●リプレイ本文
「そんな状況だったら、ね‥‥」
ぽつりと呟いたのは、崎森 玲於奈(
ga2010)だ。そんな状況、というのは、オペレーターが話したドタバタ劇の事だろう。実際、楽しいかどうかは別として、心が騒ぐ、という点については間違い無いだろう。
(尤も、騒いだ所で私は満たされて満足するか、夢から覚めて失意を覚えるかまでは判らないが)
しかし、玲於奈はどこか冷めてもいた。
「二棟というのが厄介ですね‥‥他に被害が出ないよう、気をつけないと」
倉庫を見上げ、石動 小夜子(
ga0121)が呟く。
「ほむ、力を合わせれば出来ないことなんてありません」
赤霧・連(
ga0668)は、そう応じて、にへらとした、普段の笑みを見せる。
単なるお気楽なのか、或いは余裕たっぷりなのか、外からは中々判断し辛いところだ。
「この勝負、私達の勝ちですよ?」
「油断は禁物なのであります」
たしなめる訳でも無く、稲葉 徹二(
ga0163)は、戦闘準備を整えながら答えた。
「蛇か――海に逃げられないようにしなければな」
ロングボウに弦を張るクーヴィル・ラウド(
ga6293)。普段と変わらず冷静で、武器の手入れを欠かす事は無い。その一方で、榊原 紫峰(
ga7665)は少し緊張気味だ。というのも、今回の依頼は、彼にとっては初めての依頼、初めての仕事なのだ。緊張するのも無理は無い。
●倉庫の中で
ややひんやりと寒い倉庫の中。
「最悪、捕まったら、フォローをお願いします」
身体にロープを巻きつけ、愛輝(
ga3159)は倉庫の中へと足を踏み入れていく。
小夜子の発案で、冷房はフル稼働、目一杯気温を下げている。キメラが実際の爬虫類に近ければ、これで少なからず弱体化する筈だった。
目撃者から改めて話を聞くが、目新しい情報は得られなかった。
しかし、逆を言えば、既に得られている情報に、間違い――少なくとも目撃者からの伝達ミス――は無いという事になる。愛輝は懐からハムを取り出し、辺りを見回す。蛇というものは、温度差で得物を見分けていると言う。精密機器は、部品のままなら熱を発しないし、なにより、冷房でぐっと涼しくなっている。愛輝の存在には、蛇も気付き易い筈だった。
白鐘剣一郎(
ga0184)の言葉曰く。
「連中も食料がないなら喰いつきは悪くないはず。中で無理しないようにな」
との事だ。
至極尤もな言葉で、二匹同時に喰いよられると、少し危険だ。
「‥‥?」
――と、愛輝が足を止めた。
微かな物音が、奥の方から響いている。
(来る!)
じり、と後退りする。地を擦る音、恐らく蛇が移動している音だろう。それが奥から迫ってくる。
彼は走り出した。引き寄せるように飛び跳ねると、蛇は、あっさりとその後を追う。だが、その速度が意外と速い。やがて姿を現した蛇が、彼の背に噛み付こうとして、牙が空を切る。
瞬天速だ。
地を蹴った彼は、一瞬の間に、倉庫の外へと飛び出した。
攻撃を加えた勢いのままに地へと突っ込んだ蛇が、そのまま跳ね回りつつ、倉庫の外へと追いすがる。それと、ほぼ同時だった。鈍い金属音が響き渡る。音に反応して、蛇が動きを止めた。
音の正体は、倉庫のドアだ。
蛇が飛び出すと同時に、小夜子が閉じてしまった。
もはや、戻る事は叶わない。それどころか、傭兵達は動きを止める事なく、そのまま一気に畳み掛けた。ぎょっとして動きを止めた蛇目掛け、石動の刀が振り下ろされる。険しい表情のまま、彼女は蛇の胴を裂いた。
しゃっ、と、空気の漏れるような鳴き声をあげ、蛇が巨体をくねらせる。
「フォースフィールドに鱗か。予想以上に堅いようだが‥‥」
振り回される尻尾を踏み越え、飛び上がる剣一郎。
「ならばこれでどうだ!」
月詠を手に、天都神影流・斬鋼閃を仕掛ける。急所を狙ったこの斬撃は、もちろん、胴体を狙う。蛇の頭を潰せば、尚も得物を巻き込み、絞め殺そうとする事があると聞いている。であれば、狙うのは胴体、尻尾だ。
切りつけた剣一郎に反応し、後ろへ首を向け、飛び掛る蛇。
――だが。
(‥‥前に出過ぎぬように‥‥!)
その場に居たのは剣一郎ではなかった。
紫峰だ。ロングコートをはためかせ、レイ・バックルをのせたヴィアを一直線に振り下ろす。
一閃がきらめいた。見かけ以上に強力なヴィアの一撃が、弱りきった蛇の胴体を、一刀両断にした。
●捕まえて?
「――Hier bin Ich」
玲於奈が鋭い眼を輝かせ、踏み込んだ。
鞘に収められていた蛍火がきらめく。蛇が反応しきれないような高速で接近し、蛍火の柄へ、手を添えた。鋭い眼光が急所を見極め、豪破斬撃を重ねた一撃で、刃を流す。居合い術を応用した一閃は、まるで鰻でも捌くかのように、バサリと蛇を切り裂いた。
居合いを放ったその両足はしっかりと大地を踏み締めており、噴出した血の雨を浴びようと、身じろぐ事も無い。
苦痛にのたうち回る蛇。
その脳天を、矢が叩き割った。
「その距離はボクの間合いです」
漆黒の髪の毛――連は今、覚醒状態にある。
玲於奈が放つ一撃を待ち構え、蛇へトドメを刺した。強弾撃や鋭覚狙撃、持てる能力の全てを発揮した、彼女が放てる最強の一発だ。
ぐたり、と動きを止める蛇。
矢は脳天を突き抜け、蛇の頭部を、しっかりと地に固定している。
小さく溜息を吐き、傭兵達は倉庫を見た。
これで二匹、次の倉庫でも同じように蛇を始末すれば、依頼は完遂だ。
先ほどと同じように手筈を整え、愛輝は再び倉庫の中へと消える。
「位置を確認しておくであります」
稲葉 徹二(
ga0163)は、両足を肩幅に開き、辺りを見回す。格闘戦に興じるのだ。環境も大切だが‥‥見る限り、足場などに問題点は無い。エネルギーガンを手に、皆の位置にも気を配り、彼は首を鳴らした。
そうして時間を有効に活用するのは、彼だけではない。玲於奈だって時間を無駄にしたくはないと考えているし、クーヴィルも、隠密潜行を掛けてじっと息を潜めている。
出入り口の両脇には前衛が構え、石動は扉に手を掛けていた。
(遅いな?)
ヴィアを構えながら、紫峰は眉をひそめた。
先ほど二回に比べて、愛輝が出てくるのが遅い。走り回る音は常に聞こえているのだが、一向に出てくる気配が無い。
何故――そう思い、倉庫の中を覗き込もうとした時だ。
「くっ」
転がり出るようにして、愛輝が姿を現す。
そして愛輝に襲い掛かるように地を這う、蛇。だが、数が多い。一匹ではなく、二匹の蛇が同時に現れた。何故かは解らない。おそらくは、倉庫の中、蛇はじっと、戦いの様子を窺っていたのだろう。一匹ずつ、釣り出されている、と。
飛び出す蛇。
勢いそのままに、愛輝へと襲い掛かった。
「このっ!」
腰から抜かれたアーミーナイフが空を切る。蛇は、ナイフを鱗で弾き、尚大口を開いた。
だが、そこに隙が生じた。
「天都神影流・双翔閃、十字星!」
剣一郎が両手それぞれに持つ、月詠と蛍火。同時に攻撃を仕掛けた分、精度は劣っていたかもしれないが、彼の腕があれば、この程度の欠点、覆して尚お釣りがある。
直後、十文字に切り裂かれた肉目掛け、鋭い矢が突き刺さった。
矢を放ったのは、クーヴィルだ。その瞳は虹彩で真黒に染まり、肌さえも、黒く染まりつつある。沈黙のまま喋る事もなく、さらに一本の矢を番えた。
逃げ回り、倉庫へ逃げ込もうとする蛇を前に、回りこみ、立ちはだかる。
一瞬、蛇が怯んだ。
その隙に閉じられる扉。慌てて襲い掛かる蛇の尾を軽く避け、彼は、蛇の顔、間近で矢を離す。
眼を抉る矢に、蛇が一際大きな鳴き声を上げ、地に伏した。
もう一方の蛇は、開かれた大口から悲鳴のような鳴き声を上げていた。連の放った牽制が、一方は地に、もう一方が胴に突き刺さっている。
先ほどと同じように背後へと接近する紫峰。瞳を光らせながら、ヴィアを振るう。尻尾を切り裂き、そのまま駆け抜けた。留まれば、他の仲間の邪魔になると考えての判断だ。自分は初仕事、まずは、仲間の邪魔とならない事。彼はそれを第一に考えている。
「よし‥‥!」
冷静に、彼は体勢を整える。
尻尾を断つだけでは大したダメージにはならなかったが、それでも、牽制としては十分。
蛇は、怒り狂い、紫峰相手に口を開き、彼を威嚇する。
しかしそこにこそ、攻撃のチャンスが訪れる。
「そんなにつれなくされると寂しくありますよ?」
徹二の蛍火が横っ面を思い切り殴りつけ、蛇の頭部を弾いた。反応する隙も与えぬほどの、第二撃。
「相手は此方だ。間違えんじゃねェ!」
返す刀が振り上げられ、蛇の頭部を空に飛ばした。
傭兵達の動きは素早かった。勝負は、一瞬で片が付いた。二匹同時が相手なら片方の牽制に回ろう‥‥徹二はそこまで考えていたが、そのような必要が無いくらい、圧倒的だった。
巨体で地を叩き、蛇はやがて、動きを止めた。
●Complete
少し離れて。玲於奈はキメラの遺体を見下ろしていた。
「―――確かに楽しめたさ」
含み笑いを残しつつ、一人呟く。
「然し、夢から覚めた時の失望を覚えた事に相違は無いがね」
何か不満そうに、彼女は呟いていた。
石動やクーヴィルは、倉庫の中を再点検していた。
依頼を受けた以上、万全の状態で依頼は終らせたい。幸い、倉庫の外で戦った為、精密機器へのダメージは無いに等しい。あったとしても、愛輝を追う蛇がダンボールを弾き飛ばしたぐらいで、驚く程軽微だったと言って差し支えない。
「さすがに時間は掛かったが、片付いたな。皆、お疲れ様だ」
自身の刀の状態を確認しつつ、剣一郎が笑顔を見せる。
「これで完遂だな。少しでも壊せば、どれだけ報酬が減るか分からん」
苦笑混じりに、クーヴィルが応じる。
紫峰などは、初仕事を終えて、やっと肩の力を抜いている。
「うむ。いつまでもあると思うなメシの種と申しますが‥‥少しは減って欲しい物であります」
覚醒状態を解き、徹二は落ち着き払う。
刀を振るって血を払うと、溜息混じりに、ゆっくりと、刃を鞘へと収める。収めておいて、一呼吸。そして――。
「ええい潰しても潰しても減らねェこのバグア畜生が!」
地団太を踏みかねぬ勢いで声を荒げた。
それぞれ思うところはあるものの、とにかく、彼等は要求にパーフェクトに応じたのである。
(代筆:御神楽)