タイトル:【MS】週間少年CtS-夏祭マスター:紀藤トキ
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 55 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2008/09/02 04:20 |
●オープニング本文
予算数千億。新聞紙上に大きく広告されたその数字を横目に、青年は自棄酒をあおっていた。
「何が特撮だ‥‥。世界の夢を、俺達マンガ屋抜きで語るんじゃネェ」
ぶつぶつと呟く青年は、どこかの漫画雑誌の編集者だったらしい。杯を重ねるにつれ、囁きはやがて間遠になり、そのうち寝息に取って代わられた。
‥‥皆の者、心するがいい。これから語られるのは、クソ熱い真夏にクーラーもかからぬビルの一室で起きた一晩だけの奇跡。とある男の妄想が、ラストホープの能力者たちの夢とリンクし、見せた真夏の夜の夢だ。
−−−−
「この海を抜ければ、宝の島か!」
「ああ、伝説の海賊、ラストホープの残したお宝は目の前だ!」
説明的な口調で、乗組員達がこれまでのあらすじを語る。思えば長い航海だった。幾度もあった戦いや、仲間との諍い、そして和解。全てを乗り越えて今、この海に彼らはたどり着いたのだ!
「大変だ‥‥! 海軍が! 海軍の艦隊がいるぞ!」
マストに登った乗組員が大声を上げる。どうやって先回りしたのか、水平線を埋める大艦隊がすぐに目に入った。中型帆船の群れの中、ひときわ大きな旗艦の姿も見える。海軍はこの一戦に総力をあげてきたのだろう。
「どうする?」
「どうするってお前、決まってるだろう」
にやりと笑う乗組員達。
「帆を張れ! 中央突破だ!」
しかし、この最後の局面に現われた役者は海軍だけではない。
「左舷、新手! あれは‥‥」
「海面下を見ろ、何か居るぞ!」
決着を残した宿敵、あるいは再会を約した友、何処かで出会った神秘。ありとあらゆる存在が運命の糸に引かれるようにこの海域に集まっていた。
最後の秘宝、ラストホープを求めて。この夏、傭兵達の最後の戦いが始まる。
●リプレイ本文
『それは、遠いどこかの海の彼方で‥‥』
波間を、篠原 悠の歌声が渡る。彼女の小船から程近い海上では‥‥。
●前哨戦
戦いが始まっていた。
「ついにこのときがきたのだ! 海軍の英雄諸君!」
海軍最新の重装艦『アクスディア』では緑川 安則が部下に檄を飛ばしていた。海のこちら側を埋める海軍に対するは、宿敵アンドレアス・ラーセンの『黄金天使』ただ1艦。
「お気をつけて。彼らは皆、この海まで辿りついた、猛者ですからね」
情報を伝えた葬儀屋は、巻き添えはごめんとばかりに艦を離れる。
「全砲門開け! 砲煙弾雨を再現せよ!」
砲声が木霊した。
「これは‥‥、まずいな」
アスが舌打ちする。
「頼むよ、カイル!」
航海士のルンバ・ルンバが舳先に立った。親友の青いイルカの声が彼のイメージを導く。
「あの少年が奴の目である! 狙撃兵、狙え!」
安則の号令。銃声、そして金属音。
「何モタモタしてる!」
眼帯を外した崔 南斗が少年を庇っていた。降り注ぐ砲弾を正確な銃撃で射抜く彼の、迎撃をすり抜けた弾丸が胸に刺さる。
「おじさん!」
「勘違いするなよ、ここを抜ける為に必要だったからだ」
よろめき、海へと落ちる南斗。涙を拭ってルンバが方向を指示し、船長が頷く。
「よし、左回頭。風が変わるまで逃げ切る!」
「ふふふ‥‥見込んだ通り、やりますね」
グリク・フィルドラインが振り下ろした刀は謎の触手に阻まれていた。
「いつまでもマグローンだけの私と思わないことよ!」
カオスレッド、ことメアリー・エッセンバルを守護するように、舷側から奇怪な触手がうねる。
「HAHAHA!」
大型ガレー『タコキング』の先端では、奇怪な船首像、カオスグリーンこと翠の肥満が陽気に叫んでいた。ガレー船とは言うが、漕ぎ手はいない。代わりに水面下では巨大タコの触手が水を掻いていた。
「フィル、楽しそう‥‥だね」
グリクの相方、リュス・リクス・リニクは援護の様子も無く薄笑いを浮かべている。
「邪魔はしないで、リニク」
「や、だ」
言われた途端、反抗的に武器を抜きかける少女。
「いう事を聞かないなら、‥‥ダァーイ!」
グリクの刀が一閃した。
「いきなり仲間割れかいっ。何しに来たんや‥‥」
甲板で胡坐をかいていたカオスイエローことクレイフェルがだるそうに突っ込む。
「‥‥フフフ、カオスレッド。今日こそは女王の座を明け渡して差し上げるわ」
遠くで、よい子幼稚園四天王参謀のファルル・キーリアが笑った。微乳教団の教祖でもある彼女の旗艦、フロントホックIIの危険度は政府からもAA認定を受けている。
「そうね、今度はあいつらをやっちゃえるよね。教祖様」
アンジェリカ 楊が危険な笑みを浮かべる。その横を、どす黒いオーラを放つ巨艦が追い抜いた。
「何か、来ます。あれは‥‥」
マストの上で、憧れの青年の変わり果てた姿に柚井 ソラが絶句した。
「兄さん、何やってるんだよ」
フォル=アヴィンが天を仰ぐ。
「さぁ、はじめようかローレライ。その歌声で闇を広げるんだ」
黒衣を纏った国谷 真彼が、手にした鎖をジャラリと鳴らす。その先に繋がれたエレンが悲しげに謡い、彼女に惑わされた海の亡霊が幽霊船『ファントム』の周囲で嘆きの声をあげた。
「ふふ、人間を強くしているのは想いだよ。ならばその根源を僕は奪おう」
黒衣がたなびき、幽霊船の周囲が歪む。
「シスター! あれは‥‥?」
外洋ヨット『サンタ・マリア』船上で聖・綾乃が目を凝らす。少女が追いかけてきた相手、レッドの乗艦で黒い怪光が閃いたのだ。
「急ぎましょう。嫌な予感がします」
よい子幼稚園四天王紅のルフランことハンナ・ルーベンスは唇を引き結び、帆を回す。
「ふっ、8時15分‥‥いい頃合だ」
「その時計また遅れてるだろ。もう8時31分だぞ」
南斗の突っ込みをスルーしたアスが海賊帽を片手で押さえる。
「右回頭、急げ。敵の正面を突っ切るぞ!」
号令に、野太い声が答えた。急な風向きの変化に、海軍艦隊が混乱に陥る。しかし、もたつく艦隊の外を回った巨艦が『黄金天使』の行く手を遮った。
「貴様のやり口は読めているのだ!」
「またあんたか‥‥。決着をつけようか、大佐!」
「キャプテン、前方で海軍がトラブッているようだぞ」
レティ・クリムゾンの報告に、カーラ・ルデリアが頷く。
「海が三分に船が七分やね。迂回も出来ないし、ちょっと数減らしてくるねぇ」
適当に戦っといて、と言い残してデッキブラシに跨り、大空へ舞い上がるカーラ。
「また行ってしまった。仕方が無いキャプテンだ」
苦笑するレティが後方を振り返る。
「でも、そこが良いところなんですけど」
客分の柿原ミズキが二挺拳銃を構えていた。すぐ後ろに、同業者の艦影が迫っている。
「ルデリア船長の艦とお見受けします。どちらが真の魔法少女艦長であるか、雌雄を決しましょう」
斯く言うオリガの『ネクロノミコン』の船体は骨から出来ていた。
「カしラァ! 少女っつーにはどっちもうべぁ!」
海軍と交戦中のカーラからの流れ弾が骸骨水兵を粉砕する。命に別状は無いようだが、艦に住み着く猫に腰を持っていかれる骸骨。
「あ? 猫を飼っているの。可愛い」
カーラの船に同乗している不知火真琴が暢気な感想を言う。その足元で小さな物音が響いた。
「にゃ、にゃあ」
「おや?」
足元を覗こうとする叢雲。
「ウミネコよ。にゃぁにゃぁなくのがウミネコ」
猫? からはそう返事が返った。
「ああ、ウミネコだそうですよ、真琴さん」
あっさりそう答える叢雲にほっとしつつ、阿野次 のもじは船の内部でおやつを食べる。彼女の出番はまだ先だ。
「では、いきなりですが奥の手を」
白い艦体が見る見るうちに巨大な人型へと組み変わっていく。正気を疑うような光景だが、カーラのクルーもこの海までやってきた強者だ。
「まったく。また私がこの手の作業をやらされるのか」
レティのため息と共に骨巨人の右腕が落ち。
「この船は私の命に代えても死守します」
ミズキの銃声が左腕を破砕する。
「こ、これはいけない」
慌ててオリガが猫を抱いて飛び出した直後、骨巨人は粉砕された。
「いい船だ。それに女の子が多いのが最高だ。あの船を貰おう」
手漕ぎ船の癖に猛烈な速度でカーラ艦へ追いすがる第二の刺客、須佐 武流。
「船長は誰だ? 一騎打ちを申し込む!」
「え? 呼んだ?」
Uターンしてきたカーラが頭上から声を投げた。
「船長まで女かよ。ちっとやりにくいが、まぁ‥‥仕方ないか。降りて来い!」
「え? 何で?」
不思議そうに小首をかしげるカーラの手のひらに光の玉が浮かぶ。
「え、ちょ、待っ‥‥」
「降り注げ、スターレイン!」
武流の小船が無数の光の矢に飲まれ、消えた。
「これまでか。全海兵に通達! 移乗白兵戦に備えよ!」
砲撃戦に敗れ、炎上する『アクスディア』が『黄金天使』に迫る。
「‥‥早く、中尉も行け」
「嫌味ですかっ。私は降格されて‥‥」
言いかけた加賀 弓の言葉が途中で途切れる。舵輪を握ったままの安則の背を、折れた横桁が貫いていた。
「フン、やはり決着は俺達がつけないとなぁ、白虎」
「爆発‥‥綺麗だけど、もっと派手に。でないと僕の記憶には届かない」
獰猛に口元を歪めるクラーク・エアハルトと剣呑に微笑むシェスチ、海兵達も『黄金天使』へと跳び移る。
「たくっ、いい加減しつこいねぇ。おじさん達もさぁ」
言い放つルンバ。ナレイン・フェルドが当たるを幸い、ナイフやフォークを敵へ投げつけた。
「親父の形見のビキニパンツが無ければ即‥‥うぁっ!?」
何やら呟きながら舷側を登ってきた南斗が再び海へと落ちる。『黄金天使』の艦上では、兵士が海賊と干戈を交わす音が響きだしていた。
「敵ながらあっぱれです。が、今備えるべきは混沌、ですね」
海軍旗艦で、大将の水鏡・シメイが呟く。前衛艦隊敗北の情報をもたらした葬儀屋へと頷いてから、彼は目を瞬いた。
「硯さん、それは?」
シメイの秘密兵器たる紅顔の鏑木 硯は、屈託無い笑顔を見せる。
「はい、こんな所で漂流していたようだったので、救助しました」
「筏で漂ったのは何日か。助かったよ」
ボロを纏ったホアキン・デ・ラ・ロサが軽く頭を下げた。
「あなた、情報屋さん?」
「ええ。そうですが」
茫洋とした笑顔で頷く葬儀屋に、梶原 悠が可愛らしく戦況を問う。賞金稼ぎの彼にとって、狩り易い敵の情報は必須だ。
「そうですねぇ‥‥。額の割に負けが込んでいると言うと」
葬儀屋が指差した先には、ボートすら失い、抜き手を切って泳ぐ武流がいた。
「よっし、ありがと!」
元気にウインクして立ち去る梶原に、葬儀屋が頭を下げる。
「さて、次は須佐氏に梶原氏の性別を教えに行きましょうか」
●混沌の宴
「どうして!」
海軍との乱戦の渦中、突然現れた鈴葉・シロウは、ルンバと白虎の前で、その本性を現していた。
「私は好敵手を育てていたのだよ!」
混沌を生むために暗躍する彼の別名はカオスホワイト。宝の地図を渡したのも、ピンチの時に助けたのも、好物のハンバーグ以下、何もかも自分の為だったと笑うシロウを、白虎が呆然と見上げた。瞬間、少年の足元が吹き飛ぶ。
「白虎‥‥俺は、面倒が嫌いだ。決着を着けよう」
「クラーク!?」
くたびれた軍服の大尉が少年へ銃口を向けていた。
真彼の攻撃により『愛』を失ったメアリーの姿に、ハンナは慄然としていた。
「レッドらしからぬ瞳‥‥その声色‥‥何を仕掛けたのです! カオスブラック!!」
ハンナは、『ファントム』で薄笑いを浮かべる真彼を睨む。
「今日は一人か、イエロー! 俺は前からいちゃつくお前が大嫌いだったんだよぉ!」
甲板では、真彼から漆黒の鎧を授かった如月が、巨大な包丁でクレイを攻め立てていた。
「ダァーイ!」
「‥‥のーろ、まー!」
グリクとリニクはそんな事には関係なく、仲良く喧嘩している。
「くっ‥‥。何しとるんや、レッド!?」
「蛸に乗った海賊とかありえない。このサイズの蛸は自重で潰れるから海上に上がれない」
淡々と自己矛盾を指摘し続けるメアリー。
「こんなの、私の憧れたカオスレッドじゃないぃ〜っ!」
「私はレッド? ‥‥あなた、は?」
綾乃の慟哭に、メアリーの濁った目が動いた。
「あなたは綾乃。妹の、綾乃ね?」
記憶の回廊を彷徨うメアリーが、無数の過去の景色から目の前の少女の姿を拾い上げる。
「妹? 茶番だよ、これは」
吐き捨てた真彼がエレンの鎖を引いた。再び集積を始める魔気。
「芋と? 茶碗? 芋粥? 腹減った!」
船首像が叫んだ瞬間、真っ二つになる。打ち込まれた砲弾に乗って現れた硯が、手刀を振るっていたのだ。
「大変申し訳ないのですが、海軍の名において、混沌海賊団の方々を捕えさせていただきます」
海軍が送り込んだのはただ一人。銃を、剣を、素手で制圧する恐るべき最強の海兵。その名は硯。
「グリーン50Cr、確保‥‥」
ちなみに、レッドとイエローは3000万と2500万らしい。と、硯の目が丸くなった。
「酷いじゃないか」「ナマコじゃなければ即死だった」
けらけらと2体に増えた翠が笑う。正攻法の硯にとって、ある意味翠は最悪の対戦相手だった。
「私はレッドの妹だったのね? じゃあ、この憧れは」
胸の中に湧き上がる思いの理由を知った綾乃の目から涙がこぼれる。
「思い出しなさい、レッド! 彼は全てを打ち破る貴女の愛を待っているのよ!」
ハンナの声が、メアリーを揺さぶった。
「この思いは、愛? 違う、愛はこうじゃなくて‥‥」
呟くレッドへ、そして綾乃までも巻き込まんと再び黒い波動が襲い掛かる。
「危ない!」
2人を突き飛ばし、庇うハンナを漆黒の波動が打った。
「人の家の真上で‥‥何、バカ騒ぎしてるのよ!」
人魚のシャロン・エイヴァリーは迷惑していた。頭上でいきなり戦争を始められた彼女にしてみれば混沌も海軍もどうでもいい。彼女が文句を言いに家を出た後、棚上の大きな壺がぐらりとゆれ、落ちる。
『おや? 封印が、解けたのかな? このドス黒い嫉妬、いつの世も変わらないねぇ』
外れた蓋の内側から、大きなあくびと共に大泰司 慈海の声がした。
「シスター、貴女が居なくなったら、園児の皆はどぉなるンですか」
綾乃の嘆きの声が海を渡る。真彼の攻撃をその身で受けたハンナは重傷を負っていた。
「構わないのです‥‥。これは私の望みでもあるのですから」
自らの残る僅かな生命を糧に、メアリーに残る最後の呪いをハンナが砕く。
「私は‥‥、カオスレッド。そして貴女は紅のルフラン‥‥」
「思い出したのですね。‥‥私も、貴女の妹ならば、良かった」
メアリーはハンナを感謝を込めて抱きしめた。彼女が取り戻したのは妹『達』への、そして混沌への愛。
「思い出して、一番大きな愛、を」
がくりと項垂れるハンナ。
「下らん。これまでだ」
「暗黒エネルギー充填100%、発射いつでもOKですよ、キャプテン」
クレイを蹴り倒し、如月がニヤリと笑う。闇の闘士2人の力が相乗し、これまでに無い強大な魔気を生んだ。
「あ、あかん。あんなの食らったら」
クレイが力なく言う。周囲を闇が、埋め尽くした、かに見えた。
「何‥‥!?」
一面の闇を桃色の光が裂く。
「あ、あの、‥‥えっとイエロー、その、あ、貴方を助けに来ました」
6人目の戦士、カオスピンクこと緋霧 絢の声。
「ピンク! 会いたかったで!」
桃色オーラで傷の癒えたクレイが甲板から飛び上がる。絢の万能飛行艦『愛のゴンドラ』が周囲の闇を浄化する速度が倍加した。
「‥‥だがそんなの関係ねぇ!」
如月の怒りに応えて、『ファントム』の魔砲が上空を向く。
「俺たちの、愛の力をなめたらあかん‥‥。絶賛遠距離恋愛中なレッドはともかく、俺らは熱々やで!」
さっきまでとは違う自信を目に、どさまぎでピンクの肩を抱き寄せるイエロー。嫉妬の黒炎と桃色の光が共に燃え上がった。
「目の前に美乳があれば粉砕するのよ。進め!」
絢の胸を目にしたファルルが部下の筋肉男を鞭打つ。が、喜びに身をよじる男共がどんなに努力しても、彼女の船は空を飛ぶようには出来ていない。
「教祖様ぁ、私、出てもいいよね? ちょっとは楽しめるかな」
「いいわ。奴らに思い知らせて上げなさい」
教団奥義、筋肉大砲。空気抵抗に配慮したアンジェのボディはすばらしい速度で宙を舞い、『愛のゴンドラ』へ。
「遠距離、恋愛‥‥。私、の愛‥‥?」
呟くメアリーの眼前で、幽霊船が闇色のオーラを失い、崩壊していく。
「これだ! 圧倒的ではないかね、人間の下らぬ想いという奴は!」
誘爆を始めた艦上で高笑いする真彼。その手にはもう鎖は無い。
「くそ、この桃色がぁ!」
空中へ飛ぶ如月。
「あなた誰? 誰でもいいけど、邪魔はしないでよね!」
その横を、アンジェが駆ける。2人を、クレイは哀れみを込めた目で見下ろした。腕の中に愛する人がいる今、負ける要素は微塵も無い。ハリセンが閃き、しっ闘士と薄胸の女戦士を仲良く海へと追い落とす。
「私は、愛を思い出す。ブラック、貴方を倒して!」
ガレー船の外装を振りおとした『タコキング』から、小型艦『マグローン』で突撃しようとするメアリー。だが、勢い良く飛び出しかけた彼女の正面へ、グリクが立ちふさがった。
「それです! そのマグロと戦いたかったんですよ!」
「邪魔を‥‥ってあいた!」
「失敬、レッドさん!」
メアリーを踏み台に、フォルが飛ぶ。
「兄さん、馬鹿な事はもうやめるんだ!」
「弟よ、この狂気が、お前に払えるというのか」
迎え撃つ真彼。借金を残して家を出た兄と肩代わりさせられかけた弟の、悲しい一騎打ちが始まった。そして、制御者が離れた『タコキング』がフラフラと傍迷惑な方向へ漂いだす。
「何か来たぞ! 砲戦用意ー!」
「わっ、まだ俺が戦ってるのに!」
慌てて回避する硯、と6つ位に増えた翠。
「行かないで。俺の届かないところに行っちゃ、嫌です‥‥!」
ソラの悲鳴も伸ばした手も届かずに、兄弟は爆発に巻き込まれる。
一方その頃、『黄金天使』は沈みかけていた。
「ちょこまかと!」
「お互い様、ですねぇ〜」
弓の突きが甲板をぶち抜き、神無月 るなの大剣がサブマストを切断する。甚大な損害を周囲にもたらしつつ、2人はまだ無傷だった。
「ハハッハァ! 全部‥‥吹き飛べっ」
哄笑と共にシェスチが巨大な樽爆弾を投げる。
「大恩ある船長の為‥‥、これ以上させないアル!」
夏 炎西がすさまじい速さで爆弾に体当たり、そのままシェスチもろともに海へと消えた。
「嘘っ‥‥」
くれあが舷側に駆け寄るより早く、爆発。下からの衝撃に煽られた胸がたゆんたゆん揺れた。
「‥‥くっ。あの船を潰すわ! 全速よ、このグズ!」
遠望したファルルの鞭が唸り、配下が悶える。
「これ以上の敵はやばいぞ‥‥!」
白虎はクラークに圧され、るなは弓を抑えるのに精一杯だ。アスの額に冷や汗が流れる。
「やれやれ‥‥」
スルスルとマストに登った影、シロウが、ファルルへ目掛けて冷笑を浮かべてみせた。
「貴方達のそれは胸ではない」
ちょっとふくよかな洗濯板だ、と暴言を吐くシロウ。新手の敵意は彼に向けられた。
「シロウおじさん‥‥!」
ルンバが感動したような目で見上げる。
「フ、勘違いしないで欲しいですねぇ。私は自分が楽しいようにしているだけなのふげぼぁ!」
シロウの毛並みが白から黒へと変わった。
「さぁ、ウェルダンかベリーウェルダン、好きな方を選ばしてあげるわ!」
とんでもない距離を鞭で裂いた教祖の声が、シロウの背筋にぞくぞくした何かを生んだ。
「これは、愛‥‥」
多分違う。
「白虎! それで終わりか!」
クラークの無数の銃弾が曲線を描いて少年を追い詰める。
「嫉妬衣が!」
少年の身を守る鎧が、砕けた。白虎の反撃がクラークの銃身をへし折る。
「甘い!」
構わず踏み込んだクラークの義手が、少年の無防備な腹を突き上げていた。
「うわぁー!」
放物線は船外へと。海へ落ちた少年を追う体力は、クラークにも残っていない。
「船長、さっきの爆発が竜骨を歪めました」
「ちっ‥‥これまでか」
ナレインの報告に、アスが眉を顰めた。
「え、何?」
ルンバの襟首をつかみ、そのまま船外へと放り投げる。
「お前は宝を追え、航海士! カーラ、後は任せた」
「はいはい‥‥。人使いが荒いわよね」
顔見知りの魔女が少年を拾い上げた。『黄金天使』はよたよたと最後の転舵を試みる。海軍の只中へと。
『なにやら面白い事になってるねぇ』
そんな様子を、壺の封印から千年ぶりに逃れた海の神、ポセエロンこと慈海は楽しげに眺めていた。
●敵は神!
「楽しいねぇ。全く潰し甲斐のある連中ばかり居やがるぜ」
紅蓮・シャウトが楽しげに笑う。蛇頭海賊団の頭目たる少女は、弾をも弾くレティの『槍足』をいなしていた。振るったシャウトの腕は、目測よりも長く伸び、レティを裂く。足技主体のレティにとって、腿の傷は命取りだ。
『女の子同士の戦い。チラリズム。うーん、いいねぇ〜』
水面下から何かが聞こえたような気がしたが、戦いに精神を集中させた2人には届かない。交差し、再び離れる。今回も、レティが傷を負っていた。更に露出度が上がり、海面が海神の鼻血で朱に染まる。
一方その頃。
「そこの、メイド。強い?」
グリクと別れて獲物を探していたリニクは、ミズキの装いに目を細めていた。
「私をメイドと呼んでいいのは伯爵様だけです」
振り返った少女の得物は二挺拳銃。
「ふふ、ふ。リニクも、鉄砲。勝負、しよ?」
それ以上の言葉など要らない。乙女と少女の華麗なガンファイトが幕を開ける。
「強い‥‥な」
「俺を誰だと思っていやがる」
昂然と嘯くシャウト。
「勝負は見えたが、手は抜かねぇ。ぜ!」
蛇腕を振るうシャウトに、両腿を切られたレティはもう跳べない。だが、怪爪は彼女へと届きはしなかった。
「‥‥何だ、てめぇ」
「な、名乗るほどの物ではない、ただの吟遊詩人だ」
見るからに作った声、作った口調の篠原が、レティをその背に庇っていた。蛇の腕を防いだのは、頑丈そうなエレキギター。
「強いな。ならばこうだ‥‥!」
もとより露出の多いシャウトの服が弾ける。
「さぁー、一世一代の大勝負だ。派手にヤろうぜ」
しゅるしゅると音を立てながら、蛇の本性を露にした少女が先手を取った。
「右舷、『黄金天使』!」
シメイがため息をつく。
「それどころじゃない、のにね」
戦力のほとんどを蛸に向けた今、旗艦の周囲はがら空きだった。接舷の衝撃で、甲板が揺れる。
「大将首、貰ったアル!」
「お前とコンビ扱いは不本意だが、この同時攻撃なら!」
どう見ても死亡フラグな掛け声と共に突っ込んできた炎西と南斗。
「なんだ? 雨‥‥?」
「やべぇ、下がれ、2人とも!」
アスの声が届くより早く、2人の胸を銃弾が貫いた。
「私はThe Rain。戦友の仇を討つため‥‥。貴様らに水の恐ろしさ、味わって貰おう!」
雷鳴と共に、シメイの脇から雨霧 零が現われる。アス達によって倒された特殊部隊、最後の生き残りが彼女だった。
「‥‥死亡確認、です。多分」
2人の様子を見て目を伏せるくれあ。ズシン、と低音の響きが彼女の胸を揺らした。
「微乳以外は皆殺し。いいわね!」
「あははははっ。皆潰れてしまえばいいわ!」
更なる混沌を撒き散らすべく、生きていたアンジェとファルル配下の洗脳筋肉隊が乗り込んで来る。アス配下の心酔筋肉隊と暑苦しいバトルが始まる中、進もうとするファルルの鞭が何者かに掴まれた。
「まさか、まだ生きていたの?」
「‥‥あの程度でくたばるホワイトではございません」
チチチ、と指を振る黒こげの白熊は、更なる闘争を歓迎するように両手を広げる。
「さぁ、もっと嬲って頂きましょうか! じゃなかった、お相手願いましょうか!」
返事は、空気を切り裂く電撃鞭だった。
「げふ‥‥」
篠原の振り下ろしたギターの前に、シャウトが沈む。
「助かったよ。名前を聞いてもいいか?」
一度たりとも隙を見せなかった篠原が僅かに動揺を見せた。目深に被ったフードから、薄茶の髪と、女物のメイド服が僅かに覗く。
「う、うちは謎の吟遊詩人ですっ! うん、それではさらばっ!」
「あ、待‥‥」
呼び止めるよりも早く、彼女は艦外に身を躍らせた。
「‥‥一体、誰だったのだろうな」
少し笑いを含んだレティの声を背景に。
「伯爵様の銃にかけて、負けられません!」
「ばぁん。ばぁーん。フフ、フ‥‥」
リニクとミズキの銃撃戦はまだ続いている。
旗艦の上でも、一組の少女達が戦っていた。
「ウフ、やりますね」
「貴女も」
るなと弓。2人の剣士は見出した好敵手へと冷たい笑顔を向ける。
「でも、次で、終わらせましょ? ウフフ‥‥」
るなが構えを変えた。空間ごと全てを両断する魔技だ。
「いいでしょう。これで‥‥射抜きます!」
妖気漂う刀『鬼蛍』を弓を引くような独特の型に構える弓。
雨の中、対峙するアスと零。無数の濡れた弾丸が、アスへと迫る。
「時よ、止まれ!」
アスの気合と共に、周囲が停止した。『黄金時計』の異名を持つ船長の異能に、零は笑みを深める。
「その技は、続けてはできない。貰った!」
残していた残弾を放つ零。抜く手も見せずナイフを飛ばすアス。
「これで‥‥任務は終わりか」
ナイフを受けた零は、海へと落ちて行く。海面を叩く音と同時に、雨が嘘のように止んだ。
「あなたを‥‥お守りする事ができて‥‥よか‥‥た」
「くっ。俺なんかのために、この馬鹿が!」
己の代わりにその身を朱に染めたナレインを抱いて、アスが顔を伏せる。
「恐ろしい技ですね、『黄金時計』。ですが、見た以上対処はできる」
シメイが静かに声をかけた。
「が、それよりもまずお互いの部下に対処しませんか?」
大将が静かに指差した先では、るながメインマストを叩き切り、弓が甲板を水面下まで打ち抜いた所だった。
「‥‥あー、同感だが。遅かったかも」
海軍旗艦が傾く。
「‥‥ただいま。男の子を拾っちゃったー」
「奇遇だな、こっちも1人拾ったよ」
戻ってきた船長に、激闘の気配も見せずにレティが報告する。拾われたのは、白虎だった。
「生きてそうな奴は、救助しておけ‥‥散った魂よ、安らかに眠れ」
戦いは徐々に終局へ向かう。どこからか現われた神無月 紫翠の黒船が波間に落ちた戦士たちを引き上げていた。
「危ない所だったアル。拾ってくれて感謝アルよ」
「ああ。お袋の鼻眼鏡が無ければ即死だった」
さらっと救助者の中に紛れる、死亡確認されていたはずの2人。
「エレンも物好きねー。いいじゃない、人間なんてほっとけば」
2人の人魚も、息のある人間を手近な陸まで送り届けている。
「あ、あれ‥‥。俺、そういえば、101匹のナマコに大行進されて‥‥」
首を捻った硯の視界に、貝殻2枚に隠された柔らかそうな物が。
「え、ちょ!?」
「べ、別に助けたわけじゃないんだからね! これ以上、海を汚されたくなかっただけよ!?」
茹蛸のようになる少年に、シャロンが口を尖らせた。
蛸といえば。まだ銃撃戦を続けていたミズキがハッと艦外を見る。釣られてリニクも見る。
「‥‥あ、フィル。忘れてた」
マグローンの背びれの上で、まだメアリーとグリクの戦いは続いていた。と、その下の海面が盛り上がる。『タコキング』よりも巨大な影は、巨人の物だった。転覆するマグローン。
『むっはー! 見ているだけでは神様辛抱たまらないー』
鼻息あらく叫ぶ慈海。荒ぶる海神の降臨に、周辺の人間達は思った。こいつはヤバイ、と。
「どうしよう」
「うーん、困りましたね」
足止めを受けた艦上で、真琴と叢雲が呑気にそんな事を言う。ルンバはまだ気絶したままの白虎の様子を見ていた。
「船が無くて、困ってるわけね?」
そんな声が、甲板から聞こえる。
「部下も守る。財宝も手に入れる。船長は両方やらないといけないのが辛い所だわ」
ジーッと音を立ててカーラの艦の先端が裂けた。そして、その中からもう一隻の船が現われる。
「いってらっしゃい、のもじ」
上空からカーラがもう一人の船長、のもじへと手を振った。
「あっちの方が、面白そうだから、‥‥休戦、ね」
「了解です」
リニクとミズキが慈海へ銃弾を放ち、びくりと体を引きつらせて倒れる。
「大丈夫か!」
かけよったレティが見たのは、笑いをかみ殺してのたうつ2人の姿だった。
「ひ、酷い目にあいました。リニク、何寝てるんですか」
這い上がってきたグリクに突付かれ、ふらふらと立ち上がった少女が海神の頭部を睨む。パッと投げた左の拳銃は、グリクへ。
「いくよ、ジャック‥‥」
「‥‥ポッド!」
2つの弾丸に2つのオーラ。放たれた弾丸は狙い過たず、敵を捉える。
「‥‥くっ! うー! くっふふふふぅ!」
ヒットと同時に、くすぐり攻撃が全身を襲う。絶対の防御と必中の反撃は、まさに神の力だった。もだえる美少女と美女に慈海の鼻息が荒くなる。
「‥‥きゃっ!」
「いけない風だな」
海の神の放つ暴風は、スカートやらエプロンやらを巻き上げた。
「あははふふふっ‥‥」
魔法攻撃を敢行してしまったカーラがくるくると落ちてくる。何か微妙な角度から微妙な物が見えたらしく、慈海はイイ笑顔で鼻血を吹いた。
「どうやら、攻撃は駄目なようですが。弱点は、他にありそうです、ね」
葬儀屋がそんな事を呟き。
「弱点、見切ったわ! あなたはお色気に弱い!」
黒くなったまま動かないシロウを足蹴に、ファルルがずびしっと神を指差した。アンジェも教祖に同調する。
「世界の危機だもの。この際、胸のことは忘れてあげるわ!」
そして、鼻血で出血多量になった神は再び眠りにつく。その影には、多くの女海賊、海兵達の言葉に尽くせぬ奮闘があった。
その頃。
「おっと、そう簡単にはいけないわよ!」
宝島を目指したのもじ達の前に、海賊団の生き残り、魔学者の藤田あやこが最後の壁となるべく人力機で飛来した。彼女に続くのは人ならぬ怪物の群れだ。
「どう? ブルっちゃう特技でしょ?」
のもじの手が舞う度に、上空の敵が翼を切り開かれて落ちる。さすがにサボっていられず、叢雲達も応戦していた。
「おい、無傷の船があるぞ! アレを狙おう」
奪い取った小船の上で、そんなのもじ達を指差す武流。
「了解。ったく情報屋の奴。この人めっちゃ強いじゃないか‥‥」
横では、返り討ちにあった梶原がオールを漕いでいた。
「覚えておいでー!」
悪役らしい散り際を見せるあやこと入れ違いに、武流が甲板に飛び上がる。船長を出せ、という彼にのもじが首を傾げた。
「私だけど?」
屈託無い笑顔のせいか、身長のせいか、少し幼く見えるのもじ。
「なっ!! 幼女だと! オ、俺がもっとも苦手とするものを‥‥! 俺が全く手が出せなくなると知ってのことか!?」
直後にもたらされた正直すぎる青年への報いに全米が泣いたがそれはそれ。
●秘宝。そして伝説へ
島へ上陸したホアキンは宝への道を急いでいた。
「‥‥ご先祖さまにも困ったものだ」
ため息をつく青年。彼は、海賊達に宝が発見された事によって崩壊した未来からの使者だったのだ。時間改変は重罪ゆえ、追われる身となってなお世界を変えようとするホアキンは、宝を遺した伝説の海賊ラストホープの子孫だった。
「っ!」
ホアキンが身を引いた先を、散弾が薙ぐ。この時代には存在しないはずのショットガン。どどんどん、と重低音と共に、梶原 暁彦が表情の無い顔を向けている。
「時間警察のロボットか‥‥。やめろ。未来が、滅びるんだぞ!」
「俺の目的は‥‥抹殺あるのみだ」
ホアキンへ銃弾を送りながら、サングラスの向こうの暁彦の目が赤く光る。
ある者は紫翠の船で、ある者は人魚の手で。生き残り達も島に辿りついていた。
「貴様さえ、貴様さえいなければ!」
血走った目で、ソラを追い詰める如月。八つ当たり気味の刃が少年に迫る、その瞬間。
「ブラック! 生きて‥‥」
「カオスブラックは神出鬼没なのさ」
大包丁を受け止めて、白衣の真彼が爽やかに笑った。
「‥‥せっかくだからのんびりすればいいのに」
しれっと生きていたナレインがのんびりとそんな浜を歩く。
「やはり、生きていたか白虎」
クラークが呟く。白虎はルンバ達を先へ送り、1人で宿敵に対峙していた。
「行くぞ! これが最後の戦いだ!」
大尉が駆ける。鎧を失った白虎は、為す術も無くその義手攻撃を‥‥。
『小僧、力が欲しいか?』
奥深くから、何かの声がした。白虎は迷い無く頷く。今はただ、目の前の宿敵と戦う力が欲しい。
『ならば、くれてやる!』
白虎の周囲が赤く輝いた。
「こ、これは‥‥!」
「最強の嫉妬衣、ファームライド。この島にあったのか」
これで、戦える。拳を握る少年に、大尉の口が微かに笑んだ。
「ここだ、間違いない」
この島を訪れるのは二度目の篠畑が、感慨深げに呟く。色々あって攫われていた加奈を取り戻した彼には、もうこの島に用は無い。
「さぁ、帰るぞ」
「あ、これは?」
加奈が波打ち際にある箱を手に取った。それは、あるはずの無い封印された箱。中身は篠畑秘蔵のHな本だった。
「‥‥あけちゃいかん!」
篠畑が叫ぶ。しかし、時既に遅し。
「‥‥最低」
少女の断罪が青年の隠れた恥部を切り裂いた。
奥へと進んだルンバ達は、気付かぬうちに島の原住民に包囲されていた。
「俺 名前 チカーゲ。宝物守る 番人」
小麦色の肌を隠すは葉っぱ一枚。同様の姿の原住民を従えた蓮沼千影が左に。
「は――――はっはっはっはっは! 僕の名前は七瀬帝!」
褌一つとキラキラした輝きだけを纏った七瀬 帝が、やはり同様の姿の原住民と共に右を封鎖していた。正面は、底なしの沼だ。
「褌と葉っぱ、どっちがいいですか」
「どっちも嫌」
左右を見ながらの叢雲と真琴の会話に、ルンバがニッと笑う。
「なら、沼を渡ろうよ。こっち!」
手にしたイルカのペンダントが、少年に語りかけるように輝いていた。
「もしかして、宝を求めてきたの? フフッ。無駄だと思うけど、なぁ?」」
そんな一同を首を傾げて見つめる海薙 華蓮。少女の隣にいた鳥、ルアム フロンティアがスッと人型に変わる。
「ルアムも、ついて行きたい? そうだね、面白そう」
クスクスと笑う華蓮。幽霊少女は底なし沼も気にせずに4人を追う。
「宝 守る。 まもる!」
千影が全力疾走で追いかけてくる。が、周囲に沸く騒乱の気配。
「秘宝があるのはこの先か?」
「海賊に先を越されないように。進みなさい!」
アス達『黄金時計』のクルーと、シメイ以下の海軍生き残りが鉢合わせしたのだ。
「ぐ‥‥」
「ここは僕に任せて行き給え、千影!」
帝が海の男たちの前に立ちはだかる。
「伝説の宝、君達はその正体を知っているのかい?」
帝がそう語りかけた。人数に勝る原住民に対峙しつつ、海軍、海賊はお互いへの警戒も怠れない。
「この美しい僕こそが、世界の求める宝物!」
ばっと広げた手に合わせて輝きがこぼれる。が、聴衆の冷たい視線に輝きもやや色あせた様だ。
「‥‥駄目ですか。ならばこの僕の黄金の褌が」
「時間稼ぎです。突破しなさい」
海軍が発砲する。銃を手にした近代人に、葉っぱや褌のみの原住民は果敢に数で応戦した。一部は美しさが武器だと主張するだろうが、それはさておき。
「嫉闘士に同じ技は二度と通用しないのだっ!」
海岸では、白虎の光速の拳がクラークを捉えていた。
「さすが、白虎‥‥あの方の息子」
どさりと崩れるクラーク。そんな戦いを背景に、南斗を物干し竿に吊るした原住民、佐伽羅 黎紀がてくてくと家路についている。
「あれ? この辺に宝箱を置いたんだけど、どこかいったのかな〜」
「お、お前のせいで俺は! ‥‥って、何だ、その目は」
血涙を流しつつ突っ込む篠畑。黎紀は彼の姿に目を輝かした。今日の物干し台は実に豪華になりそうだ。
「何でうちを裏切った!」
涙を浮かべた真琴に、叢雲の動きが一瞬止まる。真琴の刃は、青年の体を貫いていた。だが、血を吐きつつもまだ叢雲は動く。
「‥‥あ」
最後まで共に歩いてきた2人が殺しあう姿を、声も無く見るルンバ。宝の棺を目前にして、叢雲が豹変したのだ。のもじは不意打ちに倒れた。幼馴染だと言う2人の本気の殺し合いは短く、そして凄絶で。
「何で!」
ざくり。その追撃が致命傷だった。ふ、と優しい笑みを浮かべて崩れる叢雲。
「貴女を‥‥助け、たかった。その為なら命も、惜しくなかった」
真琴の体を蝕む死病。治す方法は、全てを叶えると言う秘宝に頼るしかなかったと、語る叢雲。死期を悟った者の穏かな目で、青年はルンバを見る。
「最後の希望は、貴方の、物です。願わくば、真琴さんの身を救って、頂けると」
「もういい。もう喋らなくていいから!」
真琴が叫ぶ。やるせない思いで顔をあげた少年の目が丸くなった。いつの間にか、棺の横に見知らぬ青年が現われている。
底なし沼に沈んで行く暁彦を背に。ホアキンは、巨大な棺へと歩み寄った。
「これか‥‥」
力を込めるまでも無く、蓋がずるりとスライドする。中からむわっと男臭いフェロモンが立ち上った。
「なっ!?」
身を引こうとしたホアキンの腕を、棺の中から伸びた手が引きずり込む。
「さあ、私が最後の秘宝、だよ。よく来た、な」
「ご先祖‥‥!」
棺の中から、濡れた音がする。そして、何かを啜るような音。3人が見守る中、再び棺が細く開き、変わり果てた姿のホアキンが投げ出された。つやつやと健康そうだが、何か大事な物を失ったような。
「――おかわり」
棺の中から、UNKNOWNの手が差し招く。
「‥‥真琴さん、行ったらどうですか」
さらっと言う、瀕死の叢雲。命が助かるなら、いいじゃないかキスくらい。実に合理的な判断だが、それが故にこの状況、ここまでの話の流れで乙女に言うには複雑な問題だった。
「ばかっ‥‥叢雲はいつもそう! なんだって一人で決めて、うちの気持ちなんて何も聞かないで‥‥」
言う事なんて聞いてあげない、と首を振る真琴。
「君は、どうかね?」
どぎまぎしたように首を振るルンバに、華蓮がクスクス笑う。
「そうか、残念だよ」
棺は再び音を立てて閉じた。その音が、周囲に響く。空へ、大地へ、洋上へ。数百に分裂していた翠が空を見上げる。
「そろそろ〜、目を覚ます時間です〜」
遠い海の彼方から、全てを飲み込むような高さの津波が押し寄せてきた。その表面にフィオナ・フレーバーの顔が浮かんでいるのがシュールだ。
「わ〜い。たのしそ〜」
大波がUNKNOWNの棺を、海兵を、海賊を飲み込んで行く。
「かしラァ、なんか来るッスよー」
猫と一緒に海を漂っていたオリガも。その様子を、華蓮は鳥に戻ったルアムと見下ろしていた。
「宝物、なくなっちゃった」
言いながらも、少女は楽しそうだ。ルアムが小首を傾げる。
「そう。追いかけても面白いかな?」
クスクス笑った少女の視線の先。
「まだ、この海には見た事が無い物が一杯だね。行こう、カイル!」
イルカに乗ったルンバが、波を渡っていた。篠原の奏でる音楽がどこからか流れ始める。少年の本当の冒険が始まるのは、これからだ。
今回も1万文字以上のご愛読ありがとうございました。紀藤先生(?)の次回作に御期待下さい。