●リプレイ本文
●慎重に、急げ!
これまでも時折、キメラの襲撃を受ける事があったのだろう。輸送トラックの運転手は、九死に一生を得た割には落ち着いていた。
「襲撃されたのは、南に下っていた道が大きく東に曲がった、すぐ後だな」
大型キメラの出現位置を尋ねた柚井 ソラ(
ga0187)への受け答えもしっかりしている。
「地図で言うとこの辺りでしょうか?」
地図に印をつけるリゼット・ランドルフ(
ga5171)の手元を覗いて、男は大きく頷いた。
「ああ、そうだ。‥‥無事だといいが」
男が目を向けた北へ、少年と少女も視線をめぐらせる。建物に遮られて見えはしないが、その方角にはキメラが現われたと言う森。更にその先には篠畑の原隊のいる千歳基地があるはずだった。
「車を出す。急いでくれ」
ランドクラウンの運転席から神無 戒路(
ga6003)が声をかける。傭兵達が用意した車は2台。地理などを聞き込む2人は戒路の後席に。残りの面々は、ゴールドラッシュ(
ga3170)の愛車で先行している。ドラグーンであるイリス(
gb1877)は先行車の横で自らのAU−KVを駆っていた。
「‥‥キメラがいる場所は‥‥、まだ先、みたい」
無線機から耳を離し、幡多野 克(
ga0444)がそう告げる。ソラやリゼットの聞き出した情報は、速やかに先行車へも伝えられていた。危険地域が把握できたという事は、その位置までは移動に注力できるという事だ。
「ちょっとスピード出すわよ。しっかりつかまってて!」
真剣な表情でアクセルを踏み込むゴールドラッシュ。一刻でも早い到着が、生存者の命を左右するやもしれぬ局面だと彼女は理解していた。その隣で、セシリア・ディールス(
ga0475)は窓の外を見やる。現地に残ったという篠畑の事が、彼女の気に掛かっていた。
(‥‥心配‥‥心配‥‥なの、かな‥‥)
普段浮かばぬ感情を反芻するように、セシリアは心中で呟く。
「無事でいてください‥‥篠畑さん‥‥」
ゆっくりと、自らに言い聞かせるように口にする克。青年にとっても、篠畑は大事な知人だ。2人共に表情には出ないものの、手にした武装を確かめる仕草や、視線の動きに心中が表われている。
「間に合えば‥‥じゃなくて‥‥」
「そう。『間に合わせる』のよ! 急ぎましょう」
智久 百合歌(
ga4980)が彼を勇気付けるように微笑んだ。
●危急の篠畑と救助者と
現地近く。細い黒煙が上がっているのが見える。ここから先は、降車して徒歩での索敵を行う手筈だった。肝心の敵の気配はといえば。
「吠え声がするわね」
甲高い声が森の中から聞こえる。人間に出せるような音ではないところを見ると、キメラの鳴き声なのだろう。そう遠くは無さそうだ。
「‥‥先に、行きます」
セシリアが森へと駆け込む。
「私も!」
イリスもバイク形態のまま木々の間へとリンドヴルムを進ませた。敵の近くまでは機動力に優れたバイクで行動、戦いにおいては人型形態をとる、というように状況に応じて戦い方を選べるのがドラグーンのクラス的な強みだ。初陣とはいえ、彼女はその利点を十分に理解している。
その頃、篠畑は太めの木の陰で一息ついて空を見上げていた。
「柄じゃないんだがな‥‥」
彼の姿を見失ったらしいキメラがウロウロと周囲を彷徨っている。このまま隠れていれば逃げ切れるのかもしれないが、そうもいかない訳がある。爆発した装甲車両に生き残りがいるかどうかは不明だが、もしかしたら息のある者もいるやもしれない。
「こっちだ、うすのろ!」
探索に飽きたらしいキメラが背を向けたのを見て、篠畑は木陰から飛び出した。巨大なキメラがぐるりと向き直る。
「‥‥なんだ?」
突進しかけたキメラが足を止め、左へ向いた。微かに聞こえるエンジン音を、敵は聞きつけたのだ。あと数分遅れれば、階級が2つほど上がっていたやも知れない。そんな不吉な想像をする間にも、イリスは篠畑の間際まで近づき、人型に変形していた。
「救援か‥‥助かった」
「オジサン、大丈夫だった? すぐ、に‥‥」
イリスの返事が詰まる。高さ5m。全長で言えばその倍は優にあるだろう、巨体。少女が背を反らすようにして見上げた先で、キメラが威嚇するように大きく口を開く。
「こ、これは、そう! ムチャ震いってやつよ!!」
「それを言うなら武者震いだ」
思わず突っ込む篠畑。
「貴方が健郎ね。後から皆来てくれるから、乗って」
再びイリスは変形を解く。目の前のキメラに自分1人で太刀打ちできる筈など無いと、初陣の彼女は承知していた。
「ちょっと飛ばすから、しっかりつかまってね」
大人1人を後ろに乗せても、リンドヴルムの機動性は恐竜キメラより数段上だ。追いすがるキメラを引き離してイリスは自車を駆る。
「‥‥つっ‥‥」
後ろ側から、篠畑の呻き声が聞こえた。
「怪我してるの? 大丈夫、セシリアが治してくれるから」
車を止める余裕は無いし、サイエンティストのセシリアの治療の方が、自分が手当てするよりも絶対いいだろう、と少女は笑う。無線機へ向かい、篠畑を保護した事、そして彼が怪我を負っている事を告げるイリスの声を聞きながら、篠畑は困ったように苦笑した。
「セシリアか‥‥」
よくよく縁があるようだ、と呟く間にも、イリスのバイクは木々を縫って走る。背中に感じていたキメラの圧力が消えた頃に、少女はバイクを停車させた。
「‥‥健郎さん。怪我、は‥‥?」
駆け寄ってきたセシリアは、意外と元気そうな篠畑の顔を見て足を止める。ほっと息をついた瞬間に感じた物が、安堵だろうか。
「大した事は無い。いつも世話をかけてる気がするなぁ」
鼻の頭をかく篠畑に無言で頷いてから、少女は超機械を持ち直した。練成治癒の暖かい光が軽度の打撲などは瞬時に癒していく。折れた骨までは無理だが、それは仕方が無い。
「健郎は無事だよ。これから、残りの人を助けに行く!」
無線機へとそう報告するイリス。
『良かった。大丈夫とは‥‥思ったけど‥‥ここは地上だから‥‥』
ほっと胸をなでおろす克の声が聞こえる。
「克も来てるのか。ありがたい」
そう言った篠畑に、セシリアが予備の無線機を差し出した。
「‥‥動けるようになったら、手分けをして救出者捜索に、回って下さい‥‥」
●騎兵隊、参上
キメラは、側面からの新手に注意を向けていた。ちくちくと撃ち込まれる射撃はダメージと言うほどのものではないが、うっとおしい。
「ついてきてるわね。お宝の元が」
チラチラと後ろを見ながら駆けるゴールドラッシュ。彼女は恐竜キメラを倒した剣を『ドラゴンスレイヤー』として売り払う事を夢見ていた。
「‥‥もうすぐ、開けた場所に‥‥出る、よ」
克は彼女と並んで走りながら、時折銃撃を加えて敵の気を引き続ける。キメラを惹き付ける為にゴールドラッシュがつけていた香水が、ふわりと香った。誘導されるうちに、もう1頭との距離がじわじわと離れて行くのも、傭兵達の計算どおりだ。
「そっちじゃない。こっちだ」
別のキメラの方へ頭を巡らせるたびに、気配を消して側面に回っていた戒路が狙撃する。不意打ちへの驚きで仲間の事を忘れさせ、再び誘導に乗せるのが狙いだ。
やや離れて、2頭目のキメラを相手していたソラは、無線からの知らせに傍目でも判るほどほっとした様子を見せた。彼ほどに表に出てはいなかったが、やはり篠畑の事を気にかけていたリゼットも微笑を浮かべる。
「さ、安心した所で、さっさと片付けちゃいましょう」
少しだけ冷たい印象に変わった百合歌の視線が、平地にまで彼女たちを追ってきたキメラの巨体へ向いた。もう1頭は数十mほど離れた位置へ誘導されている。分断策はうまく行ったようだ。
「足狙いで行くわよ」
「はいっ」
逃げる為に取っていた間合いを一瞬で詰めて、百合歌が鬼蛍を突き立てる。丸太のような足から青っぽい血が噴き出た時には、彼女は側面へと位置を取り直していた。逆側面へはリゼットが回りこんでいる。
「尻尾に、注意して下さい」
急を知らせると言うには柔らかな、ソラの声。直後、半円を描くように振り回された尾は盛大に空を切った。リゼットの黒く変じた髪が、回避運動の後を追うように靡く。
『グルァ!』
後を追って素早く繰り出された噛み付き攻撃は、すんでで立てたベルセルクが受け止めた。持ち主同様に黒く変じた刀身は衝撃の何割かを受け止めたが、華奢な少女の体にも痛みが走る。
「まだ、これ位なら‥‥!」
突き出すようにして再び迫る牙を、今度は回避してリゼットは足元に回った。
「大きいだけのでくの坊、って訳じゃないようだけど、まだ遅い――Andanteというところね」
歌うように呟く百合歌。言葉以外にもステップや斬撃、銃撃などをあわせて、彼女は楽の音を奏でていた。そんな百合歌へ牙を突きたてようと、敵が大口を開ける。
「何度も、させませんから」
ソラが弓を引き、放った。どおん、とキメラの頭部を弾頭矢の爆発が包む。痛みと、それに増す驚きで恐竜が吠えた。
「もう一度、行きますっ」
その脚部を、リゼットが刈る。攻撃を集中されたキメラの足は、血で染まっていた。痛みは相応にあるのだろう、いつの間にか突進をしてこなくなっている。足を止めたキメラが正面の相手に選んだのは、百合歌だった。
「そろそろ‥‥倒れなさい!」
自身の作る音ばかりではなく、仲間達の動きや敵の咆哮にまであわせて百合歌が作り上げていた即興の演奏。やがてそこに、巨体が倒れる一際大きな単音が加わった。
「‥‥くっ」
薙ぎ払う尻尾と、頭上からの大顎。動きに注意してはいても、近接していては目を向けきれない瞬間がある。運が悪かったのもあっただろうが、克は肩に牙を受けていた。初手に克が放った重い一撃への、手荒な返礼だ。
「うんざりするくらい、硬いわね‥‥」
間合いを取ってイアリスを振り下ろし、ソニックブームを放ったゴールドラッシュが、敵の様子を見て苦笑する。戒路の射撃も表皮に傷をつけてはいるのだが、決め手にはまだ遠い。訪れた転機は、生き残りに手当てを施し終えたセシリアの到着だった。
「遅くなりました。‥‥援護、します」
奇妙な光が伸び、キメラの外皮が不可思議な効果で硬度を落とす。先ほどまでは弾かれていた刃が、敵の防御を貫いた。
「‥‥うん、このまま、‥‥畳み掛けれる、ね」
手ごたえを感じて、克が頷く。ACVの乗員の治療を優先したセシリアがこのタイミングで駆けつけられたのは、イリスが救助と輸送に専念していたお陰だろう。バイク形態のAU−KVは戦闘にこそ不向きだが、移動面では徒歩と比較にならぬアドバンテージがあった。
「これで終わりっ!」
横薙ぎの尾を、深く身を沈めて回避したゴールドラッシュの一撃が、キメラの足首を裂く。怒りに燃えたキメラが彼女へ向き直ったところへ、戒路の銃弾が突き刺さった。バランスを崩し、横倒しになるキメラ。もう1匹と同じく、倒れてしまえば後は早かった。
●戦い終えて
「また面倒をかけたなぁ。ありがとう」
ACVの乗員と共に待機していた篠畑は、傭兵達にそう声をかけた。
「‥‥無事で良かった‥‥ほんと‥‥」
大して手傷を負った様子がない篠畑を見て、克は静かな表情のままで2度頷く。
「何かあったら‥‥3人に申し訳‥‥立たないしね‥‥」
本当に良かった、と繰り返す克。
「まぁ、色々あったがようやく酒が飲めるよ‥‥」
「篠畑中尉。怪我人はお酒はダメです、治ってからです」
篠畑を制止する様に、リゼットが指を立てる。
「う、いや。でも傷にはアルコー‥‥」
「『アルコール消毒だ』って、よくおじさんが言うわよね」
クスリと笑う百合歌の言葉に、ため息をつく篠畑。どうやら図星だったらしい。
「‥‥無理せず、御自愛ください」
「了解、だ」
リゼットが念を押すように言うと、篠畑は苦笑しながら両手を上げた。
「篠畑さんは、無事で良かった‥‥、けど。他の方は‥‥」
ほっとした気持ちと、そして不安と。思いが表れているようにソラの声は揺れていた。
「正直なところ、全員が駄目かと思っていた。感謝する」
真顔に戻った篠畑がそう言ってセシリアとイリスに頭を下げる。包帯まみれの兵士達も感謝を示すように目礼した。その数、3名。
「‥‥はい」
言葉すくなに、会釈を返すセシリア。
「お礼を言われるような事じゃないよ。そう、当然の事をしたまで、って感じ?」
イリスは少し照れたように、屈託なく笑った。
「怪我人は俺の車で搬送しよう」
戒路がそう申し出てから、一行を見回して僅かに首を傾げる。
「‥‥誰か、足りなく無いか」
「ふふ、これでこの剣が『ドラゴンスレイヤー』ね。これで一攫千金は確実。完璧なプランだわ」
キメラの骸をぶすぶすと突き刺していたゴールドラッシュが、にんまりと笑む。傭兵同士のアイテム交換が可能になったのも、彼女の野望を後押ししているようだった。‥‥多分。