカルはその吹き抜け目掛けて、手製のスプロフ火炎瓶を投げ入れて熱源を発生させた。火の勢いは焚き火より若干弱い程度の物だったが、熱は3階まで達しているはずだ。しかし手製のため、燃える時間は短い。火が消えるまで約2分間待ったが、クモが降りてくる気配は無かった。
 1階エスカレーター脇に潜んでいた能力者達は、やむを得ず3階へ上る。烏莉達4人はクモがエレベーターの熱気に引き付けられている可能性を考えて、そちら側へ出られるようにエスカレーターを上る。一方、綺羅達4人は逆側へ出るようにエスカレーターを上る。
 3階では、クモはエレベーターの付近をウロウロと歩いていた。ヒカルが放った火炎瓶の熱気が気になっているようだ。そんなクモを相手に、戦いのゴングが鳴った。

 能力者達はエスカレーター付近に陣取り、先手を取ったのはトナリノとランだった。
 トナリノは照準器の模様が浮かび上がった右目でアサルトライフルの狙いを定め、強弾撃を放つ。銃砲から轟く怒号と共に勢いよく飛び出した銃弾は、巨大なクモの腹部に命中した。突然の攻撃に8本の脚をバタバタとさせるクモに対して、ランは間髪を入れずに銃撃を放つ。強弾撃の勢いを纏った銃弾は、再びクモの腹部へと突き刺さった。
 半ば狂乱状態の巨大なクモはバタバタと4人の能力者達へ駆け寄り、襲い掛かる。脚部での攻撃はトナリノへ向かったが、狙いが外れて不発に終わった。

 反対側のエスカレーターからその様子を見ていた綺羅達は、クモがトナリノ達の方へ向かった事で、瓦礫を間近で調べる事が出来るようになった。瓦礫の山へ駆け寄り、調査を始める。瓦礫の山は2メートル程の高さで、白くて細い糸のメッシュで覆われていた。モルタルや石膏の欠片で出来た瓦礫の山は、その下にあるものを隠しているように積み重なって成り立っていたが、一部露出している箇所があった。
「これは‥‥脚、じゃな」
 ヒカルが見つけたのはクモの脚だった。その太さはこのビルの柱の半分ほどもある。つまりそれは、今戦っているあの巨大なクモと同じサイズのものが、瓦礫の下に眠っている事を意味していた。
「動きだす前に燃やしてしまいましょう!」
 蓮花はすかさずスプロフを瓦礫の山に振りかける。そして、火を放とうとした瞬間。瓦礫の山がガラガラと崩れ、舞い上がった砂埃の中から巨体が姿を現した。見た目こそ埃のせいで真っ白だが、その姿は正しく同じ形、同じく巨大なクモだった。
「いやーっ、こんなの出ましたー!」
 あやこは悲鳴を上げてクモから遠ざかり、他の3人も間合いを取って巨大グモと相対する。
 まず、あやこが瓦礫の主に練成弱体を施す。外見上は変わっていないが、若干柔らかくなったはずだ。
 続けざまに、綺羅と蓮花はアーミーナイフとヴィアをそれぞれ抜刀して、暴れるクモへ襲い掛かった。綺羅はクモへ斬りつけて、頭部に十字の傷を付ける。蓮花は素早く側面へ回り込み、流し斬りでクモの腹部を斬りつけた。

 その頃エスカレーターの近くでは、烏莉とミアがクモを攻撃していた。
「もう一匹いたのか! こっちはさっさと片付けるよー!」
 烏莉がクモへ銃撃した後でミアが叫ぶ。ミアはバトルアクスによる流し斬りで、クモに大きな切り傷をつけた。再び脚をバタつかせるクモ。ミアの言葉に応えるかのように、烏莉はハンドガンでクモの頭部を撃ち抜いた。
「‥‥これで、終いだ」
 烏莉は自分だけに聞こえるように小さく呟く。目の前のクモは一瞬だけ脚をバタバタさせたが、すぐに崩れ落ちて、永遠の眠りについた。

 烏莉は瓦礫から現れたクモの方を見る。ヒカルがスナイパーライフルでクモを撃ち抜いているところだった。強弾撃の篭もった弾丸がクモの腹部に突き刺さる。
 対するクモは脚を振り回して、綺羅とあやこを攻撃する。二人とも間一髪のところで鈍器と化したクモの脚をかわした。かわされた脚はビルの床を穿ち、モルタルの破片が周囲に飛び散った。
 助太刀とばかりに、ランはエスカレーターから拳銃で狙撃する。銃弾はクモの頭部を捉え、その命を奪い取った。

 こうして能力者と巨大クモ型キメラの戦いは、能力者達の勝利で幕を閉じたのだった。