タイトル:前途マスター:紀藤トキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/17 23:51

●オープニング本文


「解散、ですか?」
「ああ」
 ベイツはそう言ってから車椅子に深く沈みこむ。グラナダ要塞の攻略戦以後、長らく定数を割ったままだった彼の指揮下の部隊は、トレド基地での防衛戦で軍事的に言えば全滅していた。エレンのような後方支援に従事する者を除けば、生き残っている物も病院送りがほとんどだ。
「他所の部隊に転属になるのもいるだろう。必要なら、俺が推薦状は書く」
「‥‥で、隊長はどうするんですか」
 おそらく、部下に散々聞かれたのだろう。ベイツは苦笑しながら横を向いた。
「軍を辞めてもする事が無いが、この体たらくではな。かといって若造相手に軍学校とかいうのも性に合わん」
 ぽん、とベイツは車椅子のアームレストを叩く。
「実家の病院、紹介しましょうか? 多分、元少将なんて肩書きの人が来たら喜ばれますよ」
 時勢柄、戦傷による患者も多いのだが、言う事を聞かせるのが大変だとこぼしていた兄の顔を思い浮かべて、エレンは言った。
「そりゃあ、随分と居心地悪そうだな」
 それに、と付け加えた方が彼の本音だったろう。大勢、死なせた自分はやはり、何とかして軍に残るべきだろう、と。
「モースのおっさんも、ミノベ大佐もとっとと楽になりやがって。あの日に死ねなかった俺は、こうして何か考えんといかん。人生って言うのは不公平だな」
 ブツブツ言いながらも寂しげなベイツへ、エレンは掛ける言葉も無く項垂れる。彼女にとっても、見知った者が大勢亡くなった戦いだった。その沈黙をどう取ったのか、ベイツは肩を竦める。
「安心しろ。祝賀会とやらが終わるまでは、このまま残る。お前も転属希望先があれば、決めておけ」
 どこにでもねじ込んでやる、と笑ってから。
「ああ、そうだ。祝賀会は軍服だと色々と面倒だからな。お前もたまには綺麗なドレスでも着てみせろ」
 命令だ、と。ベイツは思い出したようにつけたした。

−−−−


「転属希望‥‥か。余り、考えた事が無かったな」
 自室に戻ったエレンは、余り数の無いクロゼットを眺めながら呟く。軍を離れて故郷へ帰るつもりは、余り無かった。しかし、この3年の経験で、最前線の部隊に自分の居場所は無いとも思う。結局、彼女は一発の弾も撃っていないのだ。撃てるのか、と言われればその覚悟はあるが、役に立つかといわれれば疑問だと、自分で思う。
「そういえば、こっちでこんな格好するの、初めてかしら。‥‥少し恥ずかしいわね」
 少し悩んでから、エレンはパーティ用の明るいドレスに決めた。
「‥‥祝勝会、だしね」
 喪章をつけて憂い顔でいる事は、求められていないだろう。服を選んでから、彼女のためにベイツが用意していたらしい資料を、パラパラとめくった。当人が嫌がっていた軍学校、ドイツの基地勤務、それに‥‥。
「ラストホープ、か」
 ものの見事に後方ばかりを選んできたベイツの気持ちは、よくわかる。彼にとって、自分は娘のような物なのだろう。ベイツ自身の娘の話を、エレンは聞いた事があった。軍に進み、自分よりも先に逝った、と。
「だから‥‥、か」
 ドレスを着て来い、と言った気持ちがわかるような気がして、エレンは微笑した。まだ少し、時間がある。早めに着いた皆と、少し話をしたい。他愛の無い話でもいい。彼女自身の将来の相談でも。あるいは、ベイツの事でも。
「よし、そうしよう」
 自分に言い聞かせるようにそう言って、彼女は勢い良く立ち上がった。

●参加者一覧

柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
南部 祐希(ga4390
28歳・♀・SF
リーゼロッテ・御剣(ga5669
20歳・♀・SN
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

●Dear Friend
 滑走路の上に広がる空は、蒼く高い。その空を切り抜いたようなシャロン・エイヴァリー(ga1843)の姿に、エレンは掛けかけた声を飲み込んだ。
「Hi、ちょっと暇してるんだけど、付き合わない?」
 気配に気付いて振り返ったシャロンは、いつも通りの笑顔で笑う。
「ドレス、なかなか似合ってるじゃない。綺麗よ」
「シャロンこそ、凄く似合ってる」
 ブルーのドレスの上にジャケットと剣。アンバランスな組み合わせが自然だった。自分には絶対に纏う事が出来ない装束を、エレンは少し眩しげに見る。
「急な出撃があったらしいんだけど‥‥乗り遅れちゃって」
 照れくさそうに舌を出したシャロンの髪を風が煽った。無骨な兵員輸送車の上から、口笛が飛ぶ。
「ごめんね、うちの隊って品が無くて」
 エレンが謝る。昨年以来、シャロンは密かに人気者だったらしい。
「美人で気さく、っていうのはアイドルにはぴったりじゃない」
「それなら、エレンもよね」
 クスッと笑いあう横を、もう1台の輸送車が地響きを立てて通り過ぎた。
「転属かあ‥‥。ベイツ大‥‥あ、少将はやっぱり実働希望なのね」
 頷く横顔から、視線をそらして。
「エレンは‥‥ラスト・ホープに来てくれると、私は嬉しいかな」
 もちろん自分で決めて欲しい、と付け足す。押し付けないシャロンの気遣いが、少しくすぐったかった。
「自分で、か。どうしようかなー」
 何となく天を仰ぐ。青い空を、小さな雲がゆっくり流れていた。
「流されないように、強くなりたいわね」
「‥‥エレンが前に、私のこと『強い』って言ってくれたけど、それは私っていう人間を支えてくれる、芯が強いんだと思う」
 その芯は、多くの人達と知り合う事で育まれたもので、その中には、エレンも含まれていると。シャロンは同じ空を見上げながら言った。
「エレーナ・シュミッツ。‥‥今までありがとう」
 どちらからとも無く手を差し出す。握ってから、笑顔を交わした。
「私、シャロン・エイヴァリーは生涯、貴方の友よ。‥‥ね?」
「もちろん!」
 手を離してから、パァン、と音高く掌を合わせて。2人は照れくさそうに笑った。

●Soldier
「今忙しい? ほんの少しの時間でいいから‥‥いいかな?」
 格納庫へ続く通路で、三島玲奈(ga3848)が、コーヒー牛乳の缶を手にエレンを呼び止めた。
「今日は、一言お礼を言わせて貰うよ。‥‥これで2回目だよね?」
 少女が掲げた勲章は、1つは蠍座のFRを撃墜した際のもの。もう1つは、マドリード南部での御剣大隊との奮戦に対して授与されたものだ。
「私がお礼されるのも、変よ。むしろ私の方がありがとう、ね」
 答えたエレンへ、缶を1つ放る。
「何時までも続くと思ってたけど‥‥もう終わってしまうんだな‥‥」
 グラナダの攻略から、3年。玲奈にとって、それはFRとの戦いの記憶でもあった。撃墜され、戦友達と一矢報い、そして最期は同じ空を飛んだ、奇妙な縁。
「話というのは他でもない。FRを落とした時の状況をもう少し詳しく聞きたかったんだ」
 玲奈の言葉に、少し戸惑ってから。エレンはそれが一年前の話だと気付いた。少女にとっては、あくまでも敵の戦闘機。それ以上でも、以下でもない。それがきっと、普通の立場だ。
「なんか夢を見ているようでさ、いまいち実感がわかなくて‥‥。なんていうか、あやふやな自信? それを確かな物にしたい」
「‥‥私じゃ、判らないけどね。モース少将はあの日の貴女の事を褒めていたわ」
 常人を越える力を手にした能力者であれば、過剰な自信を抱く事もあるだろう。エースではなくとも、チームの為に自分の実力に見合った最善を尽くせる者は貴重だ、と。
「玲奈ちゃんだけじゃなくって。あの日の出来事は、あそこにいた皆の頑張りの結果、だと思う」
 落ちてくる運を掴み取るのは、手を目一杯伸ばした人だけなのだから。
「うん、よく判った。ありがとう」
 少女が、頷く。
「でもね‥‥。私は、玲奈ちゃんみたいな女の子にはこんな勲章よりも‥‥、別の事で喜んで欲しい。そういう日が、早く来て欲しいと思う」
 途中からは自分に言い聞かせるように、エレンはそう続けた。手を振って、地下へと降りていくエレンを見送って。
「スペインか‥‥今度は観光で来たいな」
 少女は空を見上げた。

●Memories
 格納庫は煌々と照らしだされ、地下とは思えないほどに明るい。
「隊長はまだ、か。迎えに行かないと逃げられそうよね」
 溜息をついたエレンへ、南部 祐希(ga4390)が手を上げた。
「モース少将、クリス・カッシング、そして‥‥エルリッヒ・マウザー。皆、居なくなってしまった」
「広く、なったわね」
 自分もその場にいたと言うのに、まだ現実感が無い。そう乾いた笑いを浮かべる祐希の隣へ、エレンは腰を下ろした。彼女が話し相手を欲していると思ったから。
「彼の体のことは、聞いていました。空にあがった時点で、その望みも」
 ぽつり、と祐希が呟く。その望みを叶えようと思った。それを選んだ。彼をこちら側へと連れてくる為に支払った時も労力も、少なくは無い。その事にも結果にも満足はしている、と彼女は言う。
「ただ。その彼ももういないのですね」
 ――後悔は無いが、未練はある。
「いつか、世界が平和になったなら。望みと命を、選ばずに済む日が来るのでしょうか」
 遠くを見て囁いてからエレンへ視線を戻し、祐希は微笑した。
「あまり独り占めしてはいけませんね。あっちでも、呼んでいるようです」
「そんな日が、来ればいいわね。‥‥本当に、そう思うわ」
 言って、エレンはドレスの裾を払う。最後にこれからを問われた祐希は、薄く笑った。
「今まで通り、というわけにはいきませんが。まだ降りる気はありません」
 立ち上がったエレンの胸に、小さな囁きが落ちる。
「‥‥彼らの愛した空だ。そう簡単には捨てられませんよ」

 霞澄 セラフィエル(ga0495)は、エレンと祐希の会話の中身を察していたのだろう。挨拶の後で、ふと呟いた。
「本当は私、弱い人間なんですよ。いつだって強い自分を演じていないとすぐに折れてしまう‥‥とても弱い人間なんです」
 少女は悔いがあるという。彼が悔いを残さなかったとしても、自分にできた事がまだあったのではないか、と。足を止めて振り返れば必ず、悔いがそこにあった。
「一人で全てを行う事は出来ず‥‥。結果論だと解っていてもやはり考えてしまいます」
 いつまでも立ち止っていられるほど余裕は無いのだけれど、と大人びた事を言ってから。
「‥‥と、恥を曝してしまいましたね、申し訳ありません」
 恥ずかしそうな少女に、エレンは首を振った。
「話してくれて、ありがとう。フフフ、たまには吐き出さないと、ココに皺ができちゃうわよ」
 指先で額をつついて、エレンは笑う。釣られた様に微笑してから、霞澄は首を傾げた。
「エレンさんはこれからどうなさるおつもりでしょうか?」
 それにベイツも。自分に出来る事、自分がすべき事。それ以上に自分がやりたい事。自分が望まれる道を、選べれば良いと霞澄は言う。
「そうね。本当に、そう思うわ」
 エレンが頷いた瞬間、霞澄が小さく声をあげた。どーん、と勢い良くリーゼロッテ・御剣(ga5669)が抱きついてくる。
「セフィさん無事で良かった♪ エレンさんも、御久しぶりです」
 親友の霞澄へ今度は一緒に飛ぼうと小指を出して。ちょうど、話題がエレンの将来の事だったと聞いて、リーゼはようやく霞澄を解放した。
「先生になりたいって昔聞いたけど‥‥、エレンさんならきっといい先生になれそうね♪」
 自分も、望んだ道を歩き続けるとリーゼは言う。彼女の夢を、エレンは聞いた事があった。頭上に広がる蒼よりも更に高い場所へ。
「私は小さい頃からパパが大好きで尊敬してたから、空を飛びたかった‥‥」
「お父さん‥‥か」
 ずっと父親の影を追って、見失い、迷った事もあったという。けれども、自分の中で悩んで、再びたどり着いた場所は、この空だった。
「私は、まだ戦いは怖いし嫌い。だけどみんなの笑顔を守る為に飛び続けます」
 リーゼの笑顔に、エレンは眩しげに目を細める。年上の女性の表情に何を見たのか、リーゼは片目を瞑って。
「だから、お互いがんばりましょうね♪」
 そう、つけたした。

●Supporters
「少し、待っていて貰えるかな」
 頷く少年に、国谷 真彼(ga2331)は微笑した。今、彼が斯くあるのは、この少年のお陰だ。ただ真っ直ぐにあることの強さを教えてくれた、友。何時の間にこんなにたくましくなったのか、と思う。
「ふふ、何も変わってないように見えるんだけどね」
「ぇ?」
 驚く頭を一度、くしゃっと撫でた。くすぐったそうな様子に目を細めてから、真彼はドアをノックする。
「エレンか?」
「いえ、傭兵の国谷です。‥‥少し、お時間よろしいですか」
 間を置いてから、許可が返った。

●Little Lady
 同じ場所へ急ぐ途上で、エレンはまた旧知に出会っていた。
「こんにちはっ。エレンさん、ドレスきれい‥‥。うぅん、ドレスのせいじゃないかな」
 恋をすると女の子はキレイになる、という夢姫(gb5094)の頭を、エレンは軽くこづく。
「大人をからかうものじゃないわよ。もう」
 その笑顔を下から覗き込んで。夢姫は首を傾げた。
「元気、少し無いですか?」
「‥‥顔に出てる?」
 困ったな、と頬を押えたエレンの言葉の続きを少女は待つ。祐希にエレンがそうしたように。
「部隊が解散になるのよね。それで、これからどうしようかな、って」
 曖昧に笑うエレンの言葉を、夢姫は額面どおりに受け取った。それが、少女なりの気遣いだったのかもしれない。
「‥‥死んでしまうお別れも悲しいけど。生きていても、色んなサヨナラがやってくるんですよ、ね」
 今回の戦いでも、多くの別れがあった。名前と顔が一致するのは数名。エレンが背負っているその何倍もの数の別れを、少女は思う。その辛さも、想像する事しかできないけれど。自分が今までに越えてきた別れを思う。
 飼っていたペット。引っ越した親友。卒業以来会っていない小学校の友達。
 ――死別した母と、いなくなった父。
「でも、エレンさんには、朗らかに笑っていてほしいって、みんな思ってる。辛いときに笑うのは、大変なのに‥‥。みんな勝手だなって思うけど」
 それは、主語を入れ替えるだけで少女自身の境遇でもあった。周囲の期待は時に重いけれど、少女は知っている。自分の笑顔が、誰かに力を与える喜びを。
「エレンさんが幸せになると、喜ぶ人がいっぱいいます。私も、エレンさんが幸せそうだと‥‥嬉しいです」
 夢姫はそう言った。二度と会えなくなるわけではないのだから。次に会うときまで、記憶と共に思い浮かぶ表情は泣き顔より笑顔の方が、きっといい。
「だから笑って‥‥サヨナラできるといいですね」
「‥‥そうね。そう、したいわね」
 少し化粧が崩れていたけれど、今度の笑顔の方がさっきよりも綺麗に見えた。

●And You
「エレンさん、こんにちはっ」
 ベイツの執務室の前に、柚井 ソラ(ga0187)がいた。ドレス姿を褒める言葉に、笑顔を返してから。
「そういえば、こんな所でどうしたの?」
「国谷さんが、隊長さんと御話中なんです。それで」
 待っている、という返事に頷いたたエレンに、少年がおずおずと声を掛けた。
「‥‥あ、あの。ちょっとだけ、ぎゅってしてもいいですか?」
「え?」
 首を傾げたエレンに、ソラは早口で付け足す。恋人がいる人にそんな事を頼んではいけないけれど、これで最後、と。エレンは笑って、少年を引き寄せた。包むように、軽く手を回す。
「わ‥‥」
「ふふ、国谷さんもソラ君に嫉妬は、しないと思うわよ? それとも、少しくらいするのかしら」
 悪戯っぽく笑うエレンの指には、少年が以前に贈った指輪がまだ光っていた。それは2人からの少年への信頼。
「エレンさんはこれから、どうするんですか‥‥?」
 ハグされたまま、ソラは年上の女性を見上げた。もしも遠くに行くならば、大好きな2人が一度にいなくなってしまう。それは寂しく、辛いけれど。
「会えなくなるのは嫌だけれど、エレンさんがそう決めたなら、俺、我慢します」
 目をそらさずに、少年はそう言った。
「そうね。色々迷ってたんだけど」
 言いかけた所で、扉が開いた。
「おや、柚井君‥‥に。え、えぇと」
 面食らったような真彼に、慌ててエレンから離れるソラ。しかし、彼の戸惑いは2人の体勢に向いたものではなく。
「よく、似合っていると思う。うん」
「ちゃんとこっちを見て言ってくれたら、信用するわよ」
 クス、と笑ってから、エレンは青年の腕を取る。隣に並ぶと、心の空洞が闇以外の色に変わる気がした。過去は誰かに消してもらうのではなく、忘れるのでもなく。ただ、そこにある事を正視する勇気が、あればいい。それが生きていく者の義務だから。痛みの共有など、できずとも。その助けになってくれる人。なれる人がいる幸せを、彼は思う。
「‥‥僕がいる場所は君の隣だ。ついて行こう。それとも、ついて来るかい?」
「それって、プロポーズ?」
「結婚式には呼んでくれなきゃ嫌ですからね?」
 笑顔の切り返しに、横合いから弾む声が続いた。そして、扉の奥から咳払いが1つ。
「我が軍の勤務時間についての規定は知っているかね、中尉?」
「今日は休日よ、隊長」
 笑って、エレンは真彼から離れる。室内では、車椅子のベイツが口をヘの字に曲げていた。
「さっきの話しだがな」
「‥‥え?」
 不意に、視線を向けられた真彼が瞬きする。さっき『彼のようにエレンを見守る立場になりたい』と、青年は言った。
「あと20年もしてみろ、同じ気分が味わえるさ」
 確率は5割だが、とベイツは笑いもせずに続ける。意味の判らないエレンとソラの視線の中、青年が気恥ずかしそうに頬を掻いた。いつの間にか、ベイツの心の洞も闇色ではなくなっていたのだろう。
「私、まだ軍務を続けようと思うの。私にできる事が、あるから」
「そうか」
 否定は無く、ただ頷くベイツ。彼の懸念を引き受けるように、エレンの横に真彼が立つ。そして、ソラも。他にも大勢の友人達が、彼女の支えになるだろう。
「仕方が無い。なら、またこき使ってやる」
「‥‥え?」
 エレンがきょとんとした。
「お前も本部勤務だ。‥‥前線を希望しなかった連中も、一緒に連れて行く」
「それじゃあ‥‥」
 2度言わせるな、とベイツが口を尖らせる。
「本部には今の現場を知る人間が少しはいた方がいい。それに傭兵の事もな」
 それが最善の決断かどうかなど、誰にもわからない。ただ、エレンが1つの迷いに決断を下した事と、それを暖かく受け入れてくれる人達が居る事も確かな事で。それはきっと幸せな事だから、エレンはこの日、久しぶりに心からの笑顔を浮かべていた。