タイトル:倉庫の中で捕まえてマスター:北上右

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/08 01:36

●オープニング本文


 南欧の中堅都市、T市。
 この地中海沿岸の街は海運と鉄道による物流と交通の要衝であり、古代遺跡が散見される観光の街としての側面も持ち合わせている。
 しかし今では、バグア軍との交戦が度々起こる係争地となってしまった悲しき街。
 地中海の向こう岸、遥か彼方の暗黒大陸から、異邦人達が押し寄せてくるためだ。
 彼らは手ぶらで来るわけではない。厄介なモノを持ち込んではT市へ攻め入り、攻めた回数だけ撃退されて、海の向こうへと帰っていった。

 日暮れ時、港の近くにある倉庫群を二人は走っていた。これが若い男女なら絵になりそうなのだが。
「はあっ、はあっ!」
「ああああありゃあ一体何なんだ!」
 そんなによく出来た話ではなく、中年男性二人である。彼らは何かに追われていた。
「あんなデカいの初めて見た! どうすりゃいいんだ! 中には大事な‥‥」
「はあはあっ、落ち着けよ、深呼吸するんだ! 吸ってー」
「すぅーっ」
「はいてー」
「オェーッ」
「ちがーう! 息をはくんだよ! うわっ、こっちに来る!」
「どうすりゃいいんだ! 俺達じゃどうにも出来ない!」
「急がないと」
「すぅーっ」
「深呼吸はもう良い! 早く逃げるんだよ!」
「けど一度始めたら最後までやり遂げなさいってママンに‥‥って待ってくれー!」
 彼らが逃げた後、追っていたモノは近くの倉庫に潜りこみ、辺りは元の静寂に包まれた。

「そんな状況だったら楽しいと思わない?」
 倉庫会社の社員によるキメラ目撃談を語った後で、女性オペレーターはそう切り出した。
「今のは作り話だけど、倉庫の中にキメラが侵入したのは本当の話よ」
 何故、私がこんな小話を聞かされたのかと言うと、いつも通りに依頼内容が表示されるモニターを眺めていたら、これまたいつも通りにこのオペレーターに捕まってしまい、椅子に座らされて当然のように昆布茶を勧められたためだ。
「あ。今、ひどい事を考えていなかった? 捕まったとか」
 キノセイデスヨ。それだけを言うと、私は湯飲みをすすって昆布茶の味を確かめる。
「ふーん? ま、いいけどね。T市の港の近くに倉庫群があるんだけど、そこにキメラが現れたの」
 その話は今聞きました。それはどんなキメラでしょうか?
「一言で言うなら、大蛇ね。近くで爆撃を受けた形跡が無いから、海から侵入したのかも」
 泳げる蛇って、まるで海蛇ですね。
「詳しい形は分からないから何とも言えないけど、そうかも知れないわね」
 ところで、キメラがいる倉庫には何があるんでしょうか?
「精密機器があるらしいわ。T市は物資輸送の中間地点だから、ここから陸送されたりするのよ」
 そんな所でキメラ退治をしなければならないとは、厳しいですね。
「頑張って被害を出さないように退治してね。報酬は弾むわよ?」
 けど、荷物を壊したりしたら、報酬から差っ引かれるんですよね?
「そういう事。でも安心して。木箱や金属ケースに入っているから、ある程度は大丈夫。なはず」
 本当かなぁ‥‥ところで、蛇は何匹いるんでしょうか?
「一応、4匹という証言も得られているけど」
 得られているのに、また何か問題があるんですね?
「言ったのは社員のおじさんだったの。しかも眼鏡が無いって慌てるし。額に掛かってますよ、って指摘しても信じないの。本当に大変だったんだから」
 それは事情聴取した人が信用されていなかったからかも知れませんね。
「わ、私が聞き取りした訳じゃないから良いけど。はい、これ!」
 そう言ってオペレーターは、乱暴に紙の束を手渡した。何で怒っているんだろう?
「‥‥」
 うわ、睨んでる。私は黙って書類に視線を落として読み始めるのだった。かなり気まずい雰囲気の中で。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
稲葉 徹二(ga0163
17歳・♂・FT
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
崎森 玲於奈(ga2010
20歳・♀・FT
愛輝(ga3159
23歳・♂・PN
クーヴィル・ラウド(ga6293
22歳・♂・SN
榊原 紫峰(ga7665
27歳・♂・EL

●リプレイ本文

「そんな状況だったら、ね‥‥」
 ぽつりと呟いたのは、崎森 玲於奈(ga2010)だ。そんな状況、というのは、オペレーターが話したドタバタ劇の事だろう。実際、楽しいかどうかは別として、心が騒ぐ、という点については間違い無いだろう。
(尤も、騒いだ所で私は満たされて満足するか、夢から覚めて失意を覚えるかまでは判らないが)
 しかし、玲於奈はどこか冷めてもいた。
「二棟というのが厄介ですね‥‥他に被害が出ないよう、気をつけないと」
 倉庫を見上げ、石動 小夜子(ga0121)が呟く。
「ほむ、力を合わせれば出来ないことなんてありません」
 赤霧・連(ga0668)は、そう応じて、にへらとした、普段の笑みを見せる。
 単なるお気楽なのか、或いは余裕たっぷりなのか、外からは中々判断し辛いところだ。
「この勝負、私達の勝ちですよ?」
「油断は禁物なのであります」
 たしなめる訳でも無く、稲葉 徹二(ga0163)は、戦闘準備を整えながら答えた。
「蛇か――海に逃げられないようにしなければな」
 ロングボウに弦を張るクーヴィル・ラウド(ga6293)。普段と変わらず冷静で、武器の手入れを欠かす事は無い。その一方で、榊原 紫峰(ga7665)は少し緊張気味だ。というのも、今回の依頼は、彼にとっては初めての依頼、初めての仕事なのだ。緊張するのも無理は無い。


●倉庫の中で
 ややひんやりと寒い倉庫の中。
「最悪、捕まったら、フォローをお願いします」
 身体にロープを巻きつけ、愛輝(ga3159)は倉庫の中へと足を踏み入れていく。
 小夜子の発案で、冷房はフル稼働、目一杯気温を下げている。キメラが実際の爬虫類に近ければ、これで少なからず弱体化する筈だった。
 目撃者から改めて話を聞くが、目新しい情報は得られなかった。
 しかし、逆を言えば、既に得られている情報に、間違い――少なくとも目撃者からの伝達ミス――は無いという事になる。愛輝は懐からハムを取り出し、辺りを見回す。蛇というものは、温度差で得物を見分けていると言う。精密機器は、部品のままなら熱を発しないし、なにより、冷房でぐっと涼しくなっている。愛輝の存在には、蛇も気付き易い筈だった。
 白鐘剣一郎(ga0184)の言葉曰く。
「連中も食料がないなら喰いつきは悪くないはず。中で無理しないようにな」
 との事だ。
 至極尤もな言葉で、二匹同時に喰いよられると、少し危険だ。
「‥‥?」
 ――と、愛輝が足を止めた。
 微かな物音が、奥の方から響いている。
(来る!)
 じり、と後退りする。地を擦る音、恐らく蛇が移動している音だろう。それが奥から迫ってくる。
 彼は走り出した。引き寄せるように飛び跳ねると、蛇は、あっさりとその後を追う。だが、その速度が意外と速い。やがて姿を現した蛇が、彼の背に噛み付こうとして、牙が空を切る。
 瞬天速だ。
 地を蹴った彼は、一瞬の間に、倉庫の外へと飛び出した。
 攻撃を加えた勢いのままに地へと突っ込んだ蛇が、そのまま跳ね回りつつ、倉庫の外へと追いすがる。それと、ほぼ同時だった。鈍い金属音が響き渡る。音に反応して、蛇が動きを止めた。
 音の正体は、倉庫のドアだ。
 蛇が飛び出すと同時に、小夜子が閉じてしまった。
 もはや、戻る事は叶わない。それどころか、傭兵達は動きを止める事なく、そのまま一気に畳み掛けた。ぎょっとして動きを止めた蛇目掛け、石動の刀が振り下ろされる。険しい表情のまま、彼女は蛇の胴を裂いた。
 しゃっ、と、空気の漏れるような鳴き声をあげ、蛇が巨体をくねらせる。
「フォースフィールドに鱗か。予想以上に堅いようだが‥‥」
 振り回される尻尾を踏み越え、飛び上がる剣一郎。
「ならばこれでどうだ!」
 月詠を手に、天都神影流・斬鋼閃を仕掛ける。急所を狙ったこの斬撃は、もちろん、胴体を狙う。蛇の頭を潰せば、尚も得物を巻き込み、絞め殺そうとする事があると聞いている。であれば、狙うのは胴体、尻尾だ。
 切りつけた剣一郎に反応し、後ろへ首を向け、飛び掛る蛇。
 ――だが。
(‥‥前に出過ぎぬように‥‥!)
 その場に居たのは剣一郎ではなかった。
 紫峰だ。ロングコートをはためかせ、レイ・バックルをのせたヴィアを一直線に振り下ろす。
 一閃がきらめいた。見かけ以上に強力なヴィアの一撃が、弱りきった蛇の胴体を、一刀両断にした。


●捕まえて?
「――Hier bin Ich」
 玲於奈が鋭い眼を輝かせ、踏み込んだ。
 鞘に収められていた蛍火がきらめく。蛇が反応しきれないような高速で接近し、蛍火の柄へ、手を添えた。鋭い眼光が急所を見極め、豪破斬撃を重ねた一撃で、刃を流す。居合い術を応用した一閃は、まるで鰻でも捌くかのように、バサリと蛇を切り裂いた。
 居合いを放ったその両足はしっかりと大地を踏み締めており、噴出した血の雨を浴びようと、身じろぐ事も無い。
 苦痛にのたうち回る蛇。
 その脳天を、矢が叩き割った。
「その距離はボクの間合いです」
 漆黒の髪の毛――連は今、覚醒状態にある。
 玲於奈が放つ一撃を待ち構え、蛇へトドメを刺した。強弾撃や鋭覚狙撃、持てる能力の全てを発揮した、彼女が放てる最強の一発だ。
 ぐたり、と動きを止める蛇。
 矢は脳天を突き抜け、蛇の頭部を、しっかりと地に固定している。

 小さく溜息を吐き、傭兵達は倉庫を見た。
 これで二匹、次の倉庫でも同じように蛇を始末すれば、依頼は完遂だ。
 先ほどと同じように手筈を整え、愛輝は再び倉庫の中へと消える。
「位置を確認しておくであります」
 稲葉 徹二(ga0163)は、両足を肩幅に開き、辺りを見回す。格闘戦に興じるのだ。環境も大切だが‥‥見る限り、足場などに問題点は無い。エネルギーガンを手に、皆の位置にも気を配り、彼は首を鳴らした。
 そうして時間を有効に活用するのは、彼だけではない。玲於奈だって時間を無駄にしたくはないと考えているし、クーヴィルも、隠密潜行を掛けてじっと息を潜めている。
 出入り口の両脇には前衛が構え、石動は扉に手を掛けていた。
(遅いな?)
 ヴィアを構えながら、紫峰は眉をひそめた。
 先ほど二回に比べて、愛輝が出てくるのが遅い。走り回る音は常に聞こえているのだが、一向に出てくる気配が無い。
 何故――そう思い、倉庫の中を覗き込もうとした時だ。
「くっ」
 転がり出るようにして、愛輝が姿を現す。
 そして愛輝に襲い掛かるように地を這う、蛇。だが、数が多い。一匹ではなく、二匹の蛇が同時に現れた。何故かは解らない。おそらくは、倉庫の中、蛇はじっと、戦いの様子を窺っていたのだろう。一匹ずつ、釣り出されている、と。
 飛び出す蛇。
 勢いそのままに、愛輝へと襲い掛かった。
「このっ!」
 腰から抜かれたアーミーナイフが空を切る。蛇は、ナイフを鱗で弾き、尚大口を開いた。
 だが、そこに隙が生じた。
「天都神影流・双翔閃、十字星!」
 剣一郎が両手それぞれに持つ、月詠と蛍火。同時に攻撃を仕掛けた分、精度は劣っていたかもしれないが、彼の腕があれば、この程度の欠点、覆して尚お釣りがある。
 直後、十文字に切り裂かれた肉目掛け、鋭い矢が突き刺さった。
 矢を放ったのは、クーヴィルだ。その瞳は虹彩で真黒に染まり、肌さえも、黒く染まりつつある。沈黙のまま喋る事もなく、さらに一本の矢を番えた。
 逃げ回り、倉庫へ逃げ込もうとする蛇を前に、回りこみ、立ちはだかる。
 一瞬、蛇が怯んだ。
 その隙に閉じられる扉。慌てて襲い掛かる蛇の尾を軽く避け、彼は、蛇の顔、間近で矢を離す。
 眼を抉る矢に、蛇が一際大きな鳴き声を上げ、地に伏した。

 もう一方の蛇は、開かれた大口から悲鳴のような鳴き声を上げていた。連の放った牽制が、一方は地に、もう一方が胴に突き刺さっている。
 先ほどと同じように背後へと接近する紫峰。瞳を光らせながら、ヴィアを振るう。尻尾を切り裂き、そのまま駆け抜けた。留まれば、他の仲間の邪魔になると考えての判断だ。自分は初仕事、まずは、仲間の邪魔とならない事。彼はそれを第一に考えている。
「よし‥‥!」
 冷静に、彼は体勢を整える。
 尻尾を断つだけでは大したダメージにはならなかったが、それでも、牽制としては十分。
 蛇は、怒り狂い、紫峰相手に口を開き、彼を威嚇する。
 しかしそこにこそ、攻撃のチャンスが訪れる。
「そんなにつれなくされると寂しくありますよ?」
 徹二の蛍火が横っ面を思い切り殴りつけ、蛇の頭部を弾いた。反応する隙も与えぬほどの、第二撃。
「相手は此方だ。間違えんじゃねェ!」
 返す刀が振り上げられ、蛇の頭部を空に飛ばした。
 傭兵達の動きは素早かった。勝負は、一瞬で片が付いた。二匹同時が相手なら片方の牽制に回ろう‥‥徹二はそこまで考えていたが、そのような必要が無いくらい、圧倒的だった。
 巨体で地を叩き、蛇はやがて、動きを止めた。


●Complete
 少し離れて。玲於奈はキメラの遺体を見下ろしていた。
「―――確かに楽しめたさ」
 含み笑いを残しつつ、一人呟く。
「然し、夢から覚めた時の失望を覚えた事に相違は無いがね」
 何か不満そうに、彼女は呟いていた。
 石動やクーヴィルは、倉庫の中を再点検していた。
 依頼を受けた以上、万全の状態で依頼は終らせたい。幸い、倉庫の外で戦った為、精密機器へのダメージは無いに等しい。あったとしても、愛輝を追う蛇がダンボールを弾き飛ばしたぐらいで、驚く程軽微だったと言って差し支えない。
「さすがに時間は掛かったが、片付いたな。皆、お疲れ様だ」

 自身の刀の状態を確認しつつ、剣一郎が笑顔を見せる。
「これで完遂だな。少しでも壊せば、どれだけ報酬が減るか分からん」
 苦笑混じりに、クーヴィルが応じる。
 紫峰などは、初仕事を終えて、やっと肩の力を抜いている。
「うむ。いつまでもあると思うなメシの種と申しますが‥‥少しは減って欲しい物であります」
 覚醒状態を解き、徹二は落ち着き払う。
 刀を振るって血を払うと、溜息混じりに、ゆっくりと、刃を鞘へと収める。収めておいて、一呼吸。そして――。
「ええい潰しても潰しても減らねェこのバグア畜生が!」
 地団太を踏みかねぬ勢いで声を荒げた。
 それぞれ思うところはあるものの、とにかく、彼等は要求にパーフェクトに応じたのである。

(代筆:御神楽)