●リプレイ本文
仲間達に先んじて塔に挑んだ九条・縁(
ga8248)と秋月 祐介(
ga6378)の2人はもうボロボロだった。塔の前を埋め尽すキメラの群れ、そしてその背後にそびえる恐竜型キメラ。
『降伏しろォ。このスチーム博士にひれ伏し、許しを請うのだ』
塔から渋い声が響く。だが、絶望を勇気に変えて祐介はキメラを睨みつけた。
「無尽蔵に現れる敵‥‥倒すには最後の手段しか無い」
ズブリ、と自らの胸をえぐる祐介。そこから緑の毒々しい輝きが漏れる。祐介の心臓は、エミタエネルギーで動いている人工心臓だった。
『ば、馬鹿な‥‥!』
「貴様等の恐れるエネルギーの源だ! このまま滅びろぉぉおお!!」
祐介の手の中で、心臓がぐしゃりと潰れる。緑の閃光が広がり、塔前の全てを覆い尽した。
週間少年CtS風味最終話『主役は誰だ!?』
辿りついた仲間達に見えたのは、そんな光景だった。
「祐介―――ッッ!!」
小田切レオン(
ga4730)の叫びが木霊する中、祐介の身体が揺れる。
「お前等の進む道‥‥切り開かせて貰ったぞ」
やり遂げた男の表情のまま、倒れ行く祐介。その視界の中、塔の大扉が内側からゆっくりと開くのが見えた。
「もうダメ‥‥助けて‥‥!」
何かに追われる様に飛び出してきた愛紗・ブランネル(
ga1001)が、キョロキョロと周囲を見回す。男装の少女の視線は、倒れた祐介の所でピタリと止まった。
「もしや、あなたは勇者様‥‥」
返事は無い。ただの屍のようだ。そこにポツリと水滴が落ち、青い清浄っぽい光が広がる。
「お願い! 私を一緒に連れて行ってください!」
「あれは、もしかして伝説の乙女の涙!? 男の子に見えるのに何故っ」
跪き、祈りを捧げるアイシャへ、穂波 遥(
ga8161)が叫んだ。死神と少女の願いが激しい攻防を繰り広げる脇を、レティ・クリムゾン(
ga8679)が駆けすぎていく。リアリア・ハーストン(
ga4837)は一瞬だけ立ち止まり、祐介へと視線を向けた。
(あ‥‥あの女の目‥‥フラグの立った主人公でも見るかのように冷たい目だ。残酷な目だ‥‥。かわいそうだけどもう簡単には死ねない運命なのねって感じの!)
そんな流れは他所に、雑魚キメラは王を中心に再集結していた。能力者達の最後尾を走っていた縁が振り返る。
「ココは俺に任せろ! お前達は先に行け!」
思えば長く険しい戦い日々だった。それも今日この日に全て終わらせる。決意を秘めて縁は微笑した。だが、祐介と共に前座から戦っていた彼の身体は既にボロボロだ。彼の状態をスキャンした王キメラがニンマリと笑う。
『思ったとおりだわい! この男は後一撃受けただけでも即死する程の体力しか残っておらん。ゆけい! 我が駒!』
だが、王キメラの指示に従うはずの雑魚は血飛沫を上げて倒れた。
『ぬぁにぃ!?』
「縁さん、貴方だけに良い格好はさせませんよ!」
緑の危機を救ったのは、片手に血刀、片手に銃を下げた斑鳩・八雲(
ga8672)だった。
「お前は‥‥斑鳩! 何故お前が!?」
「ここで貴方に果ててもらっては困るのです‥‥。洗脳されていた僕を正気に戻してくれたあの拳、キメラ如きには勿体無い!」
八雲と緑はBaGuAの改造人間だったのだ。そして、そこに倒れている祐介は元科学者である。
『改造人間の生き残りふぜいが裏切ってBaGuAに牙を剥こうなどとは笑止千万ッ。ハチの巣にしてくれる!!』
残るキメラ軍団と、男たちの戦いが始まった。
最上階のモニターには、塔へと侵入を果たした傭兵達の姿が映っていた。
『誰かの大切な人を人質に取るなんて喰えない爺さんだ、ね。文字通り蜂の巣にしてやるから待ってろよ』
水流 薫(
ga8626)のスコーピオンが火を噴く。監視カメラが一瞬のスパークの後、沈黙した。
「ぬぅう。おのれUPCめ」
祝杯のはずだったグラスをスチーム博士は床に叩き付ける。こめかみには青筋が浮かんでいた。敵を全滅させるつもりが突破され、あまつさえ捕えていた姫の1人にも行間で逃げ出されたのだから、怒りに震えるのも当然だろう。
「シャレム! みづほ!」
博士の声に答えるように、柱の影から2人の女が姿を現した。BaGuA脅威の科学力で生命を得た機械人形『てんたくん』に寄り添うみづほ(
ga6115)、そして悪の科学者シャレム・グラン(
ga6298)。年齢的にギリギリなコスチュームに身を包む2人が博士の脇に立つと、悪っぽい雰囲気が増す。博士の表情が少し落ち着いた。
「薫。来ていたのね」
モニターを見るみづほの口元に危険な微笑が浮かぶ。
「あの少年。欲しいのかね? みづほ」
返事は無く、みづほの濡れた舌が白い歯の隙間からチラリと覗いた。実に悪っぽい。
「あ、グラスの破片が落ちていては危ないです。片付けてもいいかしら?」
そんな空気を意に介さず、コレット・アネル(
ga7797)がほんわかと笑う。博士の生え際に再び血管が浮きあがった。
「ここ‥‥家賃‥‥いくら‥‥?」
リュス・リクス・リニク(
ga6209)も意図せずして博士の血圧を上げている。元はといえば、階下の戦闘を見せるために司令室に呼ばれた少女達だったが、絶望させようと言う目論見は完全に空回りしていた。
「ここの隠し扉は対策が甘いと思うの」
阿野次 のもじ(
ga5480)に至っては、勝手に玉座の裏側に潜り込んでいる。アイシャが逃げ出した場所らしい。
「少し静かにしてくれるかね、姫君達?」
博士の低い声に、シュンとしたように口をつぐむリニクとコレット。
「だが断る」
濃い顔になったのもじは博士のお願いを一蹴した。
「ぐ、こんな連中と一緒の部屋で指揮を執れるか!」
血圧が上がるあまりにこめかみから鮮血を噴いた博士は、ふらつきながらも己が両脚で立ち上がる。
「博士、どちらへ!?」
「私は指揮所を移転する! まだ見ぬ、未来に向かってな!」
そんな光景を、物陰から眺めているUNKNOWN(
ga4276)の姿には、この場の誰も気付いてはいなかった。
「なんだこの階段は?」
塔内に侵入した傭兵達の前にはキメラの姿もなく、上フロアへの階段が伸びていた。
「せっかくだから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ」
用済みになった紀藤の〜とを投げ捨ててから、久瀬 和羽(
ga8330)が扉を押し開けた。数手に分かれて、能力者達は奥を目指していく。
「この広間が終点ですか。私達が一番に辿りついたようで‥‥」
グリク・フィルドライン(
ga6256)の言葉が途切れた。
「レティさん!」
かけよった不知火真琴(
ga7201)の声に、レティは弱々しく顔を上げた。
「――遅かった、な」
かけよった真琴が彼女を抱き起こす。その手が赤く染まった。
「私の事は良い。如何なる犠牲を払ってでも助ける、と任務を受けたのだ。私の犠牲も、数の内だから、な」
レティが囁く声に被さるように、反対側から何者かの靴音が聞こえてくる。
「後は任せる。気を付けて――敵は双子だ。1人では、勝てな‥‥い」
身構えるグリクに、レティの声が投げられた。
「貴方一人を行かせはしませんよ」
がくりと項垂れたレティを優しく横たえてから、真琴がグリクの隣に立つ。靴音が止まった。
「混沌戦隊カオスレンジャー・カオスイエロー、見参っ!」
「同じく、カオスレッド!」
無駄に大ゴマで登場するクレイフェル(
ga0435)とメアリー・エッセンバル(
ga0194)。奇天烈なスーツに身を包んだ姿とは裏腹に、そこから感じるプレッシャーは本物だった。
「双子と言うには随分似ていないけれど‥‥」
避けられぬ戦いの予感に、真琴がゴクリと唾を飲む。
「私は死にませんよ。勿論‥‥あなたも、ね?」
グリクが微笑した瞬間、クレイフェルが動いた。巨大ハリセンを無造作に引っつかんだ彼の突進速度は凄まじい。
「いくでぇ! まずは挨拶代わりや!」
「あれはBaGuAのハリセン工、ジャック・アライの初期型殺人ハリセン! まさかこんな所に」
「知っているんですか、遥さん!」
遥の解説に、薫が絶妙の合いの手を入れた。何とか回避したグリクと真琴だったが、クレイフェルはにやりと笑う。
「レッド! 今がチャンスや!」
メアリーの赤いスーツ姿が、いつの間にか漆黒の巨体にまたがっていた。
「私の全力の一撃、受けてみなさいっ! 必殺! マグロアタァァァァッッッック!」
乗り手の導きに従って、先のクレイフェルにも勝る猛烈な勢いでマグロが突き進む。
「くっ。ザコとは違うんですよ、ザコとは!!」
すれ違いざまに意地でグリクが一撃を入れるが、余波で吹き飛ばされてしまった。どうやら、黒い方が更に新型だ。
「ぐあ!」「あう!」
途中、何名か撥ねた様だが気がついた様子がないくらいにメアリーはノリノリだった。
「あ‥‥、フィル‥‥と、陸と武流‥‥が」
最上階で、掃除の合間にモニターを見ていたリニクが悲しげに目を落とす。しかし、暴走するメアリーに轢かれたのは、武流と陸だけではない。その2人が対峙していた本来の敵もだった。
「あの2人を行間で倒すとはな‥‥」
戻ってきたスチーム博士は、階下の映像の中に倒れる京とリリーを見つけて苦笑する。
「ホアキン、硯。君達にも行ってもらおうか」
玉座に座す博士に、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)はチラリと目を向けた。ちょうどその時、モニターを見ていた博士の顔が険しくなる。画面には、金髪黒装の美女が大写しになっていた。
『何故カオレンがこんな所にいるかは存じませんが、いい機会です。共に葬り去ってあげますわ!』
黒い鞭を手に戦いへと割って入ったファルル・キーリア(
ga4815)は、カオスレンジャーの宿敵、よい子幼稚園の四天王兼参謀らしい。博士は微妙にそわそわとしてから、ホアキンの視線に気づいて深く座りなおした。
『あれは、ジャックの後期型殺人ハリセン!』
『いや、どう見てもハリセンちゃうし!』
再度、解説モードに入った遥へと、クレイフェルのツッコミが発動する。しかし、その隙を真琴は見逃さない。
『皆の歩みは邪魔させない! お前達はここで倒す!』
初めて入った攻撃に、クレイフェルの足が止まった。
『どちらが金髪貧乳女王の座を得るに相応しいか、この場で決着をつけるわよ!?』
ファルルへ敢然と指を突きつけたメアリー。その瞬間、彼女の切り札たる新型KVマグローンが突如として力を失う。
『何!? どうしたの!』
うろたえる彼女の耳に、吹っ飛ばされた変なポーズのままの遥の解説が届く。
『そうか! マグロは海に住む生物。空気の中では生きられないんです!』
『今更かよ!』
真琴と激しくやりあいながらも、ツッコミをクレイフェルは忘れなかった。動けぬマグロに足を取られて無抵抗のメアリーへと、凄くイイ笑顔のファルルが鞭を振るう。
『ひ、卑怯です!』
『正々堂々? 笑っちゃうわね。私が誰なのか忘れたのかしら? カオスレッド!』
倒れたメアリーへと電撃鞭が絡みつき、ちょっぴり色っぽくもだえさせた。焦がされたマグロには美味しそうな焼け目。勝ち誇ったファルルの少しばかり品の無い高笑いが響いたところで、画面はブチリと消えた。
「これ以上は見る必要もあるまい」
「う‥‥フィル‥‥心配‥‥」
リニクの抗議の視線を無視して、博士はポケットから煙草を取り出し悠然と咥えた。一見、悠然と。
「スチーム博士、煙草が逆さですよ」
少女のような外見の鏑木 硯(
ga0280)が平静な声で指摘する。ホアキンは無言のまま、紫煙たなびく指揮室を後にした。
「‥‥ここ、どこだ?」
その頃、和羽は盛大に道に迷っていた。困った彼女のおなかが鳴る。和羽は元々姫を助けに来たわけでもなく、盗まれたプリンを取り戻しにこの塔に挑んだのだ。そんな少女の耳に、何やら声が響く。
『よくぞ生き残った我が精‥‥いえ、勇者さま。ここを抜ければ最上階です』
空腹による幻聴か。いや、その声は確かに和羽の耳に届いていた。ついでになんか可愛らしい少女の映像も見える気がする。どさくさに紛れて塔の監視システムの一部をのもじが乗っ取っていたらしい。
「で、どう行けばプリンにたどり着けるんだ?」
異常事態にも、和羽は動じなかった。
『まず次の通路を曲がってすぐ左の隠し扉がああって‥‥それから‥‥』
言われるがままに移動した先の行き止まりで、少女の声は実体をもって彼女の頭上に落下する。どうやら、のもじはその天井裏で監視機構を操っていたようだ。
「いてぇ! なんだお前!?」
いきなり現われた少女の姿に、さすがの和羽も驚きを隠せない。
「ハイここよ。ここで『調べる』OK? 間違えるとループだから」
どうやら、のもじは自分も降りてきた抜け道を教えに来たようだ。‥‥が。
「‥‥」
頭上を見上げて手を伸ばしてみる、のもじ。同じように横で手を伸ばしてみる和羽。天井に開いた入り口は、2人にとっては絶望的に高かった。
「なんですって! ではこの2人は仲間‥‥!?」
広間では、ようやく事態に気がついた真琴が驚きの声をあげていた。だが、時既に遅し。
「まさか‥‥謀られた!?」
青ざめるグリク。その横では、そんな事は関係ねぇー、とばかりにファルルが止めを入れかけて、レオンと薫に止められていた。
「く―、なんでここに自分がおるんや!」
倒れたままのクレイフェルの声に、やはり倒れたままのメアリーがハッと息を呑む。ファルルがいると言う事は、この場にはカオスレンジャーの宿敵、あの男もいるかもしれない。
「いつも私達の戦いを高みの見物している謎の人物、『園長』! 今にこの熱き混沌の場へ引き摺り下ろしてあげる!」
倒れたまま啖呵を切るメアリー。その後頭部を女王様ブーツが踏む。
「その様で何を言ってるのかしらレッド!」
だが、戦いはまだ始まったばかりだ。過去の諍いはとりあえず脇に置いたり忘れたりして、一同は更に上を目指す。
すぐに彼らの行く手を遮る新たな影が現われた。
「ここを通すわけには行かない。我が姫のために」
剣を抜いたホアキンがゆっくりと階段を降りてくる
「ふっ、あなた達が倒したのは我々の中で最も未熟な戦士。いい気にならないことですね」
その隣を歩く硯の台詞に、能力者達は思わず顔を見合わせた。
「‥‥誰か、倒したっけ?」
「いや、記憶に無い」
それはさておき、道を塞がれては戦うしかもう解決法は無い。ホアキンへは真琴とグリクが向かう。
「では、残りは俺がまとめて‥‥」
いいかけた硯の脇を、レオンと薫、ファレル(
ga7626)が鮮やかな動きですり抜けていった。その背を狙おうと振り返った硯の前には、リアリアが回り込む。
「まさか、1人で俺の足止めですか? いいんですよ、何人でも」
硯が挑発するように笑う。だが、リアリアは微笑だに見せずに言い放った。
「無用! たかが20歳前の小僧からいたわられるほどやわな人生は送っていない!」
それ以上は語らず、硯は得物を構えなおす。その側面で全てを圧する轟音が吹き荒れた。グリクと真琴の放った合体技と、ホアキンの必殺技が激突したのだ。
「相討ち‥‥? いや」
その場には、膝をついたボロボロのホアキンの姿が残っていた。そして、無傷の真琴。
「最後の最後で‥‥、技の激突からうちを守って‥‥あの馬鹿」
真琴の目から涙がこぼれる。その滲む視界の中、ホアキンがゆっくりと立ち上がる。
「安心するといい。今はまだ宇宙のチリとなって生命を浮遊させているだろうきみの相棒は、誰の手を借りずとも必ずや蘇って‥‥グッ」
そこまで語った所で、ホアキンは吐血する。敗北が引き金になり、何者かが彼の身体を内側から蝕んでいた。
「‥‥まさか、この俺まで仕込まれていたとはな」
己の死期を悟ったホアキンはゆっくりと階段を登っていく。
「この先に待つ男の、シャイニングフラッシュは‥‥完璧ではない。影の道を、渡れ」
拳を交わした真琴には、その言葉に嘘がないことが分かった。
「彼の技は、頭上に死角が‥‥ある」
そう呟いたホアキンは、階段の最上段へと達している。開かれた大窓からは、外の清浄な空気が流れ込んでいた。
「‥‥我が姫よ。あなたの騎士はここまでのようです。願わくば、お健やかに‥‥」
「待って、あんた、ひょっとして‥‥」
真琴の言葉が宙へ消える。ホアキンは塔の外へと身を投げていた。
一方、硯とリアリアの戦いも佳境を迎えている。
「やっぱり先生! 凄いです! 先生の実力は私以上と言う事もありますけど!」
いつの間にか先生づけの遥の言葉どおり、マフラーを武器にしたリアリアは硯を圧倒していた。唇を噛み、硯は懐へと手を差し入れる。何かを感じたリアリアが距離をとった瞬間。
「そ、それは‥‥!」
「俺は、能力者を、やめます!!」
古代アステカ人の遺跡から発掘された仮面を手に、硯は高らかに宣言した。仮面の力は不死に近い再生力と、純粋な力を使用者に与える。‥‥だが。
「やれやれね。幾ら強くても勇気を知らないあなたはノミと同類だわ」
リアリアとは相性が最悪に悪かった。仮面装着前よりもさらに圧倒的にボコられ、崩れ落ちる硯。
「俺が‥‥間違っていたんですかね‥‥。囚われてる、姫たちの事を‥‥頼み、ます‥‥」
そう言った硯へと、能力者達はそっと手を差し伸べた。この場に立ちはだかった2人は、いずれも愛する人のために敵に回ったのだ。憎しみは無い。一行は新たな仲間を加え、上を目指す。
HP1のままで凄絶な死闘を繰り広げた縁と、超回復力をもつ八雲。そして、奇跡の力で復活してしまった祐介。ついでに応援していたアイシャ。無尽蔵に見えた入り口前のキメラ軍団も、彼らの前に全滅していた。
「あ、誰か落ちてきたよ」
アイシャが指差したのは、ホアキンだった。塔の高さは、能力者の生命を奪うには足りなかったらしい。
「大丈夫か?」
「く‥‥近づくな! 俺の身体は」
縁の手を、ホアキンは力なく振り払った。だが、その手の先までもが既に何かに侵されている。
「ワーム・シードですね」
心臓に巣食い、宿主の身体を怪物へと変えてしまうBaGuAの生物兵器。その開発には祐介も関わっていた。
「安心してください、貴方は助かりますよ。私がここにこうしているのですから」
祐介は微笑する。
「‥‥心臓が無くても、生きてはいけます」
囁いた笑顔は微妙に黒かった。
「ま、待て。俺の意志は‥‥」
ホアキンの肩を、縁と八雲が力強く抑える。
「こんな勇敢な若者を死なせるわけにはいかんな」
「風車を2つつけてパワー倍増ですね」
「うわぁぁぁん、早く先に行こうよー!」
アイシャの苦情も何のその、本日2つ目の奇跡が行われようとしていた。
「これが、最上階の扉ですね。まだ、この先に‥‥進むつもりですか?」
最後の踊り場を過ぎたところで、ファレルが不意にそんなことを呟く。
「ああ。もちろんだ。何を‥‥」
言っているのか、と続けようとしたレオンの足が、鮮やかに払われた。驚きで足を止めた薫の前で、ファレルがクルリと向き直る。
「ならば、コレットを取り戻すため。寝返らせてもらいましょう」
「‥‥!? あ、そうか。敵を欺くにはまず味方からって言うよな? そうだろ?」
戸惑ったような笑顔を向けるレオンの前で、ファレルはゆっくりと武器を引き抜いた。
「この階段なら、後から来る連中も大勢では攻め上がれない。月詠の力を見せて差し上げましょう」
光の如き剣閃を、反射的にかわすレオン。だが、その胸元が赤く血に染まる。
「な、何故だ。俺達は‥‥」
「ほらほら、どうしました? 先程までの威勢は何処に行ったのでしょうかねぇ」
ファレルの本気の攻撃がレオンのプロテクターを砕いた。そのまま彼を階段下へと蹴り落とす。
「卑怯な真似を‥‥!」
薫が放つスコーピオンの銃弾を盾で弾き、ファレルは笑った。
「卑怯で構いません。私にとってはコレットこそが‥‥。ぬ!?」
ファレルの視線の先、レオンが立ち上がっている。レオンは十数段下の踊り場で拳を握り締めた。
「それでも俺は‥‥。この先に行かなければならない。例えお前を倒してでも!」
満身創痍のレオンの闘気が青くゆらめき、何かの形を作る。
「これは‥‥狼!? 馬鹿な!」
レオンの拳の衝撃波が、剣を砕きファレルの身体を大扉まで吹き飛ばした。辛うじて持ちこたえたファレルが見下ろした場所に、レオンはもういない。
(近い!?)
「うぉぉおおおお!」
飛び込んできたレオンの拳がファレルを下から抉るように突き上げる。
「見事、ですが、私は倒れません。倒れるわけには行か‥‥」
ふらつくファレルの言葉が途切れる。彼の背後で、閉ざされていた扉が軋みを上げて開いたのだ。
「やりおった! レオンの奴、最初から扉が狙いやったんやな!」
追いついてきたクレイフェルの歓声に、レオンが笑顔で答える。それでも、ファレルは立ったまま動かない。いや、既に動く事すらできなかった。
とうとう、ここまで辿りついた。動けるメンバーは全員追いつき、これが最後の戦いだ。
「ふっ‥‥弱い人類がよくぞここまで来た。だが、所詮お前達は弱い‥‥」
その奥、背中を向けた豪華な革椅子から声が響く。博士自身の両脇には、囚われの姫達の姿があった。
「ファレル!」
コレットが、傷ついた青年を見て慌てて駆け寄る。ファレルの膝がとうとう折れた。
「こんなになって‥‥。私なんかのために、ホントにありがとう。感謝してるよ‥‥」
青年の背を優しく支え、抱きかかえるようにその頭を撫でるコレット。ファレルの目がうっすらと開く。何をしても守りたかった少女が、微笑みかけていた。‥‥掃除向きのメイド服で。
「博士! 貴様コレットに何をした!」
「何か、不満でもあるのかね? 喜ばれこそすれ、怒られるいわれは無いが」
痛みに耐え、身を起こしたファレルだが、博士の落ち着いた切り返しに言葉を詰まらせる。彼の贔屓目でなくともコレットは可愛かった。博士の仕立てだとすれば実にセンスがいい。
「ねぇ、私、貴方を喜ばせてあげられたのかな?」
そんな囁きを耳に、ファレルは男として博士に怒るべきか感謝すべきか悩む。
そんな再会がある一方、リニクを助けに来たはずのグリクは戦い半ばに次元の間に消えていた。
「ごめんなさい。私達との戦いで傷ついてなかったら‥‥」
「‥‥嘘、つき‥‥。必ず、来るって‥‥いった、のに」
メアリーの謝罪も聞こえず、涙に暮れるリニクの頭に、ポンと手が置かれる。その手の感触は。
「‥‥フィル?」
「フッ、グリク・フィルドライン、地獄の底から舞い戻ってきたわ」
驚愕する一同。もう慣れているのか真琴はあまり驚いていない。
「な、なんで?」
目をぱちくりするメアリーへ向き直ったグリクはにっこりと笑った。
「とりあえず、我が最愛の妹・リニクを泣かした罪は一番重い!!」
「こ、この技はマグロアッパ−!?」
アゴを見せて見事に吹っ飛ばされたメアリーが、放物線の頂点で別の打撃に撃ち落される。
「この先には、私達が通しません」
最上階を守る女幹部達がついにその牙を剥いたのだ。
「字数も惜しいから皆さん同時で構いませんわよ。私の春風の極みで文字通り返り討ちにして差し上げますわ」
刀を抜き放つシャレム。これまでの幾度もの戦いで、傭兵達は『あらゆる攻撃へ切り返す』という彼女の恐るべき能力を知っていた。
「彼女は、俺が」
身構える仲間達を押しのけて、戦う力など無いほどにボロボロの硯が無防備に彼女の前に立つ。
「な、何を」
言いかけたシャレムを硯は固く抱きしめていた。
「もういい、もういいんですシャレム」
殺気のない動きには必殺のカウンターも効力が無い。シャレムの腕がピクリ、と引きつってから武器を取り落とす。
「素敵な目覚めをありがとう‥‥ふふ」
微笑むシャレムの目には感情が戻っていた。その指がそっと、硯の頬を撫でる。
「君は眼鏡が似合うわね。いっそ男の子でもいいかもしれないわ」
「え、ええ?」
硯はいつの間にか伊達眼鏡をつけられていた。
「あなたがスチーム博士? 人質取るなんて卑‥‥」
博士へと向いていた薫が数歩飛び退る。彼が寸前まで立っていた所にチェンソーが突き刺さっていた。
「判ってるでしょう? 貴方は致命的な間違いを犯したのよ」
昏い笑顔のみづほに、薫は首を傾げる。
「みずほさん。何故貴方が敵に?」
「またその名で私を呼びましたね。行きなさい! 私の可愛いてんたくん!」
みづほが叫ぶと、ふわもこの人形がチェンソー片手に歩きだす。このBaGuAの塔ではかみをも屠りそうな迫力だ。
床を破砕したチェンソーが、そのまま振り回される。薫は確実に追い詰められていった。
「安心して下さい。ちゃんと桜の下に埋めてあげます」
みづほが笑う。その瞬間。
「そこまでや!」
星の出そうな勢いでクレイフェルのハリセンがひらめいた。思わず止まったみづほの頬を、八雲が叩く。
「みづほさんには分かるはずです。改造され、戦いたくもないのに殺しを強いられる物の気持ちが!」
それは、改造人間の八雲なればこその言葉だ。背景でホアキンが遠い目をしているが、あえて突っ込みはしない。
「そうよ、ぬいぐるみは友達、怖くなんかないんだから!」
取り返した自分のぬいぐるみを抱きしめながら、アイシャも笑顔で言う。
「そ、そんな。私が間違って‥‥。ああ! てんたくんが泣いている?」
無理に動きを止められたぬいぐるみは、大量に冷却水漏れを起こしていた。人形にすがりつき、みづほも涙を流す。
「ごめん、ごめんねてんたくん。私が間違っていたわ」
「分かればいいんですよ、みず‥‥」
皆まで言う前に、ハリセンや拳、その他諸々が薫を沈黙させていた。
「では、私がお相手しよう」
立ち上がった博士の強さは予想以上だった。グリクと真琴の合体攻撃を物ともせず、改造人間軍団の連続攻撃さえも切り抜ける。攻撃を仕掛けるたびに、床に横たわる仲間の数だけが増えていった。
「ならこれでどうだ!」
闘気をためるレオンへと向き、無造作に博士は髪をかきあげる。
「無駄だ、私に1度見た技は通用しない。そして、これがシャイニングフラッシュだ!」
眩い閃光。倒れるレオンの耳には誰かの声が聞こえていた。
『立て! 立つんだレオン!!』
「‥‥親父?」
ハッと見上げた視線の先にはレオンを冷たく見下ろす博士。今の声は幻聴か、それとも。
「まだ、立つのか? レオン」
その声が、幻聴と重なる。
「そ、そんなっ! 親父がスチーム博士だったなんて‥‥」
明かされた悲劇。仲間達も驚きに目を見張った。だが、レオンは悲しみを力に変えて、立つ。父ならば、それを止めるのは自分の役目だと。
『――君なら、出来る』
2階で倒れたままのレティが優しく微笑む。その瞬間。
「白き幻獣よっ! 俺に力を貸してくれっっ!!」
力強く目を開いたレオンの背後に、獰猛な爬虫類のビジョンが浮かんだ。
「何、新たな力に目覚めたというのか! ‥‥だが、それでもこの技は破れまい」
再び髪をかきあげようとする博士。その動きよりも更に早く、白きワニが宙へと舞う。
「シャイニングフラッシュは頭髪と引き換えに得られる魔性の技だ。スチーム博士のそれは死角が無い。が、今の彼はまだ‥‥」
ホアキンが見守る中、灼熱の光芒をレオンは飛び越えた。そのまま、拳を振り下ろす。
「はっ! つまりあの博士は」
「そう、別人だ」
博士の皮膚に無数のヒビが入り、砕けた。その下から現われた素顔は。
「――強くなったな。君達では、無理だと思っていたが。私の予測を超えていたのだな」
UNKNOWN。謎の男が、博士に成り代わっていたのだ。しかし、その真意を知るにはもう時間というか字数が無い事が誰の目にも明らかだった。
「――本当のスチーム博士は。私よりも強い。狂った彼を止めてくれ。――私の父を‥‥」
「ちょっと待て、親父! ということは博士は俺の‥‥爺ちゃんか!」
更に驚愕の事実を突きつけられ、膝をつくレオン。
「園長! こんな大きなお子さんがいるなんて聞いていませんわよ?」
どういうことか、と問い詰めるファルル。全てを聞こえない振りしたまま、UNKNOWNは静かに目を閉じる。
「君達だけが希望だ。君達だけが‥‥私の子供達よ‥‥」
無理やりいい話に纏めようとする彼の背後で、玉座がもぞもぞと動き出していた。
「スカートの中のぞくな」
げしっ、と打撃音。その反動で玉座が揺れて、倒れる。中から這い出してきたのは、迷っていたのもじと和羽だった。
「子供、『達』ですって? 他にもいるんですか!」
静かに眠りたそうな園長の襟首を掴んで問い詰めるファルル。
「お前か? 冷蔵庫に取っておいた、俺のプリン取ったのは?」
周囲を見渡した和羽が、UNKNOWNを指差したのはそれと同時だった。
「いや、子供達と言うのは園児達という事でだな。プリンは知らな‥‥」
「「男の癖に、言い訳するなぁぁぁっ!」」
和羽のハリセンと、ファルルの電撃鞭が唸りを上げる。致命傷だった。
「君達と過ごした日々は‥‥楽しかった、な。ありが‥‥」
「お、親父ィィ!」
ガクリと倒れる父。慟哭する子。どうせそのうち生き返るわよ、とか心臓取っとく? などというクールな一部の人々。お約束のように、ゴゴゴゴと塔が地鳴りを上げ始めた。
「いかん、崩れるぞ!」
字数が足りないのでおざなりに脱出していく能力者達。
「はっちー、もう離さないからね!」
「てんたくん‥‥」
ある者は大切な相手の手を2度と離さぬようにしっかりと握り締め。
「プリン、俺のプリンが!」
「ええい、あなたも蟹座ならしゃんとしなさい! 語尾にP! つけるとか!」
ある者は、気まぐれすぎる運命が結びつけた糸に翻弄されながら。全てが瓦礫に飲まれていく。だが、これが最後の週間少年ネタとは限らない。能力者達の戦いはまだ始まったばかりなのだ。
1万文字以上のご愛読ありがとうございました。紀藤先生(?)の次回作に御期待下さい。