タイトル:かわいくねぇー!マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/29 04:44

●オープニング本文


「キメラ退治を頼みたい」
 白衣、眼鏡と明らかにインドア系の匂いが漂う痩せた男が、今回の依頼人だった。キメラ事件に関する痕跡から敵の特徴を類推する分析班に属している係官である。現場からの評価は微妙な部署だった。
「ああ、先に聞いておこう。愛玩動物の類は好きかね? そうならば向かない依頼かもしれん」
 そう言うと、男は返事も待たずに一枚の写真を卓上に出す。そこに写っていたのは、砂州で気持ち良さそうに寝転がった愛らしいアザラシの仔‥‥、のような姿のキメラだった。
「これが今回の敵だ。報告によれば、サイズは3mほどあるらしい。数は3体だが、長射程の電撃を放ってくる他、毛皮の下には凶悪な爪を隠し持っているそうだ」
 能力者達は脳裏にその姿を思い描いてみる。‥‥あまり愛らしくはないかもしれない。
「キメラが居ついたのは、イベリア半島から地中海へと流れ込む、ナッカ河の中洲だ。問題は、この周辺で唯一といっていい橋がここにかかっているということだな」
 キメラのいる中洲の西側に橋脚が立っているのだ。このキメラのせいで橋は通行止め、河口付近の船舶航行は今週に入ってから完全に停止している。
 居場所が定まっているならばKVで攻撃すればいい、と誰かが口に出すと、係官は難しい顔をした。どうやら、このアザラシキメラはそれなりに頭が良く、KVの飛来音がするとさっさと水中に逃げ込むらしい。予期せぬ攻撃を受けた時も同様のようだ。残念ながら、水中に逃れたキメラへ有効な兵器は今のところ少ない。
「それに業を煮やした現地指揮官が、中洲自体を爆撃で消し飛ばす作戦案を出してきたのだが、それはとりあえずのところは中止して貰ったよ」
 橋に与える影響が心配される事と、この周辺で漁業に従事していた人々の嘆願。なにより、中洲が消えた後のキメラの動向も予想できない事を指摘された指揮官が折れる形で、一度だけ能力者による強襲作戦を実行することになったらしい。

「‥‥まぁ、そんな事はお前達には関係ないかもしれんな。状況を説明しよう。中洲自体の大きさは、最大幅20mで長さ40m程の、流れに沿って伸びるひし形だ。決して広くは無い。キメラが好んで寝ているのはちょうど中央のあたりらしい」
 能力者達が頷く間も、係官は視線を手元資料から離さない。
「岸からの距離は、南北どちらからも100mほどだな。さっきもいった橋脚はこの西側に立っている。橋の高さは10mほどだ」
 川の流れは緩やかだと言う。考えうる作戦としては、何らかの方法で気付かれないように近づくか、あるいは橋上をこっそり移動して上から狙撃というのも有効だろう。だが、動き出したキメラに攻撃を当てる為には、距離は嫌な障害になる。
「参考までに、現地の今朝の最低気温は12度、最高気温は19度だそうだ。向こう一週間は晴れらしいから、まぁ大体似たようなものだろうな」
 絶好の水泳日和とは言いがたいが、泳げない事は無い。また、橋から飛び降りるという手段もキメラに一気に近づく手段としてはありだろう。

「類似の能力を持つキメラの例から予想するに電撃の射程はおそらく100m以下。命中精度は高くないが、一般の船舶に当てるにはそれで十分なようだ」
 正確なところはわからないが、撃てる回数もそれほど多くは無いだろう、と係官は自信なさげに付け足した。
「小回りの効くお前たちが近接戦を挑むのならば、電撃よりも爪の攻撃に警戒した方がいいだろうな」
 記録されている映像などからすれば、このキメラは見かけほど鈍重ではないと係官は言う。それから手元の薄い資料をぱらぱらとめくると、はじめて視線を上げて能力者達を見た。
「もしもお前たちが失敗した場合は、当初案通りに中洲ごと爆撃することになるだろう。できれば、そのような手段は採らせたくない。頑張ってくれ」
 男は片手を軽く上げて、能力者達を送り出した。

●参加者一覧

水上・未早(ga0049
20歳・♀・JG
熊谷真帆(ga3826
16歳・♀・FT
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
クラウド・ストライフ(ga4846
20歳・♂・FT
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
クーヴィル・ラウド(ga6293
22歳・♂・SN
ステイト(ga6484
21歳・♂・GP
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN

●リプレイ本文

●橋上の狙撃者、橋下の奇襲者
 キメラ騒ぎのせいで、立派な橋だと言うのに交通はまったくない。日差しは穏かだったが、水上をふく風は戦いを控えた能力者達にやや冷たく感じられた。
「寒空の下に薄着で待たせるわけにも行きませんしね、水中班。お仕事始めましょうか‥‥」
 そう呟いた水上・未早(ga0049)を先頭に、一同は徒歩で橋上を歩いていた。
「全員無事で任務を終えられればいいですね」
 綾野 断真(ga6621)が言いながら視線を送った上流には、水中班の3名がいるはずだ。だが、キメラから気付かれぬ為に距離をとった彼らの姿は、橋上からも見えなかった。最低限の装備以外を仲間に預け、水着姿で作戦にあたる3人は随分寒いだろう。今頃は、水に入った頃だろうか。
「さて、どんな奴なのか‥‥」
 爆撃を要請するまでに人間を追い詰めたというキメラに興味を引かれていたクーヴィル・ラウド(ga6293)がそっと中洲の様子を伺う。そこにいたのは報告どおり、白いもこもこした毛並みも愛らしい、アザラシの子供のようなものの寝姿だった。ただし、3mの巨体である。なまじ子供のままスケールアップしているのが不気味さを増していた。
(キメラじゃなかったり、もうちょっと小さかったりしたら可愛いんでしょうねー‥‥ほんと)
 未早は心中でため息をつく。だが、もうちょっと小さいくらいでは駄目かもしれない。
「時代を読めない愛玩動物を模すなど、バグアは何を考えている?」
「‥‥全くだな」
 藤村 瑠亥(ga3862)が首を捻る横で、クーヴィルは眼にしてしまったキメラの姿に複雑な表情をしていた。
「泳げる‥‥かな‥‥」
 同じく橋下を見つめていたリュス・リクス・リニク(ga6209)はアザラシキメラには敵以上の興味はないようだ。それよりも、早めの水泳に気を引かれているのは年齢相応といったところか。
「‥‥うん‥‥がんば、ろう‥‥」
 1つ頷いてから、準備していたロープを手に取るリニク。橋の上から射撃するのは彼女と未早、クーヴィルの3人だけだ。瑠亥と断真の2名はキメラに気付かれぬように橋脚の陰から中洲に降下する手はずになっていた。その間、キメラに動きが無いかどうかは未早とクーヴィルが油断無く見張っている。
「ロープ‥‥垂らした、よ」
 リニクの声に頷いてから、体力のある瑠亥がまず先行する。真っ直ぐに降下できるよう、断真の提案したファストロープ降下だった。テレビで見るような素早い降下は難しかったが、断熱用の手袋などなかなか無いのだから仕方無い。
 瑠亥に続いて降下した2番手の断真は途中で握力が続かずに最後の数mを滑り降りた。本来のファストロープに近い早さの降下の代償は手の平のやけどである。
「‥‥あちっ」
 思わず口にしてから、慌てて口を押さえる断真。見上げた橋上で、リニクが見張り役の2人を振り返る。クーヴィルが黙って、首を振って親指を立てた。どうやら、キメラ達が気付く事はなかったようだ。その後、熊谷真帆(ga3826)の装備品などを下ろす作業中もキメラ達が眼を覚ます様子はなかった。

●真冬の水泳
 その頃、上流の3人はちょっとした困難にでくわしていた。流木を適当にみつくろってそれにつかまって下流を目指す、という作戦だったのだが、そうそう都合よく使えそうな倒木が見つかるわけもない。かといって徒手空拳でその辺の木を倒すのはいかに能力者といえど困難だった。ただ徒に時間は過ぎて行く。
「水着だけというのも心もとないですね」
 苦笑するステイト(ga6484)の表情はやや青い。タバコをふかすクラウド・ストライフ(ga4846)も言葉には出さないが物凄く寒そうだった。ビキニ姿の真帆など鳥肌を立てていてもおかしくないのだが、彼女の様子が一番普通なのは若さゆえだろうか。
「仕方が無い、このままいきましょう」
 時計を見てステイトが決断を下したのは、予定よりも10分ほど過ぎてからだった。幸い、いつ流れ着いたのかも分からぬ小さな枯れ木を一本だけ見つけることが出来ている。3人で身を隠すには心もとない大きさだが、文句を言えば罰が当たるだろう。3人で力をあわせて河へと押しやると、その枯れ木は穏やかな川面にぽっかりと浮き上がった。
「‥‥水の中の方があったかい気がするわ」
 枯れ木の後を追って水に入った真帆がほっと息をつく。ステイトとクラウドも河へ入り、同じように水に身を任せた。予定では、流木と一緒に流れに身をゆだねて下流の中洲まで向かうことにしていたのだが‥‥。
「これは、時間が掛かりすぎますね」
 ステイトがボソリと呟いたのに、クラウドが無言で頷く。河の流れは緩やかだった。時間を早めようと音を立てぬように水面下で水をかく3人。流木は流れよりは幾分早く河を下り始める。目的地の中洲はまだ遠いが、仲間の待つ橋はうっすらと見えていた。
「照明弾、あがってないわよね?」
 真帆が心配げに呟いて脚に力を入れる。と、流木の向きが変わってバランスがおかしくなった。
「あ、ごめんなさい!」
「いや、大丈夫だ。このまま行くぞ」
 真帆に倣って愛刀を流木の上にひっかけたクラウドが逆側で足に力を込めると、流木は再び向きを戻した。そのまま右、左。掛け声を出して整える。狙撃や待ち伏せをしているチームを随分待たせてしまっているが、まだキメラに発見されたという合図の照明弾はあがっていない。
「えっほ、えっほ‥‥」
 お仕置きの声が聞こえそうな掛け声をかけながら、3人はひたすらに足を動かすのだった。

●戦闘開始!
 流木が中洲近くにたどり着くまで、実に長い時間がかかったが、待ち伏せ班はその気配を完全に隠し通した。5名の人員のうち、実に4名が隠密潜行のスキルを用意していたと言う準備のよさもあり、またキメラが眠りこけるような暖かな日差しのおかげでもあっただろう。
「‥‥来ましたね」
 断真の声に力が篭る。彼と瑠亥が見守る中、流木と仲間達はゆっくりと橋の下に入り、中洲へと近づいていた。さすがにその距離まで近づいた異物に気づかぬ事も無く、ごろごろしていたアザラシキメラの一匹が眠そうな頭をもたげて様子を見る。悲しいことに、流木は3人の身を隠すには不適だった。
「く、いきなりですか!」
 アザラシの丸い目がくわっと見開かれるのと同時に、3人の能力者達は水中へ勢いよく潜る。事前にステイトが考えていたような背水の陣、どころか背も腹も水の状態である。あわててひっこめた頭上を、電撃がバリバリと音を立てて通り過ぎた。ここまで役に立ってくれた枯れ木が一発で粉砕される。
「行かせる訳には行かんのでな!」
 仲間の咆哮につられて眼を覚ましたキメラへ、橋上からクーヴィルが牽制の矢を放つ。もう1匹へはリニクが攻撃を加えていた。予期せぬ方向からの攻撃に不意をつかれたキメラが苦痛の声をあげる。だが、残る待ち伏せ班の動きはやや出遅れた。
「く、しまった!」
 その直前に交わされていた視線を解説するならば、『照明弾をあげろ!』『誰が!?』となるだろうか。照明弾を用意していた仲間は複数いたのだが、とっさの合図を誰がするかをつめていなかったのだ。ほんの些細な迷い。だが、そのために初動で出遅れた能力者がいたのも事実だった。敵も味方も不意打ちは終わり、準備万端整った状態での殴り合いが始まる。
「仕切りなおしってところか」
 瑠亥は不敵に笑ってから、地を蹴った。砂州の砂がパッと飛び散った時にはもう、彼の黒いコート姿はキメラの真横にある。狙い澄ました一撃が、水面を注視していたアザラシの横っ面を切り裂いた。
「おっと!」
 怒りの咆哮をあげながら、アザラシが前足を斜めに薙ぎ上げる。そこに光る1mほどの爪は、どうみても本体とのサイズ比を間違っているような代物だった。そのまま追い込まれれば、別の敵とに挟まれる、そんな刹那に。
「させませんよ!」
 断真の狙撃が牽制にはいる。だが、砂洲上の戦力比は3対1だ。
「早く水中班の皆にあがってもらわないと‥‥」
 橋上から狙う未早のスナイパーライフルは、アザラシを狙うには微妙に距離が近すぎる。連射ができないならば、一撃の確度をあげるしかない。彼女の強い意思を乗せた弾丸は、キメラの横腹へと見事に突き刺さった。白いもこもこした毛皮が赤く染まる。
「うわっ!?」
 おかえしの電撃は、橋の欄干を盾に射撃していた未早の肝を冷やしただけだった。事前情報どおり、狙いはかなり甘いのだが、万が一あたると痛そうだ。水中の3人が砂洲に上がる前に狙われていたならば、危なかったかもしれない。だが、もっとも困難な時期は、仲間の援護のお陰で過ぎ去っていた。

●人のほうが、かわいいかも?
「くっそぉ、煙草が湿ってつきやしねぇよ‥‥」
 水も滴るいい男になったクラウドが、完全にしけってしまったタバコを吐き捨てながら、恨みがましい眼でキメラを睨んだ。
「あぁー、むかつく。お前らのせいだからな、覚悟しろよ」
 それはただの逆恨みじゃあないか、とキメラが思ったかどうか。クラウドの怒りの剣閃はキメラを容赦なく攻め立てた。その向こうでは、ステイトがもう1匹のキメラへと一気に間合いを詰め、斬りこんでいる。真っ赤なキメラの血が砂洲へと散った。
「しかし、かわいくないですね‥‥。もうちょっとかわいければアイドルになれたかもしれませんが」
 などと言うステイトへ怒りの篭ったようなキメラの爪が一閃する。慌てて飛び退った所へ更にもう一閃。今度はステイトの血が砂洲へと落ちる。防御や回避がそれほど得手で無い彼にとって、水着一枚の状態では幾分ダメージが重い。
「大人しく‥‥する‥‥!」
 リニクの援護射撃は、分厚い脂肪に阻まれ、浅手しか与えられなかった。
「装備は‥‥、間に合わないわね!」
 橋脚の下にある自分のセーラー服やハンドガンを一瞬見た真帆だったが、往復に掛かる時間を考えて思い切りよく首を振った。そのままステイトのフォローへ入る。これで2対1だ。首をもたげたキメラは、その時点でようやく彼我の数の差に気がついた。
「‥‥あいつ‥‥逃げる、よ‥‥!」
 高所からのリニクの声と矢が、真帆・ステイト組と交戦していたキメラの逃走を阻害する。ヴィアと刀、洋の東西は異なれど、異形を倒すための力をもった2振りの武器がキメラに深々と突きたてられた。キメラがぐええ、と耳障りな声をあげて絶命する。それが何かの合図だったのか、瑠亥の正面のキメラが尻尾さばき1つで身を転じた。
「こっちは私が!」
「退路は絶たせてもらいますよ」
 アザラシの前を掠めるように刺さる矢と銃弾。未早と断真のコンビネーションでたじろいだ所へ、瑠亥の黒衣が再び立ちふさがった。
「貴様にとらえられるか? 黒き烈風の一撃を!!」
 気合一閃、キメラの側頭部が切り飛ばされる。断末魔の声もあげずにアザラシキメラは倒れた。形勢不利な仲間の様子を察して、クラウドと攻撃の応酬をしていたキメラも慌てて逃げ出そうとしたが。
「悪いな‥‥水中に逃がす訳にはいかないんだ」
 橋上トリオの最後の一人、クーヴィルの矢が機先を制した。思わず身を竦めたアザラシキメラの側面へとクラウドが踏み込む。
「牽制サンクス、こっちに誘ってくれればいつでも準備はできている‥‥ってな!」
 紅蓮の炎をまとった渾身の一撃が、キメラの胸部へクリーンヒットした。なおもよろめきながら2歩ほど前進して、キメラは砂洲へと倒れ臥す。それが、近隣の人々を苦しめたアザラシキメラの最期だった。

 戦いは終わった。だが、失われたものは大きい。悲しげな眼で水面を見る海パン1つのクラウドに、黒衣をまとった瑠亥がそっと片手を差し出した。
「吸うか?」
 2人の男は仕事明けの一服をじっくりと味わう。砂州の上から戻る方法については、未早が合理的解決法を提案していた。つまり、地元の人にキメラがいなくなったことを伝えて迎えに来てもらえばよい、と。その待ち時間の間、能力者達はさまざまな時間を過ごしていた。
 例えば、橋上で、クーヴィルは人知れず苦悩していた。泳ぐべきか、泳がざるべきか。泳ごうと思えば、10m下の砂州へ降りねばならない。
「‥‥リニクは、泳ぐ。‥‥ね、ヴィルは‥‥?」
 服の下に着込んでいたのだろう。いつの間にか水着姿になっていたリニクが見つめている。少女を少し羨ましげに見てから、クーヴィルは首を振った。
「寒そうなのでな――やはり止めておこう」
 その視線の先には、ビキニ姿で水浴びをする真帆がいた。
「‥‥寒いですが、不潔なのは嫌ですし」
 返り血をたっぷり浴びた前衛陣にしてみれば、これ以上に容易な洗浄方法はない。同じく水着姿のステイトものんびりと水に浮かんでいた。泳がないことに決めたクーヴィルが手を貸し、さっき据えつけたままのロープを使ってリニクも砂州へと降りていく。
「‥‥はは、楽しそうですね。やっぱり、最後は笑顔でしめないといけないな」
 全員無事に、という最初の想いは無事に叶えられた。それ故だろうか、橋脚にもたれて河面を見る断真の声は嬉しげだった。