タイトル:【QA】UK防衛戦マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 63 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/19 21:41

●オープニング本文


「いいか、このユニヴァースナイトには対空砲が山のようにある。とはいえ、対空砲には死角もある。わかるな?」
「はい、判ります」
 緊張をあらわに答える少年兵へ、軍曹は画面越しに頷いてみせる。確か彼は、宇宙戦闘は初めてのはずだ。
「死角に張り付いた敵を叩き出すのが俺達の仕事だ。キメラ程度ならこのラインガーダーで十分やれる。砲術の成績は良かったんだろ?」
「はい、軍曹殿」
 別の声が答えた。これも若い、それに女じゃないか。何てこった。
「ワームが来たら‥‥、まあKV隊が何とかしてくれるだろう。時間を稼げ」
「了解です」
 冷静そうな声がそう答える。多分メガネだな。賭けてもいい。まあ、声が出ている奴らは大丈夫だろう。
「前線をキメラが突破したらしい。UKを狙っている。出番だぞ、野郎ども」
 耳に入る上官の声に、軍曹は気を引き締めた。
「弾幕準備、良く狙え‥‥! 撃て!」

「ラインガーダー隊は、良くやっているな」
 ユニヴァースナイト艦長のミハイル・ツォイコフ大佐の声に、副官が頷く。ラインガーダーは一般人搭乗の対バグアロボット兵器として投入されたものだ。エミタが行動を補助してくれる能力者よりも、一般人は経験の差が如実に出る。熟練兵の多くは前線、それに突入を行うブリュンヒルデIIの艦隊へ回されており、ユニヴァースナイトには訓練を終えたばかりの新兵が多い。
「現場の下士官には、苦労をかけているのだろうが、な」
「はい。KVがせめてあと2個中隊いれば、楽をさせてやれるのですが」
 宇宙用KVも巡洋艦へ配備された物が多く、艦上には宇宙用キットをつけた対空戦仕様の陸戦KVが数合わせのように並んでいた。

『くそっ、また重力が切れた。いい加減にしろとオヤジへ伝え‥‥なくていいが、何とかしろォ!』
 ゼカリアを駆る砲戦隊長が舌打ちする音が聞こえる。無重力下では、砲撃にもブーストが必要だ。UKの艦内や甲板上には擬似重力を発生させてはいるものの、戦闘行動中にはエネルギーが回りきらない事の方が多い。とはいえKVの火力は大きく、弾幕を張るという用途であれば十分に威力を発揮した。敵が甲板に乗り込んで来た場合にも、最後の砦として機能する。
「直衛には、交代を適宜取らせておけ。長期戦になる」
「はっ」
 友軍も多いが、封鎖衛星「ポセイドン」の外部戦力は、決して少ない物ではない。衛星を攻略するにはその大半を無力化せねばならない以上、交戦は全体として長期にわたる事が予想された。その間、ユニヴァースナイトは戦場の只中に居続けねばならない。不動の不沈空母、打撃戦力たるKV隊の補給拠点としてとこの艦が機能し続けることが、必要だった。
「それができれば、勝てる戦だ」
 言葉に出して、前を見据える。戦いはこの時点で数時間を経過しており、まだ終わりを迎える様子は無かった。バグアの攻撃も、ある時は鋭く、またある時は油断を誘うように間をおいて、しかしこちらを休ませはしない。敵には指揮官が不在と聞いていたが、少なくとも無人機の運用を効率的に、機械的に行う程度の頭はあるようだ。
「大型ヘルメットワーム3、高速接近します」
 艦首方面へ、矢のように迫る敵。KVが追撃を加えたのだろう、1つが見る間に火球と化した。もう2つはそのままユニヴァースナイトに接近する。
「砲座は何をしてる!」
『撃ってますよぉ!』
 答えは単純だった。護衛の本星型が、前面に展開して砲撃を弾いていたのだ。
「間に合わん。総員、衝撃に備えろ‥‥。来るぞ!」
 その声とほぼ同時に、ユニヴァースナイトの艦体が震える。転倒を免れたツォイコフは、ブリッジ内を見渡した。コンソールに頭をぶつけたらしい通信士官を引っ張り出し、副官がシートに座るのが見える。
「被害状況、把握急げ」
「前部ブロック、3番から5番と7番の気密が失われています。7番ブロックにキメラの侵入を確認」
「状況に応じて隔壁をおろせ。待機の能力者を投入しろ。急げ!」
 与圧が失われる危険は十分考慮して、艦内クルーは耐圧服を着用していた。避難してくる彼らと入れ違いに、SES武器を手にした能力者達が切り込んでいく。
「エアの抜けた区画には小型KVでの侵入を許可する。あまり壊すなよ」
「今の奴の母艦らしいビッグフィッシュは撃沈しました。報告によれば、光学迷彩つきだったようです」
「周辺監視を密にしてください。繰り返します、周辺監視を密にしてください」
 ブリッジに飛び交う怒号。
「後退しますか?」
 口にした士官を、ツォイコフは一睨みで黙らせた。緒戦の北米でいきなり大破させられて以来、この程度の苦境は幾度も乗り切ってきた艦だ。
「奇襲に乗じる動きが予想される。総員、気を引き締めてかかれ。ここが正念場だ」
 低い、落ち着いた声が回線をわたった。

●参加者一覧

/ 里見・さやか(ga0153) / 鋼 蒼志(ga0165) / 白鐘剣一郎(ga0184) / ドクター・ウェスト(ga0241) / 鏑木 硯(ga0280) / 榊 兵衛(ga0388) / 鯨井昼寝(ga0488) / 鯨井起太(ga0984) / 須佐 武流(ga1461) / ジュエル・ヴァレンタイン(ga1634) / シャロン・エイヴァリー(ga1843) / 伊藤 毅(ga2610) / 戌亥 ユキ(ga3014) / ゴールドラッシュ(ga3170) / 遠石 一千風(ga3970) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / 東野 灯吾(ga4411) / キョーコ・クルック(ga4770) / アルヴァイム(ga5051) / ゲシュペンスト(ga5579) / 秋月 祐介(ga6378) / ツァディ・クラモト(ga6649) / 飯島 修司(ga7951) / エメラルド・イーグル(ga8650) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 狭間 久志(ga9021) / 三枝 雄二(ga9107) / 紫藤 文(ga9763) / 最上 憐 (gb0002) / 美崎 瑠璃(gb0339) / 霧島 和哉(gb1893) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / ジェームス・ハーグマン(gb2077) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 嘉雅土(gb2174) / リヴァル・クロウ(gb2337) / 狐月 銀子(gb2552) / アレックス(gb3735) / アンジェラ・D.S.(gb3967) / トリシア・トールズソン(gb4346) / 孫六 兼元(gb5331) / 龍鱗(gb5585) / ソーニャ(gb5824) / エイミー・H・メイヤー(gb5994) / 神楽 菖蒲(gb8448) / 館山 西土朗(gb8573) / 綾河 零音(gb9784) / ファタ・モルガナ(gc0598) / 御鑑 藍(gc1485) / ラサ・ジェネシス(gc2273) / ヨハン・クルーゲ(gc3635) / 小早川 理紗(gc3661) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / 一ヶ瀬 蒼子(gc4104) / カグヤ(gc4333) / 那月 ケイ(gc4469) / BLADE(gc6335) / フール・エイプリル(gc6965) / 御剣雷蔵(gc7125) / 美優・H・ライスター(gc8537) / ジュん(gc8742) / ナスビ丸(gc8743

●リプレイ本文



 ユニヴァースナイトの位置は、横の広がりからいえば、布陣のほぼ中央に位置していた。縦方向で見る場合は後方と言う事になるが、作戦開始直後から激しい攻撃に晒されている。無論、波が高い時もあれば低い時もあるのだが、紫藤 文(ga9763)が離艦しようとしていたのは不幸にして敵がやる気を見せている時だった。
(‥‥良い上司を持つと大変だ)
 苦笑混じりに思うのは、火をつけれず咥えているだけの煙草の事ではなく、この作戦の意義。個人を救出するという名分を掲げてはいたが、その実は異星人に人類がどういうものかを伝えるため、と文は考えていた。無茶な初期状況から引き出された現状は、決して楽ではなかったが。
 対話。対等に、話す事。その為の示威が必要なら、振るう力に異議は無い。出撃を待つ彼にリヴァル・クロウ(gb2337)が声をかけた。文がこれから向かう任務に、旧知がいるという。
「シンは君も知っているだろう。彼と、リェンを頼む」
「リェンさんは会った事ないからわからない。シンさんは場数踏んでるし、自分は信頼してるよ」
 頷き、リヴァルは生真面目な口調でリェンは突っ込みがち故に気にかけて欲しい、と告げた。
「二人には今回堕ちても一緒に海まで墜落してやれないので注意する事。と、でも伝えて欲しい」
「‥‥ま、上手くやるさ」
 安心させるように微笑した時に、通信が届く。
「艦首方向の敵密度、減少中。まだ残っていますけど、これ以上クリアになるかどうか判りません」
 幻龍で周辺探知を行っていた一ヶ瀬 蒼子(gc4104)の声に、2人は自機へと駆け寄った。蒼子の、そしてそれ以外の機体からの情報を集約していた秋月 祐介(ga6378)が、少し遅れて詳細を告げる。
「こちらGiftradio、UKから見て2時のマイナス30度方向から敵襲が行きます」
「了解」
 頷き、二機の傭兵は艦を離れた。

 防衛線は、まず外周部に敷かれていた。この場合の外周とは、敵の集団を察知しうる限界に左右される。UK本体、及び艦載部隊による探知はおおむね円状に広がっており、その前縁部に敵が探知されると、祐介らによって速やかに共有された。
「ドラゴン1、迎撃戦闘に入る、管制、目標指示送れ」
 最外縁にいた伊藤 毅(ga2610)は、その管制へ指示を仰ぐ。
「そちらからだと進行方向右に中規模のキメラ集団がいますね。対応してください」
 祐介の指示は、今のところ淀みない。地上と宇宙で違う所は地面がなくなっただけ、という彼の景気づけは案外妥当だった。UKという基準点を元に敵の位置と速度を分類し、それをもとに誰が対処するかの判断を下していく。機械には難しい判断だ。
「ドラゴン2、ウィルコ、1、かく乱するから止めお願いするっす」
 三枝 雄二(ga9107)のハヤテが前に出た。毅のクルーエルは打撃主体であり、雄二がフロントに回る方が効率的だ。
「ドラゴン2、FOX2、さあ、右にひねるか、上に逃げるか?」
 騒々しく、煽る様に言う雄二の機体から逃れるようにワームが右側へ横滑りする。
「そうくると思ったよ!」
「ドラゴン1、エンゲイジ」
 雄二の声と共に、毅のレーザーがワームの外装を抉った。


「秋月さん、護衛につきます」
 ジェームス・ハーグマン(gb2077)が裕介機につく。しかし、裕介はそれほど危惧はしていなかった。搭乗機の幻龍は以前より格段に丈夫だし、狙われにくい位置取りも考慮している。大規模作戦のような超広範囲の戦闘での管制とは違い、UKの警戒範囲の中であれば、予期せぬ奇襲を受ける可能性は少ない。何より管制を分担する傭兵もいた。
「キメラ集団、右舷より接近中。大集団1、小集団2。先導にヘルメットワームとタロスがいます。注意してください」
 蒼子の声が、UK周辺に控えたラインガーダー隊とKV各機へ届く。
「キメラは任せる。ワームと厄介なのの対処はこっちに任せてくれ!」
 狭間 久志(ga9021)の声はくぐって来た戦場の数を思わせるように、落ち着いていた。その斜め後方にキョーコ・クルック(ga4770)の天がつく。
「信頼してないわけじゃないんだけど‥‥ね」
 心配だから、という言葉は口に出さずとも聞こえ、久志はふっと口元を綻ばせる。
「フォロー任せたよ。アテにしてるから、さ」
 言って、加速を開始。間髪いれずに放たれた多弾頭ミサイルがハヤブサの脇を追い越していく。
「‥‥フフッ」
 幸せそうに微笑むキョーコの目に、敵を彩る爆発光が映った。傷ついた所を久志に喰らいつかれたタロスが爆散する。
「キメラ‥‥来るぞ!」
 回線越しの若い声は、少し震えていた。
「ラインガーダー隊、よろしく。頼りにしてるよ」
 氷室美優(gc8537)のリヴァティがその陣形のすぐ傍に位置する。
「‥‥守ってみせるんだから」
 囁いて、前を見た。嫌悪をそそる宇宙キメラへ眉を顰めてから、銃撃を開始する。一瞬遅れで、ラインガーダー隊も射撃を開始した。威力は美優の攻撃に及ばないが、何しろ数が多い。一斉射撃の様子は圧巻だった。

「母艦を守るのは騎士の務めっ。『瑠璃色の騎士』の二つ名が伊達じゃないトコ、見せたげるっ! なーんてね♪」
 母艦と書いてお姫様と読む、凛々しい台詞を発しつつ宙を駆けるのは、美崎 瑠璃(gb0339)のスフィーダだ、
「UKにこれ以上の被害を出させる訳にはいかぬからな」
 榊 兵衛(ga0388)がヘルメットワームの三角編隊へ突っ込み、誘導弾とミサイルポッドを撃ちこんだ。これが何度目の攻撃か、回数を数えるのはもうやめていた。1機は落としたが残る2機を追う余裕は無く、新手の集団が視界に入る。キメラだ。
「後から後から、切りが無いな! とはいえ、まだまだワシも都牟刈大刀も戦えるぞ!」
 回り込んでいた孫六 兼元(gb5331)が、ウィングエッジで切り込む。崩れた隊列を追い討ちはせず、崩す事そのものを優先していた。深入りできない訳もある。
「むう、そろそろか‥‥」
 後に控える小型衛星攻撃任務の為、この場から離脱する必要があった。同じ任務を受けていたソーニャ(gb5824)も、同様のタイムリミットを抱えている。彼女は戦線を継続的に支えることではなく一瞬の打撃を以って押し返す事で貢献しようと考えていた。
「管制へ、戦域マップと敵データ及びデータリンクを要請するよ」
 何の為に、と聞いた祐介は意図を沿えてUKへ通信を行う。
「こちら秋月傭兵少尉。現況情報の共有を要請します」
「こちらUKHQ。わかったわかった。勝手に持って行け」
 乱暴な口調とは裏腹に、分析情報が流されてきた。UK側でも、敵の攻勢基点の分析を行っていたらしい。
「なるほど‥‥戦闘型のビッグフィッシュか」
「親父より伝言。艦内の敵を排除次第砲撃の予定だったが、余力があるならそちらで叩け。しくじるな、以上」
 苦笑しつつ、やってやろうと祐介は腹をくくった。位置情報を得たソーニャが、高らかに宣言する。
「こちらエルシアンのソーニャ。これよりビックフィッシュへの道をこじあける。我と思わんものはボクに続いて」
「了解。たかが一撃‥‥されど一撃、だ。乱すには十分‥‥!」
 鋼 蒼志(ga0165)の雷電が声に応じた。離脱時刻が迫っていた兼元と瑠璃も、兵衛に後を任せて合流する。一方、ヘイル(gc4085)は自身の守備位置を最前線からUK周辺へ後退させた。それまで行っていた情報収集の必要性が薄れた、と考えたわけではない。
「さて、ここからが正念場か‥‥」
 まだ姿の見えない第二の光学迷彩機による奇襲に備えての後退だった。彼の懸念はその後に的中する。


 UK艦内に突入した大型HW三機のうち一機は突撃中に、もう一機は艦の直ぐ脇で撃墜された。最後の一機が体当たりに成功し内部装甲まで貫通、キメラを吐き出しつつある。艦首部の慣性制御装置は不調をきたしているらしく、前方ブロックの重力制御は全面的に死んでいた。
「迎撃要員以外は急ぎ退去せよ。繰り返す、迎撃要員以外は急ぎ退去せよ」
 UKは艦内白兵戦の経験が弐番艦や参番艦に比べれば少ない。とはいえ、その可能性は十分に推測されており、艦内アナウンスにしたがって動ける兵は速やかに後退していく。空気は無いのでスピーカーから音声が聞こえてくる訳ではない。短距離の会話に支障が無い程度の通信装置は宇宙服にもAU−KVにも組み込まれていた。下がる兵と入れ替わりに乗り込んでいくのは、軍と傭兵の能力者たちだ。
「侵入個所が複数の様ですし、押し返すにしてもバランスを考えて配置につかないといけないかな?」
 艦内図を目に、御鑑 藍(gc1485)が考え込む。離脱してきた友軍と生きているカメラから得られる情報によれば、キメラは艦中央へ向かっているようだ。ぱっと見た感じ指揮を受けているという訳ではないようで、自然、大きな通路を行くキメラが質も量も多くなっている。
「ここに突っ込んできた奴らは私達で排除するわ」
 太い通路が3つ合流する区画を指し、鯨井昼寝(ga0488)がそう宣言した。既にキメラが制圧していると見て間違いない。生存者について心配する者はいなかった。
「いいだろう、ここは任せる。我々は側面を押さえよう」
 昼寝の胸元の傭兵中尉階級章が物を言ったのか、【アクアリウム】という小隊名を知っていたのか。同行していた軍の部隊は異を唱えようとはしない。見送る視線には、信頼が篭っている。

 ――実の所は。
「ところでボス。軍の仕事は割がいいって言ってたけど、実際のところどうなのよ?」
「うん、まあね」
 ゴールドラッシュ(ga3170)の台詞に、昼寝は生返事を返した。彼女の脳内は、いかにしてこの攻勢をくじくか、に向かっている。地球でも艦艇へ多用されたバグアの突撃は対処しにくい。キメラとの白兵戦を一般人兵士に行わせる訳にも行かないが、貴重な能力者を艦内に待機させねばならないデメリットは大きいのだ。昼寝の結論は、バグアに対して「UK内に多数のキメラを投入してもさほど効果は無い」と思わせるべき、というものだった。
「つまり、苦戦などは見せられない。バグアの目論見をいかに一方的に阻止するか、が重要ということになるわ」
「そう。その事で僕らの発言力も増える」
 言葉の足りぬ妹を補足しようというように、鯨井起太(ga0984)が付け足す。ゴールドは得心したように頷いた。
「そうすれば報酬アップにも繋がるって事ね。わかったわ」
 だが、得た発言力を何に使うか、起太の心中を知れば、そう納得はしなかったのではないか。
(宇宙に足りない物。それはおにぎり。宇宙食としておにぎりを推進する為には同志が必要だ‥‥!)
 有る意味、壮大な目標だったが来週には忘れていそうな気もする。

 ヨグ=ニグラス(gb1949)は、部隊でただ一人のAU−KVだったが、単独というのは先行するには不安も有る。それだけではなく、他の不安も皆無では無かった。
「現場までは迷子にならないように、ついて行くですよ」
 こくこく、と頷きながら言う少年に、くすっと笑って戌亥 ユキ(ga3014)が手を伸べる。
「それでは王子様、私が舞踏会場までエスコートいたしましょう♪ ‥‥なんちゃってね」
 笑顔を見せているが、彼女も余裕たっぷりというわけではない。何しろ、宇宙キメラは気持ち悪い外見だ。できれば近づきたくない、と感じる彼女の本日の得物は射撃武器である。
「‥‥」
 遠石 一千風(ga3970)の不安は、まだ慣れぬ宇宙戦闘へのものだった。しかし、それも周囲の仲間の様子、それに他の場所で戦っているだろう面々を思えば薄くなる。
「久々の実戦。ま、足を引っ張らないようやらせてもらうぜ」
「さぁ行ってみようか」
 親指を上げてみせるジュエル・ヴァレンタイン(ga1634)に、斜に構えたポーズを崩さないツァディ・クラモト(ga6649)。
「‥‥皆様方の安全を確保するのもまた‥‥メイドとしての務めです」
 無表情にそう言い、武器をきつく握りなおすエメラルド・イーグル(ga8650)。そして、仲間より少し前に駆け出していたシャロン・エイヴァリー(ga1843)が、振り返って声を上げた。
「皆、急ぐわよ! 駆け足!」
 最後尾を歩いていた鏑木 硯(ga0280)は、いつも通りの小隊の雰囲気に、安心したように微笑する。



「この後ポセイドンへ突入するので長くは居られませんが‥‥」
 ヨハン・クルーゲ(gc3635)がキメラの隊列を脇から崩す。横に気を取られたキメラに、ラインガーダーの砲撃が刺さった。混乱した敵は、脆い。
「やっぱさ、白兵戦だよっ!」
 キメラを文字通り粉砕しながら、美優が愉快そうに言った。ヨハンの増援を得て、久志とキョーコは一時補給に下がっている。
「補給路、A2から4のキメラ、クリアです。有人らしいHWが向かっています」
 下がりついでに掃除をしたのだろうか。補給の交通整理を行っていた蒼子から、そんな情報が入った。
「これ以上は近づけさせん」
 先の依頼で受けた傷も癒えたBLADEがそう気合を入れてから、前へ。機体はアンジェリカとあって長期戦は望めないが、一瞬止めるだけなら十分だ。外周の防衛線が健闘している分、UK周辺まだ達する敵はまばらではある。そして、それ以上に重要なのが、突破した敵の数や種類の伝達がなされていることだった。
「2機、HWが後逸した。対応を願う」
 兵衛が短く告げたのも、その連絡だ。彼ほどの歴戦の士であっても、いや、歴戦であるからこそだろうか。自分たちだけで全てを駆逐できるとは考えていない。
「管制、敵機の侵攻状況をまわしてくれ。友軍劣勢方面の援護に回る」
 折りしも手の空いたヘイルが祐介をコールした。近づいてくる敵は護衛のジェームスが追い散らしており、祐介の管制はこれまでの所よどみなく流れてくる。
「右舷10時の水平方向より、HW2機が突破。損傷は中程度。対応願います」
「了解。ヘイル機より管制。これより攻撃に移る」
 応答へ、アルヴァイム(ga5051)の声が被った。
「話は聞いていました。此方が片付き次第、対応に向かいます」
 彼もまた、手薄な面への支援を主に動いている。少数であれば身軽な傭兵が叩き、多数はラインガーダーや甲板のKV隊の正面へ追い込む。相手が無人機やキメラで有る事も大きいだろうが、その対応はここまでの所はうまくいっていた。

「これ以上 近づけさせませんよ」
 下方に展開していたフール・エイプリル(gc6965)も、ラインガーダー隊との共闘を考えて動いていた。モニターに映る無数の赤色に、自分を含む青色の壁が立ちはだかる。UKの対空防衛能力は薄くはないが、下方側は主砲、副砲がない分火力が薄い。
「ウェーッハッハッハ 敵の侵入は此れ以上許さんぜ」
 機関砲弾をばら撒きながら、御剣雷蔵(gc7125)が吼える。二機のラスヴィエートが脇を固め、ラインガーダーや艦の砲座へと追い込む事でキメラは次々と倒れていった。

「装甲は装着できるかね〜」
 外装を第一段階までパージしていたドクター・ウェスト(ga0241)に、整備兵が首をかしげる。再整備には最速でも15分、と聞いたドクターは、鼻を鳴らして自作の乾パンを齧った。
「では、満タンにしてくれたまえ〜」
 補給を行う間見回してみても、甲板の被害はさほど多くはない。これは外縁の戦闘を傭兵が受け持った結果、直衛の負担が軽くなっていた事もある。新兵主体のラインガーダー隊も消耗は最小に抑えられていた。事前に配置を見てBLADE(gc6335)が割り出していた死角に、最上 憐 (gb0002)ら傭兵達がカバーに入っているお陰だろう。
「‥‥ん。コレが。宇宙戦。地上とは。違う。不思議な。感覚だね」
 ふむふむ、と頷く憐へは、甲板の館山 西土朗(gb8573)が支援要請をいれた。
「右舷側、撃ち漏らしのキメラとワームが突っ込んできている。大きいのから叩いてくれ」
「‥‥ん。何となく。慣れた。気がする。近接戦も。試して来る」
 淡々と言いつつ、憐が進路を変えた。最終防衛線である甲板まで、辿り着く敵は少なければ少ないほど、良い。

「右舷側から来ている敵がいるのだが、回れるか」
 西土朗の声に、神楽 菖蒲(gb8448)が答える。問題ない、と。
「派手にいきましょ」
「先輩と一緒なら何も怖くありませんよ」
 そんな声をエイミー・H・メイヤー(gb5994)に掛けると、後輩は躊躇なく頷いた。その信頼に答えるべく、菖蒲は自身、初めての宇宙である不安を見せずに指示を飛ばす。補給のローテーション、距離対応、分担。要素は地上と変わりない。
「頼むわよ、相棒」
 ごつん、と機体の拳同士が軽く触れ合う。菖蒲が、狐月 銀子(gb2552)に示したのはただそれだけの動作。
「あたしとSilverFox、君に預けるわよ」
 そこで交わされた信頼は、動作よりも言葉よりも重く。
「コールサイン『Dame Angel』、迎撃を開始するわよ」
 手を伸ばせば届きそうな距離に近づいたワームへ、アンジェラ・D.S.(gb3967)が先制してレーザーガトリングをばら撒いた。傭兵や軍の防御、そしてUKの対空砲をも超えてここまで辿り着いた敵はそう多くはない。その多くは手負いで、面白いように倒れていく。
「補給、先に行きなさい」
「はい、先輩」
 地上よりサイクルは短く、4機とはいえ実質は3機で戦う時間が長い。任につく軍のKVも多数いるため、補給設備はどうしても混みあった。
「エイミーさんは2番へどうぞ。防空207隊の方は35番から40番を使ってください」
 状況を整理し、補給装置の割り振りを行っていたのは里見・さやか(ga0153)だ。場所、状態、数など条件はさまざまで、宇宙戦闘から戻るKVについても、蒼子らが動向を伝えてくる。エミタAIの補助を受け、KVの能力を利用して何とか処理している状況だ。
「損傷が大きい機体はバックヤードへ。こっちです」
 中には大破寸前といった状況で補給に戻る機体もあり、龍鱗(gb5585)はそういった機を誘導していた。甲板上で列を作っている間に攻撃を受けて撃墜、というのは避けたい所だし、補給装置では補修まではできない。応急処置を行うには最短でも15分、整備員の手が間に合わなければもっとかかる。
「パイロットさんは降りてください! 大丈夫、たいした事ありません」
 小早川 理紗(gc3661)の練力はとっくに半分以下で、途中から使いどころを考えるようになっていた。とはいえ、救護に回る能力者はほとんどおらず、過労死しかねない状況だ。救急キットを握り締めて走り、治療し、また走る。途中から、時間や数を意識する事はやめていた。

「フューエルビンゴ、リクエストフォーフューエル」
 毅と雄二のペアが帰還してくる。前線側を支えている機体も、数分おきに帰還要請を出していた。宇宙という戦場の都合上仕方が無い面は大きい。補給装置の利用は傭兵が比率的に多いのだが、これは一般的な正規軍よりも傭兵の方が腕が立つ、という事を示してもいる。簡易修理が必要な機体は、後方の小型輸送艦へ向かう場合も多い。
「要補給機2機、後退します。直ぐ出れるようにカタパルト付近へ誘導願います」
 連絡に入った蒼子から、さやかへ情報が伝わる。ひっきりなしの要請に、整備の兵も駆け通しだった。


「‥‥直上、敵が突破しました。甲板へ向かっています」
 悲鳴のような声。戦闘が激しくなるにつれて補給待ちが出てくるのは止むを得ない。だが、そこを弱点と見て向かってくる程度に頭の良かったバグアは、手痛いしっぺ返しを食らう事になった。
「ハイエナのようにたかって来るのは頂けませんね」
 飯島 修司(ga7951)のディアブロがスナイパーライフルで狙撃し、HWが四散する。続こうとしていたもう一機へバルカンを叩き込んだ。ただのバルカンと思うなかれ、受けた側は大砲と見まがうような破壊力だ。突入角度を変えようとした所を、追う。修司のディアブロは陸戦機では有るが、下手な宇宙対応機よりも長時間の活動が可能だった。
「じっくりと教え込んでやりましょう。大魔王からは逃げられない、と」
 渋い口調が冗談なのか否かは、読めなかった。

「ラサ嬢、其方にキメラ8体行きます、頼みましたよ」
 エイミーの声に、ラサ・ジェネシス(gc2273)が奮い立つ。
「お姉様の名にかけて!必ず殲滅しますノダ」
 さっきまで、宇宙用の命綱の実用本位な外見にがっかりしていたのが嘘のようだった。せめて結び方で可愛らしさを表現してみたラサが激しい弾幕を張る。敵の数は通知どおり8。宇宙キメラとしては小さめだが、彼女よりはだいぶ大きい。そしてキモい。
「地球をゆっくり鑑賞する暇もないね。仕方がないけど」
 苦笑しつつ、ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)も超機械で電撃を放った。一方で、探査の目で敵の観察も怠らない。

「なんか凄えな! このスケール感!」
「うむ。凄すぎて現実感が無いのう」
 はしゃぐ東野 灯吾(ga4411)に、柏木は難しい表情を返す。柏木達はドラグーンの機動力を活かして遊撃についていた。甲板上の移動を繰り返すうちに、景色の良い場所を通る事も有る。
「お前ら、進路は決まったのか?」
 などという嘉雅土(gb2174)の声を聞こえない振りでスルーする様子からして、そもそも卒業ができていないようだ。
「む、救援要請が来たぞ。行くぞお前ら」
 おー、と気の抜けた声を返す舎弟の面々も同様だろう。
(まあ、人のことは言えないんだけどな)
 ため息をつきつつ、嘉雅土も同行した。彼の危惧に有ったような艦内への侵入は、今のところ艦首の穴からしか行われていないらしい。ひとつには、艦内に通じるハッチなどの位置共有と、対処が徹底されていたことが有る。その提案を行った赤崎羽矢子(gb2140)の提案で、生身の傭兵は少人数でチームを組んでいた。
「範囲は広いけど、敵が多かったらKVに支援を要請すればいい訳だしね」
 むしろ、小さな敵を見逃す方が怖い、というのは理にかなっている。宇宙の緒戦、カンパネラ周辺での戦闘では器用なキメラがあの手この手で侵入を試みていたものだ。

 一方、須佐 武流(ga1461)は単独で行動していた。
「キメラども、そこまでだ」
 甲板の中でも高い位置に陣取り、腕組みをして出番を待つ。様式美というものだろう。素通りするのは失礼だと思ったのか、キメラも刃物のような腕を振るう。振るった時には、武流はもうその場にいなかった。
「ふんっ」
 近距離から、蹴りが一閃。頭部っぽい部分を蹴り砕かれ、キメラの巨体が沈む。そろそろ別方面へ出撃せねばならない時間だったが、彼はぎりぎりまで甲板の平和の為にとどまっていた。

 艦長らの身の安全については、ブリッジの真上にカグヤ(gc4333)のピュアホワイトが文字通り張り付いていた。
「UK弐番艦は以前艦橋を狙われ、傭兵は守れなかったの。もう二度と同じ敗北はダメなの」
 と言う事らしい。
「む、重力切れるぞ。注意しろ」
 灯吾が注意を促した。UKの重力/慣性制御は優秀だが、砲撃時など一時的にカットされる事も有る。
「おっと‥‥」
 浮き上がったのを反動で戻すべく、羽矢子は銃を構えようとしたが、それより早く重力が戻ってきた。ショックはひざで吸収し、着地。同じような事を考えていたらしい灯吾と目が合って、苦笑する。完全に重力の切れた艦首方面であれば、有効だったろうか。
「急げよー」
 先行する柏木を追う。


「慣性制御装置の反応は無いのか?」
「残念だけど、無いの」
 ゲシュペンスト(ga5579)からの問い合わせに、カグヤがすまなそうに答える。彼女はピュアホワイトの特殊能力で大型HWを走査していた。その結果が、それである。体当たりを成功させた時点で離脱するつもりはないということだろう。とはいえ完全に機能を停止したわけではなく、排除の為に近づいた軍のKV隊へフェザー砲を撒き散らしている。
「吐き出したキメラが内部制圧できればよし、失敗したら自爆するつもりでしょうね‥‥」
 連絡を受けた藍は、同行していたアレックス(gb3735)へそれを伝えた。
「俺たちのやる事は、変わらない。出てくる敵を掻き分けて、根を叩く。全力でだ」
 いくぞ、と掛けた声に続くのは、総勢8名の精鋭だった。壁を這い進んでいたムカデのようなキメラが、新手に気づいて上体を持ち上げる。
「天都神影流、白鐘剣一郎‥‥推して参るっ」
 白鐘剣一郎(ga0184)がそう口にした時には、キメラは既に両断されていた。硬質な背に比して、腹は柔らかい。しかし、死ぬ前に何らかの手段で仲間に連絡したのだろう。良く似た外見の新手が角を曲がって現れる。どこにこれだけの数がいたのか、壁と床と天井を埋める勢いだ。
「行こうか、擁霧。久しぶりの‥‥お祭りだよ」
 無造作に、霧島 和哉(gb1893)がその流れに踏み出す。それが激流の中の石の様相だった。彼の前でキメラが2つに別れる。一部は、背後で反転して渦を巻く。殺到する爪牙の嵐。
「〜〜‥‥」
 敵の只中から、調子はずれな鼻歌が聞こえた。
「‥‥カズさん!」
 那月 ケイ(gc4469)が漏らしたのは悲鳴ではなく、感嘆の声。敵中に出来た裂け目へ銃弾を打ち込めば、腹を見せていたキメラが痛みにのた打ち回る。
「ヒャッハー!! 弾幕空間にようこそウエルカム!」
 ファタ・モルガナ(gc0598)が、大口径ガトリング砲の銃身を回し始めた。混乱が更に広がっていく。そこを、2つの影が走った。
「ちっ、めんどくせぇ! 一気に押し込むぞ!」
 和哉の作った道で助走をつけ、群れた敵の只中へと宗太郎=シルエイト(ga4261)が飛び込む。振り下ろした剣は、力を加減した物だったが周囲のキメラは血をぶちまけて死んだ。青黒い。
「何度もは使えないか‥‥」
 加減をしてなお、壁面へは亀裂が走っていた。ファタはそんな宗太郎をふふん、と鼻で笑い。
「これは全部バグアのせいだよ。問題ないない」
 バリバリと弾丸をばら撒いていく。そのやり口に触発されたのか、横手の壁が不意に膨れ、砕けた。
「おおっ!?」
 弾幕祭りに専念していたファタが、姿を現したキメラに驚く。突き出された拳、2撃目が来る前に、ケイが飛び込んだ。
「させるかよ!」
 振り下ろされた腕を盾で受け止め、衝撃を全身で殺す。飛んだ視界の中、跳ねる少女の姿を見た。上半身は巨人、下半身はムカデのような奇怪なキメラの、手前へ。
「手元が、お留守!」
 二刀の片方を壁に刺して体を止め、勢いのままにトリシア・トールズソン(gb4346)は魔剣ティルフィングを抜き放った。一閃、巨人の片腕が切り飛ばされる。
「よし‥‥、行くぞ。突撃ィ!」
 背後からのアレックスの声に、少女は嬉しそうに笑った。
「フツノ、機殻開放‥‥イグニッション!!」
 ごう、と力任せに振るわれた剣が、残る腕を壁へ打ち付ける。空いた腹へと、ファタ、ケイの射撃が刺さった。



 アクアリウム隊も、艦内に浸透したキメラを順当に制している。時にまとまり、時には散開しつつ主だった通路、それに室内の敵を撃破しながら進んでいた。
「ここが最後ね」
 昼寝の口調は、自信に満ちている。場所が宇宙であろうと、頭の無いキメラの群れなど相手にとって不足という物だ。電源は落ちていた為、起太と硯が人力で扉を左右に開く。
『グォアッ』
「ユキ、ツァディ、キメラを押し込んでから射線、空けるわよ!」
 飛び出してきた醜悪な顔を一撃、突いてからシャロンが右へ飛んだ。間髪いれずに銃弾が埋める。
「ほれほれ、GoGoGo」
「チャンスは必ず私が作るから、後はお願い!」
 ユキの弾幕が空間を制圧し、動こうとした敵へはツァディが撃ち込んで行く。リロード、の瞬間を狙ったように、室内へとジュエル、一千風が駆け込んだ。
「そら、よっと‥‥!」
 片腕で扉の縁を掴み、勢いを殺さず方向を変えるジュエル。一千風は天井側に張り付いたキメラを蹴りつける。
「さあガンガンやっちゃってくださいっ」
 再び、弾幕が張られた。がんがん撃ちつつ、足も前に運んでいるのはヨグ。
「‥‥合わせます‥‥!」
 イーグルも射撃を重ねる。硬質な外皮を持つようだが、そうで無い部分を狙えば案外、もろい。
「ただ今絶賛キメラフィーバー中。祭りはそろそろ終わりそうだ。どうぞ」
 ツァディの通信に、別働のDT班からも頼もしい返事が返ってくる。

 一方。
「ここは通行止めですわ。他をあたりなさい」
 キリッとした口調で言い放ったミリハナク(gc4008)の言葉も、威圧感も、知性の無いキメラには通じていないようだった。ぶん、と振った斧が血の弧を描く。言葉が通じなければ実力行使が、石器時代のやりようだ。
「きゃー、お姉様かっこいい! 頑張ってマスター!」
 普段の真紅から白へ塗り替えたリンドヴルムの中から、綾河 零音(gb9784)が嬌声を上げた。塗り忘れか意図的なものかは不明だが、両足の正面に赤いラインが残っている。
「ふふり、今日の綾河さんは一味違うのです」
 嬌声と共に、弾丸を送り出すのも忘れてはいない。が、キメラは後から後から沸いてくる。
「ちょ! 後ろにも出てきた!?」
 急ぎ、零音が振り返ろうとした。が、それより早くミリハナクが身を翻す。まさかあの構えは、などといいつつ慌てて飛び下がる零音。
「貴方等、アンコの中の小豆一つ部分の価値もありませんわ!」
 ごぅん、と鈍い音と共に空気の無い回廊へエネルギー衝撃が吹き抜ける。巻き込まれたキメラが血肉を撒き散らし、階段といわず壁にも床にも血のカスケードを作り上げた。粉砕されたキメラの一隊が消え、しばらくすると――
「‥‥また、来た」
「ここは通行止めですわ。他をあたりなさい」
 キリッとした口調で、ミリハナクが再び言い放つ。作戦終了までに、学習しないキメラは3度、この台詞の犠牲となったらしい。



『‥‥なるほど、私に食いついてきたのが予想よりも27%早かったですね。迎撃しつつ後退を』
 エアマーニェの3は淡々と告げる。しかし、状況は彼女にとって良いものではなかった。ティターンでの出撃を一瞬考慮するが、そうすれば全体指揮がおぼつかなくなる。エアマーニェの3は僅かに悩んでから、その選択を退けた。自分の後退に釣られ、人類の防衛線が延びた事を別働隊へ衝かせ、あくまでUKを叩く事を続行する。
「キメラの大部隊を確認。途切れないわね」
「タロス3機、10時方向45度より正規軍の部隊を振り切って進行中。エースと思われます」
 蒼子と祐介の声に合わせるタイミングで、敵側の最後の切り札が現れた。いや、正確に言えば現れては居ない。
「見えない新手さんなの。解析、急ぐなの」
 カグヤのピュアホワイトが捉えた情報は、速やかに情報網へ共有される。光学迷彩他、ステルス処理をされた2隻目のビッグフィッシュが伏せられていたのだ。
「下方、位置は20km‥‥? 回頭は間に合わん。迎撃展開、急げ!」
 ツォイコフの指示が飛ぶ。

「こういうの、ナンダッケ、バックウォーターの陣?」
 ラサがむむ、と首を傾げるが、それに対する返事は無い。羽矢子の要請で、甲板側にいた修司の援護射撃が飛び、キメラの群れが纏めて消し飛んだ。一息、つく。
「これがあっちの最後の一押しだ。持ち応えたら勝てる!」
 掛け声は景気付けのためではあったが、伝わってくる情報から戦局の推移は把握していた。あながち、外れた事ではない。
「っし、あと少し。頑張ろうぜ!」
 嘉雅土が言う。宇宙空間を、KVが行くのが見えた。

 後退を続けるエアマーニェの艦へ追いつけた傭兵は4機。僅かな機数ではあるが、虚を突いた事によるアドバンテージは在る。無人機やキメラを主とするバグア軍は、指揮官を潰す事で弱体化すると彼らは経験として知っていた。
「突入支援します。‥‥気をつけて」
 加奈の声を背に、蒼志が出た。敵艦の退路を確保すべく展開したキメラの側面に回り突入。崩された場が戻る前に、兼元と瑠璃のウィングエッジコンビが切り込み、ソーニャが追う。
「‥‥チッ」
 一撃離脱を3度繰り返した蒼志が後退する。兼元が纏まりかけた集団を再度叩いた。小型HWからなる集団が追いついてくる。正規軍部隊が割って入った。
「行け! 傭兵ども!」
「いきます! エルシアンGO!」
「必殺! 『瑠璃色流星・一閃両断』っ! 行っけぇー!」
 ソーニャが機体を加速する。瑠璃のスフィーダも、ここぞとばかりにメテオ・ブーストを開放した。戦闘型ビッグフィッシュからの対空砲を潜り抜け、艦腹へ浅い傷を刻む。
『‥‥一撃受けた程度でこの艦は沈みません。何故そこまで向かってくるのか、不可解ですね。それとも、母艦を潰された意趣返しでしょうか』

 ――本来なら、そうなったかもしれない。だが、敵艦の前には奇襲に備えたKVがいた。
「その方角から来る事は、まあ、想定通りです」
 カグヤとは違う方法で、アルヴァイムは敵の奇襲に備えていた。敵の直接的な分析というよりは、戦いに動きがあった場合、乗じた伏兵や強行突破がありうると思考していた、と言う事だ。無駄足に終わる可能性もあるが、今回のように敵の思考系統が単一の場合は、行動それ自体の連鎖を読む、と言う行為が成果に繋がる場合もある。そこで稼がれたのが、一瞬。

 続く反応は、同じ傭兵が早かった。
「‥‥ん。大物が。来た。皆に。知らせて。それまで。足止めするから」
 憐のナイチンゲールがラインガーダー隊へと告げ、左舷側に回る。アルヴァイムはビッグフィッシュへ攻撃を仕掛けていたが、そこから吐き出された機体までは食い止められない。
「ちょうど良い、時間の許す限りは全力で戦わせていただきますよ!」
 盾になろうという本星型へ、ヨハンが狙撃を行った。あっちから近づいてくるのだから楽なものだ。人型で防衛に回っていたリヴァルも本星への対応に入る。

「大型HWを確認‥‥。艦首に刺さっていた物と同型です」
 近接したヨハンの声。キメラはフール、そして雷蔵が阻止し、近づかせない。遅れてきた正規軍が食らいつき、大型HWの一機を破壊した。残るは一機。
「耐えろよ天、ソシテ我輩の体‥‥ドレスB〜!」
 外装をパージしたドクターの天が、急加速でそれを追う。
「総員、衝撃に備え‥‥」
 言いかけたツォイコフの声に被さる様に、ドクターが大型HWに取り付き、ディフェンダーで斬りつけた。衝撃で軌道が逸れ、艦体を掠めてHWが上へと抜ける。
「けっひゃっひゃっ、我輩がドクター・ウェストだ〜。キミが覚えておく必要は無いがね〜」
 HWの搭乗者はその声を聞いただろうか。反転する間もなく、その巨体はUKの主砲に捉えられて爆発した。


 大型HWの入り口付近は、キメラで埋まっているようなことはなかった。プラントも無尽蔵にキメラを吐き出せるわけではないらしい。
「‥‥うわ、しっかり食い込んでる、ね」
 ちら、と接合部を見て和哉が言った。解決について考えたのは、剣一郎だ。
「斬る。それに合わせて、KVに支援してもらおう」
 単純明快な結論だった。次の任務がある彼にはもう時間の余裕も無い。ゲシュペンストへと藍が連絡。UKの部隊ともタイミングを計る。艦内側のキメラは、その多くが討たれ掃討戦に入っているようだった。
「準備は、いいか?」
「いつでも」
 それぞれの得物を手に、一同は周囲を向く。
「じゃあ、いくぜぇ! 究極ゥゥゥッ! ゲェェシュペンストォォォッッ! キィィィィィッック!!!」
 宇宙へはじき飛ばされたHWへ、
「捕まえてるわよ。ブッ放してやんなさい、エイミー!」
「はい、先輩!」
「合わせるわよ!」
 甲板にいたKVからの一斉射撃、そしてUK本体からの砲撃が刺さった。それが、実質的な作戦の終了の合図となる。

 エアマーニェの3は、失敗した作戦に拘泥はしなかった。
「奇襲が失敗したのは残念ですが、彼らの優秀さが判りました。時間を稼ぐと言う意味で本来の目的は果たしたと言えるでしょう」
 内部のキメラが排除され、大型HWの自爆も阻止された時点で、バグア側の攻撃は徐々に緩やかな物となっていく。それは、ポセイドンへの攻撃が次の段階へ進む事も意味していた。
「ふぅ‥‥」
 疲れた様子で、廊下に座り込んだ龍鱗の隣に、さやかが座った。
「あのときは、本当にごめんなさい」
 詫びの理由は旅行の約束を、すっぽかしてしまった事。差し出された小さな箱には龍鱗に合わせた腕輪が入っていた。
「さとみさん、俺は‥‥」
 気にしていないという訳ではないが、彼女の事は恋人と思っている訳で。詫びられると、どういう顔をして良いものか少し困る。
「‥‥今度、改めて一緒に旅行に行きませんか?」
 言ってから、さやかは可愛らしく首を傾けた。

「ひとまず、なんとかなったのー♪」
 嬉しそうに笑う若い声に、ツォイコフ大佐は艦外で配置についていた傭兵の声だと思い至る。
「本艦はこの位置を保持。後方からの敵奇襲の危険もある。警戒を怠るな。‥‥傭兵諸君は随時休息を取れ」
 指示は、ねぎらいの意から出ただけではない。決戦戦力としての傭兵の出番は、またすぐに来ると見越しての事だ。今回のポセイドンへの作戦はこれまでのような砲撃戦による攻略ではない。未知の状況に対しての傭兵の発想や行動に、大佐は期待する。それだけの実績を、彼らはこれまでにあげてきていた。
「――今回も、だな」
 漂う敵HWの残骸を見て、大佐はそう呟く。ポセイドン攻略作戦は、佳境を迎えようとしていた。