●リプレイ本文
●少女への想い
緊急事態ゆえだろう。現地までの移動手段は、UPC差し回しの軍用ヘリだった。人気の無い村の上空を抜け、しばし進んだ所で山間に上がる煙が目に入る。狙撃の危険も有り、上昇気流も酷いため、ヘリが選んだ着陸地点はそこからやや下った平地だ。
「さて、行こうか。‥‥リサを助けに、な」
帽子を片手で押さえつつ、UNKNOWN(
ga4276)がタラップを降りる。
「救える物なら、救いたい所だけど、最悪の場合もありうるわね?」
考え込むように神森 静(
ga5165)が呟いた。今回集った11名の能力者達の意思は、このやり取りに全て集約されていたと言って過言ではない。憐れなリサを可能ならば救う、しかしそれが不可能ならば、手にかける。
「リーゼロッテ、草壁。これを使ってくれ」
黒川丈一朗(
ga0776)が差し出した手には、黒っぽい特殊弾頭がのっていた。殺さねばならないならば、せめて苦しめないように。丈一朗が用意した貫通弾を、リーゼロッテ・御剣(
ga5669)が1つ摘み上げる。一瞬、目を閉じて身震いしてから、リーゼは弾頭を握り締めた。その姿を、彼女の依頼で救急対応にかけつけたサーシャが少し醒めた目で見つめている。
「どうもですっ。‥‥迷わず、確実に使います」
草壁 賢之(
ga7033)は決然とした目で弾丸を受け取った。泣き言も、そして決意も、為すべき彼の中の儀式はすませている。最悪の覚悟は出来ている、はずだった。
「準備はいいか、賢之。私は先を行く」
先に外に出ていたルナフィリア・天剣(
ga8313)の心中は、外から見るほどに平静ではない。望まずして人生を狂わされたリサを助けたい、その可能性が僅かでもあるならば。そう強く願う一方で、その願いが絶たれた時には確実に、殺さねばならない。甘い感傷と冷酷な理性の双方を胸に、少女はバディの賢之の前を歩きだした。
「リニク、フォビア。俺たちも行こう」
須佐 武流(
ga1461)の声に、フォビア(
ga6553)が決然と頷く。その横の小柄な少女は、手にした小さな紙片をじっと見つめたまま動かなかった。
「‥‥リニクさん」
首を傾げるようにフォビアが覗き込むと、リュス・リクス・リニク(
ga6209)はようやく顔を上げる。
「ああ、すまない、須佐、フォビア。‥‥そうか、リニクはあたしの事か」
後半の小さな囁きは少女の口の中で留められた。『リクス』は紙片を懐に仕舞いながら、2人の後へ続く。彼女たち3人も1グループで行動する予定だった。3人とも、リサに関わるのは2度目だ。少女の現在の状態に対する責任感も強い。
「‥‥助けるのも‥‥楽にするのも‥‥私の‥‥私たちの、役目‥‥」
カッシングを止める事が出来なかった自分達の責任だ、とフォビアが呟いた。俯き加減に歩く2人の少女を気遣わしげに見ながら、武流は唇を噛む。リサを止めねばならない。しかし、己の拳を罪の無い少女に振るう事が出来るのか。現実主義と楽観の狭間で、青年も葛藤していた。
「須佐‥‥、早まるなよ」
3人を見ながら小さく口の中で呟く丈一朗。年長者である彼は、武流の中の弱さにも気付いていたのかもしれない。
出発前、広報課室に1人残った丈一朗は、美沙へとこう告げていた。
『今回のこの事件、俺の責任だ。この件を終わらせたら、報告でも処罰でも何でも受ける』
リサとその父を逃がした事が、今の事件に繋がるならば。そう含みを込めた丈一朗の言葉に返ったのは苦笑だった。
『書類上の責任問題は、私の部署では発生しない。気にするな』
そう言ってから、美沙は目を閉じる。
『‥‥リサ・ロッシュという個人の人生への責任は、言葉で背負えるものではあるまいよ』
そのやり取りを思い出しながら、もしも救出の試みがうまくいかなかったならば、手を汚すのは自分で無ければならないと、丈一朗は考えていた。仲間に重荷を背負わせぬ為に、あえて自分が。傭兵達の中に、同じ思いでいる者は幾人いただろう。
「今回の目標は、キメラの討伐です。‥‥その事は、間違えません」
呟いた楓姫(
gb0349)もその1人だった。彼女とて、可能ならば、リサを救いたいとは思う。だが、その可能性が低いとも、楓姫は理解していた。何があっても心折れぬよう、冷静に、そして強気で前を向くオッドアイの少女。
「さて、我々も行こうか、黒川」
UNKNOWNが促す。まずは、リサを発見せねばならない。全てはそれからだ。
●差し伸べる救いの手
少女を探すのは、容易だった。煙が立つ方向へ向かえば、死肉を窺うかのように飛ぶ鴉の群れ。その下に目を向けると、すぐに赤い輝きが目に入ったのだ。
「‥‥フォースフィールド‥‥?」
フォビアが呟く。リサの右目に輝くそれは、明るさこそ普通のキメラのものより強いようだが、紛う事無くバグアのフィールドだった。普通は打撃や衝撃、自身へ危害が加えられる時にだけ発生するそれが、どうやら常時輝いている。
「‥‥ひっく‥‥お父さん、どこ‥‥?」
「くっ」
震える腕を、逆の手で掴む武流。禍々しい赤光の向こうから聞こえる声は、以前に少しだけ聞いた少女の物に間違い無かった。
『‥‥目標の南西、中距離に到達しました。準備完了です』
楓姫の声が無線に流れる。今回は数グループに分かれるとあって、全員が無線機を携帯していた。
『ふむ、こちらも準備よし、だ』
『あたしも‥‥、大丈夫。行けるわ』
『こっちもOKですよっと』
リサに抵抗の素振りがあるわけでもなく、傭兵達は思い思いの場所を確保し、タイミングを計る。風向きは北へ。UNKNOWNの指示で風下に展開した傭兵達はいがらっぽい煙の匂いで出かかる咳を飲み込んだ。
「‥‥」
誰かに見張られているような感じを覚えつつ、静も小さく頭を振る。
『私も準備完了だ』
す、と誰かが息を吸う音がした。ここから先は、時間との勝負になる。そう、誰もが理解していた。
「行くぞ」
言い放った『リクス』がつがえていた弾頭矢を放つ。狙いは、リサの正面だ。
「え、きゃっ!?」
少女の悲鳴と共に、彼女の眼前で土砂が盛大に巻き上げられた。視界を遮る事が出来るのは、恐らくほんの一瞬。だが、その一瞬の積み重ねに傭兵達は望みを託す。
「次は私の番、だな。目を閉じるように」
無線機へそう一言告げて、UNKNOWNが照明銃を撃つ。一瞬の眩い光球は、少女に思わず目を閉じさせたはずだ。
「な、何? 怖いよ、お父さん‥‥」
悲鳴をあげる少女の耳に、銃声が聞こえる。狙いを逸らした楓姫の弾は足元へ、そしてSESを切った賢之の銃弾は少女に間近に迫った所で勢いを失い、落ちた。
「SES以外通用しない、って事か。かえって好都合っ」
左右からの銃撃に、少女はおろおろと視線を巡らせる。だが、その反応は一般人レベルのもので、ヒットアンドアウェイを繰り返す二人の能力者の影も捉えることが出来なかった。うろたえる少女の姿をスコープに捉えながら、リーゼは唇を噛む。
(迷わないと決めたけど‥‥)
引き金を迷わず引く自信はない。だが、仲間達の試みが失敗した時こそ、彼女の出番だ。
(くそぉ! 止まれ、俺の震え‥‥!)
自身の拳の破壊力を思い、なおも躊躇う武流の横をフォビアが駆け抜ける。少女の視線をひきつけるように、左右に身体を振りながらも目にもとまらぬ速さで間合いを詰めた。一歩遅れて、丈一朗も潜んでいた場所から飛び出すのが見える。賢之の支援射撃を受けながら、ルナも少女めがけて動き出した。
「‥‥接近して急所突きを込めた指で目潰しをしてみれば‥‥もしかしたら‥‥」
キメラだけを、叩けるかもしれない。その僅かな望みにかけて、武流も地を蹴った。一直線に進む彼へと、少女が向き直る。
「届けっ!」
突き出した指は、SES武器では無論ない。少女の右目に突きこんだそれは、硬質の何かを砕く感触の後、フィールドに阻まれる。青年が気付くはずもないが、彼の指はレンズ状の小さな鉱石を砕いていた。武流が手を引くと、それまで眩く輝いていた赤い輝きが、消える。
「ぁ‥‥」
悲鳴をあげかけた少女の声が途切れた。背後に回っていた丈一朗が、少女の首筋に一撃を入れていたのだ。力を失う少女の身体を、追いついてきたルナとフォビアが支える。
「ちょっと押さえといてくれ」
正面に回った丈一朗の手には、アーミーナイフが握られていた。意識の消えた少女の、右目に巣食ったキメラの視線が丈一朗を追う。しかし、恐れていた電磁パルスは飛んでこない。
「‥‥許せよ」
ナイフと言えど、立派なSES武器だ。ざくり、と一閃したナイフは少女の両目と右目に巣食うキメラを、一瞬現われた防護壁ごと真横に切り裂いた。
●カッシング
リサの身体には、一行が危惧していたような変容は無かった。駆け寄ったサーシャが手際よく少女の手当てをしていく。拍子抜けするほどにあっさりとした結末に、傭兵達は警戒を緩めようとはしなかった。
「‥‥約束‥‥破ってごめんな、リニク‥‥」
『リクス』が小さく呟く。キメラに冒された少女の生命を絶つことなく事態は収束した、かに思えた。
「本当に、上手くいったの? あたし達は、この子を救えたの?」
使わずに澄んだ銃弾を手に、囁いたリーゼの声。『リクス』が彼女を見上げて微笑んだ。
「ああ、私達の勝ちだ、リーゼねぇ」
くぁあ、と辺りに不吉な鳴き声が響く。
「やはり、監視が居たようだな」
静が鋭い目を据えた先、焼け焦げた木の枝に、大鴉が一羽とまっていた。
「カッシング‥‥! 見ているんだろう!」
武流の叫びに、鴉がくちばしを開く。
『左様。私は観察している。実験にはそれが必要ゆえに、な』
どこか遠く、この場には居ないであろう老人の声は、平静だった。我に帰ったようにルナが少女の前に立つ。大鴉に攻撃の意思があれば、盾になろうという位置だ。
『警戒する事はない。今日の所は、諸君に敬意を表して手出しはせぬよ』
淡々と語るカッシングの声には、確かに幾ばくかの賞賛の念が込められていた。
「勝手な事を‥‥!」
「まぁ、待て。わざわざ出てきたからには言いたい事があるのだろう。負け犬の言い分を聞いてやろうじゃないかね」
煙草に火をつけながら、UNKNOWNが言う。怒りに任せる、というのは彼の辞書には存在しないようだった。
「あなたの行為は許せる物ではありません。このような事、二度と繰り返させはしない」
楓姫の声に、大鴉は嘲るような鳴き声で答えた。
『喜劇、だな。諸君は私の行いをそのように責める。光を欲した少女の治癒に、未知の物体を適用した事について。しかし、私はこう言いたい。己を顧みたまえ‥‥と』
まるでどこかの大学で講義をするかのように、カッシングは言葉を連ねる。時間稼ぎ、という言葉が誰かの脳裏をよぎった。だが、リサの手当てが済むまで動きが取れぬ傭兵達相手に足止めの必要があるはずもない。
『君達は自らの理由で、未完成な技術の試験体となる道を選んだ。考えても見たまえ、君達の寿命は何歳か分かるか? 無事に子を為せるのか? 何も答えはない。今まさに、エミタシステムは壮大な規模での人体実験中なのだから』
老人の声に、誰かが微かに口元を歪ませた。それでもなお、力が必要だった。あるいは、エミタを受け入れる方が、そうでないよりもましだった。
『そしてその決断ゆえに、私は、君達傭兵を尊敬しているのだよ。軍人のように盲目的にではなく、その身をエミタとやらに晒す決断ゆえに、君達は敬意に値する。その少女と同じでな。‥‥だが、この世界は君達に相応しい敬意を示しはしない。決して』
そこまで話した所で、銃声が響いた。
『そら、来たぞ‥‥、諸君の価値を理解せず、感情で動く衆愚が』
カッシングの声が、明白な嘲笑の気配を帯びた。
「いたぞ、仲間らしい奴らも居る!」
「‥‥勘弁してくれ」
銃声の主を目にした賢之がため息をつく。おそらくは、普通の村人だったのだろう男。その目は復讐の狂気に彩られていた。リサの手にかかった住人は、10名を超える‥‥という美沙の言葉を思い返し、誰かが舌打ちする。そう、親子は誰かから逃げるように山中に向かっていた。その誰かが、彼らなのだろう。説得の余地がないとは思わないが、今この瞬間では言葉は通じそうにない。再び、遠くから銃声が響く。
「側面にも回られている。この為の時間稼ぎだった‥‥?」
楓姫の声に、大鴉はくぁあ、と鳴いた。
『否。言っただろう? 私は諸君に敬意を示している、と』
「何を‥‥」
企むのか、そう問いかけたフォビアの声が宙で止まる。銃声が幾つも響き、うろたえたような声が遠くから聞こえた。
「化け物が‥‥」
「た、助けてくれ!」
鴉の群れが、村人達に襲い掛かっていた。小型とはいえキメラの攻撃は、見る間に村人を苦もなく追い散らしていく。
「カッシング‥‥!」
大鴉が、傭兵達の攻撃を受け、落ちた。
『愚かな大衆は、君達の自己犠牲を理解はしない。‥‥決して、な』
大鴉が断末魔の声をあげる。指揮をとっていた大鴉を失った群れは攻撃を止め、その場でボトボトと落ち始めた。元々、そういう群れだったらしい。
「‥‥急いで戻ろう。これ以上、面倒にならないうちに」
●後日談
事件は終わった。ヘリで現地から離脱した傭兵達は、すぐにラストホープへと帰還。リサは専門施設で検査を受け、異常がないとの旨が報告された。
「‥‥会って行かないのか」
「私の柄じゃない」
ルナの言葉に含まれていたのは、照れだろうか。丈一朗へとこねこのぬいぐるみを託した少女は、病室の外で壁にもたれて目を閉じた。
「入るぞ」
一声掛けてから、丈一朗は病室へと足を踏み入れる。光を失った少女の人生を、彼は背負う覚悟で居た。いずれ、ラストホープの病院から出たとしたら、引き取るつもりだとすら彼は言う。
「‥‥やれやれ、また見舞いか。物好きな事だ」
病室の先客だった美沙は、そう言って丈一朗に場所を譲った。気配に気付いたリサが笑顔を向ける。父親の死は、まだ知らされていなかった。
「おじさん、こんにちは。またお話聞かせてくれる?」
この無垢な笑顔は、間違いなく傭兵達が勝ちとった物だ。美沙の手元の報告書に、どのように記載されていたとしても、それだけは確かな結果として、この場にある。
「あの子は平気でしょうか。心配ですね」
青空を見上げて、呟いた静。彼女の危惧は少女の身体だけではなく、起きた事件の全容を知った時に幼い精神が押し潰されないかという点に及んでいた。
「‥‥信じます。私は、あの子が生きていける事を」
その懸念を断ち切るように、楓姫は強く言い切る。先行きは不透明だけれど、任務を終えて、一人の命を救うことが出来た今くらい、未来への希望を持っても良いはずだ。ここは、『最後の希望』なのだから。