●リプレイ本文
●お勉強の時間
ワシは柏木、一応学生で、世間様からは不良と言われとる身じゃ。カンパネラ学園では四天王とか言って調子に乗っ取ったんじゃが、色々あってのう。今では多少は、学生生活を楽しんどる。そのワシの隣で正座しとるんはリュウセイ(
ga8181)とか言う奴じゃ。
「お勉強に来た」
とか殊勝な事を言うとったが、どこぞの族で特攻隊長でもしとるんじゃろう。放つオーラがワシと似とる。ちなみに、正座しとるんはワシも、弟分もじゃ。目の前の『講師』リュイン・カミーユ(
ga3871)は夜叉とか天女とかそういった雰囲気じゃけぇの。この世界、上下は厳しいんじゃ。
「‥‥モノは『目には目を』方式だと思うのだ。義理には義理を、人情には人情‥‥ではなく、友チョコには友菓子、危険物には危険物を」
危険物‥‥。ワシらの脳裏にほわっとした笑顔が浮かんだ。
「お返しってあれか。たっぷり礼をさせてもらうぜみたいな?」
「そう、その通り。3倍が最低ラインだ。5倍でも10倍でもいい。それが汝らの度量を示す事になる」
3倍殴り返せば良いのか、とかリュウセイが頷いとるが、ちょっと待て。
「いいか、3倍返しってのはな、味も、サイズも、何もかも3倍以上にして返すのが基本だ」
伝説の樹にもたれて腕組みをしていた神撫(
gb0167)がさらっとそんな事を言う。
「‥‥あ、あれの3倍じゃと」
「14日どころかもう4月だ。遅れに遅れているから3倍以上。6倍〜9倍くらいが妥当だろうな」
「人が死にますぜ、柏木サン」
田中に言われるまでもない。喧嘩は構わんが、相手に一生モンの傷を残すような真似はせんのが正しい不良じゃ。まして、今回は女の子が相手。‥‥2人には悪いが、ここはもう少し身になる指導者を探す必要がありそうじゃのう。
「ちょっと待て」
「はっ」
立ち上がりかけたワシらに、ドスの効いた姐御の声に背筋が伸びる。べべべ、別にびびっとるわけやないけんのう。
「我はチョコを送ったが何も貰っとらん。相手はこの男。カンパネラの教師だ」
びしっとつきつけられた写真は、結構イイ男じゃった。が、授業出てないから判らん。
「会ったらガンくれといてくれ」
「押‥‥、押忍!」
汗を拭う、ワシ。世の中には、色々あるんじゃのう。
「む、そう言えば私も何も貰っとらんですよ‥‥。ぐぅ、あんにゃろめ、今度会ったらただじゃ済まさんのです‥‥!」
「げ、韮!?」
ふと横を見ると、如月・菫(
gb1886)がぶつぶつと危険な目つきでつぶやいとった。こいつにも、色々あるんじゃのう。
「無理をする必要はない、と思います」
次の講師の鐘依 透(
ga6282)は、そんな事を言った。相手はそんな事を望んでいるわけではないだろう、と。むう、3倍とか6倍とか言う言葉に比べて、何と心地よい響きじゃろうか。
「相手の人が考えてくれたのと同じくらい、真剣に相手のことを考えてあげればそれが一番嬉しい、と思います。むしろ、相手の方に自分の自然な姿を見せるチャンスですよ」
何じゃ、これ。これが後光か。いつになく綺麗な物を目にした気がして、思わず拝んでみるワシ。
「受け取ったものに対しての義理を果たす。それがホワイトデーの本質だと、私は思います」
と、静かに歩み寄ってきた真田 音夢(
ga8265)が言う。
「ほん‥‥しつ?」
「特に難しいことを考えることは無いでしょう。貴方達が受け取った気持ちを、貴方達の気持ちで素直に返すだけのことです」
‥‥だいぶ年下の子に易しい言葉遣いをとか気にされている現状は、気にせんことにする。
「うちもそう思いますね」
そこへ、にこにこと話しかけてきたのは、銀って言うか白の長髪の不知火真琴(
ga7201)じゃった。こないだ、見かけた気もするのう。というか、間合いに入られたのに全然気づかんかった辺り、凄腕なんじゃろか。無礼の無いよう、大姐御と思っておこう。
「クッキーや飴、ケーキを贈るのも良いかも知れませんが、女性は体型も気にしますので‥‥。食べ物だけじゃなく、花や香水、アクセサリー類もいいかもしれません」
指を折りながら、淡々と音夢がお奨めアイテム類を数えていく。うむ、そういう物なのか。
「ただ豪華な花束を貰うより、花一輪でも自分で悩んで選んでくれたのなら、そっちの方が嬉しいですし‥‥」
自分達が一生懸命考えるのも、物がどうこうよりも気持ちが嬉しかったからだろう、と畳み掛ける真琴大姐。
「た、確かに気持ちはありがたかったんじゃが、物にもこう、なんというか‥‥」
「例え、貰ったものが、ヘリングチョコと言う劇薬だったとしても大事なのは気持ちですとも」
うん、気持ち気持ち‥‥等と言いながら目線を逸らす大姐。っていうか、そんなに有名な物体だったんか、アレ。ひょっとして、完食して生き残れたワシらは勇者だったのかもしれんのう。
「‥‥とりあえず、水が飲みたくなったッス」
「ワシもじゃ」
記憶が生み出す恐怖に、口の中はすっかり乾いておった。肩を叩きあってお互いに生あった事を称えつつ、水のみ場に向かう。
●いつもの混沌っぽい連中
「もし、そこの方」
そんなワシらに、次に声をかけてきたのは、何か微妙な2人組じゃった。っていうか普段女装せん奴がしたならともかく、今更白虎(
ga9191)がカツラつけたくらいで誰が誤魔化されるか。モブだった頃のワシとは違うんじゃ。後、隣の大泰司 慈海(
ga0173)。そんな白スーツはチキン屋チェーンか式場にしかおらん。
「私、ここは初めてなのです。バグアに故国を滅ぼされ‥‥」
「さよう。姫はこの爺と2人、何とか逃げてきたのぢゃ」
ええと、その、なんだ。どうやらすっとん国とやらの姫と爺って事になっとるらしい。
「おいたわしい事じゃのう。そんじゃあ、まぁそういう事で‥‥」
「青少年よ、何をお悩みかね。‥‥ほほぅ、ホワイトデーの対処法とな。よろしい、極意を伝授して進ぜよう」
いや、言ってない。ワシ何も言ってないぞ。
「そもそもチョコレートは、アステカの『白い神ケツァルコアトル』によって地上にもたらされたもの。当初は牛の血を固めて作られたものであり『血汚固霊屠』と表記されておったのぢゃ」
「白い褌一丁が正装だよ。玄人はラフな格好で構わないけど、初心者は必ず正装する事! ホワイトデーの由来はここなんだよっ☆」
いや、もう誤魔化す気もないじゃろ、総帥。楽しそうでええけどのう。
「ところで、危険物をもらったらしいですね。それにもちゃんと意味があるのですよ」
ふひひ、とか笑いながら韮が。さっきより随分機嫌が良さそうじゃのう。というか、隣に東雲・智弥(
gb2833)がいて、手元になんか開けたばっかりの袋とか。相変わらず分りやすい奴じゃのう‥‥。
「チョコには危険物、危険物には高級な時計をお返ししてやらないといけないのです」
「マ、マジッスか!?」
信じるな、田中。とりあえず殴っておく。
「うししし‥‥みんな青春してるね〜♪」
‥‥なんか、知らん間にまた変なのが現れとった。鳥の着ぐるみっちゅうのかのう。火絵 楓(
gb0095)という名前らしいのは後で知った。何というか、反応に困‥‥。
「何見てるんだ?」
あ、気づかれた。
「この格好でも忍べる事を証明しようと思ったのに、何か。お前はいじめっ子か!」
ばさばさっと羽ばたいたりした後、だだーっと走り去る。あ、振り返った。
「覚えてろ!」
そのインパクトは忘れにくいわい。にしても‥‥。何か妙な奴の比率が極めて多いのは気のせいか。
「この僕は神聖モテナイ王国の王、佐渡川じゃ」
気のせいじゃないようじゃ。佐渡川 歩(
gb4026)は初顔じゃが、あの2人と一緒にいる以上、面白い奴分類なんじゃろうなぁ。
「あなた達にオトシガミと言われた、僕のみぞ知るセカイの断片を見せてあげましょう!」
よくわからん機械とかテレビ持参で自信満々な国王っていうか歩だが、しばし周囲を見回してからおずおずと付けたす。
「‥‥電源はどこですか」
体育館の方を指すと、急いで走っていきおった。うむ、青春じゃのう。
「かー、見ちゃいられないやね。全くもって見ちゃいられない」
とか言いつつ袖から出てきたのは、さっきの鳥とは別の意味で残念なお姉さんカーラ・ルデリア(
ga7022)じゃった。何が残念って、その腕に高く詰まれた週間少年誌の束とか。
「あなた達、いつの時代の飛翔や王者を読んでたの?」
ざわっ。禁断の質問に俺達の背後で何かが逆立った。まぁ、20年位前だと思うんじゃ。多分。
「今は『萌え』の流れに従って、かなり軟派な事になってるやね」
うお、なんぞあの絵柄は。ワシの知っとった頃の王者といえば750に乗った兄ちゃんが走っとったり(中略)、時代は変わるものじゃのう‥‥。とか思っとったらカーラとかいう奴は漫画雑誌の下からカタログとか出して見せ始めおった。
「まぁ、さすがにこれは学生さんには高すぎやね〜。一般社会人ならこれ位を返すのが常識だけど」
訪問販売の姉さんか‥‥。そりゃそうじゃのう。何の用事も無く美人の姉さんがワシらの所には来んわなぁ。
「‥‥まぁ、これは無理かな。でも、女性に誠意を見せるなら、最低限、この程度はね」
黙っとる間に、どんどんお勧め品の値段がさがっとった。うーん、ハンカチ位なら買えん事も無‥‥いやまて、これは軍師の罠じゃ。
「後は現生を送るって手もあるやね。まぁ、最低でも3倍返し。誠意を見せたいなら、10倍が最低ライン?」
訪問販売かと思ったら、商売にならん事を言い始めよったぞ。いや待て、これはあれだ。銀行へ振込みに行ってくださいとかいうあれじゃな。
「ハンカチ位なら、買っても良さそうっスよね、柏木サン」
「だ、騙されるな、田中!」
危ない所じゃった。‥‥っと、電源ケーブル引きずってさっきの国王が戻ってきおったぞ。
「いいですか。恋愛に関しても実戦と同じく、シミュレーションが必要です。この僕が厳選した恋愛シミュレーションゲームをやり込めば、女性心理がわかる!」
「わ、わかるのか‥‥?」
しかし、目の前の男がそれをマスターした導師には見えん。むしろ同志にしか見えんのじゃが。とはいえ、相手を見た目で判断するのは愚か。ここは1つ乗せられてみるかのう。
●哀れな犠牲者、とか
‥‥気がついたとき、ワシらの目の前には煙を上げるゲーム機があった。
「ぐああ、僕の瀬賀土星が!?」
「すまん。つい手が出た」
しかし、あの『主人公の親友』はいつか殺しちゃる。
「話は聞かせていただきました。しかし、考察が今ひとつ足りませんね」
‥‥また妙なのが出てきた。
「漫画とかゲームとか、所詮は野郎視点じゃありませんか。‥‥好きですが」
森里・氷雨(
ga8490)とかいう新手の男は、訪問販売の女と国王をばっさり切り捨てた。意外と深い事を言うんじゃろうか。
「まずはこれを読んでく‥‥」
携帯端末をこちらに向けかけた氷雨の目が、死んだゲーム機を前に燃え尽きた歩を見た。
「れなくともいいんで次、行きましょう」
壊されたら適わないんでとか聞こえた気もするが気のせいじゃろう。
「先ほど見ていた少年漫画を参考にすべきでしょう。一見、資本主義成果主義に囚われたインフレ雑誌でありながら、女性読者を共感させてやまない要素がそこにある」
「そ、そうなのか」
女子がワシらのバイブルを読んどるっちゅうのは意外じゃったが、氷雨は力強く頷きおった。背後から、ごそごそと何やら取り出し、積み上げる。
「ヲトメ視点と漢視点の融合を紐解く鍵が、この少年誌系同人誌!」
線の細い男が寄り添う表紙の本。何やら黒いオーラが見える気もする。
「あんた、男なのにこれ買うのも大変やったやねぇ」
カーラの微妙な感嘆に、氷雨は不敵な笑みを返した。
「読め、っちゅうんじゃな」
一読する。正直、内容は理解できん、が判った事もあった。
「‥‥ワシじゃあ、需要が無いんでないかのう?」
「そ、そんな事は。ホモが嫌いな女子なんていません。世の中では牡牛座一等星総受けとかもありますし」
などと言い出した氷雨だが、そんな微妙な枠は御免蒙りたい。いろんな意味で。
「‥‥失礼、します。宅急便です‥‥」
とか言ってさりげなくやってきた奴は、あれか。白虎の一党の神無月 紫翠(
ga0243)じゃな。っていうか何でワシの知り合いってこう微妙なのが多いんじゃろう。
「類は、友を呼びますから‥‥。というわけではありませんが、ルイのお届け、です」
どかっと積んだ箱。なんか中の方から声がするんじゃが。むしろ、ごとっと開いたりするんじゃが‥‥。
「疾風の!?」
そこから出てきたのは、猿轡に褌と手錠のみとかいう格好の疾風のルイじゃった。手錠はともかく褌ってキャラじゃないし多分着せられたんじゃろうが。ところどころ、痣になっとる所もある。
「だ、誰がルイ程の奴をここまで!?」
とりあえず、猿轡を取ってみた。
「‥‥お兄様、もっとルイを嬲って下さ‥‥」
猿轡、再びオン。何があったのか、と周囲を見回すと同封されていたディスクがあった。
「すまんのう、ちょいと借りるぞ」
「え、ちょ!?」
有無を言わさずに徴発したゲーム機で再生してみる。
『ア、アナタは誰よ? このアタシを疾風のルイだと知っての狼藉かしら?』
画面に映っとったのはいつもの白ランのルイだが、いつに無く焦っているようじゃ。映像の背後で部下どもが全員転がされてる辺りからすれば無理もない。っつか、当人も後ろで縛りで吊るされとるし。
『久しぶりだな? 協力要請したのに、役立たずだったな?』
画面脇のなんか軍服っぽい服装の紫翠の含み笑いと共に、鞭が。
『覚悟は、できているだろうな?』
『はぅん』
気持ち悪い声と共に、ルイの服が裂けて生白い肌が見えた、所で画面は消えた。
「ぼ、僕の遊戯駅3が!」
「すまん、つい手が出た」
だが、ワシは悪くないと思うんじゃ。多分。
「おや、見覚えのある顔ぢゃのう」
爺の声で、姫がルイの成れの果てに気づく。あ、笑った。ってスカート下から出したそれは何か。巨大、注射器‥‥?
「注射器だけに、プスッと止めを刺すのだっ♪」
‥‥色んな意味で、終わったな。ルイ、今は安らかに眠れ。しかし、いつまでもこいつらにつきあっとるわけにもいかん。誰か適当な生贄を‥‥。と、横を見たらゲーム機のコントローラーを手にしたリュウセイが見えた。
「おお、何か本格的だな! で、どうしたらいいんだ?」
そんな模範的生徒に、周囲の教師どもの目が輝くのが見えた気がする。すまん、リュウセイ。後は任せた。
仲間の尊い犠牲とかそんな感じの余韻を後にして、先を急ぐワシら。
「待ちな!」
またややこしい奴じゃろうかのう。‥‥って、お主は!
「く‥‥、生きとったんなら、連絡の1つも寄越さんか!」
「誰ッスか?」
「聴講生の烈火の名を持つ‥‥、ワシが有象無象に囲まれた時に、助太刀を買って出た漢じゃ」
居住まいを正した田中とかワシの前で、東野 灯吾(
ga4411)が拳を固める。
「お前が本当に正しい青春を謳歌して行く資格があるか‥‥、今年も母ちゃんだけに義理クッキーを贈った俺が確かめてやるぜ!」
く、奴ほどの漢が前に立つとあれば、言葉では済むまい。舎弟を左手で制し、右手を握り締めて一歩前へ。安心しろ、一撃で楽にしちゃるけんのう。
「なーんて‥‥なぁ!?」
渾身の一撃が、奴の顎を打ち抜いた。‥‥あれ?
「フ、いいパンチだったぜ」
仰向けになったまま、親指を立てる灯吾。相変わらず、弱っちいけど清々しい奴じゃのう。
「‥‥すまん。しかし、野郎が『なーんてな』で誤魔化すのは無理があると思うんじゃ」
25歳位の女ならいいのかと言われると返答に困るんじゃが。
「依頼出てたからよ、アドバイスに来たぜ」
「何じゃと」
言いかけたワシを制して、自分は非モテだが姉が居るから大丈夫だと、聞いてもない事を説明する奴の姿に、全ワシらが泣いたりしたんじゃが、それはそれ。
「お勧めのお菓子の名前はマカロン。買うのは、5つか7つでいいんスね」
「‥‥ああ。万全を期したいなら女物のハンカチを一枚、白の木綿でレースか刺繍のワンポイント入った奴をそえろ」
物凄くアドバイスは的確、かつまともじゃった。
「俺から贈れる言葉はこれだけだ。ふ、少し疲れたな。‥‥健闘を、祈る‥‥ぜ」
がくり、と灯吾は笑顔のまま項垂れる。
「烈火の!? く、奴の死は無駄にはできん。行くぞ、お前ら」
「了解ッス!」
ワシらは行く。友たる男の笑顔を胸に。止めがどう考えてもワシの一撃な気はするんじゃが、ここは先に進まんといかん気がしたんじゃ。で、とりあえず買い物に。
●入手の次は渡すのが関門
「‥‥洋菓子っつーのは、意外と高いんじゃのう」
「あんな店、初めて入ったッス」
とか話しつつ溜まり場へ戻ってくると、何か見た事のある2人連れがほわとかはわとかいいながら歩いてるのが見えた。まだお返しが決まっとらんし避けて通ろうと、茂みの影へ。‥‥ワシら、この辺が縄張りの不良じゃったよな? 何か立場弱い気がするのう。
「柏木さん達、ホワイトデーを知らなかったんですね?」
クラウディア・マリウス(
ga6559)にそう言う柚井 ソラ(
ga0187)が手にしとるのは、依頼書だ。学習完了よりも前に貰う側が回収に来るとは誤算。
「えっとね、お礼は3倍返しが基本なんですってっ!」
己はワシらに人殺しになれ言うんかと。と、隠れてたワシの肩に、ポンと手が。
「よう、そこの‥‥」
空気を読まずに声かけてきた奴にガンを飛ばす。
「シー!」
バレたらどうするんじゃ。ボケ。
「あ、すまん。隠れてたのか」
とかいって声を落とすアンドレアス・ラーセン(
ga6523)は、空気の読める奴じゃった。多分ワシらと魂は似とるかもしれんが、住んでる世界が違う人種だ。いわゆるイケメンとかいう部類の。
「‥‥おう、兄ちゃん。それ、ひょっとしてWDのお返しか?」
田中、お前は聞いていい事と悪い事を覚えろ。あと、口調。まぁ、アンドレアスはびびりもせずに普通に頷いたんで、意外と不良慣れしとるんかもしれんのう。疾風の奴にどこか似とる気もするし。‥‥あいつに似とるのか。
「プレゼントっつーのは、どういうものがいいのかのう?」
ちと距離を取りつつ、聞いてみる。
「‥‥別に、気持ちが篭ってりゃ何でもいいんじゃね?」
ああ、随分前の助言者がそう言っとった。気持ちは大事じゃな。イケメンだけどいい奴だ。イケメンだけど。
「いや、それは違うぞアンドレアス。日本の古式ゆかしい伝統では、3倍返しという言葉があってな」
等と横で解説を始める神撫。っていうか、どこから沸いた。
「3倍って言われてもなぁ…何を3倍にすりゃいいんだ、この場合」
「ホワイトデーにお返しをする者はっ。戦って、戦って、戦い抜いてっ! 3人分のお菓子を奪い取って揃えるのだ!」
「貴重な食べ物を下賜くださった白い古代神への感謝と、犠牲となった牛への鎮魂を行う神聖な儀式。それがホワイトデーの由来ぢゃ」
脇でしたり顔の解説を始めるどこかの姫と爺を、アンドレアスは両手で押しのける。
「間に合ってるからッ!」
そりゃあ、そうじゃろうのう。
「こいつはワシらとは違う世界の住人じゃ。手出しはやめとけ」
誰じゃ、堅気の衆を守るヤの字みたいだとか言った奴。
「ところで、銀髪で、『はわ』とか『ほわ』とか言ってるドジっ娘探してんだけど。知らねーか?」
これ渡しに来たんだ、とか軽く言うアンドレアス。
「‥‥チッ、準備済みとは命拾いしたな」
神撫の言う意味は分らんが、何か悔しがってるのは分った。というか、あれが3倍の凶器か。ワシらが手を汚さんでも、このイケメンがヤってくれると言うんか。いや待て、しかし自分ができん事を他人に。
「‥‥あそこにいるッスよ」
たーなーかー!
「お、悪ぃな」
立ち上がったら陽光がキラキラするのもイケメン効果じゃろうか。いや、そんな事考えとる場合では。
「待‥‥」
「‥‥お互い、苦労すんよな」
ニッと笑って、奴は茂みから飛び出して行きおった。ぐう、イイ奴じゃないか、何たる事じゃ。
「イイ事した後は気持ちイイっすね」
とりあえず、後頭部を殴っておいてから、様子を伺う。
「何をそんなに警戒してんだ?」
「‥‥クラウさんに変なもの、贈っちゃヤですよ?」
イケメンの前にちっこいのが立ちはだかったりしてた。その後ろで全ての根源は疑問符を浮かべてるようじゃが。これは何か、三角関係っつう奴か。
「俺のソラきゅんがあんな男に二股かけられて‥‥!」
「いや、それは違うだろ」
とりあえず突っ込んでおく。
「はわっ、アスお兄ちゃんもありがとうございますっ」
あ、渡しおった。渡しおったぞ、あのイケメン。
「えへへ、ちゃんと3倍返しです??」
「さてね、3倍になってっかどうかは微妙だけどな」
くしゃっと頭を撫で。あーいうのがくすぐったそうな笑顔っちゅうんじゃなぁ。‥‥って、いかん。
「ちょ、ちょっと待った!」
「あ、柏木さん」
飛び出た、ワシ。久しぶりです、とか頭を下げられて思わず下げ返す。諸悪の根源は、ほわ笑顔で受け取ったばかりの箱をこっちに向けおった。
「折角なので、みんなで頂きましょうっ」
●友チョコのお返しは友達皆で
‥‥魚型のパイは、周囲の皆で切り分けて食べてみたらうまかった。国王とか姫とかの舌にも会うらしい。はいはい、そりゃあ良かったのう。真琴大姐が店の名前とか聞いとる辺り、結構いい店だったんじゃろう。‥‥それまでに掻いた冷や汗は多かったけど。ちょんちょん、とイケメンの肩を突付いてみる。
「のう、アレのお返しって普通のもんでよかったんか‥‥」
「あー‥‥なーんとなく納得はいかねぇけど、ここは大人として、な‥‥」
なら、話は早い。田中に目配せして、さっき買いに走ったお菓子を持ってこさせてみた。
「ワシらから。こないだの、礼ってことでのう」
物凄く警戒してるソラに、小さな包みをこっそり持ってってる奴が居たが、武士の情けで見ないことにする。
「はわ‥‥っ。ありがとうございますっ」
にこーっと笑うソラ。
「ありがとうございますっ。これも皆で頂きましょうか!」
クラウも、早速箱を開けておる。良く似た2人じゃのう、とか思ったりして、微笑ましいのう。
「クリスマスのお返しも必要なのですよ! 私がプレゼントした一撃も、ちゃんと美味しい物でお返ししないといけないのです!」
あー、煩いのが来たのう。とはいえ、こいつも白虎達と同じで、ワシらを恐がらずに遊びに来たっちゅー意味では、まぁダチのようなもんかもしれん。感謝の気持ち、か。
「あー、もう。菫さん、変な事言ってないであっちに行きましょう」
「な、なんですと!? ひ、人の少ない所へ誘うとはいい度胸だ。覚悟するがいいです」
真っ赤になって言い返しとる韮に、用意のマカロンを出してみる。あ、目が点になりおった。
「‥‥これは?」
「そのクリスマスの礼じゃけえ、しっかり味わうとええぞ」
予想外の事だったのか、一瞬ポカンとしとったが。すぐにいつもの含んだ笑顔に戻ったようじゃ。
「ふひひ、引っかかったようですね! 返せって言っても返さんのですよ!」
すぐにそういう事を口走る辺りが、可愛い所なんじゃろうのう。総帥ではそうはいかん。
「菫さん、お礼。お礼!」
慌てて、後を追いかける智哉。あいつも苦労するじゃろうな‥‥。と、思っとったら戻ってきおった。
「エリザさんが気になるのでしたら、可愛いハンカチを送るのも良いかと思いますよ」
「エエエエ、エリザがどうかしたんか!?」
予想外の方角から刺されたナイフにワシのハートはブロークン寸前じゃ。深呼吸、深呼吸。というか、何でその名前が出たんじゃ。誰にも何も言うたこと無いはずなのに。
「落ち着いてください、柏木サン」
「ワ、ワシは冷静じゃ」
などといっていたところに、別の奴が走ってきた。
「郵便でーす。差出人不明だけど、チョコだよ、チョコ」
にくいね、このこの、とか言いながら配っていくのは、さっきの鳥、じゃなくって楓とかいう女か。良く見れば、郵便配達の格好をしとるらしい。
「よし、これで最後だ。ほい」
「わ、ワシ!?」
手渡された包みを、促されるままに開けてみる。チョコの香りがつーんと鼻に香った。
「どうぞ、召し上がるといいよ」
いや、その、なんだ。これは凄く苦いアレなんじゃないですかと。じゃが、目の前でニコニコされると食わんわけにもいかん訳で。隣では、やっぱり断りきれなかったらしいのが酷い目にあっとった。
「あぅあぅ、何これ‥‥ソラ君、お水下さい‥‥」
「はわわっ、大丈夫ですか? クラウさんになんてことをっ」
クラウの横で、むーっと睨むソラ。頼む、ワシの分まで抗議しといてくれ。
「そうかそうか、鼻血を吹くほど嬉しいかー! うん、いい事した後は気持がいいよね!」
‥‥聞いちゃおらん加害者は、嵐のように去っていった。
●指導、再び
「も、もうワシはゴールしてもいいじゃろうか‥‥」
ぐったりしながら水飲み場へ向かったワシに、横からハンカチが差し出される。
「大丈夫、ですか?」
「お、おう‥‥すまんのう」
はじめてみる顔じゃが、朧 幸乃(
ga3078)の微笑は優しげじゃった。むしろ、儚げっていうんかのう。その手には、ワシのチラシ。つまり、お返しについて教えに来てくれた中の1人っちゅう事のようじゃ。
「‥‥なるほど、そういう事ですか」
鼻血が止まるまでの間、ぽつぽつと言うワシの言葉が途切れるまで、幸乃は静かに話を聞いてくれとった。
「学生さん‥‥って、経験がないのでわかりませんけど‥‥」
少し、間が空いてから、幸乃はもう一度ゆっくり喋りだす。
「お返しをするのでしたら、そんなにかしこまって何かを用意する必要、ないと思うんですけど‥‥」
「用意がいらん、のかの?」
例えば、お昼のときに飲み物かデザートを買ったり、帰り際に飲み物を買ったり。そんな感じの自然なやり取りがいいのではないか、と。むむう、そんなもんかのう。
「‥‥『この前はありがとう、これおごりね』みたいな形でも、いいと思うんですよね」
言葉を選ぶように、途切れ途切れに言う幸乃に、フラッと寄って来た透が感心したように頷く。
「そう、ですね。僕もそう思います。‥‥やっぱり女性の言葉の方が説得力がある、のかも」
そこに誠意さえあれば、少し外した方向であっても、楽しんでくれるか、笑って許してくれるはずだ、と。
「‥‥なるほどのう。ところで、お主はどうしてここに?」
尋ねてみたら、透は疲れた顔で樹の方を見た。総帥と慈海の声に、訪問販売とか国王の声が言い返してたり、時々ルイの悲鳴が聞こえる。腐ってるとかギャルゲとか粛清とか、聞こえてくる単語も実に楽しそうだった。‥‥うん、皆まで言うな。あっちの方角から逃げ出してきたのは理解できる。
「ホワイトデーを正しく行えば、幸せになれるのですわ」
「そうだね、玲さん」
腕なんか組んで、登場した片方は以前も見かけた顔、だった。が、胸とかついてる。胸とか。
「あー。女、じゃったのか?」
ワシの驚きように、美環 玲(
gb5471)は一瞬きょとん、としたようじゃったが、すぐに手で口元を押えて上品に笑い出した。笑いながら、言う。
「はじめまして、柏木さん、ですわね?」
その隣の、オールバックの若いのが微笑した。
「お久しぶり、です」
ワシの頭上のクエスチョンマークは、美環 響(
gb2863)が髪を軽く下ろしてみるまで消えんかった。
「ふ、双子かなんかなのかのう?」
「秘密、です」
そう言って片目を瞑ってから、響は手をさっと一振り。芝居がかった手つきで、どこからともなく白薔薇を取り出す。
「白薔薇の花言葉は心からの尊敬、純潔。君にぴったりだ」
「まぁ、ありがとうございます」
満面の笑みでしなだれかかったり、抱きしめたり、頬を寄せたり、とか。そっくりさん同士と知ると、羨ましいとかそういうのよりも先に良くない物を見ているような複雑な感じがするのう。というか、じゃ。もしもワシにそっくりな妹とかが居ったら‥‥。
「ぐぁぁぁああ!」
「だ、大丈夫ですか柏木サン!?」
田中の声で我に返る。‥‥恐ろしい敵だった。が、ワシは己に克ったんじゃ。
「良かったですね。これで、大丈夫です」
ニコッと笑ってワシにも白い薔薇を差し出してくる響。
「白薔薇の花言葉には、清純と言うのもあります。世の穢れに染まっていない柏木さんには相応しいと思いまして」
不良のワシに、白バラ。というか、白バラが相応しい不良は他に居た気もする。が、思い出すと頭痛がするので忘れよう、うむ。
「‥‥襟が、汚れていますね」
寄って来た玲が、ワシの襟元へ手を伸ばす。ボタンとかをハンカチで拭いてくれたり、とか。‥‥いい匂いがするあたりがやっぱり女子なんじゃのう。
「これできっと、大丈夫ですわ」
ふわっと笑って見上げてくるのに、少しドキドキした。
●強気なサポーター現る
「‥‥あ、柏木さん。探しました!」
たったった、と元気良く駆けて来たリゼット・ランドルフ(
ga5171)の声が、もやっとしたのを吹き飛ばす。
「おう。ワシらもこれからリゼットを探そうとおもっとったんじゃ。気持ちばかりじゃけど、先日の礼をせにゃいかん、とのう」
む、最初に危険物の難関をクリアしたワシ、一皮向けた気がするぞ。このスラスラと出る台詞とかが、皆の応援の賜物か。
「これ、俺ら全員からッス」
「え、あ‥‥私に、ですか?」
ありがとうございます、と丁寧にお辞儀するリゼット。うむ、ワシらは困難なミッションをまた1つクリアした。見とってくれたかのう、灯吾よ。
「ところで、柏木さん、準本命チョコを貰ってましたよね?」
リゼットが、こそこそっと寄ってくる。が、声は小さくない。
「むぐっ!?」
「貰ってましたね?」
横から見ていれば、分ります、とか出入りの時のワシらのように固く拳を握って力説するリゼット。物凄く気合がはいっとるのは間違いない。
「っつーか、柏木サン、その為に頑張ってるんじゃないんスか?」
た、田中にまでそんな目で見られる謂れは無いと思うんじゃが。一方、リゼットは更に遠くを見ながら喋り続けているわけで。
「なんかWDの他にも、4月14日にブラックデー、5月14日にローズデー、6月14日にキスデー、と毎月カップルさんなイベントが続くとか‥‥?」
キキキキ、キス!? そんなデカルチャーな物は大人になってからと思うんじゃが!
「あーもう。記念日飽和で、混乱させないで!」
だだだーっと、駆け込んできた智弥がリゼットの前で急停車した。
「‥‥ぁ、その。すみません。そんな無茶言うのはつい、菫さんだと勘違いして」
気持ちはわかる、うむ。
「あ、少し、先走りすぎました、ね‥‥」
笑顔のまま、何故か急に涙ぐむリゼット。何となく、なんじゃが前よりも空元気な気がするのう。
「ちょっと待ってろと言っておいたのに‥‥、勝手にこんな所で女を泣かしているとは、いい度胸なのです」
「ち、違っ、誤解です、菫さん!?」
‥‥あいつらは、放っておいていい気がする。
「女の子を泣かす奴は、成敗ー!」
あ、鳥に轢かれた。
「いいぞ、もっとやれなのですっ」
「うぅっ、酷いや。菫さん‥‥」
うむ、大丈夫そうじゃ。ワシが振り返った時にはリゼットはもう、微笑んどった。
「大丈夫、花粉症です。それよりも手伝いますので、手づくりしましょう。クッキーなら初心者でも大丈夫です!」
「お、おお‥‥?」
目を丸くする、ワシ。の横から音夢の小さい声がする。
「包装とか、お手伝いできると思います」
さぁさぁ、と背を押すように校舎へと連れて行かれるワシの前に、ざしゃあ、と白い特攻服姿が現れた。
「家庭科部に入って手作りクッキーで御礼をするのは必須フラグだったからな。俺も乗せてもらうぜ」
‥‥あの混沌から身の有る知識を拾ってきたリュウセイがつくづく恐ろしいと思う。
●やっぱり手作りはいい物だ
リゼットは、家庭科室を確保し取ったらしい。ワシの為に、と言うことなのじゃろうか。この心意気には、答えんわけにはいかんのう。
「あ、柏木さん。こんにちは」
エプロン姿の沙織と、橘川 海(
gb4179)がおった。どうやら、リゼットが沙織に手伝いを頼んで、一緒に居た海にも応援を要請した、ということらしい。
「今日は整備の練習、しようかと思ってたんですけど。たまにはいいですよねっ」
笑顔で言う海。うーむ、この面子に見守られてクッキーとか作るのか。少し、萎えかけた。
「あ、リュウセイさんもいたんですね」
「おう、来たぜ。元気にしてたか?」
ニカッと笑うリュウセイに、海が目線を逸らす。頬がちょっと赤いのう。
「来たぜ、なんて。まるで私が待ってたみたいじゃないですか‥‥!」
ここに居るのは偶然。たまたま。大事な事なので2度言いました、という感じにわたわたする海と、頓着せずに準備にかかるリュウセイ。うーむ、青春じゃのう。
「さ、こっちも始めましょうか」
ぬぐ。ちょっと弱気に左右を見てみる、ワシ。
「難しくないですよ」
「‥‥恐くない。大丈夫、です」
沙織と、音夢が退路を塞いどった。
結論から言うと、エリザ(
gb3560)が来るまでに戦いは終わった。ワシの手に火傷とか傷とかを残して。なんか、砂糖と塩を入れ替えようとした神撫が、つまみ出され取ったりしたが。
「こ、こんな不恰好なのでええのかのう‥‥?」
「大丈夫、真心が一番ですよ」
頑張って、などとリゼットが言う脇では、実は危なげなく調理していたリュウセイが、クッキーの包みを海へと渡していた。
「あ、ありがと‥‥ぅ」
ぱっと明るい笑顔で受け取りかけて、声が小さくなる。俯き加減で、耳元が赤い。
「うまいぞ、多分!」
余り頓着していない様子の奴をチラッと上目で見てから、海はまた顔を俯けた。
「そんなにじっと見るものじゃない、ですから‥‥」
リボン掛けとか手伝ってくれた音夢が、小さい手でワシの背を押す。ぬうう、リゼットといい、何で女子達は人の応援が好きなんか。
「エリザさん、間垣が見たときは樹の辺りにいたらしいッスよ」
前言撤回、お節介なのは野郎も変わらんか。田中の奴にも面倒をかけるのう。
「ここ来る時に見かけたから。ってか柏木先輩、エリザと何か約束とか?」
後ろから、怪訝そうな間垣の声が聞こえた。うむ、あいつはそういう奴だと思っとった。えーと、とりあえず総帥とかが居る一角は迂回しておくかのう。何されるか分らんし。
●柏木の癖に生意気だぞ
言われたとおり、彼女は伝説の樹の下におった。
「あら、柏木センパイ。依頼、見ましたわよ」
ため息をつきつつ、チラシを見せるエリザ。む、いきなり何か駄目だしされとる気がするのじゃが。
「なんというか、こういうのを教えて欲しいと言う時点で‥‥。まぁ、その、仕方ないから教えて差し上げますわ」
「いや、それはもう間に合っとる。大丈夫じゃけぇ」
と手を振ったら、何か微妙につまらなそうにされた、気がする。
「‥‥では何か、他に御用ですか?」
「ええと、その。つまり、じゃなぁ」
コホン、と咳払い。何か周囲から視線を感じるのは気のせいじゃろう。うん、落ち着け、ワシ。
『踏み込まないんですか?』
『だからお前はアホなのだー☆』
『こういう場面は録画しておいて、後でネチネチいびる方が楽しいに決まってるよっ』
『うししし‥‥、青春してるねぇ〜♪』
気、気のせいじゃろう。そういう事にしておかんと、心が折れそうじゃし。
「用事が無ければ、無粋な皆様の掃除に向かおうかと思うのですけれど」
ざわっと、周りから怯えたような気配が漂った。というか、何か。エリザが少し、拗ねてる様に見えん事も無いんじゃが。
「あー、その。じゃな。これを、この間の礼にと思って。あ、あとこれも、なんじゃが」
音夢のお陰で綺麗にラッピングされたクッキーと、さっき買っておいたハンカチと。うむ、ハンカチはアドバイスを聞いた中で、一番良く聞いたしのう。
「私に、ですか?」
「は、初めて作ったんで、形は何じゃが、味は多分、無難じゃと思う、ぞ」
耐え切れず、そんな事を言うワシ。硬派な男的には、渡したら即立ち去るべきなのはわかっとるが、反応も気になるんじゃ。察せ。
「‥‥し、白は、エリザには似合うかと思ったんじゃ、が。その、女子は赤とかの方が好みなのかのう‥‥」
ハンカチの包みを開けとる間に、そんな事も聞いてみたり。
『柏木さん、大丈夫でしょうか』
『‥‥明らかに挙動不審だよな、先輩』
『身長差から言っても、犯罪の匂いがするッス』
お前らも、聞こえてるから! せめて前向きなコメントとかをよこさんかい。
「ホワイトデーに限らず、プレゼントの基本は『相手への気持ち』ですわよ。‥‥一応、合格ですわ」
と、エリザが小さく笑った。少し早口な、気もする。
「‥‥合格って、何がじゃ」
「そんな事を聞く辺りは、まだまだですわね」
ぷいっと後ろを向かれたので、不安になる、ワシ。まぁ、まずくは無かったって事なんじゃろうか。ホッと胸をなでおろす。見上げた夕焼け空には、大写しで灯吾の笑顔が見えた。