●リプレイ本文
●集う者
「そんな必要はありません」
誤解していた事を詫びたい、という遠石 一千風(
ga3970)へ、咲は答えた。紅獣のリーダーが、過去の任務において傭兵達を『利用』した事は聞いているし、それが必要であれば自分もそうする。例えば今回がそうだ。
「まあ、それはお互い様だろう」
時任 絃也(
ga0983)はシニカルに笑った。敵は強大、一人で届かなければ誰かを利用し、手を伸ばさねばならない。咲が自分たちを利用して為すもよし、あるいは逆もよし、と。病的なまでに女性が苦手な彼だが、こと任務に際してそれを表に出す事はない。
「つまり、利用できると考える程には、我らを認めているのだろう? ならば、その信頼には答えるさ。依頼を受けた以上はな」
煙草を燻らせつつ、御影・朔夜(
ga0240)が言い、
「やられっ放しで引き下がれるほどできてないのよ。絶対に後悔させてやるわ。」
癒えたばかりの身体を着物に包んだファルル・キーリア(
ga4815)が、言葉に力を込めた。
「うん。それもあるし、友達を助けたい、っていうのもあるかな」
旭(
ga6764)は柔らかい微笑を浮かべている。あえて、アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)は言葉を述べる事はしなかった。
「コールサイン『Dame Angel』、対象中野詩虎を討伐敢行よ」
年長のアンジェラ・D.S.(
gb3967)の声は揺れていない。しかし、詩虎が今ここにある事への悔いは、咲に劣らぬ面々だった。
「『遊び』であんなひどいこと‥‥」
メイプル・プラティナム(
gb1539)の言葉が途切れ、如月・菫(
gb1886)が不快そうな表情を更に歪める。
「何か。何か、あいつは許せん。ボコボコにしてやるのです」
こんなにも大きな憤りが胸の中に居座る感覚は、二人には慣れない物だった。
「俺もあんたの気持ちが分かる‥‥とまでは言わんよ」
視線は窓の外へ向けたまま、鋼 蒼志(
ga0165)が言う。自分がここに居るのは私怨だと告げた青年へ、咲は静かに頷いた。悔恨、友情、誇り、義務、怒り、私怨。様々な理由で咲の依頼を受けた者が居る。人類のために等という言葉よりも、それはこの戦いに相応しく思えた。
●待ち受ける者
階下の爆発音を、詩虎の耳は敏感に察知した。大連市の状況を説明していた男を、黙れというように片手で制してから、
「‥‥せっかく、楽に来れる様にしてやったのになァ」
喉の奥で、くつくつと笑う。
「は?」
男はファルルにビル入り口付近まで追跡されていたのだ。身柄の確保をされなかっただけである。
「仕方が無い。出迎えてやるとするか‥‥」
獰猛な笑みを浮かべつつ、詩虎は椅子から立ち上がった。もはや男には一顧すら与えずに。
●罠
「新手です!」
メイプルの声に、アンジェリナは苦笑する。
「あれだけ音を立てればな‥‥」
遭遇したキメラは、自爆するという面倒な性質を持っていた。
「お前達の相手は――俺がしてやろう」
仁王咆哮――、名乗りを上げた蒼志へ人型が腕を伸ばす。腕を鞭のように振り回しすキメラの攻撃を、彼は最小限の動きで受け流した。
「はっ」
呼気と共に踏み込んだアンジェリナの太刀が伸びきった腕を切り飛ばし。横合いから切りつけたメイプルが、攻撃手段を失った敵へ止めを刺す。再度、爆音が響いた。
「‥‥嫌な暗さだね」
旭が独り言を漏らす。まだ日はあるが、電気の通っていない屋内は薄暗い。菫のバハムートのヘッドランプを頼りに、一行は半ば崩れた廃墟の中を進む。
「この階段も、か。意図的だな」
「ええ。私達の進路を限定しているのでしょう」
絃也の呟きに、咲がそう返した。KVで強攻すれば無視できたのは言うまでもない。が、傭兵達はその選択肢を排除していた。あながち、間違った行為ではない。情報収集のために一千風が接触した現地の治安関係者は、『もしもKVで市街戦などはじめようものなら、誰も協力などしないだろう』と言った。ここはまだ不安を抱えた土地であり、それを踏まえてここで罠を張っているとしたら。
「‥‥意外に、狡猾か」
手ごわい、と絃也は認識する。
●縦穴の中
「察知できる限りでは、罠はないわ」
暗がりの中で、ファルルが言った。とはいえ、エレベーターホールの中に差し込む光は、10フロア上に覗く外界からの僅かなものだ。見落としがあったとしても不思議はないが――。
「では、行くか」
その薄い明かりを頼りに、朔夜が壁を蹴る。幸い、足場に苦労はしない。頂点で、ワイヤーロープを掴んだ。
「ここは警戒されていないようね」
同じく、瞬天速で駆け上がってきた一千風が、一つ息をついた。ファルルに手渡されたロープを固定してから、揺らして下へ合図を送る。すぐに、ファルルとアンジェラがするすると上ってきた。
「‥‥あと2度、といった所かな」
頭上を見上げた朔夜の目分量に、一千風も頷いた。既に内部での戦闘は始まっているようだ。
「少し待って。罠を探してみるわ」
ファルルが再び暗がりに目を凝らしたところで、遠くから爆音が響いた。
●中野詩虎
「むむむ、こんなところで消耗してる場合じゃないのです」
「‥‥ハッ!」
菫の銃撃で足を止めた敵を、突進した絃也の回し蹴りが浮かし、浮いている間に裏拳を入れる。
「これで最後!」
同時に切り込んだメイプルのイアリスが、敵の陥没した胸を貫いた。
「一段落、か。――ここは?」
アンジェリナが周囲を見回す。吹き抜けの空間にはピアノが置かれ、朽ちたエスカレーターが並んでいた。
「ショッピングモール‥‥か?」
案内表示を見た蒼志がそう口に出した途端、奥から新手のキメラが姿を見せる。しかし、動きを見せるより先に、投げナイフが深々と刺さった。
「切りが無い、って事は無いだろうけど」
ナイフを放った咲の脇で、旭が呟く。呟いた瞬間、殺気を感じた。方角は――
「くっ、上か!」
絃也の声。とっさに掲げた旭の盾に、衝撃が走る。
「正面からとは余裕だな、残間ァ」
「――中野 詩虎」
アンジェリナが静かにその名を呟き、メイプルが腰の無線機のスイッチを入れた。
●銃使いの目
暗闇に閉ざされたエレベーターホールで待つ者の元に、その知らせは届く。
「中野が、囮班に食いついたわ」
「3階‥‥? 随分、中途半端な場所ね」
一千風が言い、アンジェラが怪訝そうに呟いた。
「‥‥吹き抜けのエントランスがあるフロアね」
聞いた情報を思い返した一千風がそう言うと、アンジェラが舌打ちする。
「まずいな」
「――そうね」
朔夜とファルルもそう言い交わした。3人には分る。そこが詩虎にとって、有利な戦場だと。
●ジハイドの暴威
「一つ聞きたいことがあるのです。どうやったら、あんな風に人間をいたぶることができるんですかねぇ‥‥?」
菫は、頭上の闇の中へ言葉を投げた。くつくつと笑う声が返る。
「死にかけの中、這い蹲る俺を、見下ろしてる黒い髪の女のイメージだけ覚えていた」
さっきと違う方向から聞こえた声に、菫はハッと向き直った。
「何処のどいつなのか、調べるのも大変だったぜ。まぁ、お陰で色々と楽しめたがな」
今度の笑い声は、さっきよりも近い。
「‥‥お前も黒くて長い髪だよなァ」
暗闇から届く舐めるような視線に、ざわりと鳥肌が立った。
「そんな理由で人を傷つけ踏みにじる貴方を私は許さない‥‥。貴方はここで討つ!」
メイプルが言い放つと同時に、銃声が聞こえる。見えない敵に、反応は少し遅れた。
「ぐっ」
肩を貫く激痛に、イアリスが落ちる。掲げた盾が2発目の弾丸を受け止め、3発目で割れた。
「中野詩虎‥‥!」
蒼志が、銃火の閃きへ向かって吼えた。銃声が、途切れる。
「お前がゼオンの2だとか、お前が何を考えているかなんて俺にはどうでもいい。――俺は私怨で討ちたいだけだからな」
ドリルスピアを構えた蒼志に敵の目が向いたのは、おそらくは一瞬だ。その一瞬に、能力者達は動く。メイプルを抱えた菫が飲食店だったらしいスペースに転がり込んだところで、上からの射線は途絶えた。
「‥‥手詰まりか」
絃也が奇襲班へと手短に状況を伝える。
「どこか他に、上がる場所は無いか?」
四方を見回すが、上から狙い撃ちを受けるエスカレーター以外に足場はない。いや、瞬天速を使える自分ならば――。
「先に行きます」
思い至った瞬間、静かな声が響いた。先に、という言葉は後を想定してのもの。絃也の口角が僅かに上がる。
「ハハハ! 残間ァ!」
哄笑と共に飛来した銃弾は、駆け上がった咲の右肩を撃ちぬいた。着地点は5階、踊り場。
「奴さんに好かれてるな」
横を駆け抜けた絃也に、咲は頷いた。太ももにも一発喰らっている。
「‥‥無茶な!」
思わず、声を発した旭だが、二人のグラップラーの移動に追随はできない。駆け出したアンジェリナの耳に、上階で何かがぶつかり合う音が聞こえた。蒼志が槍を払って後に続く。
「む、行くべきか。しかしだな‥‥」
「足手纏いには、なりません」
メイプルが、逡巡した菫の背を押した。ロウ・ヒールの応急手当で、歩く位は出来ると言う彼女の顔色は青い。だが。
「あいつは必ず‥‥討つ。‥‥すー、はー。‥‥行きましょう!」
●奇襲の一手
(「ここまでは何とか辿りつけたわね‥‥。気取られてなければいいんだけど」)
ファルルが口には出さずに思う。詩虎の居る奥まった場所は暗く、奥行きがある割に身を隠す柱は少ない。
「ポジションB。‥‥これで、終わりにしましょう」
手に入れていたビルの図面は、一千風の頭に入っている。数度のマズルフラッシュで詩虎の隠れている位置と移動ルートは想像できた。
「復讐ゴッコなんて、ここで終わりにしましょう」
一千風の言葉に頷き、アンジェラは想定戦場を視界に納める位置へ下がる。
「然し弱者で在る事が遊びか。如何やら誇りもないと見える」
口中で呟きつつ、朔夜は壁際を音も無く疾る。強者である事に飽き、他人の『弱者であった記憶』を利用して遊ぶという、詩虎の言い様に彼は嫌悪感を抱いていた。理解できないが故ではなく。
「‥‥全く。笑えないな、本当に」
常について回る既視感という度し難い退屈を抱え、能力者になった我が身に照らせば、判る。判ってしまう事に苛立つのか、あるいは、そんな安易な方法で退屈から逃れられると考える敵が羨ましいのか。
「‥‥楽しませてやるよ。弱者らしく這い蹲り、敗北を噛み締めて哄笑しろ」
た、と床を蹴り、死角から朔夜が駆ける。瞬間、詩虎がコートを翻してくるりと回った。
「来ると思ってたぜェ。ククッ、こないだは、その手でやられたからなァ」
飛び出した朔夜を、銃口の鈍い輝きが追う。読まれていた、と思う瞬間に既に驚きはなく。
「チッ」
二挺拳銃を躊躇わずに撃つと同時に、衝撃が二度、走った。倒れるより早く、口から鮮血を噴く。だが、それは傭兵達の攻撃の皮切りに過ぎない。
「あらゆる方向から串刺しにしてあげるわ、覚悟なさい!」
声を上げたファルルの放ったナイフが、詩虎の影を貫く。着地点を狙って、別方向からアンジェラが弾幕。
「群れやがって!」
詩虎の声にはまだ余裕があった。回避しつつ、2人へと応射する。
「そうよ、それでいい‥‥」
アンジェラが痛みに耐えつつ笑った。狙いはもとより倒す事ではない。逸らした隙に、一千風と絃也が左右から切り込んだ。
「このタイミングなら!」
「あァン!?」
いかにジハイドの身体能力が異常であろうと、接近戦にライフルは不向き。コートが翻り、裂けた。
「その右手、意味があるのか無いのか解らんが‥‥」
あるいは単なる拘りか。一瞬反応が遅れた右側、絃也の蹴りが肩口を打つ。
「てめ‥‥」
言いかけた所へ、駆け上がってきたアンジェリナが。
「それほど弱者の視点を味わいたいのなら‥‥」
踏み込みざま、全体重を乗せた一撃を放つ。
「自身が地を這ってみるといいッ!!
受けたライフルがギシリと歪んだ。
「おらおらぁ! ボッコボコにしてやるのです!」
菫が、黄金のオーラを纏いつつ突貫する。ライフルを手離し、懐から銃を抜く詩虎。
「なら死ね!」
「銃口、気をつけて!」
メイプルが警告した。突っ込んだ旭が、銃身を盾で叩く。横薙ぎに凪いだ菫の穂先が、片膝ついた胸元に一線、朱を刻んだ。
「逃げ場は塞いだぞ、中野詩虎」
背後に回った蒼志が言い、傭兵達が隙なく男の挙動に身構えた。
●影
「逃げ、だ? クク、ククク」
詩虎の声の質が、変わる。コートから引き抜いた右腕が、淡く発光しているのを至近距離の旭は見た。
「少しばかり油断したかァ? こっちを使う気はなかったんだがナァ!」
ゴン、と周囲に衝撃が走る。天井が砕け、柱がひび割れ、床が陥没する。破壊の中心で、虎が吼えた。
「勘違いするんじゃねェぞ! てめえらを皆殺しにするのは簡単だ。こいつはな、最初からただの遊‥‥」
「遊び、か。その言い訳を口にした時点でお前の負けだ。中野――、いや、ゼオン・ジハイドの2」
初手の銃撃から、既に傷は多く。それでも満身創痍のアンジェリナの視線は炯炯と光る。
「――見苦しいな、お前は」
地に付した黒衣が、哂った。
「てめェら‥‥」
怒り、憤り。そして、悔しさ。向けられるのはそれだけのはずだった。圧倒的な力で叩き伏せ、満ちる筈だった胸の空洞が、埋まらない。知らず奥歯を噛んだ瞬間、飛んできたナイフを詩虎は右手で弾いた。
「てめェ‥‥残間」
「本当に下らない男ですね」
片足を引きずって、咲は立っている。その瞳に宿るのも、怒りではなく。
「お前は今、私を殺せるかもしれません。ですが、それだけです」
「そんな目で俺を‥‥!」
体の記憶に引きずられて、詩虎が動く。放った銃弾は、旭の盾が弾いていた。角度をつけてかざした盾は歪んでこそいるが、砕けてはいない。
「二度、同じ手でやられたんじゃ‥‥格好悪いからね」
旭の声に、詩虎の眉が顰められた。そして、ゲラゲラと笑う。空虚な笑いだった。再び右腕に光が点り、廃墟が揺れる。二度目の衝撃に、ビルの構造は耐え切れなかった。床が崩れ、フロアが崩落する。振る瓦礫と砂の向こうで、軋むような声が響いた。
「今はお前は‥‥お前らは殺さねェ。周りの奴をひき潰し、ゴミのようにしてから殺してやる」
それが中野詩虎という男の記憶から出た言葉なら、なんと薄いものだろうか。
●継ぐは志
「中野は、大連を離れたそうです」
ゼダ・アーシュが飛び去ったと、その晩の内に報告があがっていた。彼を追うのか、と問われた咲は首を振る。傷が重いというわけではない。
「――私は、KVが得手ではありません。足手まといに甘んじるつもりはない、という事です」
いってから、傭兵達へ向き直る。
「願わくば、地に引き摺り下ろして欲しい所ですが――、貴方達が奴を殺しても構いません。いや、貴方達にならば委ねても構わない、という事ですが」
この刃を携えて、彼を撃墜して欲しい。それが、ナイフと共に差し出された彼女の言葉だった。