タイトル:【XR】ソーニャのXmasマスター:紀藤トキ
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 24 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2009/01/05 02:11 |
●オープニング本文
『Wind Of Hopeから皆さんへお知らせです』
もうすぐクリスマスという時期、ラジオ放送中にライディ・王(gz0023)は告知を行う。
『今年のクリスマスの『Wind Of Hope』では世界各地のクリスマスの様子をUPCの協力の元に実況中継を行うこととなりました。企画名は『クリスマスレイディオ』です』
ドンドンドン、パフパフーなどという効果音が入った。
『一周年を迎えたこの番組でこれほど大きな企画が行えるのも皆さんのお陰です。ラスト・ホープでクリスマスを過ごせる方も世界各地のクリスマスを楽しめるようにしていきたく思います』
『共通メールテーマは『希望』。来年、未来に向けての希望や願望など教えてください。各地のクリスマスの募集につきましては番組において随時告知していきますのでお聞き逃しなく!』
落ち着きを装っているが、何時になく早口に話すライディの声に興奮しているのだなと誰もが感じる。
『それでは、曲に行きます。今日のナンバーはクリスマスに相応しいこの一曲から‥‥』
世間に流れる有名なクリスマスソングが流れ出した。
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「あー、もう。うっとおしいですわね‥‥」
クリスマスイブ、世間では恋人達がしっとりとした時間を過ごしているだろう。そんな空気を運んでくるラジオの声を聴きながら、ソーニャは鬱々と時を過ごしていた。出身国からすれば、檻の中の熊のように、という形容が似合う。
1人、というわけではない。
「‥‥もう、そんな時期になるのですね」
溜息混じりに窓の外、白い物が舞う景色へ目をやるニナ。彼女達両名は、カプロイア伯爵預かりの身になっていた。ゾディアック蠍座、エルリッヒ・マウザーの別人格であったアーネスト・モルゲン元社長との関わりについて取調べる為だ。ソーニャは彼の研究に関わるアドバイザーとして。ニナは彼の傍近く仕えていた使用人として。とはいえ、実のところ、厳しい詮議を受けているかといえば、そうではなく。
「やる事があるなら全部ちゃっちゃと終わらせて欲しいですわ。私とて暇ではありません」
実のところ、包み隠さず問われた事を話していた2人をはじめ、アーネスト近辺の人間の調べは既に終わっている。彼女達がまだ解放されないのは、事務的な手続き半分、万が一を恐れての保護半分であった。
「‥‥イブにご予定がおありだったのですか? こう言っては何ですが‥‥」
意外です、と言外に匂わせるニナに、ソーニャはイライラした視線を返す。
「カプロイア伯爵ともあろう方が、レディの扱いを誤っておられると思いますわ。電算機の一つも無いなんて」
そう、この女科学者はそういう女性だった。立ち上がり、慣れた所作でニナが紅茶を淹れに掛かる。必要以上に使用人をおかない主義らしい伯爵の私邸らしく、ここに現在住んでいるのは彼女達だけなのだ。離れた場所には保安部門があるのだが、家事の類は完全にセルフサービスだった。
主義である。決して、奔放すぎる主についていける使用人が少ないと言う理由ではない。
「‥‥まぁ、多少の不便は仕方がない、とは思いますけれど」
ニナの言葉に、わかっております、と不機嫌そうに答えてからうろうろ歩くのをやめて豪華なソファに座るソーニャ。この一ヶ月ほど、ほとんど一緒にすごしてみて分ったのだが、意外と2人の相性は良好だった。共通の知り合いであるアーネストの忌憚の無い話題で盛り上がったりした内容は、今は目覚めぬ若者の為にオフレコにするとして。
「ですが、息が詰まってしまうのも確かですね。一つ伯爵様にお客をお呼びできないか、お願いしてみましょうか」
紅茶を注ぎながら、そう呟くニナ。
「お客、ですか?」
彼女達の外出は制限されていたが、人を迎える事に関しては規制が無かったはずだ。というか、2週間ほどで来客を許可されて以降、そのままだったりした。どうやら、職務以外では全く社交的でないのも似ているらしい。2人で招くと言うと、やはりあの事件の関連者だろうか、と考え込んだソーニャに、ニナはクスリと笑う。
「この日に暇な方で、お忙しい方々には聞かせられないようなお話で盛り上がりましょう? せっかくですから、先ほどのラジオ番組にも、投稿して差し上げたらいかがかしら」
ニナが浮かべたその笑顔は数ヶ月ぶりに晴れた物だったが、会話内容は実に後ろ暗いものだった。
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『独り身の独り身による独り身のための愚痴吐きの宴
〜何かの間違いで出会いもあるかもしれませんわよ〜』
かくて、世間はクリスマスを祝う桃色空気一色だというのに極めて空気を読まない招待状がラストホープに届いたのである。
●リプレイ本文
●宴に集う者たち
人里はなれた静かな森の中に、その別荘はあった。開かれた門の前で、招待客の幾人かは足を止める。おそらくは古く由緒のある建物なのだろう。そこは、落ち着いた佇まいと穏やかな暖かさを感じる場所だった。
「クリスマス‥‥か‥‥」
囁いた蒼志の白い吐息。同じ色の粉雪が静かに降りてくる。カップルがいちゃつく街中を離れ、1人見上げる空はどこまでも高い。
「ふむ、クリスマスだね」
掛けられた言葉に横を向けば、同じ様に天を仰ぐ雨霧がいた。
「クリスマス‥‥。何故か男女2人で歩かないと負けた気分になる季節っ! おかしいと思わないかね」
「ええ。クリスマスが悪いとは思いません。ですがカップルがいちゃつき回るクリスマスは何とかならないものか」
声を荒げる雨霧と、淡々と同意する蒼志。2人とも、クリスマスは嫌いではないのだ。カップルが羨ましいわけではないが、カップルのいちゃつき加減がうっとおしい、と愚痴る青年。雨霧は、むしろカップルでないだけで負けた気分になる者がいる風潮が納得いかないと言う。
「大体カップルがクリスマスにいちゃつく必要性ってあるんですかね。本質を忘れてはしゃぐだけというのは嘆かわしい」
「だからと言って、焦って声を掛けてくるのはいかがな物か、と思うわけだよ」
むぅっと膨れる雨霧。要するに、彼女が独りで街を歩くと声を掛けてくる男が幾人もいるのがうっとおしい、という事のようだった。
「‥‥」
押し黙る、蒼志。2人とも、クリスマスが嫌いじゃないのは同じだ。しかし、その本質は真逆であった。
一方、クラークは屋敷の正面へ誰よりも早く辿り着いていた。
「さて、驚いてくれるかしら?」
理知的な微笑を浮かべるクラークは、いつぞやの依頼で見せた女装姿。あの依頼でソーニャに変装した彼は見事に囮を務めた実績がある。
「最初のお客様がそっくりさんだとは、思いませんでした」
応対に出たニナは、苦笑しながら彼を奥へと案内していた。と、前方から眠そうなソーニャがのそのそと歩いてくる。以前に見たのと同様の、お洒落とは縁のない格好の上に白衣を羽織ったスタイルだ。
「お久しぶりですわね、ソーニャさん」
「あら。‥‥クラークさんかしら?」
少し目を丸くしたソーニャの様子に、悪戯が成功した青年がほくそ笑む。そんな顔見知りの来訪もあれば、ソーニャ達の招待に興味を持って訪れた人たちもいた。
「折角のイブの夜だ‥‥。のんびりと過ごすのも悪く無い」
スーツにロングコートを羽織った八神の横を、白虎が通り過ぎていく。
「ふっふっふ。嫉妬の匂いがするにゃー」
嫉妬はともかく、正装の美青年とミニスカサンタの女装美少年というのは実にカオス臭漂う絵面ではあった。だが、それでは物足りないらしい慈海が口を尖らせる。
「カポーがいないので、カオス分に欠けるなぁ‥‥」
彼らをはじめとする闘士達は、嫉妬する対象がいないと、どうも元気が出ないようだった。
「まぁ一人身だし、カップルがいないところで騒ぐのも良いね」
「せやな。今日は皆で楽しもな〜!」
同じく嫉妬の闘士である神撫と奏良が言葉を交わす姿を遠目に、何処か楽しげな紫翠が口元に手を当てる。
「顔見知り‥‥多いですねえ? これは‥‥濃く、なりそうですね?」
それは、何処か不吉なにおいがする予言だった。彼らとは異なり、普通の楽しみを求めてこの場を訪れた面々も、もちろんいる。
「貴族の食べ物ってのは楽しみだな」
どんな豪華なものが出てくるのか、等と夢を膨らませる源次に、知らない人ばかりの会場に少し緊張気味の蓮角が、ぎこちなく笑みを見せた。
「貴族はともかく、参加した一番の目的ですから」
「‥‥ん。私も。食べ物。食べられると。聞いたので。来た」
美味しい料理に思いを馳せる2人を見上げて、憐がこくりと頷く。
「なんだろう、この和やかなようで程よく混沌としている素敵なパーティは‥‥」
3人の後から門をくぐった千糸の青い目が子供のような輝きを一瞬だけ垣間見せた。クールな表情の下には、抑えきれぬワクワクが潜んでいる。
●再会の声
会場となっている洋館は、再会の舞台にもなっていた。
「あ、クラークさん。お久しぶり。随分賑やかですね」
以前に任務で一緒になった久志が、壁際にいたクラークに片手を上げた。ちなみに、クラークの女装はソーニャを驚かし終えた後は解いている。
「ソーニャさん達は元気かな?」
ホールを宴席に開放している他、フロアや庭にも傭兵達の姿が多い。周囲を見回しながら呟いた久志にクラークはホールを指差した。今宵の招待者の2人が並んでいる。
「いらっしゃいませ。立食形式ですが、簡単なお食事は用意しております」
引きもきらぬ来客に応対するのは主にニナの役目のようだ。ソーニャが出て行くのは、さっきのクラークのように彼女を名指しで遊びに来た相手に対してのみ。そもそも、客を迎えようと言い出したニナに、面倒くさがりのソーニャが賛成したのは、ニナの気分転換になるだろうとの意図だった。
「‥‥まぁ、気分転換にはなるでしょう」
普段よりも少し明るいニナの様子に、ソーニャは微笑む。その柔らかい表情は、久志やクラークが任務で見かけた頃のソーニャにはない物だった。
来訪者はまだまだ続く。
「こんにちは〜。愚痴を吐きに来ました♪」
にこやかに言う大人の女の黎紀だが、看護婦だったりする彼女の愚痴は表立っては口外できないような物ばかりだとか。実の所は準備に当たるニナ達の手伝いも兼ねての来訪だった。黎紀の隣には、やはり手伝いを志願しようとルクレツィアが馳せ参じている。
「少し窮屈そうですけど‥‥。お2人が過ごしやすそうな場所で、‥‥良かった、です」
ソーニャとニナが暮らす周囲の様子にキョロキョロと目を向けてから、ルクレツィアがおっとりと微笑んだ。
「そういえばこうやってクリスマスをゆっくり過ごすのも久しぶりだな」
ふっと皮肉っぽい笑みを浮かべて、毅は動き出した会場を見る。自衛隊時代からの長い長い腐れ縁が続く雄二が、厳かにミサを取り仕切る姿が目に入った。牧師でもあるらしい雄二が必ず休暇を取る為に、毅はクリスマスといえば寒い中で出撃待機していた記憶ばかりが思い出される。雄二が選んだ賛美歌は、106番。
「歌う側に回るのは久しぶり、か?」
低く響くアンドレアスの声が、いと高き所にいます神の栄光を称える。東洋人が多い今宵の来客の中、ルクレツィアや黎紀に混じってクラークの歌声が高音部へ加わった。
「おや、クラークさん、まさかあなたがここにいるとは‥‥」
独り身だったとは意外だ、と毅が笑う。
「歌詞は覚えてないが、聞いた事はあるな」
伴奏に混じって鼻歌を歌う源次。普段音楽に馴染みのない者でも、有名な部分に至れば思い出せる、そんな曲だ。3度目のコーラスにかかる頃には、歌声は随分と多くなっていた。
「さて、ここに書かれている通り、クリスマス。イエスの誕生そのものが福音であるわけです、福音とは、偉大な知らせであり‥‥」
至極真面目にミサを執り行い始める雄二だが、アンドレアスなどの一部の例外を除けば、参会者の多くは聞いちゃいない。困った事に、彼よりも多く人を集めていたのは白虎の演説だった。
「今年一年、思えば公園での戦い以来、様々なカオスを引き起こせたのにゃー」
頷きながら耳を傾ける団員達。そこに混じって、何故か共感してしまったらしい蓮角の姿もある。
「まぁ、若いうちは色々と思う所があるのも分からんではないが‥‥」
羽目を外しすぎないように、と離れた所からクライブが苦笑した。白虎の言う公園での戦いにおいては、老兵のクライブ率いる鎮圧隊は彼らと激しくも空しい戦いを繰り広げたものである。屋台を防衛していたクラークも含め、その時の主だった面々が何故か仲良く揃っているのが不思議な宴だった。
「どうです? 興味があるなら近くで聞いてみては」
「あー、俺は遠慮しておきます」
笑顔で勧誘活動をかけてくる神撫から一歩引くも、何となく耳を傾けてしまう蒼志。彼のような者も含めれば、潜在的視聴者の数はかなりに上るだろう。
●そろそろ宴会、始まるよ
「‥‥ん。取り敢えず。先ずは飲み物が。欲しい。カレーを。一丁。大盛りで」
ミサと演説を背景に、憐が注文を出す。
「申し訳ございません。すぐに御料理もお持ちしますので、少しお待ちください」
招待者として客を迎えつつ、この人数の料理や飲み物の準備までをニナが1人で切り回すのはさすがに難しい。おつまみのような物は既に並んでいるのだが、ニナの見込みの倍ほどの客人が訪れている現状では明らかに足りなかった。それを見越してお手伝いを申し出てくれた黎紀とルクレツィアは先に厨房へ向かったようだ。
「そうそう。罰ゲーム用に、ロシアンシュークリームを作って欲しいのにゃー」
「ロシアン‥‥? 聞かないお菓子ですが」
首を傾げたロシア人のソーニャに、いい笑顔でチューブ入り練りワサビを見せる白虎。要するに、普通のシュークリームの中に、一見見分けのつかないワサビ入りを仕込むという事のようだ。
「食べ物版のロシアンルーレット、ですか。危ない事を提案する子ですわね」
などと言いつつ、ソーニャには止める気などさらさら無いようである。
「あ、料理。ボクも手伝わせてもろて、ええかな?」
ちょっぴり照れくさそうに言う奏良へ、優しい微笑を浮かべて頷くニナ。ボーイッシュな奏良だが、料理に憧れる女性らしい一面もあるのだ。
「そんなに人手が足りないのなら、俺も手伝いますよ」
「ン? それ、どういう意味や!?」
腕まくりする神撫を睨みつつ、奏良も奥へと向かう。
メインの料理が出来上がるまでの間、お酒もまだなのに出来上がり気味の来客たちは楽しく愚痴を吐き始めていた。
「やっぱり世の男性はきょぬーが良いのか!?」
スレンダーな千糸が拳を握って周囲に疑義を投げかける。何となく、そういえば今宵参集した女性陣には書類上細身である人々が多い。あくまでも、書類上である。
「私は良いと思ってるぞ! うん、良いよね。あの豊かな双丘には夢がいっぱい詰まってるよね」
「大きければええっちゅうもんやない!」
うんうん、と頷く千糸にカレーのトレイをもってきた奏良が反射的に怒鳴ったり。しかし、その後は何となく同志的連帯が強まった、そんな夜。
「‥‥ん。カレーは飲み物。だから。乾杯は。待つ」
物理的圧力すら感じられる熱い視線で、憐がソーニャを見つめる。
「あー、乾杯の音頭は私になるのかしら。でも、せっかくだから歌ってからにしませんこと?」
どうやらミサが一段落して、結びの賛美歌に入ったようだ。子供でも大人でも良く知っている前奏がかかる。
「‥‥ん。空腹は。最大のスパイス。だから。待つのは。構わない」
ちなみに、彼女が待つのは乾杯だけである。少女の手と口は先ほどからテーブルの上を蹂躙し続けていた。
「独り身の集会、ですか。意外とシックな雰囲気ですね」
思い思いにクリスマスキャロルが口ずさまれるホールへと、静かに足を踏み入れた叢雲が微かに笑う。その服の裾をしっかりと掴んだ真琴が、叢雲のコートの背に身を寄せた。
「そんなにしなくても大丈夫ですよ。あっちにはアスも見えますし」
などと言いつつ、この宴会は独り者の宴と題されているワケで。いかに顔見知りとはいえ振った当人から声を掛けるのは、気が引けるのである。それ以外の知り合いというと依頼での縁くらい。
「うぅ‥‥ミサには入りたいんだけど‥‥」
ちょっぴり人見知りの癖のある真琴が入り口でもだもだしていると、聖歌を歌い終えた面々の視線がちらっと向く。
「‥‥おや? こんな所に桃色の気配がするにゃー?」
「本当ですね、白虎さん。」
絶妙のタイミングで合いの手を入れる蓮角は、既にしっ闘士の中に溶け込んでいた。
「っていうか、前から疑問だったんだけど‥‥。真琴ちゃんと叢雲ってどんな関係?」
友達とも思えないけれど、などと火に油を注いで見る慈海。不穏な空気に顔を巡らせたアスが慌てて声を上げる。
「ま、待て待て! こいつらいつもこんなだから! ただ幼馴染ってだけだから!」
ざわっと空気が揺らいだ。幼馴染。実に甘美な響きである。
「幼馴染、ってことは‥‥」
「腐れ縁と同意ですよ。おおむね」
周囲からの危険な視線を認識してはいる叢雲が、片手を顔の前で振りつつそんな事を言う。が、周囲に怯えて背中に隠れる真琴のせいで台無しだった。
「幼馴染って言うとあれかな。毎朝、『遅刻するよ!』とか部屋まで起こしに来たり‥‥」
「ああ、そんな感じですかね」
どう考えてもアニメかゲームに毒されたイメージを口にする毅に、叢雲がしれっと同意した。ちなみに起こしに行く側が彼である。主にしっ闘士からの熱い視線に込められた敵意が、更にランクアップした。が、鉄面皮の叢雲や、そもそも理解していない真琴には効果が無かった。
「あー、もう。こっちこい。入り口にいたら邪魔だろうが」
何で俺がお前らの世話しなきゃいけないんだ、などと言いながら、ホール中央を突っ切って2人を迎えにいくアス。片手は長い金髪をかき回しつつ、もう片手で真琴の手を引く。伸ばした手に躊躇いが無かったことを、誰かが気づいたろうか。
「それではあぁぁぁ、これよりいぃぃぃ、独り者たちのおぉぉ、宴を始めるうぅ、エェェェイメェェェンンン!!!」
壇上では、ミサを終えた雄二が空気を読まぬ雄たけびを上げ‥‥、その辺にあった物を投げつけられていた。
「雄二、それは宗派が違うだろ‥‥」
溜息をつきつつも、他人の振りはせずに毅は相方を回収する。
●天然の恐怖
(本物のカップルなんてこの場にいるわけ無いじゃありませんか。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし‥‥)
そう思っていた者がいたとしたら、世界の摂理を理解していなかったとしか言いようが無い。そもそも、ファンタジーとかメルヘンの産物が跳梁跋扈するのがクリスマスではないか。
「おや、皇‥‥、か?」
真琴と叢雲が盛大に周囲の殺意を集める裏で、千糸に八神が声を掛ける。こんな場所で顔見知りに会うと思っていなかった千糸が瞬きした。
「偶然ね。お互い寂しい独り身同士というわけだ。今日は何か目当てでも?」
「あてもなく適当にぶらついているだけだが‥‥」
少し、逡巡する八神に、千糸が首を傾げる。頭1つほど違う高さの青年を、下から覗き込むように。
「皇が暇なら一緒に行動しないか?」
咳払い1つの後で八神が口にした誘いに、彼女は薄く笑って頷いた。そう、真の裏切り者はこっそりひっそり目立たぬように暗躍するのである。
「さて。今宵は私達の招待に応じて下さってありがとうございます。私もいい加減この生活に飽き飽きしておりまして。いい憂さ晴らしになるといいですわね」
乾杯、と杯を掲げるソーニャに、周囲から差し上げられる手。混沌に偏り気味の宴は、ようやくその幕を開けた。
「‥‥始まったのかな?」
外から、その様子を窺う人影が1つ。ハバキは、この場においては恐らく場違い極まりない彼女持ちという存在だった。独り身の宴に参加したいわけではなく、ニナやソーニャに挨拶をしたくて訪れた青年は、身に下る災厄を最小限にとどめるべく、ひっそりと内部へ‥‥。
「あれっ!?」
いきなり入り口で知り合いの声。慈海がニコニコと微笑んでいる。その笑みが少し邪悪に見えるのは錯覚ではないだろう。
「俺と接吻した間柄で両想いだけど彼女持ちのハバキくんが何でここにっ!?」
しっと団の一員の慈海は、友情よりもしっとを取ったのだろうか。ざざーッと、周囲の目がハバキに向く。
「おい。こんな所に来て大丈夫か? 彼女ほっといていいのか?」
「言われなくてもすぐ帰るよ」
心配げに言うアスの姿に、思わず手を振っちゃったりしつつ、さすがに『愛しの彼女が待ってますから』等と付け加えたりしない程には空気を読むハバキ。ほわほわしているようで、空気には敏感なのである。
「聖夜に彼女をすっぽかして遊びに来るとか、大丈夫なのかしら?」
苦笑しつつ、ソーニャが手招きした。しっ闘士もさほど盛り上がらないのは、カップルじゃないからだろう。あるいは、珍しく彼らも空気を読んだのか。
●カジノ・クリスマス前編
「叢雲、どこに行くの?」
コートを脱いで手渡した叢雲に、真琴が不安げな表情を向けてくる。
「いえ、少々彼らと話し合わなければいけないようですので」
見やった先には、カードテーブル。椅子に座ると足がつかずにブラブラしている白虎と、やる気満々に危険な笑顔の奏良の姿が見える。
「カジノ働きは伊達じゃないって所をお見せしましょう」
ニヤッと黒い笑顔を見せる叢雲。そう、こんな場所で行われるカード勝負がまっとうな物である筈も無かった。
「ぐぁー!? なんやこれ!」
配られたカードの酷さに、素人丸出しで天を仰ぐ奏良。ディーラー役の叢雲が一見明るい笑顔を向ける。
「どうされますか?」
「ぜ、全部交換‥‥勝負や!」
素人の少女を手玉に取る事など、カジノ用語で言うところのメカニックであるらしい叢雲には造作も無い事だ。保護者代行っぽいアスを隣に、真琴がきゃっきゃと勝者へエールを送った。
「‥‥く、食えばええんやろ‥‥」
敗北者は罰ゲームとしてシュークリームを食べる事になっている。眼を閉じて口に放り込む奏良。口の中にほんのり広がる上品な甘さに、少女はほっと吐息をつく。当たりを引いてしまったらどんな事になるか、製造に関わった少女は良く理解していた。
(くふふ、まさか丸ごと手札を全部変えるとは思うまい)
隙を見て、スカートの中に隠した手札と入れ替えようとする白虎。しかし。
「‥‥お客様、イカサマは困りますね」
「ど、どこに証拠が!」
カジノ勤めの経験もあるという叢雲が封切のカード以外を使う事も無く。白虎のカードはミニスカサンタ服のスカートに隠されていた時間で少し蒸れていたのだ。
「さ、食べてもらいましょうか」
罰則は、ロシアンシュークリームを5つ。4つ目を口に入れたところで、うにゃーとか叫びながら白虎はトイレへ消えた。
「うがー、さっきボクが負けたのも総帥のイカサマか!?」
わめく奏良。しかし、この空間ではバレ無ければ正義。お人好しほど先に破滅していくのである。
「まぁまぁ、白野威さん。ケーキを取ってきますが、欲しい物はありますか?」
「む‥‥。シュークリーム以外」
奏良の答えに頷き、コーナーに回るクラーク。年下には面倒見の良い青年を見つつ、遠くで毅が今一度首を捻って、『意外だ』と呟いていた。
「おっかしいなぁ、なんで勝てないんでしょうか?」
首を傾げつつ、蓮角が席を立つ。まだ当たりこそ引いていないが、この様子では危険だ。片手をポケットに突っ込んだままの雨霧が次の客である。
「ふむ。なるほど、なるほど」
テーブルでは、英国の伯爵よろしく片手にサンドイッチで参戦した源次が配られた手を見ながら頷いていた。ギャンブラーの1ゲームは様子見がセオリー、次のゲームで叢雲が仕込みに入ろうとする。
「ふふん、そこまでだよ、ディーラー」
「!?」
カードを配り始めた叢雲の手を押さえる雨霧。こっそり覚醒していた彼女の目は、青年の熟達したカード捌きすら見切っていた。
「‥‥能力者相手なのを忘れていましたよ。完敗です」
得意げに胸を張る雨霧に、叢雲は背を向ける。苦笑交じりに罰ゲームのシュークリームを‥‥、食べる振りをしてこっそり袖の中へ。諦めがいいのは舌先だけだったようだ。
「ほらよ。ったく、何で俺が真琴の保護者してるんだよ‥‥」
不安そうな真琴を見るに見かねて観戦中も一緒にいたアスは、実に『いい人』である。
「私も以前は会う人会う人にいい人と言われたものです。‥‥だから、ずっと独り身なんですよね」
間接的過ぎる皮肉が通じる程度には、2人は似たもの同士だった。舌打ちしつつ、アスが席を立つ。
「敵を討ってやる、なんてつもりはないからな」
金髪の青年を迎え討つのは、クラークと蒼志。源次は観戦に回り、どうやら雨霧は飽きて他に向かったようだ。
●残された者と共に
一方、主催者の周囲に集まった面々。
「‥‥元気そうで良かった」
ハバキがふんわりとソーニャに微笑みかける。その手にはクリスマスカラーの花束。女性を訪なう時のこの心遣いの有無が、ひょっとしたら人生の勝者と敗者を分けているのかもしれない。
「別に元気ではありませんわよ」
そんな事を言うソーニャに、慈海がニコニコと酒を注ぐ。同じ研究者として退屈に倦む気分も分かるものの、のんびりボーッとするのも悪くない、と言うのは人生の先を行く物の余裕といった所だろうか。
「ありがと、な。ソーニャ」
ハバキの言葉に、言われた当人が怪訝な顔をする。ハバキたちの願いで、ハミルを失ったアーネストの傍にソーニャがいたのは、初夏から戦地に倒れるまでの短い間だった。アーネストはどういう日々を過ごしたのだろうか。そして、アーネストがいなくなってから、ソーニャは何を思って過ごしてきたのか。これから、どうするのか。聞きたい事は多いけれども、言葉に出したのはただ礼の言葉だけ。
「ニナはどうしてるのかな?」
「始まってからも準備に忙しいようですわね」
指差した方向から、トレイ片手の神撫が歩いてくる。目が合った神撫はソーニャに軽く会釈した。
「ソーニャさん、少し仕上げを手伝って貰えませんか?」
罰ゲームの目玉として、とは口にはしない神撫。
「はぁ‥‥。料理なんてした事はないのですけれど」
ソーニャが溜息をついて立ち上がった。
入れ替わりに広間に入ってきた祐希は、ちょうど出て行くソーニャの姿にチラリと目を向けてから、おもむろに手酌で飲み始めた。素面でいるよりも、酔いの勢いが必要な類の話の為に、彼女はこの場にやって来ている。
「‥‥ん。元気ないね? 沢山食べて。お腹一杯になれば。幸せになると思うよ」
「そうですね。今宵は胸のつかえを落としたい物です」
こく、と頷いた憐が再びテーブルへと消えていく。目の前で交わされたそんな会話に思う所があったのか、壁際でのんびりと過ごしていたクライブが祐希の向かいへ座りなおした。
「悩み事かな? よければ、この老人に話してみないかね?」
見上げた祐希に、穏やかな視線を返すクライブ。年輪を重ねたその目は、幾つもの生死を見てきた人間特有の落ち着きに彩られていた。
「なに、私も、いい加減年だし、酒も入っている、聞いたことなど、覚えちゃいないさ」
老兵の目に自分がどう見えるのかは、祐希にも何となく想像がつく。彼女は、その気遣いに感謝しつつ、ただ静かに杯を掲げて見せた。抱えているものは、ただの個人的な感情だ。
「‥‥ジンクスは、一生ついて回るもの、でしょうか」
口をついたのは以前までの悩み事。今一番問いたい事は、部外者に広げるには大きすぎるように思えた。
「私もジンクスもちは何人か見てきたが、正直、時の運としかいえないからね」
グラスの中の氷が音を立てる。クライブは口元の皺を少し深めて、言葉を続けた。
「ただ、後ろ向きだった人間が覆せた例は見たことはないよ」
目線を上げたときには、老兵は音も無く席を立っている。その背を、祐希は軽くグラスを挙げて見送った。
●カジノ・クリスマス簡潔な完結編
「では、私がディーラーを」
自己暗示でポーカーフェイスを貫くクラークが手札を配る。手つきを見守るギャラリーが、止めていた息を吐いた。
「小細工はしていない、という事か」
「零さんは、誰が勝つと思う?」
観戦している千糸と八神の言葉に、本人ではなく蒼志が口の端を上げる。
「イカサマなんて運を逃がす行為‥‥。それで勝てる程ゲームは甘くない‥‥!」
眼鏡を輝かせる青年の言葉に、ざわっと周囲の空気がうごめいた。
「コールです。さあ、これからが勝負ですよ?」
「頭で非情ぶってるヤツほど、実はカモってな‥‥!」
無表情なクラークへ、アスが不敵な笑みを向ける。ここだけ空気の違う一行の熾烈な戦いの横に、神撫が罰ゲーム用のシュークリームを置いた。その数、4つ。
「先ほど、ソーニャさんに頼んで作ってもらいました。準備段階から‥‥」
中途半端な個数なのは、摘み食いをしてしまった人がいたからだという。微妙に蒼い顔をした久志に一同の目が向いた。
「‥‥個性的な味‥‥ですかね?」
「実験と同じようなものでしょうに、どうしてうまくいかないのかしら」
言葉をやや濁す久志の向こうで、ソーニャがプイッと横を向いた。
「フッ、面白い。‥‥チップはお互いの命!」
いや、そこまで危険な食物ではありません。
●蠍座の残り香
「ずっと料理作ってばかりでもつまらんやろ? 今日はクリスマスやねんから!」
「そうですね。‥‥実の所、少し疲れました」
小さく笑ったニナを促して、ホールへと導く奏良。心配せずとも、準備したものに追加した分で何とかなりそうではあった。
「‥‥ん。皆がゲームしてる間に。食べる。分業」
約一名、ひたすら食を進める少女がいるが、さすがに1人で食べ尽くすには時間が無い。
「あちらも落ち着いたようですわね」
やや決まり悪げに言うソーニャ。最終戦の勝者はどうやら蒼志だったらしい。いい笑顔を見せる彼とは対象的に、テーブルで項垂れるクラークとアスの肌は少しばかり青ざめていた。
「どうも。お邪魔しています」
「‥‥貴女は」
忙しく立ち働いていたニナとソーニャを待っていた祐希は、その間に随分杯を重ねていた。アーネスト、あるいはエルリッヒの身柄が確保された件の報告書は、2人も目にしている。祐希の行動も、そして想いも。
「詫びは、しません。‥‥詫びて済むものでもない」
言う祐希に、ニナは首を振った。
「あの人を好いている方がいらしたのは驚きでしたが、‥‥男女の事ですし、そういう事もあるのでしょう」
「私はエルリッヒの事しか知りません。彼の半分はアーネストさんであるというなら、彼の事も知っておきたい」
くいっと杯を呷り、そう促す祐希の隣に、ルクレツィアが無言で座る。ハバキも腰を落ち着けた。
「そうですね。アーネスト様は‥‥」
言葉を選ぶように逡巡してから、ニナが微笑する。
「世間で言う変人、だったのだと思います。ただ、お優しい方ではありましたね」
「ニナさんは、アーネストさんの事‥‥、好き、だったんですか?」
ルクレツィアが意を決したように言葉をかけた。
「‥‥好きだったか、ですか?」
驚いたようにニナが瞬きをする。クスクスと笑いながらソーニャが何かを囁くと、ニナも微笑を浮かべた。言葉の内容を察したルクレツィアの頬が少し赤く染まる。
「ああ。そういう意味でアーネスト様を見た事はありません」
ニナは彼は弟のようなものだと告げた。ほっと息をついたルクレツィアへ、祐希がチラリと目を向ける。
「貴女は、アーネストさんへ好意をもっていたのですか?」
「‥‥はい」
頷くルクレツィアに、祐希も首肯を返した。恋敵を見るというよりは同志を見るような視線。ハバキが2人へと微笑を向ける。
「‥‥ルカが頑張るって聞いて、俺もスゲー勇気貰えた。凄いよ、ルカは」
あの青年の記憶と付き合っていかねばならぬ人間として。差し出しされたハバキの手を、ルクレツィアは逡巡を見せずに軽く握る。男性恐怖症だった少女の踏み出した小さな小さな一歩を祝福するように、ハバキは笑みを少し深めた。
「アーネスト君が、ねぇ‥‥。いえ、祐希さんにとってはエルリッヒと言わないといけないのかしら」
「いえ。ソーニャさんが接していたのはアーネストさんであってエルリッヒではない。エルリッヒを指すのにその名前を使うのは彼にとっても不本意でしょう」
別の人格であり、同じ身体であるというのは奇妙な事だ。いわゆる精神病と同じであるのか、それとも異質な物なのかも今となっては分かるものではない。
「エルリッヒ‥‥さんは、どんな方だったのですか」
「自分の興味の沸いた相手にしか目を付けない人でした。或いはアーネストさんとも似ているのかも知れない」
ワインを注ぎ、ウォッカを呷りながら、女達は目覚めぬ青年の話題でひとしきり時を過ごした。ゆっくりしていくように、と言われたハバキが苦笑しつつ腰を上げる。さすがに場違いを自覚するに十分なほど、彼は幸せだったから。
●そして、恋愛談義
「‥‥ん。ここは。何か。混沌としてる。ちょっと。観察して行こう」
食物を駆逐しつつあった憐がふと足を止める。大テーブルでは、別の話題で盛り上がっていた。
「恋人、ですか? まあ、昔はいましたよ。もうだいぶ前ですが」
毅の言葉が過去形である意味を察せぬ者はここにはいない。場の空気を和ませるように、神父服姿の雄二が不本意そうに呟く。
「モてない理由はないと思うんっすけどねえ」
「いや、あんたは話がくどくて長すぎるわ」
そんな青年の主張を、奏良がジト目で斬って捨てた。
「別にモテなくてもいいんだけどな。1人居てくれりゃいいんだよ‥‥」
盛大に溜息をつくアスは、ようやく先ほどのダメージから立ち直ったようだ。
「胡散臭い、とか言われるんですよねぇ。不本意ですけど」
「外見以前に、そもそも性格に難があるっちゅう奴やな」
眼鏡に手をやりながら言う蒼志の肩を、どうやら本日の突っ込み役らしい奏良が遠慮なしにポンポン叩く。
「‥‥私好みの髭の似合うダンディなおじ様って中々いないわけよ」
そんな千糸の言葉に、一緒にいた八神は思わず口元に手をやる。
「なんというかこう、パリッとしたスーツ着こなした英国紳士的な? 巨乳なお姉さんでも構わないんだけどね」
青年の心境は露知らず、千糸はあっけらかんとそう付け足した。そんな様子を、まだご飯を食べ続けながら源次が眺めている。
「カップルを見てるとこちらの気持ちも満たされてくるような、そんな暖かさを感じるんだよな」
「ん? 何のこと?」
首を傾げる千糸の横で、意を決したように八神が口を開いた。
「僕自身の好みのタイプがどういうものか分からないが‥‥。皇の事は好意に思ってる‥‥」
「‥‥は? いや、しかし私は胸が小さいぞ」
とっさにそう答えてしまう辺り、相当に気にしているのだろう。どう見ても混乱している様子の千糸に、八神は返事が今すぐに欲しいわけではないと微笑した。
「男女関係はこの年でもわからんことが多いよ。運命の相手、というのもね」
クライブがそんな事を言う。いつの間にかこちらに鞍替えしていたソーニャも、したり顔で頷いていた。どうやら、アーネスト関連の話で盛り上がる隣卓から逃げ出して来たらしい。
「アーネスト君の事は、そりゃあもう相当知っているんですけれど、そういう意味では範疇外だと申し上げているのです」
等と言うソーニャの理想は、お金持ちだという。が、若社長のアーネストなどストライクではないかと突っ込まれれば、そうでもないのだとか。
「研究のパトロンとしては悪くないのですが、人生のパートナーと言うには不安要素が多いように思いますわね」
等としたり顔で語るソーニャへ、久志がチラッと目を向けた。そんな中、ようやくダメージから立ち直ったらしいクラークが手を挙げる。
「自分のタイプは、信念を貫き通す人です。そういう意味では、ソーニャさんは好みのタイプですね」
「‥‥は?」
きょとんとしたソーニャは、年の割に若く見えた。
「年下はお嫌いですか?」
等と付け足して笑うクラークは、どこまでが本気なのだろうか。年上趣味というのは千糸のような女性に限った事ではないらしい。
「僕も、年上の方には惹かれますよ」
久志もそんな事を言うが、ソーニャはまだ鳩が豆鉄砲を食らったような表情を継続していた。
「俺の好みは、純粋そうで、落ち着きのある人ですかね」
「あはは、ボクは大違いやなー」
けらけら笑う奏良へ、蒼志は口元だけで笑う。
「ま、別にこの2点が無きゃ駄目ってわけじゃないです。こういう事は例外の多い事ですしね」
「ん? それってどういう意味や!?」
わたわたと振り返った少女を、蒼志の苦笑が迎えた。
「冗談ですよ、言うまでもないでしょうけれど」
「‥‥何や、馬鹿にしくさって! やる気か、コラ!?」
(弄りやすい人ですねぇ‥‥)
ハリセンを構える奏良は、蒼志が口に出さなかった条件だけは満たしているようだった。
「‥‥大体ですね。こちらは三度叩き落とされてその度直して挑戦していたんですよ?」
「は、はぁ‥‥」
奥のほうでは、祐希がいい感じにくだを巻き始めていた。ニナが相槌を打ちつつ、酒を注ぐ。彼女は明らかに酔い潰れるペースで杯を重ねていた。
「‥‥一度で倒れて再起不能とか根性無しにも程があります。もう少し根性見せろと言うのだ」
脱出装置抜きで生き延びた辺り、褒めてあげたいという気もするのだが祐希には今ひとつ不満のようである。いつの世も、女性は男性に多くを期待するのだ。
●
「好みですか。やっぱり、見ていて放っておけない人かな? ついつい手を貸したくなる人にはよわいんだよねぇ」
はぁーっと溜息をつく神撫の脳裏には、特殊部隊の所属と思えないほど頼りない、ある少尉の姿が浮かんでいた。恋に思い煩う青年に、周囲の面々が敏感に反応する。
「ふむ、何か特定の人物を思い浮かべている様子じゃないか?」
「そうなんですよね。会った回数が少ないのか? それとも、ただの戦友としてしか見られていないのかな?」
「そも、意中の方は守ってもらいたいと思っているんですか? 傍から見られているのと本人の理想は別かもしれませんわよ?」
今見えている様子が、本当のその人ではないのかもしれない。偉そうにそんな事を言うソーニャだが、彼女の場合は周囲の見方と本人の希望はほぼ一致しているだろう。
「で、どうだね? 少しはすっきりしたかい?」
ふと気づくと、クライブがそんな事を言っていた。
「なあに、後は、君の思ったとおりやればいい、それでだめなら、もう一度、だ、戦場以外なら、いくらでもやり直すことはできるからね」
「‥‥何度でも、か‥‥」
今日の会話は、神撫にとって得る物があっただろうか。
夜は更けて、飲みつつある面々はグダグダに、そうでない物は宴の終わりに向けて気持ちを切り替え始める時刻。
「‥‥結局‥‥花嫁とは、何だったのでしょう」
机に突っ伏していた祐希が、ボソリとそのような事を呟く。答えを期待しての質問ではなかったが、傍にいたニナが口を開いた。
「良くは分かりませんが、彼にとっては何か特別な存在だったようです」
記憶の霞を吹き払う誰か。自分が、眠りについたとしても忘れる事のなき女性。ひょっとしたら、そんな都合の良い存在など無かったのやも知れないが、エルリッヒはいつかそのような相手に会えると信じていたようだ。
「‥‥あるいは、そう思わなければ正気を保てなかったのやもしれませんね」
眠りと共に全てを忘れるはずのエルリッヒが失わない唯一の記憶が、その強迫観念にも似た願望だったというのは皮肉な事だ。
「ただ。私もあの方を憎んではいませんでしたよ。嫌いでしたけれど」
ニナの呟きは、祐希の静かな寝息の上を漂っていった。
「このアロマをアーネストさんに。寝ていても近くに在れば香りは届くし‥‥」
スズランは優しい香りだから、とルクレツィアがそっと小さな包みを置く。
「どうにかして届けますわね」
そう頷いたソーニャの横に、クラークが歩み寄ってきた。
「ああ、忘れる所でした。これ、良かったら貰って下さい」
差し出したのは、百合の花の髪飾り。
「クリスマスの贈り物など数年ぶりです。誕生祝に続いて、今年は色々と懐かしい祝い事をしていただいていますわね」
感激すると言う事も無いようだが、ソーニャはプレゼントを受け取った。クラークはさっと手を一振りする。
「T−システム頑張ってくださいね?」
「‥‥もう、開発打ち切りになったようですわ。残念ですけれども‥‥」
ソーニャはそう溜息混じりで返答した。
「って、どなたかファックスってしていましたか?」
慌てて立ち上がり、電話機へ向かったソーニャ。もうラジオの放送時間は過ぎていた。
「何人かが送っていたようですよ。大丈夫じゃないかな?」
「ならば、良いのですが」
久志の言葉に、ソーニャはほっと息をつく。
「それよりも、ソーニャさん。不幸にも来年、お互いに予定が空いてしまっていたら、その時は一緒に過ごしませんか?」
今度はプレゼント持参で、と言う久志に彼女は少し柔らかい笑みを見せる。
「フフフ、たまには悪くありませんわね。こういうパーティも」
久志の微妙な苦笑。どうやら、含んだ所までは彼女には届かなかったようだ。
「ま、のんびりいくのは慣れていますし、ね」
独白は口の中だけで消えた。
夜は更け、宴は徐々に静かな物になっていく。家路に就く者もいれば、その辺で丸くなる客もいた。紫翠のように片づけを始めている者もいる。
「次はバレンタインだ!! 来年もがんばるぞー!!」
白虎の煽りと、それに応える一部の面々。なんか1人位増えちゃっている声を背に、アンドレアスが夜空を見上げる。幼い頃に見たよりも低く、手が届きそうなほどの高さで極北の星が輝いていた。