●リプレイ本文
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「戦力不足ってことで飛んできたんだけど‥‥」
周囲を見回して、国谷 真彼(
ga2331)が苦笑する。ふたを開けてみれば、集うは錚々たる面々だ。
「やっぱり私が一番か弱いですよね」
同様に仲間の顔ぶれを眺めていた佐伽羅 黎紀(
ga8601)も、淡々とそう言った。高名な傭兵ばかりなだけあって、顔見知りな場合も多いようだ。
「久しいな、王零。奥方達は息災か?」
「順調だよ。そういうお前はどうなんだ、トヲイ」
黎紀の視線の先では、煉条トヲイ(
ga0236)と漸 王零(
ga2930)が挨拶を交わしている。かつてラストホープ最大の小隊の一つと称された部隊の副長、隊長を務めた二人だ。
「全く、懐かしい顔ぶれが揃ったものだな」
「奴らも、なかなか休ませてはくれないみたいだからな」
頼もしげに言う白鐘剣一郎(
ga0184)へ、榊 兵衛(
ga0388)が応じた。彼らもまた、ラストホープでその名をとどろかせた傭兵達である。そして共通点はもう一つ、共に妻と離れて戦場に出てきていた。戦中、戦後に結ばれた傭兵達は思いのほか、多い。
「今日は久しぶりにオフで会えそうだったのに‥‥」
その手前で落ち込んでいる勇姫 凛(
ga5063)は、いまだアツアツのようだ。
「結婚か‥‥」
そんな男性傭兵達を横目に、遠石 一千風(
ga3970)が何となく呟いた。
「あ、結婚生活の楽しさについては、あたしに聞いてくれよな!」
無い胸を張るビリティス・カニンガム(
gc6900)。見た目はどう見ても子供なのだが、既婚者。おそらく法律上は問題ない年齢なのだろう。おそらくは。
(僕が欧州軍の美人士官を射止めた、というのはどの程度有名なのかな)
ふと、真彼が考え込む。これから助けに行くのはロシア軍なので、知られていないだろうか。それとも、意外と世界は狭いだろうか。
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現場が近づくにつれ、戦場独特の空気が立ち込め出す。
「大型か。久しぶりに戦いがいのある敵じゃないか」
王零は口元を歪め、笑みのような物を形作った。バグアとの戦争が終わった今、心通わせる強敵に巡り合う事も無い。この程度の敵で、渇きを癒すしかない日々。
「敵はアースクエイクが取り込んだプラントにより戦力の増援・供給が容易である。乱戦は避け、短期決戦が望ましい」
隣では、今回の件も教材にするつもりなのか、綿貫 衛司(
ga0056)がボソボソと呟いている。彼は戦後の人生として教職を選び、カンパネラ学園で後進を育てていた。欲を言えば撮影も行いたかった所だが、カメラを持参している仲間は残念ながらいなかったようだ。
「申し訳ありません。先に伺っていれば用意をしてきたのですが」
残念そうに、一千風が俯く。戦後、写真家の卵としても活動している彼女にしてみれば、そちらが本業だった。
「能力者の皆さんですか、助かります」
まだ若い少尉が敬礼する。怪我人こそ出ているが、犠牲者がいないのは撤退の決断が早かったこと、そしてもう一つ。
「報告は聞いている。此処でエアマーニェの助けを得ることになるとはな」
剣一郎は足を止めずに、小隊の脇を駆け過ぎた。地面が時折揺れる感覚。視線の先に、巨大な敵の姿が見えた。地中から姿を現した巨体は、ミミズというよりは大物を丸呑みしてしまった蛇だ。胴の中央部分が大きく膨れ上がっており、一見してまともな形状には見えない。
「不意打ちには注意だぜ!」
ビリティスの声が響く。それが合図であったかのように、戦場が動き出した。
「小型ワーム、目視多数」
「‥‥無人生産装置の調子は良さそうだな」
衛司のきびきびとした報告を受けて、トヲイが呆れたようにつぶやく。周辺の地中から飛び出してきた小型ワームは、目に見える限りで100体はいた。視界を埋める敵の中に、不自然な空白がある。報告に会ったバグア、エアマーニェが孤軍奮闘を続けていた。青い手刀が閃くたびにワームが動きを止めるも、敵の数は圧倒的だ。
「此処でエアマーニェの助けを得ることになるとはな」
剣一郎が、懐かしげに言う。記憶の中にある別のバグアの姿が、一瞬重なって見えた。
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嗅ぎ慣れた匂いの風にふわりと赤毛が舞う。一千風の頬が上気していた。
「さあ、いきましょう」
「進路を掃討します。3、2、1、今!」
カウントと共に、衛司のサブマシンガンが火を噴いた。数体がひっくり返ったところへ、稲妻の如く飛び込む一千風。続いて凛。突然の援軍に驚いたにせよ、エアマーニェの動きに変化は現れていなかった。足を止めたまま、一体、また一体と撃退していく。どうやら、動けなくなっているらしい。
「事情は分からないけど、凛達も手を貸すよ! さぁワーム、お前達の相手は凛だっ」
どん、と敵を吹き飛ばし。凛がそう宣言した。反対側には黎紀が入り、異星人の負担を軽くしている。
そして、戦場の中心。
「でけえのが相手だとワクワクすっぜ!」
見上げているのは、小柄なビリティスだけではない。瞬天速で間合いを詰めていた一千風もだ。全長は数百メートルクラスの大型アースクエイクは、直径もそれに見合うサイズで、地上に全身を現しているのは壮観だった。ともすれば押しつぶされそうな錯覚にも陥る。
「天都神影流、白鐘剣一郎。参る!」
「榊流古槍術、榊兵衛、推して参る」
名乗りと共に互いの得物を構え直し、剣一郎と兵衛もアースクエイクへ向かった。そしてもう一組。
「行くぞ、王零。――此処は俺達の狩場だ‥‥!」
「あぁ、全力で狩りつくすぞ。遅れるなよトヲイ」
共に戦った時間は長く、視線を合わせる事も必要ない。声だけで意思の疎通は十分だった。
遠くで、爆音が響いた。
「‥‥あのバグア。まだ生きているのだろうか」
ぽつりと、少尉が呟く。
「借りを作ったままというのは癪でありますな」
軍曹がそう口にした。隊員たちの応急手当ては済んでいる。
「来るなら構わないですよ。一緒に行きますか?」
真彼が延べた手に、少尉はわずかに逡巡してから頷いた。軍曹の号令を受け、小隊員が隊列を組む。大戦を生き残っただけあり、動きは良い。一見すれば頼りなさそうな少尉も、部下の把握はできているようだった。
「では、火器を拝見」
兵士たちが持っているのはSES武器でこそないにせよ、敵を倒すという目的は同じ物だ。それに自分の支援を組み合わせ、敵を穿つ槍にする。盾には自分がなろう。彼らが見せている覚悟を、後押しする為に。
(‥‥勉強放り出してこんなところにいるのバレたら呆れられるかな、やっぱり)
思い浮かべた顔は、二人ほど。
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戦闘開始からしばし。小型に向かっていた黎紀と凛、エアマーニェと衛司のスコアを合わせれば、もう結構な数を倒している。アースクエイクに向かった六人も邪魔な雑魚は蹴散らしているのだから、初期に目に入ったワームの半分位は撃破している筈なのだが、減った様子は見えない。
「切りが無いな。雑魚ばかり、一体どれだけ散らしている」
呆れたように王零が言う。戦闘開始後に続々と現れる敵の多くはアースクエイクの中からではなく地下から出てきていた。この1年の間に作ってはばらまき、ひたすら数を増やしていたのだろう。無論、周りを無視して攻め切る事もこの面々ならば可能にも思えるのだが。
「そもそも戦いは数が基本です。物量を質で覆すというのは教本としては如何な物かと思いますが‥‥」
衛司が悩ましげに言うとおり、あまりこの戦いは後輩の参考にはならないやもしれない。
「‥‥チッ、まだ予備を隠していたか」
踏み込み、アースクエイクのヒレのような物を叩き斬ったトヲイが舌打ちをする。よく見れば、潰したはずの砲塔や装甲がいつの間にか再生していたりもした。
「地面に潜り込んで逃げたりしないだけ、マシだと思うぜ」
ビリティスが言うように、この敵は地中に潜ろうとする動きは見せていない。あるいは、工場が入っていると思しき部分が太すぎて地面に潜る能力を失っているのやも知れなかった。
「‥‥これだけのデカ物だ。倒しきるには少々骨が折れそうだと思ってはいたが‥‥」
兵衛が眉をしかめる。小型ワームは戦力的には問題外だが、雑魚とはいえ盾に使われる可能性はある。大技を繰り出すには、少しばかり数が邪魔だ。
「エアマーニェに助勢は不要です、人間」
青い肌の異星人が淡々と声を発した。しかし、彼女の動きは歴戦の傭兵に比べれば鈍い。
「そうは言っても、凛‥‥見過ごせない!」
衝撃波を飛ばし、小型ワームを一機潰した。黎紀もエアマーニェの傍を離れない。
「‥‥判りました、人間。エアマーニェがあなた達の戦闘を支援します」
僅かな間をおいて、異星人が剣の如く変じた腕を素早く振るった。さっきまでだらりと垂れていた左の腕が鞭のようにしなり、周囲の敵をまとめて粉砕する。先ほどまでとは、別人のような動き。
「ますますもって、授業の参考にはならなくなりましたか‥‥」
サブマシンガンから刀に持ち替えていた衛司が、敵を切り裂きながらも淡々と嘆いた。
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ほぼ一度に聞こえるような、重なった銃声が戦場に轟く。赤いフィールドを閃かせた小型ワームが転倒する。起き上がる前にもう一斉射が突き刺さった。
「右、小型ワーム来る」
「撃て!」
きびきびとした動きを見せる兵士の届かぬ場所を、真彼がカバーする。
「何があっても守りますよ」
まっすぐ過ぎる願いに殉じた人を知っていた。世界の敵の一人。大罪人だ。
「行けますか、傭兵殿」
「この程度なら想定範囲内です。次を」
強面の軍曹に柔らかな笑みを向け、その背を押す。自分は彼になる事はないかもしれないが、強い願いを持った者を支える事は出来ると思った。その為に、今ここにいる。
異星人と、ロシア軍。二か所で均衡が崩れた。
「皆、まずは突破口を作ろう、一点集中だ!」
剣一郎が声をあげる。
「小型ワームの出口を狙えば‥‥」
直垂のように重ね合わせられた装甲が時折動き、小型機を吐き出している。恐らくは、そこが弱点。すばやく斬り込んだ一千風が、飛び退った。
「無防備にしている筈もない、か」
装甲表面に剣のような突起が生え、蠢く。弱点とは、おそらくは最も守りが固い位置なのだろう。
「――再生工場を内蔵しているような敵に長期戦は無意味だ。急所である中枢部を破壊するしかあるまい」
トヲイの声に合わせるように、王零が笑った。
「見えている入口から入れぬなら、作って押し通れば良い。行くぞ、トヲイ。遅れるな」
刀を鞘に納め、腰を落とす。異様な気配を感じたアースクエイクの鎌首が彼の方へ向いた。
――歴戦の猛者が、機を見誤る事は無い。槍の兵衛の異名を持つ男も。
「どこまで通じるか分からないが、これが俺の最強の牙だ。存分に味わえ!」
踏込と同時に、鋭い突きを放つ。槍の柄がぶん、と鳴った。目にも止まらぬ速度でもう一撃を放つ、榊流古槍術の奥義。名づけて、絶・真狼牙。堅牢な装甲に穴が穿たれ、異形の機械の内側に衝撃が走る。
兵衛が必殺の突きを放つと、同時に。
「勝機!」
短く声をあげた剣一郎が地を蹴っていた。全身を包む淡い黄金の光に一瞬剣の紋章が浮かび、消えるよりも早く刀身が閃く。赤い軌跡が一つ、二つ、舞うように描かれる弧の数だけ描かれる。何重にも重さった装甲が刻まれ、千切れ飛び、地に落ちた。
「‥‥天都神影流『秘奥義』紅叉薙」
大気すら切り裂くような一撃がもたらした僅かな静寂の中、剣一郎の声だけが聞こえる。
猛り狂うアースクエイクが、吠えた。仲間が切り開いた好機。
「どこを見ている。流派抜刀術が極技‥‥電磁抜刀『レールガン【狂凶】』‥‥」
踏み込んだ足が地を割る。盾を兼ねる鞘から引き出された魔剣が雷光を発した。その雷は振りぬいた後の残像だ。兵衛が穿ち、剣一郎が砕いた装甲の内側をねらい過たず、王零が抉る。
「さぁ、決めてこい!! トヲイ!!」
「‥‥ああ」
言葉少なく、トヲイは両手剣を振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろした。内部装甲を切り裂くと、奥から意外なほど整った通路が見える。
「生産工場ごと取り込んだ、か。あるいはその逆か‥‥」
トヲイを先頭に突入した傭兵達は、程なく動力炉を発見、破壊した。
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掃討は、さほどの時間を要さなかった。目に付いた最後の小型ワームを蹴散らした兵衛が槍を小脇に回りを睨む。
「‥‥バグアとの戦争の痕跡はまだまだそこかしこに残されているか」
「でも、前よりは平和になったと思うんだ。凛、アイドルの仕事も増えて来たし‥‥」
凛の言葉に願望も含まれているだろうが、世界が平和に向かっているのは事実だ。こうして傭兵として依頼を受ける回数は、徐々に減ってきている。
「とはいえ未だに小競り合いは続いているし。――何より、目に見える『脅威』が去った事で人類同士の対立は活性化しつつある‥‥」
トヲイの危惧は、未だ形になってはいない。しかし、その芽が存在する事を彼は知っていた。
(この場には、火種になりそうな方は居られないようですね)
会話に耳をそばだてていた黎紀が心中、ほっと息をつく。戦後の平和、彼女の知る男が望む未来の障害は、少ないに越した事は無い。この場に集った名だたる傭兵達は、少なくとも積極的に乱を作ろうという様子はなかった。むしろ、平和を維持する努力を怠らない側の方が多いようだ。
(そして、異星人を忌避する方もいない、ですか。面白い状況だと思いましたが‥‥、思いの他、綺麗に纏まりましたね)
黎紀の視線の先で、ぐったりとしたエアマーニェの周囲を心配げに囲む人垣には、傭兵のみならず一般の兵士もいた。武器を構えているような様子はない。
「とりあえず協力感謝する」
「‥‥宇宙に戻る気はあるのか?」
王零の言葉に頷き、剣一郎の言葉には首を振った。既に、その可能性はないと。戦いの渦中にあった彼女はバグアにとっての禁忌たる切り札を切っていた。
「私は失敗しましたが、果たしてエアマーニェは約定を果たせたのでしょうか」
彼女の身体は淡く輝いている。傭兵達の中には、この光景を見たことが有る者もいた。自らを取り囲む人間をじっと見てから、エアマーニェは無言のままで空を見上げる。
「もう戦争は終わったんだし、地球で平和に生きて欲しかったんだけど」
残念だぜ、と宙を見上げるビリティス。
「約束‥‥。その為に、ワームと戦っていたのかな」
凛の問いに答える声は無かったが、光がわずかに強く光ったような気がした。まだ仄かに光の粒が舞う中、黎紀が携えていた花を二輪、地に置いた。かつての戦友への手向けと、今日この場で消えていくる異星人への祈りを込めて。