タイトル:【JB】子供達の休暇マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/08 23:27

●オープニング本文


 太平洋上の無人島は、多くの手により急ピッチで調査が進んでいた。仲間達が幸せな結婚式を行う、そのための準備だと思えばやる気も増そうと言う物だ。
「ふむ。思ったよりも快適な場所のようだ。これならば、心に残る祝典が行えるだろうな」
 報告を聞いたカプロイア伯爵は、満足げに頷く。北側に見つかった入り江は遠浅で、泳ぎにも向いていた。海岸で迎えてくれる南国風の植生は明るく、当日の気分を盛り上げてくれるだろう。島中央の静かな湖畔は、ムードのある式を行いたいカップルにうってつけ、だ。
「島内の安全はまだ確認中です。崖などの危険な場所も調査中ですが‥‥」
 手付かずの森や海が見える草原といった安全そうな地点でも、キメラが見つかっている。とはいえ、花の咲き乱れる一角などは、安全さえ確保できればロマンチックな一日に文字通り華を添えそうだ。
「崖には、洞窟のような場所もあるそうだね」
「はい。危険があるかどうか、そちらも報告待ちとなっています」
 執事は、そう淡々と続ける。
「安全確認が終わったら、次の段階へ進もうか。そろそろ、人や物を動かさないとね」
 まだ空白の目立つ地図を、伯爵は楽しげに見た。

 海岸近くの簡易滑走路に程近い台地に、ホテル兼披露宴などに使う建物がいち早く完成していた。詰まる所、拘りよりも利便性が先に立つ部分は、大体のパターンが決まっているのだろう。新築の匂いが抜けぬ内に訪れたカプロイア伯爵は、ホテルの様子に概ね満足なようだった。
「2Fに上がった所にロビーとエントランス。1Fと地下、及び上階などに料理店や大小ホール、か」
「簡素なものになりますが、チャペルも最上階に設置しております」
 湖のほとりなど、ロケーションのよい場所は勿論人気だが、宿泊施設や宴会場に近いという場所を好む客もいるのだ。例え3時間でLHの自宅に帰れる場所だとしても、である。
「それ以外は宿泊スペースになっているのだね?」
 高級すぎず、簡便すぎないシティホテルのような作りだ。違うところと言えば、宿泊施設の間取りがやや、多人数向けである所か。もちろん通常のツインやシングルもあるのだが、4〜8名程が泊まれる和室も多めに作られていた。
「ふむ‥‥。夫婦や一人で、というだけではなく、友人同士での来訪が多いと踏んだのだね」
「はい。能力者の方々の御利用が主になると考えますと、そういった部屋が必要かと思いまして」
 伯爵が微笑する。確かに、このホテルの利用者は能力者達の比率が極めて高いものになるだろう。バグアに対してはこの世界で一番安全なホテル、であるかもしれない。

「いい機会かもしれないな。‥‥カノン君は別件で難しいが」
 伯爵の脳裏に、自分が後見についている盲目の少女と、少年の姿が思い浮かんだ。多忙な日々で、中々共に過ごす時間も取れない状況だが、彼らは月に一度か二度しか会えぬ伯爵を、『家族』として受け入れてくれている。‥‥それが心からの物であるかは、判らないのだが。
「‥‥久しぶりに、私も羽を伸ばすとしようか。2人の友人達も呼べればいいのだが。‥‥護衛、という事にすればいいかな?」
 微笑して、ホテルのカウンターに置いてあった島内の案内図を手に取る。それは企画会議で資料の中に混ざっていた時よりも、楽しげに見えた。

●参加者一覧

柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
黒川丈一朗(ga0776
31歳・♂・GP
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
佐伽羅 黎紀(ga8601
27歳・♀・AA
イリス(gb1877
14歳・♀・DG
斑鳩・南雲(gb2816
17歳・♀・HD
直江 夢理(gb3361
14歳・♀・HD
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

●バカンスの始まり
 ホテルについて、荷解きをしたら夕食の時間だった。一行をホールに案内したアルと、再会や初対面の挨拶を交わす。
(‥‥綺麗な所。楽しい思い出が出来るといいな)
 クラリア・レスタント(gb4258)の白い肌も、窓からの夕日に赤く染まっていた。
「のどかで楽しそうな所だね」
 護衛する気満々だった斑鳩・南雲(gb2816)は、少し気が抜けた雰囲気。
「やぁ、お揃いだね」
「気を遣わせて、すまんな」
 リサを抱いて入ってきた伯爵に、黒川丈一朗(ga0776)が会釈する。下ろした少女の手を、アルが椅子へと導いた。
「久しぶりです。丈おじさん。それからフォビアお姉さん、イリスお姉さんも」
 あらかじめ来客は聞いていたらしい。軽く腰をかがめるように挨拶をしてから、リサは得意そうに微笑んだ。
「これは俺から、プレゼントだ」
 丈一朗が差し出した小瓶は、華やかな香りの香水だ。ありがとう、と笑顔を見せる少女。
「はじめまして、を忘れていないか?」
「あっ。はじめまして。リサ、です」
 アルに促され、初対面の人にそう付け足す。社交教育はまだまだのようだった。
「遠慮せずにおねーちゃんって呼んでいいよっ! あ、恥ずかしかったら南雲ちゃんでもオッケー!」
「あ。わ?」
 8歳の少女よりも更にざっくばらんな南雲の挨拶が響く。
(ああっ、そんなにあっさり手を!?)
 直江 夢理(gb3361)は何故か悔しそうだった。
「初めマしテ。クラリアです。これかラ暫くの間、宜しクね?」
 イントネーションがずれるクラリアの声に、首を傾げるリサ。彼女自身から発声に障害があると説明を受けても、ピンと来ないらしい。
「喋るの、大変なの? 小さい声でも、聞こえるよ?」
 勘違いしているリサに、クラリアは僅かに微笑んだ。
「こレでも、随分マシにナった方だと思うんダけど‥‥ゴメンね」

●海!
 翌日は、晴れ。海に行こうと言い出した面々の為に、佐伽羅 黎紀(ga8601)は朝から下見に行っていた。足回りが安全な砂浜を探しているらしい。夢姫(gb5094)は、海遊びに必要そうな諸々の調達。その間に、残る面々は水着選びに売店へ向かっていた。
「どんな感じのがいいの?」
 買出し発案者のイリス(gb1877)に問われたリサが、困ったように振り返る。
「まずは色だな。リサは、ピンクが好きだったっけ?」
 アルが慣れた風な遣り取りを始めた。考えてからリサは首を振る。曰く、ピンクは子供っぽいから卒業する、らしい。
「じゃあ、このオレンジのビキニとかがいいかなっ」
「おねーちゃんは、こっちのワンピースとかが似合うと思うよ!」
 かしましい様子を遠目で見て、柚井 ソラ(ga0187)はため息をついた。海は、気まずくなってしまった友人と訪れた場所だから。

「海だー!」
 水着選びのテンションそのままに、波打ち際に突進する南雲。
「潮の香りとか、波の音とか。足の裏の熱い砂とか‥‥。これが、海だよ」
「‥‥ん」
 浮き輪完備のイリスの言葉に、リサはコクリ、と頷く。盲目になる前に写真や映像で知ってはいたものの、実際の海に訪れるのは始めてらしい。
「自然の素晴しサを感じとル心は誰にでもあル。足元の砂に、手を伸ばしテみて?」
 リサの手を取り、優しく導くクラリア。丁度押し寄せてきた波に驚いて、指を引っ込める。
「‥‥本当に、お塩の味がする。それに、ちょっと変なにおい」
 指についた海水を舐めてから、少女は笑った。
「ボート、借りてきました!」
 空気を入れる夢姫に、アルが手を貸す。空気入れの音が珍しいのか、リサも手伝いに加わった。そんな様子を離れて見守りながら、フォビア(ga6553)が微笑を浮かべる。
「左目は通常の処置で回復可能、だったそうですね」
 ハンモックにもたれて書類に目を通しながら、国谷 真彼(ga2331)が不意にそう呟いた。
「‥‥ああ」
 丈一朗の声に何を感じたのか、真彼は深く頷く。
「過ぎた事は、取り返せません。その人の為に何かしてやれるか。大切なのは‥‥」
「これから、だな。あの2人の」
 呟いた丈一朗の瞳には、波打ち際ではしゃぐ少女と、それを見つめる少年の両方が映っていた。

●女部屋の一夜
 浜辺でバーベキューの後は、海水や汗でべたついた肌を、大浴場でさっぱりと。
「んー、たまにはこーゆーのもいいかもー‥‥」
 南雲は、湯船で幸せを満喫していた。
「あ、あの。いえ、私はですね‥‥っ」
「遠慮せずに、洗いっこしようよ」
 頬を赤らめる夢理をスキンシップ空間に引っ張り込むイリス。
「自分で洗えるもん」
 リサは、そんな事を言ってみるお年頃だったが、人を『洗ってあげる』のには興味津々のようだった。
「あ、ええと。そ、そこは‥‥っ」
 8歳少女のご奉仕に夢理が身悶えたりしているが、別にふしだらな事をしている訳ではない事を明記しておく。
「よし、和室でお泊りと来たらお約束がこれだね」
「お、おぉ。枕投げ、ですか」
 おもむろに枕を積み始めるイリスに、南雲が相槌を打った。他の面々にも説明して、戦争開始。
「リサちゃん、右です!」
「やられましたー!」
 一応、8歳盲目少女には手加減をしているのだろう。多分。ひょっとしたら、本気を出しまくっている大人げない娘もいたかもしれないが。
「‥‥元気ですね。これが若さですか」
 やる気満々な少女達を前に、黎紀がため息をつく。喧騒を他所に、クラリアは隅で眠りについていた。覚醒しないと会話が出来ないゆえ、心身ともに消耗しているらしい。
「おやすみなさい」
 窓際でさりげなく外の警戒をしていたフォビアが、そっと毛布をかけた。

●お部屋の日
 翌日は、小雨。
「勉強?」
 古今、それを好む子供は居ない物だ。リサもそれは例外ではない。
「点字を覚えたラ、きっと今まデ以上に世界が広がルよ」
 言いながらクラリアが広げたのは点字カルタである。覗きこみに来たフォビアやイリス、南雲も加わって、読み役には黎紀がなった。リサと楽しく遊べるように5秒先行ルールとか全員目隠しとか、色々ためしているうちに。
「むぐ‥‥、次は負けないですよっ」
 一部が本気になったりならなかったり。楽しく遊んで、疲れたらお昼寝。目が覚めて晴れ間に気づいたら、もう一度海に出かけたりして。
「御飯ですよー」
 キッチンで夕食を作っていた黎紀が、大きな声で皆を呼んだ。

●山!
 清々しく晴れた日は、ピクニック日和だ。早起きした黎紀と夢姫が作ったお弁当を持って、山へ。
「先頭は任せてくださいっ」
 足取りも軽く先を行く南雲に続いて、リサを挟むようにクラリアと夢姫が手を引く。
「ここは少し急ですから、お手伝いします」
 登りにくい場所では、夢理がリサを抱き上げたり。そういう扱いに慣れているのか、無防備に身体を預けてくる少女。
「疲れたら、伯爵さんにおんぶしてもらえばいいよ」
「‥‥ん」
 夢姫の言葉に、頷く。後尾を歩いていたアルとフォビアは、油断無く周囲へ注意を払っていた。

「うわぁ、綺麗!」
 森を抜けると、そこは花畑だった。
「いい匂い‥‥」
 目の見えぬリサも、胸いっぱいに香りを吸い込んでいる。
(ここも、だ‥‥)
 思いを振り払うように首を振り、ソラは空元気で笑った。
「お昼ご飯ー!」
 夢姫とシートを広げつつ、待ち切れないように言う南雲。サンドイッチなどの軽食主体だが、ピクニックではそれがいい。
「‥‥移動でカロリーを消費したからたくさん食べても構わないんです」
 言い訳を口にしつつも南雲の食は進んでいるようだ。というか、他の面々も。
「花ブランコ、乗ってみませんか? 伯爵さんも」
 夢姫に促されて、恐る恐る座るリサ。揺れに不安げだった表情も、すぐに笑顔に変わる。
「ほら、この木の幹にそっと耳を傾けテみて?」
 今度は、自然に囲まれて楽しげだったクラリアが、リサの手を取って森の端の太い樹へと。
「‥‥ひんやり、してる」
 じっと耳を当てていると、さわさわと葉のなる音や、樹の息吹が聞こえてくる。
「聴こえルでしょウ? 木も花も、私達と同じように生きテるンだよ」
 樹にもたれるようにしているうちに、リサはうとうとし始めた。

●式場
 翌日は、結婚式場へ見学に行く事になっていた。
「ここ、結婚式場ってことは、えーと、リ、リゾートウェディングって奴ですか? おおー‥‥」
「そうです。思い起こせば、ここで私は‥‥」
 感心したように呟く南雲へ、夢理が夢見るように語りだす。妄想によって美化120%位されていそうだ。
「俺、ちょっと忘れ物‥‥です」
 俯いていたソラが背を向けて走り去る。その背中へ視線を送っていた真彼が、ゆっくりと後を追った。
「‥‥あ、国谷さん」
 首を傾ける様子はいつも通りに見えたが、大人の目を欺けるほどではない。まして、いつも少年を見ていた大人の目を。
「心配はないよ。誰だって間違うんだ。僕だって、時折思い出しては悔やむ」
 何を、とは言わずに、ただそう告げて。青年は途中で買っていた飲み物を差し出した。
「ありがとう、ございます」
 ぎこちなく礼を返して、少年はストローを口に含む。冷たさに、思わず瞬きした。それでも、弱っている所は見せたくない、と思う。真彼はそんな少年に、手を差し伸べはしなかった。
「頼れる強さと、頼らない強さ。‥‥どちらも程ほどにしないとね」
 半ばは自分へ向けるように。頼られればそれに応え、頼らぬ事を選べばただ見守る。少年は気づいていないかもしれないが、彼の敬する青年は既に彼を対等の友として扱っていた。

「さらさら‥‥」
「結婚式は、女の子の憧れだよね」
 生地のレースを撫でるリサに、イリスが笑いかける。
「おぉ、夢? 浪漫‥‥?」
「ぁ、私は‥‥その」
「滅多に無い事だし、綺麗になるのはいい事でしょう? さぁさぁ」
 微妙な困惑や遠慮は意に介さず、年下の少女を着飾らせ始める黎紀。その熱意は、まるでお見合いを勧めるおば‥‥、いえなんでもありません。
「私も、この間は男装でしたし。今度はドレスを着てみたいです」
 そして、などと夢想を始める夢理。ウェディングドレスやパーティドレスなど、思い思いの艶やかな服装に身を包んだ少女達に、先に着替え終えていた男性陣が感嘆の吐息を漏らす。
「見違えたな。‥‥いや、本当に」
 横を向きつつ言うアルの頬は赤く。伯爵はいつも通りに長台詞で賞賛する。丈一朗はといえば、全員をちゃんと褒めようとして語彙に詰まって苦労していた。
(‥‥新郎というより、お父さんですね)
 ピアノの前に座った黎紀はそんな事を思って微笑する。弾き始めた曲は、誰でも知っている結婚行進曲だった。夢姫が楽しげにコーラスを始め、クラリア達も後に続く。
「はいはい、そこ。ちゃんとリサの手を取ってやるの」
「え、俺?」
 結婚式というよりは、喜劇のような寸劇。アルとリサ、伯爵とイリスが揃って壇上に。
「わ、私も伯爵様と‥‥」
 飛び入りがあったり無かったりしつつ、式場の一時は厳かとは程遠い楽しげな雰囲気で過ぎた。


●会話の夜
「リサちゃんは好きな人とかいるのでしょうか?」
 最終日の夜。寝転がった夢理が、そんな事を口にする。
「アル君でしょうか、それとも伯爵様とか――あっ私でも大歓迎ですよ!?」
「うん」
 にこっと笑ったリサは、みんな好き、と笑う。
「でも、中でも一番好きな人とか、いない? 伯爵様は‥‥お兄さんか、お父さんかな」
 夢姫の言葉に、考え込むリサ。
「んー、フォビアおねえさんが前に言ってた好きのこと?」
「‥‥!?」
 突然斜めから降ってきた攻撃に、フォビアが枕をぎゅっと抱いた。
「夜の内緒話は浪漫だね! で、どういう話?」
 人の話は興味津々で聞きに回る南雲。そんな部屋の隅では、今日もクラリアが早めに就寝している。
(‥‥微笑ましいですね)
 などといいつつ、やはり年齢を感じて会話に入れない黎紀であった。

 この日も男部屋は静かな物だった。早めに眠りについたソラと、板の間の座椅子でくつろぐ真彼以外はバーへ向かっている。
「リサをまたLHに‥‥かね」
 丈一朗から提案を受けた伯爵は、腕組みをして口をつぐんだ。
「ああ。勿論、彼女自身が望むならだが。リサに、温室の花になっては欲しく無い」
 カッシングに関する資料が増えた今、リサの資料的価値、即ち危険は減っている。そこにアルが口を挟んだ。
「俺の故郷は誤解したままだから‥‥心配だ」
 リサが村の住人多数を殺害したのは紛れも無い事実だが、誤解とアルは言う。
「真実を話しに行きたい。多分、いい顔はされないだろうけれど」
 自分にできる事はそれ位だ、とアルは呟いた。リサへの復讐を思い、そしてそれを捨てた少年は、どこかで罪の意識を感じているのだろう。ミルクのグラスを眺めていたフォビアがそっと語りかける。
「‥‥罰を受けて、消える罪なんてない」
 いや、それは独り言だ。
「残された命で、出来ることを探す」
 カラン、とミルクの中の氷が音を立てる。
「明日を見て、大切な誰かと自分の為に‥‥どうやって歩くかを考える」
 アルがグラスへと視線を落とした。フォビアは、言葉を紡ぎ続ける。
「真っ直ぐ‥‥自分の為に未来を模索することは‥‥きっと、誰かの為にも、なるのだと思う」
 伯爵が彼女からアルへと視線を動かした。丈一朗も、言葉を挟まずに背もたれへ身を預ける。
「私は‥‥そう、思う」
 そうあって欲しい、というように、少女は最後に付け足した。
「そうだな。何かを選んで動き出すならば。俺は応援しよう」
 戦う事以外を選んで欲しいのが本音だが、と言いつつ、丈一朗が小さな箱を懐から出した。
「一人前の男に似合う物をと思ったんだが、ショップにはこれしか無かった」
 SASウォッチ。小型だが高性能で、多くの能力者が愛用している腕時計だ。
「お節介かもしれんが、これだけは言わせてくれ。そこで立ち止まるなよ。お前は、まだ若い」
 何故そこまで、と問う少年に、彼は自嘲気味に答えた。
「‥‥お前達から親を奪ったのは、俺のようなものだからな」
「違う。‥‥私達」
 フォビアが言う。アルは自分のグラスへ目を向け。
「罰で消える罪は無い、んだっけ? 気に病まないでくれ。俺はもう充分感謝してる」
 リサを狙う自分を止めてくれた事を。そう付け足してから、グラスの中身を飲み干した。

●バカンスの終わり
 別れの日。
「一週間、楽しかったです?」
「うんっ」
 ソラの言葉に、満面の笑みを浮かべるリサ。伯爵の微笑も常より深い。アルも表情をフッと和らげて頷いた。膝をついたクラリアがリサと目線を合わせる。
「次に会えル時には、もっと喋れルようになっテおくかラね」
「私も、今度は負けないもん」
 言ったリサが小指を出した。日本的風習を誰かに聞いたらしい。
「これ、あげます。海の音が聞こえるんですよ」
 夢姫が差し出した貝殻を耳に当てて、リサは嬉しそうに笑う。
「アルお兄さんも、聞いてみて!」
「‥‥ああ。本当だ」
 頷いたアルの目は、遠くを向いていた。