●リプレイ本文
●滅び行く者の為に
「お、俺はただそんな事もあったらいいなという希望的観測を‥‥」
左右から肩を押えられた不良が、膝立ちのまま口を開く。
「聖夜に期待‥‥、いい身分だな」
口元を上弦の月の如く歪めた秋月 祐介(
ga6378)の眼鏡が、ほの白く輝いた。
「うん、吊せ、敗北主義者だ」
「ま、待ってくれ。柏木サン!?」
縄をかけられ、『私は敗北主義者です』と書かれたカードを抱かされる不良。しかし、彼らのリーダーは腕組みをしたまま動こうとはしなかった。
「‥‥教授の言葉はワシの言葉じゃ。浮ついた連中に現実を教えてやらんとのう」
虚ろに呟く柏木。多くの春遠き不良たちは秋月の弁舌に篭絡されていた。いや、もしかしたら報われぬ魂同士が共鳴したのやも知れない。
「もっともーっと、嫉妬の炎を燃え立たせてね。お兄ちゃん達っ☆」
そんな柏木の脇で、白虎(
ga9191)が無邪気な笑顔を振りまく。セーラー服のその姿は、幼い可憐な少女にしか見えない。
「お、おう。お兄ちゃん達、頑張るッス」
だらしなく緩む一部の舎弟たち。だが、明らかに浮つく属性持ちの不良に、秋月の粛清の刃が振り下ろされる事は無かった。
「彼らはいいのかネ? 教授」
「士気高揚の為には多少の餌も必要でしょう。それに‥‥」
希望を垣間見た後に味わう絶望の深さは、味わった者でなくば判らない。秋月の笑みは更に角度を深めていた。
柏木達が良い加減に煮詰まっていた頃、協力者を募って駆け回っていた沙織の元には、鐘依 透(
ga6282)と柚井 ソラ(
ga0187)の両名が集っていた。
「そういえば、間垣さんが鮪漁に行ってた間に何があったんです?」
ソラの問いに、少女が急ぐ脚を止める。
「‥‥僕も、聞かせて貰って、いいですか?」
どうして彼女が柏木の為に懸命なのか、気になっていた透も立ち止まった。
「実は‥‥」
半ば事故とはいえ、柏木を喧嘩で倒してしまった間垣は、四天王の座も受け継いだ事になっているらしい。何の価値がある称号なのかは当事者にしかわからないが、それを狙って動き出す者もいたのだ。中には、人質などと言う姑息な手段を取る不良もいるわけで。
「それを、柏木さん達がこっそり守ってくれてたんです」
マグロ漁から戻ってきた間垣も、その事は知らされている。根は悪い人達ではない。だから、2人ともこんなに必死なのだ、と。
「カ、カッコイイですわ」
「え?」
横からの声に目を向けてみれば、目をキラキラさせたエリザ(
gb3560)の姿があった。
「不良たるもの、やはり硬派に生きなければ。そして弱者の盾になるべきです」
まさに不良の鏡、ぜひ一度お会いしたいです、などと言うエリザ。しかし、沙織から聞いた現状はあっさりと彼女の幻想を打ち砕いた。
「‥‥柏木は説教ですわ。世の恋愛模様に心動かされるなど、不良の生き様としてふさわしくありませんわよ!」
ぐぐっと拳を握って力説すると、エリザは一刻も早く現地へ向かおうとバイクを走らせる。
「行っちゃいました。慌しい人だなぁ」
「‥‥私達も急ぎましょう」
沙織達も、彼女の後を追うように体育館裏へ。
●光る混沌
一方、一足先に戻っていた間垣は、体育館裏の状況に絶句していた。樹を中心にバリケードが組まれ、その上で白虎がニコニコと笑っている。
「こんなものは切り倒して、キャンプファイアーにするのだー♪ 嫉妬神に炎を捧げるのだー♪」
少年に煽られ、手にした板切れを叩き割って炎にくべる不良たち。黒い煙が立ち昇り、木の枝にぶら下げられた敗北主義者が咳込んだり涙目になったりしている。
「くっ、やばいな。俺は沙織を呼んでくる。悪いけど、それまで柏木先輩を見ててくれ」
数が足りないと見たのだろう、間垣は同行者に自重を促しつつ、来た道を駆け戻った。
「君たちは、完全に包囲されてます。おとなしく投降しなさい」
拡声器を片手に、お決まりの言葉を告げる水無月 春奈(
gb4000)。彼女が間垣に協力を申し出たのは、伝説の樹が開放されなければカップル観察、もとい社会勉強の妨げになるから、らしい。
「柏木さん、あなたのお母さんは泣いてますよ」
古来より王道の泣き落とし戦術に出る春奈だが。
「耳を貸す事は無い。ありきたりのプロパガンダだ」
秋月印の狂気に感染した柏木達には、春奈の付け焼刃の説得は届かなかった。横手から2番手、如月・菫(
gb1886)が拡声器を取る。
「自分がモテないからと乙女の純情を踏みにじるとは許せんのです! 楽しみにしている人たちの為にも、成敗してやるから首を洗ってまっているといいですよ!」
周囲に静寂が訪れ、ついで秋月の哄笑があたりに響いた。
「話にならんな。‥‥浮ついた連中の権利を諸君は声高に申し立てる。ならば奪われた我らの希望は諸君が補償してくれるのかね? 否! ‥‥もはや戦い以外に解決の術など無いのだよ」
問いかけ、自己完結する秋月。
「‥‥うるさい」
手詰まり感のある交渉に、五條 朱鳥(
gb2964)の低い声が割って入った。戦乱の地から程近いベンチで午睡を楽しんでいた彼女は、むっくり起き上がると菫に歩み寄る。
「即刻武装解除してバリケードを開放しなさーい。っつーかあたしの前に一列で並べよコラァ!!」
拡声器をひったくり、叫ぶ朱鳥。その様子は、遠目で見ても随分と目立った。
「校内見学してたらなんか、面白い事になってんなぁ」
「燃えていますね? ‥‥皆さん、熱い事で‥‥どっちが‥‥、勝つかな?」
アハト・デュナミス(
gb3064)の言葉に、神無月 紫翠(
ga0243)が頷く。学生では無く、若くも無い2人は若者達の暴走を生暖かい目で眺めていた。
「‥‥お、始まったか。狙い撃って‥‥いいのかね、こいつぁ」
スコープ越しに捉えた不良その1が、ゴム弾の直撃でバリケードから転落する。まぁ、大した事は無いだろう、あれでも能力者のはずだ。
「怪我しても‥‥手当しますので。思いっきりどうぞ〜。それより、どちらが勝つか賭けませんか?」
「‥‥あんたも、大概だな、おい」
2発目を送り込んでから苦笑するアハトに、紫翠は微笑を返した。
●強行突破作戦
「根性、叩きのめしてやるのです!」
槍というかニラのような物を腰だめに構えた菫を中央に、春奈、朱鳥が突貫を開始する。
「あれが敵ですわね。王道に策は不要です。正面突撃あるのみですわ!」
エリザが戦列に加わった所で、正面のバリケードはあっさりと崩れた。
「突撃御苦労、だが壁は二重でね」
「あ、わわっ!?」
外郭と出城は囮だったのだ。見えない位置の空掘は浅いものだったが、突進を止めるには十分だった。そこへ、ロケット花火とべたつくトリモチが撃ち込まれる。
「我々は弱いからな、正々堂々喧嘩なぞせんよ、常人諸君」
高笑いする秋月と釣られて笑う不良。先陣を切っていた菫とエリザは大変な事になっていた。
「うぅ、キモいですわ‥‥って、きゃっ!」
べちゃり、とすっ転んだエリザのスカートがめくれ上がる。じたばた動けば可憐な太ももだけではなく、その先の布までがチラリチラリと垣間見えた。そう、丸見えなのではなくチラリズムである。
「この程度、突撃の妨げにはならな‥‥わひゃ!?」
スカートがずれかけて、慌てて左手で押える菫。それでも右手は愛槍グングニラを手放さないのはさすがだった。
「へっへっへ。いい格好じゃないか、お嬢ちゃん」
動けぬ少女に両手をわきわきさせた不良が迫る。
「こ、これでも食らっちゃってください!」
べしゃーっと牛乳をぶちまけてみたものの、不良がキモくなっただけであった。白い汁を滴らせつつニタニタ笑う不良はとても怖い。
「こ、降参します。投降です。撃つなゲルマンスキー!?」
べとべとごとお持ち帰りされてしまう菫。
「おうおう、こりゃおっさんには手におえなくなってきたぞ?」
アハトが苦笑交じりにスコープから目を離した。というか、あまり覗いているとただの痴漢である。
「あれは‥‥いけませんね。少し、やり過ぎかも?」
ため息をついて、紫翠が重い腰を上げた。
バリケードの防衛は秋月達に任せて、首魁の柏木は樹の根元でどっしりと構えている。名前的意味で副指令の役職が似合う秋月が出来上がり過ぎていて彼の出る幕が無いようだ。
「さすがお兄ちゃん! この調子で頑張ろうね!」
などと言いながら、戻ってきた白虎が柏木の太い腕に抱きついたりするが、見るからに柏木はいてもいなくても関係ない要素だった。これまでの所は。
「冗談はよせ‥‥ン?」
瞬きしてから、不思議そうに白虎を見下ろす柏木。胸に当たる感触が明らかに平たい。うん、疑問は解決しないといけないね。
「な、柏木サン。そんな幼女になんてうらや‥‥破廉恥な事を!?」
ロリ属性のない柏木が無遠慮に白虎の体を触る。
「くすぐったいなぁ、もう。えっちなんだから、お兄ちゃんは☆」
不自然なまでにそこは平らだ。
「ない。なにもない」
呆然と言う柏木に、不良達はざわつく。
「‥‥え? だってボク、男の子だよ」
えへ、と笑う誤用的意味で確信犯の笑顔。防衛側の中枢は激しい混乱‥‥というかカオスに陥った。
●要塞・伝説の樹
「わわ、始まっちゃってますよ」
「間に合わなかったか‥‥!」
間垣と合流した沙織達が駆けつけた時には、既に戦況は混戦状態に移行していた。数では大幅に劣る攻撃側だが、気迫と勢いと姿の見えぬ狙撃の援護で何とかなっているようだ。
「って、何してるんだ。一体!?」
まだべとべとに捕まったままのエリザに、間垣の頬が赤くなる。
「紳士たるもの、そういう時は黙って目を逸らすなりするべきですわー!」
「‥‥う‥‥。見ちゃ、失礼ですね」
エリザの様子に少年達が紳士らしく目線をそらしたりする横を、紫翠が通り過ぎた。
「大丈夫、ですか‥‥? 手を、どうぞ」
ぱっと見では女性に見える紫翠には、エリザもさほど騒ぐ事は無く。彼女が真相に気がついたのは後日の事である。
「柏木サン、捕虜を取ってきましたぜ!」
鼻の下を伸ばした不良が菫を連れて来たのは、白虎ショックの真っ只中であった。
「ほ、本物の女子だ。これで後十年は戦える‥‥ッ」
「待て、可愛ければこの際男の子でも」
「今では強い皆さんに、憧れたりなんかしてるですよ。ささ、煙草とかどうぞ」
そんな会話が交わされる中、媚び媚びモードでささっと火をつけたりしつつ、取り入る菫。
「お、おう。すまんのう‥‥」
柏木が思わず気を許した所で、少女の唇が邪悪な笑みを形作った。
「隙あり! もらったですよ!」
ざくり、とグングニラが突き立てられる。どこに? お尻に。伝統的には葱の方が相応しいのかもしれないが、まぁ似たような物だ。
「ふふふふふ、大将首、貰ったー!」
「よくも柏木サンを!?」
首なのかどうかはさておき、柏木が大変な事になってしまったのは間違いない。
「ソレを着たままではこの防衛網は突破できんだろう。どうするね?」
前線では、背後の深刻な事態に気づかぬ秋月が女傭兵達を睥睨している。
「次だ。一気に畳み掛けろ。‥‥どうした!」
秋月のサインに、返答はなかった。振り向いた彼が事態を把握するまでの僅かな時間に、第一波をかわした朱鳥と春奈がバリケードへと取り付く。
「今さっき、敵の防御が緩んだ気がするぞ」
「こちらもそうだけど、向こうもうまくいってないようですね?」
落ちていた拡声器を使って叫ぶ透。
「沙織さんが話したいことがあるそうです」
彼とソラは、バリケード近くへと間垣と沙織を連れて移動していた。友達である柏木の為に、という2人の声に応じた少年達は、可能な限り戦いではない手段を選びたかったのだろう。
「ボクは無関係だよ! 助けてー」
「え、女の子がここに?」
一瞬気を取られた沙織の前に、透が割って入る。彼は、この危険な少年との交戦が初めてではないのだ。随分久しぶりの顔合わせだが、忘れようにも忘れにくい話ではある。
「騙されないで。‥‥ここは、僕が止めるから、沙織さんは先へ」
「むっ、邪魔をするのか! 沙織さんはボクと一緒にLHの人気コスプレアイドルを目指すのだー」
何とも緊迫感の無い一騎打ちが始まった。沙織と間垣は、春奈達が切り開いた隙間から更に奥へと。
「我が安眠を妨げる者に‥‥、死を!」
「中隊長どのがー!」
原始的近接戦に入った不良達が、ファラオの如くお怒りの朱鳥になぎ払われていく。
「危ない!」
飛び掛ってきた不良の攻撃を、ソラがバトルモップで止めていた。彼の顔を見た不良が瞬きをする。
「今度は男の格好した女の子だとっ!?」
「お、俺は男ですっ!」
いい加減言われ慣れつつも、断固主張するソラ。だが、今回の彼の抗議はいつになく真摯に受け止められた。
「そうだな。こんなに可愛いのに女の子のはずが無い」
「男だって言ってくれるのは嬉しいですけど、可愛くもありませんったら!」
更なる少年の主張。
「チッ、俺も‥‥」
「間垣さんは駄目です」
よくわからん乱戦に、間垣も加勢しようとしたがソラは首を振った。
「沙織さんを最後まで届けるのは間垣さんの役目ですから」
●脱出
仲間の手を借りて本丸に辿り着いた2人が見たのは、なんとなくニラ臭い気がする柏木の哀れな姿だった。
「柏木さん、もうやめましょう?」
「俺たち、先輩達の事はダチだと思ってる。だから、一緒に卒業したいんだ」
手を伸べる2人へ、柏木が顔を上げる。
「お前達‥‥。こんな俺を、俺達をダチだと言ってくれるのか?」
どうせお前達も明日は2人だけで過ごすんだろう? と拗ねる先輩に、2人は首を振った。
「そういうのは、‥‥まだ、早いです」
「っていうか、元から先輩達とパーティでもしようって言ってたんスよ。俺達」
赤面して俯く沙織の隣で、間垣も頷く。
「マジかよ」
「俺達、勝手に舞い上がってたのか」
周囲の不良たちが我に返ったように呟いた。短時間で白虎事件、ニラ大暴れなどを経た彼らは精神的に一皮剥けてしまったようだ。女の子は怖いものだ、とか。男の子も可愛いよね、とか。
「‥‥ここまでか」
周囲が冷めていく中、前線の秋月はいまだ狂気の中にいた。
「こんな事もあろうかとね、滅びの終幕だ。諸君にも来て戴こうか」
「ま、待て教授。それは‥‥」
手にしたスイッチを秋月は躊躇無く押す。防御線を構築していたバリケードから派手な煙が立ち、破裂音が響く。
「くっ、自爆とは予想外‥‥! 陽動? 逃がすわけには行きません」
煙の中へと飛び込む春奈だが、秋月の姿はそこにはなく。ただ狂気じみた笑い声だけが悪の砦の断末魔を彩っていた。
「‥‥これ、どうしよう」
「片付けないと、まずいですよね」
五條さんの昼寝場所の平穏の為にも、と言うソラに当事者が乾いた笑みを返す。戦いは終わった。多くの心にやるせない思いだけを残して。
「戦いは何も生み出さん。むなしいもんだなぁ」
最後まで傍観していたアハトが、他人事のようにそう呟いた。