タイトル:【黒獣】復讐の宴マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/12 21:23

●オープニング本文


 5分にも満たぬ短い時間に、そこは半ば廃墟と課していた。
「もう一度聞いてやる。あの女はどこだ」
 顔に浮かべた下種な笑みとは裏腹に、静かに男は問う。自然体にだらりと下げた左腕は、華奢な少女の腕を掴んだままで。地に下ろした足は、別の女の顔を踏みつけていた。撃ち抜かれた女の四肢は、もはやぴくりとも動かない。もう一人、事務机の向こうに倒れている娘も同様の筈だ。
「‥‥言わ‥‥な‥‥」
 床から、呻くように言った赤毛の女の視線は、壁に縫い止められた黒髪の女へと向いている。腹部を貫き、壁へ刺さっているのは事務所の入り口脇に立っていた一方通行の標識だ。
「ああ、構わんが。聞く手立ては他にも有る。直接脳髄を掻き回してもいいが‥‥、こういうのもいいな」
 右腕はポケットに突っ込んだまま、男は左腕を無造作に振り回した。

 びしゃり。――壁に。
 びしゃり。――床に。
 少女の体が打ち付けられる。もはや、言葉も発さない少女は生きているのかも定かではない。
 その間も、壁に打ち付けられた女から視線を外さない。

「やめ、ろ‥‥」
 囁くような声がした。男は動きを止め、何かを期待するように首を傾げる。
「やめて‥‥ください‥‥」
 男はニタリと笑った。

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「依頼だ。内容は、ある女性の保護。――残間 咲? 珍しい名前だな」
 UPCの係官は集まった面々へとそう言った。かつては名の知れた暗殺者、と言えど闇の世界での話だ。それにもう数年も前となれば、若い係官が知らないのも当然だろう。それは、付記されていた組織の名前も同じ事だった。
「紅‥‥獣? 変な名前だが、そこの事務所が襲撃にあったらしい」
 世界地図で見れば日本全土が競合地域のような物とはいえ、治安の良い筈の地域での凶行だ。騒ぎになりそうなものだが、不思議と情報は抑えられていた。軍側の動きではないらしい。
「日本の小さな財閥がバックについていた私兵らしいからな。そっちが手を回したのかもしれん。バグアに目をつけられるとは、何をやったんだかな」
 この係官は知らないのだ。その集団が、手練れの能力者ばかりであったことを。少人数とはいえ、同数であれば軍の精鋭に匹敵すると目されていた面々だ。もしも知っていれば、もう少し緊張感が出ていただろう。いや、この男よりも上の者が事件を担当していたかもしれない。
「襲ったのは、ロングコートの男。右手はずっとポケットに突っ込んだままで、妙だと思ったらしい。あー、こいつは近所の住人の目撃証言だ。襲われた連中は皆、会話が出来る状況じゃない。俺が女なら死んだ方がマシと思うかもしれん。‥‥何の恨みか知らんが、酷い真似をするぜ」
 口調とは裏腹にさして感情の篭らぬ言葉で、係官は一枚の写真を示した。人によっては見覚えがあったかもしれない、事務所。壁一面に大きく赤い文字で『次は 残間』と書かれている。その赤色が何に由来するかを係官は語らなかったし、傭兵達も聞きはしなかった。
「狙われている女性は、現在任務で四国とかいう島へ赴いている。単純なキメラ掃討依頼らしいな。能力者4名と同行らしい。合流して迎え撃てば大丈夫だろう」
 係官はあくまで淡々と言う。彼は知らないのだ。紅獣の残間 咲という女と、ゼオン=ジハイドの一員とされる中野詩虎という男の間の因縁を。

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「あの、どうかしたんですか?」
 掛けられた声に、残間 咲は足を止めた。声の雰囲気からすれば、幾度か話しかけられていたのだろう。少しばかり、ぼーっとしていたらしい。自分にしては珍しい事だと分析しつつ、振り返った。年齢的には自分と似たような、ドラグーンの娘。任務の同行者としてしか認識してはいなかったが名前も覚えている。確か、本田加奈といった筈だ。
「‥‥何がでしょう」
 言葉を返しつつも突き放すような口調に、加奈は一瞬口ごもった。それから、班分けについてどうするか、と尋ねてくる。ああ、と咲は内心で納得した。そういえば、自分のスタイルを今回の同行者達には告げていない。
「私は、一人で結構です」
「ですが、相手は中型のキメラですよ? 一人じゃ危ないです」
 加奈はなお、食い下がってくる。咲はため息をつきつつ、依頼を引き受ける際に先方へ連絡をちゃんとしていなかったらしい仲間に、後で文句を言ってやろうと思う。
「問題ありません。その方が動きやすい」
 言ってから背を向け、この話題はここまでだと示した。なお声を掛けようとする加奈を、別の傭兵がなだめるのを聞いてほっとする。
「残間さんなら一人で大丈夫。一人でも俺たちより上だし、多分ペアやトリオで動くよりそっちに慣れてるタイプだから」
 確か、以前組んだファイターだ。彼女の動き方を知っているのだろう。
「血痕からして敵もバラバラだ。3手に別れる。あんたは1人で村の中。俺はこの子とあっちの林。そこの二人は‥‥」
「ん、あたしらは北側の崖に回るよ」
 赤毛の女フェンサーが言い、寡黙な男のグラップラーも頷く。いずれも事前に検討していた場所だ。
「‥・・ふん」
 分担に不満は無い。ナイフの投擲を得意とする咲は、開けた場所よりは障害物が多い場所の方が得手ではある。が、普段ならば相談などせずにさっさと先行している自分が、後手に回ったのは多少不本意ではあった。
「‥・・では、行くとしましょう」
 なぜ今日に限って、ぼーっと仲間の顔など思い浮かべたのか。そんな微かな疑問はすぐに溶けて消えた。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
ファルル・キーリア(ga4815
20歳・♀・JG
旭(ga6764
26歳・♂・AA
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
白銀 楓(gb1539
17歳・♀・HD
如月・菫(gb1886
18歳・♀・HD
冴城 アスカ(gb4188
28歳・♀・PN
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文


 御影・朔夜(ga0240)は、過去の報告書をあたっていた。
「これと‥‥、これか」
 残間 咲が関わった事件の中から、旭(ga6764)とアンジェリナ・ルヴァン(ga6940)の名がある物を選別していく。依頼の説明を受けた際の二人の顔色がただ事ではなかったからだ。怪しい名前には、すぐに行き当たった。
「‥‥中野 詩虎。ゼオン・ジハイドが2か‥‥。音に聞く紅獣を蹂躙出来る相手など、そうはいなかったな」
 呟いた朔夜の向こう側、如月・菫(gb1886)は中野の個人データの閲覧を申請している。相手がジハイドだと知れた直後はあわあわ騒いでいたが、意外と彼女の切り替えは早かった。
「人一人の命がかかってるかもしれないってなら、データをちょっとくらい見せてもらっても問題はないんじゃないですかねぇ?」
 彼女の言い分に一理を認めたのだろう。照会は驚くほどあっさりと認められる。しかし――。
「報告書以外、分っている事はほとんどない、か」
 資料はいずれも報告書からも読み取れる程度の事だった。
「‥‥十分、とはいい難いが、是非も無いな」
 コートを翻して立ち上がる黒影には、嘆きの色も失望の色もない。顔をしかめた菫が、係官を呼び止めた。
「行く前に、現地の地図をよこすのです」
 騒々しく要求しているのは、咲達が向かっている村の地図だった。相手の潜伏場所と交戦地点を特定できるのでは、と考えたのだ。
「なるほど」
 自身も銃を得手とする朔夜にとっても、その考えは納得がいく。二人は渡された地図を睨みつつ、本部を後にした。

 立ち寄った病院で、冴城 アスカ(gb4188)は4人が面会謝絶の状態だと知らされた。意識も戻っては居ないのだという。それを予期していなかったわけではない。
「じゃあ、主治医さんはどなた? 悪いんだけど、急ぎなの」
「‥‥じゃあ、そっちは任せる」
 看護婦と交渉を始めたアスカにそう告げて、須佐 武流(ga1461)は病院を後にした。心配だが、会えないのならば仕方がない。いや、会うことが恐ろしかった。記憶の中にある、快活な笑顔、勝気な微笑、冷静な視線。その全てが、冷たいガラスの向こうで凍りついたようになっている姿など、見たくはない。
「みんな強かったはずなのに‥‥なんでこんな‥‥」
 囁き声が廊下を去っていく。アスカは、看護婦に連れられて主治医の下へ向かった。カルテや怪我の写真、X線写真などまで要求する彼女の依頼が通ったのは、朔夜たちが敵の素性を明らかにしていたからだろう。
「酷い、酷すぎる‥‥」
 零、リリス、栄流の三人の状態は酷い物だった。おそらく、戦闘可能な状態でなくなってから痛めつけられている。おそらくこの中で実力的には最も上であろう利奈の傷が、一番マシだった。
「腹にパイプを突き刺されていたので、出血は酷かっただろうが。‥‥おそらく、意識は最後まであったろうな」
 利奈が手出しも出来ず見ている前で、仲間を執拗にいたぶる。中野がした事は、おそらくそういう事だ。
「久々にブチ切れそうだわ‥‥」
 立ち上がったアスカの拳は、青ざめるほどきつく握り締められていた。

 バイクを止めたのは、事務所の跡。武流がここを訪れるのは初めてだが、知らない場所ではない。周囲の住人からは、さしたる情報は得られなかった。見えるのは、写真で見たのと同じ散らかった室内。だが、死闘の跡、というほどに破壊はされておらず、それが恐ろしい事を語っていた。
「この感じ‥‥もしかして俺は以前にどこかで‥‥?」
 知っている。敵がより、強かった。それも抵抗を許さぬほどに。武流は、その身で知っている。強さは、更に圧倒的な強さに屈する事がある事を。
「誰が‥‥誰がこんなことを‥‥」
 囁いた彼の疑問に答えるように、クラクションが鳴る。駆け出した彼を、本部に居た二人とアスカが待っていた。
「急ぐわよ、早くバイクに乗りなさい。‥‥えらいのが釣れたわ」
 アスカが告げる名。
「ゼオン・ジハイド‥‥中野、詩虎」
 武流の奥歯がギリリ、と嫌な音を立てた。


 先発した6人の道中は、和やかな談笑とは程遠いムードだった。聞かされた話を思えば、それも当然の事だろう。
(「こんな酷いこと‥‥絶対許さない‥‥」)
 襲撃を受けた紅獣の零とメイプル・プラティナム(gb1539)は知り合いだった。たった一度、それも冗談のような気楽な依頼で顔をあわせただけの縁だが、相談の間もお菓子を片手に楽しそうに笑っていた年上の女性を、彼女は覚えている。ふと、視線を上げれば、鋭い目で外をみる旭の横顔があった。
「あの‥‥犯人に心当たりあるんですか?」
「‥‥あ、うん。多分ね」
 濁しつつも、旭はこれが過去の自分が逃した敵の仕業だと確信している。それはアンジェリナも同様だ。
「おそらく‥‥いや、間違いない。あの男の仕業だ」
「どんな相手なの。知っているなら、教えて」
 視線を向けたファルル・キーリア(ga4815)へ、アンジェリナが口にした敵の名は中野・詩虎。それは現在は別の肩書きで知られていた。
「ゼオン・ジハイド!? 何でそんな名前が出てくるのよ!」
 思わず声を上げてから、ファルルは唇を噛む。知り合いの本田・加奈の身を案じてだ。彼女は駆け出しもいいところのドラグーンだが、相手はこちらの強さに合わせて出てくるわけではない。
「紅の獣については、多少は知っているわ」
 そう言う遠石 一千風(ga3970)の表情は、微妙な物だった。彼女が会った事があるのはリーダーの利奈。自分たちを囮に、単独で依頼を完遂したやり方は気に入る物ではないが、確かに腕は立った。
「もし彼女と同じとしたら、単独行動を好むのかもしれない。それが少し、心配‥‥」
 眉をひそめた一千風に、咲を知る旭とアンジェリナはため息をつく。
「情報が欲しいわね‥‥。その残間って言う人の事も含めて」
 ファルルが聞いたのは、咲の性格と紅獣、そして中野との関わりだった。逆恨みの復讐者。浮かび上がる中野の人物像に、一千風は首を傾げる。
(「ヨリシロが元々の意志に従って行動するのは。何があるのだろう」)
 独りよがりな男の目的をなぞって、何の利があるのだろう。あるいは、利では無いものが目的なのか。
「その男の戦い方は‥‥銃での狙撃、か」
 聞いた事を確認するように、ラナ・ヴェクサー(gc1748)が言う。


 6人がたどり着いたときには、咲達は既にキメラの探索に向かっていた。
「手分けして‥‥探しましょう」
「急がないと、中野の目的が残間さんだとしても、一緒に居るだけで被害にあう可能性がある」
 メイプルの提案に一千風も同意し、傭兵達は2人づつ、3組に分かれて捜索を始める。

 村の中は迷うほどの広さも無く、咲はすぐに見つかった。「中野詩虎が再び咲を狙って動いている。ゼオン相手故に増援として派遣された」という説明を、咲は疑った様子はない。
「噂に聞く、バグアのネームドですか。手合わせした事はありませんが」
 少なくとも、その名を聞いて単独で動こうと言うほどに、咲は無謀ではなかった。というより、紅獣の面々が一見して無謀と取れる行動に出るときは、先を見据えての事が多い。分らぬ相手であれば、出方をみる、と言う事だろう。
「‥‥あ」
 メイプルと遠石、それに二人の傭兵に気づいて、緊張していた旭の頬が少しだけ緩んだ。キメラの跡を追って動いた一千風らが、先発の傭兵に追いついたのはキメラとの交戦前だったと言う。そのまま危険を話し、ひとまず合流を優先した二人の判断は、相手の脅威を思えば当然だったろう。
「あとは、ヴェクサーさん達ですね」
 トランシーバーが鳴ったのはその瞬間だった。


 加奈ともう一人の傭兵に追いついたのは、キメラとの戦いが始まった直後。林の中から踊りだしてきたキメラは、加奈の援護射撃を受けた男に一太刀を浴び、なお牙を剥く。
「くっ。‥‥まずは加勢して片付けるわ。手負いのキメラくらい‥‥」
 言ってから、違和感が僅かにファルルの脳裏によぎった。逃げていたキメラが、何故追っ手に手向かいするのか。それは、キメラの意かそれとも。
「あの、陰!」
 ラナが上げた声に、身を低くしていた傭兵が振り向く。その胸に朱の華が咲いた。一瞬前なら頭があった位置だ。次の一瞬で、足を撃ち抜かれて加奈が倒れる。
「あ‥‥っ」
 林の奥からゆ姿を見せた男の左手には、長い銃身の武器があった。距離にして、20mほど。
「髪は黒いが、お前は‥‥残間、じゃないな。また、間違えたか」
 苦痛に歪んだ加奈の顔を見て、中野は言う。それから、新手のラナとファルルへ視線を向けた。
「お前達も違うな。髪が黒くない」
 言いながら地面に唾を吐いた。
「ファル、ル‥‥さん」
「私たちなら大丈夫よ。私もこの程度の死線を潜るのは慣れてるしね」
 虚勢を張るファルル。しかし、ここまで絶望的な状況はそうは無い。ファルルはS−01を抜き放った。中野がそれに反応した瞬間、ラナが仕掛ける。
「他人の因縁など知った事か! 貴方の所業は胸糞悪くなる。それだけで消す理由は十分なのよ!」
 ふらり、と中野は銃弾を回避する。――だけでなく、背後に回り込もうとするラナの狙いをも潰していた。
「それでも、長物ならこの間合いは‥‥! とらせていただく!」
 側面から抜き打ちに切り付けたラナの視界を、ぶわりとコートが塞ぐ。その、一瞬。
「残間は、どこだ?」
 銃弾がファルルの右肩を撃ち抜いた。次いで、右膝。重い衝撃が翻るコートの向こうからラナを打ち据える。一瞬、息が詰まり――。
「残間は、どこだ」
 仰向けに倒れたラナの胸の上を、男のブーツが押さえつけていた。
「この‥‥」
 倒れつつファルルが放った1射を、上体の動きだけで避わし、撃ち返す。ファルルが銃を取り落とし、射殺すような視線だけを向けた。中野の銃口は微動だにしない。
「残間は、どこだ?」
「あ‥‥まさ、か‥‥」
 怯えたような加奈の声。ぼす、と抑えた銃声がまた響く。もう一度。そして、もう一度。ファルルが数度痙攣した所で、加奈が口を割った。


 ――ラナが知らせたのは、中野との遭遇。咲の居場所を知られた事。男性傭兵、ファルルと加奈は重体だと伝える。
「‥‥それと。奴の右腕、使ってないだけで使えないわけじゃない。気をつけて」
 この瞬間にも、中野は村へ向かっているはずだ。時間との戦いの中、報告するラナの心中は口調とは程遠い。あの男は、下種だ。仲間をぼろ雑巾のようにして、自分だけを見逃した。
『弱いってのは、辛いよなァ』
 口角を上げて言った顔と、口調。脳裏に刻み込まれて忘れられそうにない。だが、それとは別にせねばならない事はあった。
「わ、たし‥‥」
 青ざめた唇を震えさせる加奈が、まだマシな状態だ。
「大丈夫だよ、本田君。それより、自分の手当てを。それから‥‥」
 やるべき事がある間は、動いていた方が楽だった。

「‥‥来るぞ」
 短く、言う。アンジェリナは覚悟をしていた。一千風から敵の事を聞いていた傭兵達も、動揺は最小限だ。
(「相手は強い‥‥落ちついて‥‥頭は冷静にっ‥‥!」)
 自らに言い聞かせるメイプルの隣に、一千風が立つ。
「過去の清算よりも、今は中野を撃退する事が大事」
 小さい声が、気負っていた面々の耳に届いた。そう、今必要なのは生き残る事。
「‥‥屋根に!」
 息をついたメイプルが、気づいた。振り仰いだ視線の中、廃屋の上をコートのシルエットが駆ける。一千風の放った銃弾と、咲の投げナイフは共に空を裂いた。
「見つけたぞ、残間‥‥」
 身構えた咲を、旭が突き飛ばす。構えた盾を貫いて、銃弾が肩口に刺さった。
「ハッ!」
 ナイフが、再び飛んだ。正面からの攻撃でどうこうしようと言うわけではない、牽制だ。その隙に、メイプルとアンジェリナが間合いを詰める。
「お前か。いい目だな、残間ァ」
「何‥‥だと?」
 予期せぬ言葉を投げられたアンジェリナの挙動が、一瞬遅れた。剣の間合いに入るより早く、銃口が自分を向く。半身、逸らしたが脇腹へ熱い感触が抜けた。逆側から、メイプルが切り込む。
「私は‥‥貴方を許さないっ!」
 切り上げたイアリスに手応えは無い。代わりに鳩尾へ衝撃が走った。蹴りと認識したのは、自分が吹き飛ばされながらだ。
「‥‥お前は!」
 激痛を無視して、アンジェリナが大太刀で薙ぐ。コートを裂く柔らかい手ごたえと、硬質な感触。銃身と刀、打ち合わせた衝撃に身が軋み、膝が揺れる。
「そうだ、残間はそういう人を見下した目だったな? ‥‥いや、違うか」
 狂気の残る口調で呟き、中野は屋根の上から飛んだ。後は追えず、アンジェリナが膝を突く。残るは、カバーに入った一千風と、よろめきつつ起き上がったメイプル、片腕の死んだ旭、そして、咲。
「残間 咲はここです。一度死んで脳まで腐りましたか」
 飛んだナイフは、コートの残骸に絡めて取られた。
「クク」
 喉が鳴る。中野は笑っていた。
「その通り。脳が腐っていたんで、思い出すのに随分時間が掛かった」
「ゼオン=ジハイドの2、か。‥‥随分とまた出世したね、スパイにして元スナイパーのキリトさん?」
 旭の挑発へ、中野は笑い返す。
「俺の名か。それも思い出せなかった」
 狙い通りに、敵は会話を返してきた。今必要なのは時間だ。一千風も、言葉を続ける。
「‥‥中身は別物? じゃぁ、紅の獣を。咲さんを狙う理由は‥‥」
「知らんよ」
 あっさりと、言う。
「この男、とっくに死んでいる状態で生きていた。その執念が興味深くてな」
「それが貴方の目的、ですか」
 一千風の眉根が寄る。
「そう。弱者の悔しさ、見返す達成感。こいつは、弱い身を味わってみなければ判らない遊びだ」
 だから、右腕も使っていないのだ、と聞かれても居ないのに中野は言う。死に瀕した中野には腕が無かったからだ、と。いや、今語っているのはゼオン・ジハイドの2だ。
「さて‥‥しかし復讐というのはどうすれば終わるのか。この男に聞くなら‥‥死ね、残間ァ!」
 不意打ちのようなタイミングで銃弾が飛ぶ。その前に、旭。倒す事ではなく、守り、時間を稼ぐべく彼は動いていた。その寸秒が、無駄になることは無く――。
「間に合ったようね」
 アスカの声が、路上に響いた。次いで、菫のAU−KVの音。僅かに気が逸れた隙に、路地から朔夜が飛び出してきた。手には、二挺の銃。のらりくらりと交わすには、間合いが狭い。
「‥‥ッ」
 黒衣が弾き飛ばされた。壁に叩きつけられて、一瞬息が詰まる。同時に撃ちこまれたナイフ、銃弾も相手に届いては居ない。

 ――が。
「右腕、使いましたね」
 冷たく、咲が言った。中野が振り向いた瞬間、顔めがけて弾が飛ぶ。撃ち落とす直前に、まばゆく輝いた。照明弾だ。
「今は駄目だ! 引くぞ!」
 武流の声。動けぬアンジェリナへは、菫が駆け寄っていた。旭の肩に、一千風が手を回す。
「‥‥え?」
 一瞬躊躇していた咲が、逆側を支えた。