タイトル:伝説の樹・最後の聖戦マスター:紀藤トキ
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 50 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2010/01/08 07:28 |
●オープニング本文
ここは元カンパネラ学園四天王の柏木一派が根城にしている、体育館裏の大木。柏木達は、机を並べたり樹を飾り付けたりするのに余念が無い。
「今年は、去年と違って平和じゃのう‥‥」
「そうッスねぇ」
通称『伝説の樹』の周辺では、不良の溜まり場とは思えぬ和やかな風景が広がっていた。柏木の友人の間垣と、その彼女の沙織が机の上にクロスを広げる。
「間垣先輩、そっち引っ張ってください」
「おう。今年は飾りつけとかも、本格的だよな」
その下で告白したカップルが結ばれるという噂が本当かどうかはともかく、ロマンティックな場所ではある。去年はこの場で恋愛忌避の不良達と恋愛推進派が熾烈な戦闘を繰り広げ、その痕跡を学園当局から隠蔽する為にパーティを開いたのだが。今年は、そんな理由ではなく、最初からパーティを開こうとしていた。
「明日はケーキとか、持ってきますね」
何か良い事でもあったのか、ニコニコした加奈が言う。
「そういえば、今年もプレゼント交換会はする?」
「せっかくだし、やろうか。今から、チラシに書き足すよ」
配布用のチラシは沙織の手書きらしい。趣味に走らなかったのか、可愛い男の子と女の子が踊っているようなイラストが載っていた。肩を寄せて相談しつつ、ちょっと近い距離にドキドキするとか、初々しくて死ねばいいそんな光景に、去年であれば嫉妬の炎を燃やしただろう柏木一派は穏やかに微笑むだけだ。ここに騒乱の気配は欠片も無い。
「楽しい一日になると、良いのう」
柏木は早くも、明日の事を思って厳つい顔を綻ばせていた。
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夕刻。砂を踏む音を立てて、男が行く。その手には、可愛いフォントの踊る『クリスマスパーティのお知らせ』のチラシが握られていた。彫りの深い顔に光る鋭い目と広い肩幅、何よりもその歩法が、男の素性を物語っている。何らかの武術を修めているのは間違いない、と。カンパネラ学園の門を前にして、その足は止まった。
「変わらんな、ここは」
ゆっくりと周囲を見回す間に、門の脇に影が増える。カンパネラ学園四天王を自称する、疾風のルイが頭を垂れていた。筋肉質な体躯を白のスマートな長ランに包んだ彼に、普段の不遜さは見えない。
「ルイか。相変わらずだな」
「ええ、辰巳も変わりないようね。ほっとしたわ」
男の名を林辰巳という。人呼んで、静寂の林。この期に及んで登場した自称カンパネラ学園四天王の筆頭であり、数々の伝説を残すらしい不良だった。例えば、某理事を『そのキラキラが学生に相応しくない』と殴り飛ばして長期停学になったとか。割と真面目なのか、相手が学生じゃなく理事だという誤解に気づいて今日まで素直に処分を受けていたらしい。どうみてもまともな学生っぽくないルイをスルーする辺り、マイルールにだけ厳格なタイプの男だった。
「‥‥他の2人はどうした」
「小島は、自分より目立つ自称烈火が出てきたのでしょぼくれて引っ込んでるわ。柏木は‥‥」
唇を曲げたルイを、男はじっと待つ。
「柏木は腑抜けたわ。もう硬派とは言えないわ」
「‥‥まさか、とは思ったが」
男の顔が、僅かに動揺した。天地が揺らいでも、動揺することなど無さそうな男の顔が。
「女よ」
ひゅううう、と冬の風が吹く。男の手から滑り落ちたチラシが、地面近くを低く飛んでいった。
「‥‥我の居らぬ間に、学園の綱紀も緩んだ物だな」
林が自分を立て直すのに必要とした時間は、5秒ほど。
「ここまで来る間にも、随分と嘆かわしい輩を見た。‥‥ルイよ。我らは何だ」
「学生よ」
幾度と無く、繰り返されたのだろう。問答に応じるルイの口調によどみは無い。
「学生の本分は」
「友情と努力、そして勝利」
いや、それは違う。行間からの突っ込みを無視して、林は頷いた。
「我らは学生だ。学びに生きるべき身でありながら不純異性交遊にうつつを抜かす連中には、現実を教育せねばなるまい」
明日は忙しくなりそうだ、と笑う男の後ろに、白ラン達が静かに続く。
「おおい、待ってくれぇー。小島だ。烈火の小島だぁ。俺も連れてってくれぇ」
その後へ、ちょっと継ぎの当たった柔道着の、低い背丈の男が駆けていった。
●リプレイ本文
●
「未練だと! 今更!?」
孤独に耐えかねて逃げ出した世界に向けて、祐介が言い捨てた。今年も聖夜がやってくる。
「今日は朝まで一緒にいる事にしますわね」
「な、何じゃと」
柏木の様子で、発言の過激さに気付いたエリザは赤面した。
「ぜ、前日から妨害があるやもしれないから、その対処の為で‥‥っ。他意はありませんわよ」
何かあっても構わないけれど、とかいう内心の声は柏木に届く筈も無く。
「俺は別れて一年近く経つが、正直『カップル爆発しろ!!』っつー気持ちが無いワケじゃない」
アッシュはそう呟いた。呟く間にも、定番罠を手際よく設置していく。
「そう、ですか」
手伝う智弥は複雑な顔だった。
「智弥〜。手が凍えて上手く結べないので代わりにやれなのです」
智弥に同行した菫は、何かあるとすぐ少年を呼びつける。
「‥‥まあそれでも人様の邪魔をする気は起きないがな」
行って来い、というように手を振るアッシュに頭を下げて、智弥は菫の元へ向かった。
「いや、副業に集中してる間に、世の中変わったねー」
辺りを見る賢之に、鴉が肩を竦める。当日、騒動を横目に移動蕎麦屋っぽい事を目論んでいる賢之を、更に傍観するのが鴉の目的だった。変わったと言えば。
「敵の敵は‥‥一応味方ですか」
「うむ。よろしく頼むのにゃー」
クラークに、白虎は頷く。しっと団の総帥だった少年は、桃色の噂が出たのを機に追い出されたと言う事らしい。確かに単独に見えるのだが、実は変装した仲間達が紛れていたりする。。
「これ、此処で、良いんですか? 暇な人達なんだな? こんな事やるとは」
長髪を帽子の中に纏めた紫翠が、ブツブツいいながら通り過ぎ。
「さて、最後の聖戦‥‥しっかりとカオス撒き散らそうかな♪」
珍しく少年っぽい服装の子虎は、携帯端末を切りながらにんまりと笑った。
「眠いのにゃ‥‥でもパチィ〜は大好きなのりゃ‥‥」
前日から寝袋着用で芋虫の如く這いずる楓をひょいと避けて。
「随分と香辛料が多いですね。手配はしておきますが」
参加者の間を回っていたアルが、態勢の整ってきた会場を見て頷く。
一方、子虎からの電話を切った慈海は、にんまりと笑っていた。
「配置が筒抜けとは思うまい」
「大泰司と言ったな? 我に協力とはどういう意図だ」
問う林に、慈海は真面目な表情を作る。
「柏木先輩には俺も失望してるんだ‥‥。彼を目覚めさせ、学生の本分を取り戻すため、共に戦おう」
「学生の本分だと? おっさん、鏡見てから言うといいぜ」
小島がそう揶揄するが、慈海は動じず背を向けた。学ランの裏に、凛々しい少女の顔がプリントしてある。
「これは俺のお袋だよ。お袋の顔に賭けて、嘘はつかない」
無理がありすぎると突っ込もうとした小島を、林が片手で制した。
「我にはこの男、嘘をついているようには見えん」
馬鹿である。なお言いかけた小島は、片手の一振りで退けられた。
「くそっ。面白くねェ」
「ちょっと、いいかしら?」
そんな彼に、悠季が声を掛ける。その腕に光る腕章。
「せ、生徒会!?」
「しっ」
騒ぎかけた小島を制して、悠季は取引を持ちかけた。
「悪いようにはしないわ。協力、してくれるわね?」
「あ、あぁ」
小島は引き込まれるように頷く。馬鹿の子分もやはり、馬鹿だった。
●
「ミユ姉様‥‥。今頃は北米におられるのでしょうか」
カンパネラの理事室に、ハンナの尋ね人はいなかった。伯爵の抱き枕でも置き土産にと思ったが流石にそんな物はない。仕方なく出た外気が、ひやりと肌を刺す。
「確かに学生時代は恋愛以外にもやるコトはあるよな」
校門で林と会ったアスは、何となく共感してしまっていた。ロッカーと不良は、反分子である辺りが共通している。生物学的とか倫理的とか、色々と。ロッカー関係ないな。
「おやおや、林君じゃぁないですか、奇遇ですねぇ。僕です。綾瀬 怜央ですよ」
男装した零音がそう声を掛けた。手の届く範囲に敵が近づけば、その瞬間に『暗黒物質』と名付けたチョコパフェとかをお見舞いするはずだった。が、その前に白ランのマッチョが立ちはだかる。
「ふふ‥‥ばれてしまったか」
「フン、このルイの前で男装とは。笑わせてくれるわね」
相手が悪かったらしい。零音は不敵に笑い、危険物を投げつける。それを鞭で叩き落す間に、零音は間合いを逃れていた。
「うが、何だこれ‥‥食い物‥‥じゃねぇぞ!?」
とばっちりを受けたアスの顔色が蒼くなっている。しかし、林は受け止めた破片を顔色一つ変えずに齧った。
「フン。毒物への対処など、武人としての嗜みの一つ」
いや、それは一応食べ物だと思うんだ。
「‥‥今年もまた無益な戦いが始まるわけですね‥‥」
ぶおん、と構内に響くリンドヴルムの音。バットを担いだ春奈が林一行の側面に姿を現す。
「まぁ、やることやってからのんびり楽しむとしようか」
後席から降りた湧輝は、弓を手にそのまま屋上へ。
「あ、‥‥あれが噂の静寂の林!!」
指差した真夜の横に、灯吾が立った。
「下がってな、お嬢ちゃん」
真夜の方が年上だが、そんな事は関係なく。灯吾は林達の行く手に立ちはだかる。
「待て。物騒な連中が、雁首揃えて何処行くんだよ?」
「んだぁ? てめぇ」
いきり立つ有象無象を制し、林は手にしたチラシを無造作に投げた。
「そうかい。だが、そこには俺のダチがいるんでな。烈火の名に賭けて、通す訳にはいかねえぜ!」
「ならば‥‥拳で語れい!」
交差は一瞬。灯吾の体が飛ぶ。
「久しぶりに見るけど『ワームブレイカー』、さび付いてはいないようね」
「生身でワームを破ると言われる技、恐るべき威力だぜ‥‥」
ルイと小島が説明的な台詞を吐いた。顎を出したまま落ちる灯吾を一瞥し、進みかけた林の足が止まる。
「待てよ‥‥まだやられちゃいねえ‥‥」
「全力を出さぬは非礼であったか」
林が再び構えを取りかけた瞬間。
「そいつの相手は俺にやらしてくれよ、林さん」
割って入った小島の目に、恨みの炎が燃えている。
「ポッと出てきたそいつのせいで俺が味わった不遇。晴らしてやりたいんスよ」
好きにしろ、と言うように林は再び歩き出した。小島が笑みを浮かべながら、灯吾へ向かう。
「もうボロボロだろうが容赦しねぇ。手前も劣化と呼ばれる辛さを味わいやがれ!」
「あわわわ。ど、どうなっちゃうんでしょう!?」
慌てる真夜を他所に、脇役同士の対決が幕を開けようとしていた。
「結局、何も無かったのう」
「何もありませんでしたわね」
柏木とエリザが微妙に違う意図で同じ事を口にして溜息をつく。伝説の樹へ向かう2人に、歩が声を掛けた。
「元四天王、柏木さんですね? 四天王の皆さんと共に、義によってカップルを粛清します。覚悟!」
「‥‥タイマンじゃ。エリザは下がってくれい」
林の復学を、柏木はまだ知らない。悠然と腕を組んだ柏木に、歩がごくりと唾を飲む。
「無造作に見えて隙がない。まるで角を向ける牡牛の様に攻防一体の構えですね‥‥」
しかし、構えを解かせれば勝機はある、と歩が思考した瞬間。
「動かぬならこちらから行くぞ」
「牡牛の角、折ら‥‥ぅぐふぃっ!?」
歩の小柄な体躯が宙を飛ぶ。しかし、この短い戦いで足を止めたのはまずかったようだ。
「柏木だ! 討ち取って名を上げろ!」
寄って来た雑兵どもに、柏木は舌打ちする。幾らなんでも数が多い。
「私がセンパイの背中を守ります。センパイは私の背中を守ってください」
「おう」
巨漢が歯を見せ、少女が微笑んだ。
●
林の帰還で、不良達も活気付いていた。
「第二校舎総番の木藤ィ、推参だぜェ?」
名前も口調も投げやりすぎる彼も、その1人。
「‥‥へっへ、姉ちゃん。可愛いじゃねぇかァ」
「きゃー! きゃー!!」
烈火対決を観戦していた真夜に目をつけたらしい。
「次期四天王の俺の彼女に」
「いーやー!!」
階段を背に、逃げ場の無くなった真夜が悲鳴を上げた。瞬間、上から声が降ってくる。
「粋じゃねぇな、あんた」
踊り場から飛び降りてきたヒロミだ。
「俺のお楽しみを邪魔してくれやがって。何処のモンよ? あァ?」
木藤が懐へ手を滑らせ、チェーンを取り出す。
「眠れる獅子‥‥って言うには眠りすぎちまったかな? 俺は芹沢ヒロミ」
「貴様がアノ!? ‥‥おもしれぇ。手前を殺ッて、階段踊り場のピーピングポイントも手に入れてやらァ」
人聞きの悪い事を言いつつ、木藤はチェーンを振り回した。
そんな動乱とは関わり無く、パーティの準備を進める面々もいる。
「行ってらっしゃい。気をつけて」
ソラを笑顔で見送ってから、クラウは周囲を見回した。と、鍋に囲まれる陽子の姿に目を止める。
「何してるの?」
「殴り合いは、か弱い少女の戦い方じゃありません。私なりに妨害者からパーティを守ろうと思いまして」
思いついたのが、激辛カレーを食べさせると言う案であったらしい。
「私もお手伝いしますねっ!」
ニコッと微笑むクラウの横、覗き込んだファルルも笑みを浮かべる。ファルルは何故かメイド服姿だった。
「なんか面白い事をやるみたいね。私も協力させてもらうわ」
同じ微笑でも、印象が違うのは気のせいではあるまい。
「とっておき‥‥というわけではないが、シャンパンを持ってきたぜ」
ツィレルが席にどかりと座り込む。彼は騒動を横目に、見物に徹するつもりだった。
「林一派とは別の連中も、この機に乗じているようですね」
「漁夫の利を狙う卑怯な奴はボク‥‥いや、撲殺あるのみだにゃー」
クラークと白虎の声を耳に、ツィレルは肩を竦める。
「ご苦労なことだぜ。俺には関係ないがな」
言いながら、微かに落ち着かぬ気分を青年は感じていた。
●
「教授。必ずどこかに‥‥あそこだ」
始まった戦いの中、智弥が一点を見定める。校舎屋上に、白衣が翻っていた。
「どきやがれこんちくしょー」
「何がどーなってんだ!」
振り回される韮を回避しながら、アスは慌てていた。
「ってか俺関係ねぇっての!」
そうは見えないポジションではある。そんな一角に、ぬるま湯が突然ぶちまけられた。
「去年も一昨年も戦場にいたんだ。今年だって戦場にいてやるさ‥‥」
「ちょ、それはアブネェだろが!」
据わった目で呟く赤い霧の一撃を回避する。すぐに戦いは諸所へ波及していった。
「まず最初は相手を誉める、と。なるほど」
マニュアル本を読みながら、待ち合わせ場所へ向かっていた真彼はその犠牲者である。
「逝ねや色男ォ!?」
「あれ?」
間抜けな声と共に、吹っ飛ばされる青年の姿を見つけて、ソラが息を呑む。
「国谷さん‥‥!?」
追撃を加えようとした不良を、謎のピンク色が撃退した。
「間合いが甘いわ!! さぁ、今のうちに行くがいいよ!」
楓がばさばさと羽ばたく。可愛い少年の為に振るう暴力は正義らしい。そんな戦場に、新しい風が吹く。
「白虎が裏切ったぞー!」
「分かるか! 貴様らに! 相手にされないこの哀しみが! 絶望感が!」
周囲が桃色に染まっていく中、自分だけダメな状況が、真の嫉妬を目覚めさせたらしい。
「裏切りとは卑怯じゃないかのう?」
「黙れ昭和!! 時代は知能戦だ!」
白虎の檄に応じて、しっと団が決起する。
「ふっふっふ♪ カオスの力は不滅♪ ここにしっと団復活!」
男装を脱ぎ捨て、普段どおりの女装姿となった子虎が胸を張った。
「トラリオンも真・トラリオンとなりパワーアップなのだ♪」
舌打ちしつつ、クラークが上着を脱ぎ捨てる。しかし。伏兵がいたのは何もしっと団だけではなかった。
「そんな事やってるからァ!モテないんだろアンタ達はァー!」
なにやら溜まっているマグマの噴火するような気配と共に、レミィが立ち上がる。
「他人に当たる前に、自分を磨きな!」
大地の一喝へ、白虎のしっとパワーが高まった。出来ればやっているわボケ、と振り回されるピコハンを掻い潜り。
「その曲がった性根、修正してやるッ!!」
レミィが牙を向く。
「竜虎相打つ‥‥かっ。応援するから頑張って♪」
この後も遊ぶ気満々な子虎は、一歩下がって退路を確保していた。
時を同じくして。
「お久し振りだな‥‥さて、そろそろ‥‥実力見せてもらおうか?」
黒に身を固めた紫翠が、白ランのルイの前を塞ぐ。
「アンタは‥‥。フン、私が出るまでも無いわね。遊んでおあげ」
ルイが舎弟へと言い放った瞬間、メイド服と執事服のコンビが白ラン集団の前へ。
「すけだちにきたよ。変かも知れないけど、ぼくは、ぼくだからさ。雑魚は、任せてよ」
「別に‥‥変じゃないと思うけど」
幼い言葉遣いのミズキへ、少年が静かに言った。頷いてから、ミズキは得物を構える。
「この場所はボク達の。ううん、みんなの大切な場所なんだ」
「後ろは僕が面倒みるよ‥‥それくらいの仕事はしないとね」
臆せず言い放ったミズキの背を、イスルがカバーするように立った。
「フン、苛めて欲しいのね? ‥‥先に行ってくれるかしら? 林サン」
ルイの言葉に、林は頷く。しかし、彼もタダでは進めない状況だった。
「あ、手が滑った★」
振り回した慈海のロープが林に飛ぶ。
「小細工は‥‥」
「あ、あれ? でも、今のうちなら‥‥覚悟っ」
巨大注射器をおもむろに尻に突き刺した瞬間、林が拳を一振りする。
「効かぬわ!」
花壇に中年が突っ込んだ。先を進みかける林へ、影から赤い霧が音も無く忍び寄る。
「どんなに強くても生物‥‥能力者もその枠からは逃れられないさ」
瞬間、林は背に目があるかのごとく蹴りを放った。味わった事の無い一撃に、膝が揺れる。これがギャグシナリオ補正の力だ。
「眠れ」
突き込まれた正拳を交差した腕で受け、軋みに抗うように赤い霧は大声を上げる。
「会場には大事な友人がいるんだ‥‥行かせてたまるかッ!」
「‥‥見事。なれば我も技を持って応えよう」
ワームをも砕くらしい必殺の一撃が再び繰り出された。
●
「ま、まだ負けた訳じゃねェ‥‥」
一方的にヒロミにボコられた木藤は、彼が去った後でヨロヨロ立ち上がる。周囲を見た彼の手を、細い腕が取った。
「お兄さん、わっちとお話しんせんか?」
花魁姿のカンタレラが、そっとしなだれかかる。
「‥‥!?」
捕まれた腕を引き抜かなければ戦えぬ、でもなんか絹のすべすべしっとり柔らかが彼を引き止め。ここもまた戦場だった。
「私には、好きな人がいます」
中央。雑魚を倒すたびに、シロウは口を開く。
「彼女にも、追いかけている相手がいます。それを承知の上で、私はあの人の背を追いかけています」
周囲に聞こえるように。自分に聞こえるように。自らが背負う物を知り、それでもなお愛の為に見守りたい。
「あの戦う姿を美しく感じ、貫こうとする想いをいとおしいと思う。私の心に嘘はない」
言い放った白熊男へ視線を向け、伯爵が僅かに手を止めた。その視線は値踏みするような色を帯びている。
「これでどう?」
自らの養女が袖を引いた瞬間、青年の気配は常へと戻った。その様子に、近くでいた黎紀は気づいたのだろう。
「‥‥後で、お話したいのですが」
そう言った黎紀へ、伯爵は首肯した。
「そちらは任せて、いいですか?」
叢雲の声。真琴は手を止めずに頷く。パーティの準備も、騒乱とは無関係に進んでいた。
「やめろー。こんな無益な争いはやめるんだー」
やる気のない零音の声。闘争の騒乱の中、不意に金管の音色が響いた。
「お前達、こんな所で何をしているっ、校内でのケンカは校則違反だっ!」
「‥‥貴様は、リョウか」
逆光で顔も見えずとも、それ以外は無い。林の一撃を、高所から飛び降りたリョウは受け流した。
「ぬ、『ワームブレイカー』を‥‥?」
「甘いな、林、俺に1度見た技は通用しないぜ」
爽やかに笑うリョウへ、林は慌てた様子も無く正対する。
「なるほど。ならば受けろ。我の真技を‥‥」
背筋に走った戦慄に、距離を取ろうとした瞬間。リョウはガードごと吹き飛ばされていた。
「ぐ、重い‥‥、そして鋭い。この、技は」
「名付けて『ギガバスター』。己を磨いていたのは貴様だけではない」
がくりと倒れた特殊風紀委員を後に、林は進む。その前に、今度は大柄な影が立った。
「柏木か。お前では我に勝てん」
「どうかのう。今のワシは、誰にも負ける気がせんのじゃ」
背で彼を見守る視線が、柏木に力を与えている。
「柏木、アンタ林さんに勝てると‥‥チッ!
ルイが飛び退った空間を、屋上から飛び降りてきたアスカの脚が裂く。
「その派手な格好‥‥気に入らないわね。何者?」
蝶仮面にビスチェとスカート、ブーツまで銀で調えたアスカは、ルイの言葉に高らかに名乗りを上げた。
「私の名前はマスク・ド・シルバー! 今宵はリングを飛び出し年末出張!」
一言ごとにポーズを決めるのは、多分プロレスラーだからだろう。
「パーティの邪魔をする悪い子は、なまはげに代わってお仕置きよ!」
「こっちの先約も‥‥忘れないで貰いたいな?」
紫翠のペイント弾が、ルイの白ランに赤いシミをつけた。
「こっちも、かたづいたよ」
「‥‥後は貴方だけです」
舎弟を片付けたミズキとイスルが、左右に回り込んだ。
●
「そろそろのようだな。さて、逝くか」
眼鏡に手を当て歩き出した教授が、足を止めた。
「み、見付けましたよ世界の歪みっ!」
歩が、階段脇で息を切らせている。再起不能となったかに見えた彼だったが、抱き枕のお陰で一命を取り留めていた。
「立体感溢れる表、そして心を奮い立たせる裏。これがある限り、僕は何度でも立ち上がります」
「ほう。それで?」
スタイルを崩さない教授に、歩が指を突きつけた。
「騒ぎの渦中で混沌を助長し、眼鏡サイエンティストとして僕とキャラ被りしている貴方を許すわけにはいかない!」
「フン、話にならぬな」
「あ、お話は終わりましたか?」
不意にかけられたその声は、観琴だ。
「ちょ、まだ僕の話は‥‥!」
「帰りたまえ。ここは君のいるべき場所ではない」
「お迎えに上がりました、秋月さん」
3人が発した言葉は同時。ややあって教授が俯き、視線を逸らした。落ちかけた眼鏡を外し、囁く。
「‥‥君といた時間は楽しかった。孤独の狂気を忘れる程に。けれどもそれが続くとは思えない。きっと失望して離れ‥‥」
言葉が、途切れた。俯いた祐介を真っ直ぐに見上げる黒瞳。歩がまだ何か言っているが、もう2人の耳には入っていない。
「私、葛城・観琴は秋月 祐介さんをお慕い申し上げております。それは何があろうとも、変わる事はありません」
柔らかく暖かく、包み込むように彼を受け入れる者がここにいた。固唾を呑んで、成り行きを見守る智弥と菫の前で。
「‥‥解は得た。歩いていく為の解は目の前にあったんだ。もう大丈夫だよ観琴」
囁きは細く、しかし視線は前へ向いている。
「でも知っての通り頼りないヤツだから‥‥。君に、支えて欲しい」
こく、と頷く観琴を祐介が引き寄せた。
「ぐ‥‥。眼鏡キャラとして僕は生き残った。なのに何だ、この言い知れぬ敗北感は‥‥」
リュックを抱くように、歩は項垂れる。
「教授ついにゴール! ‥‥って菫さん!? それはまずいよっ」
「‥‥何かこう人の幸せって踏みにじってぐちゃぐちゃにしたくないですか?」
教授の癖に生意気だとか言う菫を宥めつつ、智弥は2人の様子を携帯端末で隠し撮りしていた。
「ほんに、おめでたいどすなぁ」
いつの間にか、カンタレラも見物に回っている。普段なら周囲の気配に敏感な教授も、祐介に戻った今はタダの人であるらしかった。
●
「センパイ!」
エリザの声が、遠い。
「倒れぬとは、見事。が、もはや貴様は戦えぬ」
林の言う通り、指一本動かない。それでもエリザの手が触れた瞬間、抜けかけた膝の力が再び入った。
「相変わらず強いのう。じゃが‥‥」
言いかけた柏木が、言葉を止め。
「ぬ?」
林が、怪訝そうに目を細める。さっきまで傍観していた筈のツィレルが自分の行く手を阻んでいた。
「『ギガバスター』で来い!」
林に、ツィレルがそう挑発する。全力の一撃、耐え切れば時を稼げる筈だと。
「無謀‥‥。なれどその覚悟、善し!」
リョウを、そして柏木を一蹴した必殺技が炸裂した。‥‥が。
「‥‥浅い。1日に3回も使える技じゃないんだわ」
ルイが言う。膝を突きつつも、ツィレルはまだ構えを解いていない。
「何をしている! お前達には守りたいものがあるはずだ!」
ツィレルは、ひょっとしたら作業の手を止めているかもしれない背後の少女たちを叱咤する。が、誰も救いの手など伸ばしてはいなかった。世界は非情で満ちているのだ。
「アンタが柏木かい? 噂は聞いてるぜ」
「お前は赫熱の芹沢じゃな? 情け無い所で会うもんじゃのう」
いや、とヒロミは首を振る。粋じゃないのはアンタじゃない、と。
「不良少年は格好良くなきゃいけないんだ。格好悪い理由で喧嘩仕掛けるアイツらは、非行少年でしかねーんだよ」
ザ、と砂を踏んでヒロミが林へ対する。行間でツィレルは既に地に伏せていた。
「待ちなさい!」
鋭い声が、空間を裂く。
「生徒会執行部です。ただちに騒乱行為を中止しないと通報します」
「聖那の所の者が、何か用か?」
悠季の声に、林は全く動じた様子も無かった。生徒会長と闇の総番が知り合いだなどというのはお約束過ぎる。しかし、再び少女の声が響いた。
「お待ちなさい。ここより先に進むとあれば、この勝負、受けて頂きます」
角を曲がった先に、何故か並ぶ調理スペースと芳しい匂いを放つカレー空間。そして、垂れ幕に燦然と輝く大食い勝負の文字。
「勝負‥‥だと?」
陽子は、毅然たる表情で頷く。
「大食いとは古来より漢達が神へと捧げる神聖なる戦いです。まさか、逃げるとは言いませんわよね?」
「生徒会代表として、この勝負、受けたわ」
悠季が頷き、視線を林に向ける。男はニヤリと笑った。
「良かろう」
彼らは知らないのだ。零音の暗黒物質すら消化する林の恐るべき胃力を。そして、林が受けた事で、周囲へも大食いは波及していく。
「‥‥勝負に背を向けるのは格好悪ィよな」
ヒロミが渋々頷き。
「第二ラウンド、といこうかのう」
エリザの肩を借りて立つ柏木も笑った。倒れたままのツィレルのおっさんは、悪いが戦力外って事のようだぜ。
●
さて、カレーである。白いテーブルクロスの上に並べられた御飯。ルーはお好みで。選択肢は、激辛の漢カレー、不器用な彼女が初めて作ってくれた風青春カレー、愛情たっぷりメイド喫茶風カレーである。もしも勝負を拒否する場合は、『リア充&チキン専用ゲート』を通って先に行く事ができる、らしい。
「まぁ、せっかく作ったんだし、俺のカレーも選択肢に入れておいて貰うかね」
アッシュが作った甘さ控えめの欧風カレーが、お子様向けとして加わった。本場風の辛口は、激辛の隣にセットされる。
「さて、カレー以外を食べたい人相手にしっかり商売しますかね」
「御代を取らないのは商売じゃないんじゃ‥‥って、あれ? 総帥」
横でうどん屋台を開きかけていた賢之と鴉が、列の中の白虎を見て目を丸くした。噂では白くなったと聞いた白虎だが、今はしっかり真っ黒だ。そして、勝負の舞台では。
「しっ闘神の力。今こそ解き放つ!」
気合満々で激辛を選んだ神撫が、本場風カレーを一口含んだ所でそのまま崩れ落ちた。
「わ、大丈夫‥‥か?」
隼瀬が、すまなさそうに覗き込む。でも、あんなに自信満々だったらしょうがない。その奥、行間で突っ伏した小島の前で、灯吾が震える手からスプーンを落とした。
「メイドか青春で行け‥‥漢は危険‥‥」
柏木へそう告げて、倒れる。
「俺は甘いの、貰うかな」
隼瀬の選択は賢明だった。しかし、男は避けて通れない時がある。例え、それが破滅へ通じていても。
「漢カレーだ!」
ヒロミと柏木が同時に言い、林は無言で頷いた。
「ボ、ボクはお子様にするのにゃ」
辛いのが苦手な白虎も、涙目になりつつも挑戦に背を向けない。が、要領のいい子虎はとっくに離脱していた。
「‥‥私はこの、青春カレーを選ぶわね」
悠季は比較的無難そうな物を指差す。
「じゃあ、俺も」
アスも、流されるように頷いた。が、その顔が青ざめる。
「な、何でいるんだ!?」
「はわ、お兄ちゃ。私が作ったカレー、たんと召し上がってくださいね」
微笑むクラウ。彼女の料理の腕前は不器用と言うより大雑把だ。例えば、唐辛子丸ごとを放り込んでいる位に。自分はもう少しましだった、と涙目になった悠季がまず脱落する。
「とりあえず、某理事には謝りに行かせるんだからね!」
林へ言い捨てて彼女が去った後も、アスは逃げれず完食したらしい。勇者の末路に敬礼。
「お待たせしました、御主人様」
「ご、ご主人‥‥?」
ヒロミが目を白黒させる間に、ファルルが白いご飯の上へルーをかけていく。断ったら罰則が待っていたらしいが、断れる雰囲気ではなかった。
「ちょ、ワシのだけ多くないかのう?」
「‥‥駄目、ですか?」
上目遣いにみゆりが小首を傾げ、柏木は言葉を詰まらせる。
「センパイにはあれが効果的なのですわね‥‥」
エリザが考え込む間にも、ルーが溢れんばかりに御飯を黒く染めていた。
「ファルルさんの智謀、クラウディアさんの天然力、そして、わたくしの愛情が揃った今、この一皿に敵はありません!!」
「良かろう、見せてみるがいい。究極のカレーを」
林が一口含んで、ニヤリと笑った。柏木とヒロミも、それに合わせてスプーンを運び。
「ぐふっ‥‥」
ヒロミが目を見開いた。傷つきながらも決して倒れぬ男の視界が揺れる。もう一口。
「む、むう」
大概の物は食べれるらしい柏木も、苦しげな表情を浮かべていた。2つ名どおりに静かに、林が更に口に含む。
「‥‥む」
カタン、と彼はスプーンを置いた。脂汗を流すヒロミと口の端を引き攣らせた柏木の視線を受けて。
「我の負けだ。‥‥どうやら、厠へ行かずばならぬらしい」
花壇の中で、中年がイイ笑顔を見せていた。本命が席を立ち、もはや戦う意義が無いかと言うとそんな事も無く。
「‥‥またな、不動の」
クールに席を立ち、背を向けるヒロミと、それを見送る柏木。双方とも、不良の面子にかけてシリアスっぽく終わらせたかったらしい。そんな涙ぐましい努力の影で。
「これで終わりじゃないよな? 宿敵?」
「うぐぐ、見せてやる‥‥本当のしっとの力を!」
クラークが大人気なく白虎を苛めていた。
「そういえば、リア充ゲートって結局誰も通らないのな」
「店長が、通ればいいじゃないですか?」
温かいうどんを啜りながら、そんな会話が交わされる。自称穏健派しっと団らしい鴉の目が不穏な輝きを帯びたとか。
●
「‥‥気持ちよさそうだし、もう少し寝かしてあげてもいいかな?」
「俺は‥‥、いいですけど」
そんな会話が頭上から聞こえて、真彼は薄目を開けた。後頭部の温もりと、見下ろしてくる友人と恋人と。
「おはよう」
クスッと笑うドレス姿のエレンに、褒め言葉が宙に浮く。
「あ、すまない。もう大丈夫だ」
「私が膝枕、した方が良かった?」
彼女を正視できず、青年はとりあえず目に付いた皿に手を伸ばし。
「はわっ、それは私の‥‥」
クラウの声を耳に、再び昏倒した。慌ててクラウが持ってきた水を、ソラが受け取ってからエレンへ渡す。そんな様子を遠目で見て、アスは微笑した。少年少女は、大丈夫だ。気になるのは、もう1組の猫たち。
「今年ももう終わり、ですか」
手を休めて呟いた叢雲の横で、真琴は大きく伸びをした。少し前までの居心地悪さは、もう無い。友情とか愛情とか、それ以外とか、名前をつけたかった訳ではなく。名前をつけて告げて欲しかった訳でもない。重要なのはただ、必要とするとき、される時に手が届く場所にいたい相手だという事。
「急がないから、ゆっくり考えて」
早口でそう告げる真琴に、叢雲は微笑した。
「今年も、随分散らかっちゃったよな」
テーブルを調えていたリゼットへ、間垣がすまなそうに言う。去年の教訓から、彼女は白いクロスや造花の小物などを用意していた。
「今年は一部始終、見られているようですけれど。多分、平気ですよ」
リゼットが示した辺りに、伯爵と養子達が座っている。間垣の溜息は、伯爵の暢気さへの物か、去年の苦労を思っての物だろうか。そんな少年に、リゼットは少し声を掛けにくい訳があった。
「そういえば、先日は‥‥」
「あ、そうだよ。間垣先輩。こないだの」
沙織がリゼットの言葉に被る。思い出した、と手を打ってから、間垣はリゼットに礼を言った。彼らだけでは、とても助けられなかっただろう命に、届いた事を。
「ルイのとこの事は聞いてるけどな。俺達だけだったら、もっと酷い事になってた」
女の子に助けてもらって、かっこ悪いけどな、と笑う少年に、今度はリゼットが息をついた。乱暴な女の子だと思われていたらどうしようと思った、という彼女に、沙織と間垣が顔を見合わせて、笑う。
「そんなの気にする辺り、リゼットも女の子だよな」
「あ、ひどいです」
笑う辺りへ、ミズキが紅茶を注ぎに来た。小声で沙織に、様子を聞く。
「‥‥ぼちぼち、です」
聞き耳を立てていたリゼットと3人で、間垣を見て笑った。
「ミズキ姉さん、それ‥‥手伝うよ。さっきの疲れや怪我もあるだろうし」
イスルが、ミズキが運んでいたトレイへ手を伸ばす。
「ん。ちょっと疲れたし、無茶しすぎたかな」
彼女は素直に頷いた。回りのために動くのもいいが、今日はクリスマス。恋人らしい事もしよう、と少年が手を引く。
「白い月が眩しいぜ。あの人が空に居んのかな」
柏木へワインを注ぎながら、灯吾が言う。柏木は何も言わずに、ただ空を見ていた。
「俺ぁもっとマシな傭兵になる。だから、お前も良い士官になれよ。あと、死ぬな。絶対」
そう続けてから、灯吾は立ち上がる。
「ごゆっくり‥‥だ」
「‥‥おう」
照れもせず頷く柏木の横へ、ケーキの皿を持ったアッシュが通りがかる。
「で、君達はもうシたのかね?」
「な、何をだというんじゃ!?」
装っていた平静の仮面が剥げた。まだですわ、と横を向いたエリザの頬は赤く。日本人は奥手で面白い、と青年は笑って通り過ぎた。
「ほら、約束のシュトーレンだ」
「うわぁ、ありがとうございます」
ヒロミに話しかけていた隼瀬が顔を輝かせる。
「‥‥で、何の話だって?」
苦笑しながら、ヒロミは肩を竦めた。
「あ。そうだ‥‥」
尋ねたのは友人の服のサイズと、好みの色。そんな景色を、湧輝の演奏が優しく包んでいく。
「さて、宴もたけなわってね。そろそろ現役アイドルの歌声でも聴いてもらうか」
振り返った先で、姪が緊張の色も見せずに立っていた。クリスマスはやはり定番の歌を、という春奈に湧輝の指が合わせる。樹の陰で、アスが音を合わせて奏でだした。その、静かな歌声の中。
「彼の墓は、無い」
空こそが彼の墓標に相応しい、と伯爵は言う。辛さを隠して振舞っているのか、と黎紀に問われた青年は首を振った。
「彼は先に逝っただけだ。別れはいつでも訪れる物だよ」
人としての温もりも繋がりも、名と共に捨てた。その名を知る事が出来るなら。恋人として欲してくれるなら、共に居る事を選ぶと口にした黎紀へ、伯爵は今一度、首を振った。
「‥‥君には、戻るべき場所がある。そして、私が求めるのは慰めではない」
共に生き、逝ける者。人類が生き延びる為に、それが必要であるならば。捨てた者と、拾う者の間の隙は大きく。それでも今まで共に居たのは、何故か。
「私と君では、住む世界が違う。今までの友誼を、感謝するよ」
そう告げた時も、青年は微笑していた。
●
戦い終わればノーサイド、な場合もある。
「我とした事が‥‥今は冬休みであったか」
「だから、遊ぶのも学生らしい行為と言う訳。判った?」
唸り声を上げる林へ、悠季が言う。結局あの後、彼女は林を伯爵に謝りに行かせたらしい。先に脱落していた悠季が何故勝者の権利を行使しているのかは謎だった。
「楽しくありませんでしたか? わたくしにとって、林さん達だって人類の範疇。守護すべき人達ですもの」
陽子の声に、林はギロリと眼を剥いてから、肩を竦める。
「折角の聖夜ですから、皆さんでカレーくらい食べる権利はありますわ」
「いや。しばらくカレーは遠慮しよう」
笑った少女に、林が苦笑を返した。そこへ、ドカンと巨大なケーキが届く。
「今回活躍した皆の為に、楓ちんがケーキを用意しておいたのだっ」
ろうそくを立てて一番活躍した人に吹き消して貰おう、という彼女の声に周囲の視線が机の影へ向かった。
「も、もう食べられないのにゃぁ‥‥」
「少し服を緩めます。‥‥クラークさん、もう少し加減してあげないと」
みゆりに叱られ、小さくなるクラーク。どうも軍時代の扱きモードが表に出ていたらしい。
「あのコがナンバーワンでいいわよ」
投げやりに言うルイへ、アスカが酒を注ぐ。
「あなた、強いわねぇ」
「フ、アンタもね‥‥」
いつの間にか、オカマと美女の間に友情が芽生えていた。カンタレラも輪に加わって宴の華が咲く。
「平和で、結構なことですね‥‥」
「白虎くんもナンバーワンになったみたいだし、めでたしめでたし、だね」
ティーカップを傾ける紫翠に、皿一杯に料理を取ってきた子虎が笑いかけた。食べても胸は成長しないのだが。
「林さん‥‥長く学校をお休みしていたようですが、この冬休みを利用して、きちんと補修を受けて下さいね?」
ハンナの言葉に、頷く林。実は真面目な不良だった。
「へぇ、カンパネラ四天王? アタシはカンパネラのマーメイドだよ」
「むぅ、魔冥土とは。言葉の意味は判らんが恐るべき自信よ」
腕組みしつつ、林が言う。
「――それでさ、ちったあ気は晴れたか?」
机にもたれていた大地が問う。レミィが頷くと、彼もニッと笑った。
「そっか‥‥なら良し! 誘った甲斐があったってもんだ!」
背を向けかけてから、思い出したように振り返り。
「レミィ!」
「ん?」
放られたフロストフラワーが一輪、彼女の手の中に落ちた。
「やるよ! ――んじゃまたな!」
●
そして、伝説の樹は今年も盛況だ。
「去年だったっけ。振られたかと思ったけど、今こうして一緒にいることが、とても幸せだよ」
腕の中の菫を撫でながら、智弥が言う。振った訳ではない、と言う少女に、そっと囁いた。
「大好きだよ、菫」
合わせた唇が離れ、菫が閉じた目を薄く開ける。
「え、えっと、も‥‥もっかい」
囁いてから、少女はまた目を閉じた。
その裏側では、イスルとミズキが互いを見つめている。
「はい、これボクが作ったんだお揃いの物ってなかったしさ」
「わぁ‥‥っ。ありがとう。‥‥ハイこっちは‥‥僕からの」
プレゼントを交換してから。
「こんな時にこんなになっちゃってさ。でも、変わってないよ、大好きだって思いはさ」
少し早口のミズキの言葉に、イスルが照れたようにうつむいた。
「‥‥また来年も、よろしくね‥‥ミズキ姉さん」
そんな樹の様子を、遠くから見つめる影が一つ。
「わあ、おめでとうございます!」
一組ごとに、真夜が飽きずに拍手を送っていた。また、新たに一組。
「僕‥‥みゆりお姉さんの幸せをずっと願ってる‥‥。もしまた離れ離れになっても、ずっと待ってるよ‥‥」
見上げてくる和奏の頭へ、みゆりの手が伸びる。
「ちょっぴり大きいかもしれないけれど‥‥和奏ちゃんに」
短い髪を、ハンカチで結わえて。少し離れてから、似合うと笑った。良く見れば、みゆり自身の黒髪も同じ物で結ばれている。
「ハンカチは別れの意味もあるけれど。リボンにすれば再び会えるから」
離れても、忘れる事はない、と言外に含ませたみゆりに、和奏は勢い良く身を寄せた。去年と同じ頬へ、去年より心持ち長いキス。微笑するみゆりに笑顔を返してから、和奏は彼女の手を取った。パーティはまだ始まったばかりだ。
「ケーキ、あーんって、食べさせてあげたい‥‥なんて」
「いいわよ。一緒に食べましょう」
日は沈み、夜が来る。数人でこそっとやったプレゼント交換が終わった頃。エレンは、久しぶりに会った賢之と話をしていた。何故か、賢之の背には『私はリア充です』とか張り紙がしてある。
「‥‥何をしてるんだ、僕は」
殆ど寝ていた真彼が、いつの間にか目を覚まして溜息をついた。そんな彼を、ソラはじっと見て。
「俺、国谷さんもエレンさんも‥‥大好きです」
だから、と青年の背を押す。
「‥‥でも、時々は遊んでくれなきゃ、ヤですからね‥‥なんて」
きょとんとしてから、真彼はソラの頭をくしゃっと撫でた。
「君はいつも、大切なことを僕に気づかせてくれる」
言ってから、コートを翻して戦場へ向かう。大事な人の待つ、あの樹の下へ。
「そこで見ていろ、戦友」
地に足をつけて、歩いていった。片付けに入っていたアルが、道をあける。
「御武運を」
言い置いて、彼は上着を脱いだ。夜は冷える。彼の愛妻も普段着で片付けに精を出している筈だった。