●リプレイ本文
●敵地へ
「さぁ、テスト開始だ。まずは準備だねぇ」
嬉しそうな前席からの研究員の声。道中、ミカエルのマニュアルを熟読していたシャーリィ・アッシュ(
gb1884)は静かに周囲を見回す。
「‥‥男性陣は‥‥わかってますね?」
シャーリィが『男の浪漫』に対する代償の大きさを言外に匂わせつつ、珍しく笑顔を見せた。その笑顔は、少し怖い。
「あ、ああ。そんな事考えてもいねーよ」
芹沢ヒロミ(
gb2089)がいつもよりぶっきらぼうにそう答える。相談中のやり取りから生まれたシャーリィへの少し気まずい思いを抱えたままで、彼は今日の任務に挑んでいた。それを払拭するのは、やはり結果しかない。
「わ、私は皆さんを信頼してますから」
等と言いつつも、操縦席側を見ながら胸元にカバンをひきつける加奈。
「いざと言うときは、私がこの身を盾にしてでもお守り致します‥‥」
直江 夢理(
gb3361)も、研究員のいる方をじーっと睨みつけた。
「あの人、見るからに怪しい雰囲気漂ってるよな」
柿原 錬(
gb1931)もジト目で前を伺う。彼は、『男なんか茂みででも着替えれば』と言われたのを根に持っていた。当然の事だとは思うが。
「大丈夫ですよ。私達もテントの見張りに立ちますから」
そんな事を言いながら、狭霧 雷(
ga6900)が真っ先に地上に降りる。最年長の彼は、女性陣の着替えスペースにとキャンプ用テントを持参していた。助かった、という感じで後に続く女性陣。
「チッ」
「‥‥今、チッっていいませんでしたか?」
夢理が追求するも、前席からの返事は無い。
「ほわっ、さすがに凄いですねっ」
「おわ!?」
どうやら、それどころではなくなったようだった。
「圧力センサー。これはスーツからのインプットですか? ふむふむ」
「ダ、ダメ、ここは立ち入り禁止だから!」
クラウディア・マリウス(
ga6559)が研究員につまみ出されてくる。先端技術に触れる機会を逸して少し残念そうな少女を、錬がじっと見つめた。
「そろそろ、着替えたいんだけど」
「‥‥ッ!」
「はわっ、ごめんなさいっ」
慌ててヘリから降りる夢理とクラウ。外では、雷やミスティ・K・ブランド(
gb2310)が、テントを立て終えていた。
●天使の色直し
「新型‥‥は、興味深いですね」
雷と共にテント外の見張りを買って出た釧(
gb2256)は、ミカエルへと目を向けてそう呟く。今回は自身が着用するわけではないが、やはりドラグーンとしては興味があるようだ。一方、テント内では。
「やっぱり恥ずかしいですね、これは‥‥」
見るからに薄手の生地をためつすがめつ、シャーリィが呟く。
「私は見られても平気です‥‥耐え忍ぶ定めの忍びですし体型も貧相ですし‥‥」
遅れてテントに入ってきた夢理は、そんな事を言いつつ視線を左へ向けた。スポーツバッグを地面に置いた加奈は、見るからに緊張している。
「緊張感が無いのも困りますが、緊張しすぎも危険です」
「そう、見えますか?」
シャーリィにそう肩を叩かれ、加奈はぎこちなく笑った。
「とりあえず、深呼吸でもしましょうか」
「あ、私も、深呼吸するのです」
如月・菫(
gb1886)はキメラとの交戦が初めてだった。相手がムカデと聞いて、やや腰が引けている事もあり、一緒になって深呼吸。能力者になって初の実戦の夢理もそれに加わる。
「やっぱり緊張しちゃうよね。私もはじめの頃はそうでしたっ」
クラウディアがそんな3人へと微笑みかけた、瞬間。
「って、何でクラウディアさんがここにいるですか!」
菫が持参したハリセンを一閃する。
「わわ、そうでした、私は見張りでしたっ」
「ん? 何や騒々しいなぁ」
慌てて出て行くクラウと入れ違いに、鮫島 流(
gb1867)がテントへ‥‥向かいかけて釧に制止された。
「堂々‥‥とした、覗きですね」
「‥‥あれ? 着替え、テントでって‥‥」
きょとんとした流と釧の耳に、テント内からの声が聞こえる。
「さて、急いで着替えないとな。働かざるもの何とやら、だ」」
等と言うミスティは、少女達の躊躇いをよそにさっさと着替えに入っている。勢い良くカールセルを脱ぐと、たゆんと揺れる豊かな双球。持てる者の余裕、ここに極まれり。
「大きい‥‥」
「凄いです」
まじまじと見つめる夢理と菫。
「戦闘に邪魔になるようなら考え物ですが‥‥」
自分の胸に手を当てるシャーリィ。‥‥まだ邪魔になる心配は要らないようだ。
「‥‥私もミスティさん位になれればいいな‥‥」
加奈もため息をつく。テント内の少女達は細身2名、標準2名(ULT調べ)。ミスティの豊満(ULT調べ)との間には絶対的かつ圧倒的な戦力差があった。
「まだ数年は育つ余地もあるだろう。私からは相応に可愛く見えるがね?」
「‥‥数年」
「相応に‥‥」
「‥‥可愛く、ですか」
持てる者には持たざる者の悩みは決して判らないのだ。そう歴史は語っている。パンが無ければ何とやら、といったフランス王妃へ民衆が与えた裁きはどのようなものだったか。
「さ、触らせてもらったらご利益があるかな‥‥」
ボソリと危険な事を呟く加奈。室内の空気が微妙に変化しかけた。
「何を馬鹿な事を。私は先に行くぞ」
歴戦の傭兵の勘で身の危険を察知したミスティがテントの外に出る。
「‥‥本当、に大きい‥‥」
聞こえてしまった会話の内容に頬を赤らめた釧が、ミスティへ視線を向けていた。幸いな事に、流の身柄は釧から気の利く雷に引き取られていた。‥‥もしもあのままだったとしたら、大変なことになっていただろう。
●大天使の初陣
「加奈ちゃんも、皆も、上に制服を‥‥。何てことだ」
データ採取効率低下がどうのこうのとか未練がましく呟く研究員。しかし、当然ながら女性陣は誰も耳を貸さない。
「こいつは俺の魂だからな。脱ぐことは出来ないぜ」
同じくスーツの上から学ランを羽織ったヒロミは堂々たるものだ。
「あ、男はどうでもいい」
研究員の態度も堂々たるものだった。そして、ヒロミの後ろに続く錬の表情は、何故か暗い。
「そうだろうと思ったけどやっぱり‥‥、負けた‥‥」
その声が少女の如く細いのは、覚醒に伴う変化ゆえだけではなさそうだ。男として何か重大な勝負に負けたらしい。ご愁傷様、である。
校舎に踏み込んだ一行は、敵が潜んでいそうな場所をじわじわと埋めて行く作戦を取っていた。1Fには、敵影はない。
「‥‥、ここも、いないみたい」
2F手前の教室から出てきた錬の声に、加奈が息をつく。彼にシャーリィとヒロミのミカエル組に雷を加えた4人が、先行で敵を探る分担だった。加奈や夢理、釧とクラウは、錬達が敵を廊下側におびき寄せてからの迎撃班である。
「加奈さんもドラグーンになったのって、最近なんですよね」
緊張を見て取ったのか、錬がそう言い足した。
「怖ければ、見ているだけでもいいんです‥‥そこから学ぶものもある」
正面から見つめるシャーリィに、加奈は小さく首を振る。
「もう見ているだけじゃ、嫌だから。‥‥せっかく、手に入れた力なのに」
震えは、少ししたら収まった。初任務なのは夢理と同様だが、加奈は能力者になるまで戦いと無縁だった少女だ。内心、向いていないと言われるのを何よりも怖れていた少女に、周囲は暖かい。
「大丈夫、みんな一緒だし、私も同じ班で回復とかばっちりサポートするから!」
明るい笑顔のクラウに、釣られたように加奈も微笑んだ。その笑顔は、弱々しいけれども確かに前を向いていて。
「初めから全てこなせる人間なんてそうそういませんよ。重要なのは、失敗を如何に次に活かすかです」
白龍の様に姿を変じた雷は、穏かにそう口にした。
敵と接触したのは、次の部屋だった。
「これが、昔のカンパネラ学園か‥‥、でも廃墟とあまり変わりないな」
錬が言うように、教室の中はガランとして寂しい。恐らくは机などの動かせる資材は運び出されたのだろう。僅かに、過去を思う少年達。
「上です!」
雷の声に、3人はハッと身構える。音も無く天井に張り付いたキメラの姿に、彼が最初に気付いたのは、ビーストマンの知覚がドラグーン達より勝っていた故と言うわけではない。『奇襲』と言うものを思考の隅に置いていたかどうか、の差だ。
「良いねぇ新型。その力、試させて貰うぜ?」
ガシィン、と拳を打ち鳴らしてから、ヒロミが敵へ間合いを詰める。
「新型のテストとこれはまた別物‥‥。1匹残らず叩き潰すのみっ!」
バスタードソードを抜刀して、シャーリィはキメラの側面を取った。2人とも、一撃を入れてから飛び退る。交戦しつつ廊下へと誘導するのが、傭兵達の作戦だった。
「ひゅう。中々の威力じゃねーか。機動性も悪くないな」
陽気に言うヒロミに同意するようにシャーリィも頷く。明らかに、リンドヴルムよりも打撃力は上がっていた。2人に続いた錬に、天井からムカデが上体を躍らせる。その機先を制するように、ハンドガンの乾いた音が響いた。
「適材適所、はチーム戦の基本です。フォローは任せてください」
雷がそう言った時に、彼らの背後で激しい戦いの音が起こる。
●各個撃破
隣室の気配に目を覚ましたのだろうか。2匹のムカデキメラが、奥の教室から廊下へと這い出てきたのだ。
「加奈様は、援護をお願いします」
「は、はい‥‥!」
前線を務めるのは夢理。加奈も盾を持ちながら銃撃を送る。
「甘く見ちゃダメです!」
不測の敵増援とあって、クラウも超機械で応戦に入った。電磁波が波打ち、右側のムカデを強かに貫く。
『伏兵です。廊下、も交戦開始しました』
銃を撃ちながら、釧が無線機に声を飛ばした。待機していたミスティと菫の耳に、その知らせが入る。
「教室で1、廊下に2つでたようです!」
無線機を持っていない流に、菫が状況を説明。校舎からの退路と校庭、両方を確保する為に位置していた外階段からは、内部の様子がすぐにはわからない。
「俺はここから援護できる。2人は向かってくれ」
流は、非常口の段差を利用して対物ライフルをやや仰ぎ角に据える。狭い廊下と言うスペースは味方が射線を遮りそうな物だが、ムカデがなまじ立体的に戦場を活用するが故に、必ずしもそんな事はなかった。ゴン、という鈍い反動が、彼の黄金のリンドヴルムを揺らす。‥‥命中。キメラが己が身を立てるようにする。大顎を横にぐっと開いた瞬間、その中から赤い火の玉が飛び出した。
「撃ち返してきたんか!」
慌てる流。しかし、次弾は飛んでこない。間合いを詰めたミスティが龍の咆哮で階段へと突き飛ばしていた。
「援護するのです!」
鋭い赤の瞳で睨む菫が、夢理の隣にカバーに入る。銃弾やエネルギーの波が廊下を駆け巡り、刀が閃いた。
「‥‥こっちの方が、切れ味鋭いです?」
機械剣を試しに振るってみた菫が、余りに易々と甲羅を切り裂くのに目を丸くする。
教室内では、後方の様子を聞いた面々が廊下へのおびき寄せを断念していた。そもそも、交戦しながら後ろに下がると言うのは決して有利な態勢ではない。編成も、どちらかといえば前のめりな構成だ。
「くっ‥‥、危ない」
上から覆いかぶさるような大ムカデの攻撃から、錬が辛うじて身をかわす。交わし様に一撃入れているのは見事な物だ。
「受けろ‥‥。これが私の、新しい刃だっ!!
シャーリィは途中で機械刀の方が有効と見て取り、攻撃手段を切り替えていた。一閃ごとに、黒い甲羅から粘ついた粘液が噴き出る。
『キシャアー!』
「!」
反撃をとっさに受け流そうとしたが、得物は使い慣れた剣でない。ずしりと重い衝撃に微かに顔を歪める少女。だが、敵の追撃は、そこまで。
「ふぅ、こいつは耐久性も悪くないな」
キメラの大振りな次撃は、ヒロミがカットしていた。雷の的確な援護もあり、ミカエルトリオの連携攻撃はムカデを圧倒して行く。体制さえ整ってしまえば、新型のテスト相手として危険無しと見なされた程度のキメラだ。教室側でムカデが動きを止めた頃、廊下でも残りの2体が止めを刺されていた。
「ふぅ‥‥」
加奈がヘルメットを外して額を拭う。短時間の交戦だが、皆軽い手傷を負っていた。
「これから、お守りするべき方かもしれませんね‥‥」
危ういところの見え隠れする彼女へ、夢理が小さく呟く。
「はい、応急手当です!」
「‥‥僕は、能力者になるまではこういう事が出来る体じゃなかったから、どうしても無茶しちゃうんだよね」
手早く治療するクラウにそんな事を言う錬。似たような境遇の夢理が驚いたように目を転じた。
「戦場において、絶対と言うものは早々ありませんから」
3Fから、まだ敵が降りてくるかもしれない。そう言って警戒を続けていた雷。
「そ、そうですね!」
加奈が慌ててメットを付け直す。その後、キメラが現われることは無かったが、彼女は校舎を出るまで警戒を緩める事はしなかった。
●そして、再び
「着心地も悪く無かったぜ。重そうな割に、軽快だったしな」
戦いながら、ヒロミはその辺りにも気を使っていたらしい。ガシャガシャと歩きながら、感想を口にする。ライトや、外部音声などの性能は従来機と大差無さそうだが、高級そうなのがカプロイア仕様だろうか。
「横で見ていた限りでは、リンドヴルムに劣る部分は無さそうでしたが‥‥」
雷が随行者としての意見を口にすると、夢理が僅かに首を傾げた。
「少しだけ、重みがあるかもしれません」
動きが、ではなく本体加重。ひいては携行武装の問題だ。ほんの僅かの差ではあるが。逆に言えば、その程度しか劣る部分は見えなかったという事だろう。
「お疲れさん〜、疲れたやろ? 良かったらこれ飲んでや」
流がニッと笑って一同にリンゴジュースを配って行く。
「ありがとうございます。お返しにこれをどうぞです」
菫が差し出したロッタ特製スポーツドリンクが流をキメラとの交戦以上の酷い目にあわせたりしつつ、本日のメインイベントはまだ、終わっていなかった。
「終わったら皆さんまた着替‥‥ですよね。お疲れ様、です」
何気なく言った釧の一言に、スーツ着用の女性陣に微妙な空気が漂う。
「あのスーツ、水洗いできる、のでしょうか」
釧の興味はスーツ自体だったようだが。
「センサーとか一杯だったから、難しいと思うよ? 気になるなら、聞いてみようかっ」
クラウがそんな事を言う間も、スーツ組の視線が互いの胸の辺りとかを漂う。一部からは、ため息が聞こえたり。
「いや、だから年齢差もあるからな。それほど気にするものじゃない」
珍しく慌てたようなミスティのフォロー。
「じゃあ、何歳まで成長するんですか?」
「具体例を、教えてください」
ちょっと気にしているらしい面々から、矢継ぎ早に質問が飛んだ。
「‥‥そうですよね。負けても仕方が無い、ですよね。年齢差もありますし」
ヒロミの方を横目で見ながら錬もそんなことを言っている。悩める少年少女たちの授業時間(保健体育)は、まだ終わっていなかった。