●リプレイ本文
●極寒の地にて
「よう、久しぶり、だな」
短く言って手を上げた篠畑に、如月・由梨(
ga1805)が会釈する。外気は氷点下8度。これでも比較的暖かい日らしい。余り口を開きたくは無い気温だった。
「にしても、寒いですねぇ。コートも意味を成しませんか」
由梨機の脇に並んで駐機したディアブロから、斑鳩・八雲(
ga8672)のため息が聞こえる。ロシア人は強い酒を好むという理由がわかった気がする、と青年は苦笑しながらキャノピーを開けた。緋沼 京夜(
ga6138)が彼の逆側に自機をつける。都合3機のディアブロが並んだ様子は壮観だった。
「Hai.こんにちは、篠畑さん。‥‥と、噂の3人ね」
寒さにもめげず明るく言うシャロン・エイヴァリー(
ga1843)に、篠畑の部下達も思い思いの挨拶を返す。砕けた敬礼のボブと、ぴしりと決めたサラ。資郎は差し出されたシャロンの手に瞬きしてから、軽く手を合わせて微笑した。
(今度は、足手まといにならないようにしないと‥‥)
そんな出迎えの様子を見ながら、リゼット・ランドルフ(
ga5171)は内心、決意を新たにしていた。滑走路に降り立った彼女の機体は以前のワイバーンから新鋭のシュテルンに変わっている。黒の機体に青の翼という塗装は、一面の雪景色の中で目に鮮やかだ。
「模擬空戦か〜。何気にバグア相手の実戦経験ばっかで、傭兵相手の模擬戦とかって未経験なんだよナ」
普段とは勝手の違う様子に唸り、ノビル・ラグ(
ga3704)は初対面の篠畑達に挨拶をしようと駆け出す。線の細い少年の機体は、やはりスマートなアンジェリカだった。
「‥‥むぅ」
周囲を見回し、リュス・リクス・リニク(
ga6209)は緊張した様子で口をつぐんだ。空戦の経験がほとんど無い少女にとって、ノビル以上に慣れぬ事も多い。任務で良く一緒になる顔がないのも、緊張を深めていただろうか。
「さ、流石に寒いですね‥‥」
例え能力者でも、極寒のロシアでバニーさんは寒い。寒すぎる。思わず覚醒してしまうぐらいに生命の危機があるらしい。自機の傍ら、ヤヨイ・T・カーディル(
ga8532)はコートの襟を合わせて大急ぎで建物を目指す。
「大丈、夫‥‥?」
心配げに首を傾げるリニクが、今日のヤヨイのペア相手だ。見た目は20代半ばと11歳。親子と言うには歳が近い。
「大丈夫ですけど、凍えない内に早く建物の中に行きたいです」
ニコリと微笑みかえすヤヨイに、少女の緊張も少しほぐれたようだ。
「ふー。ようやく人心地つきましたね」
「ワーォ、ファンタスティック!」
コートを脱いだヤヨイにボブが過剰反応して、サラに蹴られた。
「ふむ、実に資本主義的な服装だな。お嬢さん」
眉1つ動かさずに使い古されたジョークを飛ばす中佐。彼だけではなく、部下の面々も揃いも揃って仏頂面だ。寒い土地で過ごしていると、顔の筋肉が強張るのだろうか。
「本日は午前中に機体のデータ検証。午後は模擬空戦をお願いする予定だ」
検証といっても、他社のブラックボックスの中身が判る訳ではない。カタログ表記通りの性能が出るかどうかを、現地の技術者が見ていく間に、傭兵達は長駆の疲れを癒しながら模擬戦の計画を考える事になっていた。
「こっちのメンバーは、シャロンがリーダーで由梨、ノビルとリゼットに俺と資郎の6人か」
メンバー表を見た篠畑が、バランスはしっかり取れているようだと頷く。
「今回は敵味方ですが、よろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ」
いつかよりも自然な笑みを浮かべたサラに、リゼットも微笑を返した。
「特に指示は出さないわ。各自、自身の特性を最大限に発揮して、新しい発見と学んだことの復習にしましょう」
実戦と違い、集団で勝つ事よりも個々の機体の動きなどを見せる事が主眼のテストだから、とシャロン。
「そうか。そうすると陣形とかは取らない方がいいかな」
囮を中央に、包囲射撃態勢を提案しようとしていたノビルが顎に手を当てる。
「相手はバグアの無人機じゃないし、そうそうひっかかっちゃくれまいさ。それに‥‥」
多数の連携攻撃は、空中戦で仕掛けるには難度が高い行動だと篠畑は指摘した。大規模作戦の時のような高度な管制を受けているわけでもない。ノビルの原隊のように、空中戦慣れし、お互いの癖や気心も知れた仲間であればこそ可能な作戦は、ぶっつけ本番では厳しい。
「ここは最前線の基地ですし、不測の事態にも備えないといけませんね」
ヤヨイをはじめとして、傭兵達の危機意識は高めだった。バグアとの交戦プランを京夜、八雲、由梨達が素早く組み上げていく。
「僕はブーストや特殊機動を控え目にするつもりです。何事も無ければ無駄になりますが‥‥」
「いや。燃料を使い切ったKVはただの棺桶だ。敵が出ることを想定するなら、余裕は確保したい」
八雲の言葉に、篠畑が頷いた。
●離陸演習
傭兵側の提案で、模擬戦は離陸時から行われる事となった。3000m超の大型機用滑走路の端に別れて、両チームは行動を開始する。従来機と違い、前方50mの距離さえ確保すれば離陸が可能なKVならばこそ可能な芸当だ。
「交戦空域での出撃、という仮定でいいか? シャロン」
篠畑の問いに、リーダーのシャロンが頷いた。離陸直後に念頭に置くべき行動は幾つかある。空戦において優位に直結する高度を優先するか、あるいは離陸直後の無防備な瞬間を狙われる事を避けるか。今回のように滑走路幅に余裕のある場合、数機で離陸タイミングを合わせるか、準備の早い機体から先に上がらせるかも検討事項になるだろう。
「最低高度を確保後、右ロールで滑走路上から軸をずらせ」
観客へのサービスだ、と笑う篠畑。離陸直後のロールはロシア軍機の離陸パターンだ。
「後は素早く高度を取り‥‥」
「周辺警戒、ですね」
リゼットが頷いて後を続けた。迎撃であれば、可能な限り間は詰めて上がらねばならない。シャロンと由梨の機体がロールに入った時には、後に続くノビルとリゼットは既に滑走に入っている。VTOLであろうとも、滑走可能であればその方が早い。
「さすがに、あっちも早いな」
空自上がりの京夜のチームも、2つ目のグループが離陸を開始している。制空戦闘機を上げてから、目となるウーフーを飛ばす形だ。兵装をバルカンと剣翼のみに絞って軽量化を果たした京夜機は、早くも戦場を見渡せる高度を確保していた。
「ま、ここまではどっちも及第点、か? 中佐」
「初めて訪れた基地でそれだけ出来れば十分だ」
離陸距離が短いと言う事は、離床までに掛かる時間も少ないと言う事だ。両チームとも取り立てて手際が良いとは言えないが、通常戦闘機のスクランブルに比べればここに至るまでの時間は相当に早い。KVという兵器の強さはここにも現れていた。
●交戦開始
離陸を終え、基地の上空で東西に分かれる。第一線のKV同士の空中戦を間近で見れるとあって、手の空いた基地の兵士はほとんどが戸外に出て空を見上げていた。
「一度、本気の篠畑と戦ってみたかった」
編隊中央に位置した篠畑機へ、京夜がニッと笑いかけた。
「リニクは、何をすれば良い、ですか?」
「‥‥っと、そうだな。邪魔が入らないように、警戒を頼む」
初空戦になるリニクへの配慮を忘れる辺り、随分熱くなっているようだ。そのやり取りが合図のように、両チームが間合いを詰める。シャロン、由梨のロッテと篠畑の3機が前に、リゼットとノビルが中間位置を取り、岩龍がそのやや後方につけるチーム1。チーム2は京夜と八雲、サラが前に出てそれぞれの僚機が後方から支援する形だった。お互いの前衛機がまず間合いに入る。
「出鼻を挫かせて頂きますよ」
「被弾ゼロ‥‥ってわけにはいかないか。さあ、行くわよ!」
八雲のロケットランチャーの着弾とタイミングを同じくして、シャロンが煙幕を射出した。続くバイパーからの射撃は、判定システムによれば命中しなかったらしい。
「ワオ!?」
トリガーを絞ったボブが奇声を発する。煙幕の陰で進路を変えたシャロンが、一気に彼の機体へ肉薄していたのだ。普段なら無駄口を咎めるサラは、シャロンへ迫ろうとした所を由梨機に抑えられてそれどころではない。
「『ドゥオーモ』&『パンテオン』全弾発射‥‥! 行っけ―――ッッ!!」
間合いに入った京夜を狙ったノビルのミサイル一斉射撃は、火力に優れたアンジェリカの特性を存分に生かした初手の全力攻撃だ。
「喰らうか!」
「く、流石に隊長機だな‥‥」
機動性に優れた京夜を捉えるには及ばないが、回避行動が隙を生むのは否めない。ドッグファイトに入ろうと言う瞬間に敵を見失う事は、敗北に直結する。
「チッ‥‥、どこ、だ?」
警戒した篠畑の攻撃は、加えられる事は無かった。タイミングを同じくしてヤヨイの狙撃が篠畑機を狙っていたのである。
「おねーさんからの挨拶代わりと思ってくださいね」
微笑の中にも少し棘の見えるヤヨイの声に首を傾げる余裕は、篠畑にはない。
「篠畑、手合わせ願おうか。手加減は――無しだっ」
「速い‥‥な」
一対一のドッグファイトが土俵の篠畑に、あえて正面から勝負を挑んだ京夜。こと小回りと機体制御に関しては常人離れした篠畑の力量を、彼は実戦で見知っている。
「‥‥勝負、ですか」
同様に篠畑の技量を知る由梨が、京夜機のセッティングを見て呟いた。相手の旋回の内側を取る事は諦め、徹底した軽量化による推力比の向上によって縦の動きで優位を確保する作戦だ。
●能力者同士の空中戦
「僕でも、支援くらいは‥‥。うわっ!?」
「邪魔は‥‥させません、よ」
リニクのR−01が、狙撃位置を占めようとしていた資郎の岩龍へ機首を向ける。慌てて回避しようとするが、岩龍では敵を振り切れない。立て続けの被弾判定に、コンソールの被害表示が黄色く染まる。
「これで‥‥、んぅ?」
「岩龍は、落とさせません」
カバーに入ったリゼットの攻撃に、今度はリニクが守勢に入る。初手の応酬が終わった時点では、サラとボブのペアの追い込みに成功したチーム1がやや優勢だったが仕留めるには至らず。八雲とヤヨイを交えた4機を相手に少し旗色が悪くなる。
「ここまで、か。やっぱり突出は禁物ね」
上下に不規則に動き、回避に専念していたシャロンのナイチンゲールはしばしの時を稼ぐ事に成功したが、それでも衆寡敵せず。ボブのバイパーと半ば相打ちのような形で撃墜されていた。
「避け切れずとも、突破してみせます!」
進路を予測したヤヨイの連続攻撃を強引に突っ切った由梨機に、さほどの損傷は無い。
「‥‥これだから、エース機は厄介‥‥。ま、回避行動を取らせるのが目的なんですけどねっ」
「や、これは参りました。流石に皆さん、腕が立ちます」
飄々と言いつつ、ヤヨイの言葉に合わせて八雲がソードウィングで切り込む。勝負どころは、ここしかない。少し距離を置いたノビルや後方に下がったリゼットが合流する前に由梨機をどれだけ追い込めるかが、勝負の分かれ目だ。
「‥‥中尉も、実に怖いですしね」
八雲の声が聞こえたのかどうか、京夜と篠畑の戦いは文字通りのドッグファイトの様相を呈している。
「こなくそっ――当たれえぇっ!」
「馬鹿言え、そんなもん喰らえるか」
さながらプロペラ機時代の空中戦の如き応酬は、経験の差かそれとも機体の傾向の差か、篠畑が有利な地点を占める回数が多くなっていた。一撃に秀でたディアブロ故にまだ勝負の行方は見えないが。
「これで‥‥終わり、‥‥だ!」
ギシギシと締め上げるようなGに耐えつつ、篠畑が斜め上に回った瞬間。
「隙、ありですよ」
由梨との交戦を続行しながらも、ずっと隙をうかがっていたヤヨイの狙撃が彼のハヤブサを襲った。
「うおっ!?」
細かい機動を繰り返すうちに、彼の視野から周囲の様子が抜け落ちていたらしい。見事に直撃を受けた篠畑機がバランスを崩す。
(‥‥ここか!)
反射的に切り返した京夜にも、周りは見えていなかった。目の前に見えた隙に、ただ全力を叩き込む。篠畑の機内に撃墜判定を告げる短い音が響いた。
「やれやれ‥‥、またやっちまったか」
苦笑しつつ高度を落とし、空戦域から離れる篠畑。3対1だった状況は、煙幕を駆使した由梨が単機で持ちこたえる間にノビルが支援位置に入り、再びチーム1が優勢を取り戻していた。篠畑を撃墜した京夜と時をほぼ同じくして、リゼットがリニクを撃墜している。岩龍が後退している分だけチーム1がやや不利なはずだが、攻守に隙の無い調整の由梨機は数的劣勢を物ともせずに、攻める。
●暗雲
『そこまで。‥‥前線との連絡が途絶した』
中佐の指示が入ったのは、その数秒後。上空からは見えるわけも無いが、滑走路で上を見上げていた人員がバラバラと走り出している。低いサイレンの音が鳴り出したのは、さらにその後だった。
「チーム2小隊集合、警戒態勢をとる!」
「‥‥周辺に敵機の反応はありません」
京夜の指示とほぼ同時に、ヤヨイの蒼く変じた目が素早く電子機器をチェックする。
「ん‥‥これは、演習ではない‥‥のですね」
模擬戦のときに倍する緊張を感じながら、リニクが操縦桿を握る手に力を込めた。チーム1もシャロンの周囲に再集結を果たしている。
「こちらは何をすればいいでしょう。聞いて貰ってもいいですか?」
「そうだな。中佐、指示をくれ」
現地部隊との連携を念頭においたヤヨイに、篠畑も頷いた。
『‥‥そちらの機体状況は確認している。残燃料の状態もな。これから、緊急対応用の機体を偵察に向かわせるつもりだ。その間、上空警戒を担当して貰えればありがたい』
篠畑の言葉に、アントノフ中佐は寸秒の間を置いてから、そう答える。さすがに、ここまで敵の侵入を許している事は無いだろうが、敵にFRという兵器が存在する以上、用心は欠かせない。
「了解した。‥‥と言うことだ。悪いが、もう少し付き合って貰うぞ」
「ああ。分かったぜ」
任せておけ、とばかりに元気良く言うノビル。
「やはり皆さんは敵よりも仲間として、と言う方が心強いですねぇ」
微笑する八雲の眼下で、基地のスクランブル機が早くも上がり始めていた。同感、というように由梨も頷く。バグアの無人ヘルメットワームよりも、先刻の連続攻撃の方が手ごわかった。
「資郎、ボブ、サラ、一段落したらゆっくりお茶しましょうね」
「ティータイムですか? 良ければ私も、一緒させてください」
「甘い物も‥‥、あると嬉しい、‥‥です、ね」
シャロンの誘いを聞いたリゼットとリニクが目を輝かせる。
「反省会も、その時に‥‥。データはとってありますから」
ヤヨイの声を聞いて、鼻の頭を掻く篠畑。撃墜されたので多少居心地が悪いらしい。
「いや、さすがエースだ。これから一緒に戦えるのが光栄だよ。あらためてよろしくな」
「こちらこそ、よろしく頼む」
そんな言葉を交わす京夜と篠畑の機体を、寒々とした北の太陽が照らしていた。