タイトル:【JB】結婚式のつもりっマスター:紀藤トキ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 31 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/05 16:26

●オープニング本文


 太平洋上の無人島は、多くの手により急ピッチで調査が進んでいた。仲間達が幸せな結婚式を行う、そのための準備だと思えばやる気も増えると言う物だ。
「ふむ。思ったよりも快適な場所のようだ。これならば、心に残る祝典が行えるだろうな」
 報告を聞いたカプロイア伯爵は、満足げに頷く。北側に見つかった入り江は遠浅で、泳ぎにも向いていた。海岸で迎えてくれる南国風の植生は明るく、当日の気分を盛り上げてくれるだろう。島中央の静かな湖畔は、ムードのある式を行いたいカップルにうってつけ、だ。
「島内の安全はまだ確認中です。崖などの危険な場所も調査中ですが‥‥」
 手付かずの森や海が見える草原といった安全そうな地点でも、キメラが見つかっている。とはいえ、花の咲き乱れる一角などは、安全さえ確保できればロマンチックな一日に文字通り華を添えそうだ。
「崖には、洞窟のような場所もあるそうだね」
「はい。危険があるかどうか、そちらも報告待ちとなっています」
 執事は、そう淡々と続ける。
「安全確認が終わったら、次の段階へ進もうか。そろそろ、人や物を動かさないとね」
 まだ空白の目立つ地図を、伯爵は楽しげに見た。

 海岸近くの簡易滑走路に程近い台地に、ホテル兼披露宴などに使う建物がいち早く完成していた。詰まる所、拘りよりも利便性が先に立つ部分は、大体のパターンが決まっているのだろう。新築の匂いが抜けぬ内に訪れたカプロイア伯爵は、ホテルの様子に概ね満足なようだった。
「2Fに上がった所にロビーとエントランス。1Fと地下、及び上階などに料理店や大小ホール、か」
「簡素なものになりますが、チャペルも最上階に設置しております」
 湖のほとりなど、ロケーションのよい場所は勿論人気だが、宿泊施設や宴会場に近いという場所を好む客もいるのだ。例え3時間でLHの自宅に帰れる場所だとしても、である。
「それ以外は宿泊スペースになっているのだね?」
 高級すぎず、簡便すぎないシティホテルのような作りだ。違うところと言えば、宿泊施設の間取りがやや、多人数向けである所か。もちろん通常のツインやシングルもあるのだが、4〜8名程が泊まれる和室も多めに作られていた。
「ふむ‥‥。夫婦や一人で、というだけではなく、友人同士での来訪が多いと踏んだのだね」
「はい。能力者の方々の御利用が主になると考えますと、そういった部屋が必要かと思いまして」
 伯爵が微笑する。確かに、このホテルの利用者は能力者達の比率が極めて高いものになるだろう。バグアに対してはこの世界で一番安全なホテル、であるかもしれない。

「ところで、少し相談があるのだが」
 随行していた支配人の笑顔が、固まる。――相談。カプロイア伯爵が。
「な、何でしょう?」
 嫌な汗を流しつつ、続きを促した支配人だったが、返答は覚悟していた程とんでもない物ではなかった。
「プレオープンイベントとして、チャペルと大ホールを学生達に1日開放して欲しいのだよ。まだ結婚には早いかもしれない学生でも、結婚式には憧れる。皆で作った模擬結婚式は何よりもロマンチックな思い出になるだろう、‥‥と、学生有志に言われてね」
 いわば、模擬結婚式と言う感じになるのだろうか。
「なるほど。そういう事でしたら、こちらからも是非お願いしたいところです。モデルを立てるよりも、そちらの方が楽しげな様子が伝わるでしょうから」
 許可があれば実際の式の様子として撮影し、ホテルの方で使わせて欲しいと支配人は言う。この6月が終わってからは、南洋のリゾート地として売り出すつもりのようだ。
「しかし、調理部門も式場も、工事は終わっておりますが、まだ人員の手配が済んでおりません」
「その辺りも、手作りするのだろうね。貸衣装位は手配しておくとしようか」
 学生とは面白いものだ、と伯爵は少し羨ましげな目をする。彼自身は、学校と言うものに通った記憶が無かったから。

「‥‥っくしょ!」
 所変わって、カンパネラ学園では。バレンタインに引き続き、伯爵に妙な企画を持ち込んだ間垣が盛大にくしゃみしていた。
「間垣先輩、風邪ですか?」
「うーん、違うと思うけど‥‥」
 自信無さそうに首を傾げる間垣。しかし、彼は柏木とは違って風邪を引ける人間だった事を、当日になって知る事になる。

●参加者一覧

/ 水上・未早(ga0049) / 鋼 蒼志(ga0165) / 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / ベル(ga0924) / ファティマ・クリストフ(ga1276) / 鷹代 由稀(ga1601) / 国谷 真彼(ga2331) / ゼラス(ga2924) / ミハイル・チーグルスキ(ga4629) / クラーク・エアハルト(ga4961) / リュス・リクス・リニク(ga6209) / イリアス・ニーベルング(ga6358) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 不知火真琴(ga7201) / 月夜魅(ga7375) / リュウセイ(ga8181) / 百地・悠季(ga8270) / 佐伽羅 黎紀(ga8601) / 白虎(ga9191) / 辻村 仁(ga9676) / 如月・菫(gb1886) / 東雲・智弥(gb2833) / 美環 響(gb2863) / 直江 夢理(gb3361) / エリザ(gb3560) / 冴城 アスカ(gb4188) / 美環 玲(gb5471) / 相賀翡翠(gb6789

●リプレイ本文

●只今準備中
 新築ホテルの真新しい厨房では、アスカが張り切って宴の準備にかかっていた。
「ふふっ、リュウセイくんが居ると心強いわ。さぁ、バンバン作るわよ〜!」
「よっしゃ、アスカもバシッと料理つくろうか。気合入るぜ!」
 気合が入るのも当然である。2人が用意しようとしていたのは30人以上の中華料理だった。実家が中華料理屋というアスカに案外料理慣れしているリュウセイのコンビは、早速目まぐるしく動き回る。
「ふむ。攪拌はこれ位で良いのかな?」
 というか、彼らの雇い主であるはずのカプロイア伯まで厨房にいた。何でも、狙われる立場の物は目立たない格好をした方が良い、と入り口辺りで慈海に言われたのだとか。
「まさか、こういう場所でお会いするとは‥‥」
 人生は何が起こるかわからない、と野菜を刻んでいた仁が苦笑した。宴席で伯爵に会う時のために衣装と仮面を用意していたのだが、現実は斯くの如し、である。
「意外と力がいるものですね」
 伯爵の護衛、と言う感じで談笑していたクラークもいつの間にか巻き込まれていた。実は、一週間もしないうちにある女傭兵と式を挙げる事が決まっている。
「ホールやチャペルを見ずとも構わないのかね? 下見に来たと言っていたようだが」
 そんな気を回す伯爵に、クラークは穏やかな微笑を返した。
「そちらは後で拝見します。裏側を見る機会は余りありませんし、何事も経験ですよ」
「御二方とも、ありがとうございます。では、次は‥‥」
 暇そうだから、という理由で伯爵らを拉致した黎紀は、上機嫌で場を仕切っていた。彼女が用意しようとしているのはフランス料理だ。中華が口に合わない人向けに、と言う事なので量は控えめだが、品目は多い。
「あ、調理用のコックコートはあるか?」
 奥の方でソースの調整に余念がなかった翡翠がそんな事を聞いていた。何でも、ローストビーフをホールで切り分けるつもりなのだと言う。
「本格的ですね」
「自信作だからな。隠し味は教えてやらねぇよ」
 黎紀に笑いかけつつも、手の動きは止めない。

 一方、本日の主役達も準備に余念がなかった。
「うーん、どれが良いでしょうか。むむむ」
 数着を見比べて悩む菫を、智弥はにこにこ眺めている。今日は菫が彼を誘ったのだそうだ。
「菫さん、可愛いから。そっちの可愛いのが似合うと思うよ」
「‥‥な、何をドサクサ紛れに言ってますかこの‥‥」
 しかし、適切な悪口が思いつかない。
「むむむ‥‥、む?」
 えっちがいいか助平がいいか悩んでいた少女が、ふと手にしたドレスに目を落す。
「というか、お前が着た方が似合うんじゃね?」
「いや、駄目だよ。色々と台無しだから」
 いい加減、話が左右に飛ぶのにも慣れた智弥は、やんわりとそう言い返した。

「どうでしょうか?」
 純白のウェディングドレスに身を包んだエリザが微笑む。育ちの良い彼女は、ドレスもしっくり着こなしていた。
「似、似合っとるぞ」
 かくいう柏木が着ている礼服は、Aラインのエリザのドレスに合わせたオーソドックスな物だ。サイズは合っているはずなのだが、窮屈そうなのは致し方ない所だろう。
「センパイもお似合いですわ」
「むう‥‥」
 鏡に並んで映る姿を見て、唸る柏木。エリザの隣に四角い彼が並ぶと、そのまま『美女と野獣』の一幕になりそうだった。

 初々しいカップルの奥では、衣装室から出てきた玲を、白タキシードの響が迎えている。性別こそ違えど、一見すれば双子と見まごうような2人。歩み出てきた玲はドレス姿ではなく、入っていった時と同じ私服だった。試着だけ済ませて出たらしい。
「お姫様、どんなドレスを選んだのか、教えてはくれませんか?」
 問いかけた青年へ、玲は邪気の無い笑顔を向ける。
「駄目ですよ。お楽しみは最後に、‥‥です」
 秘密は女性を魅力的にするのですよ、と付け足した少女の笑みは、艶やかさを増していた。見慣れたはずの玲のそんな表情に、響の鼓動が少し高まる。

「今度はこんな感じにしてみました。どうですか?」
 やはり外で待っていたベルへと、白のドレス姿の未早が嬉しそうに笑った。シンプルだった一着目と違い、今度は装飾が多めで優雅な雰囲気だ。
「凄く、似合ってます」
 少しぎこちなく微笑むベル。直前の任務で負った傷は、身体よりも心に深い。今日は礼服を着るどころではない、と寂しげに言った彼を、未早は責めたりはしなかった。
「白無垢もいいけれど、チャイナドレスもありましたし、色も‥‥。目移りしちゃいますね」
 この機会に試しておきたい、と言う彼女に頷くベル。嬉しそうに身を翻した背中へ向ける目が、少し翳った。
(今度こそ‥‥)
 守れるように。彼女へ危害の及ばぬように。決意を秘めて、ベルは目を閉じる。

「‥‥」
 衣装室の空き待ち組は、廊下でのんびりしていた。その間も設営や厨房担当の人々が忙しく動き回る様子に、ファティマがチラチラと視線を送る。
「気になるか?」
「あ‥‥、はい」
 ゼラスの問いに、彼女は少し躊躇ってから頷いた。祝われる側としてこの場にいるのは勿論喜びだが、シスターでもあるファティマには、皆の喜びの手伝いをしたい気持ちも大きい。そんな心中を言葉にするより早く、ゼラスはニッと笑った。
「少し、手伝ってくるか? 待ち時間は退屈だしな」
 そんな青年に、乙女はそっと微笑みかける。この人とこの場に居れて良かった、と。
「あぁ、式の前に渡すもんがある。期待しても構わんぜ」
 振り返り、ゼラスはもう一度歯を見せた。

 まだ衣装合わせ前のカップルもいる中、既に控え室で待ちに入っている組もいた。理由は簡単。2人きりになれるから。
「‥‥いいね、凄く似合ってる」
 場所が場所じゃなかったら押し倒してるぐらいに、と囁いた由稀。イリアスの白い頬にさっと朱が差した。
「母のドレスなんです。‥‥この日の為に、実家から送ってもらいました」
 2人は共にドレス姿。LHではさほど奇異の目で見られはしないが、それでも同性のカップルは少数派だ。
「ったく‥‥今更ながら日本人であることが悔やまれるわ‥‥。いっそドイツに帰化すっかな‥‥」
 本気か冗談か、由稀がボソッとぼやいた。

 一方、客として遊びに来た者もいる。
「こんにちは、ソラ君。真彼さんも来てたのね」
 髪を下ろした私服のエレンが、隅で座っていた真彼とソラに笑いかけた。
「は、はい!」
 ぴょこんと立ち上がったソラ。不思議そうに見たエレンを、スーツ姿の真彼が手招きする。
「いい所に。少し聞きたい事があるんだ。医者としてのエレン君にね」
 広げていたのは、カッシングの資料だった。数十年前の医療記録。UPCが保管している原本では無く、その写しだ。
「あ、席替わります、ね」
「ありがと。役に立てればいいけど‥‥」
 入れ違いに座るエレンから、微かにオレンジのような香りが漂った。
(前と違う匂い‥‥だ)
 そんな事を思うソラに、横合いから元気な挨拶が聞こえる。
「ソラ君、こんにちはっ」
「あ、クラウさん」
 ぺこり、と頭を下げつつも、少年はすぐに視線を気になる2人へ向けてしまった。
「あら。ソラ君と一緒なのを時々見かけるんだけど‥‥、こうして会うのは初めてかしら?」
 紹介してね、と笑うエレンは何かを誤解しているようだが、少年少女はそれに気づいた様子も無い。屈託無い自己紹介の後で、真彼とエレンは再び資料に向く。微妙な、間。
「ソラ君、あっちの人綺麗だよねっ」
「‥‥飲み物。取ってきますね。クラウさんも欲しい物、ありますか?」
 微妙に会話がずれる。瞬きしてから、少女は首を傾けた。
「んー。私も行きますっ。エレーナさんと国谷さんは‥‥」
「く、国谷さんの分は俺が聞きますからっ」
 割って入ったソラへ、クラウはきょとんとしたようにまた瞬きする。
「いいのかい? じゃあ、冷たいコーヒーを。急がなくていいから」
「あ、私もお願いね。あと、クラウちゃん。エレンでいいから、ね」
 すぐに資料に目を落す真彼と、片目を瞑るエレン。歩き出したソラを、クラウは慌てて追いかけた。

「加奈様にはこれもお似合いだと思うのですが‥‥」
「うーん、少し、落ち着きすぎてる気もするけど」
 やはりこちらも待ち時間。カタログを仲良く覗き込む夢理と加奈も、女性同士のペアだった。違うのは、夢理が男装して一応はそれっぽいフリをする点だ。
「ええと、夢理ちゃんのお友達、まだかな‥‥?」
「もうついている筈なのですが‥‥」
 うっかりしている方なので、と心配げに言う夢理。その頃、噂の月夜魅はといえば。
「ん。これも美味しいです。でも、少し喉が渇いちゃいました」
「わわ、まだ食べないで下さい。ああ、それはお酒ですよ!?」
 調理場の出口で、仁に見つかって怒られていた。スターカプロイアとファントムマスクという芸能人のような風体で、実は買出し要員だったりする。
「‥‥あー。すみません」
 ぺこり、と頭を下げてよろよろする月夜魅。誰がどうみても酔っている。とりあえず座らせてから、ため息をついた。
「困ったな‥‥」
 いや、場合によっては何かのフラグが立つ展開なのかもしれない。そんな若い迷いが仁に過ぎるよりも早く。
「はっ! 月夜魅お姉さま。こんな所にいらしたのですね?」
 駆け寄ってきた夢理に、月夜魅がのんきに手を振った。
「連れがいたんですね。良かった」
 ほっと息をついてから、立ち上がる仁。
「御迷惑をおかけしました、ポニーテール仮面さん」
 月夜魅が丁寧にお辞儀した。少し、仁の口元が綻ぶ。
「いえ。それでは失礼します」
 フラグ云々よりも自分のトレードマークが印象に残った事に満足する仁であった。

「もう、始まってるのかしら?」
「まだじゃないかな」
 そんな事を言うエレンと真彼の元へ、ソラとクラウが駆け寄ってくる。
「あっ。ご、ごめんなさいっ!」
 勢い余って、真彼の前で手を滑らせてしまった。コーヒーと氷が、盛大にスーツの正面に染みを作る。
「困ったな‥‥、スーツはさすがに一着しかない」
 言うほど困った様子にも見えない口調で呟く真彼に、ソラはにっこりと笑った。
「貸衣装があってよかったですね」
 普段より少し性急な感じで、ソラはエレンへ顔を向ける。
「どうせだからエレンさんも着替えてみたらどうです? 国谷さんと、写真とか‥‥」
「え?」
 首を傾げるエレンの横で、椅子を倒しながら真彼が立ち上がった。
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
 いつに無く慌てる青年を面白そうに見上げるエレン。ソラの顔が一瞬だけ強張ったのに気づいたクラウが、また瞬きをした。
「ほ、ほら、ここは僕らよりもっと歳の若い人がやったほうが、絵になるし宣伝効果が高いでしょう?!」
「え‥‥俺も、です?」
 ほわ? とか、はわ、とかいいつつ視線を交わす若い2人。
「それもそうね。滅多に無い機会だし、一緒に綺麗なドレスとか着てみましょうか」
 エレンがクラウに笑顔を向けた。

 音響関係を引き受けたアスは、カップルの希望を聞きにうろうろしていた。
「お、ケイか。今日はばっちり盛り上げ‥‥、どうした?」
 儚げに立つ知り合いの姿に、上機嫌だった声のトーンが低くなる。
「ミハイルが‥‥」
 言いかけた所で会場の方角から当人がやってくるのがアスの目に入った。
「あそこにいるぞ」
 ケイの肩をつついてから、その指で廊下を指す。いつも落ち着いた様子のミハイルの髪が、少し乱れていた。身を翻したケイが、その腕の中へと身を躍らせる。
「ばか‥‥。模擬とは言え、来なかったらどうしようかと思ったんだから‥‥!」
「すまないね。入れ違ってしまったようだ」
 細い声と、あやすような低い声。アスは少し笑ってから、無言で踵を返した。

●式場・1
 誓いの言葉を交わした壇上のイリアスと由稀に、真面目な顔の慈海がリングを示す。以前にお互いの気持ちの証として贈りあった2つの指輪を、式の機会にもう一度というつもりだった。
「――我が竜の血と家名に誓い、貴女に久遠の愛を捧げます」
 竜の血の諱を持つ伝来の指輪を、イリアスが再び由稀へ。受け取った由稀は、天使の愛と名づけた指輪を愛する乙女へと。
「権天使と竜騎士の新たな契り、ね‥‥大丈夫、私が側にいる‥‥ずっとね」

「それでは、誓いの‥‥」
 慈海の声に合わせて、重なる2人。触れた唇はそのまま。由稀の首の後ろに回ったイリアスの手に力が篭る。
「え、ええと。まだ昼だし子供も見てるからそれ位に、ね」
 コホン、とわざとらしく咳払いして慈海が口を挟んだ。
「――ぁ‥‥。す、すみませんっ! つい、夢中になってしまって‥‥」
「嬉しいけど、後もつかえてるし、ね」
 含んだ笑顔を向ける由稀。その目は、続きは後でと言外に語っていた。

「‥‥参った。表現が思いつかん‥‥‥まぁいい。へへ、綺麗だぜ。最高にな」
 控えの間では、ゼラスが率直な賛辞を口にしていた。思わず俯いたファティマの視界に、青年が手にした小さな箱が入る。
「それと‥‥こいつを、受け取って貰えるか‥な?」
「‥‥え?」
 愛する男性が開けて見せた箱の中身は、指輪。
「所謂、婚約指輪って奴だ。本番まで、大事に持っててくれると嬉しいね」
 小箱を胸に抱くようにして、ファティマは言葉無く頷く。まだ式も始まっていないのに、泣いてはいけないから。

 愛する2人の式は滞りなく進み、誓いの言葉を終えて互いを向く。
「それでは、誓いのキスを」
 ヴェールを上げたファティマの潤んだ目に、ゼラスの『綺麗』はいともあっさりと最高値を更新した。一歩踏み出して、屈むように唇を合わせる。瞬間、ファティマが幸せそうに微笑んだ。
(――愛しています。これからも、どうか御傍においてくださいね?)
 その心の声に答えるように、ゼラスの腕に力が篭る。
「ゼラスさん、おめでとうございます!」
 知り合い2人へと白いタキシード姿に着替えたソラが声をかけた。
「綺麗なドレス‥‥」
 式場を後にする2人を、クラウもうっとりと見送る。
「クラウさんも、綺麗ですよっ」
「ありがとっ」
 子供っぽいいつものやりとりに、彼女はほっとした。今ならば、さっきからの気がかりが聞けそうな気がして。
「ねえ、ソラ君」
 言いかけた所で、ソラの表情がまた翳る。
「2人とも、早かったんだね」
 やはり白装の真彼の横には、パーティドレス姿のエレンがいた。

 次の組は、柏木とエリザだった。
「げ、柏木! お、おおおお前からかいに来たとかじゃなかろうな!」
「見ての通り、そんな余裕はないわい」
 自分達と入れ替わりに控え室に向かう菫に、柏木がそう言い返す。子供っぽい2人の連れ同士が、視線だけで何かを交換しあった。
「菫さん、緊張するのは判るけど落ち着いてね」
「むう‥‥」
 智弥に言われて、不承不承頷く菫。
「さ、行きますわよ。こういう時は、男性がリードしてくださらないと」
「う、うむ‥‥」
 エリザの声に、柏木は覚悟を決めたように頷く。だが、祭壇でニヤニヤ笑いを浮かべる神父を見た途端、彼はぎょっとしたように目を剥いた。
「アナタハコノモノトケッコンシ、カミノサダメニシタガッテ‥‥」
「何で突然偽外人なんですの‥‥」
 ため息をつくエリザだったが、柏木はそれ所ではなかった。というか、腕を取って歩いてくるだけで、かなり出来上がっている風である。それでも、指輪交換までぎくしゃくと照れながら遂行し、後はメインイベント。
「ソレデハ、チカイノベーゼヲォォォォォォォ」
 似非外人なだけでなく、反響音まで伴いはじめていた。
「む、むむむ。やはり模擬じゃし、フリなんじゃろ?」
 小声で確認する柏木に、エリザは答えず目を閉じる。
「するのかー?! 柏木涼人ォォォ!! 既成事実を作ってしまって最後まで責任取れるのぉぉぉぉ?!」
「ええい、じゃかあしい!」
 あ、切れた。
「わしゃあ物も知らんし、育ちも悪いし、エリザには釣り合わんかもしれん。じゃが、惚れた女子の隣におるのに似非神父の許しなどいらんわい!」
 微妙に色々と気にしていたらしい。目を開けて何か言いかけたエリザを、ぐっと引き寄せて。
「嫌じゃったら、横向いてかまわんけぇの」
 囁いて顔を寄せた柏木に、エリザは再び目を閉じる事で答えを告げた。

●舞台裏、再び
「ほらほら!次は麻婆豆腐いくわよ!」
 辛そうな匂いが香ばしい油の匂いと混ざる。桃色進行の裏側で、アスカは燃えていた。
「前菜はこんなもんでいいか?」
 盛り合わせの大皿を冷蔵庫に入れながら、リュウセイが尋ねる。
「せっかくですから、ケーキも‥‥ね」
 二層の食べられるウェディングケーキを飾り付けつつ、黎紀が言った。
「見習い時代を思い出しますなぁ」
「いやはや、まったく」
 本来の厨房の主達も、意外と気さくに手伝いに入っていた。この場で役に立っていないのは伯爵くらいである。
「ふむ、複雑な味わいだね。この香りは葡萄かな?」」
「だー! 秘密だってんだろ!」
 むしろ、邪魔をしている気もする。

 白虎は燃えていた。多分、正義の怒りに。
「百合はまだしも重婚でハーレムまでしようとは不届き千万!」
 何やら伝わっている情報が偏って歪んでいる気もするが、それは情報源が悪いのだろう。多分、祭壇でノリノリの人辺りが犯人だ。
「ボクは萌えてもらえないのに、この差は何だ!」
 少し本音が漏れていた。
「悪しき結婚式はボクが打ち砕いてくれるー!」
「で、どうして僕が‥‥!?」
 ハリセンを振り回す白虎に困っているのは、ポニテ仮面こと仁だ。救いの手は、暫く後に現れた。
「仁さんが遅いので心配になって来てみたのですが‥‥。白虎さん、一体何をしに来てるんですか」
「お知り合いですか」
 呆れたように呟くクラークに、仁がほっと息をつく。
「むうう、今日は正義はこっちにあるのにゃー! ナイト・ゴールド、お前も騎士なら‥‥」
「えーと、人違いですよ。少し光栄ですけれども」
 合点がいった、というように仁が手を打った。ちょっとだけ、間が空く。
「そ、そんな事は些細な問題に過ぎない! 正義がどこにあるかが重要なのにゃ!」
「ええと、それは構わないのですが‥‥。今日が模擬結婚式というのは御存知ですか?」
 クラークの言葉に、再び白虎の時が止まった。その横を、スーツにゴールドマスクの男が通り過ぎる。
「まぁ、模擬で遊びなんだから少々羽目を外しても構わないじゃないですか、ねぇ?」
 そんな一言を投げた青年へ、白虎がくわっと吼えた。
「今度こそ本物のゴールドかにゃ!? 勝負を申し込むー!」
「いえ、その人も違いますよ」
 やれやれとばかりにクラークが首を振った。新手の男、蒼志がニヒルに笑う。
「ふ‥‥我が名はシャドウ・ブルー。覚えておいてくれたまえ」
「‥‥えーと。頼まれていた物、届けないと」
 混乱しきった状況に背を向け、仁は己の職務を果たすべく立ち上がるのだった。

●式場・その2
 式場では、白虎の誤解の種になった3人が壇上に上がっていた。タキシードの夢理を中央に、加奈と月夜魅が左右に並んで立っている。慈海が咳払いしてから語り始めた。
「キリスト様は同性婚を認めておられないので、代わりにしっと神の祝福をいたしましょう。新郎夢理。貴女は‥‥」
「はいっ。どんなに誤字が多くても、食いしん坊で子供っぽくても、私にSなお仕置きされても――」
 物凄い勢いでまくし立てる夢理。
「明るくて、本当はとっても優しい月夜魅お姉さま、大好きです! 永遠に愛し続ける事を誓いますっ!」
 慈海に言葉を挟む隙も与えず、くるりと逆に向いて。
「良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も、加奈様と――。永遠に友として支え合い、歩み続ける事を誓いますっ!」
「えーと‥‥以下同文で、誓いますか?」
 いい所を取られた神父は投げやりになっていた。
「はいですよ」
「ふふ、誓います」
 2人の同意を耳に、夢理の頬が真っ赤に色づく。
「それでは、誓いのキスを」
「は、はい」
 妄想魔人だが、実は相手の手も握った事が無い夢理が、ぎこちなく月夜魅の頬に唇を寄せる。ぼーっとしていた月夜魅が、夢理の顔へ手を伸ばした。
「え‥‥」
 頬むにむにか、と身構えた夢理の顔を固定して。
「夢理さん‥‥ちがいますよ、誓いのキスはこうです‥‥」
 唇へと、触れるだけのキス。
「‥‥はうはうぁ〜」
 へにゃ、と夢理が崩れた瞬間、大扉が音を立てて開かれた。覚醒した蒼志が一陣の風の如く赤い絨毯を駆け抜ける。
「え、きゃ‥‥!?」
「我が名はシャドウ・ブルー。こちらの可愛らしい花嫁は頂いていくよ?」
 加奈の腰辺りを抱えて、一飛びに宙を渡る自称シャドウ・ブルー。
「は、鋼さん?」
「はっはっは、何のことかな?」
 その会話は、思いっきり参列者の耳に届いていたが、聞こえない振りをする情けが慈海には存在した。
「おのれ、シャドウ・ブルー! でも後がつかえてるから、次いこう。次」
 情けと言うか、それ以外な気もするのだが。

 扉の中からは笑い声が聞こえてくる。その声に、待ち時間で胃がキリキリしていた菫がぶちきれた。
「ぬぬぬ、私を笑い物にしようと言うのか、そうなんだな! 帰る!」
 ちなみに、照れ屋な上に素直じゃない彼女の帰る発動はこれが初めてではない。
「笑われる事なんか無いよ。菫さん可愛いし」
 智弥の宥め方も、慣れていた。彼も緊張はしているのだが、隣を見ると少し落ち着かないといけない気がするのだろう。そんなこんなで、壇上にあがり。
「では、指輪の交換を」
 慈海も、今は荘厳な神父役をしっかり務めていた。それが一番面白そうと言う理由に違いないのだが。
「ゆ、指輪」
「大好きですよ。菫さん」
 パニック状態になる前に、菫の手を取る智弥。
「それでは、誓いのキスを」
 重々しく言う神父の目だけが笑っている。硬直したままの菫の顔に手を添えて、智弥は背中を屈めた。唇を寄せたのは、頬で。
「‥‥ぁ」
 微かに、菫が吐息を漏らす。

●更に舞台裏
 式場裏のスタジオでは、観念したような真彼がエレンと受付へ向かっていた。その背中を、ぼーっと目で追うソラ。
「つまらない、かな? さっきから全然楽しそうじゃないし」
 クラウが、ようやくそれを口にした。
「何か悩み事なら‥‥」
「え。そんな事ない、ですよ」
 言う間も、チラチラ視線が2人の方へ向いている。気がつくと、クラウは唇を噛んでいた。
「‥‥もう、いいですっ!」
 言い捨てて、ドレスの裾を翻す。
「え、クラウさ‥‥っ」
 駆け去る少女の後ろ姿に、ソラは冷水を浴びせられたような気がした。考えるよりも先に、追いかける。追いかけなければ、いけないと思った。
(俺は、しちゃいけない事を、したんだ)
 真彼とエレンに置いて行かれる事を怖れて、それでも応援しようとして。自分を見ていてくれる友達を、置き去りにしていた。
「ソラ君、クラウちゃん!」
 受付から、エレンの声が聞こえる。でも、少年は足を止めない。
「待って、エレン君」
 追いかけたエレンの腕を、真彼が掴んだ。
「こういうことで悩めるのなら、むしろいい」
 彼らの悩みは、人と人との関係について。能力者であろうとも、その悩みを『人』と変わらずに表に出せる事が、真彼には眩しく思えた。それは強くあるために、青年が捨ててきた筈のもの。
(でも、あの老人はそれを捨てる事無く、強い。僕にも、それは‥‥)
 できる、だろうか。それは、やってみなければわからない。それは、大人への階段を上り始めた少年も同じ事。
「そっとしてあげるのも愛情って事?」
 エレンは少し釈然としない様子で問う。答えず、真彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「さて写真、撮りましょうか。一緒に撮ってくれるんでしょう?」

「‥‥3人って何か変だと思ったらこういう余興だったんですね?」
 舞台であれば楽屋裏にあたる場所で、姫抱きから下ろされた加奈が笑う。
「余興? ‥‥は、君は、男性が女性を手に入れようとするのが単なる余興だと思うのかい?」
 蒼志は、まだブルーモードのままだった。いわゆる暴走である。
「ええと‥‥。本気でやってるんですか?」
「本気さ。伊達や酔狂でこんな真似はせんよ」
 良く判らない会話だが、斜め上の方向で噛み合ったらしい。加奈は、高校の文化祭みたいですね、とか懐かしそうに言ったりしている。
「さぁ、それでは行こうか加奈! まだ見ぬ明日へと!」
「そうですね。じゃあ、宴会場に。お腹空きましたし」
 夢理ちゃんが少し心配ですけれど、等と続ける加奈。妙な事を言い出す人の扱いは慣れている雰囲気だった。
「いや、我はシャドウ・ブルーだから。このまま宴会場とかに行くのは、‥‥困る」
「あ、私もそれは困ります。ドレス、汚したら大変ですし、窮屈ですし。早く着替えたいかな、とか」
 とはいっても、1人では脱ぐのも大変な代物だ。
「‥‥そのような衣装に身を包んだ君の姿を、大勢の目に留めるのも面白くないな」
「それじゃあしばらく待っててくれますか? 着替えて何か食べる物、貰ってきますから」
 かくて、攫われた花嫁は10分後くらいには普通に戻っていたりした。

●式場・3
「指輪の交換を」
 慈海が促したが、台の上には虹色のバラがあるだけだ。
「まぁ」
 玲が一息つく間に、響の手がバラの上を撫でる。
「ふふふ、楽しんでもらえたでしょうか?」
「響さんの悪戯には慣れていますもの」
 そう答えながらも、玲の鼓動は中々収まらなかった。不安よりも甘い音が胸の奥から聞こえてくる。
「では、誓いのキスを」
 ヴェールを上げて、隣を向く。自分とそっくりな顔が、息を呑むのが見えた。
「綺麗です」
 言葉を切ってから、もう一度口を開く。
「愛おしい僕の花嫁。世界で一番綺麗ですよ」
 そのまま、響は背を伸ばして玲の額へと口を寄せる。親愛を示すキスに、玲の鼓動は収まろうとはしなかった。
「僕達の未来に祝福あれ」
 微笑んだ響へ、今度は玲の側から間を詰める。唇ではなく頬へと軽い口付けを。
「‥‥え?」
 笑顔を見せてから、玲は胸に手を当てる。鼓動は、さっきよりも高くなっていた。
「‥‥びっくりしましたよ。それでは、僕も」
 息を整えてから、響は玲を抱きかかえる。空いたほうの手を、サッと一振りした。
「‥‥ん?」
 すぐに、もう一振り。綺麗な紙吹雪が舞う。
(‥‥失敗、するなんて。珍しいですわね)
 その理由を想像して、玲は心の中でクスリと笑った。

 最後の一組は、この日一番の年の差カップルでもあった。
「‥‥ミ、ハイル‥‥これどう?大丈夫かな‥‥」
 普段の勝気な様子は影を潜め、上目遣いで尋ねるケイは、年相応の乙女の様相だ。
「いつも黒だから白いドレスは素敵だね? 凄く新鮮だよ」
 年上のミハイルは穏やかに微笑する。ヴァージンロードを静かに歩きながら、ケイを穏やかにリードして。
「素敵です、ケイさん」
 参列者席から、ため息をつくような真琴の声。微笑むケイの耳に、クラシカルな演奏が聞こえてきた。
「さすがの演奏ね‥‥アンドレアス」
 有名なその曲に出てくるのは、妖艶な舞姫と厳格な修道士。
「最後は、私が君の虜になって終わるのかな?」
 ミハイルが微笑を消さぬまま、そう囁く。指輪の交換の瞬間、こらえていた涙がケイの頬を伝った。
「まるで‥‥本当にミハイルの奥さんになれたみたい‥‥」
「一生愛することを誓うよ」
 この歳で、ちゃんとした式を初めてあげたのだから、とケイを抱き寄せ、唇を頬にそっと当てた。

●打ち上げと宴って似てるよね
 白虎がちゃっかりウェディングドレスに着替え終えた頃には、既に披露宴が始まっていた。
「すっかり出遅れてしまったのにゃ」
「冴城さんの料理、楽しみですね」
 微笑しつつも、クラークはまず会場に居るはずの知人を探していた。
「あ、クラークさん。こんにちは」
 皿に料理を取り分けていた加奈が、会釈する。
「夢理さんの分ですか?」
「いえ、蒼‥‥知ってる方の分なんです。夢理ちゃんなら、あっちのテーブルにいますよ」
 疲れたのか、ぼーっとしてるみたいです、と加奈は笑った。
「そうですか。せっかくなので写真を撮影しようかと思ったのです」
 式の最中に撮りたかった所だが、その時間は宿敵を迎撃するのに忙しかったり。
「あぅー。大丈夫ですー」
 まだ赤い頬のまま、手をあげる夢理。その向かいで、月夜魅はすやすやと寝息を立てていた。
「ちゃんと並べよ」
「わかっておりますわ。それにしても美味しそうですわね」
 ローストビーフを切り分ける翡翠に、エリザが感心したように言う。覗きこんだエレンもスライスされた赤味加減に笑顔を見せた。
「ホントに、美味しそうね。誰が作ったの?」
「あ? 俺が作ったんだよ。疑うなら食‥‥っと、と」
 振り向いた先にいたのが、少し年上の女性だったのに気づいて翡翠が口ごもる。
「そういうつもりじゃなかったのよ。ごめんね。私にも2切れ、貰えるかな?」
「はいよ。何だか2人分取りに来るの、女ばかりだな」
「‥‥ま、まぁ。それ位はして差し上げても良いかと思いまして」
 翡翠の何気ない一言に、エリザが照れくさそうに俯いた。そんな様子を微笑ましげに見ているエレンに、今日は大役を果たした慈海が手を振る。
「こんばんは、エレンちゃん。ん? 何かいい事あった?」
「フフフ、どうかしら」
 彼女はそう言って片目をつぶった。

「柏木先輩ー! ボクと結婚してくれるって言ったじゃない!」
「言わんわー!」
 エリザが戻ってきた時には、柏木は白虎とじゃれていた。
「お互いに不器用な処があるけど、それらを相互に補う事を期待してるわよ」
「ありがとう。そうですわね」
 悠季の挨拶に、エリザは小さく頷く。柏木に不足しているラブコメ分を補って、ギャグキャラ分を引き取ればちょうどいい気がした。
「せっかく綺麗に着飾った方も多いのですし、集合写真などいかがですか?」
 フィルムの残り枚数を確認してから、クラークがそう声を掛ける。

「ドレス、似合うじゃん。そやってると年齢相応だな」
 テラスで佇むクラウに、アスが声をかける。
「はわ、お兄ちゃ‥‥」
 何があった? と問う声は優しい。ぽつりぽつりと言葉にするうちに、気持ちが段々落ち着いてくる。
「‥‥ソラの興味が、自分から逸れてたら嫌か?」
「別に、そんなんじゃ無いですよ」
 自問してみても、多分違う、と思った。けれども、もやもやの正体が判らない。押し黙った妹分に、アスはそっと手を伸ばす。
「はわっ‥‥」
 髪をくしゃっと撫でてから。
「いつまでもぶーたれてんな。豚になるぞ」
「むぅー。いいもん。豚さん可愛いから」
 言い返す少女に笑いを返す。その正体を知るのに急ぐ事は無いと、内心で思いながら。余り早く気づかれても、兄貴分としては寂しいかもしれない。
「ね、お兄ちゃん、ケーキ食べたいです!」
 伸びをひとつしてから、元気に言う少女の様子を見るに、まだ心配は無用のようだった。

 壁際で。ベルは俯き加減に座っていた。行き過ぎるカップルを目にする度に、未早に申し訳なく思える。
「隣、座りますね」
 食べ物を取りに行っていた未早が、一言断ってから腰を下ろした。綺麗なドレス姿で、今のベルとは不似合いに見える。
「‥‥今日は、ごめ‥‥」
 何かを言おうとするベルに、未早は微笑して首を振った。
「傍に居させてください、って言いました」
 理屈っぽく、色気もなく、覚醒すれば冷たく、可愛げも無いのですけれど‥‥、と。それは、ベルが彼女に思いを告げた時の返事と同じ言葉。
「今回は、色々『本番』の参考になって良かったですね」
「ぇ!?」
 怪我をしていない肩に、少しもたれるように身を寄せて。
「早く『次』があるといいですね、ベルさん」
「ぁ、はい‥‥。はい!」
 幸せそうに微笑む未早に、ベルはしっかりと頷いた。だが、その前にしなければならない事があるわけで。
「お父さん、どんな顔するかなぁ‥‥」
 ベルが贈ったダイヤの指輪のきらめきを眺めながら笑みを深くする未早に、ベルは身の引き締まる思いを感じるのであった。

 バイキングスペースは食欲をそそる匂いと彩りで一杯だ。
「料理は美味しいね、中華はあまり食べないが美味しいものだ」
「おう、厨房に伝えておくぜ」
 ミハイルの賛辞に、大皿を入れ替えていたリュウセイが頷いた。
「ね、この海老も美味しそうよ。それから‥‥」
 2人分の料理を、ケイは手際よくよそっていく。
「本当のご夫婦みたいですね」
 響の言葉に、ちょっと手を止めてから。
「本当にそんな日がいつか来るのかしら‥‥」
「ん?」
 振り向いたミハイルへ、ケイは悪戯っぽくウィンクした。奥の席のゼラスが頬を掻く。
「今度は、そんなに待たせない」
 無言で頬を染めるファティマ。そんな様子を眺めつつ、響は玲の待つ席へと戻る。
「ありがとうございます。美味しそうですね」
 にこにこしながら、箸を伸ばして。
「響さん。あーん」
 照れくさそうにしながらも、パクリ。そんなたべさせっこは連鎖を始める。
「あ、コレ美味しいじゃない。イルもどう?」
 由稀の声に、イリアスが少し考えて。
「食べさせて、くれますか‥‥?」
 赤い顔で言う少女へ、由稀が流し目を送る。
「いいけど、後でイルを食べちゃうわよ?」
 そんな様子をぼんやり眺めていた柏木に、リュウセイが大声で挨拶した。
「柏木おめでとう! お祝いの料理をお前に送るぜ!」
「お、おぅ」
 爽やかなイイ笑顔を向けるリュウセイに、もごもごする柏木。
「え、模擬? 細かいこときにすんな!」
 すぱーん、とその背を叩いてからリュウセイは料理の補充に戻っていく。気を利かせたのかもしれない。
「え、ええと。ああいう感じが良いのでしたら。その‥‥」
 もじもじしてから、エリザが手にしたフォークを差し出す。
「あーん、ですわ」

 そんな中、菫は少しご機嫌斜めだった。
「しょ、しょせんお前ではあの程度だと思っていたのですよ」
 誓いのキスがどうやら不満だったらしい。
「それじゃあ本当にキスしますね」
 驚いた菫を、抱き寄せる。唇へのキスは3度目。事故ではない初めてのキスは、これまでで一番甘い味がした。
「‥‥智弥は、意地悪なのです」
 目を閉じて、囁く菫。
「え?」
 きょとんとした智弥に、菫が身を固くする。
「‥‥あ、いやこれはそのだな。ま、まぁ、お前ばっかり下の名前で呼んでいるというのもなんか癪なので‥‥」
 きょときょとと視線を彷徨わせたり、もじもじしたりしてから。
「これからはし、下の名前で呼んでやるのです」
 恥ずかしそうに囁いた少女を抱く腕に、智弥はぐっと力を込めた。
「菫さんと、一緒にいたい。これからも」

 ようやく、宴会場の消費が落ち着きつつある頃。厨房では、今回の立役者であるスタッフが慰労会を行っていた。
「お疲れだな、宴もたけなわだし飲めよ。主役じゃねぇもの同士こうするのも悪くねぇだろうよ」
 リュウセイの声に、アスカが杯をあげる。
「お疲れ様。ふふっ、そうね。たまにはこうして裏方で頑張るのも悪くないわね」
 つまみは賄い料理だが、一同ここぞとばかりに腕を振るっている。端では、仁がグラスの中を覗き込んでいた。
「いつか僕にも春は訪れるのでしょうか‥‥」
 漏れる溜息に、壁際にいた伯爵が頷く。
「訪れるのを待つのもいいが、自分から足を踏み出してみては如何かな? ‥‥などと、浮いた話の無い私が言うのはおこがましいかもしれないが、ね」
 微笑しつつグラスを干した伯爵の肩に黎紀の細い手が掛かった。ぐ、と力を込めて伸び上がり、耳元に囁く。
「少しは意識して下さいね?」
 青年はしばし眼を閉じたが、それ以外に動きは見せなかった。

 涼みに出た真琴の視界に、テラスの柵にぼーっともたれていたアスが入る。
「楽しそうじゃない‥‥ですね」
 アスは曖昧に頷いてから、煙草に火をつけた。
「結婚‥‥って、信用してねぇのよな」
 神様に誓って父親と一緒になったはずの母親が、自分を置いて家を出た。何事も無かったように、継母と弟ができた。ひょっとしたら、子供の自分には判らないドラマがあったのかもしれないけれど、結果だけ見ればそういう事だ。
「別に誰も恨んじゃいない。愛情だって注がれてたと思う。けど‥‥、一度も『寂しい』って言えなかったのな」
 ふーっと吐き出した白い煙が、暗くなった空へ上っていく。それを、ただ何となく2人で見あげていた。
「‥‥うちも、家族との縁は薄かったから判ったようなフリしか出来ない、ですけど」
 約束した時の心の有り様を大事に思いたい、と真琴は言った。人の心は移ろう物だけれど、その瞬間にその気持ちがあったことだけは、変わらない。変えられない、と。
「‥‥大人、なんだな」
「背伸びしてるだけ、ですけどねっ」
 くす、と空っぽな笑みを浮かべてから。
「寂しい時に寂しいと言えなかったのは辛いですけど。でも、寂しい事を伝えて貰えなかった側もきっと、寂しいですよ‥‥」
 相手を思って黙っているのと、向き合う事から逃げているのと。よく似ているけれど、間違えたくは無いと彼女は言った。
「‥‥ん、やっぱ良かったな。真琴で」
 何が、とは言わずにそう呟く。空に目を向けた所で、元気な声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、ケーキ、とってもたくさん貰ってきました」
「‥‥ほんと、豚になるぞ」
 いつかみたいに転ばれないかと、慌ててトレイを受け取りに行くアス。
「あ、真琴さんも一緒に食べませんか?」
 大好きな星の灯の下で、少女は無邪気にそう笑った。