タイトル:今年も故郷で合宿をマスター:紀藤トキ
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 65 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2009/08/11 23:59 |
●オープニング本文
篠畑の郷里は、今年も暑そうだった。入り組んだ海岸沿いを行くバスの窓から差し込む朝の日差し。誰かが薄く開けた隙間から香る潮の風。遠くで鳴く海鳥の声。
「今年も、遠い所から良く来た」
良く日に焼けた肌の運転手が、乗り込む時にそう言っていた。去年も、篠畑中尉は傭兵達や友人、部下を郷里に招いたのだ。海でのんびりしたいという希望を聞いて、思いついたのが故郷の景色だった、らしい。
『観光地っぽい所に招待する位の、稼ぎはあるんだけどな』
苦笑していた篠畑の顔が、ふと誰かの脳裏に過ぎる。高速艇のつく街から、篠畑の故郷の漁村までは車で4時間程の距離だった。
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「そろそろつくぞ。色々片付けてくれ」
初老の運転手の車内放送で、客人達はもぞもぞと動き始めた。道中広げていたお菓子やカードを片付けたり、寝ている誰かをそっと揺すったり。
「ほれ、この角を曲がれば‥‥」
突き出た岬の突端を回りこむと、さほど大きくない入り江と、平地から山への斜面に並ぶ家並みが眼に入る。ぐっと切り込んだ岬の根元には小さな漁港があった。
「そろそろ、昼じゃが。朝に上がった魚がきっと何かあるじゃろ」
堤防の内側にいる小型の漁船を見て、運転手がのんびりと言う。港の向こうは、岩礁になっている岬側とは違って砂浜になっていた。去年は、昼は海水浴やビーチバレー、砂遊びなどを楽しみ、夜には花火と宴会で盛り上がった場所だ。
「沖に、島が見えるじゃろ? あそこまで、若い衆は良く泳いだりしたもんだ」
懐かしげに言う運転手に、去年を知る面々も頷いてみたり。もっとも、若い人は皆、村を出ているのだとか。
「戻ってくるのも、あんまりおらん」
ぽつっと付け足した運転手も、ひょっとしたら孫くらいがいそうな年だった。
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「良く来たな。ま、ゆっくりしてってくれ」
停車したバスを迎えた篠畑の言葉は、数時間前の運転手とそっくりだ。隣にいた年かさの男は、篠畑の叔父と自己紹介した。
「タテ坊が、世話になっとるようで。手のかかる坊ですまんのう」
「ちょ、ちょっと待て」
頭を下げる叔父に、篠畑が慌ててみたり。
「‥‥まぁ、のんびり遊んでいってくれ。宿泊は俺の実家を空けてあるが、足りなかったら庭でテントでも張ってもらうかもしれん」
この浜へ観光客が来ていた頃には、民宿などもあったのだそうだが、バグアとの戦争開始後、客足が遠のいて廃業してしまったらしい。彼の実家にはかなり広い部屋が1つと、6畳とか8畳の部屋がいくつかあるので、足りない事は無いだろう、と篠畑は言う。
「昔はこの辺りも海水浴場だったんでな。海の家っぽい奴の更衣室だのシャワーだのはまだ使えるはずだ」
シャワーではなくちゃんとした風呂に入りたい者向けには、公民館の小浴場を使えるように手配してあるらしい。無論、篠畑の実家の風呂も2〜3人なら窮屈な事は無いはずだ。
「夕食は、魚とその辺で取れた野菜とかを、適当に食えるようにして持ってくる。飯も、大きなので炊いておくんで、たんと食ってくれ」
料理の腕を振るいたい向きには、新鮮な食材が提供される事だろう。飲み物の類は日本酒とか麦茶辺りは出るようだ。
「持ち込んでもらうのは一向に構わんし、どこで食べても構わない。多分、去年と同じなら浜で焼いたりするんだろうな」
楽しんでいってくれ、と手を振ってから、篠畑の叔父は坂道を降りていく。後についていけば、海。磯の香りが、車中より数段強く感じられた。
●リプレイ本文
●到着
バスから降りてきた仲間達を、前日からの面々が出迎える。
「何も無い場所だが、楽しんでってくれ」
「今年もプリン、作りに来たですよ。プリンで村起こしするです」
ヨグが力を込めて言った。やる気だ。
「今年もお邪魔するわ、ベア隊長。‥‥お掃除には参加出来なくてごめんなさいね」
日傘を手に言うケイへ、篠畑は片手を挙げる。と、ケイが微笑しながら後ろを指差した。
「‥‥水着‥‥変じゃない、でしょうか‥‥」
青のビキニ姿のセシリアに、篠畑はしばしもごもごしてから。
「その、綺麗だ、と思うぞ。うん」
「‥‥あの‥‥有難う御座います」
赤面して俯きあう2人は、間違っても中学生では無い。
「皆、待ってたよー!」
元気良く駆け寄るトリシアに、バスから降りた友人も手を振り返す。
「アレックス、サンディ、行こうっ」
両腕で抱きついて、自分が掃除した場所へ案内する。
「うー、たまにはこーいう遊びもいーよね!」
「‥‥あんまり騒ぎすぎるなよ、面倒だ」
伸びをする望の頭に手を置いて、砕斗が釘を刺した。
「前の合宿からもう一年、ですか」
下車口で、叢雲が目を細める。
「入り口で止まんなよな」
悪態をつきながら降りてくる宿敵も、2人の縁を結んだ白猫も、この一年で随分動いた。自分は、とふと思う。
「や、来たね」
「お掃除して下さった方は、お疲れ様ですとありがとうございます」
笑う真彼に、クラウと一緒に降りてきたソラが丁寧に頭を下げた。
「楽しかったし、構わないわ」
一足早く泳げるし、と早くも水着姿の悠季が笑う。続いて降りてきたのは、湧輝と刹那の2人組だった。
「久々の海だな。妙なキメラが居ない海は本当に久しぶりだ‥‥」
「ちょっと、おじさん。もうちょっとムードのある曲歌えなかったの? 月城さんみたいにさ」
揃いのアロハに短パン、ビーチサンダルにサングラスという昭和な服装は、この村だとさほど違和感が無い。
「おじさんじゃない、お兄さんと呼びたまえ、刹那くん」
車中での選曲にムードが無かったのは、否定しなかった。
「‥‥弟の作った曲だ」
名を呼ばれた紗夜が、ポツリと言う。その弟も、もういない。在りし日、彼女達が暮らしていたのも、こんな田舎だった。
●昼
去年同様、強化合宿としてこの場に臨んだ集団がいる。鯨井兄妹以下、アクアリウムのメンバーである。
「最後に頼りになるのは己の肉体のみだと‥‥、思い知らせて‥‥おかわりっ」
現在、昼食と言う名の燃料補給中。黎紀が準備した惣菜も、瞬く間に消えていた。
「どうぞ」
食べる昼寝に、エメラルドがおにぎりを差し出す。大量のおにぎりは、起太のリクエストらしい。
「卑怯というのがナンセンスさ。僕が用意したのは足ヒレにシュノーケル。実戦なら当然準備する物ばかりだからね」
本人によれば知性派の起太は、相手が喋っている間に食べ、然る後に喋ると言うテクニックを駆使していた。
「‥‥身体を動かした後の食事は美味しいね。しかし」
自分は何故ここにいるのか、と哲学的な悩みを口にする真彼。
「‥‥泳ぐ、為‥‥?」
アグの言葉が天啓だったらしく、青年は悩むのをやめた。
「良く付き合えるわよね。こんな一攫千金のチャンスが目の前にあるのに」
「今年もあると思ってたから」
いつの間にか場に混ざっていたゴールドへ、タイムを計算していた一千風が頷く。参加の誘いは、朝方に既に空振りに終わっていた。
「お、ゴールドちゃんはビキニか。健康的でいいな!」
まめなジュエルは、朝の内にそれ以外の面子は褒め終わっている。シュノーケルに海パン一丁のスタイルのジュエルをじっと見て、ゴールドはちょいちょいと手招きした。
「素人はクワガタだカブトムシだと安易に手を出すけど、ブームは後追いするんじゃない。作る物よ」
力説する影に、去年の欧州での挫折の跡が垣間見える。
「という訳で。協力お願いね。行くわよ。『2009年夏、ゴールドラッシュプレゼンツ。軟体格闘ウミウシバトル』!」
言葉を切って胸を張るゴールド。その横から、ちょっと作った声でジュエルが天を指す。
「行けっ、ゾウアメフラシ!! ‥‥って、これでいいのか?」
「ばっちり。今年の映画化枠は貰ったわね」
ふっふっふ、と笑いながら去っていく彼女。
「‥‥そうかなぁ」
見送って、硯が首を傾げた。
●陸
毅達は空中戦講習会を企画していた。
「さて、今日はこの講習会に集まっていただき、ありがとうございます」
最初の講師役の雄二が、まばらな聴衆に頭を下げる。綾がKVのぬいぐるみを並べ始めた。
「説明に、模型がいるって聞いたから。これじゃ駄目、か?」
「ふむ。少し大きすぎますな」
さすがのアルも、1.5mのぬいぐるみを使っての説明は難しい。
「加奈様、少し聞かせて頂きましょう」
「そうね。ありがとう」
空戦に自信が無い加奈が、夢理へ誘いの礼を言う。
「せっかくですから、真面目に受けていきますよ」
毅と雄二の後輩に当たるジェームスは、早くもノートを広げていた。
「さて、まずは航空機の発展と空中戦の歴史、から‥‥」
(これが風鈴の音‥‥澄んでいるのですね)
そんな声を聞きながら、縁側でハンナが眼を閉じる。と、呼び声が耳に入った。
「えと、ハンナさんもプリン、作りませんですか?」
これくらい一杯作る、と両腕を振り回すヨグに微笑を向けて、ハンナは縁側から立ち上がる。
「熱中症には気を付けてー。‥‥おや」
浜を見回っていた勇輝の足がふと止まる。見知った顔の水着は水を吸った様子は無かった。
「キリーさんは泳ぐの得意ですか?」
「ハ。僕は泳げるよ凄いでしょうってわけ? その後はコーチするよ、とか下心満載な事を言うんでしょ、このヘンタイ」
間合いを取った勇輝に得意の目突きは諦めたようで、その分言葉の槍がえげつない。
「まぁ、そうですけど。泳げるようになると楽しいですよ、きっと」
立ち直りが早いのは、これまでの交友で鍛えられたからだろう。と、そこに勢い良く駆け込んでくる影。
「待ったー! もやしお姉ちゃんはしっと団の一員として活動する事に決まってるのにゃー!」
「活動してやってもいいけど、1000万Cね」
乱入して来た白虎に、さらっと言うキリー。
「というか、何で付きまとわれなきゃいけないわけ? バカンスで位、あんたらの顔を見ずに過ごしたいんだけど」
「うにゅにゅ。そっちがそうでもこっちは違うっ。ならば勝負を申し込むにゃー!」
しっと活動に一日従事して、興味を持ったら入団、という白虎。
「私に何のメリットがあるわけ? あ、そうだ。つまらなかった時は白虎、一生女装不許可ね」
できる物ならやってみろ、と小悪魔な笑みを向けるキリー。どうせ忘れるんだろうけど。
「じゃあ、間を取って。そっちに付き合ってから、2人纏めて泳ぎを教えますよ」
そんな大人の配慮を見せる勇輝に全LHが涙した。
毅が1stLook、1stShoot、1stKill、の空戦の基本概念を判りやすく説明し、基本的な機動を語り終えた辺りで加奈と夢理が退室した。代わりに悠季を加え、講習会はまだ続いている。
「我々が空中で遭遇するのは、HWがほとんどです」
最近の報告書を整理した資料を基に、アルがHWのバリエーション、そして対策を挙げていく。最初から出ずっぱりのジェームスと綾は、真面目にメモを取りながら傾聴していた。
「‥‥では、以上を踏まえて。対策についての討論に移りましょう。まず、通常HW2機に受講者3名で当たる場合‥‥」
講師側だった3名も交え、実体験に即した行動や対応についての討論は活発に進んでいく。
●海
所変わって、海。いつの間にか姿を消した一千風を除いて6名が泳いでいた。
「マイペースにゆっくり、です」
持久力を主体に鍛えたいエメラルドがペースを変えない中、さっさと上がって遊びたいジュエルはスピードを上げる。
「っしゃ! オッキー、今ので何往復だ?」
「4じゃないかな、確か」
起太が答えているのは自分の往復回数で。ジュエルがそれに気づいたのは、夕方近くだったりした。
フロートに掴まり漂うソラとクラウは、特訓中の集団へ手を振る。
「あ、アグちゃんっ。がんばってー」
「アグさんたち凄いですねぇ‥‥って、国谷さんまでっ!?」
30代なのに若者達についていこうとする雄姿を、少年少女が瞼に焼き付けつつ。
「あ、あれ?」
ふと気づくと、随分沖に出ていた。遠くに見える浜は、思ったのと違う角度に見える。その原因に気づいたのは、ソラが先だった。
「‥‥って、流されてるっ!?」
慌ててクラウの傍に寄った時には、陸地が見えなくなっていた。
「はわっ、大変! ソラ君、どうしようっ」
頼られるのは嬉しく、頼られても何も出来ないのは歯痒い。少年がそれでも陸を望もうとフロートの上に立ち上がる。
「‥‥あ」
波間を切るボートと、それを操る赤い髪が、チラリと見えた。手を振ると、応えるように頷く。
「あは、アグちゃんありがとっ」
2人が流されていると気づいてすぐ、アグは引き返してボートを借りてきたらしい。
「2人、仲良く何をしていたの?」
気のせいか、悪戯っぽい気配で首を傾げるアグにソラは感謝しつつ。自分で何も出来なかった後悔に胸を痛めていた。
●浜
「海で遊ぶなんて久しぶりーっ! ゴムボートとかないかな?」
「バナナボートなら、あるぞ」
おお、と喜びの声を上げつつ、空気入れを手伝う望。トリシアに日焼け止めを塗ってから、サンディは自分にも。
「時間は短いぞ。早く行こう」
普段は引っ張られる側のアレックスが今日はやけに積極的だった。うん、まぁ夏で水着だから。
背の立つ辺りの海では、百白が龍牙に泳ぎを教えていた。
「私、泳げないので‥‥、ありがとうございます」
「‥‥仕方があるまい」
とかいいつつ、水に浮く辺りから手を引いて丁寧に教える百白。その横で、浮き輪に捕まったリュウナがのんびり漂っている。
「しっかり、泳ぐのらよー!」
「次は、リュウナだぞ」
百白は、面倒くさがる割に面倒見が良かった。
そのやや沖。
「ふふふ、サンちゃんを沈没させてやるー」
いつの間にかサンディの足元に潜っていた望が、彼女の浮き輪に圧し掛かる。
「それで、サイトとは仲良くしている?」
「わぶっ!? それは卑怯ーっ!」
手を滑らせた望が抗議の声をあげた。
「泳ぎは得意だから、教えられるよっ」
色気より可愛らしさなデザインのビキニで胸を張るトリシア。目に嬉しい3人の姿をバナナボートから眺めていた男性陣は、泳ぎ教室の間に結託した女性陣にひっくり返される事になった、とか。
●沖
「今年も、乗せて貰ってありがとうございます」
礼儀正しいヘクトに、篠畑の叔父は頷き返した。海の上では、寡黙な男だ。去年と違って、竿はヘクトに任せている。今年は去年より良く釣れていた。
「海は、好きか?」
不意に掛けられた言葉に、考える。過ぎるのは懐かしさと、それから思い出。
「おじぃの物はほとんど残ってないんですよ。写真とかは全部失って、残ってるの頭の中の記憶と三線ぐらいしか」
物は無いけれども、思い出の場所として海が残っている、そういうことなのかもしれない。
「結局海が好きなんだと思ったりもっ‥‥、かかった」
大物のようだ。
「また、来るといい」
格闘が終わった頃、篠畑の叔父がポツリと呟いた。
その手前を加奈、夢理とクラークのボートが行く。
「加奈様は泳ぎも出来たのですね、波を切って泳ぐ水着の加奈様‥‥。素敵です」
「直江さん、大丈夫ですか? 本田さんを見る目が妖しい気がするのですよ」
3人の予定は、沖ノ島近くでのダイビングだった。
「にゅ、加奈さんを発見したのにゃー」
全速前進、と慈海へ言う白虎。
「カナカナカナカナ、あんたってセミみたいよね。7日でいなくなるだけマシだけど。って、何であんたが行き先決めるわけ?」
げしっ、と蹴り一発でボートから叩き出し、キリーがびしっと沖ノ島を指す。
「とりあえずあそこを目指すわよ。板子一枚下が海で平気なあんた達と私は違うんだから」
「も、元々そこに行く予定だったのにゃ」
勇輝に引っ張り上げてもらいつつ、苦情を申し立てる白虎の声は当然スルー。やや離れた船から観察していた美雲が溜息をついた。
「せっかく、2人で出かける為にボートを置いておいたのに」
が、彼女が借りたボートは、どう考えても子供2人じゃ動かせなかったりする。
「こっちの小さいボートをあげれば良かったんじゃ?」
やはりキリーと白虎が気になる繋がりで同乗していた刹那がぼそっと呟いた。ちなみに、こっちの船は彼が漕ぎ手である。
「青春ですねぇ‥‥」
磯で銛を手にしていたアレイが、沖を目指す船の様子をそう総括した。
●BVB
さて、今年も行われたビーチバレー大会。合宿先抜けの一千風や、釣りを切上げたアスが今年もいる。付き合わされたフォルは、見学らしい。
「3セットで、2セット先取制。6チームだから、1回勝った3チームで組み合わせて準決勝、決勝になるからな」
無理に誘った京夜は、競技に参加こそしなかったものの審判役を楽しんでいる様子だ。最近、思いつめた様子が気になっていた真琴は少しほっとする。
「それじゃあ、競技開始!」
熾烈な戦いは、前回の勝者達にも容赦ない。緒戦で前回優勝、準優勝者を擁するペアが揃って敗退する波乱。一千風とサラのペアを下し、くじの結果決勝行きが決まった真琴とリュドが見守る中、準決勝が行われようとしていた。
「さあ、アンドレアスの砂埋め罰ゲーム目指してガンガン行くわよっ」
「ばーにんぐっ!」
ユーリ・克のペアに接戦で勝利した熱血ペア、シャロンとリュウセイが気勢を上げる。対するは、叢雲と神撫に勝利したアスとケイの音楽家コンビ。
「おかしいですね。気負い過ぎましたか」
「かもしれないな‥‥」
苦笑する敗者に見守られ、音楽家コンビは勝利をもぎ取った。
「ふっふっふ、その進撃もそこまでですっ」
立ち上がった真琴に、リュドが続く。兄の快進撃を、ユーリが飼い狼のラグナと一緒に応援していた。
「相手が真琴だもの、手は抜けないわね」
ケイが不敵に笑う。照りつく日差しの中、始まった決勝は大枠の予想とお約束を覆し。――アスとケイが勝利した。
「おめでとう、アス」
「おめでとうございます、アスさん」
一声ごとに、動くスコップ。
「ちょ、ちょっと待て。何で優勝した俺が埋められてんだ!?」
「――最近、金髪ロンゲが嫌いになってな。お前に恨みは無いが――」
わざわざ覚醒までして深い竪穴を掘った京夜が、すがすがしい表情で汗を拭う。
「何となくムカツクんだ。死ぬといい」
「な、何だそれ!?」
「それより、どうして俺も一緒に埋められてるんですか」
状況の割りに普段と変わらない声色のフォルも、同じ穴に入れられていた。誰も助ける気が無さそうな辺りが、素敵である。
「せっかくだし、芸術的にですね‥‥」
戦いで友情が芽生えるというのは嘘らしく、決勝を戦ったリュドは嬉々として墓穴の装飾を行っていた。轢いていくディアブロ、がテーマらしい。
「大変ね、アンドレアス」
それどころか、決勝戦までチームメイトだったケイも楽しげに眺めている。しかし、アスとフォルの受難はまだこれから。うきうきしながらスイカ割り道具を運んでくる真琴が、画面端にチラッと見えた。
●島
準備運動を始めていたクラーク達の所に、慈海がふらっと現れる。
「あ、こんにちは」
挨拶する加奈に笑顔を返しながら。
「これから総帥と篠畑くんを弄りに行くんだけど。加奈ちゃんも一緒に行かない?」
「え? でも‥‥」
ちらっと夢理とクラークの様子を窺う、加奈。
「まだ日は高いですし、挨拶くらいして来たらどうですか?」
彼女が篠畑を避けているのは、クラークには何となく判っていた様だ。慈海が楽しそうに後押しする。
「チクチク可愛らしい嫌味とか言っちゃえばいいと思うんだ☆」
「そう、ですね。ちょっとご挨拶、いってきます」
慈海について行く加奈を、夢理が心配げに見つめた。
「私も、影ながらお守りする事にします」
たたっと小走りに後を追う少女を、クラークは微笑して見送る。
「今年もネックレス、してくれてたんだ」
「‥‥加奈さんも」
加奈は赤、セシリアは青のビーズのネックレス。揃いのそれは、随分前のバザーで買ったものだ。
「篠畑さん、女の子同士の会話の邪魔、しないで下さいね」
何か言いかけた篠畑をざくり、と斬る加奈を見て岩陰の慈海が嬉しそうに頷く。
「‥‥それもそう、か。少し時間潰してくるよ」
「あ‥‥」
瞬きするセシリアの手を取り、加奈は座った。
「いいぞ、さすがボクの見込んだ闘士。もっとやれにゃー」
小声で声援を送る白虎に、キリーが大げさに溜息をつく。
「‥‥物影でコソコソするのがあんたの言う活動なわけ? あんた、今度から白虎じゃなくって白ゴキって呼ぶわ」
自分も覗いてる辺り同罪と言う気もした。
「そ、そんな事はないっ。今から総帥の真の力を見せてやるのにゃ」
ピコハン片手の白虎はキリーにハリセンを差し出す。狙うは、浜を1人歩く篠畑。
「ふふふ、そこで2人っきりに‥‥あ、あら?」
美雲の視界に、無防備に後ろを晒した白虎がハリセンフルスイングを受ける様子がばっちり映った。
「あーあ‥‥」
一緒に見ていた刹那が溜息をつく。
並んで座る少女の耳に、波の音だけが響く。短くなった黒髪に、セシリアが少し残念そうに言及した。
「でも‥‥今の髪型も、とても、素敵‥‥です」
「ありがとう。‥‥そういえば、今日は紹介したい人と一緒なんだ」
離れていた夢理を、加奈が手招きする。
「能力者で初めてのお友達の、セシリアさんです。こちらは、夢理ちゃん。とても仲良くして貰ってるの」
会釈するセシリアを、夢理はじっと見てから。慌てて自分も頭を下げた。
●もう1つの島
如月姉妹とそれぞれの彼氏は、Wデートを敢行していた。付き合って長い姉と無月はともかく、智弥は見るからに浮ついている。例えば、まだ彼女が着替え中なのに呼びに行ってしまったり。
「わ! ご、ごめん!」
「うきゅ!?」
慌てて視線を逸らした物の、若い瞼には色々と焼きつくわけで。
「ほほぅ‥‥そうかそうか、覗きとかそんな身分か。最近ちょっと調子に乗りすぎなのです‥‥」
がしゃり、と剣呑な音に振り向いてみれば、韮っぽい何かを装填した菫が危険な笑みを浮かべていた。
「‥‥大丈夫、でしょうか」
心配げな無月の声。
「ああ、もう。早速‥‥」
由梨が頭を抱えていたりしつつ、4人は泳ぎで沖ノ島へ。
「無月さんが相手でも負けませんからね」
負けず嫌いの由梨に、少し遅れて無月が続く。菫と智弥はといえば。
「は、はえぇ。追いつけるわけないのです。これだから体力バカは‥‥」
「まぁ、ゆっくり行こうよ」
韮が刺さったまま、マイペースに進んでいた。途中、由梨が足を攣った時に、無月が垣間見せた本気に吃驚したり。島についてからは、2組に分かれてのんびりと。
●もう1つのビーチバレー
「ふふふ‥‥遂にこの無駄な身長を活かせるとき」
セシルは、ビーチバレーを楽しんでいた。組分け結果は、セシル・ティリア・春奈組vs伊織・和奏・雪待月組である。
「知り合って間もないですけど‥‥遠慮は、なしですっ」
「セシルお姉さんのブロックにティリアさんのアタック‥‥。でも、負けないっ」
ティリアの挑戦に、敢然と応える和奏。
「こういう戦いも、楽しいものですね」
微笑しつつも、伊織はどこまで本気で行って良い物か考えあぐねていた。身長はさておき、能力者としての身体能力は彼女が1人だけ飛びぬけているのだ。
「お〜こんにちは、なかなか良い眺めだな」
釣り道具を手に声をかけてきた湧輝へ、春奈が白い眼を向ける。
「‥‥さっさと釣りに行ったらどうですか? 大して興味も無いくせに」
少しくらいは姪が心配だったのかもしれないが。友人達と楽しんでいるようだ。湧輝は苦笑しつつ両手を挙げた。
「結構、難しいですね」
言いながら丁寧に玉を拾う雪待月を見て、銛を手に岬へ歩いていた紗夜が微笑を浮かべる。
●午後
ばしゃばしゃと泳ぐ内に、陽は赤くなっていた。
「‥‥ったく、男の癖にぜんっぜん泳げないなんてウミウシ以下。ナマコよね!」
ちょっとだけ、白虎より泳げるようになったらしいキリーが胸を張る。しかし、白虎が本当に泳げなかったのか、話を合わせただけなのかは判らないわけだが。
「そ、そこまで言わなくても‥‥」
「隙ありっ」
一日掛けて、勇輝への目潰しチャンスを狙っていたらしい執念に乾杯。満足げに岸へ向かう彼女の後を行きかけた白虎に、目元を押さえていた勇輝が声を掛ける。
「少し言いたい事があるんだ」
「んにゅ?」
勇輝の表情は、夕日に照らされて。
「俺はキリーが好きだ。だから君が彼女を好きだというならば、今から君とはライバルだ」
「‥‥う」
白虎の中で、恥ずかしさに否定したい気持ちと、男の子としての矜持が交錯した。
「‥‥挑戦は確かに受け取ったのだ」
多分誰も聞いていない、という環境が少年を後押ししたようだ。聞こえてないといいね。
「どちらが彼女の心を射止めても、文句は言わないよ」
急に熱くなった気がして、白虎は頬を手で押さえる。
「何グズグズしてるのよ。このノロマ。さっさとボートの準備しなさいよね」
2人の気も知らず、岸からはキリーがキャンキャンと吼えていた。
特訓を終えたエメラルドは、着慣れたメイド姿に戻って夕食の準備に忙しかった。写真撮影を切上げて作業に掛かっていた黎紀は、今年も魚を持ってきた地元の人の応対に忙しい。
「何か手伝える事、ある?」
そう声を掛けた一千風も、気づけばすっかり準備側。
「ビールは水だっつの。幾らでも持って来い!」
「おう、いい飲みっぷりじゃ。海の男はそうでなくちゃいかん」
準備側に回るつもりだったアスは、何故かすっかり年寄りと出来上がっていた。
●夕食
セシル達一行は、少し離れてカレー製作中。材料は、村の雑貨屋で分けて貰った野菜と湧輝や紫翠ら釣り班の戦果だ。
「おっ、少し貰っていくよ」
刹那が通り過ぎざまに、春奈の手から皿を奪っていく。
「‥‥欲しければ普通に持っていけばいいのに‥‥。まったく落ち着きの無い人ですね」
溜息をつき、見送る春奈。と、リュウセイがふらっとやって来た。
「お、ゆっちーが作ったのかぁ。遠慮なくもらうぜ」
「あ、その‥‥作ったって言うか」
そんな会話に、友人達は黙って視線を交わした。雪待月の手の絆創膏の数と、教師役を務めた彼女達だけが真相を知っている。
「こういう味もいいんじゃねぇかな?」
何も知らぬ青年は、焼き野菜を一皿置いて戻っていった。
サンディとトリシアは、白黒対の丈の短いデザインの浴衣に着替えている。
「アレックス‥‥どうかな?」
恥ずかしそうにくるっと回って見せると、蝙蝠の羽を模した飾りがトリシアの背で揺れた。
「あ、焦げちゃう焦げちゃう! 早く食べてー!」
アレックスが返事を口にする前に、焼き串を回していた望が声をあげる。
「‥‥一度に沢山焼くからだ」
離れてカキ氷を食べていた砕斗が、苦笑しながら腰を上げた。
(野菜は余り食べたくないから、ひゃくしろにあげるのら!)
こそっと野菜を百白の皿へ移すリュウナ。が、その動きは龍牙に筒抜けだった。
「お野菜も食べて下さいね♪ リュウナ様!」
「‥‥ん?」
重くなったり軽くなったりする皿の様子に首を傾げる百白。
「んと、プリンいかがですか? プリン」
あ、また皿が重くなった。
●夜の海辺
「はい、これ。花火とか見るときはこっちのほうが気分が出ると思うよ」
刹那が用意していた浴衣を、キリーは無視した。
「そんな芋くさい服、現住民しか似合わないでしょ」
海岸に出てから、皆の浴衣姿を見た彼女が少し後悔したのは内緒である。
「お、キリー。相変わらず元気そうですね。活きのいいタコでもどうです?」
素潜りで獲ったらしいタコを見せるアレイ。活きがいいというか、まだ普通に生きている。
「そんなにゅるにゅるしたのを私みたいな美少女に近づけて、内心で何考えてるのかしら? やだやだ、気持ち悪い」
とか言っている所に、白虎が現れる。
「キリーお姉ちゃん、花火行かないかにゃ?」
「夏の風物詩、だからね」
勇輝がそう付け足した。行間で微妙な連帯感が出来たようだ。
「フン、‥‥行ってあげない事も無いわよ」
浴衣の失敗で学習したらしく、嫌そうな表情を作りつつ頷くキリー。
「な、無くなったんだな? 本当だな?」
「脅かし役が僕だけじゃね」
隅っこで綾に言う刹那。肝試しは無くなったが、花火と夏の海を若者達は楽しんでいた。
「あら、韮じゃない。‥‥決定、隣のあんたはホウレンソウね」
揃って浴衣の菫と智弥に、早速つっかかるキリー。
「この‥‥てめぇも野菜だろうがー!」
出会うや否や、言い合いを始めた2人に、智弥は苦笑する。
「あれが噂のもやし。あ、韮ともやし、もやし炒めいいな」
いつの間にか、調理の手伝いを始めていた無月が少年を手招きした。
「焼きソバでよければ‥‥どうぞ」
「わわっ、ありがとうございます」
恐縮しつつも嬉しそうな智弥の背後で、口喧嘩はますますヒートアップしている。
「これこれ、余り汚い言葉を使うもんじゃない」
「うるさ‥‥」
村の老人に言い返そうとしたキリーの首根っこを、神撫が引っつかんだ。
「な、何するのよ、このヘンタイ! 女の子を力づくでどうにかするなんて最‥‥」
「いい加減にしろよ、キリー」
低い声が甲高い言葉を遮る。キリーを掴んだまま歩き去る彼を、菫は呆気に取られたまま見送った。
●篠畑
「何だ? 喧嘩でもあったのか」
セシリアと一緒の篠畑が遅れて通りかかる。
「招待‥‥ありがとうございます‥‥」
言いながら、彼の為に焼き魚を取り分ける無月。ヘクトの沖縄料理を摘んでいた叔父が、ひょい、と箸を伸ばしてくる。
「お、本当だ。いい嫁さんになるぞ、あんた」
等といってから、由梨を紹介されて吃驚していた。
「たく、いつの間に‥‥。まあ、これであまり無茶はできなくなりましたね」
「そうだな」
フォルにからかわれた篠畑は、鼻の頭をかきながらそう答え。
「‥‥料理、上手な方がいい‥‥ですか」
横では、セシリアが、そんな事を呟く。と、横合いから飲み物のグラスが差し出された。
「コレ、篠畑さんに。‥‥良かったわね」
シャロンが眩いような笑顔を向けていた。振り返った篠畑に、パタパタと手を振って。
「なんでもないっ」
身を翻す動きに合わせて、金髪が夜空に跳ねた。
「篠畑、ロシアに部下がやられたと聞いたが‥‥」
焼き串を回していた毅の言葉に、篠畑は瞬きしてから否定する。ひとしきり笑ってから、毅は真顔になった。
「‥‥味方にやられたと聞いた時はびっくりしたからね、まあ、その様子なら、大丈夫そうだな」
「ああ。俺は大丈夫だ。‥‥ありがとう」
そんな様子を見ながら、アスがグラスを掲げる。
「‥‥死ぬなよ」
●コンサートと花火
不意に響いた明るいテンポの音楽が、その声に被さった。
「セッションとかバンドってのは久しぶりだ‥‥」
ベースのヘクトが懐かしげに言い。
「ソフィリア、楽しくいきましょう♪」
ギターボーカルのケイが、ボーカルのソフィと背中を合わせる。2人の後ろの湧輝がギターに指を走らせた。
「さて、歌うものにあわせてうまく弾けるといいんだがな」
驚いたような村人の視線と、期待交じりの友人達の視線を集めて、ソフィが声をあげる。
「みんな〜っ! 最高の夜にしますわよ〜♪」
寝入っていたアグを誘って、ソラとクラウは花火を楽しんでいた。流れる音楽に合わせて、アグが花火をクルクル回す。その灯りに照らされるクラウの横顔に、ソラは目を奪われていた。
「‥‥?」
ふと振り返った少女が、ふんわりと首を傾げる。
「は、わ。なんでもないですよっ?」
綺麗だから見惚れていたと言うのが何故か気恥ずかしくて、少年は思い切り首を振った。
「ありゃ。疲れちゃったか」
花火の誘いに来たジュエルは、BBQ区画で寝こけている昼寝を発見した。何となくタオルを掛けてから、横に座る。
「起きたら、一緒に‥‥」
遠くの火を見る内に、彼もいつしか睡魔に囚われていた。
「さぁ! 一緒に楽しみましょう♪」
花火を眺めていた百白に、龍牙が声を掛け。
「ひゃくしろも遊ぶのら」
リュウナが手にしていた花火を差し出して誘う。仕方が無い、と言いつつ輪に入る百白は微笑を浮かべていた。
●魂の送り火
「北海道でぴよぴよしてたひよっこも、やっとマシになったか」
「いえ、まだまだです」
元軍属の京夜に、サラの口調は丁寧だ。それでも、口元が少し緩んだ。
「そういや‥‥そろそろ盆だな」
「資郎も、来てるかナ?」
日本通のボブが、暗い海を見る。サラに、2人でお盆を説明して。
「そうだ‥‥花火も供養の一種だったりするんだぞ。資郎のために打ち上げ花火でも上げてやるか」
立ち上がる京夜。
「しんみりしてちゃ、心配させるだけだ」
「そうネ。俺もそう思うヨ」
ニッと笑ったボブが、ステージへ向かって歩き出した。意外なほど澄んだ声が響きだす。
「正直ね、責任の重圧が微妙に有るけど」
線香花火を見ていた悠季が、アルを振り仰ぐ。
「でも、お互いに楽させつつまったりとやっていくわよ」
「助かる」
短く応えたアルに、満足げに微笑んでから。
「まあ、澪尽くしって処よ」
和歌を呟きつつ小さな火へ目を落とす。通りがかったハンナが小首を傾げた。
「映画で見たよりも、ずっと綺麗なのですね」
儚い光を内心で人に例えた所で、小さな光の球が落ちて消える。
「自分でも、やってみるか」
アルが差し出した細い花火を手に取り、ハンナは火を点けた。
「線香花火‥‥何だか、ほんの少し儚さを感じますが‥‥とても美しい‥‥」
「デルタの3人、篠畑隊の資郎、この前の女の子‥‥。誰も助けられなかった」
神撫の言葉を聞く内に、アスの上辺の笑顔が強張った。
「俺は弱いのかな。俺たちに出来ることって何だろう。力は手に入れたけど、結局は‥‥」
「何で、そんな事を俺に?」
意外なほど低いアスの声に、神撫が言葉を切る。ふ、と口元を歪めて。
「ごめん。ただの弱音吐いただけになっちまったね。他にこんなこといえるような奴がいなくってさ」
何故、自分と違うと思っていたのだろう、とアスは思う。彼には能天気に女の事ばかり考えていて欲しい、自分の希望だったのかもしれない。
「花火ってすぐ消えちまうのな‥‥。命、みたいだ」
遠くの花火を眺めながら。傷ついた青年達はあがいていた。今は1人ではなく、2人で。
いつの間にか岩陰にいた真琴が、そっと踵を返した。救うことを選んで届かないたび、彼らの心は軋み。そして、また何度も同じ選択肢を選ぶのだろう。
「傷ついても立ち上がれるアスさん達の事、うちは凄いと思ってます、よ」
自分は、1人を引き受ける覚悟も無いのに。無かったのに。
●夜の会話
「うにゅう? カナサン、チャンと食べてますか?」
クラークは、飲んだくれだった。
「カナサンは良いオヨメサンになるのですよ〜♪ ウチのレオノーラと同じなのです〜」
ベッドの中では可愛いとか力説する彼に赤面する夢理。一方、加奈は酔っ払いを適当にあしらっていた。
演奏が終わり、波の音と人の声だけが耳に届く。サンディとトリシアは花火をしながら、最後のトランペットソロを奏で終えたアレックスを待っていた。
「また来年も皆で来れると良いね」
同じ事を口にして、思わず笑う少女達。駆け足で待ち人がやってくる。
「‥‥どうだった?」
「少し、寂しい感じだけど綺麗だった」
光る花火に、思いを馳せて。そんな様子を、望と砕斗は少し離れて見ていた。
「もー、二人ともカワイ過ぎだよー。お姫様みたい」
少し足を崩し、隣でそんな事を言う望を、砕斗は横目で見る。
「あーうん、望‥‥」
ん? と首を傾げて見つめてくる少女に、砕斗は唇を重ねた。ちょうど、3人からは帽子で見えないような角度は、多分偶然だろう。
「‥‥行くか、『お姫様』」
「大好きっ!」
立ち上がった砕斗に、下から抱きつく望。
「西島様、少しよろしいですか」
花火も終わり、テントに戻っていた百白は、龍牙の声に振り返った。
「‥‥ん、ああ」
夜の散歩という少女の誘いに、彼が腰を上げかけた途端。
「龍ちゃん、まだひゃくしろと遊ぶつもりだったのら? ずるいのら!」
「リュ、リュウナ様。寝てらしたのでは」
慌てる龍牙に、狸寝入りだったと胸を張るリュウナ。
「‥‥散歩なら、3人ですれば‥‥いい」
不思議そうに言う百白の鈍感さに溜息をついた龍牙。
「‥‥今日は良い気分転換に‥‥なった」
百白の言葉は多分その2人共に向いていて。
「‥‥ありがとう」
ボソッと囁かれた声に、龍牙は微笑した。
港の側へ行くと、浜の明るい一角が見渡せる。
「海、綺麗だね」
手を繋いで歩いていた智弥が、不意にそう言った。
「そ、そうだな」
2人きりになってから、言葉少なくなっていた菫を横目で見る。自分を見ていた上目遣いの視線に、少年は吸い寄せられるように距離を詰めた。
岬へ続く辺りを並んで歩きながら、シャロンは少しだけ緊張していた。遊びの誘いはいつも自分から。けれども、今日は硯からで。
「私でも似合うかちょっと迷ったんだけど、せっかくだし、ね」
浴衣姿で笑顔を向けると、少年は眩しそうに頷いた。それから、彼女の名前を呼ぶ。いつものように、さんづけで。
「‥‥はい」
「えとですね、最近ずっとシャロンさんのことを考えてたんですよ。カッコいい姿に憧れてるんだろうかとか、友人として好きなのかとか‥‥」
波音に、硯の声が紛れかけた。語尾が小さく消えかけてから、俯きかけていた顔をキッと上げて。
「‥‥けど、俺はシャロンさんを一人の女性として好きみたいです」
言ってから、硯は恥ずかしげに、ホッとしたように笑った。
●夜更けの会話
夜も更けて、浜辺は再び静けさを取り戻していた。
「まあ、色々あるんでしょうけど‥‥俺が力になれる事があれば言ってくださいね」
京夜を飲みに誘ったフォルが、相手の顔を見ずに言う。
「‥‥チッ」
この小旅行に誘ってきた真琴といい、彼の周りには案外お節介が多いらしい。
「そうですね、地獄の三丁目まででも付き合いますよ」
冗談めかして言うフォルに、京夜は隻眼を向けて。
「ぬるいな、ビール」
わざと関係ない事を口にした。
「‥‥たまには、のんびりも‥‥良いですね」
「そうだね」
別の一角では、紫翠の言葉に真彼が頷く。
「カップルがいて‥‥非常に邪魔ですが。無視しておきましょう」
頷いて缶を合わせた。たまには、こんな夜も悪くない。
「‥‥こんばんは。‥‥綺麗な、星空ですね」
夜の散歩に出ていた克が、そんな2人に声をかける。3人に増えた星空鑑賞会の向こうを、セシリアが1人歩いていくのが見えた。
「恋人でもいれば‥‥この風景もまた‥‥格別なんだろうけど‥‥」
昼の篠畑を思い返して、克が呟く。残りの2人は曖昧な笑みを浮かべつつ、今宵何度目かの乾杯をした。
真琴の心中には、前日の夜に篠畑と交わした言葉がぐるぐると回っていた。帰る場所があれば、彼も自分を大切に出来るのか。
「叢雲にとっての帰りたい場所って何?」
問いかけに、叢雲は考え込む。真面目に、考えているのだろう。この青年が不意を衝かれるのは、こんな直球にだけかもしれない。
「‥‥帰る場所が、無いなら。うちの所に、帰ってくればいいじゃん」
もう1つ、不意を衝かれた。
「――ありがとう、ございます」
言ってから、もう一度口の中で礼を言う。自分はこの手を取っていいのか。今度は裏切られる事が無いか、と構えてしまう自分が好きにはなれず、それでも。
「‥‥いつか、真琴さんの所に帰れたらいいですね」
今出来る、精一杯の返事。その裏の考えまで、彼女には読まれている気がする。
「そうだね」
真琴はまっすぐな眼を向けたまま頷いた。
●幸せな今
大き目の個室に、川の字が2つ。不意に嗚咽が聞こえた。
「どうしたんですか?」
寝付けなかったセシルが、小声で問う。
「ぐすっ‥‥ごめんなさい、すごく楽しかったけれど‥‥」
大事な人がいない事が心に痛い、という和奏。
「こうしたら、落ち着けますか?」
起きていた雪待月が、和奏の隣に来て頭を撫でた。
「次は、みんなで‥‥ですね」
眼を覚ました春奈が微笑みかける。と、今度は嗚咽が隣の布団からこぼれた。
「ティアさん?」
「ごめん‥‥なさい‥‥」
セシルの声に、涙声が返る。
「皆さん、優しくて‥‥暖かくて。それが、嬉しいのに。悲しくないのに、涙‥‥止まらなくて‥‥っ!」
家を離れ、LHに来て初めて出来た友人が皆で良かった。少女の気持ちが、雫になって零れる。
「‥‥ね、子守唄、歌いましょうか? セシリーには効果抜群、なのですよ?」
そんな雪待月の声に、セシルが頷いた。
「‥‥ゆっくり、お休みなさい?」
(他人の為に泣けるのは、優しいな)
伊織は、その優しさを自分には遠い物のように感じていた。そんな彼女の布団に、何者かが侵入してくる気配。
「‥‥あ、起こしてしまいましたか?」
寂しくなった、と言うセシルに添い寝しながら。彼女は指輪を握りこんでいた拳をそっと緩める。
夏の夜は、今年も過ぎていった。