●オープニング本文
前回のリプレイを見る 久しぶりに訪れるキーロフは肌寒く、篠畑・健郎は普段はだらしない軍服の襟を正した。1年近く赴任していた場所だけに、基地の衛兵も書類と顔をチラッと見ただけで、笑顔で通す。
「ずいぶん変わったもんだなぁ。いや、変わったのは俺かもしれんが」
「世に不変の物などは無いのだ、同志篠畑。ああ、同志というのは無論政治的意味ではなくだが」
相変わらず磨かれた岩のような顔のうち、唇の端だけを上げて冗談を言うセルゲイ・アントノフ。篠畑は肩をすくめて応えた。
「昇進おめでとう、大尉」
「ああ、大佐も。お互い健勝で何よりだ」
そのまま、大佐が先導する形で基地内の建物へと向かう。並んでいる機体の多くがグロームに変わっているのを見て、「確かに、目に見える辺りは変わっているみたいだな」と篠畑が軽口を叩いた。
「プチロフ社の実験については聞いているか」
「概略は。先走って良いパイロットを何人か死なせた、とか?」
「その中の3人は、私の部下だった。君も知っている男達だ。篠畑大尉」
その言葉に、篠畑は一瞬、足を止める。ロシアでは軍とプチロフの関係も複雑だ。その中の何処かの力関係が、パイロットの身命を要求したのだろう。
「すまなかった、大佐」
「ラストホープで所属艦は補修中。君が若い細君の元で1年ぶり位に羽を伸ばしていた、という話は聞いている。呼び出されて苛立つのは当然だ。こちらこそすまなかったな」
どこでそんな話を聞いた、と苦笑する篠畑に、老練な大佐はさっき自分がされたように肩をすくめ、
「どのような場所にも、秘密警察の影はあるのだよ、同志。まあ、この場合の秘密警察というのは私や君とは別種の、噂好きな生き物の事だがね」
「‥‥ソーニャ女史か」
諾、とロシア語で答えて、大佐は作戦室へ入る。一昨年頃には、篠畑も幾度も足を踏み入れた場所だった。
−−−−
プチロフは奇妙な組織だ。ウラル周辺を中心に、旧ソビエト連邦内の多数の工場施設や研究施設が複合している連合体ゆえに仕方が無いことなのかもしれないが、その全体としての意思決定プロセスは極めて複雑で、当事者ですら責任の所在が判らなくなる事も多いという。あるいは、それが国の風土なのかもしれないが。
その日、宇宙へと打ち上げられたSES式R−7ロケットの総数すら、当初は不明だった。その先端に据えられていたのが有人の新型KVであろう事、そして成層圏を越え、低軌道に達した付近でその全機が撃破された事は、同社ではなく世界中の天文観測施設からの光学観測の報告で、まず明らかになった。
その意図が実験であれ、威力偵察、あるいは新型のデモンストレーションであれ、結果を見れば、明らかに失敗だ。その日、同社の内部で幾人の管理者が人知れず席を去ったのか、誰も知る事は無い。ただ、数時間後に公式の場に姿を現した同社幹部は、「前任者」の汚名を雪ぐべく情報公開に務めると共に、勇敢な死者たちを無駄にせぬよう、広く協力を呼びかける、と語った。
――墜落した残骸の多くは、同社の影響力の強くない地域に散らばっていたのだから、当然の事やも知れない。
−−−−
「そのうちの一機の残骸が、この基地から200km圏内に落ちた。落下時の姿勢制御が無かった様子からして、大気圏突入時点で既にパイロットは絶命していたと思われる。生きてさえいれば、気絶していてもエミタが制御するだろうからな」
おそらくは、暗い宇宙で死に瀕したパイロットの最後の想いが、地球へ‥‥祖国へ落下するように機を動かしたのだろう。そう考える程度のロマンチシズムは、パイロットにも許されている。機体は空中で分解し、その多くは大気の中で燃え尽きたようだが、厳重に守られたコア部分や耐久性のある外装甲など幾つかのパーツは、祖国の大地に優しく受け止められた。それが彼の願いであれば、幸いだと大佐は言う。そして、別の意味でも幸いだった、と意味ありげに告げて、アントノフは地図上の一角に小さく丸を書いた。
「一昨年の陸上戦艦との戦い以後、この辺りの敵勢力は決して強くは無い。だが、我が国も何の用も無い場所に掃討作戦を掛けるほどの余裕は無く、キメラの類はまだまだいる。無論、必要があれば話は別だ」
篠畑は、アントノフのいかつい顔を見た。苦笑以外に表情を浮かべる事が少なかった男は、今も眉ひとつ動かしてはいない。かれが示した座標は、篠畑の最初の部下であり、そして死なせた唯一人の部下の榊原曹長が、乗機の岩龍と共に眠っている場所を含んでいた。
「君に、頼むべきだと判断した。依頼内容は、『脱出ポッドその他の回収』だ。書類上もな」
「感謝する」
篠畑は深く、頭を下げる。ロケットで宇宙へ向かい、星に手を届かせずして地上に落ちた機体の関連部品のみを回収すべし、と指定しない事が大佐の心遣いと、篠畑にも判っていた。
「捜索の為に傭兵も手配しておいた。もう格納庫辺りで待っているはずだ。ポッドその他の回収には必要ならばヘリを一機回す。現地付近への足に使っても構わん」
大佐は、矢継ぎ早に情報を告げていく。本来は彼の部下がしてもおかしくは無い事だが、キーロフに訓練教官として篠畑が赴任していた時から、出撃を要請する場合は可能であれば自身が出向くのが、この男なりの筋の通し方のようだった。
「早く仕事を片付けて、ラストホープに戻ってやるといい」
最後にそう付け加えた大佐に、篠畑はめったに見せぬ綺麗な敬礼を返し、格納庫へと駆け出した。
●リプレイ本文
●再開
ラシード・アル・ラハル(
ga6190)は、「篠畑の部下」という記号以外の榊原資郎の事を、ほとんど知らない。自身を中心とした人間関係、そこから伸びる枝の先、さらにその先。その一つ一つにも自分の知らない物語があることを、ラシードは理解しつつある途中だった。あるいは、思い出しつつある途上というべきだろうか。その一歩を踏み出す切欠のひとつが、ここキーロフで交わした資郎の父との短い会話だった事を、ラシードは忘れていない。「資郎」という個を挟んだ人の繋がり。想いの強さは、きっと少年の片思いなのだろう。それでも、時々はこうして思い出すのだ。
「資郎のお父さん‥‥、元気にしてる、かな」
思わず漏れた独り言。元気に、という言葉は子息を亡くした父親に対する形容としては少しずれていて彼らしい、とフォル=アヴィン(
ga6258)は思う。それでも、久しぶりに会う少年がまた少し大人に近づいた気がして、寂しさも感じていた。
「ラスは元気そうで何より。小隊のほうも頑張ってるみたいだね」
「あ‥‥、フォル。うん。久しぶり」
振り返った表情は前よりも少し、柔らかい気がした。軽く近況を交換してから、二人は滑走路へ足を運ぶ。フォルは一瞬、時が戻ったような気がして軽い眩暈を覚えた。
「皆さんご無沙汰しておりました。訳あってしばらくラストホープから離れていましたので‥‥」
「いや、急な呼び出しに応じてくれて感謝する」
優美な仕草で頭を下げる霞澄 セラフィエル(
ga0495)に、応じる篠畑がいる。
「ベア隊長、出来る限りの協力をするわ。だから‥‥早くあのコの許へ帰ってあげてね?」
からかうような猫科の微笑を浮かべたケイ・リヒャルト(
ga0598)がいる。
「まさかこんな形で戻ってくるとは思いませんでしたね‥‥」
懐かしげに言う、ヤヨイ・T・カーディル(
ga8532)がいる。広げた地図を睨む不知火真琴(
ga7201)がいる。目を閉じて、静かに考え込んでいるラウラ・ブレイク(
gb1395)がいる。
「やっと迎えにこられました」
万感の思いをこめて、そう呟くリゼット・ランドルフ(
ga5171)と視線があい、フォルは頷いた。部隊の解散を機にラシードの元を離れてしばし、今は彼女のサポートについている。相も変らぬ副官暮らしは性にはあっているのだが、ひょっとして変化が無いのは自分だけだろうか。
●捜索へ
空と地上、双方のメリットを考え、捜索は二手に分かれるという事になった。破片とはいえ、回収に値するような物となればそれなりに大きいはずで、さほど時間が経っていない今ならば森林には空から見える痕跡が残っているだろう。回収には、おそらくは陸路のトラックのほうが向いている。資郎の眠る岩龍のコクピットまで回収するのならば、ヘリにはやや荷が重い。チーム分けは、ヘリの側にヤヨイ、リゼット、霞澄とラシード。篠畑と神撫(gb0167)がヘリの護衛を担当する予定だ。
「くれぐれも無理はしないように願います」
「戦闘機乗りの目で‥‥、何か見つけて」
篠畑へ心配半分、からかい半分の口調でフォルが言い、ラシードがそう付け足した。現地まではほんの僅かなフライトだ。すぐに森林、そして空隙が点在する目標地点へとたどり着く。どうやら、樹木のない隙間は伐採によるものらしい。落ちた流星の痕跡の幾つかは、すぐに上空から発見された。
「あ! あそこ!」
双眼鏡を手にしていたリゼットが、樹木が倒された跡を指差す。
「‥‥パラシュートは作動していたのか」
篠畑が少し離れた木の先端に引っかかった布切れを見つけた。
「確か名前はラスヴィエート‥‥、といったか。さすがプチロフ製、だな」
「あれも、そうかな‥‥?」
草原にぽつんと見えた黒い点をラシードが指差す。そのほとんどは草が生えない岩だったが、幾つかは天より落ちた物がえぐった穴だった。目を皿にして探すうちに、他にも幾つか不自然に倒れた樹木が見つかる。
「岩龍の痕跡は、もう見えませんか‥‥」
それらの位置を地図に書き込みつつ、霞澄が呟いた。墜落してから、三度目の夏が過ぎようとしている今、痕跡の多くは拭い去られてしまっていたが。
「あれじゃないでしょうか」
緑に覆われた残骸を見つけたのは、撃墜された時の第一発見者だったヤヨイだった。
陸路をいくトラックは、ケイのジーザリオが先導していた。助手席にはフォル。後席には無線に耳を当てた真琴と、地図を開いてペンを握ったラウラがいる。トラックとジーザリオの警護には、鏑木 硯(ga0280)とシャロン・エイヴァリー(ga1843)の2人がついていた。連絡を受けて道をはずれ、まばらな木々の間を縫ってトラックは進む。ルートが狭くなったのは、第一優先の宇宙機のコクピットブロックまで4kmほどの地点だった。ジーザリオならまだ進めるが、トラックではこれ以上は難しい。
「護衛は任せて、資郎の迎え‥‥お願いね」
先行する4人を見つめるシャロンへ、硯は気遣わしげな視線を向ける。この依頼を耳にした時の彼女は、少しだけ物思わしげだったから。実のところ、シャロンにとっての資郎の思い出は多くは無い。残るのは、手のひらに残る僅かな温もりの記憶。だがそれは彼女が参加を決めるに十分な理由だった。
「後ろは心配せず、いってらっしゃい」
努めて、普段どおりの口調で送り出す硯。
「皆が戻ってきたら、シャロン無双って言わせてやるわよ♪」
彼の内心を察してか否か、シャロンはいつものような笑顔で片目をつぶった。
●落し物を探して
「関わりある人の為にも、頑張らないと‥‥、ですよ」
日本の森林とは随分様相の違う木々を見つめながら、真琴はそう呟く。声にする事で、前へ進める気がした。真琴も、ラシード同様に榊原資郎の事は知らない。それぞれの流儀で故人を想う仲間達を見て、少しほっとする自分がいた。もし、資郎と親しかったとしたら、自分は悲しむ事ができたのだろうか。
彼女はずっと、ぐるぐるとした悩みに足を取られていた。悲しみとは何だろう。表に出す事が正しいのか、心に秘すのが良いのか。自分が悲しむ姿を見て心配する誰かがいるなら、押さえ込むのが正しいのかもしれない。でも、逝った相手に対して、それは冷たいのかもしれない。理性は仕方が無い事と割り切るように言う。その方が楽だから、流されるのかもしれない。様々な事を理由に感情へ背を向けて縮こまる真琴は、ラシードとは別の意味で周囲に壁を築いていた。人当たりの良い笑顔の陰、その壁はより高く堅固やもしれない。壁の内側で行き場をなくした真琴は、だからこそ空に憧れるのだろうか。
「‥‥キメラがいるわ。狼が5頭位と、熊が1頭」
ケイの囁きが、真琴を現実に戻した。
「少ないわね。排除しましょう」
ラウラが即決する。迷わず決断を下したのは、後悔を重ねた回数の多さの裏返しかもしれない。
(亡骸を納めるのは大事な儀式だから‥‥)
邪魔をさせるつもりはない、と彼女は思う。自分がまだ取り戻せない物への後悔が、彼女を動かす原動力になっていた。宇宙に挑んで倒れた名も知らぬパイロットと資郎は、迎えてくれる人がいる。迎える為に自分が手を伸ばす事もできる。だから動く、その事に迷いなどはないけれど。
「邪魔しないで頂戴‥‥貴方達と遊んでる時間はないの」
嗜虐的な笑みを浮かべたケイがアクセルを踏み込み、飛び掛った敵がフォルに切って捨てられた。キメラが吼え声をあげる。ラウラは想いを中断した。
陸路側から優先目標へ近接できそうという知らせを受けたヘリの面々は、より小さい目標へと向かうことにした。
「みんな、資郎を頼む。ここまで連れて帰ってきてくれ」
降りていく仲間へ、神撫が深く頭を下げる。傭兵の中ではおそらく、資郎を最も可愛がっていただろう彼の心情を察して、4人は無言で頷いた。樹木のまばらな辺りに落ちた破片を、地図を頼りに探して歩く。多少手間取る事はあれど迷うような事も無く、捜索は順調だった。
――それが一変したのは、森というに相応しい密生した辺りへ入ってからだ。
「‥‥これ、落下物が倒したわけじゃないのかも‥‥?」
倒れた木を見たリゼットが首を傾げる。ちょうど人の頭の辺りの高さでへし折られたそれは、近くで見れば流星の命中によるものには見えない。
「事前に聞いた対KVキメラでしょうか。‥‥ああ、厄介そうですね」
言葉の途中でヤヨイがデヴァステイターを抜き、ラシードは肩に掛けていた「イブリース」を構えなおした。
「時間‥‥掛けてられない、ね」
ズシン、と響く足音。担いだ巨大な蛮刀を軽々と振り上げ、振り回す。容易ならぬプレッシャーにも、歴戦の傭兵達は怯みはしない。
「飛び込みます!」
思い切り良く地を蹴ったリゼットを、ラシードとヤヨイの銃撃が援護する。勢いの乗った突きが、装甲を貫通し足へ刺さった。そのまま獅子牡丹を横に振りぬく。円の軌跡を描いた銀光に遅れて、赤黒い体液が飛び散った。
「もう少し‥‥」
アルファルを構えた霞澄が、キリキリと弦を絞る。回り込んだリゼットが同じ足を攻め立て、膝をついた瞬間。放たれた矢がキメラの腹に刺さった。
●忘れ物を拾いに
二つの班の合流は、資郎の岩龍の眠る地点で行う事になっていた。先にたどり着いたのは、回収作業が容易だった空側のA班だ。
「日本の風習ですし、用意してみたのですが‥‥?」
「そうだな。あいつも喜ぶと思う」
言いながら、霞澄が線香を取り出し、篠畑が頷くのを見てから火をつける。日本人であれば馴染みの独特な香りが、異国の木々の間にふわりと漂った。
「ようやく迎えに来る事が出来ましたね」
草を踏み、その機体へ手を伸ばせば届く距離に近づいてから、ヤヨイが言う。ここにたどり着いた事への感傷ではなく、ただ事実を述べているだけの言葉だ。
「長い間、置き去りにして御免なさい」
そう囁いたリゼットには、そこまでの割りきりがまだできない。黙祷する霞澄もおそらくは。それが3人の個性の違いなのか、それとも重ねた歳月の違いなのかは判らないが。
「インシャラー、平安を」
朽ちた岩龍に最後に近づいたラシードが、静かにそう祈りを捧げた。
「‥‥さ、後続が来る前に、運べるようにしましょうか。さすがに丸ごとは無理ですしね」
自分というより周囲の気持ちの切り替えを促すように、ヤヨイは一つ手を打ち鳴らす。
「これはもう、スピードは出せそうにも無いわね」
ケイが、無理やり載せられた『ラスヴィエート』のコクピットブロックを振り返って言った。なまじ完全な形状で残っていたせいで、随分とかさだかい。落下の衝撃で剥離したらしい外装や、切り離されたパラシュートなどを拾い集めていた間に、随分時間が経っていた。
「合流地点までこのまま行くのは無理っぽい、かな?」
後席から追い出され、ルートを探しに先行していた真琴が、戻ってきて首を振った。彼女に同行しつつ、地図を仔細に検分していたラウラも同意する。
「この先は残り5km程度だけど、ジーザリオで進めるルートはないわ」
トラックまで戻って積み下ろしてから全員で出直すという手もあったが、日没を控えてその時間のロスは許容できない。全員で岩龍の前に集合、というのは難しい状況だった。
「連絡して、明日に出直します?」
「‥‥いや。早く連れ帰ってあげないと。ドライバーのケイさんと俺で先に帰りましょう」
フォルの言葉を聞いたケイが、仕方が無いと車を回す。幸いなことに、最初の遭遇以後に敵の気配は無い。この位置で2名ずつに分かれても平気だろう。
――資郎の遺体はヘリにいる篠畑と神撫が回収を希望していた。ヘリの降りる事ができる最寄の地点まで、先着した4名に加えて合流したラウラ、真琴が遺体を収めた袋の運搬と周辺警戒を分担する。幸いにして、帰路にもキメラの影は無かった。
「‥‥妙だな。何を言っていいのか‥‥、今まで、ありがとう。そして、すまなかった」
骨と変わり果て、しかし意外なほど損壊の少ない資郎の遺体へ、篠畑が静かに頭を垂れる。
「ボブもサラも他のみんなも、お父さんも待ってるよ。さぁ帰ろう」
微笑した神撫の声は、優しかった。
●おかえりの声
少しだけ早く帰りついたトラックとジーザリオ組は、夕陽に照らされた滑走路で仲間達を待っていた。KVへ向かっていた大佐とロシア軍のパイロットたちが足を止めて見守る中、ヘリがゆっくりと降りる。
「長いことお待たせしちゃいましたね。迎えられて良かった」
開いたハッチにそう声を掛けてから、フォルは微笑した。
「貴方の魂はきっと皆の胸の中で生き続けるわ」
ケイは、運ばれていく遺体袋を見ながら短く鎮魂歌を捧げる。その上には、線香同様に霞澄が用意していた花束がそっと置かれていた。
「例え死しても帰ることができたなら‥‥、それは幸運なのよ」
流れる歌声を聴きながら、ラウラはそう呟いた。かつて自分が失った戦友を同じように迎える日がいつか、来るのだろうか。そしてその日が来たとしたら‥‥、自分はその先の歩みを止めずにいられるのだろうか。それは、その日が来るまで判りはしないのだろう。
結局、篠畑は資郎を日本へ輸送する付き添いで残らねばならなくなった。
「ベア隊長。出来る限り早く戻るのよ。‥‥まったく、代われるものなら喜んで代わりたい所だわ」
事情が事情だけに、ケイも詰問というほど厳しくは無い。飛び立つ輸送機は2機。いずれも、故郷へと向かって飛ぶ。ラシードは小さくなっていく機体を追って、高緯度特有の淡い青空を見上げていた。
「‥‥宇宙、行ってみたいなあ」
宇宙に届かなかった男と、2年と9ヶ月後に帰る少年とを送る呟いた少年の声。ロシア軍のミッシングマンフォーメーションが、視界の中を行き過ぎていく。