●リプレイ本文
●色仕掛け美女三様
イタリア某所のゴルフ場に、公用車が我が物顔に乗り付ける。出てきたのは、脂ぎった中年の大尉だった。
「場所も、日取りもシルバーの調査通りですわね」
クラブハウスからその様子を見ていた月神陽子(
ga5549)がクスリと笑った。もう1人のターゲットである工場長、ドン・ヴィットリオは既にハウスで寛いでいる。
「大人の男って、素敵ですわね。フフフ‥‥」
「お嬢さんも魅力的だ。食べてしまいたいほどにね」
まぁ、お上手、などと言いながら、金髪の豊満美女が、椅子に座ったままのドンに手を回す。
「そうですよね、服の組み合わせにも拘りを感じ‥‥って、オジサマ、私は褒めて下さらないんです?」
「ははは、拗ねているのかな。可愛い子だ」
知らない、と東洋風の面差しの美女が横を向いた。誰この人達、などといってはいけない。クラリッサ・メディスン(
ga0853)とヤヨイ・T・カーディル(
ga8532)の2人が、ドンの気を緩めようと演技の最中なのである。
「やぁ、ドン。両手に花とは羨ましい。私にも幸運のお裾分けを願えんかね?」
そんな事を言う大尉の後ろから、陽子もやってくる。
「あ、2人とも。こんな所にいたのですね。‥‥こちらの方は?」
楚々としたワンピ姿を見て夜叉の幻影を見るものはいないだろう。見事に皮を被った、というか昔のお嬢に戻った陽子に、ヤヨイ達がドンを紹介する。
「そうですか。私達初心者なもので。よろしければ一緒に回りませんか?」
「ふむ、どうするかね、ドン?」
大尉に無防備に身を寄せる陽子。どう見てもわざとな感じで大尉の肘が胸に触ったりする。
「おっと、失礼‥‥」
「い、いえ」
赤面しつつ、陽子は目線を落した。鼻を伸ばした大尉に、彼女が盗聴器を忍ばせたと気づいた様子は無い。
「私、技術関係に興味があって。将来はKV関連のお仕事につきたいんですよね〜」
その為だったら、何でもしますとか。そんな事を言ってみたりするヤヨイ。
「フフフ、ではこうしよう。この後のラウンド、私に勝てたら口を利いてあげようじゃないか。その代り、私が勝ったら‥‥、わかるね?」
そんな会話を交わしつつ、ホールへと向かう。普段はキャディは付けない主義だと言う男どもにクラリッサは目を細めた。
(聞かれたらまずい会話をする、と言う事ですわね)
(セクハラが酷すぎて成り手がいなくなったのかもしれません)
よく見ると、陽子のこめかみには井桁っぽいものが浮かび上がっていた。それが一定数を越えれば中年どもはこの世の地獄を見るのだろう。
●現代における工場制手工業
「すまないね、ウチは見習い5年、下積み10年。いきなり押し掛けられても雇えはしないんだよ」
工場に雇ってくれと直談判しに来ていたGIN(
gb1904)だが、世間の壁は厚かった。これで旨いモノでも食いな、と差し出された封筒が胸に痛い。
「失礼します。工場見学希望で連絡していた者ですが」
「たのもうー!」
時間より早くなってすみません、と言うアスナの横で、朗らかに声を上げる阿野次 のもじ(
ga5480)。
「うちは学生じゃないんですけど、ご一緒させてくださいです」
ぺこりと頭を下げる不知火真琴(
ga7201)は、引率のお姉さんと言う風情である。
「ここの社長さんの紹介状もあるよ?」
九条・護(
gb2093)が差し出した書類に目を通した守衛は、親指と人差し指で輪を作った。今から1人づつ写真を撮って入場パスを作るらしい。鷲羽・栗花落(
gb4249)がその様子を珍しそうに見る。
「あ、じゃあ。せめて俺も見学させてくれないかな?」
一応カンパネラの学生なんだ、と主張するGIN。その勢いに押された守衛は、肩を竦めて彼にもカメラを向けた。
「って事は、全部人が作ってるんだ? すごーい!」
「それがウチのポリシーですから」
護の賞賛に気をよくした様子の案内役に、GINが首を傾げる。
「全然、機械は使わないんですか?」
「もちろん、作業に機械は使うよ。ただ、ミクロン単位の調整は一流の職人じゃないと出来ない」
誇らしげにそう言う彼の様子からは、工場ぐるみの悪事に良心を痛めている様子は窺えない。何も知らないのかもしれないと真琴はふと思った。
(でも、いつまでも観光客用のコースを歩いてたら駄目な気がする)
(そろそろ、調査に入りましょうか)
(よし、片っ端から調べ上げるっ)
人の良さそうな青年に多少罪悪感を感じつつも、彼女らは行動を開始した。
「すみません、お手洗いはどちらになります?」
「ああ、来客用の施設へ今からご案内‥‥っと、そこの子、勝手に動かないで!?」
「待てと言われて待つ奴はいなーい!」
真琴が話しかけた隙に、自由への逃走を開始するのもじ。
「地図を見て動きますからうちは大丈夫ですよっ」
「は、はい。じゃあすみませんが‥‥、あっちになりますので」
微笑した真琴の様子から、妙な動きはしないと踏んだのだろう。指差して指示する工員。甘い、甘すぎる、と真琴の知人ならば言ったであろう。派手なのもじの移動の影で、機材の影にこそっと入る栗花落。
「あれが詰め込まれる前のカプロイアミサイル?」
仲間の行動を援護しようと、護が案内役の肩を叩く。
「は、はい。外殻だけですが‥‥って、また1人いない!? う、胃が‥‥」
「大変ですね‥‥」
アスナは、心の底から彼に同情していた。
●大人の汚い手
一方、駐車場の車の中。
『ははぁ、大尉は子供がお好みなのですな? 私はこう、熟れた年増女が好きでして』
陽子が仕掛けた盗聴器からの声に、神無月 翡翠(
ga0238)が苦笑する。本人達に聞こえたら、大変だ。
『ふふ、プライベートでも上手に利権を分け合おうじゃないか』
含み笑いを漏らすおっさん2人。
『そういえば、本社からの指示で高校生の査察、などと言うのがありました』
『‥‥何?』
翡翠がヘッドセット越しの音に耳を澄ます。
『例の少尉さんが紛れ込んでおりましたが、工員どもは幾ら問い詰められようと上のフロアしか知りません。問題は無いかと』
『そうか。アスナ君がね。あの子にも困ったものだ』
じょぼじょぼ、という水音。ふぃー、と親父くさい声がしてから、気配が消えた。調子に乗った奴らが戻ったら、女性陣は多分べたべた触られるのだろう。
「‥‥どっちか、手洗ってないな」
翡翠は少し考えてから、その情報を心の中に秘める事にした。
●工場員の過ち
案内役の工員はよくやった。何故か工場長室の前にいた真琴を連れ戻したり、迷子放送をかけてのもじを探したり、護の色気にどぎまぎしたり、GINの質問に適当に答えたりと、実によく頑張った。しかし。
「1人、足りない?」
事件は、おきてしまったのだ。胸元を押さえて前かがみになる工員。本格的に胃が痛いのだろう。
「‥‥とりあえず、皆さんはお帰りください」
「先にホテルに帰ってるかも?」
工員を安心させるように言う護。実の所、彼女達にとっても栗花落の失踪はイレギュラーだったが、捜索するにしても、間取りもわかった事だし、出直して忍び込み直す方が良いだろう、との判断である。
その頃。先に潜入していた直江 夢理(
gb3361)が残した目印を頼りに、栗花落は、出荷前のミサイルが並ぶ辺りに辿りついていた。事前調査が担当だった夢理は、調べるだけ調べて既に引き上げていたりする。
「‥‥違い、分らないなぁ」
言いながら、ラックの下に潜り込んでみる。陽子から比較用にと提供されたミサイルの写真を、彼女は持参していた。見た限り、大差が無いように思える。
「誰かいるのか?」
現物と写真を慎重に見比べていた少女が不意に響いた声に背筋を伸ばした。ゴツン、と言う音と共に火花が散る。ラックで頭をぶつけたのだ。
(あ、しまっ‥‥)
意識は、ここで途切れた。
●色仕掛け再び
一方、温泉。陽子が女将に扮して案内した混浴露天風呂の更衣室で、一行は夢理から工場の状況を聞いていた。代わりにこちらの状況を伝えるべく、翡翠が工場へ向かっている。
「なるほど。もう少し時間稼ぎが必要ね」
「では、私も敬愛するゴールド様の為に一肌‥‥」
恥じらいながらも脱ごうとした夢理が、クラリッサとヤヨイへ向き、そのまま固まった。
「まだ夢理ちゃんには早いと思うわよ」
「‥‥は、はい。未熟な私では却って足手まといですね」
夢理の視線の高さは、身長差的にバスト辺りになる。多分、未熟の意味が違うが深くは追求しないのが武士の情けだろう。
「ささ、御一献〜」
クラリッサとヤヨイが浴室へ出た時には、2人の中年は既に飲み始めていた。先客の真琴が酔っ払いのフリをして薦めていたのである。役者が揃った所で、本日2度目の自己紹介。ドンの役職を聞いた真琴が、目を丸くして見せた。
「今日その工場で見学してきたのですけど、手作業で作ってるなんて凄いですよねぇ〜」
「ほう、見学に、ね」
大尉の目が少し鋭くなる。多分、真琴のタオルの隙間を覗こうとしてだが。
「失敗作が混じったりしないんですかー?」
我が工場の製品管理は完璧だ、と余裕の笑みを見せるドン。イタリアの伊達男の余裕ぶりは他の事にも及んでいるらしく、堂々とタオルも着用していない。
瞬間、鋭い電子音が鳴った。彼の手首の腕時計風の物は、防水の携帯端末だったらしい。
「‥‥失礼」
周囲に緊張が走った。
「どうかしたのかね、ドン」
大尉の耳元に、ドンが何やら囁く。耳をそばだてたが、よく聞こえない。
「失礼。少々面倒が起きたようでね。工場へ戻らせてもらうよ」
「こんな時間に、お仕事ですか? 私も本物、見てみたいなぁ」
「‥‥火照った肌を、夜風に当てたい気もします。夜の工場って、人はいないのですよね?」
艶然と言うクラリッサに、悪い子猫ちゃんだ、とドンが笑う。
●さーびすたいむ
(ここ、は‥‥?)
ぼんやりと思った栗花落が身を起こす。
「こ、この格好」
和服である。上から下まで、きっちりと。事態が飲み込めずにいる少女の耳に、襖が開く音が聞こえた。
――やや時を遡ろう。悪党と女性陣は、工場へ向かいかけたのだが。
「お2人は、こちらで寛いでいるといい。すぐに戻るからね」
工場のゲストハウスについてすぐ、ドンは慌てたようにそう言った。怪訝そうな目をする大尉に囁く。
「地下へ侵入者があったようです。私の方で始末しておきましょう。それより」
ニヤリと笑って、ドンは大尉の背を押した。
「‥‥先ほどお約束した、大尉のお好みの日本人形をあちらに用意してあります」
状況を、把握していただけただろうか。
「ほほう、これは可愛らしい声で鳴く人形じゃのう」
「やっ、来るなー!?」
栗花落は能力者である。本気を出せば大尉など一ひねりなのだが。何というか、嫌悪感が先に立って逃げ出した少女を誰が責められようか。転んだ所で後ろから帯をつかまれ、そのまま引っ張られたりしたのを責める視聴者もおそらくは皆無だろう。
「そぅれ、回れー。ははは、愉快じゃのう」
「嫌ぁー!」
今、大尉は間違いなく輝いていた。その後頭部に、ごつんと何かがぶつかるまで。
「乙女への不埒な行い、このニンジャ・ゴールドが許しませんっ」
天井裏から降りてきた夢理の峰打ちで、どさりと崩れる大尉。
「こ、恐かったよ‥‥」
初心な栗花落には、恐ろしい経験だったようだ。
●大体45分
一方、地下に向かったドンにも裁きの時は訪れていた。
「くそ、明かりを切ったのは誰だ!?」
工場の照明装置を確保していた翡翠の仕業である。と、眩いライトが横方向から闇を裂いた。
「な、何者だ!?」
AU−KVバイク形態のままで機械装置の間を疾走する護。慌てて銃を抜いた黒服だが、周囲に積んであるミサイルの材料が目に入る。
「くっ!?」
一瞬怯んだ隙に、護の蹴りが銃を吹き飛ばした。
「地下工場のデータは集めさせて頂きました。この期に及んで言い逃れは出来ませんよっ」
後席から飛び降りたヤヨイが黒服の関節を極めたまま、啖呵を切る。
「こ、こいつら能力者だ!?」
「天網恢々祖にして漏らさず、悪が栄えた例なし。おとなしく己の罪を認めて神妙にするのですね」
別の入り口から現れたクラリッサが静かに笑った。
「まぁ、一般人さんだし。怪我させないようにしないとですねっ」
すっと容姿の変わった真琴に、残りの有象無象の腰が引ける。
「‥‥うろたえるな。能力者だろうが、ここから生かして出すわけにはいかんのだぞ!」
「それは、一体どういう理由でかな? ヴィットリオ工場長」
ばさぁっ、という音と共に、金色の燐光が散った。
「‥‥この光。ま、まさか、総帥!」
「まずいッ――荒ぶるのもじのポーズ――」
放置していても目立つ青年の前で、のもじが両手を広げて片足を上げる独特の威嚇ポーズを取っている。微妙に時が止まった。
「ふぅ、危なかった。私がいなかったら正体がばれるところだったね、ボス」
「こ、こんな所に本物の総帥がいるはずがない!」
ばればれである。素晴らしい速さでナイフを抜くドン。しかし、投刃はゴールドの寸前で打ち落とされた。
「ラウンドナイツの一席。ナイト・ミスリル。まかりこしました。さて、御用改めです?」
「く、くそっ!」
ゴールドの脇から、すっと前に出たミスリルことGINに拳銃を投げつけ、ドンは走り去ろうとする。しかし、二歩進んだ所で足行きが止まる。
「な、何者‥‥だ」
「――ある時はゴルフを楽しむ女子高生。またある時は温泉宿の女将」
手にした剣をサッと一振りし、新手の少女はポーズを極める。
「しかして、その実態は――正義貫く真紅の刃、緋色の騎士『ナイト・ブラッド』ここに参上!!」
その一振りで、ベルトを切られていたドンが情けない格好で膝を突く。
●人生楽して骨休め
一件落着後、事後処理に動くゴールド達と別れた一行は、今度こそ温泉を堪能していた。
「夢理さん、若くて綺麗な肌よね」
「いえ、メディスン様のような安心感があればいいのですが」
互いへの微妙な嫉妬がにじむクラリッサと夢理の声。
「夢理ちゃんは十分可愛いと思うの」
「可愛いと思うよ、ボクも」
ヤヨイと護の声に、サイズ的な意味ですよね、等としょんぼり答える夢理は重傷だ。衝立の向こうで、その後の展開に耳を澄ますGIN。
(なら大きくしてあげましょう、とかそういう話が‥‥!)
少年の妄想に乾杯。
「そういえば僕、誰に着替えさせられたのかな」
そんなGINの耳に、栗花落の声が聞こえた。さぁ、想像してみよう。気絶してる美少女を脱がして着物を着せる光景を。想像したGINは動けなくなった。
「若い、ですねぇ」
湯船に浸かったまま、翡翠が満天の星を見上げる。
なお、レオタードは脱がされてなかったと言う点を、最後に付記してこの恐るべき事件のファイルを閉じさせて頂こう。
「しかし、これで終わった訳ではない。悪のある所、必ずや第2、第3のKGが現れるのであるっ」
「うむ。当然だな」
終わったはずなのに、のもじとゴールドが微妙な事を付け足した。