タイトル:黒い暴風マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/13 21:43

●オープニング本文


「残念だ。実に残念だよ、ドールマン曹長」
 遠くで誰かの声が聞こえる。ああ、それが俺の名前だ、と男は醒め行く意識の中で他人事のように思った。
「君はもう助からない。だが、君の望みは叶えよう。この力で‥‥、小さな弱い連中を思う存分潰したまえ。命の続く限り」
 ああ、それはいい。丸太のようになった腕を眺めて、男は笑う。これでチビどもを嬲り殺せる。
(‥‥だが、何故殺さなければいけなかったのだろう?)
 一瞬だけ浮かんだ疑問は、すぐに凶暴な何かに塗りつぶされた。バサバサと何かの羽音だけが聞こえる。
『ぐるるるるるる』
 低い、唸るような声が喉からでる。その声に覚えた違和感も、すぐに消えた。


 傭兵達が揃ってからも、広報部の女は目をつぶったまま、少し顔を伏せていた。
「‥‥依頼の話に入る前に、少し時間をくれ。引き受けるかどうかはその後でいい」
 女は長い黒髪をうっとおしげに片手で払うと、手元においてあったファイルを机上に広げる。トレードマークの細い眼鏡越しの視線は、少し感情を読みづらい。
「これは、ある能力者から私にあてられた手紙だ」
 個人的な物だと思うには、色も素っ気もない封書である。書かれた日付は、シカゴ攻略作戦の最中だった。
「書いてあるのは奴の同僚の話だ。かつて、自分と部隊を救う代わりに軍を抜けた、と手紙には書いてある」
 時は、SESの人体への適用がまだ軍での実験段階だった頃。適性が認められた彼らは初期の特殊部隊員として活躍していたらしい。だが、それを快く思わない者もいたという。とある作戦で、彼らに下された命令は過酷だった。
「バグアの防衛線を確認するために、少数の能力者達で向かえ‥‥、というものだ」
 今よりもミリタリーバランスがバグア側に傾いていた時期のことである。その命令は自殺しろというのと同意義だった。それでも、その死に意味があるならば、彼らは甘んじて死地に赴いたやも知れない。だが、現実は戦争映画よりも薄汚かった。
「能力者やそれに関連する新技術が邪魔な連中がいたんだよ。その上官は、とある古い軍需関係の会社に買収されていたのさ」
 手紙の主達の調査によってその事実を突きつけられた上官は、『お前たち化け物が人間の為に死ねるんだ、良かったじゃないか』と言い放ち‥‥、男達は気がつけばその上官を殺していたのだと言う。
「上官殺害は軍法会議行きだ。裏からも手が回っていたようだから、事が公になれば部隊全員銃殺にされただろうな」
 煙草へ手を伸ばしながら、女は言葉を続けた。
「で、一人で罪をかぶった男がいる。そいつの名前はジェイク・ドールマン。‥‥通称はジェドと言ったらしい」
 紫煙が宙に漂う。
「‥‥前回、私からの依頼で傭兵諸君に戦ってもらった能力者の片割れだ。依頼した時点では、こんなウラは知らなかったんだがな。そんな事は何の言い訳にもなるまい‥‥。ジェドと言う男が犯罪者に堕ちた事の言い訳にも、調査不足のまま依頼をした私の言い訳にも、な」
 女は自嘲気味に笑った。
「手紙の男は、別に私とは親しかったわけではない。数度、職務で組んだ程度だ。全くもって迷惑な事だよ」
 ことり、と音を立ててファイルの上に置かれたのは何の変哲もない1発の銃弾と、SES機構を搭載していない普通の拳銃だった。「その男が送りつけてきたのが、これだ」
 ジェドを殺して欲しい、と手紙にはあったのだと言う。UPCから離れて活動を続けていれば、メンテナンスも受けていない彼の身体はいずれ限界を迎えるはずだ。いや、既にどこかがおかしくなっているのだろう。手紙の主も、それは理解していたようだ。
「記録上ではある時点から常軌を逸した残虐性を見せている。‥‥副作用に脳がやられていた可能性もあるな。いずれにせよ、もう手遅れだ」
 その男が、数体の蝙蝠型キメラと共にイタリア北部の街道上で目撃された、と女は言う。近隣の集落への距離は数キロ。その気になれば十分程度でたどり着ける。
「キメラと共にいると言う事は、バグアに自分を売ったと言うことだろう」
 女は能力者達へと向ける顔には表情はなく、ただ疲れたような目だけが印象的だった。

「ここからが依頼だ。奴が何らかの行動に出る前に処理‥‥、殺して欲しい」
 傭兵の中の誰かが、手紙の主へ情報を聞きにいきたいと告げると、女の目の影がやや増す。
「死んだそうだよ。デトロイトへの撤退戦の最中にな」
 宿舎に残された遺品から、女宛の手紙が見つかったのだそうだ。その男が、ジェドの所属部隊の最後の生き残りだったという。
「迷惑な話、さ。知らないほうが楽な話ばかりが勝手に集まってくるからな」
 お前たちにも背負い込ませる事になってすまないな、と女は乾いた笑いを浮かべた。

●参加者一覧

ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG
南部 祐希(ga4390
28歳・♀・SF
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL
リーゼロッテ・御剣(ga5669
20歳・♀・SN
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
イリアス・ニーベルング(ga6358
17歳・♀・PN
草壁 賢之(ga7033
22歳・♂・GP

●リプレイ本文

●任務への道程
 ゼラス(ga2924)の先導で一同は街道を行く。今回は自分達と同じ能力者を殺さねばならない。その事への思いは幾人かの足取りを重くしていた。中でも、リーゼロッテ・御剣(ga5669)の表情は暗い。前回の遭遇でジェドを逃がした事への後悔から、後始末のこの任務にも志願したが、彼女の中ではまだ、人間へと力を向ける事の迷いが残っていた。
「戦うしか‥‥ジェドを救う道ってないのよね‥‥」
 リーゼの呟きに、草壁 賢之(ga7033)が頷く。リーゼの見せる迷いは彼の中にもある物だった。軍にいた頃の真っ直ぐな心が無くなってないなら、狂えるジェドをせめて正気に返してやりたいとも思う。だが、その甘さが隙になる事も、彼は知っていた。
「‥‥うしッ。自分で尻が拭けない事ほどカッコ悪い事はないし。前回の分、ここでケリつけますか‥‥ッ」
 僅かな迷いを振り払うように、賢之は左の拳を右手に打ち付ける。
「前回逃げられてますし、これ以上罪を重ねる前に、片をつけないといけませんね?」
 前の事件では賢之と組んでジェドにあたっていた神森 静(ga5165)は、彼のように悩んではいなかった。ジェドの事情は認めつつ、それでも処理すべき敵である事は変わらない、と彼女は思う。その本心は謎めいた薄い微笑に隠されていた。
「あの時‥‥の‥‥あいつ‥‥」
 リーゼの横を歩くリュス・リクス・リニク(ga6209)も、ジェドの暴走を止めるには、もはや命を奪うしかないと思っていた。幼いながらも、辿りついたその結論に潰される様子は無い。まるで過去、それ以上に凄惨な何かを見ていたかのように。
「かれの事情に理が無いとは申しません。ですが、それでも‥‥」
 周囲のキメラを叩く役目を、リニクとリーゼと共に担う南部 祐希(ga4390)は、奈落へ堕ちたジェドの道行へ理解を示しつつも、それを強く否定する。能力者がどうあるべきか、自らの信念をもって彼女はその道を誤った敵を討とうとしていた。

「この辺りのはずだが‥‥?」
 歩調を緩めたゼラスが鋭い眼で周囲を窺う。時刻は夕暮れ。視界は良くはないが、灯りを必要とするほどに暗くはない。アッシュ・リーゲン(ga3804)も辺りを見回しながら、依頼を受けた時の事をふと思い出す。

『同情の余地はあるがそれ以上の罪を犯している、イカれて様が関係は無ぇ。止めてやるよ、息の根を、キッチリとな』
 やはり前回、敵の逃走を阻めなかった事をアッシュも気にしていた。そして、道を踏み外したジェドは既に殺すしかないと覚悟もしている。
『そうだな、それしかあるまい』
 疲れたように囁いた依頼主の女の前へと、アッシュは手を伸ばした。
『それでアンタが背負わされた余計な荷物、カルくなんだろ?』
 ゆっくりと眼を上げた黒髪の女は、薄く笑ってから。
『そうだな、これでよく眠れるようになりそうだ。感謝する』
 そう、小さく呟いた。

●理性無き標的
 陽が更に傾く。どこからともなく、微かな羽音が聞こえてきた。その音の方を見れば、大柄な、そして異形の男が立っている。街道の脇に、まるでバスを待つ乗客のように無造作に。その周りを舞うキメラが夕日に浮かぶ。
「目標を確認、ここで確実に仕留めよう」
 アッシュの囁きに、一同は各々の得物を引き抜いた。そして、覚醒。
『グルルァア?』
 向き直った男の目に、理性の色は皆無だった。明らかに肥大した上半身は左右非対称で、右腕がいびつに膨張している。その手には異様な鉤爪。そして肘から手の甲へ向けて剣状の何かが突き出ていた。
「既に獣と同義か。‥‥誇りを失って生き延びる事ほど、人として愚かしい事はない」
 イリアス・ニーベルング(ga6358)が吐き捨てる。その声に含まれるのは幾ばくかの落胆と、憐憫の情だった。
「また、会ったな? そろそろ、楽にしてやろう。全力でいかせてもらう。覚悟は、いいな?」
 冷たい表情の静の声にも、ジェドは特に反応を返しはしない。
「あんたの根源がどうなってそう歪んだのか知らんがな‥‥こっちにも譲れねぇもんがあんだよ」
 呟きながら、ゼラスがゆっくりと間合いを詰める。その左右を静とイリアスが固め、アッシュはそのすぐ後ろについていた。前衛集団のやや後ろには賢之が控えている。前衛が敵の注意を引く間に、リニクとリーゼが街道を逸れ、左に回りこんだ。相手の退路を断つ事を狙う祐希は2人とは逆の右側へ向かう。そんな包囲の動きに気付いているのか否か、ジェドは腕をだらりと下げたままゼラス達の歩みを眺めていた。
「‥‥悪いが、ここを終着駅にして貰うぜ? 何もねぇ、殺風景極まりねぇとこだがな」
 ゼラスが声と共に最後の間境を駆け抜ける。キメラからの音波衝撃が飛ぶが、彼も、そして続く静とイリアスの2人もその足を止めはしない。ゆっくりと豪腕をあげたジェドへ、賢之とアッシュからの牽制の銃弾が撃ち込まれた。
『ガウァ!』
 振り回した腕をくぐりぬけた弾丸がジェドの胴に食い込む。無傷とはいかないが、それほど効いた様子は無い。だが、その間に前衛陣はジェドの正面へと辿り付いていた。ジェドが振り回した爪をゼラスがディガイアで受ける。逃がしきれなかった衝撃が腕を軋ませるのを感じながら、ゼラスは笑った。
「暴れたりねぇか? なら俺と踊ろうか! 常世で舞う最後の宴だ!!」
 受け流しで低くなった態勢から、跳ね上がるように縦へと斬り上げる。とっさに受けが出せなかったジェドの足から、真っ赤な鮮血があがった。だが、ゼラスの受けたダメージも大きい。

 側面に回りこんだ祐希は、蝙蝠キメラめがけて矢を放つ。貫かれたキメラはそのまま落ちた。続いて放った二の矢を受けたキメラも。事前情報どおり、随分と弱い敵のようだ。逆側からはリニクの弓音と共に、リーゼのサブマシンガンの音が聞こえてくる。
「‥‥ッ!」
 リニクの矢は一匹を落としていたが、リーゼの弾幕は蝙蝠の張るフィールドに阻まれ、敵へと届かない。リーゼはまだ覚醒していなかった。覚醒せずに使えば、SES武器もただの兵器に過ぎなくなる。だが、己の中の迷い故に、彼女は力を解き放つ事を怖れていたのだ。そんなリーゼの手に、そっとリニクが触れる。
「がんばって‥‥。リニクの、優しい姉さま‥‥」
 子猫のように見える少女の声は、リーゼの中の迷いも見えているようだった。リーゼは小さく頭を振り、雑念を追う。少なくとも、今から撃つ相手は人間ではなく、蝙蝠型のキメラなのだから。
「リニクちゃん! 私達姉妹の連携攻撃。見せてあげましょう!」
 黄金の髪色に変じたリーゼを見上げて、白髪の少女は嬉しそうに頷いた。

●その眼に光は戻り、されど‥‥
『ぬうっ』
「‥‥チッ!」
 踏み込み、切り込んだゼラスが舌打ちする。血が少ない。ジェドとの打ち合いはやや分が悪かった。相手の動きを見て自分の攻撃を合わせていく戦い方は、決して持久戦向きではない。せめて数人で分担すればよかったのかもしれないが、ジェドの正面で積極的に敵をひきつけようとしたのは彼1人だけだった。結果として、敵へ相応の反撃を与えつつも、ゼラスはそれ以上のダメージを受ける事になる。
「ここから先へ‥‥行かせる訳にはいかねぇ!」
 彼がそれでもまだ立っていたのは、北に‥‥アルプスを越えて先にある故郷へ戦禍を近づけたくはないと言う覚悟ゆえだった。しかし、覚悟だけでは戦い続けられはしない。よろめいた彼をジェドが見下ろした、瞬間。
「せめて苦痛なく冥府へと送る事‥‥これが私に出来る最大限の手向けだ、曹長」
 隙を見て一足でジェドの背後へ回ったイリアスが、紅蓮の炎を纏った一撃を加える。痛撃ではあるが、まだ敵は余力を残していた。裏拳気味に振るわれた爪が少女の身体を裂く。
『曹長‥‥、俺のこと、か』
 振り回した己が腕をまじまじと眺めるジェドの周囲へ、矢弾が降り注いだ。見渡せば、既に蝙蝠キメラの姿はない。後背へ回り込んだ祐希とリニクの弓音が、アッシュと賢之の銃声との間に危険な四重奏を奏でた。
「勝手に耳に入ってきた話だけど‥‥あんた、リムジンで赤絨毯に乗り付けられるような悲劇を歩んできたんだな‥‥」
 賢之が銃弾を送る合間に呟いた言葉は、ジェドへの同情に満ちている。しかし、それだけで終わるものでもない。
「けど、こっちの仲間も、俺も、譲れないもんがあるみたいで‥‥」
 迷いは迷いのまま。賢之は目の前の『敵』を見据える。
「これ以上暴れるなら全力で、抵抗する‥‥ッ!」
 殺すではなく、抵抗。叫んだ賢之の銃弾を受けつつも、ジェドは彼から視線をずらした。
「貴方が変わったのは能力者になったからではない。‥‥憎しみで人を殺したその瞬間に、貴方は化け物と成り果てたんだ」
 ナイフも銃もエミタもKVも、そしてこの矢も。委ねられた力は守る為にこそ振るうべきだ。淡々と言う祐希の言葉は、その矢と共に背後からジェドを突き刺す。瞬間、爆光が周囲を照らした。
『ぐおっ!?』
 ゼラスとアッシュの攻撃で既に血にまみれていた脚が揺れ、ジェドが膝をつく。しかし、倒れない。その脚がゆらりと再び大地を踏みしめる。
「逃がさないわ!」
 前衛を援護しようとサブマシンガンを構えるリーゼをジェドは一瞥した。僅かな視線の交錯で、非情に徹しきれない彼女の心を見抜いたように敵は唇を歪める。既に力を失っているはずのジェドの脚がゆらりと揺れた。瞬天速、前回のジェドが逃走のために使った技だ。撃てない彼女の守備位置を抜けようというのか。リーゼを庇うように、リニクが半歩前に出た。
「甘い、前回は、逃げられたんだ。そう同じ事繰り返すと思うか?」
 以前の教訓を胸に、蛍火で切り込んだ静の目が驚愕に開く。彼女が切りつけたのは逃げようとする敵の背ではなかった。爪の閃きを置き土産に、ジェドは中衛に位置していたアッシュへと歩を詰める。
「‥‥そうかい。アンタ、死にに来るんだな」
 アサルトライフルを構えたアッシュは、突進してきたジェドを照準に捕らえたまま小さく呟いた。それから、その真紅に変じた目に力を込めて、叫ぶ。
「これを食らって尚耐えられるか、見せて見ろ!!」
 銃弾はジェドの胸部を貫き、それでも突き出された凶爪はアッシュの身体を深々と抉っていた。ぐらりと崩れた怪人が地に伏せる寸前、ゼラスがその腕を捕らえた。
「何故、手を抜いた?」
 止めを刺そうと思えば刺せたはずだ。ゼラスの問いに、ジェドは小さな含み笑いで答えた。
『仲間を‥‥死なせるわけにはいくまいよ』
 虚ろな視線が、自分ではない誰かを見ていることにゼラスは気がつく。
「あんたのお仲間は全員一足先にあの世に行っちまったぜ。あんたもいい加減仲間に会ってきな。もしかしたら‥‥歓迎されるかも知れんぜ」
 そのゼラスの声は遠ざかるジェドの意識に届いていただろうか。
「悪夢は終わりだ、そのまま眠るが良い。‥‥君に良き死が与えられん事を」
 イリアスが小さく呟く。敵ではあった。その意味では、キメラやバグアと同じはずだ。だが、それでもこの敵がかつては同じ能力者であったという事は間違いない。そっと地に横たえられたジェドの脇に、アッシュが膝をつく。その手には、黒髪の女から受け取った銃が握られていた。
「ドールマン、貴官の作戦は既に終了している、戦友の待つ場所に帰還せよ」

     タン

 乾いた銃声が、かつては人間だった男の生命を終わらせた。その魂は最後の時を人として終えられたのだろうか。
「‥‥その魂よ‥‥安らかに‥‥」
 そっと祈りを捧げるリーゼの手を握り、リニクも項垂れる。聞き出したいことへの答えは得られなかった。それ以前に、聞けるような状況も無かったのだが。
「能力者の力って何なのかしら‥‥本当にこの力は世界を救えるのかしら‥‥?」
 リーゼの声が耳に痛い。ただ、男の右手指に見える指輪。アレは何なのか。大きさこそ違えど、少女の胸に揺れるそれと同じ物ではないのか。駆け寄って確かめたい衝動と、その恐怖と。そして、唇を噛む『姉』、リーゼの震える指先との間で、リニクの心は揺れていた。
「皆様、お疲れ様でした。ふう、やりづらかったですね?」
 さらりと言う静。その心中では、ジェドが最後に正気に戻れたかどうか、そして安らかに眠れたかどうかを案じていた。そんな仲間達の後ろで、祐希はただ静かに瞑目する。自分は、その力を振るう相手を間違えずにいれるだろうか。自問の結果は、力強い肯定。心の奥底にある臆病さを押し隠しつつ、‥‥まだ、自分は戦える。

 辺りを残光がほの暗く照らす中、脱走兵、ドールマン軍曹の事件はその幕を閉じた。それぞれの想いと覚悟を胸に、能力者たちは帰路へつく。明日からの戦いのために。