●リプレイ本文
●青い空を舞う
空は一面の蒼。眼下に広がる地中海。
「空からココを見るのも何となく新鮮だなぁ」
稲葉 徹二(
ga0163)が呟く。グラナダへの潜入任務で幾度か、少年が潜水艦に缶詰になって渡った海だ。長い付き合いとなったこの地での戦いも、あと少しで終わるのだろう。その結果を良き物とするべく、彼は己に喝を入れた。
「仕損じて後で面倒な事になるのは自分ですし、キッチリ仕事せんと」
失敗したときに向けられるだろう、友人の皮肉げな笑いを振り払うように、首を振る徹二。
「今日はBEBOPに行くかね?」
少年にそう告げるUNKNOWN(
ga4276)も、グラナダの空を飛ぶのは久しぶりだ。漆黒の愛機の中で、謎めいた男は連戦の疲れを見せずに微笑する。
「少将からくすねたフォアグラを楽しみに、だね」
こっそり忍び込んだ依頼主の私室は、彼の手で思うさま荒らされていた。きっちり片付けられていた為、少将がそれに気づいて苦笑したのは数日後になったのだがそれはそれ。
「グラナダも賑わって来たようで、何よりだねェー」
その少将の顔を思い出しながら、獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)が続ける。
「モース少将以下、部隊の皆さんにはお世話になっていますから」
この作戦で恩返しができれば良い、と微笑む霞澄 セラフィエル(
ga0495)は、悪童のような青年の所業までは知らないようだ。2人の少女は、イベリアの空を巡るいくつもの作戦を戦ってきた。ある時は勝利し、ある時は悔しい思いをしたその戦いも、もうすぐ終わる。
「勝利の美酒にはまだ早いけど、ひとまず幸先の良い出だしにしたい所だよねェー」
獄門の声に、霞澄はしっかりと頷いた。
「呑舟之魚、ですか。確かに巨悪ではありますね」
そして、釣るにも大きすぎて楽しめそうに無い、と斑鳩・八雲(
ga8672)は微笑する。
「ここで少しでも敵の戦力を削がなければ」
生真面目にそう言う夕凪 春花(
ga3152)はお仕事モード。年の割りには随分と落ち着いて見える。
「中身は鬼か蛇か‥‥。どちらにしろ中身ごと地中海の藻屑になってもらう!」
今回の任務では八雲、春花とトリオを組む月影・透夜(
ga1806)が銀の眼光鋭く前を睨んだ。
「長時間飛行は久しぶりだったな‥‥ケツが痛ぇッス」
気負う若者達の緊張を削ぐように、そんな事を言った六堂源治(
ga8154)の愛機バイパーはUNKNOWNの物と同じく黒い。仲間を、そして人々を救う為の力を、黒い翼は青年に与えてくれる。
「グラナダには行かせませんよ」
そう言う国谷 真彼(
ga2331)にとっても、その場所は深い意味を持っていた。目の前の1隻を沈めれば、あの地で斃れる人が減るだろう。もう誰も死なせたくない、その思いは無理なものだと知りつつも、無理に近づくために青年は道理を積み重ねる。
「本命の輸送機はもちろんですけど、できればここで全部食い止めておきたいですね」
呟いた鏑木 硯(
ga0280)も、思いは同じだった。後の誰かの為に、今自分が血を流す事を厭わない姿勢は若さゆえの清冽さに満ちていた。
「鯨10機中2機は撃墜、護衛HWと鯨2機に損傷‥‥。流石は正規軍と申しましょうか」
そう呟いてから、飯島 修司(
ga7951)は不敵な笑みを浮かべる。
「ここは1つ、私達傭兵も確実に鯨2機と護衛HW隊を落として少将の期待に応えてみせましょうかね」
過信ではなく確かな自負を表情に込めて、修司は操縦桿を握る手に力を込めた。その甲に青く浮きあがった十字紋様は、先に攻撃作戦で散っていった軍人達への手向けにも見える。‥‥あるいは、彼らの意思を継ぐ剣だろうか。
「錚々たるメンバーで、少々しり込みしてしまいますが‥‥まぁ、出来ることをするだけですね」
そう謙遜する八雲とて、大敵と幾度も交戦した精鋭部隊の一員だ。そして、メンバーと言えば、この場にはいない三島玲奈(
ga3848)の思いも、彼らは背負っている。直前の任務で受けた傷が重く、彼女は足手纏いになるよりはと待機を選んだ。その結果が是と出るか否かは、まだ判らないが。
『フォアグラ料理を作って無事を祈ってる』
悔しさを堪えてそう言った少女は、今頃マドリードで同じ色の空を見上げているだろうか。
●会敵の一撃
「息を合わせて行こうか。訓練どおりに、な」
UNKNOWNの声に、傭兵達がモニターへ目を向ける。敵は6機、横一線に展開して突破阻止の構えだ。その動きは、玲奈と詰めたブリーフィングでの予測通り。しかしながら、反応はやや早い。
「手負いとはいえ強化されてるみたいですね。油断や侮りは禁物ですか」
硯が真紅の目を細めた。傭兵達も左右に別れた敵機に付き合うように、横列気味へ隊を組む。
「よし、3‥‥2‥‥1‥‥Fire」
UNKNOWNのカウントで、各機の遠距離兵装が火を噴く。ほぼ同時に、敵のプロトン砲が赤い光線を放った。近間までひきつけてからの射撃は、左右から横列中央付近への交差射撃を企図しているようだ。正面、先行していた徹二がデコイとなり、乱れ飛ぶ火線の只中を突っ切る。乱れ飛ぶ怪光線が傭兵達を叩き、回避しきれなかった機体の表面を爆光が照らした。
「こいつはお返しだ。取っときやがれ」
対空ミサイルを放ち、自身もその軌跡をなぞる様に突撃、行きがけの駄賃とばかりに鋭い剣翼を叩きつける。
「たまにはシンプルに『落ちろ!』と行きたいねェー」
ブースト併用で飛び込んだ獄門が螺旋ミサイルを発射した。強力な兵装を先にぶつけて、敵を一息に削りきる手だ。
「吼えろバイパー! ブースト! 空戦スタビライザー‥‥起動!!」
G放電装置を連続照射する源治の正面から、担当の敵機は機体を捻るように逃げようとする。しかし、輝く放電は敵の機体表面を溶かし続けた。
「援護します。ミサイル、どうぞ」
進路を開く硯のライフル弾。一気に飛び込んだ真彼機からK−01ミサイルが飛ぶ。左右に広がっていた敵機の全てを射程に捕らえることは出来なかったが、4機のワームがミサイルの雨にさらされた。銃弾の雨を見舞いながら、UNKNOWNも敵陣を抜ける。彼と徹二は最後に控えているであろう大型ワームの担当だった。
「周りは任せた。俺たちは鯨を叩く」
透夜がバルカンをばら撒き、敵が空けた隙間を縫って奥へ。ロケット弾で敵陣をこじ開けた八雲も後へ続く。
「先ずはその足を止めさせていただきますっ」
2機に僅かに遅れ、放電装置で敵の進路を阻害した春花のナイチンゲールも敵中を一気に突破した。ぶつけてでも進路を塞ぎたい、という敵機の動きは残りの僚機がカバーしている。
「小型HW、オレが一人でやれるのか‥‥。いや、やってやるッス!!」
ここが空の上で無くば、平手で頬でも張っていたかも知れぬ源治の声。小型の相手に残ったのは、彼の言うように6機。1人1機の割り当てだ。しかし、最初の交差でうけたダメージは、敵側にこそ大きい。彼から見える範囲で既に、2機がよたつきつつ黒煙を引いていた。
部隊の半ばに足止め部隊の対処を任せ、残る5機は更に西へと飛ぶ。先行する大きな光点が2つと、反転したやや小ぶりな光点が1つ、各機のレーダーには映っていた。小ぶりとはいえ、迎撃してくる1機はKVの数倍に及ぶ巨体の大型ヘルメットワームである。
「有人機の可能性もあります。気をつけて下さい」
注意を促し、八雲機は大型ワームから自機の進路をそらした。透夜と春花もそれに倣う。
「‥‥さて、行くかね」
大型機に対応するのは、斯く言うUNKNOWNと徹二の2機だった。UNKNOWNが牽制のライフルを放ち、その隙に徹二が突っ込む。大柄なせいか鈍重な巨体に、レーザーが赤熱した光点を穿った。紫色の光線がシャワーのように応射される中を、少年の機体は縦横にかいくぐる。
「お任せします。ここは一気に‥‥!」
言い置いて、春花はブーストに点火した。そのまま、先を行くビッグフィッシュの巨体にすさまじい速度で追いすがる。
「先行する1機に集中攻撃を仕掛けるぞ。確実に1機ずつ仕留める」
透夜の掛け声で、3機のKVは鈍重なビッグフィッシュを追い越し、もう1隻を猛追した。のろのろと転舵し、2手に分かれようとするビッグフィッシュ。その動きには構わず、傭兵達は攻撃を集中する。
「幾ら耐久力があろうと、破損した箇所に撃ち込めば」
透夜の螺旋ミサイルが破孔に刺さり、内部機構を粉砕した。しかし、行き足が鈍る様子は皆無だ。
「やれやれ、インドでもこちらでも堅いのには変わり無し。分かってはいましたが、難儀なものです」
ぼやきつつ八雲も輸送艦の側面にロケットを叩き込む。散発的に飛んでくる対空砲を回避し、そのまま剣翼で外装を切り裂いた。ディアブロの特殊能力を乗せた攻撃に、もろい装甲はひとたまりもない。
「流石にしぶといですが‥‥これならっ!」
後部から粒子砲を叩き込んだ春花の攻撃が、ビッグフィッシュの駆動装置の1機を破壊した。既に低下していた移動速度が更に鈍る。
●鎧袖一触
一方、小型機を相手にした6機は、早々に2機を撃墜し残りにもダメージを与えながら交戦を継続していた。
「行きます、紫電一閃!」
残る敵機を霞澄のG放電装置が舐めていく。移動しながら、目に付く敵機へ手当たり次第の攻撃は多対多、かつ味方が敵を上回っているこの状況では敵にとって嫌な動きのはずだ。
「ビッグフィッシュは2手に別れたようです。急ぎましょう」
「了解なんだねェー」
交戦しつつ周囲に注意を払っていた真彼が警告する中、獄門の攻撃で更にもう1機の敵が爆発した。
「なるほど。敵も必死ということですか」
時間をかけてはいられまい、とばかりに修司がまっすぐに敵機へ向かう。回避機動を最小に、攻撃を優先したアプローチから、リニア砲の打撃は4機目の敵に止めを刺した。更に1機が硯と源治の十字砲火に耐え切れずに堕ちる。
「オレの操縦もそこそこの腕前になってきたッスかね?」
「ありがとう。助かりました」
最後の1機も、すぐに仲間の後を追った。小型機を全滅させた各機は先行した仲間へと合流すべく、速度を上げる。
「誰かさんのディスタン並たァ言わねぇが‥‥墜ちねえことにゃそこそこ自信があってね」
大型ワームはそう言う徹二とUNKNOWN機の軽快な機動に翻弄されていた。ブースト併用で一足早く合流した修司が、早速がら空きの側面へリニアキャノンをお見舞いする。反撃のプロトン砲が飛ぶが、厳重な鏡面装甲処理を施された修司のディアブロには、さしたるダメージを刻めない。
「‥‥この髭が黒い間は、そうそう思うようにはさせませんよ?」
薄く笑ってから、修司は再び攻撃態勢に入った。
「もう下準備は完了であります。さっさと片付けちまいましょう」
徹二の言うとおり、大型ワームは嫌な色の炎を吹き始めていた。
「輸送艦へ合流されないように、と思ったけど落としたほうがはやそうなんだねェー」
獄門と源治が合流した時には、既に大勢は決しつつある。その状況でもまだ、敵はフェザー砲を振りまきながら応戦を続けていた。
「‥‥流石に身体に負担が掛かり過ぎるか。だが、生き残る事が大事だからね‥‥」
ブーストにツインブーストを併用し、黒い閃光が敵の下側をくぐる。迎撃の火線はUNKNOWN機が通り過ぎた後。そして数度の連続爆発がワームの巨体を照らしたのは更に遅れての事だった。
「さて、これら全てが囮、ということは‥‥」
落ち行く巨体を見下ろしながら、少し離れた位置で真彼は周辺警戒を行っている。
「航続距離的にないかな、さすがに」
ヘルメットワームの無補給航続距離が如何ほどかはわからないが、少なくともそれだけの距離を発見されずに飛ぶことはないはずだ。青年の懸念はファームライドだったが、あの機体であれば逆に移動の際の囮など必要とはするまい。
残る2機は、逃走を続けるビッグフィッシュへ追撃をかけていた。進路を分けてばらばらに逃げようとした輸送艦が、小型ワームの交戦中に稼いだ距離は悲しいほどに短い。
「何度見ても大きいですね」
5分も経たずして敵の後姿を捉えた霞澄の感想に、追随していた硯も頷く。KVから見れば数十倍になろうという巨体は、宙に漂うだけでかなりの威圧感を発していた。それでも、2人は臆することはない。
「運んでるものにちょっと興味はありますが‥‥」
中身を確認するよりも、積荷をグラナダに届けない事の方が重要だと、硯は意識を切り替えた。
●大魚堕つ
小型ワームと大型ワームを屠った傭兵たちは、そのまま敵艦を足止めしていた3人へ合流する。
「鯨狩りだ! 派手に行くッスよ〜!」
源治の陽気な声に、透夜がチラリと上空を見た。まっすぐにこちらを指して飛ぶ軌跡が6つ。ワーム対応班は損傷こそ受けてはいたが、1機たりとも欠けてはいない。
「揃ったか。このまま一気に叩くぞ!」
周辺監視に徹する真彼機を除いた都合7機の集中攻撃は、しぶといビッグフィッシュに止めを刺した。サイズが巨大なだけにワームのように一瞬で砕けるわけでもなく、数度の小爆発を起こしてから幾つかの破片に別れて落下していく。その断末魔を背景に、傭兵たちは先を行く硯と霞澄の後を追った。
「あと一つ、です!」
艦橋っぽい部分を狙う硯と、機関部へ回る霞澄。2人が撃ち込んだ攻撃で、目に見えて敵艦の動きが鈍りだした所で、残りの仲間達が追いついてくる。
「いくらタフでも、これだけの火力を集中させれば‥‥」
硯が口に出した時には、ビッグフィッシュの命運は尽きていた。僚艦同様、内部爆発を繰り返しながら高度を下げゆく巨艦の側面を、ソードウィングが大きく切り裂いた。
「何がある?」
バラバラと落ちていく積荷は、飛行能力の無い陸戦ワーム‥‥の、パーツやら何やら。クレーンのように見えるものや、機械装置らしきものもある。生産工場ユニット、といったところだろうか。いずれも、遥か下の水面に叩き付けられては原型を留められまい。
「これで、終わりですね」
最後まで監視を怠らなかった真彼がほっと息をつく。
「――そうだ、な。私は少し寄る所がある」
そう言って、UNKNOWNが遠い目を北へ向けた。マドリードでは、玲奈と雇い主の少将やエレンが彼らの勝報を待っている。
「報告がてら、よろしく伝えたい相手もありますし。報告もせにゃいけませんな」
徹二の頭に浮かんだ陸軍大佐は、南の防衛線に向けてもう出撃した頃だろうか。
「フォアグラ料理も楽しみですしね」
誰かの言葉に、通信回線に笑いがこぼれた。文句の付けようの無い完勝には、この場にいない少女も確かに一役買っている。10人で味わう勝利の美酒はきっと心地よい味だろう。