●リプレイ本文
●囮の奮戦
日が沈み、『ハンス』はいつものように狩りに出かけた。だが、夜風に漂う好みの匂いが、今宵は薄い。鉄と軽油の匂いは、遠く離れているようだった。不服げに頭を回した『ハンス』が、やおら進路を変える。意外と近くに、大好きなエンジンの音を感知したのだ。それが罠だとは、彼の思考には浮かぶべくも無かった。
「KVの装甲被ったスライムとは戦ったけど‥‥」
待ち伏せ班の鷹代 朋(
ga1602)が呟く。
「‥‥武装‥‥した、キメラ。んー‥‥これから、増える‥‥の、かな」
「ま、叩き落せば済む話です」
首を傾げたリュス・リクス・リニク(
ga6209)に、鋼 蒼志(
ga0165)が一見人当たりのよい笑顔を向けた。
「まったく、自分から相手を大きくしてどうするのよ。あれはただのキメラ、それだけよ」
キメラにつけられった『ハンス』というあだ名の由来を知るシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が1人ごちる。
(だが、急降下爆撃にサイレンは浪漫なのだよー。不覚にもちょっとカッコいいなー、と思ってしまったー)
仲間達の忌憚無い評価を耳にしつつも、獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)はまだ姿を見ぬキメラの設計思想に、ほんの少しだけ共感を感じていた。
一方、囮となるトラック付近に残っていたのは2名。
「お互い酷い匂いだな、おい」
エンジンをスタートさせ、小田切レオン(
ga4730)が苦笑する。軽油をたっぷり染み込ませた布を持った彼はまだしも、油を頭から被ったエルガ・グラハム(
ga4953)は物凄いことになっていた。更に駄目押しに機械油を染み込ませた紙を詰めた袋を提げているのだから、囮としてはこの上ない。
「俺は体育会系で脳筋バカっぽいけどよ。これでも教員なんでな」
作戦の為だ、というエルガには、女の生命である髪の痛みだとかを気遣う様子は無かった。少なくとも、表面上は。
「おっと、おでましだ‥‥。準備はいいな?」
耳を突くような甲高い音に顔をしかめつつ、レオンは運転席から飛び降りた。見上げたエルガの視界には暗い夜空しか見えないが。その音は間違いなく、囮に釣られたキメラの発する物だろう。仲間が待ち伏せする廃墟まで、遠からず近すぎず。100mほどの地点で、トラックは停車していた。
「見てろよ俺の指導要領を」
エルガの言葉が前触れだったように、トラックが爆発する。その時には、エルガとレオンはトラックから十分な距離を確保していた。2人の後方で、エンジンを撃ちぬかれたトラックが映画のロケか何かのように炎上する。チラリと見上げたエルガの視界に、舞い上がる黒い巨体が見えた。
「鬼さん此方、此処までおいで‥‥ってな!」
レオンの軽口が聞こえたわけでもあるまいが、一度遠ざかった怪音が再び頭上に迫る。日のあるうちにエルガがしっかり確認していたルートを、遮蔽から遮蔽へ縫うように。2人のビーストマンは文字通り獣のように駆けた。瞬速縮地を駆使した2人の速度は、オリンピック選手のそれを軽く凌駕する。だが、闇空を滑るキメラから見れば、地表を走る者の歩みはそれでも遅い。
「‥‥げっ」
再び舞い降りてきたキメラのロケット砲撃が、エルガの周囲に炎の柱を上げる。直撃こそ避けたものの、油塗れの彼女は飛び散る火の粉に対して無防備だった。たっぷりの油を染み込ませたセーラー服に火が回り、脱ぎ捨てる間もなく燃え上がる。
●ファースト・アプローチ
一撃離脱が本能に刻まれているのだろう。キメラは再び空に舞い上がるべく、翼を広げて制動をかける。その瞬間、左右から矢と銃弾、そして衝撃波が立て続けに放たれた。
「おのれキメラの分際でスツーカ気取りとは‥‥。叩き落としてくれるんだよー」
獄門が事前に施していた強化で力を増した仲間の攻撃がキメラに刺さる。妖しく輝くフィールドがその威力を著しく減じつつも、蝙蝠の翼が大きく裂けた様子が爆光に浮かんだ。そして、それが異様な速度で修復されていく様子も。攻撃を両翼に分けてしまった事が、敵に再び空へあがる余裕を与えていた。
「‥‥そう簡単にはいかないわけね」
あわよくば誘爆を狙って弾頭矢を放ったシャロンが悔しげに言う。彼女と同様に弾頭矢で強力な攻撃をしかけていたリニクが、ヨタヨタと舞い上がる敵を目で追った。
「噂の再生能力を、甘く見すぎたな。‥‥だが、これで降下のタイミングは読めた」
「そうですね。お手並みを拝見させて頂きます♪」
次は、落とす。須佐 武流(
ga1461)の言葉に、イリアス・ニーベルング(
ga6358)も同意の頷きを返す。噂に聞く武流の業前を直に見る事が出来る初めての機会、そして自分の実力を示す初めての機会だ。
「再生が完全に終わるまで降りてこないつもりか。いまいましい」
槍を携えた蒼志が頭上を仰ぐも、黒い影は傭兵達のSES武器の届かぬ空へ消えたまま、戻ってこない。甲高いサイレンのような鳴き声だけが、この夜空のどこかに敵が居る事を教えている。
「‥‥次は左右、どちらかの翼に集中しましょう。そうすれば、‥‥落とせます」
目にも留まらぬ速さで二矢を射込んだリニクの攻撃は、明らかに効果を示していた。あだ名の由来であろう伝説の撃墜王のように落とせぬ魔物では、ない。
「ならば左を提案します。深い意味はありませんが」
サウスポーのイリアスの声。
「わかったわ」
廃屋の上から皇 千糸(
ga0843)が短く返事を返す。1人、高所に陣取った彼女は真っ先に攻撃を開始できる位置取りを、仲間の為に活かすつもりだった。
「すまない、こちらにも誰か、手を貸して欲しいんだねー」
皆が上へ警戒の視線を向ける中、エルガの治療に当たっていた獄門の声が響く。一般人なら即死していたかもしれないが、炎に包まれたエルガは辛うじて自前のテントに辿り着いていた。
「‥‥っ」
リニクが用意していたタオルに水を染ませて、被せる。幸い生命に関わる事は無さそうだが、この後の戦闘に参加するのは絶望的なようだ。
●セカンド・アプローチ
遠く響いていたサイレンが、再び不吉な叫びを傭兵達に向ける。20秒ほどの短い休戦は、終わりを告げようとしていた。
「捕まえられるモンなら、捕まえてみろ!
布切れを振るレオン目掛けて、キメラが3度目の急降下を敢行する。
「さぁ、いらっしゃい」
微笑を浮かべて、千糸が銃を構えた。狙うは降下中のキメラの左側。タンタン、というS−01の銃声と共に、僅かに蝙蝠が身を捻った。仲間達から見れば、左が手前に来るように。
「うおおお!」
左右両翼から、合わせて8発のロケット弾が降り注いだ。直撃を避けても爆圧をかわす事は出来ない。が、レオンが稼いだ一瞬を、仲間達はしっかり活かしていた。
「このアプローチで決める! 南無八幡!」
弓矢の神へと祈る、獄門の声。
「妹みたいにはいかないが‥‥狙い撃つ!」
ライフル弾を1発撃ち放ち、その成果を確認するより先に、朋は腰の二刀へと手を伸ばした。
「まずは、左‥‥でしたよね。」
リニクが再び、神速の一矢を送る。それがまだ宙にあるうちに、二の矢。三の矢。蝙蝠の醜い巨体が爆光に浮き上がった。強力なフォースフィールドが、SES武器の攻撃すら一部無効化しているようだが、それを上回る破壊力が敵を引き裂き、焼き払う。明らかに斜めに傾ぎながらも、キメラは破れた翼を大きく広げた。早くも骨格の隙間を埋めていく薄い皮膜。しかし。
「1秒でも‥‥空を飛べれば‥‥こちらの勝ちだ‥‥!」
廃屋の壁を足場に、頭上の敵へと武流が舞う。三角蹴りの要領の一撃は、キメラの左翼付け根を鋭く切り裂いた。奇怪な叫びと共に頭をぐるりと武流へ向けたキメラの後ろへ、別の廃屋の壁面を駆け上がったイリアスが、その勢いのまま跳躍する。
「墜ちなさい」
頭上からかけられた声に気を向ける暇も無く、蝙蝠の巨体に衝撃が加わった。『獣突』。ビーストマンの能力は虚空すら足場にして、敵を吹き飛ばす。可聴範囲すれすれの悲鳴をあげて、キメラが墜ちた。
「待ちかねたぞ、化け物」
地に叩きつけられたキメラを、蒼志の冷えた目が見据える。すぐに身を起こそうとする敵へ、彼は一直線に駆け寄った。
「いくぞ――螺旋の鋼槍で穿ち貫く!」
翼を、ドリルスピアで巻き込むように貫き、地に縫い止める。再生しようと伸びる先から皮膜を螺旋が引きちぎった。
「再生しようがなんだろうが関係ない‥‥。その前に翼を切り落とすっ!」
落下を見越して花鳥風月に持ち替えていた朋が、目にも止まらぬ斬撃を入れる。血飛沫が上がった時には、彼は脚に物を言わせて飛び離れていた。激痛に吼えるキメラに、逆側からシャロンが両手剣を一閃する。
「はああああっ!」
体重を乗せ、武器の遠心力を載せ、紅蓮の衝撃を乗せて。大剣が赤いフィールドごと黒胴を割った。
●やがて、夜空は静寂に
『キュオオオオオ』
サイレンと言うより物悲しい呻きを上げて、キメラは半身を起こす。それ自体が自在に動くらしい機関砲が、自身に痛撃を与えた二人へゴロリと向いた。腹に響く音と共に至近距離から砲弾が放たれる。1発、更にもう1発。
「ここで勝って、仲間と一緒にマドリードに行くんだから‥‥!」
大剣を盾に、銃弾を切り落とすシャロン。吹き荒れる爆圧は剣を地に刺して耐える。しかし、唯一の武器を敵に突き刺した蒼志は回避もならず、武器を盾にする事も出来ない。キメラを抉り続けるドリルスピアに、持ち主自身からの鮮血が滴る。だが、彼は槍を手放しはしなかった。
「一蓮托生だ。ただし、地獄へは‥‥お前だけが行け!」
己が身を朱に染めて蒼志が吼える。胴の傷を後回しに、危険を感じた本能が翼へと再生能力を注ぎ込むが、縫い止められた翼は夜空へ逃れる事を許しはしない。いや、縫われたまま怪物は折れていない右翼を大きく羽ばたいた。
「‥‥なんだと」
猛烈な風圧で、槍に縫われた自身の翼を引き千切り、宙に浮きかける蝙蝠。撒き散らされる機関砲弾を、ヒットアンドアウェイに徹したイリアスが引き受け、最小限の動きで直撃を回避。その隙を狙い、直線に近い軌跡で足元へ飛び込んだ武流が砲身を蹴り上げる。へし折れた機関砲は、直後に暴発、自壊した。残る一門が張る弾幕が武流を撃つ。
「チッ、しぶといな‥‥!」
至近の砲撃を忍刀で捌き、飛び退った武流の声は敵への僅かながらの賛辞が篭っていた。彼の連続攻撃を受けて反撃を返してこれる敵は、決して多くは無い。
「飛び上がる隙なんか‥‥与えるもんかっ!」
何度も繰り返すには練力が厳しい。瞬天速の一撃離脱を諦めた朋が、左右、更に左右。二刀の連続攻撃を送り込む。
「空には二度と‥‥、逃がさないわよ!」
シャロンの放つソニックブームが、衝撃で右翼を切り裂いた。
「その血とオイルに染まった翼を‥‥撃ち抜く!」
千糸のエネルギーガンが、それでもまだ虚空を打っていた右翼の骨組みへ、大きな穴を穿つ。蝙蝠の甲高い悲鳴が響く。
「はい、鬱陶しいですよ。黙ってください」
リニクの冷たい声。先のような連撃ではなく爆発も伴いはしないが、鋭い矢は狙い過たずにキメラへと刺さった。
「‥‥お前、最高にイカしてるぜ! けど、そろそろフィナーレと行こうか‥‥!!」
レオンが撃たれた恨みとばかりに爪を振るう。よたついたキメラが、なぎ払うようにロケット弾をばら撒いた。苦し紛れの攻撃。しかし、その破壊力は本物だ。接近戦を挑んでいた傭兵達の幾人かが手傷を負う。しかし、深手を受けた者には獄門の治癒が飛んだ。反撃の手は、そこまで。
「はっ、こうして地でもがくのがお似合いだ‥‥!」
蒼志の槍が、今度は廃屋の壁面へと翼を縫い止める。うにょうにょと伸びる細胞芽が、既にずたずたの翼の隙間を埋めようとしては破砕されていった。胴からの失血は既にキメラの生命維持を危うくしている。リニクの弓音と朋と千糸の銃撃音がキメラのサイレンをかき消し、イリアスとシャロンの剣閃と武流、レオンの爪が敵の抵抗を切り裂く。無尽蔵にすら見えた敵の生命力は、やがて底を見せた。
●勝利の余韻
「キメラに武装、か‥‥。案外なりふり構わなくなってきてるかもしれないな」
パワーバランスがまだバグア側に傾いている現状を吹き飛ばそうとばかりに、朋が言う。
「これで、後が少しでも楽になるといいんだけど」
シャロンが言うように、これはまだ前哨戦に過ぎない。南へ見やった視線の先にはグラナダが。そして夜空を見上げれば更に先の目標があった。
「この敵のように、あの赤い星も叩き墜とせたら良いんですけどね」
額を伝う血を拭いながら、蒼志も天を仰ぐ。短時間とはいえ激しい戦いは、傭兵達にも少なからぬ出血を強いていた。エルガはおそらく、しばらくの安静を余儀なくされるだろう。本人が納得してベッドに入るかどうかは定かではないが。
「くはぁ‥‥疲れたぁ‥‥」
回収を要請するための照明弾を上げてから、暇つぶしにとハーモニカを吹き始める千糸。
「しっかし、奇天烈なキメラだぜ」
レオンが遺体を前に首を傾げる。研究の為に、回収を行おうと思った彼だが、さすがにお持ち帰りには大きすぎる図体に辟易していた。キメラに武装を施すより、ヘルメットワームやらゴーレムを作った方が良いのではないか、という彼の疑問を耳に、イリアスは動かぬ巨躯へ目を向けた。
「生きているからこそある手ごわさは、あると思います」
ボロボロになりながらも空を目指して最後まであがいていた敵。往生際の悪さ、などというのは機械には無い特性だろう。
「なるほどな。もしかして、ブライトン博士の趣味とか?」
「むしろ、カッシング教授の趣味であろうねェー」
レオンの疑問には、グラナダとは関わりの長い獄門が、そう言って首を振った。武流も同意するように一度頷く。
「‥‥カッシング‥‥」
その名を、噛み締めるように呟いたリニクの耳に、迎えのトラックの音が聞こえてきた。