●リプレイ本文
●戦闘開始
北米中部特有の大平原を、2台の地上走行用KV、LM−01が行く。今回の目標である敵の集結地まであとわずかに迫ったところで、その車体にすっと影が差した。
「追いついてきたな」
陸戦部隊のリーダーを務めるツィレル・トネリカリフ(
ga0217)が上空を見上げて笑う。同型機で隣を走る威龍(
ga3859)とツィレルに、飛行KV6機のうち半数を加えた5機が今回の陸戦部隊となる。残る3機の制空部隊は作戦開始直前に合流してくるはずだった。
「此処で一体でも多くの敵を倒しておけば、次の戦いの負担を減らすことに繋がるわけだ。 責任重大だぜ」
特殊電子波長装置のスイッチを入れる腕に力を込める威龍。その支援範囲から外れないように雑賀 幸輔(
ga6073)機が降り立つ。
「俺の力がどこまで通用するのか‥‥」
生身での作戦経験は豊富な幸輔だが、愛機『clown』と共に依頼に挑むのは初めてだ。しかし、その口に浮かぶ笑みは、不安よりも己の力を試そうという意志に強く彩られていた。ツィレルの側へ降りた小鳥遊 憐(
ga5574)は、幸輔とは対照的な無表情だ。計器のバックライトが、普段はマフラーに隠された少女の口元を青白く照らし出す。
「よーし! 今日はハヤブサ・ファイターの力存分に見せたげるわ!!」
幸輔のR−01の隣へ、グラットン・S・彩(
ga1321)のG−43が軽やかに舞い降りた。ただでさえ軽量高機動が売りのハヤブサだが、今回の彩は武装を徹底的に軽量化して更なる機動性を追及している。短時間での敵機撃破を最も優先させた兵装だろう。
「さ、行くわよ?」
最後に降りた彩の声を合図に、5機揃った陸戦隊は更に先を目指す。インディアナポリス市の北西。シカゴから人類が撤退した現在では、バグア勢力下といってよい地域だ。だが、DoL作戦によって多大な被害を受けたバグア軍も、西海岸からの増援が到着するまで動きがとれない。損傷した敵機の集結地を狙うと言う今回の作戦は、そんな彼我の動きの隙間を縫うように企図されたものだった。
「‥‥ち、敵が先手か」
やや離れているとはいえ、陸上での『離れている』は空中戦のスケールで見れば目と鼻の先だ。5機も集結したKVにバグアが無警戒でいるはずもなかった。直援についていた4機のヘルメットワームが急加速で向かってくる。3機は小型、中型が1機。事前の作戦では陸戦部隊が戦端を開く予定だったが、敵が先に手を出してくるならば仕方が無い。後方に控えていた制空隊も敵に合わせるように進出する。
「あいつらに情けなんて不要‥‥損傷機なんか、全部叩き潰すくらいの気持ちで‥‥!」
迫るワームを憎々しげに睨んだ菱美 雫(
ga7479)だったが、はっと我に返ったように頭を振った。気負いが仇になる事もある。初任務の彼女の役割は全体の指揮管制。大役だった。
「‥‥落ち着かなきゃ。私の役目は、皆の支援‥‥」
自分に言い聞かせる雫機の右翼前方を藤宮紅緒(
ga5157)機が固める。
「ジェリー1、レディ」
短くそう告げた伊藤 毅(
ga2610)が左翼に出る。敵機の方が数でも1機上、更に中型まで含むとなると初手でのしくじりが致命傷になりかねない。
「システム起動‥‥中和作業及び索敵、開始します‥‥。ファーストアタックはボギー1へ。タイミングはこちらで」
雫機がワームのジャミングに対抗し、レーダー上の敵機の表示が鮮明になる。小型ワームに1〜3、中型に4番の表示が割り振られた。
「ラジャ」
「で、出来る事は出来るだけやらないと‥‥!」
毅と紅緒の声が回線を流れる。
●ひとつ、ふたつ
ちょうどその頃、地上部隊も急いで間合いを詰めていた。距離は既に300mを割り、バグアもKV隊に気付いていない筈は無い。損傷機はのろのろした動きで後方へ移動を始め、ゴーレム2機は肩につけた火砲らしきものを牽制するようにKVへ向けている。だが、その動きはどこか緩みを感じさせた。地上での有効射程はせいぜい100mだと高を括っているのだろう。
「このMedusaの瞳からは逃れられません‥‥」
そう呟いた憐機が足を止めたのは、敵までまだ200mを残した地点だった。スナイパーライフルのスコープ越しの映像を、2基のサブアイが補正する。更にブレス・ノウを起動し、AIにかかる負担は承知の上で弾道補正の計算を急いだ。
「3‥‥、2‥‥、1。ファイア」
引き金は絞るように、音も無く静かに引かれる。ゴーレムが慌てて手にした剣を射線にかざそうとするが、間に合わない。着弾の衝撃に、ゴーレムの上半身がぐらりと揺れるのが見えた。
「Skullより陸戦部隊各機へ、前菜はさっさと平らげるぞ」
憐の狙撃を合図にして、ツィレルを先頭に陸戦部隊はゴーレムへと直進する。一気に畳み掛けてくると判断したのだろう。撃たれたゴーレムが幅広の剣をかざして防御の構えに入った。どうやら、当初狙っていたように腕を破壊するのは無理だったようだ。そのやや後方にいたゴーレムは、射程の長そうな火砲を両手で保持し、迎撃の構えに入る。
「かかった! 各機、作戦通りで行く」
遠距離からレーザーを叩き込むツィレル機の攻撃を、ゴーレムは軽々と回避する。狙われる事を見越して慣性制御をかけたのだろう。だが、ツィレルの後続各機は直前に進行方向を変えていた。先頭を走る威龍機、ついで彩機がゴーレムの火線に捕えられるが、そのまま一気に間合いを詰める。
「お前、チタンファングでボコるわ‥‥」
翼面超伝導流体摩擦装置を稼動させ、剣呑な笑顔を見せる彩の上空で爆発音が響いた。
「あ、当たりました。つ、次の攻撃指示を‥‥」
「スプラッシュ・ワン」
数で劣る空戦隊が、接近する前に1機を減らすことに成功したようだ。それでもまだ敵は3機。
「ジェリー1は‥‥ボギー4へ。ジェリー2、ボギー3を‥‥迎撃」
「ラジャ」
雫機の指示に、毅の返答は一瞬の遅れも無かった。毅機に中型を牽制させ、その隙に敵の数を減らそうという作戦だろう。中型を1機で抑えるのは困難極まるが、長距離兵装を多めに装備した毅機の方が適任だ。
「い、いきます」
中型へ向かう毅の側面を狙った敵機へ、紅緒が喰らいつく。フリーになった残る敵機はその紅緒機を追撃した。中型の攻撃を回避する合間に、毅機がミサイルでその敵機を牽制する。空中は、敵味方の入り乱れた乱戦模様になっていた。
「Skullよりキャットトムへ、ゴーレムAを撃破」
ツィレルから、地上部隊の情報が伝わる。不意を打たれたゴーレムはそのまま近接戦闘に持ち込まれ、衆寡敵せず撃破されていた。その間、もう1機を相手に中距離で撃ちあっていたツィレル機に大きな被害は無い。
「回るぜ‥‥楽しいほどにな」
幸輔の『clown』が側面に回りこみ、一気に踏み込む。両手足に装着したドリルパーツが回転数をあげると、敵機の装甲が悲鳴を上げた。ゴーレムが長剣で薙ぎ返す時には、既にその姿は敵機の間合いギリギリへ下がっている。
「道化の円舞曲、魅入ったら待つのは白い世界さ‥‥っ」
円を描くような動きは攻防一体の構えだった。
「八卦掌の動きか、やるな」
自身、形意拳を修める威龍が賞賛の声をあげる。が、おそらくは買いかぶりだろう。
「こっちがお留守です‥‥」
幸輔に気を取られた所へ憐がレイピアを突き入れた。牽制を交えた攻撃は、じわじわとゴーレムの耐久力を削ぎ取っていく。
●みっつ‥‥たくさん
陸戦部隊が2機目のゴーレムへ包囲体制に転じる中、彩機だけは一足先に損傷機への追撃に移っていた。
「戦いはパワーじゃない! 機動力よっ!!」
追撃のタイミングで再び翼面超伝導流体摩擦装置を稼動させる。だが、急な針路変更でバランスを崩した彩機は盛大に地面を削って転倒した。戦闘中には致命的な隙だが、彼女を狙う余裕のある敵は皆無だ。ゆっくりと起き上がり、決まり悪げに苦笑しながらも手近にいた腕の無いゴーレムへと突っかかる。鈍い動きに、一部剥き出しの内部機構まであるゴーレムはハヤブサの連続攻撃に一瞬で破壊された。
「Skullよりキャットトムへ、ゴーレムBを撃破。これより損傷機の破壊に掛かる」
強力なゴーレムとはいえ、数を生かして叩かれれば脆い。だが、陸戦が終始優勢に推移する事が出来たのは、空戦部隊の奮闘によるところが大きいだろう。小型ワームを1機中破させるも、毅機、紅緒機共に損傷はイエローゾーンだ。一時は管制機の雫もプロトン砲を撃ちこまれる程に、状況は悪化している。
「こちらキャットトム。‥‥可能ならば、援護をお願いします」
「Skullよりclown。上がれるか?」
ツィレルが幸輔を指名したのは、幸輔機以外に空戦に耐えうる機が陸戦部隊にいなかったからだ。彩機は言うに及ばず、最初の狙撃の為に装備を割いた憐機もドッグファイトに耐えられるような機体構成ではない。
「確かに邪魔されるのはまずいな。援護にあがる‥‥っ」
幸輔機が大空へと舞い上がったのを見て、危険と判断したのだろう。中破していた小型ワームが再び戦線に復帰した。上空の戦況バランスはほぼイーブンのまま、時間稼ぎの段階へと入る。
「1機でも多く、破壊します‥‥」
憐と威龍がチームを組み、ゴーレムを狙って追撃をはじめた。もともと戦闘に耐えぬ損傷機ばかりとあって、攻撃を外す事はほとんどない。装甲が破損したままの機体も多く、憐のレイピアの目まぐるしい剣閃と威龍のディフェンダーが縦横に描く弧の前に持ちこたえる事は不可能だった。
「一方的に殴られる、痛さと怖さを教えてやる‥‥ってか!?」
速度的に逃げ切れぬと悟ったのだろう、手足を引っ込めて防御姿勢に入ったタートルワームへ、ツィレルが高分子レーザーで止めを刺していく。相手の回避能力が激減している現状では、移動の手間が無いのは大きなメリットだった。素早い動きを活かし、彩は逃げる敵機を近接格闘で屠っていく。
「fragmentより全機!」
雫機からの警告が入ったのは、逃げ惑う損傷機への攻撃がはじまった数十秒後の事だった。焦っているのか、常に比べて随分と大きな声を出している。
「敵増援多数、間もなく戦闘空域に突入してきます! 後退を!」
残る損傷機は3。あと20秒もあれば全損にできたかもしれないが、後退の時期を誤ってこちらが撃破されては元も子もない。指示を出した雫機は低速の岩龍だ。撤退の足を引張らぬよう、位置をやや後方へと下げ始める。
「り、了解なのです。煙幕弾を撃ってから逃げます〜」
紅緒が返信する間に、地上では憐がLM−01の後退を補助するために煙幕銃を撃ち放ってから空へと飛ぶ。生き残った敵3機が目を失っているうちに視界から消えれば、追撃の危険は減少するはずだ。増援の敵機は数キロの地点まで迫っている。飛んで帰る6機はともかく、地上を走る2機にとってさほど時間の余裕はなかった。彩機もタイミングを合わせて上空へ舞い上がる。
「殿は請け負った。女の子の尻追っかけてた方が俺は逃げ足も速いのさ!」
援軍の到来に気を良くしたのか、かさにかかって攻めてくる敵機の前方で、挑発するようにくるりと回る。中型ワームが突っ込んできた所で、その視界を黒い闇が潰した。
「た、タコのスミ発射します‥‥!」
紅緒機からの煙幕の援護だ。最後の決定機を逃したバグアを尻目に、KV隊はブースト加速で戦域を後にする。それを地上から見上げる2台のLM−01。どうやら、敵増援の目は航空隊に向かっているようで、彼らを追う機体はいなかった。
「少しは次の戦いの為に貢献出来たんだろうか? ‥‥いや、そう信じないとな。 そうじゃなければ、この先やっていられないしな」
そう自分に言い聞かせる威龍の声。空中で破壊されたのとあわせて撃破した敵機は10。北米戦線で、そしていずれ来る反攻作戦で、少なくともその数だけの脅威が消えた。それが、この戦いの意味を何よりも物語っている。東へ、人類の勢力下へと走る2台のKVを、傾いた太陽が赤く照らしていた。