●リプレイ本文
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「‥‥静かだねぇ」
人の気配のしない道を歩きながら、エルレーン(
gc8086)が言う。初めて見る村は、少しさびしく、それでいてどこか暖かい。
「静か、ですね‥‥」
数歩後ろで相槌を打ったセシリア・D・篠畑(
ga0475)は、前にこの村に来ているだけに、思うところがあるのかもしれない。その横顔に少し見とれていた夫の篠畑は、我に返って正面へ向き直った。
(別に誰もからかったりはしないわよ、ベア隊長)
並ぶ二人を見つめながら、ケイ・リヒャルト(
ga0598)は普段よりも嬉しそうな親友の様子に微笑を浮かべる。それが何よりも、嬉しい。
篠畑の実家についた4人は、二手に分かれる事になった。位牌は帰りに取りに来る、と篠畑達は先に山へ向かう。
「それじゃ、座布団、適当に借りていくわよ。セシリアのエスコートを確りね」
手を振って、奥にある物置へと。ケイは勝手知ったる足取りで向かう。座布団は道中、年寄りが辛くないようにと言う配慮だ。量が多いと聞いて手伝いについてきていたエルレーンが、困ったように玄関口で振り返った。
「お邪魔‥‥していいですか?」
「ああ。よろしく頼む。爺さん婆さんばかりだから、助かる」
「はぅ‥‥はい、頑張ります」
家主にそう言われ、少しおどおどしつつも、エルレーンは確り頷いた。人を守るのが自分の本分と思う彼女にとって、戦う以外の方法でそれができるのは、嫌な事ではない。小走りに木の廊下を行けば、途中でケイが待っていた。
「ここの人達、素敵な御老人ばかりだから。‥‥手伝ってくれて私も嬉しいわ」
そう、言葉に出せば、心得たと腕まくりする少女。素直さが、少しまぶしい。
「鈴木さん、お店をやってるのね」
古びた看板を見たシャロン・エイヴァリー(
ga1843)の声に、鏑木 硯(
ga0280)は振り返る。硯へ茶を注ぐ手を止め、ほうなんよ、と返す言葉は少し柔らかく。店と言っても入ってすぐにタバコが置かれた棚がある程度。他の品は全部、問題の蔵にある。
「鈴木さんの大事な『クラ』、良かったら見せて頂けませんか」
思っていた中身とは違うにしろ、本人にとって大事には違いない。そんなシャロンの気遣いが解ったのだろう。老婆はにかっと笑って立ち上がった。
「ほいほい、ちょっと待ちなよ?」
腰に下がった束から、一際大きい鍵を手に奥へと。
「あ、俺もいいですか」
湯飲みを持った硯へ、ええよ、と返し。老婆は段差に気をつけるようにと声をかけた。古い日本家屋だけに、油断すれば若者でも足を取られるような敷居があったりもする。時間に取り残されたような、昔ながらの場所。最後に訪れた2年前も今も、変わらず、ゆったりと。それはひょっとしたら、素敵な時間の重ね方なのかもしれない。
「何、硯。早く来ないと、置いてくわよ?」
視線の先の彼女は、もう少し足早かもしれないけど、2人でこの先、一緒に時を過ごせれば、と。そんな願いを、少し濃いお茶と一緒に飲み込んで、硯も立ち上がる。
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既に集まっていた老人達は、当たり前だが皆顔見知りのようで、のんびりと言葉を交わす女性達もいれば、傍目には喧嘩でもしているような大声で怒鳴りあう男性もいた。お茶を出している女性に、手伝いますと申し出れば、恐縮しつつも感謝され。
(懐かしいな)
九条院つばめ(
ga6530)の脳裏に、実家の年寄りがふと浮かんだ。余り帰れていないが、元気にしているだろうか。そんな話を何となくすれば、好々爺がくしゃっと笑った。
「もうすぐ戦争も終わるんじゃろ? なら、顔も見せちゃりない」
そうですね、と相槌を打って視線を動かせば、恋人の鐘依 透(
ga6282)と目が合った。実家に帰ると言う事は、含んだ意味もある訳で。戦争が終わったらどうするのか、と水を向けてみる。
「戦争が終わったら‥‥皆が笑える世界に‥‥なっていくと、良いな‥‥」
答える透の顔が、少し疲れているように見えた。
「‥‥そうですね。それは、この戦争に勝つことよりも難しいことかもしれませんけど‥‥」
いつか、そんな日が来るといいですね、と言うつばめに、老人は何やら楽しそうに笑う。若いというのはいいですねえ、と微笑んだ女性に少し気恥ずかしさを覚えた。
積み上げた座布団を、小さな荷車で運ぶ。周囲の気配の無さに、朝とは違う寂しさを感じた。普段ならば、そこの縁側で日向ぼっこしている人がいただろうか。小さな畑で汗をぬぐう人がいただろうか。
「‥‥いっつも、おばかさんのめーわくに苦しむのは‥‥普通の人たちばっか」
ふと、呟いたエルレーンに、積荷がこぼれないようにと後ろに回っていたケイは視線を上げ、何も言えずにそのまま下ろした。バグアとの戦いで、壊れた小さな幸せはきっとたくさんある。
「すまないねえ。なんだか孫が出来たみたいで、甘えちまってさ」
「いやいや、他にもあったらやっとくからさ。遠慮せずに、な」
迎えにいった先の、お玉婆さんの気がかりは、手の届かない神棚の世話だった。お安い御用、と引き受けた東野 灯吾(
ga4411)に、顔をくしゃくしゃにして喜ぶ、老婆。若い衆にお礼をせにゃ、と札入れを取り出しかける彼女を慌てて推しとどめ、他に気がかりが無いかを確かめてから、集合場所へ誘う。
「あらまあ、負ぶって貰うなんて、なんか照れるねぇ」
背を貸すと言う灯吾に、ほほほ、と笑って身を任せるお玉さん。重くないかい、と言う言葉に、軽い軽い、と返す。実際、老婆の小さな身体はとても軽かった。集合場所につき、下ろした後で家へと引き返す。杖と、小さな携帯式の腰掛を手に戻ってみれば、話が弾む老婆達の姿があった。
「いや、別にそんな大層な事をした訳じゃないですから‥‥。え、庭のスズメバチの巣? ああ、いいっすよ」
などと、遠慮がちに頼まれる幾つかの雑用をこなしていると、公民館の館長が少し休むようにと声を掛けた。時計を見ればそろそろ10時。
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「いやあ、見に行ったらついつい、仕事をはじめちまってなあ」
帰るのを忘れていた、と大きな声で謝る山田老人を家まで送り届け、2人は篠畑の実家へと戻った。既にケイ達は帰ったのか、気配が無い。
「‥‥さて、と。じゃあ行こうか」
少し長めに手を合わせていたセシリアが立ち上がると、篠畑は仏壇へ手を伸ばした。取り出された位牌を、セシリアは不思議そうに見る。この小さな板が、篠畑の両親や先祖を示しているらしい。背比べの傷のついた柱、小さくつぎのあたった襖、日の差す縁側、そして穏やかなこの村。
「‥‥この場所が、貴方の帰る場所‥‥」
振り返った篠畑に、セシリアは小さく言う。戦いが終われば、この場所で、自分も貴方を待っていてもいいですか、と。
「いや、ここに引っ込むのはもっと年を取って、お互い皺くちゃになってからにしよう」
篠畑は、笑う。戦争が終われば、これまで待たせた分、一緒に過せるようになるさ、という彼に、セシリアはほんの少しだけ微笑を浮かべた。
「そう、なるといいですね‥‥」
多分、そうはならないのだろうけれど。こうして向けてくれる笑顔が、会えない辛さを埋めてくれるから。
鈴木商店の蔵は、覗いてみれば意外と大きく。奥にはシャロンが思っていたような骨董品も眠っていた。これは何、と聞けば、それは売り物じゃないよ、と言いながら、老婆が答える。この場所に刻まれた老婆の人生の一片。耳を傾けるうちに、時は過ぎ。
「結局、昼近くになっちまったなあ」
様子を見に来た篠畑の叔父は、どうせなら昼食を食べてから出かけよう、と言う。
「どうせ置いていくなら、足が速い食べ物はさっさと始末しちまわんと」
御代は言い出しっぺにつけとくかね、などという老婆にシャロンと硯は苦笑した。
「昼食に使っても大分残っちゃうけど。大丈夫、きっと無事に戻れるわ」
自信ありげに、言うシャロン。能力者の願いは力になるらしいのだから、自分にそう願わせて欲しい、と言う遠来の人に、老婆は目を細くして笑った。
「今更、町に出て助かっても、何も良い事なんざないから、止めようかと思ってたんだけどね」
独り言のように、老婆は呟き。
「でもまあ、今の若い者の先も、もう少し見たくなったしねぇ。いいかい、あんたら、子供が出来たら手紙の一つも送りなよ」
ぶっきらぼうに言う老婆へ、頬を染めてもごもごと俯く若い2人。店先に座り込んだ男が、遠慮なしに笑い声を上げた。
何やら打ち合わせている篠畑を見かけ、透はぺこりと頭を下げた。気づいて片手を上げる様子は、昔と変わらない。彼を見て、願う事も。友人のセシリアを幸せにしてあげて欲しいし、彼にも幸せになって欲しい。
「Hi、ちゃんとした挨拶が遅れちゃったけど、久しぶり♪」
その篠畑夫妻に、荷物を抱えたシャロンが声を掛ける。最近はどうなの、と問えば、隣のセシリアが、私に聞かれても判らないので本人に、と無表情に答えた。
「まあ、相変わらず地上勤務だ」
空での篠畑は、独特の勘を持っている。それに頼っていた彼が宇宙で戦えば、いずれ紙一重が回避できずに撃墜されるだろう。そして、味方を巻き添えにする。その評価に、彼自身思うところがあった。
「‥‥命を懸ける覚悟が無いわけじゃないが、無駄に死ねる程、自分を安く思えなくなった。情けない話だが」
自嘲する篠畑の手を、シャロンは取る。
「‥‥ありがとう。地上を守ってくれて」
彼がやっていた事は、誰かがしなければいけない事で、あえてそれを選ぶ辛さを思えば、と。篠畑は驚いたような表情を見せたが、すぐに微笑を浮かべて、礼を返した。ありがとうございます、と一拍遅れてお辞儀するセシリアに、笑顔を向けて、シャロンは歩き去る。
「そういえば、言ってなかったな。俺が行けない宇宙で、戦ってくれてありがとう」
「‥‥はい。それは、いいです」
セシリアの返事は少し硬い。知らぬ間に悩んで、知らぬ間に結論を出していた、夫。
「もう少し、色々話を、してください、です」
ポツリ、と呟いた声に、篠畑が言葉を返すより早く、ちょっと黒い声が聞こえた。
「あら、何の話? 私にも聞かせて? ベア隊長」
その後、篠畑がとてもとても大変な目にあったのだが自業自得である。
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手伝いはいらないから遊んでおいで、といわれて足を向けたのは、海。
「あれから2年、か」
ケイが呟く。あの沖合いで、セシリアと篠畑が結婚したのだ。見慣れぬ風習だったが、その光景は不思議としっくりとしていた。船を渡ったセシリアと、迎えた篠畑が口をつけ、海へ溶けた酒の色。
「‥‥ケイさん、何時もありがとう‥‥」
隣で、セシリアが不意にそう呟いた。私こそ、というケイの声は言葉にならず、それでも心が通う。共に会えない相手を想い、待つ時間の辛さを知っている。寂しい時間も、その後の喜びも。これからも、支えあっていこう、と言う決意を込めて、セシリアはケイの手を強く、握った。
時間つぶしに、と頼めば釣竿は簡単に貸してもらえた。昔は誰かが使っていたもの、らしい。今でも使えるのは、暇を見て誰かが手入れしているからだろう。
「釣り、見るのは初めてなんです」
じっと動きを見つめられて、少し照れくさい透。応援したほうがいいのか、気が散るから止めたほうが良いのか、と真顔で尋ねられて、透は思わず笑った。
「‥‥良かった」
少し、疲れていたようだから、と言うつばめ。自分では気づかないうちに、心配を掛けていたのか、と透は思う。
「ごめんは、無しです」
先回りをされて、照れくさそうに釣竿の先を見た。ぴくり、と動く浮き。
「‥‥あ!」
そろって声をあげる2人。
そこから少し離れた堤防では、シャロンと硯が水平線を眺めていた。
「ホント、絶景ね♪」
小さな灯台の脇で見る空は、どこまでも青い。うねる海は、その名の如く黒い潮で。
「わぁー!」
意味もなく、大きな声をあげてみる硯。その横顔をチラリと見て、シャロンも負けじと声をあげてみる。
「わー!」
腹の底から声を出すのは爽快で、ふと気づけば顔が笑っていた。ひとしきり笑いながらも、硯は少し安堵している。もしも最初に思ったように、シャロンさん好きだ、などと絶叫していたら、どうなっていたか。負けじと、私も、などと声をあげてくれていたり、するかもしれない。空想に頬が緩みかけ、いやいや、と首を振った。
(随分、顔立ちも変わったわよね‥‥。出会ったばかりの頃は可愛かったのに)
彼の内心までは見透かせず、シャロンは海へ向いた硯の横顔に、流れた月日を思う。それは、少年から青年へ変わる時間がもたらしただけではなく。少年が出会った出来事や人が、変えたのだろう。その中には、きっと自分も含まれていて。
「‥‥なるほど」
こういう照れくさい思考に至ったときに、あの口癖は便利なのか、とシャロンは頷いた。どこか遠くで、UPCの中尉がくしゃみしたとか。
「綺麗だな‥‥」
海岸のエルレーンは風に吹かれつつ、海を見ていた。いつも見上げる、青い空と異なる色。水平線の作るコントラスト。そこから上へ向かえば、見慣れた深さを増す蒼。下へ目を転じれば波頭と潮が作る、暗色と白の複雑な模様。この美しい空の上でも、そしてきっと海の下でも、戦いは続くのだろう。たとえ、この平穏を乱さないで欲しいと彼女が願ったとしても。
「それでも‥‥、ね」
思わない道理は無い。願わない理由も無い。だから、少女は思う。この世界に、平穏を、と。
少し上がった岩陰で、灯吾も同じ海を見ていた。
「キメラがいない、海っていいもんだな」
そう声に出し、灯吾は大きく深呼吸する。潮の香りが心地よい。都市を守るのは、当然として、できれば、この海や山に落ちる破片も無くしたい。
「せっかく、こんなに綺麗なんだもん、な」
‥‥それはそれとして、青年は思うわけだ。カップル達が幸せそうなのはいいのだが、こうして一人、潮風に吹かれているとやるせない気分で胸が塞ぐ。
「‥‥誰も、いないよな」
チラチラと周囲を見てから、灯吾は大きく息を吸い込んだ。
「青春の、バッカやろー!」
海は、そんな叫びもおおらかに受け止めて、きらめく。
「はぅ? 何か、聞こえた‥‥」
それは聞こえなかった事にするのが人の情けです、エルレーンさん。
「そろそろ、昼飯だぞー」
遠くから聞こえる声に、透はそっとつばめの肩を揺すった。
「おはよう、つばめさん」
「‥‥あ、おはよう‥‥ございます」
応えてから、我に返るつばめ。掛けられた上着は透のものだ。恋人にもたれて、眠ってしまっていたらしい。ありがとうございます、とつばめが言えば、こちらこそ、と返る。
「こちらこそ‥‥?」
首を傾げたつばめに、笑顔を向けて。先に立ち上がった透は手を伸べる。のどかな一時は終わり、また慌しい喧騒へ戻る時間だった。