タイトル:マドリード制圧戦・前衛マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/20 23:48

●オープニング本文


 スペインの首都、マドリードは先の作戦でバグアの侵攻を受け、その影響下に置かれたとされている。だが、先だってのグラナダ強襲の陽動作戦での敵の様子を見る限り、まだ戦力展開は甘いようだった。それゆえに、このタイミングで軍はマドリードへの攻撃を決定したのだ。

 だが。
「フン。もぬけの空、か」
 僅かの抵抗も無く、ベイツの連隊はマドリードの北に歩を進める。抵抗らしい抵抗も無く、時折偵察らしいワームが飛来しては追い払われるのみ。そんな戦況に、ベイツは敵の作為を感じていた。バグアの物ではない、人間の意志を。
「‥‥護る物を背負えば戦いづらくなる。マドリードを迂回、南に防衛線を構築しろ。敵に付き合って市街戦をやる必要は無い」
 だが、彼の指示はやや、遅きに失した。
『‥‥マドリードの南、伏兵です。キメラ3を確認‥‥。うお、撃ってきやがった!』
『東方より大型ワーム飛来。こっちの射程外でキメラをばら撒くつもりだ! 空軍は何をしている!?』
 入る情報は悪い物ばかり。大佐は無線の通話先を切り替えた。
「‥‥こちらベイツ。だいぶ早いが、切り札を切る。待機中の彼らに連絡を。それから禿鷲に出し惜しみするなと伝えろ」
 東側に出来る事は彼の隊には無い。そう割り切った大佐は、部隊を南へ向けた。防衛線を作り上げるための隙は傭兵達が作り上げるだろう。それだけの信頼を与えるに相応しい動きを、これまでに彼らは示していた。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
クレイフェル(ga0435
29歳・♂・PN
セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
優(ga8480
23歳・♀・DF
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP

●リプレイ本文

●事前調査
 少人数ゆえだろうか、指定されたマドリードの南方付近に傭兵達が到着したのは、ベイツ大佐の部隊主力よりも幾分早かった。真っ直ぐに南へ続く路面。そこを東にそれてから数メートルも入れば、報告通りの湿地が広がっている。襲撃を受けたという地点から1kmほど後退した地点で、一行は現地の先行偵察隊と合流していた。
「湿地帯か‥‥沼とかに足を取られて動きづらそうですね」
 兵士から話を聞いていた鏑木 硯(ga0280)が困ったように言った。マドリードの生まれだという兵士によれば、この辺りの湿地は広いが極端に深い場所は無いらしい。とはいえ、浅い所で足首、深いと腰くらいまでが浸かるハメになるとか。
「うー。ホンマに足場悪いのなぁ‥‥」
 ならばとばかりに一歩踏み出してみたクレイフェル(ga0435)が実に嫌そうな顔で報告する。湿地向けの靴を用意していた傭兵達はともかく、そうでないと足元が少し嫌な感じになる予感がひしひしだ。
「‥‥晴れて、良かったです」
 空を見上げた表情からは分からないが、セシリア・ディールス(ga0475)はどうやら安堵しているらしい。ふと落とした彼女の視線が湿地に点在する草むらにとまった。
「‥‥蛇は、草の下に、‥‥隠れるでしょうか‥‥?」
 身を潜めるならば何かの影、という考え方もあるし、水面下を蛇が通れば揺れるやも知れない。念のため、セシリアは近くの茂みの位置を確認していった。
「沼が深い場所とかはわかりませんか?」
「自分も詳しい場所までは‥‥。道の周囲は間違いなく堅い地盤ですけれども」
 硯へとすまなそうに頭を下げる兵士の年齢は彼とさほど変わらない。
「敵の攻撃を報告したのは君かしら? その時の様子を聞かせて欲しいんだけど」
 そう声をかけたシャロン・エイヴァリー(ga1843)の夏向きな服装に、若い兵士はどぎまぎしつつも状況を説明した。敵は報告にあったとおり3匹で中型クラス、攻撃はヒットアンドアウェイだという。
「‥‥頭を出して光の弾を撃ってくるんですが、その後すぐに引っ込んで移動するんです」
 ライフルや重機関銃が向いた時には、その場所には既にいないのだ。どっちに移動したのかもわからないとあっては追い討ちをかけるのは難しい。キメラの手数が少ない分、襲われた際の被害は少なかったようだが、南への道は一本道。襲撃を受ければ進軍は簡単に止まる。
「狙いは足止め‥‥でしょうか」
「そうね。キメラがそこまで頭が回るはずは無いけど」
 さしづめ、生き物というよりはそのように条件付けられた兵器なのだろう。2人と兵士の会話を聞きながら、国谷 真彼(ga2331)は興味深げに頷いていた。
「背後に誰か居るとしても、敵を殲滅するだけです」
 ただのキメラ退治とは違う気配を感じつつも、優(ga8480)は毅然と言う。バグアに連なるもの、即ち彼女にとっては敵だった。前を見据えるその眼光は、手にした月詠の如く研ぎ澄まされ、鋭い。
「‥‥そうですね。できる事をやっていくしかない」
 己に言い聞かすようにリュドレイク(ga8720)も呟く。敵が湿地に隠れ潜むと聞いた彼は、今回は敵の位置を探る事に専念すると決めていた。
「エキスパートがいてくれて心強いわ」
 クレイフェルがニッと笑う。『探査の目』を使ってもなお、リュドレイクより彼のようなベテラン傭兵の方が鋭い感覚を持っているかもしれない。しかし、いくらベテランといえど、攻撃の片手間に気を配る事は容易ではないのだ。
「今日はみなさんのレーダーですね」
 リュドレイクの笑みには、影は無い。敵の発見は、今回の作戦で最重要な役目だった。
「‥‥ん。よろしく、‥‥ね」
 自分よりも大きな弓をしっかりと抱えたリュス・リクス・リニク(ga6209)が、青年を見上げて微笑む。彼の合図を受けたリニクが、敵の潜伏地点へと弾頭矢を打ち込むというのが今回の敵に対して傭兵達が立てた作戦だった。水中での爆発はフォースフィールドに守られたキメラに実ダメージを与える事こそ期待できないが、いきなり殴られたような衝撃に驚く事は間違いない。
「リニク、一緒に戦うのは初めてやけど、今回はよろしゅーな!」
 言いながら、クレイフェルが差し出したのは数本の弾頭矢だった。
「‥‥ん」
 クレイフェルに頭を撫でられたリニクが嬉しそうに笑う。実は、今回の仲間の幾人かはクレイフェルにとって旧知の仲だったが、いずれも戦いを共にした事は無かった。
「私も、手持ちの分は渡しておくわね。バンバン使っちゃって!」
 ウインクしながらシャロンも弾頭矢を渡していく。元々持って来ていた分とあわせると、小柄なリニクは弾頭矢に埋もれてしまいそうだった。
「‥‥無くなったら、言ってください」
 用意していた弾頭矢をセシリアがもそもそとしまいこむ。前衛で切り込む2人と違って彼女の立ち位置はリニクから近いはずだ。戦闘中でも、受け渡しに支障は無い。
「御武運を」
 兵士達の敬礼に送られて、傭兵達は南へと進む。

●ハッパ漁は禁止されています!
「‥‥いますね。どこかはまだ分かりませんが」
 リュドレイクがそう告げたのは、進みだしてから十分も経たぬ頃だった。湿地の方へと慎重に足を踏み出す。仲間達の貴重な目である彼をガードすべく、シャロンと優がエスコートした。
「両手に花、ですか。羨ましいですね」
 ふふふ、と笑いながら真彼が後に続く。彼の役割は射手のリニクを守る事だった。同様に後衛位置のセシリアと、戦闘がはじまれば先鋒役になる硯、クレイフェルも路面から離れて湿地へ向かう。
「1匹見つけました。あそこです」
 リュドレイクの声に、リニクが頷いた。弓を引き絞り、放つ。山なりに飛んだ弾頭矢はぽちゃりと水面に沈みこんだ。ややあって、盛大な水柱が上がる。
『‥‥!?』
 薄緑の大蛇の身体が驚いたようにのたくるのが見えた。続いてもう1射。今度は湿地の側に撃ち込む。キメラは爆発音がする方角から逃れるように移動してから、再び湿地へ沈み込んだ。
「隠れても無駄ですよ。はっきりと俺の目には見えています」
 薄く笑ったリュドレイクの導きで、更に弾頭矢が撃ち込まれる。再び岸の方へと追いやられたキメラが、腹ただしげに鎌首をもたげた。
「やらせはしません」
 優の感情の失せた瞳は冷静にキメラの放った攻撃を見切る。彼女はリュドレイクを狙った光弾の軌道上に我が身を滑り込ませた。
「‥‥っ」
 弾けた閃光は、彼女の体力を応分に削り取る。しかし、受けた傷のほとんどは、待ち構えていた真彼の練成治癒で即座に癒された。
「‥‥当たるといいです、が‥‥」
 ハンドガンを構えたセシリアがキメラへと銃弾を送る。狙いはそれず、敵の表面にペイント弾がばしゃりとどぎつい色彩をつけた。だが、湿地にもぐられるとペイントはすぐに見えなくなる。泥まみれのこの状況では、さほど目印として有効ではないようだ。
「ペイントは駄目でしたか。残念です」
 その僅かな合間に、同じようにペイント弾を用意していた硯が弾を入れ替える。クレイフェルも弓に矢をつがえて攻撃を加えようとした。
「っと、もう1匹、ですか!」
 その時、予想外の角度から飛んできた光弾に、覚醒でやや口調の変わったクレイフェルが驚きの声をあげる。爆発にまぎれて近づいてきていたもう1匹が攻撃に転じたのだ。光の弾は、ちょうど射程内にいた硯を狙っていた。回避には自信のある彼も、さすがに不意をつかれてはかわす事が難しい。
「2匹目‥‥!」
 硯がお返しにと銃を構えた時には、2匹目のキメラは水面下に姿を消していた。敵が先手を取った分だけタイミングが遅れたようだ。
「‥‥もう1匹、あそこにいます‥‥」
 セシリアが風も無いのに不自然に揺れた草を指す。シャロンが向き直ったのと、新手の敵がその身を現したのはほぼ同時だった。
「来るのが分かっていれば‥‥!」
 キメラが光弾を放つのと同時に、彼女のイアリスが空を裂く。生じた衝撃波は見事に蛇の胴を捉えていた。そして、リニクへと撃ちこまれた光弾の前へは真彼が割って入る。
「おや、こんなものですか?」
 意外そうに呟いた真彼の怪我は無傷とはいかないが、せいぜいかすり傷程度だった。
「‥‥痛く、ありませんか。そうですか」
「ああ、遠慮せずにやっちゃって構わないよ、セシリア君」
 治癒の必要の無さそうな真彼の様子に、セシリアが手にした超機械を構え直し、念を込める。向いた視線の先には、光弾を撃ち終えて湿地へと沈みゆく蛇の姿があった。カウンターを狙うならば、敵も味方も一撃づつしか機会が無いタイミングだ。白い輝きが稲妻のように脈打ち、敵を撃つ。
「これもおまけです。とっておきなさい」
 優も、月詠を斜めに薙いだ。敵への遠い間合いを、斬撃の形をした衝撃波が埋める。経験と感覚が伝えてくる確かな手ごたえに、女傭兵は無表情のまま頷いた。

●良い子は真似しないでね!
「‥‥む、残念‥‥。あそこで、おしまい?」
 どうやら、いくら弾頭矢で脅されても蛇は沼地から飛び出そうとはしないらしい。しかし、浅瀬に追い込まれた巨体は全身を隠す事は既にできないようだった。
「大丈夫、あそこなら、十分に戦える」
 武器を剣へ持ち替えた硯が瞬天速で一気に間合いを詰める。飛び込んだ場所は、蛇が湿地へ逃れるのを妨げるような位置だった。靴がやや沈み込むが、動きにさほどの支障は無い。蛍火が薄緑の鱗を縦横へ切り裂く。
『シャアアッ』
 威嚇するように牙を振るうも、光弾程の破壊力は無いようだ。その間にクレイフェルも瞬天速を使って駆け寄り、キメラの退路を遮断した。2人に攻め立てられた蛇は苦しげにのたうち、何とか逃げ道を探そうとあがく。
「蛇だけにしぶとい。頭を潰さないと!」
 硯の声に、クレイフェルが頷く。
「逃がしはしません。大人しく仕留められなさい」
 クレイフェルのルペウスが無慈悲に閃いた。
「もっと暗い場所へ、案内して差し上げましょうか? 真っ暗な死の世界へ、ね」
 囁いた青年の声を、キメラは既に知覚する事はない。力なく水面に浮かんだ死体を見下ろして一息ついてから、2人は再び響きだした爆発音へと向き直った。
「あっちに動きました!」
 リュドレイクの声。
「‥‥隠れんぼ? リニクからは‥‥逃げられない、よ?」
 まだ覚醒はせず、リニクが弾頭矢を撃ち込んでいく。隠れての奇襲でこそ実力を発揮できるキメラにとって、この交戦ははなはだ不本意だっただろう。
「スニークできないスネーク、ですか」
「‥‥すにーく? ‥‥蛇?」
 10歳のリニクには、真彼の冗談はやや難解だったようだ。
「子供にわからないような冗談は不合格です」
 口調が変わっていても突っ込みは忘れないクレイフェル。残る蛇が援護をするように光弾を吐くが、体力に余裕のあるシャロンと優が壁になっているのに加えて、回復役も2名。むしろ、手を出したキメラの方が傷を広げていく。
「牽制のつもりだったんですが、結構効果的なようですね」
 真彼の銃が貫通弾を放った。キメラの鱗をぶち抜いた銃弾は、細い胴をやすやすと貫き反対へと抜ける。
「このまま押し切っちゃえそうじゃない?」
 シャロンのソニックブームが蛇の傷を更に抉った。
「確かに、この火力差ならば効果的です。一気に畳み掛けましょう」
 状況を冷静に見極めていた優も、追撃にもう一撃を加える。
「‥‥一気に、はい、了解です」
 セシリアの超機械からの怪光線も、痛みにのたうつ蛇へ追い討ちをかけた。場所を見切られてしまえば、回復手段を持ち、手数も多い傭兵達が一方的に有利な展開だ。苦し紛れに潜行して場所を動かそうとしても、リュドレイクの目もあり、逃れる事はできない。
「おや、これは‥‥」
 シャロンの3発目の斬撃が飛んだ後、追撃を加えようとした仲間達を真彼が制した。
「‥‥死んで、ますか?」
 草の間に、ぷかりと腹を上にした蛇体が浮かぶ。これで2体目。最後の1体は、弾頭矢の衝撃に追われて岸へと追い詰められていた。
「‥‥知恵があれば、逃げる事もできたのに、ね」
 ようやく覚醒したリニクが静かに笑う。放った矢は、短い交戦の中で蛇体を初めて正確に捉えた。それは、段階が仕上げに入ったことを意味している。
「所詮、獣は獣ということでしょう。ならばこれは戦いではなく、狩りでしかありませんね」
 追い込まれた敵の退路は再びクレイフェルと硯に塞がれ、陸地側からは護衛の役を全うしたシャロンと優が詰め寄っていた。
「これで終わりよ!」
 斬りつけたシャロンと優をまとめてなぎ払うように尾を振り回す蛇。だが、既に大勢は決していた。尻尾の打撃を受けつつも、更に一歩踏み込んだ優が月詠を振り下ろす。それが致命傷だった。

●穏やかな日差しの中で
「大した敵じゃなくて良かったですね」
 自分が手を出すまでも無く戦いが終わった事に、リュドレイクはほんの少しの残念さも感じていた。戦いが自分の周辺まで及べば、試してみたかった攻撃もあったのだ。
「いやいや、リュドレイクがおってくれたからこその結果や。それに、リニクもお手柄やな」
 戦い終わり、覚醒を解いたクレイフェルがニコニコと笑う。靴はドロだらけだが、仲間に傷が無い方が喜ばしい。
「‥‥ふふ、ありがと、ね。‥‥クレイフェル」
 見上げるリニクも笑顔だった。
「この後は、どうするのかな? 僕は少し手伝いをして行こうと思います」
 小さな魚が浮く水面へとしばらく目をとめていた真彼。上げた顔にはいつも通りの微笑を浮かべて、彼は仲間達に問い掛ける。
「‥‥予定はしていなかったけれども、この状態ならばまだ戦えますね」
 真彼の言葉に、優がそう返した。バグアを叩ける機会とあれば、彼女は逃したくはない。
「‥‥蛇は、退治しました‥‥。これから、援護に向かいます‥‥」
 セシリアが無線を取り出し、状況をそう告げる。
『何? もう片付いたのか、ありがたい。応援の申し出も感謝する』
 無線機の向こうからは、大佐の驚きと歓迎の声が返ってきた。
「この成功が、マドリード攻略への支援になれば良いわね。‥‥って、動かないの!」
 浅手を受けていた硯へと手際よく血止めをし、包帯を巻きながら、シャロンが言う。
「‥‥あ、すみません」
 少し恥ずかしそうにしながらも、硯は彼女の手に身を任せていた。今日は一体どうしたのだろう、と思いつつ。
「よし、これでOKよ。‥‥硯、今日は無理しないようにね」
 小声で付け足した後半に、少年はようやくシャロンの気遣いの理由に思い至る。
「さ、行くわよ」
「‥‥はい!」
 照れくささと嬉しさを感じながら、硯はシャロンの後ろ姿を追いかけた。夏の暖かな日差しが傭兵達を照らしている。
「傭兵の皆さん、乗りますか?」
 聞き覚えのある兵士の声。大佐から連絡を受けたのか、偵察隊の車列が再び前進をはじめている。マドリードを巡る熱い季節は、まだ始まったばかりの様だった。