●リプレイ本文
●作戦前
気温は前日より暖かく。冬が終わろうとしているロシアに集まった傭兵達は、その任務の殺伐さ加減からは想像しがたいほどに華やかな構成だった。具体的には、女性7名に対して男性2名。3人1組で3体のキメラに対する予定である。
「よう、久しぶり」
と言いながら軽く手を上げた百瀬 香澄(
ga4089)を、柏木はすぐに思い出せなかった。
「ど、どちらさんじゃったかのう‥‥?」
「ほれ、去年の秋口に‥‥」
脚払いをするジェスチャーを見て、ぽんと手を打つ。思えば、あの時彼女にすっ転ばされて間垣にKOされた事が、柏木の転機だったのだろう。
「ま、改めてこれからは宜しくな」
「おう。強い奴がおるのは心強いけぇ」
根に持つタイプではなかったらしい。深く頷いてから、柏木は同じ班の彩倉 能主(
gb3618)に声をかける。
「こっちも気合を入れんとのう。今日は宜しく頼むワイ」
「‥‥ああ、はい」
反射的に一歩下がってから、差し出された手をしげしげと眺める能主。微妙な停滞は、柏木の背中を音を立てて叩いた東野 灯吾(
ga4411)によって破られた。
「何、初対面の女の子の手を握ろうとかしてるかな、こいつは!」
「ち、違っ! そういう意味じゃ‥‥。っていうか仲良うせいってお前が言ったんじゃろうが」
フォローしっかり、とは言ったがそれ以上は言ってないな、と笑う灯吾の後ろから、如月・菫(
gb1886)がにょきっと顔を出す。
「ほほう。これはしっかり記録しておく必要がありますね。にゅふふ‥‥」
嫌な笑いを浮かべる菫と楽しそうな灯吾に囲まれ、口をへの字にして黙る柏木。能主は妙な物を見るような目で、昭和風味の不良から更に距離を取った。
依頼で明示された場所へと向かいながら、灯吾は僅かな不安を感じていた。現地は左右が斜面の一本道。敵も味方も身を隠せない場所だ。地の利を得ているキメラに動きが無いのが却って不気味である。
「このニンジャ・ゴールドの目にも、罠は無いように見えますね」
双眼鏡を下ろしてから、自分の名前、というか偽名を強調する直江 夢理(
gb3361)。その心は、見るからに不良な柏木がすこし怖かったりするらしい。
「横並び、じゃないのかな?」
能力者の存在に向こうも気がついているのだろう。待ち構える敵の様子に月森 花(
ga0053)が首を傾げる。手前にやや大型の個体、左右後ろの道路の端近くに一体づつ、と言う隊形のようだ。
「1匹残らず片付けるわ。‥‥覚悟なさい」
双眼鏡の向こうで、キメラの老人のような面が笑ったように見えて、ケイ・リヒャルト(
ga0598)は頭を振る。敵の位置まで100m。事前の計画は、片方の崖に追い込んで包囲というものだった。
「マントコアラめ。偉そうに隊列など組むか。連携などさせては厄介だな」
鼻を鳴らすリュイン・カミーユ(
ga3871)の方がよほど偉そうだ、と思ったとしても口に出さぬ賢明さを柏木は身につけていた。どれくらい偉そうかと言えば、自信満々すぎて名称間違いに突っ込むタイミングを逸するくらい。
●交戦開始
距離、100m。もう双眼鏡などなくとも敵の表情まで見える。振り上げた蠍の尾に、一同は注意深い目を向けていた。毒針を射撃してくるタイプのマンティコアもいるのだという。
「よし、突破するぞ」
「突破と言うても、面倒そうじゃのう」
真っ先に地を蹴ったリュインに、柏木が続いた。
「ついて来いってならついてくけど‥‥」
それよりも、と言うように彼女は足を止めてガトリングシールドを構える。照準の向こうで、牙を剥くマンティコア。その目が、今度は確かに笑った。
「‥‥っ、ブレスが来る、気をつけろ!」
灯吾の声が無ければ、全力で駆ける傭兵達は無防備にそれを喰らったかもしれない。反射的に足を止め、防御姿勢をとった彼らの視界を焼くように、雷の帯が狭い道路を舐めた。
「チッ‥‥」
チリチリと焦げ臭い匂いが漂う。が、傭兵達は健在。
「先手は取られた。ならそれはいい」
独り言と共に能主が弾をばら撒き、突破する2人の進路を塞ぐ敵の列を乱す。
「うし、ありがたい!」
僅かに開いた隙間に柏木とリュインが割り込んだ。AU−KVによる爆発的な加速と、目にも留まらぬ歩速とで、一気に化物の後ろへ抜ける。後ろよりの二頭が振り返りかけた所に、右のキメラの横っ面でフォースフィールドが赤く輝いた。
「邪魔‥‥」
右の崖際から、花が弾幕を張っている。
『グァル‥』
老人の面から漏れたのは、獣そのものの吼え声だった。電撃が再び放たれる。狭い道では回避などしようもない。花の射線よりやや内側を駆けていた香澄と夢理が巻き込まれた。が、パチパチと嫌な音を立てる髪を一振りして、香澄が笑う。
「‥‥こんなものかい?」
リュイン達同様の高加速で、敵の側面へ。引っかくように斜めに振られた前肢を、左右の双槍を交差させて受け止める。
「そこに居られると迷惑なんでね。力ずくで退いてもらうぞ!」
ニッと笑った香澄の腕とキメラ肢が作るアーチの下へ、夢理が小さな身体を滑り込ませた。胴体へと、下方からの渾身の切り上げを叩き込む。ミカエルのSES機関が派手に吸気音を立てた。
「飛んで頂きます!」
自身が宙に浮いたことに驚くように羽を広げ、キメラが道路の中央へとよろめき出る。その間、正面の敵は突っ込んできた灯吾を真っ向から迎撃するのに忙殺されていたた。
「‥‥生意気な子ね‥‥」
ケイと自身の間に灯吾が来るように身を動かすキメラ。灯吾とて味方の射線を意識して動いてはいるのだが、敵が一歩ステップすればその気遣いはすぐに無駄にされてしまう。
「むむむ、生意気なキメラです。お仕置きしてやるのですよ!」
射手の側が間合いを詰めて斜めの位置を取れば、射線は今より確保しやすい筈だ。近づかないと射線が確保しきれなくなった花や菫もすこし前へ。煩い銃撃が途切れた隙に、大柄なキメラが、灯吾へと牙を剥く。
「電撃‥‥じゃなくて噛み‥‥ッ!」
電撃には間合いが近い。両手剣を咄嗟に突き出した所へ、前足が横薙ぎに飛んできた。そちらはあえて喰らいつつ、振り下ろされる尾は回避。
「‥‥隙アリなのです! こんちくしょー!」
灯吾が身を引いた所を、菫の銃弾が通過する。射撃班も前へ出てきていた。
「大人しくしなさい!」
数少ないタイミングを見極めて、ケイは敵の頭部周辺へ集弾。いらただしげに吼えるキメラに、ケイは端正な美貌に嗜虐的な笑みを浮かべた。その歪み加減に感性を刺激されつつ、能主も手にしたガトリングシールドを放り投げて走る。
●押しの一手
「一箇所に集めるのは面倒、か」
彼女には、3匹のキメラを突き飛ばしで固めるのがさすがに難しそうだと見える。初期の配置からしてバラバラだった故だ。
「彩倉さん、片側に寄せるだけでもいいから!」
灯吾が声を上げる。射線について考えを巡らせていた彼は、敵も同様な事に最初に気づいたのだ。キメラは図体がでかい分、味方を避けてブレスを吐くのは困難だった。
「よし、そのまま突き飛ばせ!」
彼女の姿に気づいたリュインが声をかける。包囲策がうまく行かずとも、3人で1匹を相手すると言う点ではチーム分担の作戦は有効に回っていた。少なくとも、キメラ同士での連携は遮断できているらしい。
「‥‥やりすぎるな」
自分へ言い聞かせるように呟き、通り過ぎざま半回転する。下段を掠めた槍の手ごたえは浅く、しかし本命は腰の捻りを加えた突き。
「空を、飛べ」
短戟様に振っていた槍を、まっすぐに突き込む。キメラの巨体が浮き、岩肌にぶち当たった。赤いフィールドが衝撃のほとんどを吸収したようだが、一瞬の間を逸らす役には立つ。そして、敵が上体をこちらに向けなおす前に、リュインが鬼蛍を下段に、今一度踏み込んだ。
「体勢が崩れた今が機、だな」
こともなげに言うが、仲間達の攻撃の合間に細かくフェイントを飛ばし、隙を見て本命の打ち込みも入れるだけの手数は、くぐってきた修羅場の数をそのまま示していた。
「さすが、じゃのう‥‥」
柏木の拳と能主の槍が、受身に回った敵を攻めたてる。その横で、香澄と夢理がもう一匹を追い込んでいた。
「用心していれば、そうは不覚を取りません」
振り下ろされた尾を盾で捌きつつ、ガラティーンを一閃させる夢理。慌てて引いた尾の先が飛んでいた。
『ゴァァ』
「下がおろそかだぞ、害獣」
香澄が笑い、両手の双槍を繋いでリーチを伸ばしてから、前肢の甲を突く。と見せかけて斜めに薙ぎ上げた。斬られた痛みに、思わず脚を引くキメラ。
「そろそろ、終わりだ!」
香澄が再び分割した2つの槍先を向け、気合と共に突いた。再び、苦鳴が響く。
「チェックメイト‥‥」
持ち替えていた大型拳銃アラスカを、僅かに上がったガードの隙に向ける花。銃声が複数轟き、キメラの胴に赤い華が咲いた。引きつったように痙攣してから、どうっと横倒しに倒れるキメラ。左側の柏木達が相手をしていた1匹も、ほぼ時を同じくして倒れる。
しかし、中央の1匹はまだ健在だった。近い間合いで撃ち込まれるケイの銃弾へ煩げに吼えながら、菫と灯吾の2人を薙ぎ払う。よろめいた所へ、雷撃を放とうと口を開いた。
「お行儀が悪いわね。調教してあげる」
使用タイミングを見計らっていたエネルギーガンを、その口内へと向けるケイ。ブレスが放たれるよりも引き金を引く方が早い。口中を撃ちぬかれたキメラは、真っ赤な血を撒き散らしつつも体当たり気味に目の前の2人へ突っかけた。
「クソッ、元気じゃねぇか」
「ぎぎぎ、柏木よりも手こずるとは屈辱なのです」
ずっと大物を押えていた2人が受けているダメージも少なくはない。キメラが更に攻め立てればまずかったかもしれない。が、残り6人が合流する前に、というようにキメラはその翼を不意に広げた。
「と、飛ぶのですかっ」
菫が思わず小さな身を縮める。6名が後ろや側面側でキメラを倒した今、一番手薄なのが前方。つまり、少女達の背後側だ。
「逃がすかっ!」
灯吾が両手剣を握りなおし、直上の腹へと突きあげる。再び、血を吐くキメラ。ケイが種別の違う二挺の銃を揃えて構えた。
「せっかくですもの。蝶々と一緒に踊りましょう?」
畳み込むように攻撃。彼らの上を跳躍したキメラは実に20mほどを飛んでから、着地で肢を折る。そのまま、ひしゃげるように崩れた。
●後処理
「マントコアラ、殲滅完了!」
リュインが後方の部隊へ連絡をしているのには、誰も突っ込めない。その間に、救急セットを持参していた花やケイ、菫が痛手を負っている者から簡単な治療をしていた。
「柏木、さん」
「ん? なんじゃ?」
初めて向こうから声をかけてきた能主に、首を傾げる柏木。
「これの後片付けは、私達がやるですか」
道を塞ぐように転がるキメラの死体が、彼女には気になっていたようだ。
「でっかいのう。ま、道の端にずらしとけば構わんじゃろう」
「車が通れればいいだろ? 並べとけばいいか」
豪力発現を使った灯吾に、柏木も手を貸す。重厚なバハムートの概観に、すこし羨ましげな目を向ける灯吾。すこし考えてから、能主は小ぶりな方のキメラへ向かった。
「崖、崩れなくってよかったねっ」
戦闘中とはうって変わってにこやかな花が、頭の側を持つ。3匹のキメラが路肩に縦並びに置かれた頃、遠くから車の音が聞こえてきた。
復興に当たる街は、幸いな事に大きな戦禍を免れていたようだ。せいぜいが崩れた塀や倒れた鉄柱が目に付く位。
「不良さんって聞いてたけど、やっぱり根はいい人達なんだね〜♪」
「‥‥でも、少し苦手だ、です」
花と能主の視線の先で、舎弟と合流した柏木は大き目の障害物から除け始めていた。
「もっと強くならねえとな、俺も‥‥」
灯吾は誰にともなく呟いてから、復興作業に加わる。
「大変なときこそ小休止。駆けずり回るのは私達だけで十分さ」
香澄が住民達へと片目をつぶり、柏木達の輪へ。彼らは、これから忙しい日々を送る筈なのだ。最初だけでも、手を貸して貰える事がありがたい、というのは本音だろう。
「あれ? ニンジャの人はどこへ行ったですか?」
ふと気づくと、ニンジャ・ゴールドがいない。実はきょろきょろする菫のすぐ脇を通り過ぎていたりもするのだが。戦い疲れたのか、リュインは隅でうつらうつらとし始めていた。ケイが静かにハミングを始める。死んでいた街に灯が点り、すぐに生命の匂いが漂いだした。