タイトル:【決戦】破片爆砕 マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 50 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/11/03 18:59

●オープニング本文


※このシナリオを含む5本のイベントシナリオは、これまでのご愛顧に対する感謝の念を込め、無料シナリオとさせて頂きました。
 より多くのお客様にご参加いただくため、おひとり様1キャラクターまでの参加として下さいますよう、お願いいたします。
 また、大規模最終フェイズでの大破判定については強制力を持ちません。通常の機体データでの参加が可能です。
 なお、ロールプレイ上で、機体が大破したので〜という演出を行うことについても問題はありません。(10/20 2行追加)


「ありゃあ、でかいな」
 だれともなく、そうつぶやく。地球へ向かう破片の中で、それは最大級の塊だった。厚さが2km、最大径が10kmほどの板の周囲に、そこから乖離した1kmのものが2つ。それ以外の破片は多数。9層からなる外殻は案外弱い結合だったようで、その多くはバラバラになっている。確認されている塊は最外装と、そのすぐ下。かつてのいい方であれば第一層と二層が分断されずに残ったもののようだ。
「あれが、このままのコースで地球に向かえば‥‥」
 言うまでもないが大被害が発生するだろう。不幸中の幸いは、そこにバグアの気配が無い事だ。無人迎撃装置やキメラはいるかもしれないが、少なくともヘルメットワームやタロスが出てくる様子はない。
「時間との勝負だな。気張っていくぞ」
 リゲルケンタウロス級輸送艦「ルクバト」のドックの中、口にした軍曹の声に、工兵たちは決意のまなざしで答えた。志願した傭兵も、彼らと共に行動する事となる。運べる爆弾の量や、不測の事態への対応は傭兵が上だが、構造物を破壊するということについては彼らがプロフェッショナルだ。最小限の破壊で、求められる最大の結果を。
「計算は任せるの。少しくらいずれても、カバーできると思うの」
 ブリッジでは、男どもの中で不釣り合いな雰囲気の少女が、腕まくりをしていた。白瀬留美少尉は、母艦のブリュンヒルデIIを喪失後、何故かこの場にいる。宇宙要塞カンパネラで総指揮官の補佐に回っているマウル・ロベル中佐とは離れることとなった。軍務について以来、初めての事だけに、緊張もあるのかもしれないが、外見からは特にそれは判らなかった。
「了解だ。頼りにしているぜ、お嬢ちゃん」
 初老の艦長は、娘程の年齢の相手に重々しくそう言う。もっとも、ドックの中にいる傭兵にも若い少年少女はいるわけで、この戦争で年齢はあまり意味が無い、と知っているだけかもしれないが。


 最大の破片へは、KVに護衛された輸送艇が2隻向かう。
「生身の爆破班は、各自自分の爆薬を確認。設置個所は事前資料に従え。ただし、現地の状況次第で臨機に対応せよ」
 一般人の兵士は、重そうに爆薬を背負う。能力者は重さについては問題にならないだろうが、嵩高いのはやはりどうしようもない。一人一つ、という指示がでている。
「まあ、戦闘する気が無ければ3つくらい運べそうだよね、これ」
 などと言う傭兵には、複数を持ち運ぶ事も許可はされるようだ。余り原則論にこだわれるほどの、状況では無い。大きな破片の内部に潜り込み、計算上で予測された連結部を4か所爆破すれば、最大の破片は分解すると思われた。その際の衝撃でコースが変更される可能性も期待されている。もっとしっかり情報を取得できれば確実な計画が立てられるのだが、その余裕はない。
「くそっ、キメラだ!」
 先発の兵士の叫びに、銃声が被った。もともと配置されていた防衛用のキメラが、大破壊による衝撃を生き延びた物だろう。最後に命じられたまま、侵入者の人間へ向けて牙をむくそれは、蛇に似ていた。しかし、地球の大蛇よりも大きい。それに、蛇は光線を放ったりもしない。
「何とかしないと、進めんぞ‥‥!」
 舌打ちする兵士の宇宙服のバイザーに、別のキメラがひらひらと宇宙を舞うのが見えた。と、横合いから飛んだミサイルが粉砕する。護衛のKVも、戦闘に参加したのだろう。死んだかに見えていた残骸の中から、小型のワームや砲門が姿を見せる。


 小さな破片二つには、α(あるふぁ)とβ(べーた)という、無味乾燥な名前がついていた。大きい破片には、Ω(おめが)。誰のセンスか判らないが、面白みはない。こちらは爆破解体するのではなく、大破したKVから取り外されたエンジンが数機、据え付けられる。取り外しが面倒だ、とKVそのものを持ってきているケースすらあった。
「固定はしっかりやれよ。タイマーあわせも確認。設定、完了。‥‥よし、いいぞ」
 Ωの解体とタイミングを合わせて噴射し、地球への落下コースからずらそうというのが計画だ。据え付けられるエンジンのリミッターは外されていたが、それでも足りるかどうかわからない。相手は1km程の残骸なのだ。
「あっちは大変なようだな。‥‥いや、ちょっと待て。こっちにも来そうだ」
 取り付け作業にあたっていた兵士が、舌打ちする。大きなキメラと無人機だろう小型ヘルメットワームが、破片の中を縫うように動いていた。ほぼ同じ速度で動いている為、破片の群同士の間隔は、動きが無い。実際には、とんでもない速度で地球へ向かっている筈なのだが、この場にいるワームやキメラ、それに人間にとっては動かない障害物のような物だった。
「傭兵がいる筈だ、何とかしてもらえ。ああ、手があるならこっちの取り付けを手伝ってもらっても構わん」
 猫の手も欲しい、と現場指揮官は言う。この場で最後の勤めを終えるエンジンは、もとはKVの物だ。仲間の愛機が最後の勤めを果たそうとしているのを、邪魔はさせじとKVが飛ぶ。

「残り時間92分、進捗48%なの。予定に対しては95%、今の所誤差の範囲なの。ただ、少しβ側の対応が遅れ気味、なの」
 輸送艦内では、白瀬が状況の分析を続けていた。キメラやワームが出てくることは想定の範囲内、しかしこの後の作業に影響が出ればそうも言っていられないだろう。いざとなれば、ルクバトをぶつけてでも止めねばならない事態がありうる。しかし、それは爆破班の帰る場所がなくなる事をも意味していた。
「‥‥頼むぞ、皆。皆で帰りたいんだ」
 祈るように、オペレーターが呟く。私語に厳しい副長も、それに叱責を飛ばす事は無かった。時計の針が少しづつ、進んでいく。

●参加者一覧

/ スコール・ライオネル(ga0026) / 綿貫 衛司(ga0056) / ロッテ・ヴァステル(ga0066) / 幸臼・小鳥(ga0067) / 相沢 仁奈(ga0099) / 鋼 蒼志(ga0165) / 白鐘剣一郎(ga0184) / 雪ノ下正和(ga0219) / 煉条トヲイ(ga0236) / ノエル・アレノア(ga0237) / 鏑木 硯(ga0280) / 幡多野 克(ga0444) / セシリア・D・篠畑(ga0475) / 鯨井昼寝(ga0488) / 霞澄 セラフィエル(ga0495) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / 鷹代 由稀(ga1601) / シャロン・エイヴァリー(ga1843) / ブレイズ・カーディナル(ga1851) / 潮彩 ろまん(ga3425) / 藤村 瑠亥(ga3862) / 夏 炎西(ga4178) / リン=アスターナ(ga4615) / アルヴァイム(ga5051) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / リゼット・ランドルフ(ga5171) / Letia Bar(ga6313) / クラウディア・マリウス(ga6559) / ラウル・カミーユ(ga7242) / 百地・悠季(ga8270) / 上杉・浩一(ga8766) / 白虎(ga9191) / 紫藤 文(ga9763) / 遠見 一夏(gb1872) / 赤崎羽矢子(gb2140) / シエル・ヴィッテ(gb2160) / 嘉雅土(gb2174) / フォルテュネ(gb2976) / 澄野・絣(gb3855) / 舞 冥華(gb4521) / フローラ・シュトリエ(gb6204) / 望月 美汐(gb6693) / D・D(gc0959) / ラナ・ヴェクサー(gc1748) / ティナ・アブソリュート(gc4189) / 那月 ケイ(gc4469) / ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751) / 立花 零次(gc6227) / クローカ・ルイシコフ(gc7747) / ジョージ・ジェイコブズ(gc8553

●リプレイ本文

●破片β・1
 傭兵の支援を仰いだのは3か所。中でも進捗状況が良くないβには複数の傭兵が向かっている。KV数機が小型艇を囲むように位置どっていた、小型艇の中には、大破しエンジン部分だけを取り出されたKVと共に生身での活動を選んだ傭兵が搭乗している。
「原因は、何でしょうか?」
 艦内の夏 炎西(ga4178)は移動中にも思考を巡らせていた。キメラなどの障害であれば、傭兵の出番だ。あるいは、設置場所に問題があったのかもしれない。一方、愛機メリーさんを駆る潮彩 ろまん(ga3425)はあまり難しいことは考えていなかったようだ。
「どんな破片が落ちてきたって、ボクとメリーさんが、ハンマーボール剣玉殺法で粉々に壊しちゃうもん!」
 ばーんと、破片に向けて大きく見栄を切ってみたものの、破片は一向に大きくならない。とんでもない速度で近づいているはず、なのだが。
「はぅ‥‥、ちょっと、大きすぎるみたいですぅ」
 おずおずと幸臼・小鳥(ga0067)が声を掛け、ろまんはスクリーンの隅に映る距離表示をまじまじと見る。遠い。つまり、小さく見えるあれは、大きい。
「まいった、ここまででかいとは思っておらなんだ」
「こんなのを地球に降らせる訳にはねー。しっかりやりましょう」
 乾いた口調で言う上杉・浩一(ga8766)に、フローラ・シュトリエ(gb6204)が首肯する。
「作業員さんに連絡、取れたで。‥‥どうも、キメラが近場におって作業がはかどらんようやね」
 相沢 仁奈(ga0099)の声に、ロッテ・ヴァステル(ga0066)のスレイヤーが前に出た。皆で勝ち取った新しい時代に、この様な星屑は不要だ。
「わわ、メリーさんも行くよ!」
 飛行形態に戻ったろまんが、慌てて追随する。小さな破片をすり抜けつつ進めば、豆粒以下だった破片が突然大きさを増した。すぐに、視界の一角を埋めるほどのサイズに膨れ上がる。
「ふぇ‥‥レーダーに感あり‥‥ですぅ?」
「噂のキメラね。エンジンや作業員さんの方角は?」
 誤射を念頭においたフローラの問いに、小鳥がデータを転送した。先発した小型艇と共に、裂け目の中に隠れているらしい。彼らの安全を確認してから、闇を裂く6機の猛禽が一斉にキメラへ襲い掛かる。
「よし、もう大丈夫だぞ」
 浩一が告げるや、作業員達が駆け出す。一刻を争う状況だ。生身の傭兵たちも数人、中に混じっている。

「設置予定位置はぁ‥‥どこですかぁ?」
 小鳥が確認した地点を見た仁奈は、やる気満々の体でスフィーダを一歩前進させた。その手にはメトロニウムシャベル。エンジン設置が難しい地形をKVで均してしまおうと言うようだ。作業監督はそれならば、と指示を始める。
「手が借りれるなら、こっちの岩場にも一基置きたい。頼むぞ、嬢ちゃん」
 ロッテや浩一は、エンジンの運搬などに手を貸した。
「力仕事なら、メリーさんに任せてよ!」
 ろまんも機内で腕まくりする。小鳥のウーフーIIIが周辺警戒に回っているお蔭で、彼女も作業補助に注意を回せるようだ。

●破片β・2
 徘徊していた宇宙キメラはKVにあっさり排除されたが、βの素性を考えれば内部に小型キメラがいる可能性が高い。
「俺は俺に出来ること‥‥集中してやろう‥‥」
 幡多野 克(ga0444)は閉じていた眼を見開き、駆けた。疑似重力を含め、破片内の機能は停止していたが、彼の気配で動き出したのか、暗がりの中に赤い光が灯る。
「‥‥そこだ、ね」
 小型ワームは克の一刀であっさり沈黙した。おそらくは作業用ワームなのだろうが、一般人にとっては十分な脅威だ。
「なまじ、向かってこないだけに厄介、かな‥‥」
「すみません。あと2体、通路を下がった先にいるようです」
 バイブレーションセンサーで周囲をうかがっていた炎西が、連絡を飛ばす。大きな脅威がない現状、克以外の面々は作業の補助に回っていた。
「燃料パイプ、引っ張って‥‥と」
 据え付けられたエンジンの微調整に、シャロン・エイヴァリー(ga1843)が取り掛かる。工兵があと2度右、などと指示する通りに傾け、固定した。
「‥‥こちらは設定完了です‥‥」
 赤い目はコンソールに向けたまま、セシリア・D・篠畑(ga0475)が静かに言う。無線の向こう側の監督は、すぐに次のエンジンの位置を送ってきた。設定自体は単純作業だが、手があればあっただけ早く進むと。
「‥‥ちょっと待って。お客さんよ」
 セシリアの設定の間、周囲に目を配っていたケイ・リヒャルト(ga0598)が鋭く言った。

●破片α
 ベータに比べて順調と報告されていたαでは、事態はもう少し単純だった。
「あの寄生虫共、騒ぐだけ騒いでトンズラか! Чёрт возьми!!」
 悪態をつきつつ、クローカ・ルイシコフ(gc7747)はシャベルを振るう。当初はロケット弾での『整地』作業を申し出たのだが、現場の監督に却下されてしまった。いっそ、派手に吹き飛ばしていれば気も晴れたのだろうが。
「ま、エアマーニェが回収してくれたお陰で大分マシなんだろうけどね」
 赤崎羽矢子(gb2140)がそういえば、クローカは整った眉を顰めた。彼にとってバグアはバグアであり、彼らの手を借りる形になった事へは複雑な思いがある。少なくとも、感謝の念が抱けるほど、思考が整理できたわけではない。
「‥‥連中の手抜き工事にはうんざりする。奴らにはシベリアで穴の掘り方から教えるべきだ」
 その穴に埋めるべきだ、と言わないのが少年なりの譲歩なのかもしれない。
「最後の仕事がこういう任務になるのは不本意かもしれないけど。地球を守る仕事に変わりはないわ」
 不意に聞こえたリン=アスターナ(ga4615)の声。自分に言われたのか、と思ったがそうではないらしい。リンは据え付けたばかりの、誰のものとも知れぬ機体へと語りかけていた。強い熱で炙られたように塗装が焼けているが、エンジンブロックその物は無事だった。この機体に命を救われた誰かは、今頃どこにいるのだろう。おそらくは、医務室で横たわっている筈だ。
「しっかり気張って破片を押し出してやって頂戴ね」
 その誰かのためにも、と言葉にせずに言い添える。ジョージ・ジェイコブズ(gc8553)は跳ねるようにエンジンへ取り付いた。開いたパネルへ、聞いた通りの設定を打ち込んでいく。
「ま、こういうのは慣れだよな」
 趣味で触るコンピュータとは入力形式こそ異なるが、手順や流れの部分は同じ所も多い。結局、機械に命令を与えるという部分は同じなのだから、という大らかな意見は今のところ功を奏しているようだ。
「ケイくんはさ、これから、どうするの?」
 同じく生身で動いていたLetia Bar(ga6313)が問いかける。
「これから、か」
 作業の手こそ止まらなかったが、那月 ケイ(gc4469)の返事は少し間が空いた。揃いのデザインの宇宙服は、小隊の仲間で誂えたものだ。よく見れば、ところどころで個人差がある。それは、戦争を終えた彼らが歩むこれからの人生とも、同じだろうか。
「‥‥しばらくは今まで通りの傭兵活動かな」
 戦争は終わったといえ、まだ彼らの手は必要とされている。そう答えたケイの背を、Letiaが勢いよく叩いた。咄嗟にエンジンを掴んで、漂い出すのを防ぐ。
「ま、手伝って欲しいことがあったらいつでも呼びな?飛んでくから!ね、隊長? ぁ、あと‥‥」
 少しの非難を込めた視線を気にも留めず、笑ったLetiaの目が、すっと細まる。
「ケイくん、話は後回し、だね」
「‥‥かな」
 警報が通信機越しに届くより早く、二人は気配に向けて突進した。

●破片Ω・1
 最大の破片であるΩには、多数の傭兵が向かっている。先発した傭兵からの情報に、大規模作戦の時の情報を外挿した見取り図は、穴こそあるが概ね全体を概括していた。
「全体図がこう‥‥なら、こんな感じ、かな?」
 クラウディア・マリウス(ga6559)は破壊目標の4か所の柱の周辺を拡大、爆薬を仕掛けるのに適した位置を導き出す。
「とすると、移動ルートはこんな感じだわね」
 同じくピュアホワイトを駆る百地・悠季(ga8270)は、内部の状況から進行ルートを計算した。むろん、実際の障害の有無で左右はされるだろうが、大まかな距離などは現状でも分かる。
「‥‥なるほど。時間が惜しいし、ここは4グループに分かれての攻略を提案するのだ!」
 白虎(ga9191)の発言に、反対意見は無い。手早く目標を分担し、ある者は爆弾を持つ工兵と共に、またある者は持たずに先行した。各人の希望も踏まえつつ、嘉雅土(gb2174)が大雑把に配分する。
「流れ弾で、爆弾が誘爆しないようにだけ注意してください」
 言い添えた嘉雅土の目は、小型の台車に爆弾を積み上げた白虎へ向いていた。
「例え意味があろうとなかろうと、全力で爆破する! それがしっと団なのだー♪」
 きりっと言い放つ少年に、なぜか爆破されるべき不穏な気配を感じる嘉雅土だった。

 一部のKVは、爆弾を運ぶ面々に同行していた。道を開く、という意味では先行と言ってもいい。
「ン、こいつでは入れるのはこの辺までかな」
 紫藤 文(ga9763)がそう呟く。ドレイクは高速機だが、狭い場所に踏み込もうとすれば肩上のパーツが意外と場所をふさいだ。わかった、というようにD・D(gc0959)のニェーバも停止する。文は機内で煙草でも吸っているのだろう、続く言葉はない。既に道中で顔を出してきたキメラは撃破し、傭兵や工兵の妨げになりそうな障害物も排除した。侵入者に気づいて後から出てくる敵もおそらくいるだろうが、一服する程度の暇はありそうだ。
「これで、終わりか‥‥。安堵位しか浮ばないが‥‥」
 水を向けてみれば、ややあって、ずっと虚しさを感じていた、という言葉が返った。喪失と、報復の連鎖。戦いの理由と、戦いの結果が為す円環を、虚しく眺めるしかない無力感。今回の作戦は、文にとって、初めて勝利と思えるのだという。
「戦争とはそういう物なのかもしれんな‥‥だが、其れも此処まで、か」
 ここで円環は終わるのか、といえば友人ほど楽観的にはなれず、かといって水を差すのも忍びなく。D・Dはつと話題を変えた。隊を解散して以後の身の振り方について。
「私は故郷の土でも踏みしめに戻るが‥‥お前はどうする?」
 この戦友に先の当てがないなら、誘ってもいい。そう思いはしたが、口には出さず。
「ん? 解散は考えてないな」
 そんな返事に、ホッとした。
「‥‥そこに私の席はあるのだろうな?」
 戦いが終わってもすべてが終わったわけではなく。自分の、そして仲間達の居場所は、そこに残るのだ。

「あとを、お願いします」
 この場で退路確保を行う二人に自機をゆだねて、霞澄 セラフィエル(ga0495)は機体を降りた。周囲には大気がなく、動力も絶えた異星の残骸を照らすのは、彼女達自身の持ち込んだ光源のみだ。暗視スコープ越しに見る画像に、否応なくこの場の異様さを感じさせられる。歩いてきた道を見失わぬよう、彼女は目印のテープを張りながら進んだ。
(きっとこれが、私にとって最後の大きな仕事になるでしょう)
 戦いを離れていた彼女にとり、この作戦は終わりを見届けるという目的もあった。かつて関わった歴史の終焉。自分の中での何かの終焉。
「ここからは先行します。あと、少しです」
 工兵に声を掛けつつ、鏑木 硯(ga0280)が前に出た。霞澄も愛用の弓を手に、後に続く。二人が回ったのは降下地点から2番目に遠いC柱だ。近い柱へ向かった班は、もう設置作業に入っているだろうか。最遠距離を選んだ者はまだ道半ばだろう。
(シャロンさんは、それに鯨井達はどんな具合かな‥‥)
 信頼しているが、心配が胸をつくのは仕方がないことだ。そんな時に限って、敵は姿を見せない。理由は、単純だった。工兵に先行した傭兵が、単独で敵を掃討していた為だ。
「もはや最後かもしれんからなと‥‥全力でいかせてもらうぞ」
 言い置いて、稼働中のキメラプラントへと切り込む藤村 瑠亥(ga3862)。多数に対するには、数を生かす場を与えねば良い、とばかりに足を止めず、切り裂く。有力なバグアに伍する彼にとって、生まれたばかりのキメラなど歯牙にも掛からない。思う間にも体は半ば自然に動き、敵を下していた。
(全ては帰ってから、か‥‥)
 5年という歳月が、己をこのような高みに押し上げた。感慨はあれど、後悔はない。ふと、ラナ・ヴェクサー(gc1748)の名が脳裏をよぎる。家族のようなあの女性も、広い戦場のどこかで戦っている筈だ。この場で会おうとは思わない。家に帰って、ただいまとおかえりを言い合えば、それでいい。
(なるほどな)
 ふと笑みが浮かぶ。彼と、彼女の帰る場所を守るために、帰るべき場所にたどり着くために、力を振るう。そこに難しい理由は何もない、と。

●破片Ω・2
 瑠亥の思う女性は、同じ破片の別の場所にいた。突入場所から最も近いA柱だ。工兵を含む集団は大きな戦闘もなく目標地点についた。作業に入る工兵達を守るべく、周囲へ自然に気を配る彼女の姿を見て、随分確り立つようになったな、と立花 零次(gc6227)は思った。初めて知り合ったときに感じた危うい雰囲気はもう薄い。
「ラナさんはこれから、どうされるんでしょう?」
 何気なく聞いた言葉に、ラナは首をかしげた。今戦う理由は分かっている。その後、自分はどうするのだろう。どうしたいのだろう。考えれば、視線が下がった。沈黙を埋めるように、零次は言葉を継ぐ。
「旅にでも出て世界を見て回るのも良いかもしれません。そこで何か出来る事もあるのかもしれませんし‥‥」
 バグアとの戦いが終わって、できる事。やりたい事。言葉からすれば、零次にもそれは見えていないのだろう。自分も同じだ、とラナは思う。
「‥‥一緒に行きますか?」
 はっと視線を上げれば、零次の視線が向いていた。居心地の良い場所、小隊を作ってくれた青年は、冗談だ、というように笑う。その時に、気づいた。自分には大事な場所が、大事な人がいると。それは今、戦う理由だ。同じものがこれから生きる理由であって、いけないことはない。
「私は‥‥護るべき、家が‥‥ありますから。‥‥ごめんなさい‥‥」
 零次はただ、笑みを深くする。
「ラナさんにも、それに他の皆さんにも私は感謝しているんです。これから幸せに生きてほしいと、そう思っています。ですから」
 ラナが生きる目的を見つけていたことが、嬉しいと。

「戦いの意味、か――」
 聞くとも無しに、零次とラナの会話を耳にした煉条トヲイ(ga0236)は、恋人の元気な背を見た。敵の待ち伏せこそ無かったが、ルートの確保や他のチームとの連絡など、鯨井昼寝(ga0488)は精力的に動いている。先の戦いの失望から、まだ抜け出せない自分とは違った。
「‥‥何が『noblesse oblige』だ。哂わせる」
 力持つ者として、世界の為に力を振るう。そう言えば聞こえはいいが、そこにトヲイ自身の意思が無かった訳ではない。自覚しているのだ。止むを得ず、ではなく嬉々として、力を振るってきた事を。恐らくは人類最後の敵であろう佐渡京太郎と戦えなかった事が、彼の中の修羅を失望させている事も。その修羅は、戦後の平穏には不要なものだと、トヲイは感じている。
(――彼女は)
 どうして失意の中にいないのだろう。昼寝の中に、確かに自分と同じ修羅を見た。トヲイはそこに惹かれたのだ。それだけではない。自分と同じ修羅を抱えながらも、太陽のように明るい彼女。
「何、考え込んでるの」
 振り返った昼寝が、見上げてくる。からかうような挑発的な仕草も、瞳の中の煌めきも、変わらない。ふと、その唇が歪み。
「――――こんなところで死んだらもったいないわよ」
 囁くように一言を投げて、昼寝はくるりと背を向けた。今の言葉も表情も、知らない昼寝ではないのに。何故か、胸がざわめく。
「うわ、キメラだ!」
 工兵の鋭い叫びが思索を中断した事を、トヲイは何故か感謝していた。

●破片Ω・3
「さて、こいつを終戦記念の花火にしたいもんだがな――!」
 ちらり、と鋼 蒼志(ga0165)がカメラで確認すれば、白虎の押す台車が見える。多くのものを運べはするのだが、障害物が多いルートには不向きな道具だ。これまでのところは、蒼志の先導は的確だったが、今後もそううまくいくとは限らない。
「さーて、段差のない道はどっちかにゃー?」
「大体の構造は、ちょっと前に攻め込んだ場所と似たような物なんですけどね」
 バグアに創意工夫の才能がない事が、こんな時にはありがたい。曲がり角があると予想した場所、小部屋になっていると思える場所など、過去の経験から導かれた予測は概ねあたっていた。
「また三叉路ですか。次の通路は、KVには少し狭いですね‥‥」
 嘉雅土が言いながら、ペイント弾を床や壁面に打ち込んでいる。乱暴だが、これで元来た道は分かるという寸法だ。帰り道に迷って破片の爆発に巻き込まれる、などというのはシャレにならない。
「うーん、そうだネ? ちょっと厳しいカナ?」
 先を覗き込んだラウル・カミーユ(ga7242)が言う。
「壁の一枚や二枚、吹っ飛ばしてショートカットもありだよね?」
 積み上げた爆弾を手に首をかしげる白虎だが、言葉の内容的には別にかわいらしくはなかった。
「いや、俺はここで殿を務めますんで」
 隙間から遠隔兵器を送り込んで支援できれば、とも思ったが視界が通らない場所で操作する事はできない。通路をゆく工兵と傭兵を見送ると、周囲は奇妙な静けさに覆われた。
「戦いは終わっても、残ってしまう問題はある‥‥か」
 この破片は、わかりやすい一つの問題の形だろうと、蒼志は思う。問題を解決できることを示すことで、懐疑的な世界へ平和の到来を示していくしかないのだ。戦争が終わって、平和な将来でどのような未来を築くことができるのかを、自然に思えるようになるまで。
(ま、プロポーズとかしても死亡フラグにならない世界になったって事ですよね)
 身近な話で言えば、そういう事だと。コクピットで締まりなく笑う姿に、影は無かった。

「‥‥キメラです!」
 先行していたフォルテュネ(gb2976)の声に、ラウルが小銃を構える。吹っ飛ばすのだー、と言いつつ前に出ようとした白虎を、嘉雅土が押しとどめた。爆弾が流れ弾で爆発でもすれば、大変なことになる。それに、通路で遭遇したキメラなど、前衛の二人で十分だ。
「最期までお仕事勤勉だヨネ。僕も見習わなくっちゃカナ?」
 などと言いつつ、ラウルはキメラへと鋭い視線を向ける。婚約者がいる地球、大事な故郷のある地球を守るために必要な作戦というのが、彼がここにいる理由の一つだ。
(それに‥‥さっちゃんが守りたかった地球、守らナイとネ)
 決戦で命を散らした友人を、思う。それほど親しかった訳ではないが、確かに知っている人間が失われた。失われたのではなく、まだ見守ってくれている、と考える程度には、ラウルはセンチメンタリストだ。
「通しません‥‥!」
 ライトニングクローで切りかかるフォルテュネを、ラウルが支援する。二匹目のキメラが鎌首を上げた瞬間、強弾撃の乗った弾丸が頭部を撃ちぬいた。
「さ、前進するヨ。ついて来テ!」
 工兵と一緒に白虎がカートを押し、後方を警戒していた嘉雅土が殿につく。

●破片Ω・4
「全く随分な置き土産をしてくれたな彼らは‥‥。愚痴る時間さえないか?」
 ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)は、正面の様子を見つつそう言った。稼働しているキメラプラントがどこかにあるのか、妙に数が多い。もっとも、狭い通路の巡回などを意図されたらしい小型キメラは、KVにとって恐れるほどの相手ではない。高分子レーザーが数度閃き、異形の蛇が死骸に変わっていく。
「正面に出れば抜けれると思うけれど‥‥。後の事を考えれば、右に迂回してあたし達が抑える方がいいかもしれないわね」
 ドゥ同様にKVで同道していた悠季が、射撃の合間にそう告げた。やや大型の彼女のピュアホワイトでは、それほど奥まで進むことは困難だ。それならば、敵の多く出る場所を制圧、退路を確保するのがいいだろう。工兵達も異存はない。
「では、少し攻めに転じるぞ」
 たった今、キメラが飛び出してきた半開きのゲートを、ドゥが槍で突く。三度突いたところで門は吹き飛び、一拍おいて溜まっていたキメラが飛び出してきた。二機のKVが迎撃を開始した。
(思えば本当に、こういう事にも慣れてしまいましたね‥‥)
 出てきたキメラを押しとどめ、背後の工兵を守りつつ遠見 一夏(gb1872)はそう思う。戦闘の最中にそんなことを考えられる程に、慣れてしまった。それももうすぐ終わる。この作戦は終わりであり、そして始まりでもあると、ティナ・アブソリュート(gc4189)は思う。戦いの中で出会った死と、生き様を背負った彼女は、ここから新しい生き方を始めなければならないのだから。
「クソッ、このルートは鬼門か!?」
 工兵の舌打ちが聞こえた。彼らも、焦っているのだ。盾で押しかえし、銃を撃つ。KVの支援射撃が、キメラの第一陣を吹き飛ばした。
「あと少し、です‥‥! ここまで生きて、戦ってこられたんだから、最後に、こんな石ころの一つくらい!」
 高ぶった感情のままに、一夏が叫ぶ。
「敵が来ます、私の後ろへ!」
 望月 美汐(gb6693)のバハムートが重々しく前を進み、身の丈程の剣を両手に、ティナも前へ駆け出した。
「ティナ・アブソリュート、参ります!」
 声と共に、レーザーの焦げ跡も生々しいキメラの死骸を脇に押しやり、道を開けば工兵達が続く。
「後方、支障なし」
 綿貫 衛司(ga0056)が簡潔に背後の状況を伝えてきた。先ほどの場所を守るKVの攻撃が床を揺るがし、大気のない空間でも戦闘の様子を伝えてくる。隊列後尾の工兵に続きながら、衛司は左右に油断なく目を走らせた。
「考えようによっては、悪くない展開です」
 この破片に残っていたキメラがそう多い筈はなく、向こうから突っ込んでくるなら掃討に回る手間が省ける。気を配るべきは、包囲の兆候だが、この場のキメラやワームに戦術眼があるようには見えず、偶然の要素がなければ背後にキメラが現れる事は考えにくい。
「柱を確保しました。‥‥大きい、ですね」
 思わず一夏が感想を漏らす。かつて本星外殻の層を繋いでいた柱は、小さなビル程の構築物だった。転送された映像をもとに、突入地点のクラウディアが爆弾の配置を微調整していく。
「右側に小さなヒビがありますから、押し込むような感じで――かな?」
「B柱の崩壊が予定よりコンマ4早まるの。問題ないからやってよしなの」
 彼女の指示はルクバト側で総合計算を行う白瀬の検証を受け、承認が下りれば悠季が内部の各班へ伝えていく。逆に、事前の予定で設置できると踏んでいた場所がふさがっているという事態もあった。ある障害はクラウが対処を考え、ある物は現場の工兵が。

「急所突きで弱点が判れば良かったのですが」
 敵を突破した霞澄が、柱を見上げつつそう漏らした。ヒビが入っていたり、崩れそうな場所は判るのだが、爆弾をどこに仕掛ければ良いかと言うのはまた少し勝手が違う。

『こちらC班。作業を開始する』
 もっとも距離の空いていた工兵が爆弾の設置を始めたようだ。運んできた爆弾の設置を行うべく、衛司も工兵の指示を仰ぐ。警戒に立つ者と、作業にあたる者が手分けをしつつ。彼らを本格的な侵入者と見なしたのだろう。キメラの動きがより攻撃的になった。

●ルクバト・破片宙域
「こちら、アークバード、オウル01。αとβで地上戦の開始を確認」
 ハンナ・ルーベンス(ga5138)の柔らかな声が回線を流れる。それまで動きがなかった敵が、二か所で同時に動き始めた事に偶然の要素は低い。輸送艦「ルクバト」近郊で護衛に入っていたKV隊は、Ωの方角から飛び立つワームを発見した。その数、6機。
「じゃまっけ出た、とくてーい。ちっこいの3つと中くらい1つ。故障中のもあるね。あとキメラがちょろちょろ?」
 舞 冥華(gb4521)の言葉だけを聴けば要領を得ないが、通信で送られてくるデータには問題がない。内容を確認したルクバトのブリッジで、艦長の顔が青ざめる。
「後部デッキで小型艇にエンジンを積み込んでいるチーム。至急、作業を中止し、作業員は‥‥」
 ルクバトの通信士官が、言葉を切った。カタパルトに上がっていた機体から、発艦許可を求める信号が出ている。
「遅らせる訳にはいかないんでしょ? 何とかするわよ」
 鷹代 由稀(ga1601)が平板な口調で言った。痛み止めを打つ彼女自身もだが、乗っているKVも満身創痍だ。いっそ解体した方が早かったかもしれないが、彼女の強い意を受けて『何とか動くように』整備班が努力したらしい。結果的に、その判断は吉と出たようだ。
「こういう状況だ。参加する以上、出来る限りの事をしないとな」
 流星皇を駆る白鐘剣一郎(ga0184)も状況としては大差ない。しかし、手負いであろうとも熟練の能力者のKVは、守るに十分な戦力だ。
「ノエル機、ゼロ。迎撃に向かいます」
 哨戒に出ていたノエル・アレノア(ga0237)のヴァダ―ナフも、万全には程遠い状態だが、まだ飛べる。
「行くぞ、デイブレイカー! 宇宙の夜明けだっ!!」
 即席のコンビを組んでいた雪ノ下正和(ga0219)が、僚機を気遣って前に出る。格闘戦を挑むつもりか、人型形態をとっていた。ノエルはちらりと背後を振り返る。愛する人の故郷がある、青い星がそこにある筈だ。
(僕達はまだ動けるし、あれは絶対落とせない‥‥! だからもう少し、力を貸して、ゼロ‥‥!)
 愛機に心の中で声を掛け、操縦桿を握る手に力を込めた。
「旗艦を後退させるのは望ましくありません。各位、一機も通さぬよう」
「し、しかし。それでは君達が」
 呻くように声を上げた通信士官へ、アルヴァイム(ga5051)は事もなげに答える。手負いの敵機程度問題はない、と。それは、集った面々と意思を見れば、明らかだった。
「みさいる、発射」
 気の抜ける声と共に、冥華機が多弾頭ミサイルを発射する。アルヴァイムとノエルが遠距離攻撃機に追撃を指示し、手負いの中型ワームを叩き落とした。突っ込んできた敵機へと、正和が突っ込む。
「我が槍斧の一撃受けてみよっ!!」
 叩きつけた打撃が敵の足を止め、ノエルのライフルが側面を抉った。
「左翼側、一機後逸。フォローを頼む。‥‥く、いつも通りに動けない事がこうももどかしいとは」
 小型ワームを仕留めた剣一郎が、機体を回しつつそう告げる。
「安易な突撃を志向する敵に注意を。自爆攻撃の可能性があります」
「了解。ヴェズルフェルニル、目標を‥‥狙い撃つ!!」
 アルヴァイムに頷き返し、由稀がスコープの中の敵機を見つめる。直線的な動きは、明らかに無人機だ。引き金を引いた直後に、スコープの中を閃光が埋めた。
「敵機の消滅を確認。‥‥やれやれ、大したもんだ」
 後で一杯奢らせてくれ、と言う士官の耳に、今度は破片αとβからの報告が届いた。先の報告に続いて、迎撃に入るとの連絡だ。作業の遅延は最小限に抑える、という言葉に誰かが祈るように目を閉じた。計画に余裕は、それほどない。

●破片上
「破片で作業している仲間から、引き離せ」
 ブレイズ・カーディナル(ga1851)が叫ぶ。能力者の仲間はいざ知らず、一般人の工兵にとっては流れ弾一つが命取りだ。
「センサーに反応。新手のキメラです」
 言いながら、リゼット・ランドルフ(ga5171)がNimueを前進させる。ばらまかれた銃弾が、飛び出てきたキメラを引き裂いた。戦力的には恐れるに足りない相手だが、油断はできない。背後の工兵や生身の仲間たちは守りについている彼女達を信じて、今も作業を進めている。
「邪魔させないわよ」
 澄野・絣(gb3855)が突っ込み、固まった群を蹴散らした。相手が立ち直る前に移動を重ね、反撃しようとしたキメラの死角へ回る。宇宙キメラは地上の物よりも全般的に大柄だ。
「それほど数がいるとも思えないけれど‥‥、面倒ね」
 ライフルをリロードしながら、リンが首をかしげた。それまで積極的な動きのなかったキメラや無人ワームが、突然動き出した理由はまだわからない。
「Блин надоело! 自分の作ったゴミの始末位してから行けよ、Капуста!」
 クローカは相変わらずバグアへの罵声を口にしながら、作業を進めていた。言葉の意味はよくわからないにせよ、羽矢子が言いたい内容も大して変わらない。口に出して発散できるだけ、クローカは周囲の工兵達より緊張の処理方法を知っているのかもしれなかった。
「オウル01より連絡。敵の攻勢は、Ωで『柱』へ友軍が踏み込んだ為の防衛反応と推測。戦略的な行動ではないとルクバトでは判断しています」
 タイミング的にその可能性が高い、という事だ。周囲に何らかの対侵入者警報が出たのだろう。集約された情報を、ハンナは前線に戻していく。
「って事は、そう長くはないな」
 ブレイズが内心でほっと一息ついた。振り返った視線の先に、月面に逆に突き立ったニェーバの胴体が見える。ジョージが手早くエンジンの設定を進めているその機体は、彼の愛機だった。大きな被害こそ受けていなかったが、度重なる出撃でオーバーホールが必要と判断され、今回の作戦へ提供を決めた経緯がある。共に戦い抜いた愛機の最期を無駄にしない為にも、敵の突破を許すわけにはいかない。

 β側の防衛は、滞りなく進んでいた。内部側で生き残っていたキメラやワームを、先行して処理していた克の行動もあり、湧き出してきたキメラはそれほど多くはない。哨戒に入っていた小鳥の警報が早かったこともあり、向かってきたワームはβにたどり着く遥か前に撃墜された。
「‥‥引き続き、警戒を続けますぅ‥‥」
「しばらくは私達も上空の警戒につくわ。他の皆は作業をお願い」
 頭上の目を小鳥に任せ、ロッテと仁奈が新手に対して構えをとる。ワームはさっさと突っ込んできてあっさり撃破されたが、宇宙用キメラは足が遅いのが幸いして、まだ徘徊しているようだ。
「まだか、まだおわらんか‥‥?」
「こっちのブロックはあと少しよ! 手が空いてたら、二班の兵隊さんを助けてあげて」
 じりじりした様子の浩一に、目を上げたシャロンが反対側の丘を指さす。エンジンの設定を進めたいが、地上でキメラと能力者の戦いが起きていて作業に入れないのだという。破片の中から出てきた新手のキメラは小型だが、厄介なことに自爆機能を持っていた。
「さっさと出てくれば撃ち抜いてあげるのに‥‥!」
 剣呑な視線と銃口を向けるケイに怯えた訳ではないだろうが、生き残りのキメラは地面の下に潜んでしまっていた。炎西のバイブレーションセンサーで場所を特定次第、克が突っ込んで狩り立てている。余波が命取りに成りかねない工兵は、危険が解消するまで作業に入れない状況だった。セシリアが一人で設定作業を急いではいるが、やはり手が足りない。
「なるほど。なら」
 がしゃんと進み出た浩一のリヴァティーが、即席の壁を作る。
「KVの頑丈さは皆よくしっておろう。作業を急いでくれ」
「‥‥おう。やるぞ、野郎ども」
 物陰から出てきた工兵が、作業にかかった。近くで見れば巨大な人型の与える安心感はなるほど、大きい。

●撤収・爆破
「作業終了、退避に入る!」
 最終設定を終えた工兵と傭兵が撤収を始めるころには、キメラやワームはその姿を消している。撤収は時間のみとの勝負になりそうだった。
「爆破時間まで9分30秒ですよっ。遅れている人、いませんか?」
 回線を通じて聞こえるクラウの声に、各所から確認の声が返る。撤収時間がもっとも問題になりそうなΩのD班では、傭兵達も各自対策を考えていた。白虎は帰りの足にもカートを提供していたようだ。
「大丈夫、時間はまだありますから慌てず行動しましょう」
 自班の後退後も突入口に残っていた美汐が、彼らを出迎える。βはどうなっているか、と尋ねる硯。お疲れ様、と声をかける昼寝の様子は普段と変わらず、トヲイは人知れず息を吐いた。
「‥‥乗ってくかい?」
「文さん? あ、はい‥‥」
 一夏を見かけた文が、言葉を掛ける。嬉しそうに答える一夏へ手を伸ばし、コクピットへと引き上げた。ふと、脳裏によぎった金髪の女性の影を思い、苦笑を一つ浮かべる。

「流星は眺めるもんです。自分達でなる様なものじゃない」
 早く離れましょう、と言う衛司らが乗り込み、小型艇がΩの地表を離れる。少し遅れて、KVが数機飛び立った。
「最後まで邪魔が入らないように気を抜かないようにしないとね」
 絣が上空警戒につく。彼女が懸念していた最後の妨害はなかったが、小型艇からは感謝の通信が入った。
「もうすぐだ。おい、頼むぜ‥‥」
 誰かが声を漏らした途端、関わった兵士たちが固唾を飲んだ。
「カウント、10‥‥9‥‥8」
 クラウの声だけが、回線をゆっくり流れていく。小型艇の窓からぼーっと外を眺めていたジョージが、微かに目を細めた。
「‥‥5‥‥4」

「‥‥どこの誰の機体かも知らないけど、お疲れさま。お願いね」
 小さくなっていくβへ、シャロンが声を掛ける。
「‥‥0」
 破片の大きさの割に、小さな小さな光が表面にともる。一つ、二つ、三つ‥‥。
「行け‥‥っ! お前たちはあの決戦で戦い抜いたKVの一部なんだろ? そんな破片ごときに負けるものか! 押し返せぇぇ!」
 ブレイズが振り絞った声が届いたのか、小さな光は大きな輝きになり、じっと見守る一同の目の前で、2つの小破片がゆっくりと動き始めた。そして、更に巨大なΩが揺れる。

 動き出した破片の様子と、その衝突によって生じる影響を計算していた留美が、綻んだ表情で言った。
「爆破作戦は成功なの。α、βとΩ1、Ω2は全て地球への落下コースを外れたの。お疲れ様でしたなの」
「破片の軌道予想図をブリッジのスクリーンへ。ああ、ロッカールームと帰還中のKV各機、小型艇へも転送するように」
 ルクバトはゆっくりと軌道を変え、もはやまとまった塊ではなくなった破片群から距離を取る。どれよりもゆっくりした速度で、大きな破片が少しづつ、少しづつ距離を広げていた。
「これで‥‥うまく地上へと落ちるのを…阻止出来たでしょうかぁ?」
 ルクバトのロッカールームで呟いた小鳥の頭に、ロッテが軽く手を乗せる。これ以上何事も無ければ良いのだけれど、と美汐は声に出さずに思っていた。思い思いの表情、そして態度で喜びを見せる傭兵達。
「さて、戻るとしようか。帰ったら先勝会やるよ。他所に行った皆も捕まえて盛大にね!」
 羽矢子が笑い、掲げた機体の拳へクローカが同じ物をぶつける。
(この世の人達の未来を、もう2度と阻むな)
 動いていく破片を見下ろしながら、ドゥは強くそう思う。
「デブリ問題は、これで終わる事は無いでしょうね。バグア本星の破片も、そしてこれまでの戦いで出た物も‥‥」
 フォルテュネは、小型艇の中で少し考え込んでいた。

 ピピピ! KV各機の通信機が、控えめに注意を促すような音声を発する。
「アークバード。オウル1より各機。小さい破片も、地表に向かわせることは許しません。これより最終ミッションを開始します」
 軌道計算の結果をハンナがKV各機へと転送していた。霞澄や蒼志、一夏を届けてとんぼ返りしてきた文や、傷を圧して飛んでいた由稀までもが、隊列を組んで飛ぶ。もう敵がいない空間を、フォーメーションを組んだまま飛ぶKVは美しい。
「こちらルクバト。残業に感謝する。本艦は砲撃支援はできないが、事後の宴会の用意は任せて貰おう」
 ハンナの通信を受けた他のKVも、一機、また一機と合流。ミサイルや砲撃を駆使して、小さな破片を更に小さな岩屑へと変えていく。
 ――その日、地球の空を彩った流れ星のいくつかを、彼らはこうして作った。終戦を祝う、天の花火を。