●リプレイ本文
●晴れた空から突然に
マドリード西方のとある衛星都市。バグアの侵攻で放棄されていたそこは、軍によって再奪回され、マドリード奪還作戦の後方拠点となっていた。最前線からは十数キロ離れているとはいえ、時折響く爆音や砲声はここが戦場である事を雄弁に伝えてくる。
‥‥その日、彼らがそこにいたのは偶然だった。が、一部の者はワームの墜落が無かったとしても同じ場所に辿り付いていただろう。
「エレンに会うのも久しぶりね‥‥。元気に、しているかしら」
友人と最後に会ったのは、半月ほど前になるだろうか。リン=アスターナ(
ga4615)は懐かしげに微笑む。
「少尉の顔を見に寄ったら知り合いに会うとは、世間は狭いものでありますな」
横で、年齢に似合わぬ賢しげな事を言っている少年は稲葉 徹二(
ga0163)だ。年齢も性別も違うが、2人はグラナダを巡る戦いで肩を並べた戦友だった。共に戦う事こそ無かったが、エレンも彼らの共通の友である。旧知との再会を前に、路上を行く2人の頭上がサッと翳ったのは、その瞬間だった。
「‥‥何?」
振り仰いだリンの頭上を、炎を上げたワームが斜めに落ちていく。一瞬遅れて、地震のような衝撃が2人の足元をぐらつかせた。
「あの方向は‥‥、まさか」
「‥‥いや、まじすか?」
同じ光景を、別の場所で見た紫藤 文(
ga9763)は、唖然とした様子で口を開く。任務で訪れていた比企岩十郎(
ga4886)も、突発事態を見極めようと周囲の様子に耳を傾けた。
「ワームが墜ちたぞ! 救護班の方だ!」
誰かの声に、慌てて駆け出そうとする周囲の軍服姿。だが、彼らに倍する速さで能力者の2人は走り出した。
「昔、衛生兵と困ってる女性は絶対に助けろって教えられたな‥‥」
独り言のように呟きながら、ベーオウルフ(
ga3640)が走者の列へと加わる。
「見捨て置くわけにはいかんじゃろう」
「そうだな、何があるかわかんねーし。様子、見てくっか」
オブライエン(
ga9542)の声に、作業服姿の百瀬 香澄(
ga4089)も手にしていた資材を脇に置いて、後に続いた。
「金には、なるまいがな‥‥」
プロフェッショナルの冷淡さを瞳に宿しつつも、警察機構に身を置いていた事もある月村・心(
ga8293)も彼らを追う。後方拠点とはいえ、任務の為に立ち寄っていた傭兵の数がそれなりにいたのが幸いした。
「グラたん、どうしてここに?」
白翼を背に靡かせ、路地を駆け抜けたラピス・ヴェーラ(
ga8928)が、ぶつかりかけた相手を認めてきょとんとする。その間も、彼女の脚は休まない。
「‥‥どうしました? ハトがフリージア喰らったような顔して」
隣を駆ける草壁 賢之(
ga7033)が、偶然出会った知人の反応に、面白がるような笑みを浮かべた。
●スライム・キメラの襲撃
狭い路地を、あるいは広い舗装路を抜け、傭兵達が現場に辿りついたのは、体育館の大扉前に衛生兵達が決死の覚悟で並んだ、まさにその時だった。傭兵達から大扉までの距離は50mほど。ワームの残骸から現われたのだろう、粘液質なキメラの位置はその半分ほどだった。
「何だよ、この状況。勘弁してくれ‥‥」
どう見ても戦い向きではない面々が銃を手にキメラに対峙している光景に、賢之が思わずいつもの口癖を漏らす。が、すぐに右拳を手の平へ勢い良く打ち付け、気合を入れなおした。
「あの体育館には非能力者しかいないはず‥‥」
呟いたリンが、さながら白銀の閃光の如く駆ける。注意を引きつけるように、彼女は手近な数匹へとエネルギーガンを撃ち込んだ。緑っぽかったキメラの体色が赤く変わる。
「冗談じゃねェ。話したい事はまだまだあるンだ。死なせて溜まるか」
慣れない様子で銃を構えるエレンを視野に収めた徹二が小声で呟き、走り出した。グラップラーやビーストマンのような移動こそ出来ないが、少年の全力疾走は50mを瞬時に詰める。
「さてと、光速でスライム退治と行こうか」
燐光を引きながら、疾風と化したベーオウルフが後に続いた。リンの隣で大口径のショットガンを放った彼だが、相手が軟体とあってはスペック通りの破壊力は期待できない。
「厄介だな。出来ればこれに頼りたくは無いが‥‥そうも言えないか」
内心で舌打ちしながら、青年はスパークマシンへと持ち返る。
「おっと、こっから先は立入禁止だ‥‥。単細胞生物にはわかんねーか」
稲妻のように間合いを詰めた香澄がキメラ相手に啖呵を切ってから、ぺろっと舌を出す。
「よ、傭兵か? 助かった‥‥」
「ヒーローは遅れて来ると言うけど‥‥、タイミングを外さないのが本物だと私は思うね」
背後の衛生兵の声にそう答える余裕も見せ、彼女は手にしたカデンサをキメラに突き入れた。ダメージはさほど期待していない。間を抜かれぬ事を第一に意図して、香澄はリンとベーオウルフの脇を固める。
「参るぞ」
一声残し、岩十郎も地を蹴った。鉢巻の下から黄褐色の毛が伸び、彼の顔を覆っていく。覚醒した彼は、たてがみも凛々しい雄獅子の獣人だった。音も無くアーミーナイフを両手に抜いた心が無言で続く。2人の立ち位置は、徹二と同じく前衛のやや後方だった。
「‥‥大丈夫のようだな。お前には危険だ。下がっていろ」
扉前にいた一般兵の中、ただ1人の女性だったエレンにそう告げて、心はキメラへと身構える。
「怪我人はいるか?」
「は、はい。中に‥‥」
岩十郎の声に、エレンがようやく言葉を返した。
「前衛が出来たから此方は後衛が合流次第更に下がれ。此処から前に出るな、キメラを吹き飛ばすから」
両手剣で地面に直線を刻むと、彼はその背後で仁王立ちになる。一歩も通さぬ気迫でキメラを睨む彼は、獅子の風格を漂わせていた。
「この場は私たちが護ります。ご安心くださいませ」
超機械を仕込んだ短刀を抜き放ち、駆け寄ったラピスに、軍医中佐はしっかりと一度頷く。
「ありがたい。少尉、下がるぞ。ワシらは邪魔じゃ」
「はい。‥‥ありがとう、皆さん」
だが、一般兵達が下がろうとするより早く、キメラが蠢いた。ぬるぬると這いずるような動きの癖に、意外と素早い。最初のキメラの動きが前衛に遮られた直後、側面から猛烈な射撃が撃ち込まれた。
「勘違いすんな、こっちが相手だからな」
気の抜けたような印象は影を潜め、文が強い語調で言い放つ。フォルトナ・マヨールーの銃弾はキメラのぬるぬるした体表で勢いを失ったが、それでも何らかのダメージは受けているようだ。
「餅は餅屋にお任せをッ」
片目をつぶりながら、賢之もアサルトライフルを大盤振る舞いする。
「ヒーローはわしの柄ではないでの、地味に行かせてもらおうか。」
その横では、ライフルを肩に当てたオブライエンが膝立ちの綺麗な射撃姿勢を見せていた。とはいえ、普通の銃弾ではやはり痛撃とはいかない様子だ。それでも、派手に撃ちまくる射撃陣の方へと2匹ほどのキメラが向き直る。墜落の衝撃でひび割れた路面を、キメラは驚くような速さで滑ってきた。
「‥‥おわっ!?」
ぶしゅー、と勢い良く吐き出された強酸が文と賢之の衣服や肌から嫌な匂いの煙を上げる。前衛で戦っている面々へも、同様の攻撃が加えられた。後衛の2人よりは素早い動きで回避しているが、それでも逃れきれぬ分がその身に注ぐ。一回や二回では大した事は無いだろうが、何度も重なれば戦闘用の防具とてタダでは済むまい。
「こんな所でサービスしてやる気は毛頭ねーぞ!」
「‥‥まったく同感ね」
金と銀の長い髪が持ち主の素早い動きを追って複雑な絵模様を描いた。だが、その攻撃の隙を縫うように、1匹のキメラが横へと迂回している。
「横、抜けてきていますわ!」
後ろで監視していたラピスの声に、待ち構えていた岩十郎が素早く動いた。
「そぉいや、吹き飛べ。こっちは来るべき場所ではないぞ」
ズドン、と効果音のつきそうな痛烈な突きが、体育館とは反対側へとキメラを派手に吹き飛ばす。びちゃっと音を立て、キメラはワームの残骸にぶつかった。
「今、少し動いたかのう? 気のせいか」
オブライエンが残骸を鋭い目で見据える。彼は、ワームの残骸に妙な動きが無いかを遠目にチェックしていた。墜落の衝撃で裂けた装甲の内側には、奇妙な灯りの明滅が見えるが、時折火花が走っている他には目だった動きは無い。
「うわ、これ以上来るなよ‥‥っと」
先の一匹に間合いを詰められた賢之が、猛烈な弾幕でスライムを細切れにしていく。弾着のたびに赤くなったり黄色くなったりしているが、その間隔がじわじわと狭まっているように見えた。
「あれ? こっちの方が効くのか」
武器を持ち替えた文が驚いたように手にしたスコーピオンを眺める。そのまま数発撃つと、キメラはじんわりと透明になり、そのまま日向のアイスクリームのように溶け崩れた。
「急所、あるのか? ものは試しってことで‥‥、喰らっとけっ!」
スライムの中心部へと槍を突き込む香澄。効果があるのか無いのか分からない程度の差のようだった。前面では、リンが乱れ飛ぶ酸の雨を身軽な動きで回避しながらエネルギー弾を撃ち込み、一匹を屠っている。
「ゼリーみたいだが、食べたら不味いのだろうな色合い的に。なんだか合成着色料がたっぷりに見える」
敵の突破を許さぬ前衛の奮闘ぶりに、岩十郎が呑気な事を言って笑った。確かに、チカチカと色を変えるスライムは食用には向かないイメージがある。
「液体質のその身体なら、熱は苦手だろう」
心が照明銃を抜き、キメラの密集地点へと向けて放った。直接的なダメージは不明だが、熱源に触りたくは無かったという事か、スライムがぬるぬると身を引く。
「くっ!? 目が!」
しかし、予告なしに発生した光球は、味方側にも被害が甚大だった。一瞬目が眩んだ前衛が敵を見失った隙に、キメラが再度突破を図る。
「まるで、あの残骸から逃げるように必死じゃのう。まさか」
眉をひそめるオブライエンを他所に、前衛陣を迂回してきたキメラへ徹二が盛大な出迎えを行っていた。仲間越しに撃つのはさすがに難しかったが、フリーになればエナジーガンのいい的だ。
「何度来ても同じ事‥‥、せいりゃっ!」
岩十郎がもう一匹を弾き飛ばす。その逆側から、徹二の弾幕で瀕死になったスライムが奇妙に明滅しながら後ろへ迫ってきた。
「‥‥失策は埋め合わせよう」
キメラを心のアーミーナイフが突き刺す。火の属性を得たその一撃が止めとなった。
「今の一撃、効いてましたわよ。‥‥あ、ベーオウルフちゃん、横に注意ですわ!」
後方から強化や治療を行いつつ、ラピスがこまめに声をかける。飛び退きながらベーオウルフが反撃を加えた。瞬間、赤、黄色と目まぐるしく色を変えたキメラが爆発する。
「‥‥チッ!」
至近距離の爆発に巻き込まれた前衛陣。だが、これで残りは2匹。
「ダメージが溜まると色がチカチカ変わるみたいですわ! 一気に倒してしまいましょう」
ラピスの声に、傭兵達が頷く。敵キメラが全滅したのは、交戦開始から1分に満たぬ短い時間の出来事だった。
●戦い終えて
大扉の向こうで、エレンは壁にもたれたまま大きく深呼吸をしていた。
「エレン、大丈夫だった?」
かけられた声に、彼女ははっと顔を上げる。馴染みの2人が心配げにエレンを覗き込んでいた。
「リンさん。それに徹二君も。来てくれてたのね」
「気付いていないとは、少尉は意外と薄情でありますなあ」
笑う少年に、エレンは怪我が無いかと問いかける。
「正直少尉殿に弄られてる時の方が余程危地でありました。‥‥斬ったはったは慣れっちまいましたよ」
「そう‥‥、良かったわ」
そう答えたエレンの手には、いまだ無骨な拳銃が握られていた。
「‥‥よく頑張ったわね。もう、大丈夫よ」
そっと言いながら、エレンの脇にしゃがむリン。彼女の白い指が、エレンの強張った指をそっと戦いの余韻から解き放つ。
「あ、ありがとう‥‥、2人とも」
「エレーナちゃん、グラたんと私もおりましてよ?」
ラピスが賢之の袖を引張りながらやって来た。
「あ、ラピスさん。エレンで良いから、ね‥‥」
反射的にそう返しながら、ラストホープの喫茶店で会う時とはイメージの違う2人の姿にエレンが目をしばたく。すっかり、周囲が見えていなかったようだ。
「ん、エレーナさんが無事でよかったですよ」
そう言って片目をつぶる文の姿も、声を聞いてようやく目に入ったらしい。
「‥‥そ、そうだ。他の皆にもお礼を言わないと」
壁から身を起こした途端、ふらつく彼女をベーオウルフが支えた。
「特に怪我はないですか?」
「ええ、大丈夫、よ。ちょっと疲れたかな」
小さく笑うエレンを立たせてから。
「それは重畳。頑張った甲斐がありますよ。動けるようならば、急いでここを離れた方がいいと思います」
青年はにっこり笑ってから、真面目な表情で言い添えた。
「んじゃ、急いで仕事にかかろうか。どうも、ベーオウルフの読みがドンピシャっぽいね」
手にした無線機で、近隣の部隊司令部へ報告していた香澄がそう告げる。落下したワームの周囲に留まるのは危険だと、先方も言ってきたらしい。
「‥‥そうじゃな。さっきからあのワーム、チカチカ点滅しとるんじゃが、間隔が早くなっとる気がする」
外に残っていたオブライエンも、不穏な報告をよこしてきた。
「一仕事終わったらまた一仕事か。衛生班の奴らは休んでいろ」
そう言って岩十郎が腕まくりする。話を聞いた軍医は、既に撤収の指示を出し始めていた。
「休んでろって、そういう訳にはいかないわ。ここが、私の仕事場だもん」
気合を入れるように、両手で頬をパチンと叩いてから、エレンは周囲の面々を見る。
「でも、皆ももう少し手伝って、ね?」
笑いながら頷いた傭兵達の助力もあって、体育館から撤収した衛生班は患者だけでなく、主だった機材を欠けることなく持ち出すことが出来た。移動できない程の重傷者がいなかったのも幸いしたのだろう。忙しく立ち働く面々に混じって、ラピスも負傷兵の手当てを行っている。
「‥‥狙ったトコに弾当てたり、バカみたいな威力の剣振りまわすよりも、人の怪我を看れる才能の方がよっぽど凄いよなぁ‥‥」
賢之の声に、傭兵達が幾人か頷いた。
「疲れたときには温かい飲み物だ。 ‥‥ま、これから暑くなる時期だけどな」
そんな気遣いなら私だってするぞ? と香澄がコーヒーを注いで手渡していく。ほうっと一息ついた瞬間、派手な爆発音が響いてきた。あのまま、体育館にいたらと思うとゾッとする。
「やはり、わしはヒーローよりも、ヒーローを支える立場のほうが似合っとるのう」
コーヒーをすすりながら言うオブライエン。彼の配慮と、墜ちたワームの危険に留意していた仲間達がいなければ、身一つで逃げ出すハメになったかもしれない。
「いやぁ、オブライエンさんも、十分ヒーローですよ」
文の賛辞は心からの物だった。