●リプレイ本文
●邂逅
向かってくるHW編隊の中央、装甲表面に翼の意匠を刻まれた敵機に、白鐘剣一郎(
ga0184)が目を細める。
「イーグルのパーソナルマークとは珍しいな」
機体色で個人を主張する敵は数多居たが、装飾でというのは余り見ない。その彼の声が聞こえたかのように、通信へ割り込みが発生した。
「なんだ、無線の混線? カシハラCIC、敵無線が混線中、そちらで復旧は可能か、早急に頼む」
伊藤 毅(
ga2610)が後方へ伝える間に、音声のみが機内に流れる。
『君達は能力者、傭兵だね。僕の名前はスヴェン』
一瞬、空隙があり、傭兵達はそれぞれの流儀で反応を返す。あるいは、無視という反応も含めて。
「自ら名乗るか‥‥ならば応えねばなるまい。俺の名は白鐘剣一郎、天馬の翼に懸けてここは通さん!」
彼もまた本質的に戦士であるからだろう。剣一郎は高らかに名乗り返し、
「私は如月由梨。名乗るからには、腕に自信があるのでしょう。楽しみですね」
如月・由梨(
ga1805)もまた、朗らかとも取れる声で切り返す。
「俺はセージだ。名乗ったからには責任と誇りを持てよ? その名の意味に」
広く散開した最右翼から、セージ(
ga3997)がそう声を返した。
「名乗ったなら当然堕ちる覚悟はあるという事だな。元々容赦するつもりもない。助けを求めているわけでも、願うわけでもないのなら尚更な」
逆側、左翼から言う月影・透夜(
ga1806)。その隣で、ヨダカ(
gc2990)は幼い顔を不快げに歪めていた。
「で、お前は何が言いたいのです? 同情でも買いたいのですか?」
『‥‥違うよ? 僕は、僕の事を覚えていて欲しいだけさ。もし勝ったら、僕が君達を覚えておくよ』
それは、例えばゲームでお互いの健闘を称える、というような。あるいはもっと軽い言葉で。ヨダカはそれを嫌悪した。
「反吐が出るのです。お前なんか誰からも忘れられて『損害1』とか書かれるだけで十分ですよ!」
帰ってきたのは、ククッ、という笑い声。
『君は姉さんみたいな事を言うね。‥‥まあ、いいさ。始めようか』
左右に広がった敵味方の機体が、真っ向からぶつかった。
●エンゲージ
「まずは挨拶だ! 礼はいらねぇぜ?」
右翼側、無人機に対して当たったセージは、射程に入り次第ミサイルを発射。追儺(
gc5241)のロヴィアタルも後を追い、対した敵機から猛烈な弾幕が飛ぶ。
「隙が出来るかと思ったが‥‥、チッ」
セージが放ったロングレンジライフルの追撃は装甲を舐めた。セージは預かり知らぬ事だが、先の戦いでミサイルによる被害が多かった事から、スヴェンは対ミサイルへ装備を変更していた。
「‥‥以前倒せなかった奴のせいか‥‥、やるな」
追儺が中央のスヴェン機を睨む。余り効果の無かった遠距離先制砲撃もやめたらしく、小型HWはミサイル弾幕を抜けてからおもむろに砲撃を開始した。彼我共に、被弾するも、数に勝る敵の方がやや優勢に見える。
「艦隊が損害を受ければ、その分ゴットホープへの攻撃もされやすくなる。全機ここで堕とさせて貰うぞ」
左翼、透夜がやはりミサイルを射出、数を削りに掛かる。対空射撃でその幾分かは削られるが、『月洸 弐型』の攻撃力の高さもあり、多数が敵機を捉える。更にヨダカ機『ナハトファルケン』も追随した。
「ロック確認、ミサイル乱舞なのです!」
GP−02Sが左端の敵機と中央を狙い撃つ。対物理装甲を重視したセッティングらしく、着弾した装甲がグニャリと歪むのが見えた。しかし、それに喜ぶ余裕も与えまじと、プロトン砲が赤火を空に放つ。
「ここで散開するか‥‥。やはり、一筋縄ではいかないようだな」
残る2機の移動を見た透夜が眉をしかめた。編隊を崩さなければ、多弾頭ミサイルの餌食となると判断したのだろう。いや、無人機である以上最初から予定の行動なのか。
「なるほど、名乗るだけはある」
遠い間合いからのスナイパーライフルの一撃を回避せずに応射してきた敵を、剣一郎は賞賛する。
「そうですね‥‥」
由梨は、少し物憂げにそう呟いた。距離を置いた応酬で、敵の実力を見切ったのだろう。中央、有人機にあたった2機は明らかに敵機を実力で上回っていた。それがパイロットとしての経験か、技量か、あるいは機体性能か、あるいはその全てなのだろう。
被弾もあったが、さほどの物ではない。弱いとまでは言わないが、彼女の『シヴァ』に脅威を感じさせるには、程遠い相手だった。剣一郎の『流星皇』と2機で対すれば、間違いは起きようも無い。
しかし、その脇を突破し、後方の中型機へ向かった2機はそうはいかなかった。
「バナーオン、マックスパワー、ドラゴン1、FOX2」
淡々とコールする毅に続き、乾 幸香(
ga8460)もミサイルを放つ。が、中型機はそれを受けつつも、そのまま猛烈な火砲を撃ちかけてきた。
「爆撃型‥‥にしては」
装甲も武装も厚い。そう思った幸香だったが、もとより役目はこの2機の牽制だ。相手が踏みとどまるのはある意味ではやりやすい。
「後ろに篠畑隊長さん達が居るとは言え、余分な負担を掛ける訳にもいきませんから」
呟いた幸香に言葉はかえさねど、毅も考える所は同様だ。フェザー砲の雨へ、加減速を駆使して被弾箇所をコントロールしながらアプローチ、更に追撃を重ねる。
●イーグル・フォール
対艦攻撃を念頭に置いた仕様とはいえ、まかりなりにも中型HW。耐久性は相応に高い。強力なプロトン砲こそ搭載していないが、フェザー砲しかないがゆえに、近い間合いからの砲撃は命中精度だけはよく、同数で対応していた二機は、分の悪い戦闘を強いられていた。左翼はやや有利、逆に右翼は多少の不利とはいえ、すぐにどちらかが全滅すると言うほどでもない。真っ先に状況が変わったのは、中央のスヴェンと由梨、剣一郎の交戦空域だった。
「仕掛ける!」
回り込んだ剣一郎の『流星皇』の放電装置が装甲を掠め、それに目が眩んだ一瞬、間合いを詰めた由梨機『シヴァ』のブリューナクが機首を貫通した。翼を広げたワシのエンブレムが、跡形も無く蒸発する。
「外した? いえ、避けましたか」
慣性制御機特有の急制動だ。しかし、エンゲージから重なった被弾のせいか、その動きにキレはもう無い。限界が近いのは明らかだった。
『速いし、重いね。でも、まだ。ゲームオーバーまで付き合ってもらうよ』
「これは‥‥敵意と言うよりは闘志か」
剣一郎が呟き、ゆるりと高度をあげた敵へと機首をめぐらせる。由梨も行過ぎた機体を鮮やかに転回した。HWの注意が、その2機の動きへ向いた刹那に。
「感じた事が無いと言うならヨダカが教えてあげるのですよ。『憎悪』と言うモノを!」
歪んだ装甲の隙間に、レーザーライフルの光が突き刺さった。
『あ、あれ‥‥?』
声と共に、機体から炎が吹きあがる。命中を期したわけですらない、ヨダカの牽制の一発が少年の戦闘に終止符を打ったのだ。
「奪われた者の涙と怒りと絶望と憎悪、存分に噛み締めるのです! それが名を持って敵に相対するの者の義務なのです」
吼える少女。しかし、優位な戦況とはいえ、まだ左翼側の敵は2機残っていた。
「横だ」
透夜の、鋭い警告。無人機が、側面を晒したヨダカに向けてプロトン砲を叩き込む。二発目を充填中に、透夜が銃弾を叩き込みながら近接、至近でプロトン砲を食らいながらもそのまま剣翼で真っ二つに切り裂いた。暴れる操縦桿を押さえ込みながら、ヨダカは堰を切ったように敵へと罵声を浴びせ続ける。
『‥‥ああ、そうか。やっぱり名乗ったりするんじゃ‥‥無かったか。期待に添えなくてごめんよ』
落ちていく機体から、少年の声が届いた。迫る死に恐怖すると言うのではなく、むしろ逆の落ち着きで。
『何だか、懐かしいな。僕は、そんなふうに怒ったり‥‥出来ないから。姉さん。君は僕のよ‥‥』
言葉の途中で、機体は内部爆発を起こし四散した。
「‥‥気を抜くな。まだ敵は残っているぞ」
「今は戦うことだけで十分!」
剣一郎と由梨が、それぞれ右翼と中央へ加勢に回る。
●アフター・フォロー
右翼のセージは追儺と連携しつつ、ちょうど1機を追い込んでいたところだった。
「一緒に踊ろうぜ。死と破壊が奏でる舞踏曲を」
『リゲル』の剣翼でのアプローチは、二度目。強化型とはいえ、小型HWがそうそう持ち堪えられる攻撃ではない。炎を吹き上げつつも、背後に抜けた『リゲル』へ向けて近接フェザー砲が旋回したが。
「こいつで‥‥終わりだ!」
同じ機体の背面へ回った追儺の『鬼払』が、駄目押しの銃弾を叩き込む。
「目線だけで成り立つ連携。それが信頼と言う名のコンビネーションだ」
ターンに入りつつ、セージがそう嘯いた。しかし、1機を沈める間に狙点へ回りこんだ残りの敵が、猛烈な砲火を浴びせてくる。
「当たるかよ!」
「避ける‥‥、この角度なら」
機体を捻り、赤い光線を回避する2人。しかし、直後に放たれたもう一発がその回避先を貫く。直撃は避けたが、計器の幾つかが死んだ。追撃を予期して、更に複雑なループを開始したが。
「白鐘剣一郎。加勢する」
静かな声と共に、砲撃を仕掛けていた敵機が爆散した。
「‥‥感謝する」
ぐ、と機体を捻って残る一機へと向かう追儺。それを、セージの『リゲル』が追い越し、ロングレンジライフルを撃ち込む。さっきまでと逆に、今度は数の利を傭兵側が享受していた。『鬼払』が残るミサイルを発射、弾幕がそれを迎撃するが、その間に近づいていた『リゲル』がスラスターライフルを叩き込む。
「残念。俺の間合だ」
言い捨てた直後、右翼側最後の敵機が火球と化した。
左翼、大きな損傷を受けたヨダカ機『ナハトファルケン』は後退。しかし、バグア側も既に2機を失い、1対1の状況である。周囲にばら撒かれた紫のフェザー砲弾幕を突っ切り、透夜の『月洸 弐型』はKA−01集積砲を正面から叩き込んだ。貫通、集積砲をリロードする間に、敵は内部から爆発する。
「敵機撃墜。残るは‥‥」
銀の瞳が、中央奥を見た。
幸香の『バロール』は戦域にあって常にロックオンキャンセラーを稼動、彼女の健在が両翼の無人機との交戦を優位に運ぶ一助になっていたのは間違いない。特に序盤、ミサイルの嵐を耐え切った無人機が、機体に似合わぬ大口径のプロトン砲からの火力を、もしも掣肘無く吐き出していたならば、被害は今よりも大きくなっていただろう。そのこともあってか、中型機は毅機『Phoenix955』よりも『バロール』を狙っていた。
「まだまだ、その程度では私は落ちません!」
覚醒で高飛車になった幸香はそう言い放つが、累積ダメージはとっくに半分を越え、ダメージランプの多くが赤に染まっている。
「チェック9、左注意!」
毅が警告を言い直す間に幸香は『バロール』を加速させ、2機に同時に間合いを詰められるのを巧みに避ける。そして、側面を晒した敵へは、毅がミサイルを撃ち込みつつ牽制していた。文字通りやや分の悪い持久戦の様相を見せていた状況は、不意に一変する。
「チェック。行動パターンが変わった。追撃に移る」
毅の警告。2対2での軽快さに欠ける空中戦を行っていた中型が、不意に高度を上げ始めたのは、スヴェンのHWが撃墜された瞬間だった。左右に別れて追撃を割ろうとする、典型的な突破行動だが。
「逃げる相手を撃つのは歯ごたえがありませんね」
ちょうど、向かってきていた由梨が、手負いの1機を文字通り破砕した。もう1機には幸香と毅が追いすがり、容赦なくミサイルを浴びせていく。危惧していた弾切れは、まだおきてはいなかった。見回せば、もはや戦場にあるバグア機はこの機体のみ。間に合う位置に居た透夜が、追撃を送って黒煙をあげさせる。止めを刺したのは、毅のミサイルだった。
「スプラッシュ1、次の目標に‥‥、いや」
青が深くなった高度から、ゆっくりと高度を落としつつ毅は言い直す。
「レーダークリア、ドラゴン1RTB」
もはや、敵は残ってはいなかった。
『こちら篠畑。全機撃墜を確認した。引継ぎが上がるまで、俺たちが警戒は受け持つ。先に戻ってくれ』
覚えのあるハヤブサの姿を遠くに認めて、剣一郎が微笑する。
「篠畑大尉とは久し振りになるな。そのハヤブサも健在な様で何よりだ」
『お陰さまで、な』
損傷の大きい幸香、ヨダカを先に、続いてセージと追儺の順で傭兵達は母艦へ向かう。極北の地を巡る多数の戦いの中の小さな一つは、こうして終わりを告げた。
レーダー上、敵機消失地点を示す光点は9つ。
「心に留めてやるさ、背負う覚悟は力を得たときからとっくにできているからな」
その1つを見ながら、透夜は小さくそう呟いた。コクピットグラスの外の空は寒く、海は白い。